●「いじめっ子を死刑にしてください」と書いた人権作文が入賞する事はなかった。 昼休み。校舎裏。一人の子供が泣いている。理由は単純――本人にとっては重大かもしれないが、世間一般から見れば良くある些細な事――いじめだ。バイ菌の様に扱われ、笑われ馬鹿にされ疎まれ除け者にされ迫害されありもしない屈辱的な噂を流されて、物は隠され壊され落書きされて、助けを求めた教師や親すら「いじめられる方に問題がある」と怒るのだ。 まぁ良くある話である。いじめられた子が心に甚大な傷を抱えて死ぬまでそれに苦しめられる程度の。 (どいつもこいつも死ねばいいのに) 蓋し、子供ほど残虐なものはない。 (みんな死ねばいいのに) その咽裏から噎せ返るほど『純粋無垢』な思い、願い。 それは『神秘』に呼応し、形となって膨れ上がる。 「……!?」 その子は違和感に気付く。自分の足元だ。湿った地面。それがムクムクと膨れ上がっている。まるで急速に山が出来上がってゆくかの様に。その子は驚きのあまり動く事すらできなかった。そうこうしている内に膨れ上がる土はみるみる巨大になってゆき――やがて出来上がったのは、一体の巨大なゴーレムで。 その子はゴーレムの頭の上。とてもとても驚いた。けれども恐怖は無かった。なんとなくだけれど、『これ』は自分の味方だと、根拠は無いけれどそんな気がしたのだ。『これ』は世界で唯一の、やっとできた、自分の味方。 だからその子はこう言った。純真無垢だったから、こう言った。なんとなくだけど、ゴーレムも自分の一言を待っているような気もした。 「全部こわして、全部全部! ころして!」 応えるゴーレムがむおぉーんと声をあげて応える。ドシンドシンと足音。歩き出す。当然ながらそれに気付く者がいる。悲鳴。悲鳴だ。叫んでいる子供達。それにゴーレムがどす黒い吐息を吹きかける。それは死に至る毒。少しでも触れてしまった子供達が、全身の皮膚を爛れさせながら溶けて死んでゆく。 ざまあみろとその子は思った。自分の事をばい菌扱いして臭いだの汚いだの言ってきたのはお前らだ。ざまあみろ。こんなにも気分爽快。ゴーレムの殺戮。自分の事を馬鹿にした奴も、笑いやがった奴も、物を壊したり隠したりした奴も、無視してきた奴も、殴ってきた奴も、助けを求めても拒否した教師も、皆、皆、無残に無様に殺されてゆく。ざまあみろ、ざまあみろ、どいつもこいつも死ぬべきだ。死んでしまえばいい。こんな世界も、皆も。 「しんじゃえ、しんじゃえ、みんなみんな大嫌いだ!!」 ――蓋し、子供ほど残虐なものはない。 ●勝った奴が正しい 「生は苦痛、とは誰が最初に言い始めたのでしょうね。サテどうも皆々様、こんにちは。任務のお時間ですぞ」 事務椅子をくるんと回し、振り返る『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)はいつもの笑みでリベリスタ達を出迎えた。 「任務内容は簡潔、一体のフェーズ2Eエレメントの討伐ですぞ。が、状況が少々厄介です。なんせ出現したのが真昼間の学校、『非神秘』のど真ん中なんですからね」 言下にメルクリィの背後モニターに画像が展開された。何処にでもありそうな一般的な学校、討伐対象らしい巨大な人型土くれ――言うならばゴーレムの姿。ふと、リベリスタの目に留まったのはゴーレムの姿だ。良く見れ見れば、その頭上。一人の子供がいるではないか。 「お気付きですね。ご覧の通り、Eエレメントの頭部には少年が一人、しがみ付いております。どうやらこのEエレメントはこの子の強い思念に呼応して発生したようで――ええ、偶然と言えば偶然、ですかね。しかし神秘の前にはいかなる現象も『しかたないね』で済まされてしまうんですけどね。 で、トリガーとなったその子が思念がですね。一言で表すならば憎悪です。その子、いじめられっ子のようでしてね……子供故でしょうか、『全部死んじゃえ』という激しいものです。そしてそれに応えるかの様に、Eエレメントは大暴れしておリますぞ。 不幸中の幸いにしてEエレエントは攻撃対象にその子を含めてはおりません。皆々様が用心すれば、その子が戦闘に巻き込まれて負傷するという事は起きないでしょうね。尤も、ノックバックなりで大きくエレメントが体勢を崩した場合は、落下してしまいそれによる負傷もありえますが……」 その子は革醒していない以上は保護対象だ。革醒する未来も無いだろうとフォーチュナも言う。戦闘しつつも留意する必要があるだろう。 「皆々様の任務は申し上げました通り『一体のフェーズ2Eエレメントの討伐』です。現場には多数の一般人がおりますが、それらの神秘秘匿含むアフターケアは後処理班の方で行いますので、皆々様は戦闘に専念を。犠牲者も出ている以上、早急な討伐が必要となりますぞ」 事情や思いは様々だろう。同情も侮蔑も無感動もそれぞれだ。リベリスタとして重要な事は一つ、エリューションによる事件の解決。 「さてはて、悪いのは誰なのでしょうね。Eエレメントを生む切欠となってしまったいじめられっ子か、その子にそんな思念を抱かせてしまったいじめっ子か、救えなかった大人なのか、偶然的にもそれをカタチにした神秘なのか、それとも……」 そんな言葉と一間を置いて。いってらっしゃいませとメルクリィが機械の手を振る。 さぁ、今日も世界秩序を護る時間だ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月08日(日)22:41 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●それでも、世界からしたら日常 阿鼻叫喚。 その場を表すのにこれほど的確な言葉は無い。 「たかが子供、されど子供か……」 逃げ惑う子供達。鼓膜を劈く悲鳴。あちこちに転がったぐずぐずの血死体。パニックの空気。されど『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)がその麗涼な表情を変える事は無い。どうやら強すぎる思いが神秘に結びつくとこういう事になるようだ、と冷静に考えていた。 (これは極端に過ぎる例だろうがね) そんな彼の思いを感じ取るかの様に、『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)は仲間に翼の加護を施しつつその長い猫尻尾を揺らした。 「純粋無垢だから、では言い訳できる罪状じゃありませんね。虐められっ子から虐めっ子になったなら未だしも……」 「アハハ! どっちも良くある光景だ」 応える様に言葉を発したのは緒形 腥(BNE004852)、同時に周囲に張るのは強結界。 状況は既に始まっている。 リベリスタの視線の先には巨大な神秘異形と、その天辺にいるただの少年。 「子供のうちから殺戮に至る負の感情を重ねるのは辛かったのでしょう。誤魔化し方も知らずに発散もできずにいたのですから」 小さく首を振りながら『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)が呟いた。 「純粋さゆえの残酷さの顕現と言ったらいいでしょうでしょうか? それに応えてしまう神秘というものは厄介極まりないものですわねぇ」 そして己達はその厄介な『神秘』である。 さぁ目には目を。神秘には神秘を。 復讐ゴーレムの前を阻む様に次々と躍り出るリベリスタ達。当然ながら異形が、そして少年がリベリスタの存在に気が付いた。 搗ち合う視線――『質実傲拳』翔 小雷(BNE004728)は真っ直ぐ、少年を見据える。 「完全なる善も絶対的な悪も存在しない。所詮善悪とは自分自身が決めるものだから。周りになにがしらの落ち度があるのだとしても」 今の俺にはお前が悪にしか見えない。そう続けて、バンテージで武装した拳を構えた。仁義上等。誇りを胸に見得を切る。 「悪いがお前の味方にはなってやれんな」 「だれ? お前らなんかしらない、邪魔!」 激情のままに叫ぶ少年。それに呼応する様にむぉーんと声を張る復讐ゴーレム。 それらを、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は金属の目でじっと見ている。激する事も、顔を顰める事も無く。いじめっ子をむごたらしく頭の中で殺した回数なら、多分この子に負けないと思う。そして今はむごたらしく殺せる立場だ。お互いに。 「我々は同じもので、我々はお互いに見たくもない鏡像だ。なら殺し合うしかないでしょう。本来ならね」 迷う事無く、躊躇う事無く。復讐ゴーレムのすぐ足元に立ち、あばたは銃を向けた。幸いにして避難誘導やら神秘秘匿やらは今は考えなくて良い。丁度良い。自分は『救う』よりも『殺す』方が得意なのだから。 「……ふぅ」 冷静に。ひたすら冷たく。引き金を引く。それは『倫敦で二番目に危険な凶弾』、即ち、静かなる死<サイレントデス>。殺意の詰まった弾丸は狙撃手の音無き福音。ゲテモノ銃から放たれたそれは冷たく冷たく螺旋を描き、神がかった精度を以て土くれ異形の体を穿つ。無慈悲な銃声を戦場に響かせる。 冷静に。もう一度脳内で唱えた。努めて少年は視界に収めない。 (あの子は――) わたしにとっては最大の理解者であり敵。わたしは残念ながら、冷静には対処できない。 「"Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird――」 そして直後に復讐ゴーレムの真正面に立つのは紫月である。薄紅色の唇で紡ぎ出す言葉と共に、すらりと抜き放つのは夕闇色の流麗な剣。 「Und wenn Wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein."――ですわ!」 怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。お前が長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくお前を見返すのだ。 言ってみたかっただけである。ドイツ語で言ってみたのはその方がなんとなくカッコイイからだ。 そんな言葉を吐きながら、奈落剣・終。少女の赤い血を代価に、この世の全ての呪いが刀身を包む。漆黒の一閃。闇の軌跡。翻る白の衣装。白と黒、光と闇、嗚呼、素敵ですわぁ! 「なんだよぉぉお、邪魔するなよぉお!」 ゴーレムの上の少年が叫ぶ。興奮状態の彼には目前の神秘(リベリスタ)に狼狽を示す事は無く、ただ邪魔者として怒りと憎悪を向けていた。その様子に、腥はフルフェイスの中でフッと思わず噴出して。 「おっさん『冷酷だ(やさしい)』からね、何れが悪いとは言わないよ。言いたい事が有れば聞くし、殺しもしないから安心すると良い」 ただ――そう言葉を続けた。きりきりきり、鉄の四肢が不穏に軋る。異形と大差ない、否、既に異形そのものかも知れぬ男は笑っていた。かもしれない。その表情を見れる者はこの世にはいない。 「後で纏めてへし折って静かにさせるだけさ。……アハハ! 嘘だよ、何かは言わないけど」 ちっちゃい子に「心をへし折るよ!」と真っ向から言うなんて、そんなの弱い者いじめってーか児童虐待じゃないか。非常識だ。おっさん常識人だよ。正義の味方だよ。ホントホント。マジホント。オブラートで素敵にラップングできるのが大人なの。アダルト。此れ即ちR-18。なぁんてね。そして睥睨。 「あ、おっさん眼も顔も無いんだった!」 相貌無き双眸。復讐ゴーレムを射抜く。 立て続けの攻勢にゴーレムが半歩下がった。が、そのままぶわぁと吐き出したのは神秘性細菌の息吹である。触れる者を忽ち冒し、溶かし、蝕み、傷つける。恨み辛みが詰まったかの様なドス黒さ。下水道の底より汚い。 ああ汚い、汚い、汚らわしい。恋人の後ろに隠れるも周囲を取り巻く憎悪の菌は櫻子にも容赦なく降り注ぐ。咳き込んだ。血反吐。けれど絶対者である彼女が毒に冒される事は無い。が、櫻霞は違う。黎明の様な白い肌が毒に冒され内出血、ドス黒い斑点が浮かび上がる。崩れた組織から血が噴出す。吐血。鼻血。目から。耳からも。 その光景、櫻子にとっては世界を侮辱された事に等しい。櫻霞は櫻子の世界の全て。恋情故に湧き上がったその感情は、名付けるならば憎悪だろう。 「私の世界は、壊させません――!」 最適化した魔力より、詠唱によって紡ぎ出されるのは聖き神の大いなる激励。それは櫻霞だけでなく、この場にいる仲間達の痛みを毒を忽ちにして拭い去る。晴れゆく黒霧。その狭間より、櫻子はキッと少年を睨み付けた。 「あなた。これでは殺人鬼に成り下がっただけですわ。果たしてその自覚があるのかしら? 殺人鬼となった以上、例えここで始末されてもおかしくない」 「知ってるよそんなこと。みぃんな僕のこと死ねって思ってるんでしょ、そんなのうんと前から知ってるよ~だ、バァーーーカ!」 己をここまで追い込んだのは、殺人鬼に至らしめたのは、他でもない『お前ら』だ、と。少年は叫ぶ。 「……成り下がると理解出来ていたらこうはならなかった。ただ、それだけの事でしょうけれど」 「物事の始まりには全て理由がある。少年に歩み寄ろうとした人間は本当に居なかったのか。『嫌いだから死ねば良い』……その閉鎖的な考えがこの惨劇を呼んだのだと、そう考えることだって可能だろうに」 櫻子に応え、櫻霞もゆるりと首を振った。 「知ったかぶりして! だったらお前らが僕を助けてくれたらよかったのに! 自分勝手だよ、だぁれも僕の味方はいない!! いつだっていつだっていつだって僕が悪者なんだ、僕が悪いってみんなが怒る! なにをやっても笑顔でいても僕がぜんぶ悪いって言うんだ!!」 少年の叫びは最早、後半はヒステリックな悲鳴そのもの。櫻霞の言う様に、こうなるまでに誰か歩み寄る者がいればこうはならなかったのだろう。だが『こうなってしまった』という事は……つまりそういう事だろう。『そうなった』から、『閉鎖的な考え』が生まれてしまった。少年が元々閉鎖的な考えを持っていた訳ではないのだ。 「尤も、かの少年の人生など……俺には何の関係も無ければ、接点も無い」 不運を嘆け。知った事か。そう呟き。黒の拳銃ナイトホーク、白の拳銃ブライトネスフェザーを、櫻霞は向けた。引き金を引く動作に迷いは無い。月の女神の祝福を受けた弾丸が光の軌跡を描きながら復讐ゴーレムに襲いかかった。その弾丸は砲撃の如き衝撃波を伴って異形を強烈に吹き飛ばす。となれば、その天辺にいる少年もまた、足場が大きく傾いた事で空中に放り出された。 「あ、――」 真っ逆様。頭から。凡そ5mほどの高さから、勢いをつけて投げ出されて。大人だとしても助からない。激烈に運が良くて半身不随か一生昏睡。そうでなければ死あるのみ。 だった。しかしそうはならなかった。 「――ッらぁ!!」 助走を付けて、矢の如く。少年の下へ一直線、跳躍し手を伸ばしたのは小雷だった。受け止める。抱き止める。そのまま宙で一回転、脅威のバランス能力で着地する。そのまま2、3と大きく跳んで復讐ゴーレムから距離を開くと、少年を下ろしすっくと立ち上がった。護る様に向けた背中。それ越しにあちこちに転がった人間の死体が見える。「いいか」と虎獣の青年は口を開いた。 「こいつが殺した命には確かに『未来』があった。それをどう受け止めるかはお前次第だ」 返事は無かった。俯いているのだろう事を背中に感じた。小雷は跳び出す。怖気る事無く、巨大な敵へと。 「これ以上……好きにはさせねぇぜッ!」 張り上げる気合。それと共に両の拳に纏うは鮮烈なる雷光。怒涛の攻勢。稲妻の武舞が、復讐ゴーレムに叩き込まれる。拳が振りぬかれる度に、稲光が彼の勇ましい相貌が照らされ浮かび上がった。 「ひょー、翔ちゃんカァッコイー」 念の為に救助のフォローが出来る位置にいたが、それも必要なかったみたいだ。腥は口笛を吹くと独りになったゴーレムへ視線を戻した。守護結界により防御も万全、後は徹底的にバラすのみ。踏み込んだ。少年がそうなった事の、何が『きっかけ』かは知らん。知る気も無い。 「ただ、『みんな死ね』と言うのなら……へし折るだけさ。死にたくないからね」 超高密度の鉄鎚と化した拳で殴り、刃となった脚で切り裂き。殴り殴られ骨が折れて地面に叩き付けられ毒を浴びせられようと反射のダメージも一切合財気にしない。暴力を止めない、引く気も無い。 「ほ~れどうしたどうした。折角だから目一杯、抵抗するがいい」 拳。それと同時に、隕石の如き流星の弾丸。 「結末はどうあれ、解決するのが俺の仕事だ」 次弾装填。櫻霞の眼差しは大空より大地を睥睨する気高き猛禽類の如く、獲物を決して逃がさない。厄災を撃ち砕く。須らく害意神秘は排除すべし。守護という名の攻勢。蒼穹に向けた白黒の銃。引き金を引く。それは愚者を裁く神の矢の如く、燃え盛る紅蓮の炎となって遍く地上に降り注いだ。 鳴り響く銃声、それに寄り添うは清らかな詠唱。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 櫻子が奏でる、幾度目かの聖神の息吹。紫月とも協力する徹底した回復支援により未だリベリスタに倒れた者はいない。 状況はリベリスタの圧倒的優勢。 リベリスタは、『ひとりぼっち』の敵を追い詰める。追い詰められたエリューションが荒々しくその腕を振り回す、周囲の者を吹き飛ばす。 まるで駄々っ子だ、と。殴り飛ばされ地面に叩き付けられた紫月は思った。切れた唇の血をそのままに、剣を構えて立ち上がる。泥に塗れ、血に塗れ、それでも敵に立ち向かう事のなんと雄雄しき事か! 鬨の声を張り上げて、吶喊――最中、視界の端に呆然と立ち尽くすのみの少年が見えた。 (子供の願いは純粋ゆえに強力、それに追い詰められていたのでしょう……自ら手を下さないとはいえ願いから産まれた神秘に責任を取れ、というのは酷でしょう) Who is a villain? 誰が悪いの? 真に悪しきは、誰かに『悪役』を押し付ける者達かもしれない。 「ならばわたくしは……善も悪も、超えて魅せますわ!」 喜びも、悲しみも、光も、闇も、傷の痛みも流れる紅も、全部全部己のものだ。完善超悪。夕闇の剣に込める十重の苦痛。飛び込む勢いのままに異形へと突き刺した。突き立てた。深く淵く暗く昏く。 「少年」 貫かれた復讐ゴーレムを、銃口で狙いつつ。あばたは彼方の少年に、独り言つ様に。 「憎しみが心に力をくれるこの感覚を、大切にしなさい。わたしやあなたのような、愛され方や愛し方を知らずに育った者は、愛や慈しみでは力を得られない」 憎んでいい、怒っていい、恨んでいいのです。そんな声と、銃声と。落ちる硬貨も射抜くド正確な射撃は、嘘も吐けないほど糞真面目なあばたの気質に良く似ている。 ぐらっ、と復讐ゴーレムが傾いた。 それを見逃さず、すかさず飛び出したのは小雷と腥。 「これで仕舞いだ!!」 「安心しな、アンコールは誰もしない」 横一閃に、小雷が振りぬいた稲妻の拳。 縦一閃に、腥が振り下ろした斬撃の脚。 灰は灰に、塵は塵に、土は土に。 ●明日が来るよ、足音も無く 後処理班が活動している音、景色、それらを意識の端に留めつつ。 眉根を顰め、恋人の服を指先で掴み、溜息を吐いた櫻子は少年へ振り返った。 「間違いなく貴方はただの殺人鬼、皆さんがお優しい人達で良かったですね」 「…… うわ゛ああああああああッ!!」 絶叫。追い討ちの言葉に激昂した少年が櫻子へ殴りかかろうとした。だがそれは間に割って入った櫻霞、そして少年を羽交い絞めるあばたによって食い止められる。が。少年が振った右手。そこには死体の血で染まった泥が握られていた。べしゃり、と。当たらなかったものの飛び散ったそれが櫻子の靴を汚した。どろり。 やれやれ――櫻霞は思う。久々に厄介な一件だった。後処理まで責任が無いのが唯一の救いである。極端な子供の思考というのも、化けると斯くも面倒だ。痛感した。 「怒りに憎悪、判りやすい感情に目を向けるのは簡単だ。しかし同時に目を曇らせる要因にもなる。もう少し視野を広く持つことだな」 「うるさい! うるさいうるさいしねしねしねしねしねしねしね――」 「まぁまぁ、それ以上はいじめっ子といっしょくたになっちゃいますよ」 変わらぬ調子であばたは言う。暴れる子供を片手で抑えつつ、彼女はそのポケットに紙切れを一つ、捻じ込んで。 「電話番号をお渡ししておきましょう。あなたのようなみじめでグズで正しさでは救われない者に、わたしは共感しますから。電話してどうするって? さあ? 愛しのゴーレムを退治したわたしに復讐するもよし、巨大な力を操る心得の一端をお教えするもよし……」 淡々とした物言い。泣き崩れる少年。その正面に立ったのは紫月だった。伸ばした手。そっと、ぎゅっと、抱き締める。 「大丈夫……ごめんなさいね。怖かったね。辛かったね」 伝える温度。優しい言葉。受けた傷は消えないだろうが、少しでも、何かを取り戻せる事が出来たなら。一時でも安らぎを与えられるのなら。 少年が紫月を振り払う事は無かった。相変わらず泣いているが、興奮状態も醒め徐々に正気に戻ったようで。気付く。己のやった事の重大さに。直接ではないにしても人を殺したその事実に。目の前で起こった現実じゃない様な現実に。そしていっそう、噎び泣くのだ。 歪んだ心に大きな力は果ても無く危険だ――その事を、小雷は何よりも知っている。かつて自分が、そうだったから。 だが、長い間無力ゆえに立ち向かう事ができなかったのが、少年の心を歪ませたのであろう。今のままではまた凶行に走るだろう。喧嘩で勝つ為の術を教えたいが、これ以上神秘存在である自分は彼に関われない。程なくすれば彼の記憶も、後処理班によって『無かった事に』なるのだろう。それでも。だから。小雷は少年の肩に手を置いた。 「いいか。これからはいじめっ子に仕返しするんじゃなくって、同じ仕打ちを受けている人間に手を差し伸べるんだ」 「……むりだよぉ」 「無理って言ってたら、いつまでも無理だぞ。変わらないぞ。辛いままなんだぞ。それでもいいのか?」 「変わらなくちゃいけませんわ。もう一回無理なんて仰るなら、ほっぺた引っ張ってあげますわよ」 紫月も言う。少年は黙り込む。小雷は微笑んだ。その手を、小指を差し出しながら。 「男と男の約束だ。……できるな?」 「……うん」 ゆびきりげんまん、うそついたら――…… その事件は神秘によって非神秘として処理されて。あの場にいた誰も彼も、神秘の事など覚えていない。朧だけども、ガス爆発事件があったのだ。人が死んだりした。悲しい事件だった。そういう事になって。3日もすれば新聞の端からも消えてゆく。 あれから少年がどうなったのか、リベリスタ達は知らない。 けれども、その学校で大きな悲劇が起きる事はもう、二度と無かったという。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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