●異世界『ブルーボックス』 この世界にはたった一つの生命体しかいない。青い空間を優雅に泳ぐ巨大な白鯨のような存在。上もなく下もなくただ広い空間を孤独に漂うその白鯨は、特殊な能力を持っていた。 「兄貴、ホントですかい? この馬鹿でかいゲドリバスっぽいヤツに強くなる秘訣があるって」 「ああ、間違いねぇ。こいつは『フィルドメスト』ってイキモノだ。肉体的な癒し、精神的な癒し、そしてそこにいるだけで強さを与えてくれるのさ」 その青い空間にDホールが開く。そこから姿を現すのは船に似た乗り物。旗をなびかせ、白鯨に近づいていく。 船には異世界の文字で『次元空賊エリダリ』と書かれている。そしてその甲板に二人の男――のようなアザーバイドが会話をしていた。直立するトカゲのような小男と、直立するブタのような大男。『兄貴』と呼ばれた小男は顎をなでながら笑みを浮かべていた。 「そこにいるだけで強さを?」 「ああ、どういうものかは知らねぇが。都合がいいじゃねぇか。一晩寝てるだけで強くなるんだぜ」 「さすが兄貴! 楽して強くなるなんて兄貴らしいや!」 「わっはっはっは! 褒めるなよ!」 褒めていない気もするが、気をよくした『兄貴』は白鯨をみて、船を鯨の背中に近づけていく。 「あそこだ。背中のあの穴から中に入るんだ」 「合点だ! 行くぞ人形共!」 「「カルダン、イクデス!」」 ●ARK 「戦いに疲れているお前達にヒーリングをプレゼントだ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタ達に向かって、説明を開始する。 「異世界に通じるDホールが開いた。ホールは比較的安定しており、二十時間は壊れることはない」 「……つまり」 「そこに入って調査をするのが使命だ。異世界『ブルーボックス』……あくまで仮称だ。本当の名前は住人に聞くしかない。 とはいえこの世界にはそんなに人がいない。先住人が一人と、お客様が何人かいるだけだ」 『万華鏡』のモニターが世界の概容を映し出す。GCで作り出した架空の世界だが、青い空間に大きな鯨が泳いでいるように見える。馬鹿でかい水槽に鯨が泳いでいるイメージ。 「この世界唯一の住人『フィルドメスト』……大きさ二キロメートルの生命体だ。大きな体だが気性は優しく、博愛の精神を持っているらしい。 お客様の言葉を信じるなら、『強さ』も与えてくれるらしい」 「『強さ』? ……どういうこと?」 「精神的にリンクすることで体験を共有するとかそんなアレらしい。正直俺にもわからん」 リベリスタの問いかけに、肩をすくめて説明を放棄する伸暁。 「ともあれ先客がいる。ここに癒しを求めてやってきた者らしいが、コイツラを放置するとDホールを通じてこっちの世界にやってくる可能性がある。正直無視はできそうにないので、サクッと倒してくれ」 「Dホール破壊したほうがよくないか?」 侵入者が来る可能性があるなら、そのホールを閉じておく。それも世界の為だが、伸暁は指をふってそれを否定した。 「イメージしてみな、お前達。このホエールはたった一人でこのブルースカイを泳いでいるんだ。誰かと話をする機会があれば、とてもハッピーになるぜ。 このDホールはきっとこのアザーバイドから送られたコミュニケーションだ。そう思えば、無為に閉じるのも可哀相とは思わないか?」 また根拠のないことを……と想いながら、否定はできない。孤独で過ごす存在が誰かを求めるのは、確かにありえそうな話だ。 『万華鏡』が補足したわずかな情報を頭に入れ、リベリスタはブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月08日(日)22:52 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●胃 Dホールを通ってリベリスタがフィルドメストの体内に入る。広大な肉質の洞窟。リベリスタの感想はそれだった。食べ物どころか消化液すらない臓器。 リベリスタが入ったことによる体への影響は、まるで見られない。然もありなん、体長2キロのアザーバイドである。人間で例えればプランクトンが数匹体内に入ったに過ぎないのだ。 「うっわー! でっけー!」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の感想は、まさにリベリスタ全員の感想であった。闇を見通す眼をもってしても先の見えないほどの広さ。これでもこの生物の一部なのだ。アザーバイドが常識外の存在だと分かっていても、この大きさはおどろかずを得まい。 「泳ぐように宙を漂う白鯨かぁ。たまにはファンタジックなのに接するのもいいな」 『万華鏡』からの情報を確認するように 『純潔<バンクロール』鼎 ヒロム(BNE004824)が破界器のカードを取り出す。ボトムチャンネルの戦いとは違う幻想的な戦い。最もこんなところにも欲にまみれた奴等はいるらしい。それを思い、ヒロムはこっそりため息をついた。 「早く奴等を叩こう。手筈どおりボクはあっちに向かう」 遠くから聞こえる心臓の鼓動音を聞きながら 『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が歩き出す。時空を渡る盗賊達。それがこのアザーバイドの血肉を食らっているなど許されるわけがない。アザーバイドの境遇を思いながら、力強く歩を進める。 「フィルさんから見れば、自分達も空賊もさして換わりはしないかもしれませんが」 それでも空賊の好きにはさせない、と『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は羽根を広げる。フィルドメストの心臓のリズムが体に染み入り、活力を与えてくれる。これがこのアザーバイドの癒しの力。それが特性だとはいえ、恩を受けたい上は返すのが筋だ。亘は矜持を抱いて目を開く。 「綺麗な音だけど、退屈な世界。少しの間賑やかになりそう」 『Nameless Raven』害獣谷 羽海(BNE004957)が広い空間をみて、口を開く。たった一人孤独で世界を泳ぐアザーバイド。その体内は心臓の音だけが聞こえる世界だった。その音に空賊が巣くい、そしてそれを倒す為にさらなる音が広がるのだ。静かに倒すつもりなど全くない、とばかりに羽海は『ペインキングの棘』を構えた。 「さっさと敵を排除して調査するか」 静かに呟く『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)。異世界dロウがなんだろうが、結唯にとっては関係ない。アークの指令が下り、それを忠実にこなす。個人的な感情など入る余地がなかった。さすがに煙草はまずいかとシガレットとライターをポケットに戻す。 「この出会いが『彼』にとって幸福であるよう努めよう」 同じく煙草は控えるか、とため息をつきながら『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)。自分達の大きさを考えれば影響は微々たる物だろうが、気持ちと礼儀の問題だ。嗜好物とはいえ人体に影響のあるものを味わうのは躊躇いがある。エチケットを守ってこその対話だと、襟を正す。 「強さをわける生き物か。まさに雄大な存在だな」 『破壊者』 ランディ・益母(BNE001403)はフィルドメストの持つ能力が気にかかっていた。神秘生物である以上、確かに規格外だが巨体であることは問題ない。だが力を与える遠い能力は予想外だ。それが身に余るものでなければいいのだが、と頭をかいて歩を進める。何はなくとも、まずやらなければならないことがある。 「世界に一つだけの生命……どんな気持ちなんだろう」 『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)は胸に手を当てて考える。フュリエは嘗て姉妹たちと思念で繋がっていた。ボトムチャンネルに着て色々勉強したアルシェイラだが、たった一人で長く過ごすアザーバイドの気持ちは、想像することができなかった。 (癒しとはよく言ったものだ) フィルドメストの心音を耳にしながら『質実傲拳』翔 小雷(BNE004728)は息を吐く。音が自分の心臓の鼓動と重なるような癒し。それが活力を与えてくれた。輝く羽根を光源にし、アザーバイドの体内を走る。自分に何ができるのか。それを考えながら小雷はフィルドメストの脳を目指す。 リベリスタたちは脳と心臓の二箇所を同時攻略するため、チームを分けていた。それは早期解決による時間経過による空賊たちの変化を塞ぐ為でもあるが、アザーバイドを食らう空賊が許せないという意見もある。 響き渡るフィルドメストの心音。それを聞きながら、リベリスタたちは目的の場所に向かって走る。 ●脳Ⅰ フィルドメストの脳に向かったリベリスタは、奇妙な光景を見る。 脳と思われる巨大な灰色の壁の側で、座禅を組むトカゲの姿だ。アレが件の空賊エリなのだろう。カルダンと呼ばれる人形が護衛のために見回りをしている。そんな光景だ。 「なんだろうなぁ、あれは。『力』を与える云々に関係するのか?」 ランディが首をひねるが、答えは見つからない。他のリベリスタも似たような顔をしていた。だがそうだとするなら、悠長に時間はかけてられない。 「位置取りが難しいな。向こうが暗視を持っていたら身を隠す場所がない。不意打ちは難しそうだ」 ファミリアに先行させて先の様子を確認していた雷慈慟が苦虫を潰すような表情をする。どんな状況でも警戒は怠らないあたり、空賊も素人ではない。 「自分一人なら特攻はできるんですが……」 亘はエリまでの距離を見て、一気に突撃できるだろうことを確信し……それをすれば孤立して袋叩きにあう可能性に気付き、足を止めた。そんな『匂い』がしたのだ。 「どうする? 不意打ちを諦めて突撃するか?」 小雷が相手を観察しながら言葉を紡ぐ。眼に見えて変化している様子はないが、あくまで見た目の問題だ。時間をかけることがプラスになるかならないか、まるで分からない。 「とりあえずフィルドメストに語りかけてみるぜ。脳の付近で戦うのは、まずそうな気がする」 ヒロムがハイテレパスでフィルドメストに語りかける。自分の名前と害意がないことを先に語り、話を切り出した。 『実は粗相を働いてるかもしんない先客に用があるんだ。出来たら胃袋の方にお目当てのものがある、とか言って先客を促してくれると嬉しいなぁ』 『異世界の者よ。貴方が言う目当てのものとはなんだ? このギザニの盗賊が望むものは私との対話という。それ以外に望むものがあるのなら、それを教えてくれ』 返ってきた答えにヒロムは呻きをあげる。具体的な内容を問われると、相手の情報不足もあって無理が出る。謝罪を入れて、念話を打ち切った。 「仕方ない、普通に行くか」 五人のリベリスタはエリの前に躍り出る。その気配に気付いたエリは、近くにあった銃を構え、カルダンに指示を出した。 「こんなところにたまたま通りかかった、なんてのはねぇよな」 「まぁな。悪いが退いてもらうぜ」 巨大な斧を構えて、ランディが吼える。それを合図にリベリスタたちも破界器を構えた。 ●心臓Ⅰ さて心臓側だが。 「ゲドリバスって何?」 「巨大な巨大なイキモノだ。その大きさはあのディスデザルの城すら飲み込むってほどの――」 羽海とダニが親しげに会話をしていた。フィルドメストの血肉を食べて上機嫌のダニに羽海が語りかけ、そのまま話が進んでいるのだ。 「ところでエリダリなのになんでお前ダニなの?」 夏栖斗の質問に、棒出しそうな勢いでダニが答える。 「良くぞ聞いてくれました! 俺は兄貴に求められる為に苦節四ヂルタの間も尽くしてきたんだ! そしてようやくエリダリの名の一部を名乗ることを許されたんだ! 『お前が一人前になれば、正々堂々と<ダリ>を名乗るんだ。それまで、がんばるんだぞ』……そう言って肩を叩いてくれた兄貴の優しさは忘れねぇ!」 チルダって時間の単位かなとか、ああ名前は世襲制なんだとか。いやそれ兄貴にいいように利用されてるだけじゃないとか。思うところは色々あったが勢いと空気に流されてリベリスタはなにも言えなかった。正直、どうでもいい。 「バイデンより俗っぽいけど、こういう人は対処が苦手なの……」 かつて自分の世界を蹂躙した種族を思い出しながらアルシェイラがため息をつく。情け容赦ない暴力はごめんだが、だからといってこういう類もお断りだ。 「そいつはスマンね、異世界のお嬢さん。それじゃ、そろそろ始めますか。そちらの二人さんが、凄い殺気で見てるからな」 ダニは自分を睨むアンジェリカと結唯を見返しながら、腰を上げる。フィルドメストの血肉を食べたことに対して、何か言いたげな視線だ。 (ボクが怒っているのはフィルドメストを食べているこの空賊なのか、それを怒らないこのフィルドメストになのか) 自分でも矛先の分からない怒りで拳を握るアンジェリカ。生きる為に血肉を食らうことを否定はしない。だけどこれは何かが違う。 (あの肉は調査対象だから、回収せねば。とりあえず邪魔だな) 冷徹に依頼に徹する結唯。自分達の目的を念頭に置き、そのために邪魔者がいるなら排除する。プロセスとしての殺意。倒す必要があるから倒そう。 ダニの指示に従い、カルダンが展開する。戦いの気配を察し、リベリスタも破界器を構えた。 ●脳Ⅱ 「それでは行きますよ」 真っ先に動いたのは亘だった。真っ直ぐにエリに向かいたかったが、カルダンの壁に阻まれ断念する。銀の刀身を持つ短刀を手に六枚の翼を広げて地面を蹴った。空を滑るように相手に近づき、羽根を使って加速する。 十分に加速の乗った状態から繰り出される一撃。移動ベクトルをそのまま叩きつけるのではなく、移送速度を殺すことなく体を動かし刃を走らせる。細く、しかし鋭い一閃。誰かを守るために、鍛練を積み重ねた一撃が繰り出される。 「彼を浅はかな理由で利用何て絶対にさせません」 「浅はかだと!? 馬鹿野郎、強くなることの何が悪い!」 「悪かねぇよ。強いて言うなら、俺達の世界を狙うのが悪い」 ランディがエリの叫びに応えながら、斧を構えて疾駆する。二本の斧を鎖でつなげたような斧を手にし、体内の魔力を練り上げる。同時に斧を強く握り、それを支える片や腰に力を篭める。 戦闘開始のこのタイミングを逃せば、乱戦になる可能性は高い。そう判断し、ランディは二重の力を解放する。練り上げた魔力を風に、溜めていた筋力を回転に。風は暴風となり、回転は嵐となる。ランディの周りにいたカルダンが、風に切り刻まれる。 「なかなか強いじゃねぇか。売り飛ばせばいくらになるだろうな!」 「トカゲ野郎がヒト買いたぁ、偉そうだな。俺たちが簡単に捕まるとおもったら大間違いだ、馬鹿め」 「なんだとこのウィフタルもどきが!」 「ウィフタルって悪態なんだろうけど、よくわかんないんだよね」 ランディとエリの会話を聞きながら、ヒロムが自らに影を纏わせる。そのまま足音を殺してカルダンをブロックしながら、黒と赤のカードを展開させた。不可視の力によりカードは広がり、簡素な魔法陣を形成する。 生み出されるのは不吉の月。ボトムチャンネルにおける不吉の証にして、敵を討ち滅ぼす赤い月光。呪いを与える赤い月は、ボトムチャンネルの知識がないエリでも、それが不運を呼ぶことは直観で察したのだろう。動きがわずかに鈍る。 「まともに入ったようだな。お帰りはあちらだぜ」 「ふん、多少ツキが落ちた程度でどうということはないわ! ……くぅ!」 「ああ、俺と同じギャンブラータイプだったのか。運で弾丸を当てるクチ」 「隙があるなら押し通すまでだ!」 なんとなく察したヒロムが同情するようにエリに告げる。その横で小雷が拳を振り上げていた。激戦をくりぬけたバンテージは赤く染まっている。殴った敵の返り血、受けた自分の血、その両方で。歴戦を示す包帯にさらに刻まれる戦歴。 防御する為に腕を伸ばすカルダン。拳を放っていない小雷の腕でカルダンの腕を押さえ込み、拳を振るう。相手の動きを予知していたわけではない。いつもどおりの武術の型で攻撃しただけだ。攻防一体。武技の型には意味がある。それを正しくし理解していれば、あらゆる状況にも対応できる。 「力を得て何をするつもりだ」 「決まってるだろ! 力を得て、金を得て、ビッグになるのさ!」 「俗物が!」 「自分としては分かりやすい相手だと判断する。好感は持てないが」 小雷とエリのやり取りに、ため息をつくように雷慈慟が口を開く。この空賊の来訪は世界の為にはならない。ならばここで倒すのみ。本来後衛の雷慈慟だが、あえて前に出てカルダンの一体を押さえ込む。 黒の本を開き、魔力で練った糸を放つ。真っ直ぐに飛ぶ魔力の糸が、攻撃を受け得弱っていたカルダンを貫いて、地に伏した。よし、と心の中で呟いて戦場を確認する。残った火る段は三体。そして五人全員が前に出ている。これでエリに二人を突撃させることができることになる。 「想定どおりだ。エリを一気に潰す」 「はっ! そう簡単にやられると思うなよ!」 「それはこちらの台詞だぜ」 「ええ、一気に叩き潰しましょう」 ヒロムとランディが、エリに向かって破界器を向ける。脳に向かったリベリスタの中で、最も火力が高い者が刃を向ける。それに応じるように、エリの銃が火を噴いた。 戦いは激化していく。 ●心臓Ⅱ 「今はあんまり恨みはないけど、行くぜ!」 夏栖斗は二本のトンファーを構えて、敵の群に特攻していく。空賊がボトムチャンネルを襲うのは未来の事で、今は未遂である。おそらくその存在すら知らないだろう。だが『万華鏡』の予知は完璧だ。見過ごすわけには行かない。 炎のパターンの入った特殊素材のトンファーが空を切る。夏栖斗のオーラに反応するように赤く光る。振りかぶったトンファーに弾かれるように光は飛び、矢のように鋭く敵を貫いていく。密集しているカルダン二体を巻き込んだ。 「お前らとはいい酒が飲めると思ったがな」 「残念、僕未成年だから」 「どっかーん」 夏栖斗とダニの会話を打ち切るように、クラウチングスタートの構えから一気に駆け出す羽海。そのまま自分の体ごとカルダンに突撃し、回転しながら周りのカルダンに切りかかる。切りかかられたカルダンは羽海に気をとられ、矛先を向ける。 迫るカルダンの攻撃を身をひねって避け、時には同士討ちを誘発するような場所に立ち攻撃を止めさせる。悪運を自らの味方につけ、生き延びる。わずか十歳の子供とはいえ、羽海は四国の大戦を生き延びている。けして気の抜けただけの革醒者ではない。 「お前ら、オレの言うこと聞けよ!」 「んー。不良品?」 「さっさと敵を排除するか」 黒い格闘銃器を手に填めて結唯が構える。しっかりと足を踏みしめ、真っ直ぐに背筋を伸ばす。射撃を行う腕を真っ直ぐに構え、もう片方の手で包み込むようにして銃を支える。自らを銃の補助道具と認識し、意識を射撃に集中する。 足は安定した足場を。背筋と腕は衝撃を支える為に。正しい構えとは即ち、効率のいい構え。コンマ二秒で構え、狙い、打つ。何も知らない素人が見ればそれは味気ないものだっただろう。だが、見る人が見れば結唯の熟練に感嘆の声を上げただろう。 「かぁ! きつい一撃だね」 「次、行くぞ」 「燃えない……よね?」 木製の杖を構え、アルシェイラは遠慮がちに魔力を練り上げる。周りを飛ぶフィアキィが魔力を炎に変換し、熱波を生み出した。アルシェイラを中心に広がる炎。彼女の位置を察するように炎は見方とフィルドメストを避け、ダニとカルダンの体力を奪う。 フィルドメストの心音がアルシェイラの体内に響き渡る。ただそれだけで、心に何かが満ちてくる。呼吸法により気力を回復しながら、同時に心音により満ち足りる。言葉はなくとも、確かにアルシェイラは生命の息吹を感じていた。 「熱ぃ! 何をするんだ、この野郎……ああ、女性か。この乙女!」 「……本当に俗っぽいですね、この人」 「誰かに付き従う性格なんだろうね」 アルシェイラの言葉にため息をつきながらアンジェリカが応える。ゴシックなスカートを翻し、アンジェリカが乱戦場に迫る。巨大な鎌を一回転させ、そこに赤く光る月の幻影を見せる。不吉を告げる赤い月。淡い月光が戦場を照らす。 不吉を告げられた者たちは、時に足を滑らせ、時に武器が壁に引っかかり。そんな小さな不幸の隙を縫うようにアンジェリカが舞う。鎌を振るい、通り抜けざまにカルダンの脇腹を切り裂いた。そのまま地面に倒れる人形。 「やってくれるぜ。こいつは手加減できないなぁ」 四本の棍棒を手に、ダニが歩を進める。その視線の先には、奮闘するリベリスタ。 リベリスタもダニを睨むように破界器を構える。互いに武器を収める気は全くなかった。 ●脳Ⅲ 「お前らを捕らえれば、弾丸代のおつりが出る! 惜しみなく行くぜ!」 エリの放つ弾丸が接近してきた亘とランディを捕らえる。弾丸爆ぜて粘性の液体が纏わりつき、二人の動きを阻害する。 「これは堪えますね……」 「ち、ネチネチと攻めやがって」 速度で攻める亘はこの弾丸の影響を大きく受け、剣が鈍くなる。ランディも纏わりつく液体に足をとられて、舌打ちする。 「今だカルダン、一斉射撃!」 「カルダン、イッセイシャゲキ、デス!」 リベリスタと交戦していたカルダンの首が百八十度回転し、後方の亘とランディに一斉に光線を放つ。エリの弾丸とカルダンの光線の集中砲火を受け、二人は運命を燃やす。 「成程、主の命令は絶対か。ならば命令主を倒せば活動停止する可能性はあるな」 「戦えって言う命令を最後まで聞く可能性もあるけどな」 目の前の敵を無視してまでエリに向かった敵を攻撃するカルダンに対し、雷慈慟が推測を口にする。それにため息をつきながら、ヒロムが答えた。 「これで終わりだ!」 小雷が自分を押さえていたカルダンに拳を叩き込み、地面に伏す。足をしっかり踏みしめ、捻るように繰り出した拳。鎧に衝撃を伝え、内部を直接傷つける一打。 「お、思ったよりも強い……!」 リベリスタの殲滅力の高さに慄くエリ。回復をする人間がいない分、攻撃に特化している。それが驚くべき殲滅速度を生み出していた。 「さて、お邪魔虫どもには早々に退散してもらおうかね」 ヒロムが赤い月の光を放ち、戦場を照らす。悪運を呼ぶ光は時折エリの銃に事故を起こさせる。数秒で治る事故だが、その数秒は戦闘中において千金に値する。 「こちらも集中砲火と行こう」 皆を指揮しながら雷慈慟がエリに攻撃を仕掛ける。仲間の武器の間合を知り、適切な場所に誘導して攻めさせる。それだけで戦闘効率は格段に跳ね上がる。 「ここは一旦下がって貫通弾丸を……!」 「させねぇよ」 下がろうとするエリの退路を断つようにランディが立ちふさがる。足元を払うように斧を振るい、相手の動きを制限する。その後に本命の一撃を叩き込んだ。 「なかなかタフだな。だがこれを食らって立ってられるか?」 言葉と共に小雷がエリの懐に入り込む。拳をエリの腹部に当て、足の踏ん張りと腰の回転だけでベクトルを生み、拳に乗せて叩き込んだ。ゼロ距離の拳がエリをよろめかせる。 「フィルさんから何かを奪おうとするものは、僕が許しません」 粘性から脱した亘が刃を構える。六枚の青い羽根を羽ばたかせてエリの横を通り抜けさまに『Aura -Flügel der Freiheit -』を振るった。 「ちくしょう、大損だぜ……!」 その一撃でエリは倒れ伏し、銃が地面を転がった。 ●心臓Ⅲ 「どうしたどうした? 俺はまだまだやれるぜ!」 ダニはその大きな体を生かしてリベリスタの前衛を突っ切ろうとする。それを押さえながら夏栖斗とアンジェリカと羽海が前に立つ。 羽海がカルダンやダニの気を引いて、その間に叩く作戦だったが、 「ずっと気を引かせるのは無理」 羽海が諦めたように息を吐く。自然と正気を取り戻したカルダン二体が後衛に向かって走っていった。これを押さえる為に前衛が後ろの下がれば、ダニが後ろに向かうだろう。それは避けねばならない。 もっとも、 「問題ない」 予想していたとばかりに結唯が格闘スタイルに移行する。使っていた銃を変形させてナックルガードのようにし、迫るカルダンを出迎える。 「押し戻します!」 炎を放ち、衝撃で押し戻そうとするアルシェイラ。魔力で作った防御壁は展開しているとはいえ、やはり殴られるのは好きではない。 心臓側の戦いはアルシェイラの回復もあって、長期戦の流れになった。フィルドメストの血肉を食べたダニは傷を回復しながらやたら棍棒を振り回す。その攻撃の隙を縫うように夏栖斗とアンジェリカと羽海がカルダンとダニを攻める。 「高価な武器に頼ってるエリよりダニさんの方が強そうなのに。エリがいなくなれば船も全部君のものだけど……どうする?」 「へっ。俺と兄貴とを仲違いさせたいってか? そんな言葉にはのらねぇぜ」 羽海がダニの心を揺さぶるように言葉を放つが、動じた様子はまるでない。仕方なく羽海は破界器を振るう。針の鋭い一撃がカルダンの体を貫いた。 「腕が四本あってもボクが五人になれば問題ないよね」 アンジェリカが独特のステップで残像を残しながらダニを攻める。棍棒を大振りさせて死角を縫い、鋭い一撃を叩き込む。虚実織り交ぜたナイトクリークの一撃。 「お前はそこで凍ってろって!」 細氷がダニを包み込み、その動きを止める。夏栖斗の放つ氷拳だ。相手の攻撃を真正面から受け止め、その腕に拳を叩き込む。低温の風が戦場を冷やす。 「くたばれ」 短く告げて結唯が迫ってきたカルダンを攻める。相手の背後に回り、死角から相手の首に拳を叩き込む。冷静に相手を追い詰める詰め将棋のような攻め。 「皆さん、回復しますよ」 全体のダメージ具合を見てアルシェイラが回復に回る。フィルドメストの心音に合わせるような歌のリズム。奏でられた歌が、リベリスタたちの傷を癒していく。 勝負は一進一退だが、回復の差でリベリスタが少しずつ押してくる。ダニの受ける傷が眼に見えて増えてきた。 「……」 カルダンの攻撃を受けて結唯が倒れ伏すが、空賊の猛攻はそこまで。 「トドメを刺す気はないけど、死んだら御免ね」 羽海が足等での筋肉の力を篭める。弓が弦を引き絞るように。破界器という矢を番え、自分自身を弾丸としたアークリベリオンの基礎の基礎。 力を解放すると同時に前に走る。一点突破の鋭い一撃がダニを吹き飛ばし、そのまま地面に転がって動かなくなった。 ●余談 「シロハター」 「コウフクー」 脳、心臓共に操作主がKOした瞬間に、カルダンが一斉降伏したことを追記しておく。 ●フィルドメスト 戦闘が終わったリベリスタたちは、脳で合流する。空賊は動けないように拘束して、武器も取り上げている。 「……さすがにこちらの世界用にカスタマイズはできないな。よくわからないエネルギーで弾丸を飛ばしてるみたいだ」 「棍棒もバランスが悪くて使いにくい。四本腕用の棍棒とか、無理」 弾丸を飛ばす手法と種族の違い等から、取り上げた武器は使い道にならなかったが。 「一応フィルドメストの肉もあるが、どうする?」 「うみは持ち帰りたい」 「私もだ」 羽海と結唯が手を上げる。亘とアンジェリカは若干顔を歪めたが、既に切られた肉に関しては何も言わなかった。これも調査対象で仕事だから仕方ない。 「それじゃご対面と行きますか」 「妹だと喜びそうだな。何か土産話でも持っていくか」 ランディが時間を気にしながら皆に語りかけ、夏栖斗が笑みを浮かべて目の前の『脳』を見る。リベリスタの目線からすれば、巨大な壁にしか見えないそれ。 「さっきは無理言ってすまなかったな。少し話をしようぜ」 『異世界の者よ。何用だ。我が血肉がほしければ、好きに食らうがいい。さすれば争い傷ついた体を癒すことができる』 異界の言葉を話すヒロムが挨拶をし、フィルドメストの思念がリベリスタの脳に響く。その思念を受けて、タワー・オブ・バベル持ちや動物会話ができる人が通訳し、会話が続けられる。 「いいえ。それには及びません」 「はい。時間はかかるけど皆回復しますから」 亘が断りの返事をして、アルシェイラが回復を続ける。 「鯨さんて異邦人を受け入れて崩界しないなら、結構上位世界かのミラーミス?」 「ボトムチャンネルだって、フェイトのないアザーバイドが来ていきなり崩壊するわけじゃないだろう。……まぁ、ミラーミスというのは正解かもな」 羽海の疑問にランディが答える。そか、と頷く羽海に対してランディは若干複雑な表情をした。ナイトメアダウンを生んだR-TYPEと同じ存在。ならば。 『否。私はこの世界――ヴィフェル・ガクナの一生命体だ。他の生命体と呼べるものは見たことがないが、ミラーミスではない』 ヴィフェル・ガクナ。これがこの世界の名前か。リベリスタは頷き、質問を続けた。 「食べ物を取らないようだけど、一体どうやって栄養を取っているの?」 『この世界の空気そのものを取り込み、体内で栄養を吸収している。貴方達のような戦闘行為をしなければ、基本的にはそれで生命を維持できる』 アンジェリカの問いかけに返ってきた答え。このアザーバイドが温厚なのは、逆に言えば戦闘するだけのエネルギーを使えば死んでしまうからではないだろうか? それを思うと、少し悲しくなる。 「誰一人いないというが、お前どうやってこの世界に生まれた? 親に相当する者がいたのか?」 『覚えていない。そしてどう生まれたかを教えてくれるものもいない』 結唯の問いに、変わらぬ口調でフィルドメストが応じた。生誕時の記憶を持つ生命はおそらくいない。そして孤独であるフィルドメストは、それを教えてくれる存在も記録もないのだ。 「俺達の他に誰か来たことはあるか?」 『ある。我の血肉を食らい、帰っていった。脳(こちら)にくるのは少数だが』 「俺達は侵入者だ。なぜ受け入れる?」 『来訪者を追い返す理由が我にないからだ』 小雷の問いに澱みなく答える。小雷は自分たちをふくめた異世界人を侵入者といい、フィルドメストは来訪者という。 「他の世界の人があなたの事について知ってたのは、前にこの世界に来た人から広まったのかな?」 「兄貴は情報屋から聞いたって言ってた」 「ヴィフェル・ガクナにはお人よしのアザーバイドがいるってな。この世界の広さもあって、見つけるのは苦労したぜ」 アルシェイラの問いに答えたのは、ダニとエリだった。彼らのように異世界から情報を得てやってくるものがいるらしい。最も、この世界の広大さもありフィルドメストに会える確率はそう高くはないようだ。 「お前は今まで、ひとりで何をみてきたんだ?」 『この世界。青く広がる空間。荒れ狂う場所もあった。穏やかな場所もあった。群青の所もあった、浅葱色の所もあった、瑠璃色の所もあった』 暇つぶしと問いかけたランディの言葉に、自分の世界のことを語りだすフィルドメスト。何もない空間にある僅かな『風』と『青』の違い。 「フィルさんの望みは、誰かと話したいということなんでしょうか?」 『望みというほどでもない。だが誰かと話をするということは大好きだ。自分の知りえないことを知り、相手の知りえないことを教える。その一時が』 亘の言葉にフィルドメストが答える。その表情は分からないが、若干声が和らいだ気がする。 「そっか、じゃあ僕らの世界のことを話すよ」 言って夏栖斗がボトムチャンネルのことを話しだす。他愛のないことから、自分達が関わっている組織の話。そして一旦言葉を止めて、躊躇した後に切り出した。 「君の持ってる『力』ってどんなものなの? 僕達はいま自分の世界がヤバくって、少しでも力になるものがあれば手に入れたいって思ってるんだ」 「あんたに負担が掛からないのなら、是非お願いしたいかな」 フィルドメストが与える力。空賊が語っていたその能力。そのことを問いかける。 『結論から言えば、我は戦闘における力を与えることはできない。純粋な戦闘経験において、我は汝らにはるかに劣る。 だが、伝えることはできる。人と人が繋がり、心を通わせる術。心を伝え、経験を伝える術を』 響き渡る音波。同時に語られる言葉。 リベリスタの脳内に、青い世界が浮かぶ。 どこまでも広がる青い世界、上もなく下もない。落ちるでもなく浮かぶでもなく。何者にも束縛されず、しかし誰にも頼るものがない。どこにでも行くことができるが、道標はない。肌に感じる質感は空気にしては希薄で、そして時折乱気流のように激しい。 それはフィルドメストの体験した経験。それがリベリスタには分かった。今フィルドメストは、自分の体験をテレパシー的な何かでこちらに伝えたのだ。 「今のが君の見てる世界。この何もない空間でたった一人で、君はずっと誰かを癒して来たんだね。でもその為に自分を傷つけて欲しくない。君が傷ついたらボクは悲しいんだ。 ボクには君を癒してあげられない。ごめんね」 我に戻ったアンジェリカが涙を一筋流し、自分の胸に手を当てる。自分に彼を癒すことはできない事実に。 『否。この一時、我は十分に癒された』 「他者と触れ合い、少しでも心通わし、ソレを心地良い。僅かでもそう感じてしまったのならば孤独という状況は、心底心狂わせる状況と存じる」 雷慈慟がフィルドメストを慮って口を開く。今の経験は確かに素晴らしいが、世界がそれしかないとなれば確かに地獄だろう。相手に手があれば握手していそうなほど穏やかな声で、雷慈慟は言葉を続けた。 「今日こうして出会えた事は、偶然かも知れない。だが我々は存在する次元が違えども、友だ。ソレを忘れないで欲しい」 『異世界人よ……いや、友よ。汝らのこれからの戦いに、幸あらんことを』 語られたのは確かな祝福。遠く離れた次元の間に、絆が結ばれた。 ●ボトムチャンネルへ 「そろそろDホールが閉まる時間だぜ」 タイムキーパーをしていたランディが帰る支度をするように促す。 フィルドメストの口から外に出たかったものもいたが、仕方ないと断念する。だが、あのテレパス的な経験は確かに素晴らしかった。本当にあの空間を飛んでいた感覚が、思い出される。 「ふふ、空と海が一つになったような綺麗な青の世界でしたね」 亘がその時の感覚を思い出しながら、笑みを浮かべる。 「ちくしょう、覚えてろよー!」 「兄貴ぃ、待ってくれー」 「カルダン、タイキャク、デス」 縛を解かれた空賊が捨て台詞をはいて去っていく。 「縄といたのか?」 「船まで連行する時間なかったし」 逃げる空賊を指差すヒロムに、羽海が答えた。善人とはいいがたい連中だが、このまま放置すれば死んでしまう。それはさすがに忍びなかった。 フィルドメストに別れを告げ、Dホールを通るリベリスタ。最後の一人が通り抜けて十二秒後に『ヴィフェル・ガクナ』へと通じる道が、完全に消え去った。 リベリスタの調査記録を受けて、アークの研究開発部門は色めきたつ。 調査を行ったリベリスタたちの報告と、幻想纏いなどに記録されたデータ。それが新たな技術のステップアップになるという。 「そのアザーバイドの『経験を伝える能力』……うまく転用できれば!」 最終的にどうなるかは教えてくれなかったが、調査が無駄にはならなかったのは確かなようだ。 眼を閉じれば、自分の記憶のように思い出される青い空の飛行。 僅かな邂逅だが、確かに絆は生まれていた。 彼は青の世界に一人かもしれないが、結ばれた絆がその孤独を癒す。 異世界『ヴィフェル・ガクナ』にフィルドメストの『声』が高らかに響く―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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