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血と鉄錆の箱にて沈め

●清涼空間ザッピング
 本来ならば、何ら問題はなく終わる日だったはずなのだ。
 集まった面子が面子だった故に想定以上に早く終わったささやかなエリューションの退治。
 出掛けにフォーチュナが、冗談のように『その辺りで最近女子高生が何人か失踪してるらしいので、気を付けてくださいね』なんて『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)と『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)、月杜・とら(BNE002285)に声を掛けたりはしていたけれど。
「一体誰がこの顔ぶれを攫っていけるってんだか、すずきさんは分からないよ」
「万華鏡にも引っ掛からないし、多分家出だろうとは言ってましたけどねっ」
 なかなかに暑い日だったから、女子高生に紛れてジェラートを買ってスプーンをぴこぴこさせたりしてる『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)の言葉に頷いた離宮院 三郎太(BNE003381)の通り――特に異常はない、のだろう。
「ぶっきー、今こそ年上の男性としての甲斐性を見せる時だと思うんです」
「世間様の言葉に翻訳すると『奢れ』という事か」
 目をキラキラさせて見上げる舞姫と『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)の様子もいつも通りだ。
 早めに終わったからと一応様子を見に来たものの、その必要もなさそうだった。
「家出にしても誘拐にしても、これ以上分かる事はなさそうか。散歩にもならなかったな」
「ふふ……まあ、たまにはこんな日もよろしいかと」
 常の如く冷めた目で、けれど同じ様にジェラートを突くユーヌを微笑ましげに見ながら、『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は暮れかけた空を仰ぐ。
 綺麗な夕焼けが見えている。明日も晴れだろうか。
「しかし、こういう陽気だと俺らは仕事終わりにアイスよりも一杯、と行きたいものだけどね」
「本部で報告までは終わらせねばな。その後にしておこう」
「お、じゃあ熾竜さん、ウチなんてどう? 今の時期にいいのが……」
 やや遅れて続く『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の感覚も何も捉えてはいない。穏やかな夕方だ。

「おっ、にゃんこはっけ~ん。ぬっこぬこにしてやるぜ☆」
「あ、とらちゃん、あんまり急ぐと転……」
 建物と建物の間の細い路地。わざわざ通り抜ける人は少ないだろうが、向こうの景色も見えているそこに、とらを追いかけて入った舞姫は――言い様のない怖気に囚われて、持っていたコーンを取り落とす。
 ぐちゃ、と潰れる音は聞こえなかった。
「……ぬこは逃げたか。良かった」
 とらの声が、先程までとは質を違えて聞こえる。
 夕日に染まった赤い路地であったはずのそこは、真っ赤な鉄錆の箱にも似た部屋に変わっていた。
 
「あら。『誰も入れないようにしていた』のに」

 聞こえてきた声に、舞姫の中の何かが蘇る。
 穏やかな日に紛れ込む異分子。
 教室に差し込む夕日という日常に見合わない。赤。鮮血。目の前に広がった色。痛み。
 逃げ惑う級友をなんとか誘導し、庇った身に受けた傷。右腕が、痛い。
『まず、右腕から。次はどうしようかしら?』
 女の歯が、腕の肉に食い込んでいる。
 囁いた声が血の様に生温くて、生臭くて……。

●日常平穏ザッピング
 誰もいない通りに潰れているジェラート。
 石を投げ込んだ水面の様に揺れている空間を見つけ、踏み込んだメンバーが見たのもまた、赤だった。
 血を上から垂らしたような鉄の箱。
 奥に転がっている赤いものは……消えた女子高生か。
「やれ、随分と自傷癖に満ちた『家出』もあったものだ。……死んではいないようだが、このままだと時間の問題だな」
「ど、どうにか助けられませんかねっ……!?」
「説得が通じる相手ならばこんな悪趣味な部屋は作らないだろう。全く手間の掛かる」
「まあ、お招きしてもいないのに酷い言い草だわ。どうして入ってこられたの?」
 ユーヌの言葉に、三郎太の視線に笑ったのは、一人の女。
 長い黒いドレスを纏った、白い肌の妖艶な女。
「――皆、急いで通信を本部と繋いでくれ、ギロチンさん辺りにこいつのデータを探して貰う!」
「了解した。舞姫、とら、一旦距離を置け」
「おっけー! 任せとけ……って、舞ちゃん? 舞ちゃん?」
 素早く前に進み出る快と、得物を構えた伊吹にとらは頷いて、ふと隣の舞姫に訝しげな目線を向ける。
 一つしかない目を見開いた彼女は、額に汗を浮かべて深く浅く息を吐いていた。
「どうしたの、何かされた? すずきさんと一緒に一旦下がろう」
「舞姫様、具合でも……? 痛みがあるなら、私に――」
 その腕を掴んだ寿々貴と、気遣わしげに声を掛けたシエルの言葉を遮り、女は笑う。嗤う。
 真っ赤な唇を吊り上げて、赤と青の両目を細めて。

「ああ。あなた。あなたはわたし。だから入れたのね。久しぶりね、可愛いわたし」

 ああ。そうだ。
 こいつはいつも。いつも。いつも。日常を剥いで持っていく。
 そこに血塗れで転がっている彼女らだって、さっきまでのような平穏な日々を送っていたはずなのに。

「可愛いあなた。全部わたしに捧げに来てくれたの?」
 そこで、誰かが気付いた。
 頬に片手を当てて怖気のする嘲りを浮かべた女の右目が、荒い呼吸を繰り返す舞姫と同じ色である事に。

●曖昧記憶ザッピング
 夕日で染まった赤い部屋。血飛沫で染まった赤い教室。
 細い腕の何処にそんな力があるのか舞姫を軽く持ち上げた片手。
 真っ赤な瞳は舞姫から零れた血を湛えた深い沼に似て、意識が奪われそうになる。
 全身の力が抜けていくようだった。
 けれど体は意識を繋ぎ行動に移す僅かな奇跡を掴み取り、血の池に一撃を振り下ろした。
 刃物ですらない無力な鉛筆は、それでも革醒者の臂力を持って女の目を抉る。
 無我夢中の反撃に、女は今度こそ血で真っ赤に染まった目を押さえた。
 苦痛の声すら上げず、少し眉を顰めただけだから、きっと殆どダメージなど与えていないに違いない。
 女はほんの僅かな確率で舞姫が掴み取った奇跡の一撃など、歯牙にもかけずに彼女を放り投げた。
 食い千切った舞姫の腕をハンカチでも拾うように摘み上げて、近寄ってくる。
 断面を舐めて、肉を齧る。目と一緒に飛ばしたはずの指は、もう元に戻っていた。
『治すのは簡単だけど、そうね、あなたの目、綺麗ね?』
 べちゃりと音がして、赤い何かが女の眼窩から落ちる。
 鉄錆の臭いと腐臭に包まれ、それはぐずぐずに溶けてしまった。
 赤い唇。赤い爪。一つ残った嘲り嗤う赤の瞳。

 真っ暗な眼窩が、舞姫の目と合って、
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:HARD ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年06月14日(土)22:32
 目も腕も足も体も頭も全部頂戴。黒歌鳥です。

●目標
『吸血姫』エリス・ヴェルダーの殲滅。

●状況
 薄暗い赤と鉄錆の部屋。女の作り出した特殊空間の一種です。
 一応初期位置ではギリギリまで下がれば後衛に攻撃が届かない程度には出来ます。
 女の後方には、攫われ玩具にされていた女子高生が五名転がっています。

●敵
 ・『吸血姫』エリス・ヴェルダー
 二十代前半にも三十代にも見える年齢不詳の女。右目は瑠璃色、左目は血の緋色。
 その身に寄生型アザーバイドを同化させ、フェイトを共有するフィクサード。
 彼女らは共生関係にあり、互いが互いを害する事はない。
 残忍で隠密能力に長け、『他人の体の一部を奪い自らのものとする』事が可能であるという以外の詳細は不明である。
 人に紛れ血肉を喰らい惨劇を撒き散らし苦痛を愉しむ性質であり、
 狡猾に立ち回る事で今まで長らく生存してきた強力な革醒者。
 少ない交戦記録から多くのBSは無効、もしくはかなり利き辛いと推察される。

 ・E・フォース×5
 空間内に存在する惨劇の犠牲者と吸血姫自身の愉悦が交じり合った思念が革醒したもの。
 受けたダメージの半分とBSを『最後に攻撃したもの』へと分け与え、
 その後で更に半分(つまりダメージ総量の四分の一)を自己回復する。
 倒された場合に回復はしない。吸血姫に向かうまでの間をブロックしている。

●特殊ルール
 血の因果:
 吸血姫は現在、戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の右腕と右目を所持している。
 故に『本来は入れない』はずの空間に『同一存在』として招かれたが、
 その結果、内部において吸血姫と舞姫はダメージを共有する。尚、回復は共有しない。
 また、戦闘開始直後はこの空間から脱出できるのは舞姫のみ。

 幻肢鏡の疼痛:
 血に塗れた空間内部は『吸血姫以外の全てのもの』に過去の痛みを再現して与える。
 倒れた女子高生達は戦闘不能扱いになるのでこれに限りダメージを受けない。
 ターン頭にこれを喰らった場合はダメージに加え[失血][致命][ブレイク]を受ける。
 吸血姫と同一存在と見做された舞姫のみこの効果を受けないが、
 代わりにフラッシュバックにより一定確率でダメージ+そのターン行動不能。
 これらの痛みは本人の心の持ち様で受ける確率が減少すると思われる。
 尚、このダメージは吸血姫は共有しない。
 
●備考
 リクエストありがとうございます。
 死ななくてもどこか抉られたり千切られたりするかも知れません。
 この面子でのハード相応です、全力でどうぞ宜しくお願いします。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 予め御了承下さい。
 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
フライダークホーリーメイガス
シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)
ジーニアスソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
フライダークナイトクリーク
月杜・とら(BNE002285)
ハイジーニアスプロアデプト
離宮院 三郎太(BNE003381)
ハイジーニアスレイザータクト
文珠四郎 寿々貴(BNE003936)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)


 あの日も夕暮れだった。
 あの日も血に染まっていた。
 何処までも赤い空間で、白と黒と赤の女は無力な少女を嗤っていた。
 血の様な赤い眼に微笑まれ、『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の額に汗が滲む。
 右腕が痛かった。あの日になくなったはずの右腕が、痛い痛いと泣き喚いている。
 けれど、女の奥に転がる制服姿の少女達を見ては――左手に構えた黒曜を下ろす訳にはいかない。

「あれが舞姫さんの……」
 呟いた離宮院 三郎太(BNE003381)が眺めるいろは、鮮血と対に並ぶ瑠璃の色。姉の如く慕う彼女と全く同じ色のはずなのに、彼を一瞬向いたその冷たさは全く違うものだった。
『吸血姫』エリス・ヴェルダー。他者の体を奪って、自らのものにするフィクサード。
 舞姫の右手と右目を奪ったその女。
「継ぎ接ぎだらけか。外見が良くても、中身で全て台無しだな?」
 だとしても、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)にはその辺に転がる非常識の一つに過ぎない。非常識なら非常識らしく日常に出しゃばらなければいいものを、全く持って情状酌量の余地すらない。自らと同じ姿の影人を呼び出して、『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)の傍らへ。
「姫を守る騎士にしちゃ品が足りないな。纏めて掛かって来いよ、お前らの痛みも何もかも終わらせてやる!」
 エリスの周りに現れた真っ黒いドレスを頭から被ったような存在へ向け、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は掌に拳を叩き付け声で招いた。
 うまくあれらを引き付けられるかはまだ分からないが――目配せするのは三郎太へ。
「ボクたちも同じようになるとは思わない事ですっ」
 エリスの嗜虐志向と被害者の恐怖や苦痛が交じり合った存在を彼と共に呼び寄せるべく、三郎太もまた声を上げた。魔力を秘めた声、神経を逆撫でる鑢を交えたその言葉。
 ここに必要なのは過去の記憶ではなく未来であれば、それを守る為に。
「舞姫、アイスを落としたのがそんなにショックだったのか? 案ずるな、また買ってやる」
 彼女の刃先が震えているのに、腕を振るって嵌めた白い輪を放った『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)は声を掛けた。
 色付いた視界の先、白と黒と赤の女の力量は相当なものであるのが伊吹には分かる。
 例え目や腕を奪われたとして、戯れだったとして――この女相手に生き延びた舞姫は、それだけで誇っていいのだろう。
 エリスに向けて笑みを浮かべ、月杜・とら(BNE002285)は少しでもその距離を縮めるべく前へ出た。
「チャオ☆ はじめましてエリスさん、綺麗な目だけどちょっちバランス悪いんじゃな~い?」
「そう? 『コッチのわたし』も中々可愛いわたしだったのよ? 綺麗な綺麗な血に似た色で」
 嘲りに似た声と共に、女の赤い唇が吊り上がる。さてこの女、どこからどこまで他人のものなのか。
 掌に生み出した破滅のカードをE・フォースの一体に刺すとらを眺めたエリスは微笑んだ。
「ああ、じゃあ貴女の目ならどうかしら。新緑の色ね、嫌いじゃないわ」
「とらのものはとらのものだよ☆ エリスさんのオリジナルって残ってるの?」
「変なことを聞くのね。わたしはわたし。この体は全部わたしのものよ」
 可愛いあのわたしも、全部わたしになるの。舞姫を指して嗤う。
 涼やかなはずなのに、他者への蔑みと嘲りで構成されたその笑い声に息を呑んだ舞姫に、『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)はぎゅっと胸の辺りで掌を握って語りかけた。
「舞姫様……この場でお伝えするのは心苦しいのですが……」
 瞳を細めて、切々と、心を込めて。
「ベネ研の活動はドリンクフリーのみでファミレス……視線が痛いです」
 ドリンクのみでのご利用は混雑時にはご遠慮願います。
 そんな文言を全スルー出来る鋼の精神の持ち主ばかりではない。流石にちょっと辛い時もある。
 でも、言いたいのはそこではない。
「けれど、ここから無事帰りましたら……きっと、室長やギロチン様がポテトのタダ券等を何とかしてくれます」
 込めた心は本物でも、おどけた言葉の真意は違う。
 この過去を倒して共に帰りましょう。
 現在(いま)を乗り越え、未来(これから)を語る為に。
「呑まれるな舞姫! 今は俺たちがいるんだ!」
「『あの時』とは違う。恐れることはない。その目も腕も矜持も――今こそ奪われたものを取り戻す時だ」
 快が逞しく呼び掛ける。伊吹が鼓舞するように語り掛ける。
 お前は一人ではないのだと。守護神と呼ばれる男が、傍らで舞姫の成長を見て案じてきた男が――お前を守るのだと、武器を構えた。
「どうして? 可愛いわたし。全部わたしになりましょう。そうするのがきっと一番よ」
 いやだなんて言わせない。
 エリスの声が嘲笑っている。お前にはどうせ出来やしないと。舞姫は一度目を閉じた。
 奪われた色が閉ざされて……そして見開かれる。
「わたしは……あの時のわたしじゃない!」
 救いたい。その気持ちは今と変わらないが、重ねてきた経験が今と違う。
 快が、三郎太が、とらが、ユーヌと影人が引き受けたE・フォースの隙間を抜け――舞姫は自分の目と向き合った。
 吊り上がった赤い唇は、ただただ不快だったけど。
 今だけは、震えが止まっていた。


 さして狭い訳でもなく、天井も高いというのに……感じる圧迫感は、色の故か存在自体の故か。
 視界が歪む。真っ黒な女のE・フォースであったはずのそれがいつかの遠くへ変わる。
 あれは、いつの事だっただろう? 鑢の如く皮膚を削られる痛みが、赤が、
「……所詮二番煎じの出涸らしか」
 興味も薄げに肩を竦めたユーヌの前で視界が戻った。そこにいるのはE・フォースで鉄錆の部屋で、先程から何も変わっちゃいない。
 幻惑に似たものであれ、囚われてしまえば襲うのは実際の苦痛だ。その中でも伊吹と寿々貴は持てる知識をフル動員してその構成を探る。
 寿々貴が理解したのは、鉄錆の部屋を構築しているのはエリスではなく、共生するアザーバイドの力だという事。そして恐らく、過去にエリスと『同一』の存在がこの空間に訪れた事はないのだろう。
 右目と右腕。エリスを構成する血肉の一部は、最早舞姫のものではなく吸血姫のもの。舞姫はエリスの手足の一本のようなものだと認識されている。
 舞姫に続いてリベリスタが入れたのは、恐らく『エリス』が二つ存在するという不自然によって空間に軋みが発生したからだ。
 だが、そこを利用して侵入はできたが……今やエリスはリベリスタをはっきりと認識している。自らの手足だと認識されているものを『これは違う』と一々伝えるのは面倒だが、完全なる異物の存在をこの血の檻は逃がすまい。
 それは女子高生とて同じで――いや、或いは、そうか。
「舞ちゃん、少しでもいい、その子達の中で『食べられてる』子は何人?」
「多分、三人」
「なら、その子たちは多分舞ちゃんと一緒に抜け出せる」
 小さな声で寿々貴は舞姫に囁いた。
 大事なのは『舞姫』である事ではない。『エリスの一部』である事。
 食われ体内へと取り込まれたならば、自力で脱出が叶わないだけで彼女達も条件は同じはずだ。
 エリスの動きを警戒しながら一人が一度に抱えていけるのは、二人が限度。
 淡々と影人をもう一人生み出したユーヌが寿々貴の元へと自らを向かわせる。抱えて後ろに走るまで、凡そ二十秒程度か。
 悲鳴、或いは金切り声。唐突にE・フォースが発した音が快や三郎太の体を裂く。
「ふふ。素敵ね。あなたたちもわたしにしたいわ」
「言っていろ。舞姫も髪の一本血の一滴とて奪わせはしない」
 ひゅう、と女が指差した先、小さな小さなディメンションホールから苦痛と病魔が漏れ出すが、快と三郎太には通じない。痛み自体も、背後に控えるシエルが癒してくれる事を信じ――攻撃を引き付けるのを止める事はない。
 とらの前に存在したE・フォースを伊吹が奥へと押しやり、その隙に翼を駆ったとらが舞姫の横に並んだ。
「とらちゃん、お願い」
「美少女のお願いとあらば断れない、なんてね☆」
 エリスを前に囁いた舞姫に、とらは水色の翼を羽ばたかせ笑う。彼女達が抱えて逃げるまで、サポートしようではないか。
「癒しの陽光よ……在れ」
 シエルの呼んだ高位存在の力の一端が、血を受けた仲間の傷を癒していった。
 エリスの攻撃が届かぬ位置で、仲間に癒しを届けるべく眺め続けるシエルの目はそれでも女から目を離さない。特別な力がなくとも、警戒する心こそが異常に気付ける第一だ。
 そのタイミングで、寿々貴と舞姫が駆け出した。ユーヌの影人も伴って、倒れた女子高生を確保すべく。
 エリスの横を通るのが酷く恐ろしいという考えは、その一瞬だけ舞姫から消えた。
 ただ、救う為に。無力な彼女達を守る為に。それだけを心に込めて。
「――この子たちを助けられるなら、この身の何を失おうと構いはしない」
 それが見ず知らずの相手であろうが、舞姫は『そう在ろう』と決意したのだから――例え同じ様にエリスに叩き伏せられるのだとしても、そこに後悔など持つはずもなかった。
 抱き上げた体は、まだ温もりを失っていない。
 だから決して、この手から取りこぼす訳にはいかなかった。


 そこにあったのは、痛みだったのだろう。
 空間自体が与える苦痛は、『吸血姫以外の全てのもの』……つまりはE・フォースにも与えられる。誰も攻撃しなければ『空間』に攻撃を返せないE・フォースは勝手に痛みを受けるだけだが、リベリスタがその個体を狙った場合はそれがダメージ総量にプラスされ、更に失血と癒しを拒む呪いを与えた。
 血が流れる事はともかく、回避に関わらず致命を分け合おうとするのが酷く厄介ではある。
「お返し仕返し半返し。押し付けがましく鬱陶しい」
 ユーヌの指先で遊んだ符が鴉となって黒を突いた。押し付けた上で自分は痛みを癒すとは、全く面倒にも程がある。
 受けたダメージ自体は少なくないが、シエルが一心で与える癒しの効果は高く、また部屋自体から与えられる回復を拒む呪いも快とユーヌ、寿々貴の打ち払う力が放たれれば長くは持たない。
 ただ、その体勢の磐石さ故に戯れの様に囀っていた女の目が本気になるまで時間は掛からず――結果として攻撃は苛烈となった。
 アザーバイドを身に宿しているからか、それとも元の素質だったのか。エリスはしばしば追撃のように二撃目を重ねてくる。
 みちり、と嫌な音がした。肉の裂ける音だ。舞姫があの日、自分の腕から聞いたような。
 顔を青褪めさせた友に、とらは赤の中で笑う。胸を抉られた苦痛で喉が血の味に満ちているけれど、運命を燃やしたとしてここで倒れてやる気はなかった。
「……だいじょ、うぶだよ舞ちゃん。皆で、一緒にかえろう」
「――厭きれる程に丈夫なのね。数が増えたからってどうにかなるとでも?」
「ぼっちには分からないだろうね☆」
 他者を見下し、全てを『わたし』と定義する存在を笑い返すように唇を歪める。
 エリスの攻撃は舞姫をも痛めつけたけれど、癒す仲間が存在するかどうかが最大の差であった。
 それでもまだエリスが倒れないのは、痛めつけた仲間の体を喰らっている事と――その身に宿す高い再生能力のせいだ。
 舞姫は覚えていた。あの日、千切ったはずの女の指が気付かぬ内に戻っていた事を。
 だからその手を緩めない。攻撃を絶やさないように、三郎太も息を吸って皆と波長をリンクさせた。
「この場の皆さんのEPコントロールはボクの領域……誰にも邪魔はさせませんっ」
 他の誰にも請け負えない、それは三郎太の役目。凛と前を見詰めた少年は、仲間の為にその異能を分け与える。

 天井は始めから赤に塗れていたが、床が真新しい赤に染め上げられるのにもそう長い時間は必要なかった。
 けれど、徐々にエリスが追い詰められているのは分かる。『喰らう』事を求めるのが多くなってきたのだ。それは即ち、回復を望む事。
「丈夫ね。惚れ惚れしちゃう」
 エリスの掌が、快の左手首を捕らえていた。手弱女の指先は花でも摘むように手首の骨を破砕し、柔い舌先でつう、と官能的に快の肌を舐ぶる。濡れた赤い唇から吐き出される熱い息が皮膚を撫で……白い歯がみちみちとその肉を食い千切った。
 一瞬にして半分以下の細さになった腕から伝わる激痛は、意識しない事で耐え凌ぐ。体内に秘めたナノマシンが僅かばかりでもエリスを荒らす事を信じながら、快はナイフを振り被った。
「"守護神の左腕"――喰らって無事で済むとは思うなよ!」
 全てを救わんと伸ばす腕。快も舞姫と同様、守る事を決めた者であれば奪う者を許さない。
 志ゆえに神気さえも帯びた一撃は、女の胸を十字に裂いた。肉が赤く抉れている。どす黒く抉れている。
 女の笑みが更に深くなった気がして得物を構えた舞姫は、先に自分がエリスに与えた連続攻撃によって痛んでいて――伸ばされた手の攻撃を受ければ、危ういかも知れない。
 続く衝撃を覚悟し唇を噛んだ舞姫は、襲ってこない痛みと目の前に現れた黒に瞬いた。
「あら、素敵なナイト様」
 低い声。嘲りと共に振り払われた腕は赤い。握っているのは何だ。伊吹の肉か。
 膝を突いた伊吹に悲鳴を上げそうになるが、彼は片手を上げて立ち上がった。
 青白い運命の炎が、指先まで満ちて消えていく。
「そなたは俺が守る。……何に換えても」
「――癒し切ります、お任せ下さい」
「おっと、これはすずきさんも出番だね」
 シエルは機械仕掛けの神に願い、寿々貴は高位次元の存在の力を呼び出して傷を埋めた。
 一人じゃない。誰一人として奪わせない。安定した援護は、エリスの暴虐が奪う事を許さない。

 ああ。この女の忌々しげに歪んだ顔を見るとは。
 或いは二度と見たくはない顔でもあったのだけれど、今は、これを恐れる事はない。
「あなたはわたし。どうして嫌がるの。ずっとわたしの中にいられるのに、そんな下らない体じゃなくて、素晴らしいわたしで居られるのに」
「……お前に奪われたのは、私の未熟だったかも知れない。それでも――私はこの傷痕を悔いた事はない。今は、この傷痕がわたしのプライドだ!」
 守ると決めたのだ。自分が傷付いても、人を守り抜いて見せると誓ったのだ。
 時には快のように、手が届かなくて嘆くけれど。
 時にはシエルのように、全ては救えずに目を閉じるけれど。
 時にはユーヌのように、淡々と切り捨てねばならない事もあるけれど。
 自らと同じくらい、或いはそれ以上に経験を積んだ彼らとて、それらから逃れる術はない。
 だからこそ……一人で抱えて潰れる訳にはいかないのだ。
 共に遊んでくれるとらがいる。健気に頑張る三郎太がいる。ゆるゆる笑ってフォローしてくれる寿々貴がいる。傍で決意を見守ってくれる伊吹がいる。
 血の赤と奪われた瑠璃が睨んだって――もう、怖くない。
「終わりにしましょう、嘗てのわたし。あの時とは、違うのだから!」
 辟邪鏡が乏しい光の中で煌いて、黒曜が振り上げられた。
 飛び散ったのは、眩いばかりの光の飛沫であり過去から迸る苦痛の断末魔。
 顔に跳ね返った鮮血は、あっという間に色を変え……まるでずっと前に息絶えていたかのように、黒く染まる。
「成程。血肉化粧は性根と同じく腐っていた訳か」
「アザーバイドの力で自分の体を保っていた、って事かな――その執念には恐れ入るけど」
 ぐずりと崩れだした女の顔をユーヌが鼻で笑い、快が首を振る。

 倒れた女を前に数歩引いた舞姫の肩を、伊吹が労うようにそっと叩いた。
 振り返れば、仲間は誰も欠けずにそこに立っている。
 逃した三人は勿論、シエルの傍らに横たえた女子高生も大丈夫だとユーヌが頷いた。
 薄れて行く。鉄錆の部屋が、赤が、消えて行く。
「あー、やれやれ、訳分かんないもん沢山見てすずきさんもちょっと疲れたよ」
「――お疲れ様☆」
 肩を回す寿々貴の横、背後からとらが抱きつくように飛び付いて、舞姫はようやく強張っていた手を下ろした。安堵したように、三郎太も眼鏡に飛んだ血を拭っている。
 そろそろアークの後処理部隊と救急班が来るはずだと、快は幻想纏いを手に笑った。
 既に空の色は青に変わり始めていて、皆の体も傷付いていたけれど、……けれど、それは、赤に染まる前と何も変わらない光景。
 ほんの少しだけ視界を歪めた舞姫は、唇を開く。
 感謝の言葉か、何でもない日常の言葉か、まだ決めかねていたけれど、彼らはそのどちらでも笑ってくれるだろう。

 血に泥んだとして、その中でも変わらぬものと伸ばされる手を知ったから――舞姫は、武器を仕舞った左手をそっと握った。
 赤と鉄錆に満ちた部屋の香りは、もうしない。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 エリスは常時リジェネ(中)と捕食による回復(極大)持ち。
 という事で女子高生を放置しておくと割と序盤で肉塊にされて非常食予定だったので、
 E・フォースを程々に倒してから、ではなく積極的に救出に行ったのは良い感じでした。
 回復持ちさんが多かったので念入りに致命も突っ込んだのですが、
 そりゃ回復が多いって事はBS回復も豊富ですよね! とエリスに代わって慟哭します。

 リクエストありがとうございました。ポテトはとりあえず予知見逃したギロチンが奢るそうです。