● 平和と言う言葉を耳にするたびに、如何しても気がかりになる物があった。 世界が壊れて行くというその進行度。それが日本に生まれた特異点『閉じない穴』が開いて以来意識するようになった――とは『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の大雑把な解説であり、世恋にとってはその穴はあまり馴染みのないスポットではあったのだが。 「閉じない穴が出来てから、この世界は少なからず崩界に近付いているのかもしれない。 ええ、それを不安に思わない筈がないわよね――だから、その傷を癒す方法を考えましょう?」 世恋の言葉はあまりにも抽象的で意図が掴み難い。上昇する崩壊度を気にするだけではなく、崩界度を下げる方法が一つでも見つかったとでも言う様だ。 「日本だけじゃなくて世界中から皆は声が掛かってて忙しいと思うのだけど……。 少しお願いしたい事がありまして、きっと悪い話じゃないわ。こなせるなら一番だもの」 良いかしら、と瞬き一つ。世恋が告げる言葉にリベリスタらは小さく頷く。 「先日のあの怪異――恐怖神話の世界からの侵攻はこちらの世界にダメージを与えているわ。 だからこそ……というわけではないのだけど……神社等のパワースポットを使って崩界度を具現化する方法に行きあたったの。只、それにはリスクも付き物だけどね……。 崩界度を下げるには私達が直接闘うしかないわ。見てるだけで……祈って救える程簡単な話じゃない」 パワースポットの力を使い、崩界度をエリューションやアザーバイドと言った形で具体化する。その姿を倒す事で崩界度の減少を促すのだろう。 「大阪の住吉大社。地元じゃ住吉さん……なんて呼ばれている場所なのだけど、ここは古くに朝廷が天変地異が起きた際や国事の一大事に特別な奉幣をした場所だと言われているわ。ええっと、二十二社と呼ばれているわね。摂津国一宮の一つでもあるそうよ。 ……とにもかくにも、その住吉大社で小さな災厄を相手にしてもらいたいのよ」 大規模な災害が起こる前に少しずつ小さな災害を起こしそれを処理することで大きな災害が起こる事を阻止する。それはズレたプレートを元通りにするかの如く、だ。 結界を張り巡らせ、その中で実体化した崩界度を倒す事が出来れば御の字だが、失敗した場合はその結界を張るには時間が掛かり、小さな災いが広がり大きくなる可能性も否めない。 「霊地の力を借りて『実体化した崩界度』を結界の中に閉じ込めて、リベリスタはその中で闘う事になる。 霊血の力を借りる以上、その霊地をもう一度使う事は出来ない。勿論、力が足りないからよ? だから、ここは正念場ね……必ず防がなくちゃならない。 私達がそれを倒せなかった場合は――……いいえ、最悪は考えないようにしましょう……」 ● とん、とん、と太鼓橋を渡る足音が聞こえる。 笠の下で唇を引き締めた女の足がしっかり踏みしめたのは丸く沿った橋の足場としてとりつけられた木々だった。 戦乱を生きた姫君が寄贈したといわれるこの橋も、愛娘を愛人の許へと手放したと呼ばれるかつての女に深く関連すると言うこの場所も、いつしも恨みを残して居る様だ。 恨み恨み、呪えばええ。私には、私には私には私には―― 囁きに混ざる様に耳に入る怨嗟の声は何処へも消えずその場所で佇んでいる。 とん、とん、と渡る足音が聞こえるたびに重なる様にめそめそと泣き喚く女はなんと五月蠅い事か。 石灯籠の並ぶ通路を進む笠の女は透ける両手で太鼓橋の手すりを撫でた時、もう彼女は泣いては居ない。先程までの悲しみを何処にやったのかと問い掛けたいほどに彼女は笑っていた。 呪えばええ、呪えばええ、雲に隠されたと嘯くならば死に給え。 ――ああ、憎たらしい憎たらしい。しあわせそうで、憎たらしい事だわね。 笠の女を照らす灯籠は明るいうちだと言うのに暗い色をその隙間から見せている。 周囲の木々がざわめくたびに、とんとん、からから、と橋を踏みしめる女の下駄が鳴る。 とん、とん、と。 歪みを集めたその姿は、只、笑いながら『こちら』を見詰めていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月21日(土)22:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 世界とは、秩序によって保たれている――とは『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の言葉である。 「秩序ある世界は愛おしい。秩序あるからこそ、美しい。 崩界した世界で殺しをしても満たされない。……なぁんて、俺様ちゃんリベリスタらしいなあ」 くつくつと咽喉を鳴らして笑う葬識が褒められても良いよね、と視線を向けた先で『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は普段と比べ、何処となく華が散る様な愛らしさを纏いきひひと笑った。 葬識の言う『崩界』は現実的でないように思えて、酷く近くにあるものだ。 「崩界度……ですか」 その崩界がどの程度進むのか、その指標を表す言葉を口にして、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は考え込む。 大阪市、住吉大社に訪れる事になったレイチェル達に任された使命は『崩界度』に関する事だ。上昇し続ける崩界度の数値が目に見えて危険だと感じることになったのは先の闘い――無貌がこのボトムに侵攻してきた事が大きい。なすすべなく見守って居るだけだったが、その崩界度を下げる事が出来る奇策があるのだという。 「崩界度を具現化させ、それを討伐することで、崩界度の減少を図る……か。 逆転の発想と言うか、よく、思い付いたものですね……」 聡明なレイチェルを唸らせる程の奇策。日本津々浦々様々な場所にある霊的区域の神聖な力を元に結界を作成し、中に崩界度を具現化させる。それは安易なように思えて、難しい。ようは失敗が許されない仕事と言う事だ。 「虹に似せた橋……なんだとか。罪と穢れを払う橋なのに、逆に集めちゃ滑稽も滑稽過ぎる」 肩を竦め、大業物を握りしめた魅零の言葉に『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は小さく唸る。 ふんわりと浮かび上がった雷音の手の内でアンティークカンテラが揺れている。普段と何も変わりない灯籠も、何処となく可笑しく見えるのが神秘の力か。くれない色をした橋のあちら側を覗き込むように浮かんだ雷音の新緑色の瞳が細められた。 「滑稽だが……払われた穢れは何処に向かうのだろうか」 「地上と天を繋ぐ、虹の橋の続く先が崩界だなんて、ロマンが無いよね」 心配そうに囁いた雷音に『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は困った様に小さく笑う。 相棒の妹は心配性でロマンチストだ。最も、女よりも男の方がロマンチストだというならば、快の言葉の続きを聞いてみるのも悪くはない。虹の彼方、その先が崩界に繋がっているよりは希望と可能性があった方が余程良い。 薄明かりに照らされて、魅零が顔をあげた向こう、笠を被った女が、からん、からんと下駄を鳴らして歩いている。 「あいつ、か……どこの世にもこういう奴が居るんだな……」 下駄の音を聞きながら『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)が囁いた言葉にレイチェルに連れ添っていた『みにくいながれぼし』翡翠 夜鷹(BNE003316)は困った様に笑う。 女が、何を恨み、どうしてこの場所に彷徨っているのかを夜鷹はよく分かって居た。いや、言葉から把握する事が出来ても、完全に理解することには敵わないと青年は言う。優しげに笑った青年の手にした双鉄扇がパチンと音を立てて開いた。 「女の妬み嫉みは男の俺には完全に理解する事は出来ないけど長い時間をそんな中途半端な所で彷徨っているのはしんどいだろう?」 女の妬み嫉み――笠の女が彷徨う理由は、怨嗟だ。幾らこの場所が神の国に続く架け橋なのだとしても、その恨みが払われずに残滓として残る可能性だって少なくは無い。 ああ、憎たらしい、憎たらしい……。 囁きに混ざる怨嗟の声を感じとり、火縄銃 弍式を構えた『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の隣、彼の右目たる木蓮がそっと、Muemosyune Break02を構えて見せる。 「どれだけ人を恨み妬んだところで、奴自身の状況が好転する訳でもないだろうにな……」 女が何を考えそうなったのかは分からない。制御できない想いを遮る様に、龍治は引き金を引いた。 ● 夜鷹の傍に立ち仲間達へと恩恵を与えたレイチェルはChat noirを構え、笠を被った女へと確り視線を向けている。 秩序と平和のため。しっかりと任務を完遂しなくてはならないと言う事を真面目なレイチェルは良く解って居た。 「払った穢れが君か。残された想いの果て……。う、うむ、お、お仕事だから仕方ないのだが……」 何処かぎこちなく笑う事となった雷音は肩を竦めDの杖を確りと握りしめる。笠の女が嫌う物が何かと言う事は嫌と言うほど分かっている。焔の鳥を呼び出して、周囲を焼き払う業火を生み出す雷音の笑みがぎこちなくなるのを感じとり、魅零が涎をじゅるりと拭く。 「ぬふふ……人間の恋愛って素敵。甘々よのう。のほほんカップルだらけで黄桜幸せっ☆」 にへ、と笑った魅零の言う通り、この場にはカップル――とその振りをしたリベリスタがペアで行動して居る。木蓮曰く「アークに弱点を知られたのが不味かったな!」との事らしいが……。エリューションの恨みが向く先は『カップル』だ。彼女が如何して愛し合う者達を恨むのかは良く解らないが、カップルを恨む以上、攻撃の矛先がカップルに向くのは違いない。 (こ、これはお仕事だ、崩界度を下げる為の大事な大事な任務であるからして、しなければいけないのがリベリスタだから、つまりは、そう、カップルの振りはお仕事で仕方がないのだ!) 支離滅裂な思考回路の下、ペアであった快の袖をちょん、と摘まんだ雷音に魅零はへらへらと笑ってしまう。余裕綽々な彼女が愛も恋もうまうまと嬉しそうに笑う隣で葬識も「可愛いね」と厭な笑みを浮かべた。 「愛し合うって本当に素敵だよね。愛しすぎて引き裂いちゃいたくならない?」 中々ハードな愛だ。殺人鬼の言葉に黄桜は「いちゃいちゃしたい」と溜め息交じりに人間になりたいと言うが、葬識は逸脱者ノススメを手に黒き瘴気を生み出してうんと首を傾げて見せる。 「『いつも』みたいに『した』らいいの?」 そっと、添えた指先が魅零の髪を梳く。黒き瘴気を同じ様に吐き出して居た魅零の手から大業物がどすん、と鈍い音を立てて落ちる。思考回路がショート。体内の熱暴走と共に顔が赤く染まっていくのに魅零は気付く。 「か、髪いじいじしないでぇぇ」 慌てる魅零を余所に余裕を滲ませる葬識の目が凄まじい形相でにらみつける笠女へと向けられる。 いったい、どのカップルが一番笠女ちゃんの気を引けるのかな、とは葬識の談。彼の言葉に首を振り、対象を目掛けて弾丸を放つ龍治と言えば隣に木蓮がいるにも拘らず『カップル大会』の輪には入らないようだ。 (戦闘の最中にべたべたとして、かつそれを競うつもりの者が居る様だが……。 崩界度に関わる重要な任務において、遊びなど必要ない。余計な事をする暇があるなら、一発でも多く穿つのみだ) 彼だって分かっている。ダメージリスクを減らすために有用である事を。仲間達が集中砲火により危機に陥れば木蓮が近付く事で気を逸らす事にはなるだろう。つまり積極的に自分からそのカップルとして誰が一番気を引けるかと言うレースには参加しない――のだが、詰まる所ヘタレか。自分から寄っていくのは恥ずかしいのだろうか。 「えー、いちゃつきを競うってのはかなりナイスだと思うんだけどなぁ……駄目か?」 首を傾げ、暗視ゴーグル越しに灯籠を映した木蓮の弾丸が一斉に発射される。勿論、「たちゅ!」と愛を爆発させるのは忘れていない、居ないが。 「か、狩りの始まりだ!」 「おう、狩りの始まりだ!」 龍治は至ってくーる(笑)だった。 何時も通りのカップル然とした態度をとる木蓮と龍治に、髪を弄り思考回路をショートさせるウブな恋愛を見せるダークナイト二人。ここで冷静だったレイチェルの前に立った夜鷹は彼女を庇うように前へ立ち気を制御する。 「レイ、俺が護ってあげるよ」 「夜鷹さん……。ありがとう、無理はしないでね?」 護ってくれるのは何と嬉しい事だろうか。レイチェルの表情が緩みかけるが、咄嗟に眼鏡へと手を当てて普段通りのクールビューティーを取り戻す。ああ、でも、と思考がぐるぐる回る中、慌てていた雷音の隣に立った快は仲間達へと神々の加護を与えながら守護神の左手の間違った用法を披露して居る。 「雷音ちゃん、俺達はカップルを装いアピールする必要が在る。作戦上ね」 「こ、こうだろうか……! カ、カップルっぽく見える、のかな? や、すでにカップルの方は居るので無理にする事は無いのだが、空気を読むと言う、日本人独特の気質があるわけで、そのっ!」 左袖を掴む雷音。何度も言うが、守護神の左手の袖をつかむ雷音。 快はここで思考した。カップル達の中で、アピールが弱いのではないか。そっと袖を掴むのは雷音らしくて可愛らしい、が、贋物カップルじゃなくっても男ならこんな小さなアピールで照れる少女を護らなくてはならない。流石はアークの守護神。度胸と男気は人一倍だ。 「俺達もちゃんとアピールしないと、ダメージが均等に分散しない可能性がある。だから……」 ぐ、と左手で腰を抱き寄せれば雷音の口がぽかんと開いた。「はい……」と小さく返された言葉に重なる様に神速の斬撃がリベリスタ達に向けて繰り出された。 ● ああ、恨めしい、と怨嗟の声が掛かる。 複数を狙う攻撃を一気に受けとめることになったダークナイトの二人は成程、一番狙われ易い位置に居たのだろう。 髪を撫でる指先が心地よいと猫の様に目を細めた魅零の気持ちは雲の上。傍に居て欲しい、けど、私の心はソウルバーンとでも言いだしそうな魅零の髪から葬識の指先が離れて行く。此処からが二人の本領発揮だと言う様に。 「先輩。私は、貴方が居るだけで十分ですから……今日は笠の人を愛してあげて」 時が止まれば、と思うのは乙女ならではか。行動一つで心が苦しくて、幸せで。本当はその目の向く先をエリューションに奪われたくない――けど、奪われたなら又追いかければそれでいい。 「笠女ちゃん、俺様ちゃんに君の呪いは恨みは憎しみは解らない。俺様ちゃんにはない感情だから。 けど、その感情が君を綺麗にしてると思うと、サイコーだよね? 人だった頃に会いたかったなあ」 殺してあげたのに。呪詛を吐きだす葬識に笠女が真っ直ぐに刃と化した腕を振り下ろす。 続けざまに魅零が踏み込んだ。愛と恋は裏を返せば憎悪と嫉妬だ。醜い感情は確かにソコにあるのだろう。 それでも恋愛の話しは楽しい。少女らしさを滲ませて、幸せを湛えるように魅零は一気に呪いを帯びた太刀を振り翳す。 「貴女の恋バナをもっともっと、お腹一杯になるまで聞かせてほしい」 背後へと攻撃を繰り出した灯籠は笠女が理不尽な程にカップルアピールをされたからという様に攻撃対象をバラけさせている。 「おっと……、そうはいかない」 レイチェルを庇う様に夜鷹は立っている。彼女へと与えられる攻撃を受けるのは彼なりに考えた適材適所というものだろう。 (俺は……俺だったモノは識っている……) 記憶が戻る前に、色々とやらかした、と夜鷹は一人、顧みる。双鉄扇が受けとめて、弾いた攻撃に視線を遣って、レイチェルは閃光を投げ入れる。灯籠の動きを制限する事を目的としたレイチェルが自由に動けるのは素直に好都合だと感じられるだろう。 自分じゃない自分が経験した知識は苦くて消してしまいたいとも感じてしまう。まるで、傷口に指先を突っ込まれるかの様な感覚。それでも、背後で柘榴の瞳を細め、敵を見据える黒猫の為なら傷ついても構わないと思えるから。 それは、背後で攻撃を担うレイチェルも同じだろう。彼が傷つくのを見ると心が苦しい、それでも自分の為だと思うと胸が熱くなり、嬉しくなる。 『彼が私の為に傷つく』。其れだけの事が歪み切った想いだとしても、堪らなく、幸せに感じるから。 「貴方の動きはすでに掌握しました。もう、逃がしません」 その言葉と同時、閃光が煌めいた。煌めきを受けて留まる動きに目を配り雷音は霊地の術式を理解しながら快の腕の中で葬識や魅零へと傷を払う様に意識を配り続ける。 「ここだ……! 君の弱点をボクは識っている」 成程、魔術の知識は無限大か。雷音を庇う快のお陰で回復も潤滑に渡って行っている。カップルを気取る様に、ぐっと、引き寄せた快の唇が小さく上がった。 「彼女には、指一本、触れさせないぜ?」 か、と頬に血が上る。少女はまだ、『少女』だからだろう。一方で片手を繋いで微笑んだ木蓮の手がぱっと離れる。バランスを崩した龍治の体を支え、所謂、お姫様だっこの形になった事に龍治が一つ、硬直した。 「龍治なら片手が塞がった位で狙いがブレることなんてないだろ?」 恨めしいと囁く笠女の意思を遮る様に木蓮はへらりと笑う。幸せオーラ全開の彼女に慌てながらも確りと狙いを定めた龍治の弾丸を掠めながらも笠女は決定打を避け続けている。 「なあなあ、夕食は何が良い? 俺様は偶には外食も良いと思う。 あ、そうだ。こんな時になんだけどさ。……龍治、じつは家族が増えたんだ!」 ぴたり、と。 動きが止まったと言うのは正にこの事を云うのだろう。目を白黒させながら震える手で撃ちこむ弾丸が笠女の肌を貫通していく。 「ど、どういう……い、いや、それは後だ、後で聞くとしよう。ま、まずは任務を、任務を遂行するのだ……!」 震える声で告げる龍治の攻撃の水準が何時もより上がった気がするのは気のせいだろうか。 ――恨めしい! 私には無かった、と支離滅裂に告げる笠の女は穢れの集合体。つまりは醜いほどに愛を求める女のなれのはてであろうか。何時しか、その反橋に集まったのは、女の怨嗟の声。太鼓橋の手すりを撫でて踏み込む女の攻撃に合わせ灯籠達が十字を放つ。 まずは一手、強靭な快が受けとめた。腕の中で雷音が回復の手を与えて行く。 そして、二手。避ける事を得意とする夜鷹は血に汚れて醜くなった翼であれど、酷使することを厭わない。護る事を目的とした時に、どうしてそれを諦められるか。 「お前をそこに貶めた奴の事なんて覚えているだけ損だろ。……次に行けよ」 レイチェルを抱き締めて、思う存分殺して構わない、と囁けば、ピンと耳を立てたレイチェルが困った様に脱力する。 戦闘中だよ、と言いながら、嬉しそうに微笑んだ彼女の瞳が鋭くなる。最高の眼力を以って笠女へと狙いを定める彼女が感じるのは夜鷹の動き、息遣い。ふたりでひとつだから、としっかり思えるその姿勢に、瞬きを重ねて。 「うだうだしてたら、良い男も見つからないだろう? そんな笠で隠してないで、前を向いて橋を渡ってみろよ。さあ、向こう側は天上の神の国だ」 蹴撃は疲れを見せる笠女の膚を擦る。気付けば灯籠達の数は少なくなっていく。 恨み事はまるでラブソングだ。幸せそうに笑った葬識の逸脱者のススメが笠女へと呪いの力を帯びて刻みこむ。 「終わらせる。貴方は此処にいるから苦しむんだから」 黄泉の旅路の先に、幸せがあればいいねと笑った魅零の唇から零れるキヒヒという笑い声。 軋む身体に掻き消されて行く思念の存在が、確かに世界を崩す因子であるかのように世界を求める様腕を伸ばし、消えて行った。 ● 茫、と照らされる道で佇んでいたリベリスタ達の中で、一番気まずそうだと言うのは龍治だろう。 木蓮の『家族が増えた』発言の与えるダメージは確かに大きかった。勿論、彼女は作戦上の嘘だと言うだろうが、余りにも衝撃が強すぎるものだから、龍治の視線はあちらこちら。 「いや、何もないが、いや、あるといえばある」 ごにょごにょと続ける龍治に木蓮は頬を掻く。先程の言葉の真意が気になるのであろう龍治に木蓮は肩を竦めて笑った。 「ごめんなぁ……」 「に、任務遂行のために……分かっている……分かって、いる……」 ぶつぶつと呟きながら頭を抱えてしゃがむ龍治の頭に手を当てて、「何か思い当たる節があるって顔だぜ」と可笑しそうに木蓮は彼の頭を撫でた。 橋を照らす灯籠に横顔を照らされて、嘘から出た誠になればと木蓮は小さく笑った。 「……レイ?」 「何でも、ない!」 一方で我に返って恥ずかしさが頂点に達したレイチェルが背を向ける。優しげに笑った夜鷹だって、彼女の事は良く解っている。後になればきっと恥ずかしさで悶絶すると分かって居たから。 黄桜後輩ちゃん、と血に汚れない指先が黄桜の手を掴む。手が大きいな、とぼんやりと考える魅零の思考は掴まれた手に向いている。 「夜景、見たいんでしょ? いいよ。いこう。殺人鬼でも綺麗か綺麗じゃないかを判断する程度は嗜んでるよ」 ライトアップされた虹の橋。渡った先が神の国なれば。行くは易し、降りるは怖しとはよく言ったものだ。 「夜景? ……行く!」 嬉しそうに笑った魅零の髪を初夏の風が、優しく撫でた。 抱き竦められていた体を放せば、何時も通りの距離に戻る。恋人ごっこは終わりだと名残惜しく手を離す快の両腕から抜け出して、雷音はそっと座りこむ。 体重をかければぎし、と軋む橋に手を当てて、目を伏せる。暗く、哀しい想いの中に一つでも優しい想いがあれば、とその想いを読みとって。 泣きぬれるだけではない、幸せそうな光景がそこにはあると雷音は顔を上げる。 茫と照らす光りは包み込むように神秘的だった。 「……おやすみなさい」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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