● おかしい。おかしい。外から見たこの建物は、こんなに長かっただろうか? 長い廊下を歩いている。何も出てこない。当たり前だ、この施設は今営業していないのだから。 心もとない裸電球はお化け屋敷という特性上、演出の為に仕方ないのだろう。 けれど今は、チカチカ点滅するそれが心細くて仕方ない。 人の手で作り出された、意図的に怖く作られたものだと分かってはいても。 暗くなった先にようやく扉が見えて安心するも、その耳に声が届いた。 あぅぅぁ。あ。ぁあぁぁ。 ……赤ん坊の泣き声? そんなはずはない。いるはずがないのだから。 どこかの機械のスイッチが、電気を入れたせいで入ってしまったのか。そうだ。そうだろう。 早く先へと進もう。全く、LED電灯くらい持って来れば良かった。ああ。そうだ今からでも。 振り返って、慄然とした。一本道だったのに、遥か遠くの入り口には扉がない。 扉がない上に、どんどんと迫ってきている。そんな馬鹿な。これも演出か。随分大掛かりな。 早足で扉に向かって、また呆然とした。同じ様な扉が六つ。どれにも案内はなく、どれの先にも光は見えず。一歩よろめいた。けれど壁がどんどん迫ってきている。泣き声だ。またあの泣き声だ。 ううぁ。ああ。ああぁぁ。 壁の中から聞こえてくる赤子の泣き声に追われるようにして、扉の一つを引っ掴んで先に飛び込んだ。 衝撃。痛い。どこかを打ったのか。移動に支障はない。けれど痛い。 飛び込んだ扉の先をようやく顔を上げて見て、息を呑んだ。 同じように、扉が六つ。先程出て来たはずの扉のノブを後ろ手で探すが、行き当たらない。 恐る恐る振り返れば、そこは再び壁だった。 振り返った顔の隣に――目の真っ黒い赤子の顔が、浮き出ている。 悲鳴を上げて、がむしゃらにまた適当な扉を掴んだ。 なんでもいい。早く、早く外へ。 転がるように飛び込んだ先は広い部屋で、少しだけ安堵したものの……顔を上げて、絶望する。 あうぅぅぁ。ぁあ。ぁぁ。あうぅぅ。 顔を潰された少女、の、人形と、その周りを這い回る赤子、の、人形。 それらは、機械仕掛けではありえない滑らかな動きで――彼の元へと、近寄ってきたのだった。 ● 「皆さんお化け屋敷は好きですか? 嫌いですか? それとも今更怖くない派ですか? ぼくは割と平気です、そんな皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが今日も説明させて頂きますね」 ホラー映画の導入部のような映像を流した『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は、常の如く薄ら笑ってはい、と資料を手渡した。 営業休止中でリニューアル予定のお化け屋敷――その中の人形が革醒したという。 演出の為に顔が潰された、空っぽの人形。 顔面の部分が真っ暗な闇と化した少女の人形は、教室のような部屋で立っている。 「廃校モチーフのお化け屋敷だったみたいですね。まあそれはいいんですが、この『彼女』、その中を自分の都合のいいように歪めてましてね。彼女の所には『正解の扉を通らないと辿り着けない』んですよ」 目の前に現れるのは六つの扉、正解はその中の一つだけ。 推理の要素はなく、ヒントもなく、ただただ背後から迫ってくる壁に突き動かされて強制的に選ばされる。 正解すれば少女の元へ、失敗すればもう一度。 「運試しの遊びと言うには物騒ですけれどもね。一回失敗するごとに皆さんは体力を消耗するでしょう。おまけに、彼女が伴っている赤子のE・フォースの数が失敗ごとに増えていく」 ただこれは厄介な事ばかりではない、とフォーチュナは首を振った。 扉の選択を迫られるのは最大でも十回。 少女の力は無限ではなく、生み出される赤子の数もまた無限ではない。 失敗して赤子が増えれば増えるほど、少女はその分能力を減退させる。 「正解の扉が分かれば皆さんを一発で送り込めるんですけれども……残念ながら、皆さんがこの未来に介入する事で正解も歪むようでして、ぼくから言える事はありません」 少しばかり申し訳無さそうに眉を寄せたギロチンは、赤ペンを回して前を向いた。 「ただ、今向かえば少なくともこの彼の命は救われますし、建物を燃やすとかそういう大掛かりな事にならなければお化け屋敷自体もまた使えるようになるでしょう。少し面倒ではありますが――どうか、この先の惨劇を嘘にしてください」 ぼくを嘘吐きにして下さい。 小さく笑ったフォーチュナは、そう言って手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月05日(木)22:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 扉の内側は、心なしかひんやりとしているように思えた。 外の明るさを全て遮断し、リベリスタが最初に足を踏み入れたのは昇降口を模した広間。 チカチカと瞬く裸電球が一際大きく点滅し、静かになったから――リベリスタは頷いて、先へと続く扉に手をかけた。 聞こえる赤子の声にも『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)は頓着しない。 「ミナゴロシッ、ミナゴロシッ♪ オマエラマトメテミナゴロシー♪」 あどけなさを残す声で口ずさむそれは、人によってはこのお化け屋敷の演出の一つに聞こえるようなものではあったけれど……灯璃にとって殺せるエリューションなど怖いものには入らないのだ。怖くはないけれど、お化け屋敷の演出は好きじゃない。 「怖がらせたいのは分かるけどさぁ、ビックリさせるのは違うんじゃない?」 小さく首を傾げながら、段々近付く扉を赤の瞳で見据えた。霊的なものに恐怖を感じない人間はいるが、唐突な出来事に驚かない人間はまず存在しない。『恐怖』の演出としては、とても分かり易い大衆向けのものなのだろうけれど。 振り返れば、入ってきた扉はないのだろう。だが、振り返る気はない。 進む道を選ぶのは自分であれば、灯璃は躊躇わず六つの一つに手を伸ばした。 六つの扉から一つを選べ、予知にも分からぬ運試しに似たその選択。 今年の運はいかに、と耳を震わせた『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)だが、流石に誰もいない廊下を、赤子の泣き声をBGMに歩き続けるのは不気味である。 「う~、お化け屋敷は龍治と来たかったぜ……」 彼は子供騙しだと溜息を吐くのだろうか、それとも案外驚いてくれるだろうか? 思えば多少は気が紛れるが、首筋を撫でるひんやりとした空気ばかりは慣れそうになかった。 小走りになって、扉に手をかける。 ぐらり、視界が揺らいだ。 「っあ……!?」 体が軋む。何かに締め上げられたかのように胸が痛む。それは一瞬で、けれど痛みは消えずに残って――また、遠くに六つの扉が見えた。 長く続く窓は黒く塗り潰され、教室側の扉も開きそうにはない。 冷たい空気に痛む体を撫で上げられながら、『致死性シンデレラ』更科・鎖々女(BNE004865)は次の扉を目指して早足で歩いていた。 悪くはない。鎖々女が望むのは一人で十回『失敗する』事。 赤子の数は増えるだろう、けれど多数を狙う術を持ったこちらなら、顔の無い少女の弱体化に繋がるそれは悪くないのだ。 扉を開けた回数は既に五回。痛みは無視できないけれど、体の傷を埋めてくれる再生能力は問題なく作用しているらしい。たった一人で先に抜けてしまう危険性は、もうだいぶ低くなった事だろう。 「最悪を引いたとして、流石私と言った所ですけれど」 薄い笑み。赤子の声が迫ってきている。 黒い髪を揺らして、鎖々女は六番目の扉に手をかけた。 ひんやりとした気温に、埃っぽい空気。 廃校を模したお化け屋敷としては、悪くない雰囲気なのだろう。お化け屋敷初体験の『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)はそう推察しながら軋む廊下を駆けている。 「五回以下で当たりを引けたら上々かな……っていうのはやっぱり難しかったのかね」 義衛郎が越えてきた扉は、既に片手を越えてしまった。やはりくじ運は良くないらしい。 迫り来る壁を好奇心で振り返ってみれば、眼窩の黒い小さな顔が浮き出てじっと義衛郎を見詰めていた。 小さな手が何かを求めるように壁から生えて蠢いているのに触ってみたい気もしたけれど、望まぬ扉に押し込まれても困る所だ。 暗闇を見通す目を細め、次こそは突破すると三徳極皇帝騎に手を掛けて、息を吸う。 次こそ、顔の無い少女と赤子が存在する教室だと信じて。 気温は上がってきたけれど、まだ怪談の時期というには少しばかり早い。 だから『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)にとっては、今年初のお化け屋敷。怪談は嫌いじゃないから、この雰囲気だって軽く笑みを浮かべながら楽しめる。 「はっ!? 壁の隙間から目がっ!?」 扉を潜るたびに痛みは終の体にも走っていたけれど、似たような廊下が続く中でもムードを味わう事は忘れなかった。 「きゃ~怖い☆」 反り返った廊下の板を踏み付けながら、点滅する電球と響く泣き声に目を瞑る振りをしてみたり。 怖さを楽しみながら進めば、こんな道は何てことない。 「さて、終君の運命……もとい運勢はいかに……!?」 自分で引きを作って盛り上げながら、終は扉に手を掛けた。 すぐ傍らに、じっと見詰める赤子の目を感じながら。 泣いている。泣いている。重なって泣いている。 「ひっ」 その内の一つが、通り過ぎた窓から聞こえて『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)は身を竦ませた。これは演出に過ぎない。だとしても、『分かっていても怖い』という心ばかりはどうしようもない。 経験豊富なリベリスタの全員がこの手に耐性があるかと言えば大間違いだ。マスターファイブとか置いてくるに決まってる。何でわざわざ全身で恐怖体感をせねばならないのか。 「ああ嫌や嫌や、はよ進んで合流しよ……」 体を震わせるその様子ばかりは年相応の乙女にも見えただろうが、ふと夕奈は気付いた。気付いてしまった。確かに合流すれば一人ではないかも知れないが。 「よう考えたら合流イコールバケモンとのご対面やん……」 思わず一瞬立ち止まってしまった。戦えなければここにはこない。が、気の進む事でもない。 そんな夕奈を笑うように、冷たい風が首筋を撫でて赤子の泣き声が耳元で聞こえるものだから――喉奥から変な声を漏らしながら、痛みも忘れて全力ダッシュした。 自分の立てる足音が殊更に大きく聞こえて、古瀬 鶴(BNE005001)は手に持った武器をぎゅっと握った。 ホラーが特段苦手な訳ではないけれど、見るだけと自分で体験するのとはまた違う。 おまけに、もう幾つも扉を抜けてきて……鶴はその度に苦痛を味わう羽目になっていたのだから。 革醒するまで戦いと無縁の世界にいた者は多く、鶴もその一人であったからそんな痛み自体も恐怖の一つとなる。 次の扉を開けて、広がるのは教室ではなく更なる痛みかも知れない。 下手をすれば竦んでしまいそうな足だが、ここで立ち止まる訳には行かないと前を見た。 「初仕事ですから、無事に終らせないと……」 息を吸って集中すれば、赤子の泣き声も遠くなる。 白い掌が、既に九回目となった扉のノブを掴んだ。 暗闇泣き声姿の見えぬ敵に異形。 既に幾度もそれらと見えている『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)にとって、最早毎日がお化け屋敷と称しても過言ではない。人の常識では測れぬものが数多蔓延っているのを知っていた。 だとしても、この雰囲気は嫌いではない。六つの扉から運命を選択するなんてのも悪くはない。 美しい軌跡を描く新品の剣を提げて歩けば、まるで新しい服を着て街を歩くかのような気分すら――していたのだ、一応。 「……まだかしらぁ?」 扉を開いて、一瞬の眩暈、広がる赤。喉の奥に感じる血の味。それ自体は厭う所ではないのだ。 軽くむせて、あ、血が……なんて真似事をする事もできるけどそれはそれとして、紫月の前には先ほどから扉しか出てこない。 何よりの幸いは、彼女がこのメンバーの中で唯一相手が存在せずとも能動的に回復できた事だろう。 ただ、問題としては、それを行う事によって合流が更に遅れるのではという懸念。 とは言え倒れるまで律儀に痛みと付き合ってやる必要性もなさそうであれば悩む所であったが……悩む暇もこのお化け屋敷は与えてくれないらしい。 「――おほほ、次こそわたくしの運命は開けますのよ!」 迫ってくる壁の気配を感じながら、紫月は最後の扉に手を掛けた。 ● 最初に扉を開いた時に感じた違和感。歪んだ空間の先に違う扉が見えて、それを蹴り開けるように開いた灯璃の耳に届いた赤子の声は、少なかった。 ざっと見回す。五体。奥には顔の無い少女。背丈は灯璃と同じ……もっと小さいだろうか。特徴のない服に、薄桃色のソフトドッジボールを抱えた少女。 教室には赤子以外にいないのに、誰と遊ぶというのだろう。ここに訪れた『誰か』であるのか。 「顔無しちゃーん! あ・そ・ぼっ!」 一発突破が叶ったのは灯璃以外にはいなかった様子だが、やる事に変わりはない。 黒板の前に立つ少女に、床を這いずる赤子に向けて灯璃が放つのは、窓の外より暗い黒。 これから数が増える危険性が大きければ、少しでも攻撃を外す確率を上げるのが良いだろう。 灯璃の声に響くのは耳が痛くなる音の衝撃。マイクを近づけた時のような高音ノイズ。 一斉に赤子が泣き声を上げ、灯璃に向けて飛び掛ってくる。払い除けた所で、扉が開いた。 「うおっ、俺様早かった!?」 「悪くないんじゃない?」 目を瞬かせた木蓮と、増えた二体に目を向けながら灯璃は笑う。 すぐに木蓮も引き出したMuemosyune Break02を構え、机ごと巻き込むように弾丸を放った。黒板を銃弾が穿ち、衝撃で机が弾け飛んでいく。 「ぐあー、しかし何か不良にでもなったような気分だな!」 不真面目な学生であれば爽快な光景だったのかも知れないが、生憎木蓮は委員長を務めるくらい真面目なタイプであった。懐かしさに浸っている暇もなく、赤子は再び泣き叫ぶ。 次の十秒は、誰も訪れなかった。扉は開かなかった。 木蓮の銃弾が三度目に抉った直後、赤子の泣き声が増えた。五体、と素早く目を走らせた灯璃が口にする。 「ねぇ、顔の無いあなた。そんなに営業再開が待ち切れなかったんですか?」 静かな声。鎖々女の放ったダガーは有罪を告げる嚆矢となり、床を這う赤子の頭を砕いて散った。全部不正解とは行かなかったものの、単独で出た訳ではなし。本日の鎖々女の運勢は――まあ、中吉と言ったところか。 顔の無い少女は、滑らかに動いている。まるでそれが、自分の役割だと言わんばかりに。 それが『望まれた姿』だとしたのなら……妬ましい、と、鎖々女は口の中で呟いた。 ハウリング。響き渡るそれに耳を頭を打たれた鎖々女が壁に背を打ちつけて、くらくらする頭でダガーを放つ。幸いにもそれは数の多い赤子の方に当たったが、未だ仲間の半分近くは到着していない。 頭を抱えて立ち上がった所で、扉から一斉に人が雪崩れこんできた。 「はいはい、冷たいの行っくよ~☆」 一気に増えた赤子に向けて、終が極細の氷の刃を呼ぶ。真っ黒な眼窩をした赤子が、氷で床を這う手足を止められた。 灯璃のお陰で顔の無い少女が後衛へと迫る事は避けられそうだから、後は自らが向かう道を開くだけ。 「と、遅れました。ギリギリセーフ……かな」 「おおお焦らしすぎやろ全く勿体ぶりよって……うおっこっち見んなや!?」 同じ扉を選んでいた二人が戦場に飛び込み、義衛郎が影を残しながら赤子をまとめて切り裂いて行く横で、夕奈が目の前に現れた赤子に悪態を吐きながら仲間と自らの戦術思考をリンクさせ、更なる効率的な動きを可能とする。 仲間の援護を受け、痛む腕を上げて鶴も目標を赤子に定めた。 眼球の無い赤子の目は暗く、蠢く手足はそれが人形だと如実に示してはいたけれど、少しばかり気が引ける。だとしても、泣き叫ぶ声が助けを求める人のものではない以上、リベリスタは躊躇ってはいられない。 「覚悟も技量も足りないかもしれませんが、やる気だけは失わないようにしたいと思っています、から……」 ぎゅっと唇を噛んで、這い寄ろうとしている赤子達へと狙いを向けて光弾を放つ。星の光にも似たそれは一瞬教室で瞬いて、赤子の一部を砕いて散った。 これで大方は揃った――のだが、半数は体力が限界に近い状態である。 灯璃と鎖々女を除けば自己回復も持たぬ面子に、増えた赤子は三十二体。 その分少女も弱体化しているのだが、体力が乏しい状況で数で押されれば辛いものがある。 残るは一人。鶴が知人に聞いた通り、六分の一を十連続で外す確率は二割にも満たないはずなのだが……言い換えれば、十人に一人以上は外す確率がある、という事である。 ある意味では当たりを引くよりも運の強いかも知れない確率を掴んだ少女は、息を切らせながら現れた。 「おほほほほほ、し、真打ちは最後に登場するものですわぁ!」 ――回復がなければ危なかった。 後ほどそう口にした紫月は、飛び込むと同時に高位存在へと呼びかける詠唱を高らかに謳い上げた。 ● 紫月の癒しによって体勢を立て直したリベリスタは、更に増えた十体の赤子を前に全力での攻撃を開始する。 赤子人形は最初の五体も加え、累計で五十四体にもなっただろうか。だが、全員が揃う前に排除したものも多ければ、残るのは四十体少々。 気を抜かず向かえば、一体一体は決して強い個体ではない。 耐久力に優れた灯璃と木蓮が早々に突破し、鎖々女も前衛により自己再生での回復がある程度安定した。更に体力の多くを削られた仲間とほぼ時を置かずして紫月が合流した事により、即座に立て直す事が可能になったのだ。 勿論、失われた体力は多く、増えた敵も甘く見られるものではないが――全体の出目として見れば、悪くはない。 「ちょっとここ通してね☆」 一挙に数が増えた為に事前に減らしきる事は叶わなかったけれど、それでも終の氷霧は誰よりも早く吹き荒ぶ。 「顔は女の命だもんね、灯璃だって削り取られたら嫌だし」 横から飛びついてきた赤子を引き剥がそうとしながら、灯璃が笑う。 何の思念を核としたかは知らないが、怨んで化けて出たと言われても当然だと頷くだろう。 だからその首を刈り取るべく、無数の死と呪いを刻んだ黒剣を構えた。 「上から来ます、気を付けて」 「はいっ……!」 注意に頷いた鶴の前で赤子を叩き落した義衛郎は、防ぎ切れない赤子の攻撃から後衛を守るべく目を配らせる。ここは教室なので、何故か上に駆け上がる事をしないで良いのは幸いだろうか――というのは蛇足の思考である。 「ああもう気持ち悪ぇ……なんやねんその顔! せめて怖い顔しろや!」 真っ黒な虚ろは、夕奈の言葉すら吸い込んでいくようだ。顔がないのに見詰めているのは分かるのだから気持ちが悪い。 舌打ちをして夕奈は少女を睨み付けた。少女は怯まない。それでも与えた不利益が、巡り巡って彼女を殺す事を信じて。 「お化け屋敷は人を恐怖で楽しませる所だ。お前もその為に作られた人形だったんだろ」 木蓮の弾丸は荒れ狂う。赤子を砕いていく。顔の無い少女も巻き込んで、穿って行く。 「お前ならここの目玉になれるくらい怖ぇぞ。きっと客も待ってる……だからもう終わりにしようぜ!」 ぱん、と少女の持っていたボールが弾けて床に落ちた。 回復を重ねながら時を待っていた紫月が、赤子が減ったタイミングで前に出る。 「おほほ、私は痛みを統べる者……癒すだけではありません」 刃に指先を滑らせて、与えるのは深い黒い呪いのいろ。少女の体を切り裂く軌跡と共に、闇の色に生気を奪われるような感覚がしたけれど――それすらも陶酔に変えて紫月はほう、と息を吐いた。 残る赤子を確実に仕留めながら、鎖々女は暗い瞳で傷付いていく少女人形を見る。 「人形に嫉妬などと、嗤います?」 低い声。今は傷付く人形だが、ただの物に戻ったならば少女は修理され数多の人に恐怖と喜びを与えるのだろう。けれど鎖々女は世界に我儘を言わなければ立ち上がらせて貰えず、誰に喜んで貰える訳でもない。転がっていても与えられる愛という恩寵はなんと妬ましい事だろう。 鎖々女は痛みに耐えて戦って、ようやく誰かに見て貰えるというのに。 あぁ、妬ましい。憎らしい。 吐き出した息は、誰のものだったのだろう。 目の前で次々と数を減らしていく赤子人形と、それに少しでも貢献しようと矢を精一杯吐き出していた鶴のショートボウが行き先を失って彷徨った。 ごとん、と音がした。唯一実体を持つ少女の人形の首が、灯璃の前で転がって落ちる音。 「あ……、終わりまし、た……?」 静かになった教室に鶴が息を吐く。瞬いてみれば、そこはロープで仕切られた小さな教室だ。 通路と隣接したそこは先程までより遥かに狭く、八人がいるだけで一杯一杯である。 「うお、だいぶ崩しちゃったな」 「それでも殆ど壊れてないのは、さっきの空間が歪んでたから……って事ですかね」 がたがたと倒れた机を直す木蓮と義衛郎の奥、暗くなった通路に目を向けた終は悪戯っぽく声を潜めた。 「ね、所でさっきまでの間にさ、本物の幽霊さんは混ざってたと思う??」 「きゃあ、止めてくださいまし!」 今更ながらセオリーに則って悲鳴を上げてみる紫月を眩しいものを見るような目で眺める鎖々女は、小さく溜息。 教壇を直しながら、夕奈は灯璃が拾い上げた少女の頭部へと目を向ける。 真っ暗の虚ろであったそれは、最早ただの顔が砕けた人形に過ぎない。白い内側が見えている。 思ってみれば、『彼女』は真面目であったのかも知れない。化け物と呼ばれる存在となって尚も、自らに振られたままの化け物の役割を果たし続けたのだから。 「ま、迷惑千万じゃあったけど」 お疲れ、と呟いた声を、少女が認識する事はもう二度とないのだろうけれど――夕奈は微かに笑って、背を向けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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