● 『ぶも、ぶもも!』 「……ほうほう。お前はアークに勝負を仕掛けにきたと」 タワーオブバベルでも使っているのだろうか。 ジュースの入ったボトルを片手に語らいあうのは、1匹の牛と1人の少年だった。 『ぶもーん。ぶもぶも、ぶもー!』 「そして彼女に武勇伝を聞かせてやりたいと。いや、俺そーゆーのはわからないんだけどよ! おーけーおーけー、お前の角をもらった仲だ、手伝ってやろうじゃないか!」 『ぶももっ!』 牛の方は2本あるはずの角の片方が折れており、体の傷を見る限りでは相当の戦いを経験した強者である事は予想できる。 そして当の角の片方を持っているのは、会話している少年であるらしい。 おうし座のアザーバイド、エルナト。 この世界のことを知らぬままに訪れ、牛を飼う事を仲間を奴隷としていると感じ、暴れた過去がある。 結果として止めにきたリベリスタとの勝負に敗れたのだが、今度はそのリベリスタを擁した組織であるアークと正面から力比べをしたい――という思いをもってこの世界にやってきたようだ。 「けどなぁ、アークとの戦いか。んー? どうやってあいつ等を呼び出せばいいんだ?」 正面から勝負を挑む。それはいい。 しかしこの少年、こと戦闘にかけてはずば抜けた才能を持つものの、頭を使う事は非常に苦手。 アークのリベリスタ数人との面識はあるが、それはいつも戦場での話であって普段から交流があるわけでもない。 では今まで、リベリスタ達と出会った時に何があったかを思い返してみれば……。 「騒ぎを起こすか、なんかすればってとこか。しかしなんかこう、それは今回は不要なんだよなぁ」 うーんうーんと考え込む少年は、名を風祭・翔という。 逆凪に属すフィクサードであるものの、戦闘においては戦った相手との再戦を望んで勝利しても不殺を貫き、悪事よりは戦闘そのものを好んでいる。 早い話が、強いヤツと戦えればそれでいいっていうアレ。状況次第ではアークと共闘する事もあったりする。 しかし戦い以外にはとんと無頓着なため、食うに困る、迷子になると別の方面でかなりの問題児だったりするわけだが。 『ぶもー』 「難しいぞ、コラァ!」 この世界をあまり理解していないアザーバイドと、おバカな少年がいくら知恵を出し合ったとしても、正解に辿り着くまでは相当な時間がかかるはずだ。 騒ぎを起こせば一発で彼等はやってくるのだろうが、その騒ぎが不要と真っ向から考えている事が正解をより遠いものにしていることに、2人は気付いていない。 むしろ穴の存在が探知された時点で問題はクリアしているものの、それすら気付いていない。 「あぁ、そーいやぁよ? こっちの人数はどうするんだ?」 ふと翔が聞く。 リベリスタがやってくるならば、もちろんそれなりの人数を有してくるだろう。それに対して彼等は2人。 真っ向勝負を挑むにはあまりに不利な人数ではある。 ――まさか、2人で? いやいや、エルナトはそこまで何も考えてないわけではない。 『ぶもー!』 次元の穴に頭を突っ込んで掛け声1つ。その声に呼ばれ現れたのは、同じく戦闘経験を幾つも積んだような牛のアザーバイド7匹の姿。 エルナトよりは小型ではあるが、それでもそれなりの強さは有しているだろう事は理解できる。 「なーるほど、お前の仲間がいるわけね!」 相手の人数に合わせ、同じ人数で。 数の有利不利を無くした上での真っ向勝負を挑もうと考えるエルナトは、敗北したあの日からずっとリベリスタと戦う日を楽しみにしていたのだろう。 『ぶも!』 「よし! 後はリベリスタとどう会うかだけだ!」 だが彼等はそこから戦いにどう持ち込むかという部分が完結していない。 どうやらここは、こちらから赴かねばならないようだ――。 ● 「……ということなの。真っ向勝負を挑まれたわよ」 余計なものは一切不使用。単純なバトルを相手側は望んでいるのだと桜花 美咲 (nBNE000239)は告げた。 挑戦者はおうし座のアザーバイド、エルナト。 未来視でも伝わっているだろうが、過去にこの世界で暴れてリベリスタに敗北した過去を持っている。 共にいる風祭・翔はその戦いの当時はリベリスタと共闘していたのだが、今回はエルナトの側についたようだ。 要はこの勝負を受けてほしい、という事である。 当の挑戦者達はこちらをどう呼ぶか、そこばかりを考えているため、出会い頭にすぐ勝負に持ち込んでも戦闘に頭が切り替わっていないかもしれない。 そこを利点とするかどうかは、集まったリベリスタ次第だ。 戦場も特に障害物のない広い草むら。 気にするべき点があるとするなら、草に足を取られたり、草の表面についた水気で滑る事がないようにする点か。 数の上でも赴くリベリスタと同数。 もしも多い数のエルナト配下がいたとしても、数が合うように向こうが調整してくれるのだから、そう対して問題はない。 純粋に、頭を真っ白にして正面からやり合う戦場はもう、整っている。 風祭・翔もエルナトも、その配下のアザーバイドも特に傷を癒す手段は持っていないが、その分だけパワーはある。 アークの誇る精鋭といえども、そのパワーの前には苦戦は免れないだろう。 「……だけど。だけどよ?」 そこで美咲は、言葉を区切った。 「私は皆が勝つと、信じてるから」 この勝負はリベリスタの勝利で終わる。 彼女は確信めいた瞳と言葉で、集まったリベリスタに檄を飛ばした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:雪乃静流 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月29日(木)22:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●対戦相手を待つ者達 「翔君、久しぶりだね」 「お、お前達は!」 声をかけた『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)を見た時、少年と牛はびっくりしたような顔を見せた。 どうやって呼ぼうかと考えている相手が、何も行動しない内に来たのだから当然の反応だったかもしれない。 ――しかしそれでも、戦闘への思考の転換は早かった。 「そ、そーかそーか。呼ぶ前に来たってわけだな。さすがアークだぜ!」 『ぶもっふー!』 すっと立ち上がり、歓迎するような仕草を取りつつも、その体から沸き起こる闘志(?)は少し離れた位置に立っていても感じられるほどのもの。 余計なことは抜きで戦いたい。頭の中を真っ白にして、ただの殴り合いを――という気持ちだけが、エルナト達や翔からはにじみ出ているのだ。 「初めまして風祭さん、雄志を抱く戦士の皆様」 故に『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は礼儀を持って彼等に接する。 「よォ、血ィ燃やしてッかッ? ……お前が翔かァ。キレーなイイ目してンなッ!」 その近くに立つ『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)も、翔をフィクサードではなく1人の戦士と認め接している。 「ンでこっちがエルナト……おおッ! でっけェし、ツノすっげェかっけェ!」 『ぶもふ』 それはエルナトに対しても同じであり、褒められればアザーバイドとて悪い気は決してしない。 ふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔を見せるところからも、それは理解出来る。 「良いね、アツいヤツは嫌いじゃないぜ? ま、ただお前の相手をするのはオレじゃないからな」 エルナトの視線が1人、また1人と向けられる中、目があったアズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)は軽く手で遮るようにしながら言う。 彼女が相手にしようと考えているのは、エルナト配下の牛達であるが故に。 「私が相手でいいかな? ……いいよね? 一対一の真っ向勝負が、オトコノコだけの楽しみだなんてズルイじゃないか」 再び巡る視線が交差し、勝負を挑んだのはエイプリル・バリントン(BNE004611)だ。 こういった熱さを感じる戦いに、性別など関係しない。 ――確かにそうだろう。 言われて翔が辺りを見渡せば、リベリスタの男女比は3:5で女性の方が多いくらいでもある。 「なーるほど。でも俺は相手が女でも手加減しねぇぜ? 俺の相手はどいつだ? まぁ、全員でも構いやしねぇけどさ!」 「風祭さん。自分では力不足かもですが1対1の決闘を申し込みます」 けらけらと笑いながら戦いにうずうずしている翔に対し、勝負を申し込んだのは亘。 彼は翔をフィクサードというよりも1人の戦士に見えていた。 フィクサードの常である悪事を行うよりも、思った道を真っ直ぐに自由に進む彼に近しいものを感じてもいる。 「お久しぶり、迎えに来てくれたのかしら? なんて冗談よ。元気そうで安心したわ」 『ぶもふ』 1度は戦い、見知った間柄である『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)の言葉に軽く頷くエルナト。 去年は女性に対して攻撃を手加減して嫁探しを行っていた彼ではあったが、今回はそんな手加減はなし。 「騒ぎが起きる事無く再会できる事は素直に喜ぼう。……元気にしていたか?」 「まーな。相変わらず腹は減ってっけどよ!」 共に戦ったこともあり、時には出来の悪い弟を叱るように振舞っていたヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)と言葉を交わした翔が手にしたのは、ひとつの石ころ。 「じゃあ、これが落ちたら合図にしよーぜ」 ここで本当ならば500円でも投げて決めたいところではあったが、翔にそんなお金があるはずもなく。 「牛を殴って喜んでいただけるなら、ひとつやってみせましょうかね」 そう言った『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)が脳裏に浮かべたのは、勝利を信じて自分達を見送った美咲の顔。 信頼を裏切ることなく、勝利を伝えた時に美咲はどんな笑顔を見せてくれるだろうか。 それを想像するだけでも、勝つ事に対して貪欲になれるというものだ。 ●それぞれの戦い 「っしゃあ!」 「では行きますよ」 先手を取って殴りかかろうとした翔の機先を制し、斬り込んで行く亘。 持ち前の身軽さと、テンペスターを利用した威力のある肉弾戦こそが翔の持ち味ではあるのだが、素早さにおいては亘の方が遥かに勝っていた。 とはいえ翔も並のフィクサードよりは実力はある。 「は、すげぇ速さだな!」 「次は君の番ですよ」 「遠慮なくいくぜっ」 流石に無傷というわけにはいかなかったが、可能な限り傷を少なく抑えた翔は返す刃で拳を1度、2度――勢いに乗せて蹴りも織り交ぜ、亘へと襲い掛かる。 最初の1発は避け、2発目は『Aura -Flugel der Freiheit -』で捌いたものの、3発目の蹴りまでは流石に受けきれず、衝撃で仰け反る亘。 「やられっぱなしではいられませんから」 だが仰け反った反動すらも利用し、体を回転させて斬り返す彼の様子を見れば、両者の実力は速度以外では互角か? 一方でエルナトに対するエイプリルは、エルナトの体格との差も凄まじいものがあった。 かなり身長の低い少女に対し、その体長は2倍以上。 (真っ向勝負とはいえ、正面からぶつかるだけでは勝機は薄い……) 加えてエルナトは翔よりも実力は上。正面からぶつかり合えば勝ち目がない事も、自身でよくわかっている。 故に彼女は相手の動きをしっかりと見、動作を脳裏に焼き付ける事に主眼を置く。 『ぶもっ!?』 突っ込んで吹っ飛ばしたはずの相手が、ひらりと横へ体をずらし避けつつ角を双鉄扇で捌いた事に驚きながらも、再び向き直り突っ込む態勢を取る猛牛エルナト。 さながら闘牛士のように振舞い、チャンスを伺う。エイプリルのとった戦法は、エルナトに対してはそれなりの効果があるようだった。 避けるだけならば、だが。 「通用するかしないか……ダメなら手数で!」 避けつつ倒す事が出来るか。それとも避けきれずに倒されるか。 エイプリルが望んだ戦場は、1つのミス、一瞬の油断が敗北に繋がるシーソーゲームの様相を呈していた。 「1体1じゃねェからって手ェ抜くなよォ、お互いのチカラ最大限に生かしたチーム戦だって、「真っ向勝負」にゃ変わりねェだろッ?」 そんな2人の戦いの横では、コヨーテが突っ込んできたエルナト配下の牛の1匹の突進を真正面から受け、その力量を比べあう。 もちろん突っ込んだ牛も全力ではあったが、踏ん張った足で地面を大きく抉りながらも受け止めたコヨーテを吹き飛ばすには至らない。 『ぶもふ!』 「よし、次来いッ!」 再び次の攻撃を受けてやるとアピールするコヨーテや他の仲間達の戦いは、亘やエイプリルと違い一斉にやりあう形をとっている。 怪我はすれども殺しはせず。策も何もなく、ただ思う存分殴りあうだけの戦いに、血が滾る者はやはり多いようだ。 「今日はとことん暴れてやるぜ!」 牛達の中央に斬り込み、注意を引くように『大業物』を振るうアズマもその1人。 かく乱するつもりでもあるのだろう、彼女の振るう刃が気になった牛達は思うように突撃を仕掛けられずにいた。 『ぶもう!』 対処方法としてはアズマを先に倒してしまえば……というところではある。当然、牛達も気付いている方法だ。 だがそれをそう簡単にさせないところが、リベリスタの連携が強いというところか。 「一箇所に意識は集中させないよ……こっちにもいるんだから……!」 内のアズマに意識を向ければ、外からアンジェリカの作り上げる不吉を告げる月が妖しく輝く。 勢いよく突っ込んだ牛の1匹は知らぬ間に不吉を届けられていたらしく、バランスを崩して攻撃が届く前に転んでしまう。 よしんば攻撃を当てられたとしても、 「慈愛よ、あれ」 神の愛が放つ奇跡を小夜香が届ければ、決定打には足りえない。 さらに言えば牛達にとって、警戒すべきはアンジェリカの月の輝きだけではなかった。 「わたくしも無視してはだめだぞ。少し付き合ってもらおうか」 「さて……どれだけいなせるか、挑戦です」 気糸で注意を引くヒルデガルドも、刀を構えるテュルクも、隙を見せれば危険な相手だとは肌で感じもする。 後方に立ち支援している小夜香を攻撃して、逆に注意を分散させてしまうか? 『……ぶも』 否、その考えを牛達は否定する。 「あくまでも殴りあう事を優先する、ということですか」 彼等が行いたいのは、殴り殴られの勝負だとテュルクは考えた。 事実、1匹の攻撃を華麗に避けたところで、6匹目――すなわち頭数では小夜香を入れたであろう最後の1匹がテュルクに追撃をさせないでいる。 「なるほど、わたくし達だけを倒して勝利したいのだな」 テュルクの言葉から導き出したヒルデガルドの答が、牛達の戦いに向ける気持ち。 とはいえ、牛達にあるのは角で突くか突撃するかの行動のみ。牛の側が1匹余っている今、戦いはそれぞれの牛がリベリスタ1人ずつを抑える1対1の流れとなった。 残る1匹が場を掻き乱す存在として、小夜香の施す癒しを超える火力をたたき出そうというのだろう。 「――そう上手くいくかしら?」 彼女にとって、この戦いは牛達の火力を超える援護が出来るか否か。残るリベリスタ達にとっては、小夜香の援護を上手く利用して勝利を得る事が出来るか。 軽く笑みを浮かべた小夜香にも、癒し手としての自負がある故に、誰1人として倒させるつもりはない。 「ならば来るが良い。その全てを受け止めてみせようぞ」 「そうだね。ボク達の連携を君達の力が打ち崩せるか――勝負だよ!」 その期待に応えんがため、舞うはヒルデガルドとアンジェリカ。 コヨーテやアズマの攻撃が場を支配するかのように荒れ狂う中、ヒルデガルドの気糸が牛達を絡め取り、アンジェリカの手にした『地獄の女王』の名を冠する大鎌が切り刻んでいく。 もちろん、殺さないように手加減はしていたが。 だがリベリスタ達の傷が浅く済んでいる点は、攻撃の苛烈さで押しているからだけではなかった。 「6匹目が突っ込みますよ。やはり同じ場所に立ち止まると危ないですね」 時には身振りを加え、全体の動きを観察するテュルクの注意喚起も功を奏している。戦闘指揮ほどの効果はないが、それでも被害を抑えるという意味では多少なり有効ではあるだろう。 何も考えることなく、ただ純然に戦いあう。 両勢力の戦いは単なる勝敗という結果を得る事だけではなく、過程を楽しむ時間でもあるようだ。 ●それぞれの決着 「はぁっ、はぁっ……」 何度か直撃をもらったためか、明らかに疲労の色が見て取れるエイプリル。 だが避けながら手数で攻め立てる戦法は、エルナトに対して少しずつではあるが、確実にダメージを与えている。 『ぶもふ』 当のエルナトも増えていく傷に、動きが少しずつ鈍ってきている様子は見て取れた。 特に攻撃の際に何度も双鉄扇で打ち据えられ、威力を削がれた際についた角の傷が気になっているらしい。 「どうやら私は負けず嫌いらしい。それはキミも同じかな?」 真っ向からの勝負に対し、エイプリルもエルナトも負けたくない気持ちは同じ。 だが、これは決して殺し合いではない。 『ぶもっふっふ……』 ふと、エルナトの息遣いが笑みを浮かべているような音を立てる。 この戦いに敗北しても悔いはない。――それはエイプリルもだろう。故に少女と牛は、互いの健闘を讃えるかのように笑んだ。 そんな2人の間を、一陣の風が流れていく。 最後の一撃を叩き込むのは、今だ――! 『ぶもっふぁー!』 「!?」 先に動いたエルナトの角に突き上げられ、激しく宙を舞うエイプリルの体。 猛牛にしてみれば、この一撃でエイプリルはもう動けないほどの衝撃を喰らい立ち上がってくることはないはず。 ――だった。 「……負けるつもりは毛頭無い!」 それでもエイプリルは倒れなかった。 すんでのところでまた角を双鉄扇で弾き、突き上げの威力を殺したのは、彼女の勝利への渇望の現われ。 「キミへの勝利を以って、自身の証明への礎とする!」 残された全力を持って振るわれたエイプリルの一撃が、エルナトの角を遂に叩き折った――! 「あっちは終わったようだ。残りは3匹か」 放った気糸の直撃を受け、目を回して倒れる牛を見やったヒルデガルドは、ゆっくりと周囲を見渡す。 正面からのぶつかり合いではあったが、後方で支援を行う小夜香に牛達は決して手を出さずにいた。 「私を攻撃すれば、もう少し結果は違っていたかもしれないわね」 もしも小夜香を攻撃すれば、牛達はもっと戦いを優勢に運べたことだろう。 しかし殴りあいに参加せずにいた彼女を攻撃する事は、補給線を叩く『戦い』では有効な方法ではあるが、これは思う存分に力を振るいあう殴り合い。 だからこそ彼女に攻撃は仕掛けなかったのだ。 「戦士の矜持ってヤツか。嫌いじゃないぜ、そういうの!」 『ぶもっ!』 残る2匹の内の1匹と組み合ったアズマの言うとおり、牛達にだって矜持がある。回復手段を持っているならば、それを上回る火力で押し切れば良いと。 それがこうなったのは、思った以上に実力が拮抗していた点が挙げられるか。 「惜しいなッ! 小夜香がいなかったら、こっちも危なかったぜ!」 そう言いながら牛の頬を殴打したコヨーテの追撃は止まらない。 吹き飛んだ牛を追うように飛び、立ち上がり敗北を嫌う牛の横っ腹を蹴り飛ばす。 『ぶふぅっ!』 「ははっ、こんなに楽しい気分で戦うことが出来るのは初めてだな!」 向こうでは勝ちを信じて抵抗を諦めない牛の攻撃を喰らいつつも、アズマの攻撃は威力が落ちるどころか、より波に乗って上がっているようにすら見えた。 そんな波はテュルクにも伝播しているのだろう。 「しかし何度も避けきれるものでは、ありませんね」 すっと刀を構えるテュルクは避ける事を重視してはいても、やはりいくつかの直撃をもらってしまっている。 それでも戦意は決して衰える事はなく、ただ冷静に戦いを続け剣舞を舞う様子は、戦いが始まった当初よりも鋭さが増しているようにすら感じるほど。 これが1対1の戦いだったなら、その鋭さを持ってしても追い込まれていた可能性は非常に高い。 「援護するよ……!」 「今、癒すわ。癒しよ、あれ」 だがこれは仲間と連携しての戦いだ。横から援護に入ったアンジェリカが注意を引けば、小夜香の息吹がすかさずテュルクの傷を治していく。 連携の2文字においては、アザーバイド達よりもリベリスタ達の側が勝っていた点が勝因となったことは間違いない。 それを前にした時、牛達は1匹、また1匹と崩れ落ちていく。 そして大局の勝敗が決しようとしていた頃には、もう1つの戦いも幕を閉じようとしていた。 「培った全てをぶつけ合う男の勝負、熱くならずにいられますか!」 「いいねお前! 面白いよ!」 殴りあう亘と翔は双方が最早限界に近いのだろうか。殴りあう手が動きを止めた時、互いの視線が交錯し、最後の一撃の瞬間が迫る。 「君の魂に響く一撃を……と、ど、けぇぇぇ!」 「俺の全力、もっていけぇぇっ!」 交差する両者の拳。 夕日と川原のロケーションが最も似合うであろう亘の勝利を呼んだ一撃は、 「……クロスカウンター!」 思わずアンジェリカがそう叫んでしまった、それであった――。 ●再戦は来年の出会いの約束 「お前すげーなぁ」 「君も凄かったですよ。またやりあいたいですね」 「はは、俺も」 勝利を得た亘ではあったが、全力を出し切った今は翔とともにぐったりと地面に転がってしまっていた。 それほどまでの激戦ではあったものの、両者にあるのは勝った負けたの気持ちより、楽しかったの一言だろうか。 ――否。 「腹へったぁぁぁぁ!」 翔の方はそれ以上にお腹が空いていたようだ! 「翔殿といったか、この後一緒に飯でも食わないか?」 「お弁当、あるよ」 誘うアズマには横たわったまま「当然!」と答え、お弁当を見せたアンジェリカには涎を垂らして応える彼は、どこかしら犬っぽい。 エルナト等アザーバイドに対してはハーブの混ざった餌を持ってくる辺り、翔や星座アザーバイドを良く知るアンジェリカならではの優しさが垣間見える一面だ。 「ところで、風祭」 ふと、ヒルデガルドが連絡先を記録した携帯電話を翔に渡す。 去年から続く星座のアザーバイドの一件、再びこのまま続くならば、彼にとっても会いたいであろう人物の到来が予感できるからとの彼女の気配りである。 「スピカか」 「会いたいだろう? わたくしも、だがな」 逆に彼女の方も会いたいアザーバイドであるが故に、会えば連絡をくれ――ということでもあったが。 そんなしばらくのお弁当タイムの後。 「それじゃ、縁があればまた会いましょ。次は普通に来てくれると嬉しいわ」 『ぶもふ』 見送る小夜香にエルナトの言葉はわからないが、言わんとすることはわかった。『だが、断る』である。 楽しい戦いの時間を、時間を空けてもう一度。 来年、再びエルナトは実力をつけてこの世界にやってくるのだろう。 リベリスタ達と何も考えずに殴りあう、ただそのためだけに。 「勝ちましたよ」 「信じてたわ。お疲れ様ね」 後日。 勝利を告げたテュルクに対し、美咲は笑顔で彼等の勝利を讃えるのだった――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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