● 蔓があった。荷をきつく結んだ蔓は丈夫だと旅人達に重宝されていた。 元は美しい花を咲かせる筈の植物だったのに。 植物は昔を想う事もなく、只、旅人の荷作りに使われていた。 きつく締めあげるそれは彼等の荷を落とさぬ位に丈夫で、何に使っても劣らないだろう。 美しい花を手折る様で心苦しいが、悪いのはきっとアイツだったのだ。 冬の寒さが和らぐ頃に戻ってくると言っていた。春の温かさが汗ばむ陽気に変わる前に自分を迎えに来ると言っていた筈だった。 温度計の指し示す温度など見ずとも、この気温が春を忘れ去り、夏を迎えに行っている事位簡単に解る。 来なかった、のだと。 単純な答えが其処にはあった。 そうだ――来る筈が、なかったのだ。 冬の寒空の下、白いシーツの様に地面を覆う雪を踏み荒らしながら出て行ったのだから。 『可哀想……なんて、なんて、なんて、可哀想なんだろう』 そんな声が聞こえたのは冬を忘れ、春を手放したそんな頃。 きっと、誰かが救いをくれるまで、自分は只、泣いていただけだから。 空が明るみ、暮れる事を繰り返して何度立ったろうか。 軋みをあげる春が、夏に変わりゆく日々の中、何度、帰還を願ったろうか。 (待っていました、今だって、ずっと、ずっと――) 軋みをあげる春が、何かを忘れ去った頃。 ぼくは。 ● 悪魔のより糸と紹介文に書かれた植物を目にして『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は小さく首を傾げ、リベリスタ達に図鑑を差し出した。 「悪魔のより糸、ですって。変な呼び名よねぇ」 クレチマスを指差しながら、世恋はわざとらしい程に図鑑を見せつけている。 元より、ブリーフィングルームに仕事を頼まれてやって来た筈のリベリスタ達は風変りな二十五歳児フォーチュナのお守りの仕事なのか、と肩を竦めるしかできない。 「それでね、花の蔓を手にした『女』が殺人事件を起こしてるそうです」 「……」 突飛であった。 余りにも突然の言葉にリベリスタ達が瞬き一つ。 「『彼女』はエリューション・フォース。それからアーティファクトが一つ……。 うーん……実は『彼女』なのか『彼』なのかは解らないのよね。性別不明です、が」 言葉を切った世恋は図鑑を閉じながらリベリスタ達の中に居た男性を指差す。 指差された側は「え? 何かした?」となってしまうのだが、フォーチュナは気にしない。 「男性を狙ってくる傾向にあるそうで……まあ、何らかの恨みがあるみたいなのだけど。 取り敢えず、『彼女』ね。『彼女』はある人を待っていたわ。けれど――」 それ以上は言わずとも分かるだろう、と世恋はリベリスタ達を見回す。 運命とはなんとも過酷なものだ。一人の力ではどうにもならない事があるとむざむざ見せつけるかの様で。 「きっと、『彼女』は待っていただけだった。 待ち人が来ない寂しさから『彼女』が人を殺してしまう前に。どうか、救ってきてくれないかしら」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月11日(水)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 雨上がりの泥濘は歩き辛さを感じさせる。梅雨の頃だと言えど、太陽は高くないからか朝が少しばかり涼しく感じた。 クレチマスの花が咲く園は雨上がりの鬱蒼とした雰囲気を感じさせず、人気のなさが神秘的にも思える。雫がひとつ、ぽたりと落ちる様子を見詰めて、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が感じたのはちくりとした胸の痛みだった。胸に降り積もる情念が衝動的に破裂する瞬間を七海は知っている――それは、ブリーフィングで耳にした哀しい物語に共感したという意味だけではない。自分にもそんな時があったと、そういうことなのだろう。 「色々と親近感のある相手だ……」 「人を待つ恋心……か。恋とか、愛とか、オレにはよく解らん。それに焦がれ、待ち続ける事の辛さも」 解らないと首を振った『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)は七海とは対照的だった。 共感する七海と、その想いを理解できないと自身を語る福松。その気持ちを知り理解するには幼すぎたのかもしれない。かり、と奥歯で噛み砕いたキャンディが『仕事』と割り切ったことへのやるせなさを表している。 「八つ当たりもいいとこじゃないかね。無関係の人からしちゃ災難以外の何物でもないしな」 福松の雰囲気から何事かを感じとった『双刃飛閃』喜連川 秋火(BNE003597)が器用に泥濘を進みながら頬を掻く。気丈な話し方をする彼女であっても、少し、心に引っかかりを感じるのはその想いを踏み躙る事が出来ない心の優しさがあるのだろう。 「気持ちも、分からなくはないが、な……」 秋火の言葉に『鏡の中の魂』ユーグ・マクシム・グザヴィエ(BNE004796)は優しげな表情を幾ばくか曇らせてゆっくりと浮かび上がる。泥濘に靴の爪先が少し触れ、力を入れた足先からゆっくりと宙へと浮いた彼の背中を見詰めて、『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)は「やりきれませんね」と囁いた。 「ずっと待っていた結末がこれでは、どちらも報われませんね……」 「ああ、でも、俺には少し解るよ」 七海が感情を破裂させた様にユーグも寂しさを募らせて、八つ当たりを行った。鉄パイプで人を殴った感触はどうだっただろうか、声を荒げたあの時の自分は、と。そう思い出すたびに、その時に増えた心の傷が痛み出す。誰かにぶつけずに居られなかった。あの時も、そして今も―― 「理由は違っても、自分が傷ついたとしても……ぶつけずには、いられない」 「ええ。心を引き裂かれる感覚もあった事でしょう。人を傷つけずには己を保っていれなかったのかもしれません。 それでも――……私には、私の約束がある。果たすべきがあるならば」 手にしたTempero au Eternecoの細い刀身が緩く光る。レイピアの切っ先の輝きに『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)は色違いの瞳を細めて小さく頷く。正体の解らないその想いの塊は何時から待って居たのだろうか。張り巡らせた強結界の中に持ち前のバランス感覚を発揮して、ゆっくりと踏みしめた彼女の後ろに続きながら『残念系没落貴族』綾小路 姫華(BNE004949)は勝気な瞳を曇らせる。 「待ち人を、待って待って待ち続けて……その結果が、それですの……?」 ふるり、と震えた彼女の指先に強い力が籠められる。世界に刻まれる程の、強い想いの残滓だった。そう捉える事ができれば、と彼女の唇がゆっくりと動く。例え、それが少女の理想論であったとしても、そうであってほしいと願うのはリベリスタ達の優しさだろう。 『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)はゆっくりと泥を避け、歩む中、クレチマスへと視線をやって、一つ瞬く。 「クレチマス、気れな植物ですよね。花言葉は確か……精神的な美しさ、高潔、企み……だったかしら?」 ● 街を見下ろす事の出来るその丘はちょっとしたデートスポットだったのだろうか。 待ってます――ずっと、ずっと。 そう願った願いの残滓。宙に浮かびあがったその人は植物の蔓を握りしめ、佇んでいた。 「貴女が」 メリッサの囁きに反応した様にフードを深くかぶった『亡霊』は顔をあげる。蔓を垂らしたその姿は何らかの心霊番組でわるめだちしてもおかしくは無い。泥濘に座りこんで怯えた表情をする男の前へと滑りこみ、そのエリューションが振り翳した蔓をTitaniaを駆使して弾けば、驚いたような顔をして「あなた」と囁きが返された。 男とも女とも取れるその声を耳にして、秋火は両手に握りしめた小太刀を器用に使い多数の幻影を展開する。神速の斬撃を刻むのは剣術家に育てられ、その剣術を独自に消化した秋火ならではだろうか。 「この双刃をもって――狩りとろう。ボクは秋火。この名前を刻みつけてあげよう」 地面を踏みしめて、花弁が一つ、はらりと散る。泥濘の上を踏みしめた姫華は誇りを胸に全力を掛けて周辺に飛び交う花弁をカルディアへと果敢なる一撃を加える。周辺に飛び交うのはこの園に咲いたクレチマスだろう。 華の美しさは己の一字に『華』を刻む姫華ならよく解る。その美しさはある意味で純粋さを物語っている様にも思えた。櫻子が口にした花言葉――精神的な美しささえも感じさせる強い想いの残滓、けれど、そう、『けれども』、だ。 「寂しさの八つ当たりなど言語道断ですわ……その八つ当たりが、人を殺めることだなんて」 「許せませんわ。けれど……何故、もう少し信じられなかったのでしょうか」 囁きに混ざる櫻子の言葉は何処か哀愁が浮かぶ。仲間達の足場の支援に、戦いを効率的に行う為の翼を与えながら櫻子はシュヴァルツァーフォーゲルを器用に使い、己を加護するモノの意志を仰ぐ。 「来るかも解らない人を待ち続けるのはさぞ辛いでしょう……。解りますわ、その辛さは」 己が、もし愛しい人を待ち続けなければならなかったならば――戦闘が終われば直ぐにでも彼の許に行って今日の話をしたい。出来るならば頭を撫でて褒められたい、と櫻子の心に何時だって存在する彼を想いだし、色違いの瞳を伏せる。 女性陣の言葉に混乱を浮かべていたエリューションは櫻子の言葉に、手にした蔓を強く握りしめる――が、その眼の色が変わったのは目の前に滑り込んできた福松をその視界に捉えたからだろう。両手に握りしめたオーバーナイト・ミリオネア、アウトロウ・アピアランス。その二対の向く先は殺人鬼と名の付けられたエリューションの額だ。 「どうした? 待ち人が来たぞ。来いよ、こっちだ!」 彼――いや、彼女かもしれない。エリューションの蔓が打ち付けられるのを器用に避けた福松の弾丸が秋火の残像と重なる様にバラけ、撃ちだされて行く。神速の弾丸を受けて、怯む事もなく蔓を器用に動かすエリューションに肩を竦めて七海は器用に告別の弓を爪弾いた。 彼の矢は弾幕の様に周辺へと降り注ぐ。勿論、福松の弾丸に重ねて、だ。それでも彼らには決定的な違いがある。福松にとっては知らないソレを七海は知っている。 「傷を舐めあいましょうか。こういう時、相手を倒す事しか脳が無いと辛いなあ」 「辛いが、このままでも苦しみが続くだけだ。それから解放する事が出来るなら本望――だ」 福松の言葉に交わる様に跳んだ矢は彼の言葉をより強固にする様にエリューションの体を撃ち抜いた。何処か異国を思わせる落ち着いた雰囲気のシンシアは周囲を飛び交うフィアキィへと視線を送り、優しげな表情を曇らせる。 「……君の悪夢、ここで終わらせるよ」 『――悪夢?』 待ち人が来ず、待ち続け、想いが残ったその残り滓。苦しみが残した悪夢に囚われたエリューションは周囲に咲いたクレチマスの蔓に縛られているのだろう、シンシアはそう感じた。 悪夢が残ったとするのならば。背に生えた鵤の翼を揺らし、鉄パイプに似た得物を手にしたユーグは自嘲気味に――まるで、己の過去を思い出す様に――フードを被ったエリューションの顔を見据えた。 「まだ待っていたのか。未練がましい事だね」 己を護る盾を身につけて、不沈艦と呼ばれる青年は痩せた体を支える様に足へとしっかり力を込める。ユーグと福松。二人の男性が囮となり、その攻撃を受け続ける事が狙いなのだろう。 『未練だなんて、そんな、ぼくは、』 軋む季節が動きだそうとしたままに。取り残されたその体を何処にやればいいのかと惑ったままに。 伸びる蔓が福松の腕を掴まんとする。体を滑り込ませ、クレチマスと共に切り裂く秋火の狐耳が頭の上でぴょこりと動く。 「気持ちは分からなくもないが、やっていいことと悪い事があるんだ」 くるり、と掌の上で回った小太刀。秋火が体を引くと同時、彼女に当たらぬ様に火焔を纏った姫華が滑りこむ。真っ赤なドレスは火焔を受けて更に赤々として見える。巻き上がるスカートの裾から零れるフリルは、火花の様にも見えた。 「貴女……、純粋な想いがあったのだとしても、その悲しみから人を殺めるのはお門違いと言うものですわ」 『あの人は、僕だけ、苦しいなんて……!』 「……悲しみを他者にぶつけて、それで、悲しみは減ったのかしら?」 ぴたり、とエリューションはその動きを止めた。 ● 視界から外れた位置に布陣したメリッサは己の後ろで座り込み、神秘を目の当たりにした青年を連れてその場から移動して居た。 花の中で舞う少女に、弓を爪弾く青年達、その姿はファンタジー世界の作りモノのように思えたのだろうか、青年は呑みこめずぼんやりと己を抱え上げて走るメリッサを見詰めていた。華奢な少女は一人の青年を抱え上げるだけの腕力を持っていたのだろう。 「君……」 「何も聞かないでください。それと、ここからは安全です。お逃げなさい」 高貴な雰囲気を纏った少女の言葉に、たじろぐ青年は小さく頷く。殺されかかっていたと言うのに、彼の心に残ったのはあの場所でリベリスタ達が口にしていた『八つ当たり』という言葉だったのだろう。 「き、君は、あの人をどうするつもり、で……」 「民草に仇為すなら、あの方の想いも、全て断ち切って――……それが悪だと言うならば、喜んで悪となりましょう」 果たすべき任務を遂げて、それが未来につながるならば。メリッサ・グランツェは想いを断ちきる悪にも簡単になる事が出来るから。 配下のクレチマスを伴ってエリューションの攻撃は福松、ユーグに集中する。特に、ハッキリと挑発したユーグに向けての攻撃は苛烈なものとなっていく。だが、彼は攻撃を避けない。攻撃を流す事により、出来る限りのダメージ量を下げることに注力したのだ。 「甘い言葉に縋った、ずっと待ち続けるなんてね」 『違う!』 「悔しかったら、仕返ししてみろよ」 蔓が手にした杖へと当たる。押し返す様にユーグが身を引けば、福松の弾丸が真っ直ぐに突き刺さる。 周囲に跳ぶクレチマスを切り裂く中で、花弁のシャワーを浴びながら秋火は体を反転させ、澱みなく一体を地に落とす。指先で回る小太刀に当たる花弁の鋭利な攻撃に、彼女が身を引くと同時、支援する様に櫻子の癒しが齎される。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 ぎゅ、と両の手で弓を握りしめた櫻子の色違いの瞳は切なげに細められる。緩く浮かび上がった彼女の足元の泥が跳ね、身に纏う着物の裾を汚すが気に留めることなく尻尾をふわりと揺らして見せた。彼女の瞳は、唯、目の前の名も性も分からぬ存在を見詰めている。美しい花を攻撃に使う憐れな殺人鬼。 「花は愛でられるモノ、人を攻撃してはいけませんね……」 それは、櫻と名に入る彼女ならではの言葉なのか。 苛烈なまでに赤く染まった花弁は、それでもなお焔を纏う。前線でのダメージを櫻子による補佐でカヴァーする姫華はカルディアを手に周囲のクレチマスを真っ直ぐに貫いた。 「私の魔力で構成されたランスの痛みは如何かしら……?」 貫いたそこから得る力を元に、彼女は苛烈な色を燃やし続け、姫華の色合いに負けぬ様に世界を彩る弾幕は七海の放つ矢の色か。 「その気持ちは風化するだけで、けして埋まらない。別の『何か』で埋める事しかできませんよ?」 告別はその名の通り『別れを告げる』為にあるのだろうか。想いを打ち鳴らし、命に線を引く。七海の手にする弓は己の想いを告げる様に真っ直ぐに矢を穿つ。言葉に、胸を締めつけられたかのように蔓をしならせ福松の腕へと絡みつかせたエリューションの嗚咽を少年は微かに聞いた。 泣いているのだろう、そうユーグは思った。辛い言葉をぶつけても、自分だって同じ様な想いを抱いた事が在るのだから。 浮かびあがった青年は飛び交うクレチマスを杖で叩き付け地に落とす。八つ当たりは不毛だと真っ直ぐな言葉を投げかけてもやり場のない想いの往く果てをなくすだけなのだろう。吐き出すしか己を保って居られないならば、自分が受けとめてやる事が出来る筈なのだから。 「人を殺めるのはお門違いですわ! 悲しみを他者にぶつけて、ソレで悲しみは減ったのかしら?」 『僕は、』 季節が自分だけを置いていった気がした。あの人が来てくれないのは、きっと、自分が―― 「君に人殺しをさせたくないんだ。その怒りも、怨みも、悲しみも、全部、俺にぶつけてくれ」 エリューションへと向き直り、青年は告げる。福松を狙った名もなき、姿もおぼろげなエリューションへと破壊的なオーラと共に蜂の一刺しを一つ繰り出したメリッサは目を伏せる。青年とした会話が脳裏にしがみついては離れない。 想いを断ちきることで己が悪だと言うならば喜んでその汚名は被って見せよう。報われない事を知って居るのだから。 「あなたは誰なのでしょうね……?」 その姿を目にしても櫻子には解らない。仲間達へと癒しを与えながら、攻撃の手を忘れる事は無い。強烈な閃光が周囲を薙ぎ払えば、花弁が焦げた様にひらひらと散っていく。 「私は幸福ですわ。愛しい人に愛されている――あなたは?」 『僕だって、』 幸せだったと告げる声に秋火は耳を揺らし、地面を踏みしめる。長く待ち続けて降り積もった悲しみが、この日の空模様の様に暗いものだというならば。 「その雲も晴らしてやるよ。今日で、終わりにしようぜ」 両手の小太刀が華を切り裂く衝撃と共に蔓を引き千切る。金色の髪がまるで狐の尻尾の様に大きく揺れた。エリューションの隙を秋火は見失いはしない。速度を武器に師から倣った術を己の者にしたその技量を込めて、渾身の力で周囲のクレチマスを地面へと叩きつけた。 レイピアの先が花弁を深く貫く。構えて突く。単純なまでのメリッサの攻撃は彼女の全てを表している。蜂の様に射す。蝶の様に軽やかに動く姿は彼女の持ち前の素早さからくるものなのだろう。 「私は必要悪であれ。民草のためならば、悪にだってなりましょう」 声に呼応する様に花弁が周辺へと大きく跳びあがる。 花弁から傷を負い、櫻子の回復で立ち上がったシンシアは首を振る、と振って弓を引いた。 「悪夢の蔓を解き放ってあげるから……眠って、いいよ?」 シンシアの声の裏で、一体どこにあるのでしょう、と名もないエリューションの想いを増幅させたきかっけがあったのだろうと櫻子は首を傾げる。 回避を得意としない七海は傷だらけであった。それでも、避ける事が出来なくとも想いを受けとめる為には攻撃も受けとめなければ、と思うから。 頬に走る傷を振り払う様に弓を引く。言葉に惑う名もないその人の未練を解き放つ様に。 「さようなら、縁があれば来世で」 僕は未だ、あの人にと告げる言葉を断ち切る様にユーグは的になる自分の体を捻り上げ、己の杖で殴りつける。 「クレチマスの花言葉は知ってる? 旅人の喜び、って言うんだってさ」 それは、これから終わりを向ける『彼女』への言葉か。捲り上がったフードの下に泣き出した女のかんばせが見えた。 見栄も何もなく、唯、汚れた姿になってまでも待った『彼女』がこれから旅立つ所へ向けて。 この地に咲く花が、彼女の行く末を彩れば、と。 蔓が伸ばされる。泣き出す女は叫びたくなる声を抑えて嗚咽を漏らす。蔓が足に絡みつく、引っ張られる衝撃に合わせて、少年は地面を蹴った。 恋も、愛も、解らないままで誰かも分からないその存在に別れを告げるのは向いていないのかもしれない。 それでも――真剣に、そう思ったから。 「積極的だな。嫌いじゃないぜ、そういうの」 ゼロ距離。丸い瞳が福松と克ちあったと同時、一つ、発砲音。 千里眼を駆使した福松としっかりと探しましょうと尻尾を揺らす櫻子は泥濘の中を見詰めながら首を傾げる。 雲の隙間から射しこむ日に、ユーグが眩しさを感じたと同時、きらり、と何かが輝いた様な気がして、青年は秋火と顔を見合わせた。 土の中に、何かが見える。落ちたネックレス。想いの欠片を感じとる様な気がして、メリッサはそっと拾い上げ、小さく笑う。 指先から零れたそれは雨上がりの雫と雲の隙間から反射して。 それが想いを増幅させたアーティファクトだったというならば、姫華は彼女を開放しなくてはとそれをランスで一突きし、罅を入れる。 積もりに積もった想いの欠片。拾い上げたメリッサはそっと目を伏せて、晴れ間を見せた空を見詰めた。 「……こんにちは。貴女、でしたか」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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