●ピノキオ坊主 『かっぱ門』塵芥 辰之進は、革醒した文筆家である。 師の住まう三高平に引っ越しをせんと、早稲田の借家を引き払うべく、荷造りをしていた。 生業はダークナイトをやっているが、師に作品を絶賛され、文壇に立つこととなり、あくまでも文筆家であると自認していた。 「やあ、塵芥君」 荷造りをしていた辰之進の下へ、禿頭の和服姿が訪ねてくる。鼻下に棒の様な黒髭を蓄えた男である。庭につらつらと入ってきて、軒先の床机に腰を下ろす。 「これはれは、処之助先生。肺病の具合はよろしいのですか?」 「『すとれいぷとまいしん』を打ったら、頗る快調でね。送ってくれた蟹も、中々滋養によかったと思う」 「おおおお、それは良かったものです」 禿頭と辰之進が、軒先で世間話に華を咲かせていると、煤けた障子がさらりと開いた。 高さは50cmほどで、まるまると卵型に小さな手、ヒレのついた足をぺたぺたと鳴らした生き物が、二人を見て驚いた様に障子に隠れる。 次に、そ~っと顔を出して両者を見る。 「なんだいこれは?」 「これはその、かっぱっぱです。迷い込んだのでしょう」 禿頭が、棒の様な黒髭をしょりしょり指の平で撫でて生き物を眺める。 成程、頭に申し訳程度の皿が乗っている。背中にはメロンパンの様な形の甲羅らしきものが見られる。 「実に見事なかっぱっぱだ」 「はい。後で帰しておきますよ」 辰之進がきゅうりを出し、それを禿頭に渡す。時期の少し早いきゅうりであったが、現代においては年中売っている。 禿頭がきゅうりを差し出すと、かっぱっぱはよちよちと歩いていくる。 「かぱー」 かっぱっぱは、二人に並んで床机に腰をおろし、きゅうりをしゃくしゃくと平らげる。 枝茂き、桐も葉桜も。春風に吹かれてのんびりと手を揺らしている。涼しき風と、春の日差しが春眠へと誘ってくる。 この瞑想を破る様に、なにやらピーヒャラリと尺八の音が聞こえてきた。 横をみると玄関の前に、汚い三人の虚無僧が立っている。いつの間にいたのやら、先頭の虚無僧が尺八を吹いている。 「尺八を持って托鉢をするのは、明暗寺だったかね? 辰之進君」 「禅宗でしょう」 「そうだったか? いや明暗寺だよ」 三人の虚無僧がざざりと、横並びに整列する。 「かぱー?」 左の虚無僧が、突如として跳躍する。庭にダイナミックに正座して、ぽこぽこと木魚を――まるでドラムのように叩く。 次に、右の虚無僧がまるで琵琶でもってギターの如き音色を奏でると、一面が暗転する。暗闇の中、何処から生じたか天空からスポットライトが起こる。 ライトは中央に注がれる。尺八の虚無僧がマイクを前に、匠なる笛技術で音色を奏でる。 辰之進も、禿頭もぽかんとこれを眺める。 やがて、笛が最高潮に達した瞬間に、虚無僧達の深編笠の中から、如意棒の如き棒が飛び出した。 べりりと藁を突き破り、それは真っ直ぐに、辰之進と禿頭、かっぱっぱを貫く。 ●かぱー 「アザーバイド、かっぱっぱ」 「か、かっぱっぱ……ッ!?」 春先でも電子機器がある事などから、冷房が絶やせないアークのブリーフィングルームである。 冷房があるのにも、玉の様な汗が滴っていた。ぽつりぽつり、と静寂に音が鳴る。緊張は限界まで達している。 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が告げた未来視。神秘を秘匿せんと日々戦うアークのリベリスタが出動の刻である。 「まずかっぱっぱ。申し訳程度にヒレと皿と甲羅とクチバシがついてる。ぷにぷにしててひんやりしてる。あと左右にひっぱるとものすごく伸びる。キュウリが好き」 煮えたぎって来るようであった。 せり上がってきた熱い何かを飲み込む事に必死となる。 「あんまり攻撃的じゃないから、キュウリあげて仲良くなってからDホールに帰してあげると良いと思う。近くに新人リベリスタが一人と一般人が一人いるわ」 なれば、異世界からの来訪者を帰すだけの仕事である。昨今物騒なアザーバイド事件が多いが、かっぱっぱともなれば水辺が相場。 彼等とも多分無関係とは思えぬから。いや無関係だろうけど、徹底的に調べ尽くすのも吝かではない。危険を賭けにするに値する。 「待って」 ――何事か!? 「変なエリューション・フォースも発生するの。三体。識別名『ピノキオ坊主』。仏具が攻撃手段に見せかけて、みょーんと伸びる鼻を武器に使ってくるの」 イヴが絵を描く。 深編笠から用紙の隅から隅に、目一杯に鼻が伸びている。 「まあ、仏具も地形に影響与えるっぽいから無関係とはいえないわね。あとちょっと臭いとおもう」 臭いらしい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月29日(木)21:59 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●瓜食えば 笛がなるなり 明暗寺 山手の高田馬場からメトロへと下り、程ない所にあるのが早稲田である。 馬場から徒歩でも十分な距離である。学生通りをつーっと抜けていく。 脇道に逸れて、いくばかりの角を曲がった先に、かの借家があった。玄関先に虚無僧が並ぶ。 また、ぼんやりとのんきに床机に座るおっさんとハゲとカッパッパは、古い時代に取り残されたかの様な風情がある。 『……!!』 虚無僧達は、リベリスタ達を見るや急遽中腰になってカバディの如きサイドステップを踏む。 「なんで鼻で攻撃やねん! 超突っ込むわ!」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が、裏拳チョップによる極葬細雪を尺八の前肩に打ち込む。尺八がたちまち氷漬けになる。 次に、琵琶が瞬息の間に夏栖斗の横に並ぶ様に立つ。 何をするのかと思っている間に、夏栖斗の前肩に裏拳チョップが刺さる。あんまり痛くない。 『……』 「いやいやいや、何か言おうし!」 not関西。ここは東京の早稲田である。 「かっぱっぱ……!?」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)はびっくらこいた。 「なんですかそのふざけた名前はァァかっぱでいいだろうがよォォ」 「かぱー?」 かのかっぱっぱは、魅零をちらっと見て、胡瓜をしゃくしゃく食っている。 「かっぱだと可愛くないだろ、某妖怪漫画家みたいな感じになるぞ」 『Eー4』無敵 九凪(BNE004618)が、魅零の軽口を返しながらも、向こうのかっぱっぱにと片手を上げる。かっぱっぱは、ヒレの様な手を振り返してくる。 「とりま全部、助けて、倒すのは全部殺そう☆」 抜刀するような姿勢を作る魅零を見る。次に夏栖斗を見る。琵琶に裏拳チョップを叩き返している。 「っつうかなんだこのメンツ、上位陣多くね?」 かく九凪は、ブリーフィングルームでぼんやり呆けていたら、次々入ってくる顔ぶれに少々狼狽したものである。 「俺居なくてもよくね? いやまあ、サボろうって気はないけどな?」 九凪の影から、赤い月がぽたんぽたんと黒い滴を垂らして浮かび上がる。赤き月光が虚無僧を刺し貫く。 「まずは、禿頭と辰之進とかっぱっぱの安全の確保が第一だ」 『剣龍帝』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)尤もらしいことを曰って、よろけた琵琶に接敵する。 120%の力を注いだ一刀で、かの空間に移る前に仕留めんとする。するも。 「……!?」 琵琶が、その琵琶を仕込み杖が如く抜く。白鋼色の輝きと、竜一の白鋼色が重なり、硬い金属音が響き渡る。 たちまち琵琶が後退する。人差し指を立てて、チッチッチと横にふる。なんだこいつ。 「手の内ご無用って事でお引取り願おうか」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が見るに、虚無僧達の前掛けには明暗寺と書かれている。 「禅宗の一派、普化宗派明暗寺。塵芥君の言う通り禅宗であるのは事実だね」 抜き打ち即座の、発砲。鉛球が虚無僧へと飛んだ。 たちまちキン、と音がした。琵琶が弾丸を切り捨てる。木魚は一杯命中している。 二人して人差し指を立てて、チッチッチと横にふる。 「琵琶は兎も角な。何で木魚も指を振るのか」 琵琶の足元から、強靭なる気糸の網が生じる。琵琶の四肢を絡めとる。 「あの……そのっ……尺八の貫く攻撃にはくれぐれも……っ」 離宮院 三郎太(BNE003381)が放った、高位のトラップである。なんとも言えない空気に狼狽しながら、途切れ途切れに言葉を絞りだす。 「(むむむ……とても困ります……鼻汁には当たらないように気をつけたいですっ)」 空気といえば、臭いである。ちょっとやっぱり臭い。臭い原因は、虚無僧である。ほんのり住所不定者の臭いである。 卓越した演算で導き出された答えは、鼻汁はずっと臭いであろう事――99%である。 「かっぱっぱ、可愛いです……」 ――と考えて頭を左右に振ったカトレア・ブルーリー(BNE004990)は、庭へつーっと入っていく。 禿頭が鼻髭でこよりを作っている。 「君達は、あれは一体何事だい?」 「詳しくは言えませんが……私は三高平から来ました、今はちょっと離れてください」 塵芥が、察した様な顔持ちで耳を打つ。 「枕流先生とも」 「おおおお、何だね。同僚かね?」 春の日差しで、ハゲの頭に反射が生じている。 「ええ、行きましょう、処之助先生」 「かぱー?」 かっぱっぱは、やはり状況を理解するほど賢くないのか、首無き首を傾げるだけである。 なので、カトレアが抱っこして運ぶ。ひんやりしている。ぷにぷにしている。 「かぱー」 ここで、突如春の日差しが消えた。 一瞬の出来事である。味方も敵も位置を把握しかねる様な黒滔々(くろとうとう)とした闇が広がった。 恐ろしい程に広い空間であった。 地平まで続いていた。 ただただ広く暗い空間は、心細さの細さが細り、一種の恐怖を覚える様なものだった。 しかし、その冷たい恐怖と形容できる腥さも、ぽこぽこりんと鳴る木魚の音が呑気にぶち壊してくる! ●SHAKU8 Live Faaaa! 「うっし、先輩リベリスタに任せちゃって! かっぱっぱとハゲのおっちゃん、守ってあげて!」 夏栖斗の声の次。 暗闇のなかで、琵琶が持つ得物が再びキンと鳴る。たちまち、気糸の糸が切り捨てられる。 琵琶が、尺八に蹴りを入れる。入れると、尺八はハッと我に返ったのかマッスルポーズと共にばりばりと氷を砕く。 「りゅーちゃん、はよ琵琶倒せや! アークの剣龍帝! もっとしっかり」 仕方がない。夏栖斗が解き放つアッパーユアハートである。敵の攻撃を一身で受ける覚悟は完了している。 そこへ竜一が横から琵琶を刺す。 「くくっ! すでにブリーフィングの時点で俺の目的は達せられている」 切り結ぶ竜一であるが、切り結びながらも、思わず笑みがこぼれた。剣術使いの琵琶との戦いからくるものではない。 「……カズトめ……尺八さんに貞操とか貫かれるがいい……!」 解き放たれた尺八が、得物を吹く。 形容するならば、ピョロロロロボボボンジャーンジャーン! である。 「あ! もう溜めた!」 夏栖斗が両の手を構える。 竜一に加勢するように、魅零が琵琶へと一刀を下す。 「感じさせてね☆エクスタシー!」 再びキンと音がなり業物が弾かれる。弾かれた所で、鼻汁がズギューンと飛ぶ。うわっと魅零は屈む。夏栖斗に刺さる。 木魚もぽこぽこと、しかしズギューンと鼻汁を飛ばす。竜一も半身を逸らす。夏栖斗に刺さる。 琵琶――攻撃はあくまでも鼻水なのである。なんたる驚愕。 「嗚呼、夏栖斗くんは犠牲になったのだ……粘液ってばっちい。あとで拭いてあげるから」 魅零が悲痛な胸の内をネタに乗せて言う。 「犠牲の犠牲にな……てか、くさ! これは、後でカトレアたんをくんかくんかとかのご褒美がないと厳しい戦いになるな」 竜一は狼狽する。直接受けた訳でもないのに、べとべとべとーな夏栖斗の方から異臭が漂ってくる。 「くさ! くっさ! くっっさ!! 臭すぎて苦っが! これ僕損してるんじゃない? そこ、ばっちいとか犠牲になったとか言うな!」 夏栖斗は、ふらふらになりながら尺八を抑えに行く。次は炎。叩きつけた刹那に、尺八から火柱が上がる。 見ている限り、集中攻撃をしている琵琶とは違う。どうも柔らかい。 「――何だか、琵琶だけ強くないですか?」 三郎太が魔導書を広げる。風も無いのにペラペラと捲られ、魔力が焙じられていく。 この空間では、敵が強くなる。何よりもHP回復が増強される。琵琶の高い防御性能、せっかく削ったのに台無しであるから。 「これ以上、ピノキオさん達を調子付かせるわけにはいきませんねっ!」 指から、レーザーの様に飛び出した気糸が、真っ直ぐに琵琶の深編笠を貫く。致命の付与。これが自身を手札にした際の、最適解である。 「さて、だ」 烏は、後退すると同時に幻想纏から、宮崎産のきゅうり出す。 「無理せず、処之助先生とかっぱっぱを相手でもしていてくれ」 次に立膝姿勢で、虚無僧へと狙い澄ます。 「神仏判然令が出された当時に普化宗は断絶。今は再興されたが――廃仏毀釈おっかねぇわな」 思えば、塵芥も処之助も二人で同じことを言い合っていたのだ。 「少し走りますね」 暗視を持たない塵芥は、カトレアに導かれながら胡瓜箱を持つ。 カトレアが思索した安全圏は、虚無僧達から30m以上、安全を見て移動1回分も足した40m以上。全力移動が最適である。 決するや、塵芥が持つ胡瓜箱にかっぱっぱを乗せる。次に塵芥とハゲの手を引いて離脱する。 「東洋の美術は消極的美に傾き、西洋の美術は積極的美に傾く。この場は積極的美と消極的美が入り交じっている。いや愉快」 ハゲが何かいう。カトレアが?マークを浮かべる。 ここで、キュンギュイイイイイイイイイ、と凄まじいエレキビワーの音色が響き渡る。スポットライトが降り注ぐ。 「敵だけ丸見えだな。悪くない。封じにかかる」 九凪の中のスイッチの如きものが切り替わる。琵琶の脇を抜けて、、ピョロロロロボボボンジャーンジャーン! の背後に回りこむ。 「前にかっぱっぱを助けた時はババアの胃液だっけか。よくよく臭い液に縁があるんだな」 虚無僧の首を締める。たちまちにピョロロロロボボボンジャーンジャーン! が止まる。 すると、琵琶がいつの間にか近くにいる。九凪ではなく、尺八に蹴りを入れてスポットライトの真ん中に立つ。 「琵琶野郎! それにお前の奏でるサウンドには、魂がこもってない! 技術はあっても無味乾燥なトーンじゃ、人の心を震わせるなんてどだい無理な話だぜ!」 竜一は、ぼんずを相棒としたバンドを組んでいる。仲間割れなど言語道断の沙汰である。 メガクラッシュでもって、琵琶を飛ばす。九凪の方向へ。 「くーにゃんの! ちょっといいとこ見てみたい! そーれ、一発! 一発! 一発!」 「こっちに押し付けようとしてんじゃねえぞ!」 だが、射線は良好。スポットライトにより暗闇は意味を成さない。再び赤い月を顕さんと。 ふと上から光が降り注いだ。他でもない、木魚の強襲である。 ぽんぽこりんぽんぽこりん、木魚が空中から命の字の様な木魚を叩きながら降ってくる。 「なんでこいつらこんなに調子づいてんの? 木魚のリズム良すぎるだろ!」 夏栖斗が再びアッパーユアハートにて木魚を自身へ寄せる。 南無三。 やはり鼻水まみれのねろねろねっとりぬるぬるねろねろへとなる。 ●鼻 -NOSE- 戦いは続くも、かく、琵琶である。 フェーズ1や2の限界までつっぱったような耐久と防御性能である。 尺八は一撃必殺の火力を持ち、木魚は圧倒的な自然回復量を齎す。役割は明瞭。 尺八の鼻に対して九凪のギャロッププレイが刺さる。木魚に対して三郎太のピンポイント・スペシャリティが刺さっている。 琵琶を崩せば、一気に終わるのである。 問題はその間、社会的な何かどんどん削られる事である。主に夏栖斗の。 「夏栖斗くんが身を挺している前で失敗とか許されないんだからァア!!」 魅零のリトライ。 もう失態はしないと吶喊する。キンと鳴る一瞬の抜刀納刀の刹那に、左足に力を入れてもう一歩。呪われた剣を琵琶の胴に刺す。 引き抜く、半身を逸すと、そこから気糸がレーザーの様に突き刺さる。いやさ、全ての虚無僧に突き刺さっている。 「これで一人です」 三郎太は気糸を巧みに繰る。束ねた気糸が散弾の如く爆ぜて虚無僧の背中から飛び出す。 上からスポットライトの光を曖昧のするかのように、赤い光。赤い月が浮かぶ。 「決まったらしい」 九凪が、指先で赤いカードを踊らせる。出た絵柄はジョーカーである。 たちまち、虚無僧達に蓄積された様々な状態異常が、噴出する。 「おじさんの仕事はここだな」 回復手である木魚を狙うのが通常ならば定石であるが、あれを倒したら折角の狭い早稲田の借家で戦う事になる。 琵琶が倒れた今、三郎太の致命の付与があり、火力手を封じることが良手とあいなる。 「タフでなけりゃ。決まりだわな」 烏が、タバコに火をつける。紫煙をくゆらせて、神秘の閃光弾を投擲する。無論仲間を巻き込まないよう、着弾点を虚無僧達からズラしたものである。 閃光が闇の中で爆ぜる。 「お願いします!」 爆ぜた強烈な光の中で、カトレアの癒しの息吹が優しく射す。 これを受けて、夏栖斗が尺八へ――右手に炎。左手に冷気を握りこみ。 「回復ありがと、カトレア。それに、みれーからも、そんなこと言われたら僕もミスれないね!」 左拳で下から上へ尺八の頭を跳ね上げる。がら空きの胴へと右拳を突き刺す。 かくして尺八は氷の囚われ、氷の中で消炭になっていく。 「しかし、自らアッパーで汁まみれになろうとは、恐ろしい奴よ……カズト。お前がナンバーワンだ!」 何とも惜しかった。貞操がもう少しだったのに。 ライバルキャラの如き言葉を乗せて、竜一が木魚へとターゲットを変える。 得物――露草の銘。青色を基調とした刀身を大きく振り上げた。 木魚は、ぽんぽこりんと粛々介錯を待つ罪人の如くに。 ●ここから本編です 居間というには狭い。 隣の部屋を隔てる引き戸を外して、中央に来客用に引っ張り出してきたと怪しまれる卓が鎮座する。 上に寿司が乗る。寿司は特上と怪しまれる程にぎっしりである。それが三桶。豪気である。 「何だか知らんが大変そうだったじゃないか。遠慮はいらない」 ハゲのおごりである。とうに出来上がってタコの如くなっている。横に塵芥。対面で、烏である。 「成程。正岡 処之助先生は、俳句家と」 烏が塵芥に酌をすると、塵芥はハゲに対して。 「なんでも、あの蟹は晦さんと枕流先生が捕ったもので」 「ほんに。見事な蟹でした。大変、美味かったです! ワハハハ」 寿司に日本酒。これがまた美味いのである。 魅零がかっぱっぱに胡瓜とかっぱまきを持っていく。 「仲良くしてね、黄桜と言います、歳は21歳です、恋してます」 「かぱー?」 差し出すとやはり食う。いくら食っても飽きたらないと見られる。烏が持ってきた箱の中の胡瓜もとっくに空であった。 ぷにんぷにんとつっつく。ひんやりしていて、もしも夏場であれば、かなり便利に違いない。 「前来てたのと同じやつか。手振ってたし――まあきゅうりくえ。もっとくえ」 「かぱー」 九凪が過去、浅草の宝蔵門でのエリューションの際にも、このかっぱっぱは居たのである。 無数の上層チャンネルが存在するこの世界で、何度も同じ個体が降ってくるということは、かのラトニャの世界の様に一種の固定化状態にあると怪しまれる。 「かっぱっぱ、おまえぷにっぷにだな」 夏栖斗が、さっぱり風呂あがりで腰を下ろす。かっぱっぱをつっつく。程よい弾力とひんやり感を堪能する。 なお、着替えは九凪が用意したものである。 「カトレアも触ってみなよ」 カトレアもゆるやかに触る。ぷにんぷにん。次にかっぱっぱのヒレのような両手を掴んで、持ち上げたり下ろしたりして遊んでみる。 「かぱー」 よちよちとカトレアの膝の上に乗る。膝の斜面で転がる。 「連れて帰りたいぐらいですけど、フェイトを得てない個体でしたら駄目ですよね……」 じっと九凪を見る。 「……そうだな。俺もこいつにフェイトがあったら連れ帰って飼うんだがな……残念だ」 先ほど考えていた事の延長で、一瞬、ミラーミスを倒せば良いじゃないか――と考えて、脳裏から片付ける。 「かっぱっぱ……興味はありますが……」 三郎太が、戯れている様子を興味有りに見ていると、カトレアの膝の上から転がってきたかっぱっぱが当たる。 ぷにんぷにん。ぷにんぷにん。 かく達観してものを見ようとする姿勢と、されど歳相応のそわそわな感じがせめぎ合う。かっぱっぱがカトレアの方へ戻っていく。右手で左手をにぎる。何度も繰り返してきたこの葛藤! 寿司を一定平らげた竜一が次にかっぱっぱの近くに来る。 とりあえず、だっこしてみる。むにむにむぎゅむぎゅ。 「かぱー」 「うむ」 何がうむなのか。 竜一はかっぱっぱを一旦下ろす。次に両手でわしづかみが如くむにむにする。 「ゆるきゃらってのは、こんな感じか……」 魅零が視界に入る。びにうは良い。カトレアへ視線を移さんとして――たちまち魅零の大業物の峰がフルスイングで入る。すぽーんと目が飛び出すような衝撃で突っ伏す。 「成敗」 ひやぷにを十分堪能し、寿司も平らげていく内に日が暮れる。 「今度は枕流先生も交えて、花鳥風月、書を語り、一杯やろうや」 烏が塵芥の肩を叩く。是非にと返事が来る。 台所に鎮座するDホール。黄昏の光の中でかっぱっぱを放す。 魅零と夏栖斗が手を振る。 「もうボトムにおっこちてきちゃったら駄目だぞう、次は殺しちゃうぞ」 「ホールが空いたら遊びおいで……ってみれーが物騒すぎる?!」 頭をくらくらさせながら、竜一も並んで手を振る。 「元気でなー、悪い奴につかまったりするんじゃないぞー」 「ん?」 九凪が竜一に首を傾げる。 「お元気で。かっぱっぱさん」 カトレアが連なり、三郎太も小さく振る。 「ブレイクゲートするな」 九凪が得物のカードでゲートを貫けば、此度の事件は終わる。 かっぱっぱも向こう側から手を振り返していた。 ――――Next. Silent border『Iydilice』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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