● きちちちち。 きちちちち。 きちちちち。 プラスチックが金属を引っかく音がした。 その音は自分の手元から鳴っている。嗚呼。キリキリと、きりきりと。 片刃の金属が立てる音としては、最も普及した音かもしれない。 刃先の錆に気がついて、先端を溝に添って折る。カッターの刃というのは、切れ味を保つには便利なものだ。今まで使っていなかった部分にひかれた油が不規則な虹色に光を返し、おれはうっとりと目を細めた。 なんと醜い色だろう。 美しさというものは、醜さの中に潜んでいるものだと、おれは知った。 ここ数日、同じ夢を見た。何度も何度も何度も繰り返し繰り返し鮮明な夢を見た。 あれのために何をすれば良いのかも、夢の中で知った。 あれのためになら、おれは何でもできる。 なあ、同僚。 おれの言葉に、同僚は涙を流して頷いた。 当然だろう。おれの言うことを聞くように頼み込んだんだから。どうしても首を縦に振ってくれないものだから、何度か殴ったりしたのが功を奏した。 あれの素晴らしさを判ってくれなかったのは残念なことだが、なに、同僚もきっとすぐに、おれに感謝してくれるはずだ。同僚がいくら身を捩ってもロープは緩まない。そんな簡単に緩むはずがない。抵抗するのが鬱陶しかったから、同僚の四肢はぼきりという音をさせながら結んでおいた。 大丈夫だ、もう手や足なんて必要ない。 そう教えてやったのに同僚はいつまでたっても痛い痛いと泣くものだから、口に布を詰め込んで、ガムテープで塞いでおいた。 床一面に引いた赤の線。原材料は、近くで泣き叫んでいた赤ん坊。 うるさかったから、ちょうど良かった。腹を切り、その血でひいた赤い線。適当にぐるぐるとひいた赤い線でできた円、その中心に同僚を座らせ、最後に引っこ抜いたこどもの首を、同僚の腹の上におく。意味は無い。気分だ。もしかしたら同僚のこどもだったのかもしれない。子供の顔を見つめた同僚はひどい顔をしていた。おれは思いついて、腹の上に置いた顔を、同僚と目が合うように置き直してやった。 さて、最後の詰めだ。 おれは自分の腹を、カッターでかっさばいた。 痛いような気もするが、そんなことはどうでも良かった。 腹の中に手を突っ込んで、腸を引きずり出し、同僚の首にかけてやった。 嗚呼、もうすぐ、あれが見られる。 ● 「欧州を中心に、無惨なアザーバイド事件群が頻発していたことは、知っているな?」 そう言って、『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)はモニターに日本地図を映しだす。確認の色が濃い菫の言葉と、そこかしこに表示されるマークが意味するものを結びつけることは、容易だった。 理解したリベリスタの顔を見て、菫が頷く。 「奴らはその標的を定めたらしいな。通常のフィクサード事件やエリューション事件とは桁外れの危険性、被害規模が推測される――君らの出番というわけだ」 菫は報告書を手にすると、ページを開いて長机に広げる。 それは、先のオルクス・パラストからの調査依頼に関するものだ。異世界の神を名乗った少女の姿に目を向け、菫は顔を歪める。 「こいつが何者なのか。どこぞの恐怖神話と関連があるのか――実際のところ、桃太郎が退治した鬼も、ジャック・オ・ランタンも、サンタ・クロースも実在したってんだから、なぁ?」 もっとも、『全く良く似た話』、ただの偶然、無関係――その可能性を全否定することも出来ない。結局のところ、その正体は今のところ『完全にはわからない』以上の何でもない。だが、わかっていることもある。菫はそう言って別の書類を広げた。 「追加調査の結果、この娘は厳かなる歪夜十三使徒第四位『The Terror』であると考えて間違いないらしい。出くわしたことのある人の言だからな、信憑性のある話だ」 暗黒の森の大消失。 その事件の名を口にして、菫はリベリスタたちを見回した。 「今回の事件にはThe Terrorの影響が強く疑われている。 本当にカミサマ――ミラーミスとすれば、このアザーバイドたちが標的を定めて『侵略』を目指しても、おかしな話ではないからな。目的はわからんが、この娘が方舟に興味を持っているのは間違いない」 モニターに目を向けた菫の目の先で、ひとつ、またひとつとマークが増えていく。 リベリスタたちに向き直った菫が浮かべた表情は、苦渋に満ちたもの。 「……唐突すぎてね。万華鏡の感知が遅れている。 私のような、フォーチュナにできるのはこれぐらいだってのに……すまない。 これから行ってもらう現場でも――死者は防げん。被害は起きる。 その上、おそらく危険が山盛りだ。それでも――行ってくれ。それしか言えないんだ、私には」 ● いびつ。 それには、その言葉が似合った。 醜悪で、醜悪で、醜悪で、だから美しい。その色はまるで魚の鱗か蜘蛛の巣の虹色。 引き抜かれちぎれた内臓は、同僚の首にかかったまま、まるで花の首飾りのようだ。 同僚は、己の身に起きた美しい異変に涙を流している。 ようやくおれに感謝する気になってくれたかと思ったが、その目が表すのは絶望のようで、何が不満なのかおれにはわからない。じっとおれをにらんでいる。 そう睨むなよ、変なやつだなあ。 同僚の体には、あれがうまいこと入り込めたようだった。 肉が変質していく。さっきまで単純に巨大化していた肉は、3mか4mほどの高さになった。そこから、幾筋にも分かれていく。ちょうどうどんに似たような形で。幾筋にも幾筋にも、細化を繰り返し続けて、それと同時に太り続けていく。太りながら細分化していく肉は、質量の増大を続けながら細くわかれていく。 すべてが白く、てらてらと鈍く光る。 醜くて、美しい形じゃないか。 その頂きから俺を睨む同僚と目が合う。ぼこり、ぼこりとそこかしこから赤子の頭が、手が、足が生えた。 全ての赤子の顔がこちらをにらむ。 おれに感謝してくれてもいいんだぜ、同僚。 うどんのように細くなった同僚の体が、無数の体がおれにからみついてくる。 ぼきり、ぼきり、きちきちちちち。 ねじきられ、引きちぎられ、赤子の歯に咀嚼されていく心地よさ。 その恍惚のなかに、おれの意識は薄れていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月25日(日)23:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「あああああ」 絶叫、とはよく言うが。 さてその叫びが、息継ぎが。できなくなってからも漏れるその声は、いったい何と呼べばよいのだろう。 横隔膜をとうに食い破られた男のそれが、やがて消える。死んだわけではなく、未だひきつけのように揺れる体には意志が見える。ただ喉を食われただけだ。 柔らかい部分から損なわれていく男の、生存は絶望的だった。 闇の中の食事。それを、その様を。 一条の光が、可視化させる。 「緊急事態と聞いて駆けつけたら、ホラーど真ん中の事件じゃないですかー?!」 「きゃ~、また怖いやつだ! 最近こういうの多いなぁ、怪談話にはまだ早いよ~春だよ~」 如月・真人(BNE003358)が、懐中電灯の照らしだした惨状に悲鳴を上げ、同じ灯りにそれを見た五十川 夜桜(BNE004729)が嘆く。だが、灯りの先しか見えていない二人に比べると、他のリベリスタたちの顔はもう少しだけ蒼白だったかもしれない。暗闇を見る方法を準備していた分だけ、食事をしている以外にも赤子が『はえ』かけているのが見えた。見えてしまった。赤子たちと目が合う。笑う。子供が無邪気に笑う。子どもたちは、リベリスタたちをどう見たのだろう。少なくとも、暗闇を苦にしている様子はない。そもそも、その瞳が本当に『瞳』であるのかどうかすら怪しい。それらの認識方法が人と違う可能性は、あまりに高かった。 「しかし加害者も被害者という珍しい出来事だけど同僚と赤ちゃんには解る訳ないしなあ」 「同僚さんは本当に唯の被害者だけど、これをしでかした人は何でこんなことをしちゃったんだろ……。 絶対に正気じゃないのはわかるけど、それでも……!」 食われ行く人と、頭だけを覗かせる人とを見比べ、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が呟く。事態の異常に、『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)は頭を振った。今、日本で一斉に起こっている事件群に見られる、『ひとの異常行動』――それは革醒者にすら確認されている。 なぜ? おそらくそれは、理解できない、理解してはいけないこと。 深淵の縁はいつだって傍らで口を開いて笑っている。 夢の中でも、現の中でも、いつでも、どこでも。 あなたのそばで。わたしのそばで。ほら、今だってあなたの服の裾を引っ張っ 「起きちまう被害はしゃあねェ、ソイツが弱かっただけの話だ」 踏み入りかけた思考をとどめたのは、ずいと歩み出た『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)のシンプルな言葉だった。躊躇せず、白い巨体に近づくコヨーテ。壁を壊せ、まっすぐ進め。きっと彼はどれだけ入り組んだ迷宮でも迷わない。それは強さだ。 「バロックナイツ四位。本来は異世界のミラーミスがどうして此処にいるのか。 気になることはあるが今は瑣末事に拘っている暇はない。 元が人間だろうが子供だろうが、それがミラーミスの眷属だって情報で十分だ」 「櫻霞様……」 シンプルを補強して、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が敵と味方を切り分ける。奴らは敵だ。護るべきは、己の背に感じる温度だ。『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)は櫻霞の背に隠すように守られていることを知り、微笑む。 「カミサマとその仲間たち相手なのか? 難しいコトはわかんねェけど……上等ッ!」 気合に満ちたコヨーテの眼光は、喧嘩権化の火を宿す。 その時、唐突に。本当に唐突に、腕を抑えて『剣龍帝』結城 "Dragon" 竜一(BNE000210)が呻き出した。 「くっ! 俺の右手が疼きやがるぜ……。 だが、何が現れようと俺の右手に封印されたモノの方が厄介さ……」 刹那に落ちる沈黙。周囲の目を集めた彼は、しかしすぐにいつもの顔に戻った。 「とか言ってる状況じゃないような気もする……。まあ、それが俺のスタンス。 ヤバイ時こそ笑って見せないとね!」 「……まぁ、怖がってばかりもいられないよね。さて、がんばっていこう!」 夜桜は、自分の頬を軽く叩いて気合を入れる。この間、一緒に別の怖いヤツに向かった時も、竜一はそうだった。怖い、怖いと喚くのは簡単。だけどこれを倒すためには、喚いているわけにいかない。そして倒すのは、リベリスタの仕事なのだ。夜桜もまた、前に出る。自分の仕事を全うするために。 「う~ん下手に名前つけたくないな。なにか食べれなくなりそうだし……匿名でいいか」 手にした矢を紫の弓に番えて、七海は少し考え込んだが、すぐに結論を出した。 異世界からの侵略者であることには、何の違いもない。 防ぎきろう。この三人のために、これ以上の被害者を出さないために。 ごくり、ひときわ大きな音がして、召喚者の肉体は消えた。 ● いち早く動いたのは、子供たちだった。最も近くにいたコヨーテに2体、もう1体は夜桜へと飛びつく。関節の限界を超えて大きく開かれた顎に、あるはずのない牙を見た気がした。 「さあ蹂躙を始めよう」 「彼の為に出来る事を、自分の成すべき事を……参りましょう」 月の女神の加護を得て、櫻霞は目を細めて敵を見据える。その傍で、櫻子は周囲の魔力を取り込む。 「今回のミラーミスって、こんなのばっかり従えてるの……? ……っ、今はそんなこと考えるより、先にこいつを何とかするっ!」 揺らされた意識からノイズを振り払って故郷の『神』へとリンクさせ、エフェメラが声を上げる。 「こういうよくわからないものは叩いて潰して焼き払うのが鉄板ですよね。――と意識はあるんだった」 引き絞った告別の弦に、炎が宿る。 「貴方には悪いですがそれ以上苦しむのを終わらせる事くらいしか出来ません」 七海の放った矢は、倉庫を火の海へと変えた。肉の焼ける臭いが、確かに強く鼻をつく。 噛み付く赤ん坊を煩そうにあしらいながら、コヨーテはそれでも白いものの前に立つ。制御された気は、金属質を含んだ体を更に硬質化させていく。風もないのに、マフラーは強くたなびいた。 「でっけェなッ、殴り甲斐ありそォじゃねェか。 オレの想像を超えたバケモンと闘り合えるって思ったら、期待で震えが止まンねェ」 「どっち方向へもすいすい動けるみたいだから、注意しないと!」 身体の制限を外した夜桜の呼びかけた声には、覚束ぬ視界への焦りが隠しきれていない。 「名称不定か……なら、お前は以下ふっくんだ!」 竜一は彼自身のバンドメンバーを想起させる名でそれを呼び、破壊神の戦気を纏う。いいのかそれで。 「今すぐでも逃げ出したい……けど、逃げ出すのは駄目なんですよね?」 やっぱり怖い、と嘆きそうになりながらも、真人は自分を奮い立たせ詠唱を開始する。具現化する高位存在の力。それは赤子に噛み切られそうになっていた夜桜の肌を、コヨーテの腕を癒していく。 しゅるり、という音がしたような気がした。ふっくん(仮称)がのそりと動いたのだ。否、移動と呼ぶのは正確性を欠くかもしれない。燃えて塵になる部分がある一方で、肥大化を続ける肉は向かいたい方向へと肥大の度合いを強め、用のなくなった位置からは、全身の収縮の結果として失せていくのだ。肉塊は己を焼き続ける火を放った存在――七海に向けて、その肉の一部を向けた。肉の中から、うぞりと刃物が姿を見せる。きちちちち。警戒を懐いた瞬間に、七海の腹にばすりと音がした。痛みが一歩遅れて届く。 (2発連続で喰らうのはヤバイ。本当にヤバイ) 警戒が遅れれば膝をつきかねなかった痛みに目がチカチカする。フラッシュライトに傷が入っていた。それが照らす先で、赤子の数が、増えて行く。 奴らの意識か、知能か。何かしらその辺りのものは、共有されているらしかった。 先程コヨーテに噛み付いたままの赤子二人を除き、残り全ての赤子は夜桜に向かって這い進み、飛びかかる。この倉庫には灯りが足らない。夜桜の見るものが全て支障がないとは言い難い。その上、金属質な男に比べてこの女は柔らかく、かじりやすい! 「モコモコ赤ちゃんが増えるとかホラー以外の何物でもないんだけど!」 状況に対し的確な批難を叫んだ夜桜に噛み付いていた赤子が、頭にひとつ穴を開けて転がり落ちる。見ればコヨーテに噛み付いていたのもふたつ――つまり最初から場にいた赤子たちが斃れたようだ。 「所詮は紛い物、姿形を真似ようが無駄な努力だったな」 黒の銃身と白の銃身から硝煙を上げ、櫻霞が嘯く。はじけた反動か、赤子の形をいまだ留める残骸が足元まで転がってきたのを見下ろしもせず踏み止める。後方へと届かせぬ様に。 「ミラーミスの手先に掛ける情けがあるとでも?」 ぐしゃり、踏み砕いた感触は、小麦粉を練って茹でたものに酷似していた。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 櫻霞の影から、櫻子もまた高位存在の力を具現させ、リベリスタたちの怪我や異常を癒やす。 仲間の受けた傷の大きさに少し青い顔をしたエフェメラだったが――エクスィスの加護が、彼女を包む。異世界からの敵、物理的な猛威を振るうふっくん(仮)に対して、やはり異世界の住人であるエフェメラは文字通り『天敵』だ。この場にいる敵性存在の攻撃を脅威としない彼女は、この戦いにおける一つの要だ。七海がもう一度、火矢の雨を降らせる。すべての赤子たちが燃え尽きた跡を抜け、コヨーテは更なる炎を腕に宿す。振り撒かれる火焔地獄をそのままに、強く薙ぎ払った。――夜桜ごと。 一体の敵を、逃さぬように戦えばどうしても、大振りの攻撃は味方を巻き込み得る。あまりにも大振りの鬼業は、本来、夜桜にとって回避は難しいものではない。誤差、だと言い切ってしまうことも出来たかもしれなかった。本来は。光源の少ないこの場においては、視界の不利は些か響く。 それでも、夜桜は苦痛の声を漏らしたりなどしなかった。 「可愛そうに……めっちゃ怖くて痛くて苦しいよね、多分」 彼女の目が探したのは、『同僚』と呼ばれた姿。彼が今、どんな表情をしているのか、ほぼ真下なことも有り夜桜にははっきりと見えない。それでも、常識の世界の中で生きてきた人物にとってこの状況がただの地獄絵図だろうことは想像に難くない。荒れ狂う闘気を魔力剣に集中させて、斬りつける。 「こんなアブナいやつはあたしがやっつけてやるんだから! とはいえちょー強そうだ……望むところ!」 (傷だらけになってからがあたしの本領発揮なんだから……!) 鈍いわけじゃないよ! と小声で付け足した。 宝刀露草。 Je te protegerai tjrs。 それぞれを、竜一は鞘に納める。 その様に疑問を感じたのは――この場では唯一、ただの人たる『同僚』氏だけだった。 後頭部に当たる場所だの足の裏のはずだった場所だの、見えないはずの場所が鮮明に見えて、意識の片隅には理解できない思考か言語らしき何かがうごめく。人の知覚を超えた情報量に、狂いそうになるからこそ周囲に目を凝らしていた。『殺す』ためには、武器は必要なはずだ。 「楽にしてやろう」 二刀の柄に手をかけて、竜一が呟く。ちゃきり。その音を聞いたと思った次の瞬間には、『同僚』の思考や視界は人の範囲に収まった。その代わり、見えるのは落ちゆく世界だ。固い地面にぶつかった衝撃に人の頭部が砕け散る。鞘走りの生んだ真空刃が、首を切り落としたのだ。練達の域に達した技は、人の思考に苦痛を与えなかった。贄とされた彼を気にした者達が僅かに目を伏せた、刹那。 ぼこりぼこりと、同僚の顔が白い表面のそこかしこに生える。 ――救いがあるとすれば、そのどれもが生気のない、造り物めいた様相だったことだろうか。 「とにかく、とっととこいつをぶっ潰せば解決だろうが!」 切り落とした首の先から流れる白い液体を睨んで、竜一は唸った。 機械の腕で顔を覆い、真人は怯えそうな自分を鼓舞する。怖い。だけど、この敵を取り逃がせばもっと怖いことになるのは間違いない。だから真人は、癒しの息吹で皆を治療する。この恐怖から、人々を守る、そのために。 ● 事前の情報だけでは、どうしてこの白い眷属が強固な敵だと知らされたのか、わかりにくかった。だが、こうして目の前にしてみればわかる。燃えようがどうしようが、それを気にする様子がない、恐ろしいまでのタフネス。子たちもこの強さを得る可能性があった以上、召喚されてすぐに対処できたのは、僥倖だったと実感する。それでも、だ。 ふっくんカッコカリはリベリスタたちに刃を飛ばし、毒の触腕で手近なコヨーテと夜桜を締め付ける。新たに生まれた赤子たちが夜桜にばかり集り続けるのを櫻霞がふっくんもろとも蜂のように撃ち抜き、皆の異状や怪我を櫻子が治癒する。エフェメラが火炎弾を降らせる事ができた時は、七海は狙うまでもない敵の巨体に、肉を燃やす炎が消えぬよう呪いを縫い止める。コヨーテが獄炎をもってなぎ払い、夜桜の闘気を湛えた剣が切り裂き、竜一の居合が奔る。そして真人が怪我の具合を見て多彩な癒しを繰り出すのだ。時折、キィとメァの協力を得たエフェメラが癒しのオーロラを降り注がせ、櫻子が、七海が、意識を同調させ気力を分けあう。 敵の特性が持久戦ながら、リベリスタたちもまた持久戦に長けた構成になっていたのだ。 ――だからこそ。瓦解の始まりは、ひとりが倒れたことだった。 巻きつかれた肉の腕から逃れた夜桜が、はっ、と息を吸う。その首に赤い線が入った。唇から血が漏れる。ありえない角度に捻じれ落ちかけた頭部を運命が繋ぎ直す。それを癒そうにも、タイミング悪く、回復手たちは気力を融通し合う必要があったのだ。もう一度閃いた折れやすい刃物に、夜桜の意識が落ちる。 前衛がひとりとなった結果――竜一が前に出るより早く、コヨーテが赤子たちの襲撃を一手に引き受け、つきかけた膝を運命を燃やし奮い立たせることになった。 「恐怖神話はダテじゃねェな、確かにこりゃ怖ェや……怖いくらいに、すっげェ楽しいッ!」 「シャシャリ出てきやがって! 押しこんだとでも思ったか! 誘い込まれたんだよ!」 狂喜するコヨーテに続いて、竜一が、身体から湯気を上げるほどの限界を超えた全力でふっくんを切り刻む。首の恨みか、前に出た竜一はふっくんに狙われやすかったこともあり、じりじりと増える傷は彼の運命を消費させることに成功する。 癒し手の仕事として全体に目を向け、真人は、嫌な汗が額を流れたのを自覚した。 「ボクがいる限り出し惜しみは要らないよっ! 全力でいこうっ!!」 そう周囲を励ましたエフェメラの、気力は尽きかけている。櫻子か七海が融通すれば良いのは確かだが、状況は張り詰めた糸のような均衡だったのだ。攻撃か、回復か、どちらかが弱まった隙に敵の攻撃が集中すれば――今度は立て直せないかもしれない。 だが、攻撃手たちはそう思っていなかった。 七海が、コヨーテが、炎を纏った攻撃を立て続けに食らわせると、ふっくんの巨体が大きく揺れた。 熱気は陽炎を立ち上らせ、あたりを歪ませる――それを断ち切って。竜一の振るう二刀が、抗いようのない破壊力でふっくん(仮)を粉砕した。 「これも俺の力なのかぁぁぁ?! ハッハァーーー!」 ひしゃげた残骸を前にして、竜一が右腕を高く翳して吠える。それを周囲は、はいはいと受け流した。 ● 倉庫に残ったのは、ほとんどが焼け焦げた肉の麺。そうでない部分は、少なかった。 「流石は異世界の生き物だな、醜悪極まりない」 フュリエが聞いていたらむっとするかもしれないことを櫻霞は口にした。幸いにして、それは誰の耳にも届いていない。肉から目を背けた櫻子が、傍らでいくらか沈んだ顔を伏せる。 「まだ、終わらないのでしょうね……」 「しかしこれで前哨戦か。本番はもっと酷く強敵なのかな」 七海の疑問も尤もだ。あの黒い報告書に記載された彼女は、これらより、『上』の存在なのだから。 「――オレたちは負けねェ、震えて待ってろッ!」 コヨーテも、同じことに思いを馳せたか、燃え滓を睨みつけて唸る。竜一に抱えられていた夜桜は、その声にうっすらと目を開けた。 「……しばらくはうどんじゃなくてラーメン食べようっと」 数人、同意に頷きそうになっていた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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