●なお、エロばな 「お?」 呼び出しを受けたリベリスタがブリーフィングルームへと向かうべく通路の角を曲がった時、ちょうど奥で部屋から飛び出して行く人物を見かけた。あの背中はコウモリのビーストハーフであるフォーチュナのもの。確か今日の呼び出しは彼女からではなかったはずだがと考えている間に、こちらと目が合った彼女は顔を真っ赤に染めて逃げ去っていってしまった。 どうにも嫌な予感を感じながら、呼び出しがある以上は仕方ないとブリーフィングルームへと足を進める。 「オ、キマシタネー」 なんか妙に楽しそうなフォーチュナの笑顔に予感は確信に変わる。『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)は「そう警戒しなさんな」と笑って机に置かれた透明の瓶をひょいっと持ち上げた。瓶の中でコロンッと虹色の飴玉が音を立てる。 「これ、闇ルートから回収されたアーティファクトなんですヨ。ワタシたちエリューションには特に害のないものデースけどネ」 一般人が舐めてしまえば革醒してしまう危険がある為、危険物として処理することになったそうだ。だったらさっさと処理してしまえばいいと思うのだが。 「ヤダよ。こんな面白いものただ処理するなんて勿体無い」 フヒヒと何かを思い出したような表情に胡乱げな視線をぶつけてみる。さっき飛び出していったロイヤーの同僚がこの飴玉の実験台にされたのは間違いないだろう。視線に対し、では説明しましょーと一つ咳払い。この飴玉なんデスがネーと楽しげに口を開いた。 「皆さんは『ブレイン・イン・ラヴァー』は知ってマス?」 突然の質問に対し浮かぶのは所謂『脳内嫁』であるが……「That's right.」の返答にマジかよと鼻白む。 曰く、飴玉を舐めている間ブレイン・イン・ラヴァーが実体化するというのだ。と言ってもこの場合はスキルの有無に影響はなく、恋愛対象や理想の異性、あるいは同性(恋愛対照的な意味で)といった扱いになるようだが。 「つまり、あなたの理想の恋人の姿が見えちゃうわけデースね」 日頃公言している理想と一致するとは限らない。本心であるとか無意識であるように、心の意識していない部分に潜む理想の異性との妄想を覗き見るアーティファクトなのだ。 恋人がいるならば当然相手が出てくるだろう。が、自分でも日頃意識していない何かの影響を受けてしまうかもしれない。例えばもう少し強気に迫ってほしいとか、胸がもう少しあればなぁという想いが反映してしまうかもしれない。 「後で恋人に罪悪感を感じて気まずくなるのがワタシの理想デス」 「最悪だなお前」 最悪だな。 となると気になるのは先程走り去っていったフォーチュナである。何を見たんだと尋ねればロイヤーがにんまりと楽しげに。 「エートどうだったカナ? でもなんかエロいこと言ってたのは確か」 あ、誰かが扉を蹴破って入ってきた。 「オウ嘘ウソ冗談ジョーダン。あ、ごめんなさい目はやめて眼球抉れるえぐ、えぐ、えぎ、えぎいぃぃ!」 断末魔を聞き流しながら飴玉を手に取る。 1人1個ずつ舐めて飴玉を無くせということらしい。嘆息を吐いて一つ手に取る。さてさて、何が出てくるのか―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月13日(金)22:47 |
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■メイン参加者 23人■ | |||||
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●理想と現実 手渡された飴玉は虹色に輝く。 無数に絡む鮮やかな光帯は人の心のように複雑で。 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。 あなたの理想はどんな色? ――理想の女、か。 扉を閉めたところでため息一つ。ジェイドは手の平で飴玉を弄びながら独りごちた。 昔の依頼主の女。疎遠になっていかほどか。何処に居るか、生きてるか、あるいは―― そこまで考えて、調べようとすらしなかった自分を振り返る。 「知るのが怖いんだろうな」 飴玉を口に放り込む。「どうせアイツが出てくるんだろ」と苦笑して。 顔を上げれば女が立っていた。ジェイドの喉からくぐもった音が零れ。 ――ああ、違う。 そんな顔じゃ、そんな髪じゃなかった。目の前に立つ女――自分の理想に自嘲の笑みを浮かべ。 「コイツは……歳を取って、俺の理想もズレてきたか?」 男は若い女が好きだなんていうが、いやしかし……ううむ。 再びため息を零して飴玉を飲み込む。掻き消えた理想。現れなかった彼女。 調べなかったのは、思い出を壊したくないからか…… どうでもいいさと踵を返す。 「昔の話を蒸し返すのは、カッコが付かないさ」 ――まこの理想? えへへっ、決まってるじゃんっ♪ きらきらの飴玉に負けないきらきらの瞳。小さな唇に飴玉を押し込んだ真独楽が、きらきらの笑顔で駆け出した。 「パパ!」 飛びついたまこを優しく抱きしめるパパ。 髪の毛を撫でておてんばだねと笑うパパ。 カッコよくて、ちょっぴりイジワル。まこを世界で一番大切に思ってくれてるパパ。 本物と何一つ変わらない、世界で一番大好きなパパ。 ううん、一つだけ。 ――このパパは、まこと血が繋がってない。恋人にだってなれるんだよ? パパの膝に座ったまま振り返る。高鳴る胸、上気した頬。突き出した唇を近づけて…… 「ふにゃあ、やっぱりだめっ!」 飛びのいたところで時間切れ。消えていく理想に小さく首を振った。こんなコトしたら、現実に戻った時に余計悲しくなる。 ――だって本物のパパじゃないんだから。 まこが伝えたいのは世界に1人だけなんだ。 「パパ……世界で一番愛してるっ!」 「理想、か」 脳裏に浮かぶのは拓真の祖父。彼が最も尊敬した祖父の姿。己の道を自身で選んだ今も確かに追い続けたその背中。 そういう意味でなら祖父が出てくるのだろうか。 「物は試しと言うし……やってみるか」 理想をどう捉えるべきか。考えていても仕方ないと飴玉を口の中に放り込んで、拓真は思案を振り払った。 「む……」 意識を戻した時、目の前に立つ女性に思わず呼びかけた。自身のパートナーの名前を。 女性は静かに微笑むだけ。 「これが幻か……アーティファクトの効果だというのだから、確実だろうが」 見た目はよく知る彼女と変わらない。自身の理想だと言われれば否定する理由もない。 「……実際に何とも言えんしな」 そう呟く拓真の前にそっとお茶が差し出され。彼女は微笑んで窓の傍、日差しの下へと誘う。 その笑顔は拓真がよく知るもので。 「……ふむ、縁側があれば完璧だったな」 笑みを返して、のんびりとお茶をすすってみせた。 疲れを癒すのどかな時間。ずっとこのままでいたくなる、そんな和みの一時…… はっ!? 「な、何してるんやうちはっ!」 まどろんでいた意識がはっきりした途端、椿は自身の姿を顧みて叫んだ。 理想の恋人というものには半信半疑。期待半分といった様子で個室のソファーに座り飴玉を舐めてみる。その後すぐに眠気を感じ――気付けばイケメンの膝枕で耳掃除されている現状である。 身悶えする椿にも慌てず、小さく微笑を浮かべて掃除を続ける。物静かな態度に不思議と安心を感じてリラックスしてしまう。 ――というか、恋人言うんやったらうちがこれする側やないん? ふとわいた疑問も、その包容力にどうでもいいかなと思ってしまい。 やばい。和む。落ち着く…… 「うち、心底和みを欲するほど疲れとるんやろか……」 そんな疑問を最後に、椿の意識は再び遠のいた。 この後、飴の効果が切れてソファーに沈んで豪快に寝息を立てる椿の姿があったとか。 「お姉様が出てきます」 リンシードはそうのたまう。 「私にお姉様以上の理想なんてありません」 という訳で……ぱくり。 現れた姿に何故か誇らしげなリンシードの腕が強く引かれ。 え、あれ、と思う間もなく部屋の隅。眼前の笑顔は艶やかで、壁に追い詰められ怯える彼女に向ける嗜虐的な笑み。 「こ、こんな強引なの……お姉様じゃ……」 ――本当に? 本心を見透かす瞳から逸らせない。動悸に急かされて唇が勝手に動いていく。 「ほ、本当は苛められたり無理矢理唇を奪われたいとか、そんな事……」 考えてたかも……鼻先の距離に彼女の唇がある。リンシードは恍惚の表情で目を閉じて―― 「ごめんなさいお姉様、罪深き私をお許しください……あ゛?」 消えた。 「……」 間。 「ど、どうしようすごく帰りづらい……! もうなんて飴玉なんでしょう……お姉様にお願いしたら、ちょっと強引にならないかな」 早口でまくし立てて部屋を飛び出していった。 「私の理想の相手か」 まずと朔が指折りを始める。 ――当然、強いこと。 ――戦闘が好きだと好ましい。 ――近接戦闘を得手とすれば尚良い。 ――私の生き方を理解しているのも必要だろう。 戦闘狂と評される朔らしく、全てが戦闘一色で彩られていく。それはずいぶん彼女らしいと言えることだが……飴玉を口に含んだ朔の、その表情にわずかな動き。眼前に現れた自身の理想に、ふふと笑みを零してみせた。 「まぁ懸想する相手が常に自分の理想通りではないということか」 その胸中に浮かぶ者は誰であったか……理想とは随分かけ離れているものだとおかしげにそれを振り払い。じっと理想と向き合ってみる。 「さて、この実体化した相手はどうするか」 自分で生み出した敵を自分で倒すというのはさすがにな――理想に対するその発想からして非常に朔らしく、彼女は笑うのだ。 「やはり敵は生きている意志あるものが良い」 「ええと、特に理想の人は居ないんですけどー」 自身の理想を見せるという飴玉を前にうーんと思案顔のせおり。強いて言えばと脳裏に浮かべるその姿。 ――あの男の人、かな? 水を掻き回すように流れ込んできた想い。知らないはずなのに懐かしくすら思う、何処か苦しい不思議な記憶。 その中で何度も出て来る男性。彼が空想の産物でないことはアークでの活動の中で明らかになっていた。 ころんと小さな音を立てて飴玉を口の中に転がした。 「生き別れたのはお姉ちゃんって聞いてるし、お兄ちゃんではないと思うんだけど……」 誰なんだろうあの人は。ぼんやりと、浮かび上がった人物へと視線を向けながら―― ――お父さん、なわけないしなあ。 そんなことを考えてしまったせおりが、不意に目をぱちくりさせた。 「……あ」 顔を上げた先で理想の男性が立っていた。脳裏に浮かべていた姿に、幾分かの年輪を重ねたその容姿。 「……お、お父さんだなんて考えるからちょっと老けてダンディになって出てきちゃった!?」 ずいぶんとスーツがキマっていたという。 ここまで纏めて―― 「――チッ」 なんか舌打ちされた。 ●だいぶ違うから 両目から血を流して倒れている人物に近づく影。 「お前も舐めろロイヤァァー!」 1、飴玉を口に押し込みます。 2、頭と顎を掴んでゴキッと聖骸凱歌。 これで大丈夫だとツァインが息を吐き、自分の分の飴玉を手に取った。俺も舐めないといかんよなと呟きつつ思案顔。 「俺の好みね……」 ぽわんと脳裏に浮かぶイメージは銀髪ポニテにCかDくらいの美乳。 その隣にふわっと浮かぶ清純黒髪ロング、ツンツンの金髪ツインテの横では子犬の様に活発ショートが走り回る。 つまりこういう男である。 「うーん。白状すると今までこの子しかいねぇーみたいな気持ちになった事が……」 「イーからさっさと舐めろヤ」 後頭部にツッコミ入った。 「復活したのかロイヤー。で、どうだった?」 「金持ちが立ってた。顔も紙幣だった」 そういう女である。 「で、何ふんぎりつかない乙女みたいな顔してんの」 「なんつーかよくある好きになってくれた子を好きになっちゃうパターンっていうか……」 「イーけどオメー男にモテるタイプですヨ?」 「おいやめろ」 そんな会話――を遮って。 「何これ! 何ですか、今の!」 そんな声が響き渡った。振り返った先でふるふると身体を震わせる四門。周囲の視線を感じて真っ赤な顔の少年は―― 「ロイヤーさんのばかぁっ!」 うわぁーんとそのままナミダッシュ。フォーチュナ勢2人目の退場者である(1人目はOP) 「ど、どうしたんだいったい」 そんな後姿を見送るしかないツァイン。 さて、何があったかというと―― 風貌は中学の生徒会書記といったところ。さらさらの黒髪を七三横分けにしたピン留めクロスが良く似合う。ちょっと怒ったような、どこか困ったような、そんな表情を四門に向けて。 「小館君はしょうがないわね」 発育途上の年下の女の子。君付けの叱咤が少しくすぐったい。心に響く、懐かしく甘い、淡い想い。 痛くない暴力が心地よい。このまま……そんな感覚に捕らわれかけて伸ばした手が空ぶった。 飴玉の効力切れのなんとタイミングの悪いことよ。そこで我に返った四門から漏れるうつろな笑い。自分の思考を振り返れば恥ずか死するところだろう。 「ということがあったんだよねぇ」 で、ナミダッシュに繋がるんだよとさらりと口にしたのはとら。 「……覗いてたん?」 「この子追いかけてたんだよ☆偶然ぐーぜん」 抱っこしてるのは丸ーい顔のむっちり三毛ぬこ。互いに頬をすりすりしている。 「……理想にぬこを見たのは後にも先にもMiss.とらだけでショーね」 呆れた声にも全く動じず。 「この世にこれよりいいものなんて存在しない!」 そう断言してとらはこの完璧生物を写メに収めたのだ。 ――私の記録と記憶から再生される理想の姿。最も容量が多く、最も理解している人物―― 無機質な動きで飴玉を口内に含んだイドの眼前で、浮かび上がるその姿。 それは彼女を男性体へと変貌させたもの。その結果にも特に感慨を見せずイドは小さく頷いた。 「想定通りの結果です」 知らないものを再生するなどできようか。恋愛感情など感じたことはない。存在しないものを象るなら、それは最も良く知る人物になぞられる。 つまり自分。それ以外の答えなど存在しない。 そう結論づけたイドの、その表情がわずかに動く。自身の模造であるそれに、有り得ないものを見つけて。 「整合性エラー。この人物は完全に私ではない」 混入された自分でないデータ。自己分析、感情のエラー。 ――私は機械。人をベースにした、人では無いモノ。 エラーの修復を優先する。それが最善と判断し。 再び幻影に目をやった。 銀髪に交じるその黒髪に、今度は心を乱さない。 「マジか! 三次元とか理解不能すぎて最早彼氏作る気失せてた私に朗報!」 ヒロ子(32)飴玉片手にサムズアップ。気合一発雄叫びあげる。 「出て来い三高……高全長・高火力・高防御の巨大ロボット!」 咆哮が部屋を震わせる。エコーが完全に途切れたところで、落ち着いたのか一つ咳払い。 ――考えてみたら部屋に収まらねえ。 というわけで。 「しゃーない。じゃあロボの似合いそうな可愛い男子で手を打とう」 「ヒロ子さんは仕方ないなぁ」 意思の強そうな瞳に男らしい眉毛が、今は優しく線を描く。 「ダメな大人でもイイじゃない。キミが支えてくれるもん」 ヒロ子の言葉に返した表情は、苦笑と呼ぶには嫌みがなく、微笑と呼ぶほど弱くない。強気に支え引っ張る手に、力強い笑顔を重ねて。そんな彼に身を委ね。 キミの前だから、ダメな自分を曝け出せるんだよ、と…… 「うん、イイなコレ……」 妄想タイムを終え、神妙な顔でヒロ子は部屋を出て行った。 ――私も人並みにイケメンが好きですし、何よりも良い声に惹かれます。 そう口にした鎖々女の正面には、おぼろげに揺らめく形なき影。人であることがかろうじてわかるだけ。それなのに、見開いた瞳だけが爛々と輝き鎖々女を捉え続けている。 ――嗚呼、そうですね。 映しだした神秘は、人並みの理想など何一つ備えぬ木偶。美醜などは結局付属品。肝要なのは、心から渇望する理想は…… ――私を肯定し必要としてくれるモノであること。 「ふふ、少しでも目を逸らしたら切り刻まれそう」 目に見えて感じる執着が突き刺さり、その恍惚に抉られるほど胸が高鳴る。 殺されるほどに愛されたい。できるなら世界の為にあなたを殺せると告げて今すぐ死愛に興じたい。 嗚呼、まやかしでしかないのが残念…… 一度知ってしまった至福の味。消え去った幻の前で、忘れえぬ想いを抱きしめて。 もっと見つめ合っていたい。深い笑みを残して鎖々女は部屋を後にする。 「「すいませーん飴玉おかわり」」 部屋を出たところで鎖々女とヒロ子の声が重なったとか。 虎美が笑っていた。至福の笑みを浮かべていた。既成事実と呪文のように唱えていた。 お兄ちゃんの膝にもたれていた。お兄ちゃんの手でお弁当を食べさせてもらっていた。妹を駄目にするソファー状態だった。 「これが真のブレラヴァ使い。私が一番上手くブレラヴァを使えるんだ!」 虎美の高笑いにお兄ちゃん達が揃って相槌を打つ。その数や無限! 飴玉の効果にブレイン・イン・ハーレムを相乗すれば、このような結果が生まれるのだ。 「お兄ちゃんハーレム完成! 今日はちゃんと触れる素晴らしいね普段も感じてるけど心でしか感じられないからこれはいいものだペロペロ 今日は存分にイチャイチャしちゃうぞー膝枕は交代でやろうお兄ちゃんくんかくんか お弁当は自分の箸で食べるの禁止でもお兄ちゃんは食べてもいいかもお兄ちゃんのお箸ペロペロ」 なんかデジャヴ。 なお、常軌を逸したこの祭は、飴玉の効果が切れてもいつまでも続けられていたという。 ころり転がる虹の輝き。指で摘まんで美伊奈は小さく息を吐く。 ――これを舐めればあの人が―― 痛い。苦しい。掻き毟るほど熱く愛しいこの想い。 「私を、女の子として見てくれて……」 一時の夢とわかっているから。夢見てもいいよねと、紡ぐ代わりに飴玉を。 差し出された手に心震わせて。その手を取る、前に頭へと乗せられた。 それはいつもの通りに。理想であるはずの彼は、現実のように美伊奈を妹として。 ――何で? 私の望みは……理想の…… 呟きは不意に途切れる。その表情に理解が浮かび。 「そっか……」 美伊奈の手が彼の肩を掴む。精一杯に力を込めて。零れる微笑が場を支配した。 私の想いに応えれない、その理由や優しさも全部合わせてあの人だから。そこを変えてはもうあの人じゃないのだから。 あの人でなくては意味がない。私が好きなあの人を、ありのままのあの人を…… 「あの人のままで」 ――それこそが私の理想なのだから。 ●夢から以下略 「飴? 俺にか?」 怪訝な表情を浮かべて小雷が飴玉を摘む。彼は今回何も聞かされてはいない。 甘いもの好きである小雷だが、個室まで用意されていれば疑いもする。 だがまぁ、所詮は飴玉である。鼻を小さく鳴らして一気に口に含んだ。何かあったらただでは済まさないからなと口にして。 結論から言って何かあったわけだが。 気付けば誰かに腕を取られていた。振り解こうとして、眼前の姿に目を疑う。 「リシェナ……?」 「なぁに小雷? リシェナ以外に見えるの?」 言葉を甘く響かせて。向ける笑顔は子供のように、無邪気な色香が軽やかに。くのいちふゅりえから残念性が皆無。 「新しい忍法、なのか?」 自身の呟きをすぐに脳裏で否定する。違う、リシェナではない。 「お前……何者だ」 いたずらな微笑をたたえた神秘が掻き消えた。唾を飲み込んで、口の中の飴玉が溶けきった事に気付く。全てを理解して、小雷が踵を返した。 ――一言文句を叩き込んでやらねば気が済まない。 部屋を出た小雷が最初に目にしたもの。それは―― 「ひゃああああああん! ハッタリ殿! 拙者、ハッタリ殿にあこがれて忍者の道を歩んだでござるよ!」 ギガントフレームと見紛うサイバー忍者。その身体に纏わりつくようにテンションを高めたリシェナであった。 「どうしたでござるか、小雷殿」 微妙な顔つきになった小雷に気付き、ハイテンションのまま早口にまくし立てる。 「あこがれのハッタリ殿でござるよ! ポーズとって欲しいでござる! いつかネクストグンマでサインもらいにいくつもりだったでござるよー!」 きゃあきゃあと興奮気味のリシェナの前で、終始無言になってしまう小雷であった。 飴玉をひょいと摘んで奥の部屋へ。気楽な様子のコヨーテの後を複雑な表情で真澄が続く。 「で、何すればいいんだ?」 説明する気力も起きない。真澄が諦めたように言葉を吐く。 「とにかく飴玉を舐めればいいのさ」 「ふーん? よくわかんねェけど、飴食うって時点でオレには試練だな……」 飴玉を嫌そうに口にするコヨーテ。その様子を尻目に「理想ね……」とため息一つ、飴玉を口に含んだ。そのまま具現化を待つ。 「まあどうせ元旦那だろうけどねぇ。理想的だったかっていうと微妙だ、がっ!?」 うわずった声は、別の歓声に遮られた。 長身、長髪、ロングコートに二丁拳銃。その姿を見たコヨーテが高揚して叫ぶ。 「お兄ちゃんじゃねェか!」 心から敬愛し、戦って殺したいと思う兄。不意にコヨーテは理解する。 「そういうコトか、本気で殺し合いてェ相手のコトだな?」 これこそ理想と血の気を滾らせて牙を剥く。 「最高じゃねェかッ! お兄ちゃん、戦おうぜッ!」 興奮したコヨーテが口内で飴玉を砕く。砕いてしまった。小さな欠片は瞬く間に溶け、眼前の理想を掻き消して。 「ありゃ……そりゃねェぜ」 がっかりと肩を落としたコヨーテが後ろを振り返った。 「真澄のは……ン?」 その姿に目をぱちくりさせて。 視線を感じた真澄が慌てて取り繕う。 「あ……あぁ、きっとこの飴が不良品だったんだね!」 背に隠す理想の姿は今向かい合う男と同じもの。2人に挟まれて、真澄は自身の言葉を否定する。 ――な訳ないか。まったく、なんて飴だい―― 自覚していなかった本心。認めるしかない事実を前に、コヨーテが口を開くのを真澄は背筋が凍る思いで見つめていた。 「……ッてコトは真澄はオレと殺し合いてェのか! いつでもオッケーだぜ!」 暫くの間。理解した真澄が心底ホッとしたように捲くし立てる。 「でもそれはあんたが大人になってからだよ」 その胸中の複雑な想いは本人にしかわからないだろう。 「理想、か……」 ころころと飴玉を含む天乃は表情を変えずそれを待つ。 誰が出てくるのか。出てこないのか。闘ってきた敵かも。 そう思考を動かしながらも、天乃は確信めいたものを感じていた。 理想の条件を満たしてる、一緒に戦う仲間の中で、天乃が最初に浮かべる誰か。 「出てくるのは、多分新田」 出てきても特別なことは何もない。いつも通りあって、同じ時間を過ごす……それで終わり。 これ以上は望まない。望む気もない。 ――私は、きっと先に逝く。 辛いから。望んでしまえば1人が辛くなる。そうなってしまえば、残される側は辛いから。 ――でも。 いつしか眼前に立つ誰か。その手を取った。支えるように伸ばされた腕に、すっぽりと身体を納めて抱きしめる。 この場限りの幻。で、あるなら…… 「ごめん……それに、ありがとう」 伝えたい言葉。伝えない言葉。今だけの…… 「新田は、何を見てる、かな」 先程見かけた姿を思い浮かべ。 ――落ち着こう、落ち着いてこの状況を考えよう。 誰かに想われている頃、快はすでに慌てる時間だった。 整理する。飴玉を舐めた。理想がでてきた。3人だった。完。 「これ、ブレイン・イン・ハーレムのほうじゃね?」 近すぎず遠すぎない距離を並んで歩く。負担ではなく、依存ではなく。尊敬し、救われて――快は今も恋人に感謝している。 踏み込めば届く位置。けれどそれを天乃は望むのか。目を離せば消えてしまいそうな死にたがり。誰かが守ってやらなきゃ。 袖にかかる遠慮がちな指先。大切な妹分、だったけど……最近はそれだけじゃない。守ってあげなきゃいけない、って思う。 どうしても放っておけない。それは責任感と言ってしまえば済む話かもしれない。だけど。だけど―― ――俺は責任感を免罪符にしている、だけ、なのかな…… ため息代わりに苦笑が出る。良い悪いの話じゃない。結局自分は強欲なのだ。 ……いつしか飴玉は溶けていた。 飴玉を含んで落ち着きなく部屋を歩き回っていた木蓮が、それを目にした時出た感想は「やっぱり!」である。 当然だろう。木蓮にとってそういう存在なのが龍治なのだから。 「ふーむ、見た目とか仕草とか、普段の龍治と変わんないな~」 彼に望むことくらいある。こうであったらなんて思うことも。 そういったものを全部集めたものが理想なのかななんて思った。けれど。 今、現れた理想を見て確信した。そしてそれは、本当は初めからわかっていたことなのだ。 「俺様は、あいつが生きて隣に居てくれるだけで幸せだからな」 理想の龍治じゃない。龍治こそが理想なんだ! それを自覚しなおしたなら、緩む口元をしゃきっと伸ばし。 「へへー、終わったら飛びつこっと!」 別室にいるはずの龍治を思い浮かべて足早に飛び出した。 一方。龍治はその日一番長い息を吐いた。それは安堵を表すものだった。 飴玉を一緒に舐めるかと問う恋人に、別室を提案したのはわずかに嫌な予感を感じたからだ。 もっとも心当たりなどは全くない。そして事実、現れた木蓮の姿にほっと胸を撫で下ろす。 全く違う者が出て来たら……という心配は無用のものだったらしい。よく見ると木蓮の胸と尻が大きい気がするが誤差の範疇。来月にはこれくらいになってるだろう。 咳払い一つ。さて戻るかと呟いたところで、届いた声に顔が強張った。振り返った先で、『理想』が笑っている。 龍治が笑う。苦い想いを噛み締めて。嗚呼、理想が笑っている。 「……まるで、優しかった頃の母上の様な物言いをする」 予感は的中するものだ。抱き寄せられ、頭を撫でられる感覚に逆らわず。嗚呼。嗚呼分かっている。 ――理想とは、叶わぬものだ。 部屋を出た龍治を、笑顔の木蓮が出迎える。 龍治は何も言わなかった。 そんな彼の様子にわずかな時間を開けて。木蓮がそっとその腕を取る。 「ほらっ、お酒でも買って帰ろ」 よしよしと背中を撫でてみた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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