●いずこへ 人里離れた山奥は静けさに満ちていた。 見渡すばかりの自然にあふれて川の水のせせらぎが耳に心地よい。 すでに辺りは日が暮れて夜の帳が覆い尽くしていた。 何も見えない暗闇は果てしない宇宙のようにも思える。 見ていると寂しい気持ちになってくる。 その時だった。 闇の向こうに小さな光が待っていた。 蛍の光が瞬いていた。 何千、何万という蛍が空を舞っている。 まるでそれは宇宙の果てに輝く星のようにも思えた。 ここではないどこかへと。 蛍は登っていく。一体どこへ彼らは行こうとしているのか。 ずっとそんな夢を見ている――そんな気がした。 秘境の川辺りは蛍の訪れを歓迎するように穏やかな風が吹き始めた。 ●蛍の季節 「今年も蛍の季節がやってきたわね。梅雨も明けたらもうじき暑くなるし、その前に山へ蛍を見にハイキングに行って涼んでみるのはいかがかしら」 『Bell Liberty』伊藤 蘭子(nBNE000271)が、集まったリベリスタ達に向かって髪を掻き分けながら得意気に言った。蘭子はこう見えてもロマンチックな場所が好きだった。いつかはこういう場所に素敵な男性と一緒に行ってみたい気もするが残念なことに相手はまったくいない。それでも都会育ちで一度も蛍を見たことのない蘭子は心躍っていた。 「ものすごく雰囲気のある場所だから誰か素敵な人とか、日頃お世話になっている人たちと一緒に楽しく過ごせればいいんじゃない。それじゃ、皆で行きましょう」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月15日(日)22:52 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●蛍の寿命 日が暮れると辺りはせせらぎの音しか聞こえなくなる。頬に当たる夜風が冷たく感じられ始めた。周りの全ての物が急速に色を失っていく。 「暑くもなく、寒くもなく、確かに夜は過ごしやすい季節、だね。……ま、なんだかんだで外で飲んでそう、ではあるけど」 天乃は風に乱れた長い黒髪を掻きあげた。 「夜、外で飲むにはいい季節になってきたな」 後ろで様子を見ていた快がやって来て静かに頷く。 持参してきた日本酒を前に取り出してみせる。天乃はぼんやりとした目を少し大きく開いて口元を緩ました。 人里離れた山間の中は暗闇に包まれていくのが早かった。吹いていた風に木々の葉が呼応して音を揺らしていたが、一瞬、空気の流れが止まった。 まるで生きている全ての者の呼吸が止まったかのように静寂が訪れる。 川辺りの葉の隙間から淡い光の玉がひとつ浮かび上がった。 蛍が一匹、草木に止まって小さな白い光を放つ。さらにもう一匹の蛍が何処からか姿を現して目の前にはやがて数匹の淡い光の饗宴が始まった。 快は天乃に向かってお酒を注いだ。夏酒と呼ばれる清涼感のある潤いが喉を軽やかに通り過ぎて行く。肴はなかったが目の前の名も無き祭典を見ているだけで充分だった。 二人は川辺りに腰を下ろしてしばらく無言で眺めていた。 お互いに無言でいるのは珍しいことでもなかった。それに特に喋らなくてもこれまでの付き合いの長さから大体何を考えているのかがわかった。 不意に一匹の蛍が点滅を止めた。快は蛍のいる場所に向かって手を伸ばす。だが、寸前の所で蛍は葉から滑り落ちるようにして地面に落ちてしまった。 仰向けになったまま脚を曲げて動かない。天乃は横からその蛍の死骸を優しく掬うと川面に浮かべた。次第に蛍は川の流れに乗りながら何処かへと流れていく。しばらくじっと二人は蛍の行く末を黙って眺めた。 「そういえば、知ってるか?」 蛍が見えなくなった所で快が漏らすように呟いた。 「蛍の寿命ってさ――ああやって光を灯す成虫になってからは、ほんの一週間程度なんだってな」 あれ程舞っていた蛍がどこかに見えなくなっていた。皆死んでしまったのだろうかと、快は不安になりはじめた。どこかに蛍がいないか探してみるがなかなか暗くて見つからない。 途方に暮れて諦めかけた時だった。 不意に蛍が再び点滅を始めた。先ほどとは違って一斉に何十匹が同時に光を照らす。 目の前にはいつの間にか多くの蛍が舞い始めていた。誰にも知れず先に死んでいった蛍のことなどなかったかのように無数の光が川面から舞い上がっては空に消えていく。 「虫の……寿命が短い、のは珍しい事じゃない。蛍の煌きは……儚いからこそ、綺麗」 天乃はそう言いながら何杯目かの酒を煽った。すでに身体が少し熱くなってきていた。心地よい酔いに浸りながら登っていく蛍の行く末を眺め続ける。 「お前はさ――あんな風に、消えてくれるなよ」 不意に掠れた声で快が呟いた。天乃は口に酒を運ぼうとして手の動きを止めた。おもむろに酒を傍らに置いて天乃は蛍に目を向けたま快にゆっくりと言葉を紡ぐ。 「儚くても、あんな風に、誰かの心、を動かせるのなら……それも悪くない、ね。……護れないかもしれない約束、はしない。でも、努力、はしよう」 天乃はまるで思いに手を添えるように手を蛍たちに向かって差し出した。すると、一匹の舞っていた蛍が天乃の手に偶然乗って光り始めた。 小さいけれども温かい蛍の光が天乃の手を包み込む。 見ていた快もびっくりした顔つきの天乃に思わず頬が緩んだ。 ●伝説の地 暗闇に覆われた藪の中を歩くのは義衛郎でも中々に大変だった。スニーカーにジーンズ、Tシャツとラフな格好をしていたが夜になって少し肌寒い。蛍の小さな灯りだけを頼りに小川の先にあるという伝説の湖を目指してひたすら登っていた。 「あら、義衛郎くんじゃない、貴方も伝説の湖を目指すの?」 振り返るとそこには淡いワンピース姿の蘭子とその傍らで楽しそうに微笑むアンジェリカの姿があった。二人は一緒に伝説の蛍が群生する湖に行く途中だった。お互いに目指す所が同じことを知ってしばらくの間、一緒に歩きながら話をする。 義衛郎は蘭子と直接話すのは今回が初めてだった。年上の割には随分若くて美人だという印象を持っていた。それなのに、なぜ彼氏がいないのだろうか。おそらくその特異な趣味嗜好が大いに関係しているのだろう。そう思うとなんだか貴腐人が悲しく思えてくる。 「なんだか憐れですね」 義衛郎は思わず口に出してしまってからしまったと思ったが、蘭子は涼しい表情で、「そうね」と短く返答した。どうやら蘭子は蛍のことだと思ったらしい。 安心して義衛郎はほっと胸を撫で下ろした。 「ボク蛍見るの初めて。すごく綺麗だよ」 アンジェリカを含めてこの場にいる三人は生まれてはじめて蛍を見た。先程から数匹の舞う蛍の光を見る度に、アンジェリカと蘭子は一緒になって歓声を上げた。優雅に暗闇を舞う蛍の姿に次第に心が踊る。いつしか立ち止まりながら遅れがちになる二人から義衛郎ははぐれてしまった。もう一度合流しようと思ったが、楽しそうにしていた二人の邪魔をするのは野暮だと思ってすぐに前を向く。やがて大きな藪を乗り越えて目の前が一気に広がった。 大きな湖に何千、何万という蛍が舞っていた。 幾つもの光の筋が暗闇の夜空のキャンバスを描いている。 川の底から舞い上がっていく蛍たちは何億光年も離れた所で輝いている銀河のようだった。光の天の川の向こうに帰っていく命の灯火のように。 義衛郎は立ち尽くした。あまりの光の煌きに圧倒されて動けない。 伝説の蛍の群生地を見つけて義衛郎は慌てて祈りを込める。 「そうだなあ。……少しは崩界が抑制されますように」 義衛郎がその場を後にしてしばらくすると蘭子とアンジェリカもようやく伝説の地に辿り着いた。アンジェリカは蘭子の手を取ってかけ出すと圧倒的な目の前の光景に思わず涙を流す。予想を遥かに超える蛍の光の饗宴についに涙腺が緩んでしまう。 あの人に出会う前のボクなら、この光景を見てもきっと何も感じなかった。 アンジェリカは心の中で大切な想い人を浮かべた。 何かに感動する心も、美しいと思う心も、すべてあの人がくれた物だった。アンジェリカは目を瞑ってそっと胸に両手を当てて祈りを込める。あの人がボクに心を伝えてくれたように、ボクが三高平に来て得た物を、あの人に伝えたい。だから―― 「もう一度、神父様に会えますように」 その瞬間だった。蛍たちが一斉に一塊になって揺れ動く。 まるで大きな魚になったかのように。 蛍が一斉にざわついて光の川になりながらゆっくりと天に登っていく。 ●大好きな笑顔 「うわぁ~~~見てくださいっ、蛍がこんなにたくさんっ!」 三郎太は伝説の蛍の湖を見つけて燥いでいた。見渡すばかりの蛍の大群に計都の袖を引っ張りながら大きな目を潤ませる。楽しそうにする三郎太をみて計都も思わず微笑む。 今日は二人だけのお出かけだった。計都は浴衣姿で風流に装っていた。 ピンクの浴衣の花がらで可憐な女の子を装っている。 「大人の艶やかな魅力に、三郎太くんもメロメロキュンッスね! おねーさんに、惚れ直してもいいのよ?」 照れながら視線を寄越してくる三郎太をついからかう。ますます顔を赤くしてもじもじしてしまう三郎太にさらにツッコミを入れながら笑った。 「蛍も綺麗だけど、オマエの方が綺麗だぜ、計都……、とかって、口説くチャンスッスよ!!」 三郎太はどうしようもなくなってしまって計都の方を見れない。冗談めかしてからかってくる計都の対してなんて返答していいのか分からなかった。 もし本当に計都が言うように発言したらどうなるのだろうと思う。きっと彼女のことだからさらに冗談めかしてからかうに違いない。 けれど、いつまでもそんな関係でいいのだろうか。 三郎太はまだ自分の思いをはっきりと口にしたわけではなかった。それとなく言ったことはあったがまだきちんとした言葉で確かめたことはなかった。 計都は本当はどのように自分のことを思っているのだろう。三郎太はとたんに胸が苦しくなって湖のほとりにしゃがみ込む。計都も気がついて三郎太の横に座った。 「急に座り込んでどうしたの? 大丈夫?」 「うん、ちょっと疲れて」 優しく問いかけてくる計都にもちろん三郎太は本当のことはいえない。一緒になって湖面を見ていると二人の顔が反射して写っていた。 蛍の光に明るく照らしだされた二人の顔が水の流れに揺れている。 向こうもうすうすは気づいているのかもしれない。 「そういえば最近は蛍が見れる場所もすっかり減ったとか……」 三郎太は黙りこんでしまった気まずい空気を変えるために言葉を発した。計都も三郎太に頷いてしばらくその光景を見つめている。いつまでもこの光景が見れるかわからない。三郎太はこの美しい場所を守っていくためにこれから世界の崩壊と戦うつもりだった。 いつまでも迷っている時間はなかった。 「そういえば、知ってる? この光景を見たら、願い事がかなうらしいッスよ。三郎太くんは、何をお願いしたいッスか?」 計都は帰り際になって三郎太に再び問いかけた。今度はからかわれないように、先に答えて欲しいと三郎太はお願いをすると計都は嬉しそうに口を開いた。 「あたし? ……きっと、三郎太くんと同じ願い事ッスよ♪」 計都の笑顔を見ながら、三郎太は先ほど祈った守るべきものにもう一つそっと付け加えた。 大好きな人を守りたい。どんな困難がこの先待ち受けていたとしても。 誰にもこの笑顔を奪わさせない。 これからもずっと一緒に二人で仲良くいれるように―― 蛍たちがその瞬間、二人の間から一斉に川面から溢れだした。光の渦に包まれた三郎太と計都は互いに手を取り合いながら蛍たちと一緒になって戯れた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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