● 夢に見る事がある。 真っ白い素肌をした少女が階段の上に座って居る。 スカートは赤く、少女の肌とは対照的だ。顔はよく見えない。 屋根裏部屋に繋がる階段から日に日に下って来る様子だけを毎夜の様に見ていた。 表情は良く分からないのに、少女の唇の赤さだけをやけに覚えている。 彼女は日に日に降りてくる。近付いてくるのだ。こちらに。 足を揺らし、座って居た彼女はそっと立ち上がり。 そんな、夢を見る事が在る。それから? それからは知らない。 ● 小さな兎の姿をしたソレは耳を揺らしながら広い山の中を掛けていく。 鹿児島県中心地から離れたその場所は沖縄諸島を除けば日本の西南端部分だともいえる様な、殺風景な場所だった。唐の港とも呼ばれた事のある坊津の港はまるで日本画の様に美しい。 兎はその風景を見た後、耳を揺らして人里の方へと降りて行く。 誰ぞが「兎だ」と呼んだ事だろう。その声に耳を傾けることなく兎は嬉しそうに社に敷かれた陣の周りを飛び回る。 中央に無残に置かれた子供の手、足、ぎょろりと飛び出した眼玉など兎にとっては気にならない。 それは、周囲に立っていた親兄弟も気にならないのだろう。 「※※※※様が、ついに……、ついに……っ!」 繰り返される言葉に違和感を感じる物は誰も居ない。 誰もが同じ様に「※※※※様」と名前を呼びながら陣を取り囲んでいる。 寂れた村にある変な宗教なのだろうか、アザーバイドであれど、神秘的存在は一般人にとっては恐怖の存在でしかない。 新興宗教に染まり切った村の中、「※※※※様」と掠れた声で呼び続ける老婆の目が儀式陣へと止まる。 陣の中央に打ち捨てられた子供の左手は母を探す様に指をぷらん、と揺らして居るだけだった。 ● 「気味悪いわ」 単刀直入に、『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は吐き出してリベリスタ達へと資料を手渡す。 「とあるアザーバイドが更にアザーバイドを呼び出さんとしているのですよ。 最初は何て事無いアザーバイドだったんだけど……どうやら自分の親を呼び寄せたいみたい。 もとからその場所にあった『新興宗教グループ』……フィクサード達やそれに染まり切った村人を使用してその儀式を始めた模様よ」 日本全土に同時に多発し始めたアザーバイド事件。その一端だろうと世恋は告げる。 恐怖事件と言って、頭に浮かぶのはオルクス・パラストからの調査依頼でリベリスタ隊が遭遇した『ラトニャ・ル・テップ』という少女の事だ。世界中で起こった『恐怖事件』はこの世界で語られる『恐怖神話』を思い出させる物ばかりだ。 「事実は小説よりも奇なり、とは誰の言葉かしら。物語が事実を伝えている可能性だってあるわ。 それに類似した存在や、そこに伝わらない恐怖が伝播してる――とでも言ったところかしら。怖いの、嫌いなんだけど……ううん、それは置いておいて」 咳払い一つ、世恋の目は何処か困った様な雰囲気が溢れている。 「敵の正体が完全に判明してるわけじゃないけれど、シトリィンさんが追加調査を行ったらしいわ。 ラトニャは厳かな歪夜十三使徒の一人であると見て間違いない、と言う事よ」 「それは……」 「第四位『The Terror』――それがラトニャだと考えて間違いない。 シトリィンさんだって『彼女』とは遭遇しているそうだから。『暗黒の森の大消失』だったかしら……」 シトリィンが所属した『クラウン・アクト』の壊滅はラトニャによる行為だったと彼女は語って居た。 その『ラトニャ』が本当にミラーミスなのだとしたら…… 「彼女の世界の『侵略』が行われている可能性だって、ある」 「ラトニャはアークに興味を持っているって言う」 「ええ、『私達に興味を持っている』彼女によるこちらへの侵略が行われている……。 唐突に起こったソレを万華鏡(わたしたち)は補足しきれてない。けど、皆なら何とか出来る筈だわ。 召喚されようとする存在を止めてきてほしいの……どうか、宜しくね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月23日(金)23:24 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 誰かが言った。 「兎って何を見て跳ねるのかしら?」 ――は、その言葉の意味が分からないと困った様に笑うだけ。 「そうね、跳ねる事こそが彼らの運命であるのかもしれないわね……?」 理不尽この上ない返答をしながら、――は……『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は次第に強まる日差しの下で日傘を広げてゆっくりと宙に佇んでいるだけだった。 誰かが言った。 ごめんなさい、と。そんな言葉を聞きたかった訳ではないのに、と必死に砂を掻いた。 爪先に食い込む感触に、爪が剥がれてしまいそうな痛みを振り払う様に、何度も。何度も。 次第に気付いたのは、それはただの幻覚で。 自分の指先は宙を掻いていて、その拳が食い込んだやけに柔らかな肉の感触が張り付いていただけだった。 只。 そう、只、それだけの―― ● 少し強いと感じる日差しに、気温の高さがこの場所が温暖な中部地方ではなく、九州地方――その最南西に位置する鹿児島県であることを実感させた。 豊かな自然に恵まれ、坊津八景とも呼ばれる景色を持つ鹿児島県南さつま市の坊津地区。雄大な海の果ては知れず、地平線の様にも思えて美しい。 都会から離れ、誰とも会わずに訪れるなら良い場所であろう。100人程度の集落が存在するその地区で、首から装飾の施された逆十字を下げた『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は幼さを感じさせるかんばせに普段の彼女には似合わぬ笑みを浮かべて佇んでいた。 「海と山が調和して、とても綺麗な村ね。とっても、とっても――きれい」 ぞっとするような物言いの理由を氷璃は知って居た。 否、永きを生きた運命の魔女より『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の方が海依音の言葉を承知してるのかもしれない。 不安げに揺れるキャンパスグリーン。結い上げた髪を揺らしながら旭は手に馴染んだ筈の魔力鉄甲に違和感を拭えずに居たのだった。 彼女の様子を知ってか知らずか、魔銃バーニーをしっかりと握りし直した『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は首から下げた弾丸のペンダントを握りしめて浅い息を吐く。背に感じる気配は彼女に加護を与える神からの警告か。 「全く……悪趣味、ここに極まれり、だな」 吐き出した杏樹の言葉はこの現場の大枠を表しているかのようだった。美しく雄大な景色を持つこの村にある宗教。村人全員が信者となり、異邦の者を崇め奉るその様子は誰が見ても異質なものだ。 異質な空間を憎悪するかのように肩を竦めて『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は己の周囲に茫と佇み舞い踊る蝶を指先に止め視線を下げる。 「きみが、わるい」 駄々っ子の様に。 「きもちわるい」 子供の我儘の様に、吐き出されたソレに糾華の両目をそっと塞いだ氷璃は優雅に揺れる六枚の翼を揺らしながら目を伏せる。 「これが『侵略』と、いうのね」 塞がれた視界は塗り替えられる。今まで見えていた人気のない美しい自然から、黒に。 それは宗教の様なものだ。当然の様に働く感性が、認識が、常識が、全てが塗り替えられて行く。それは物理的で無いにせよ、人の心を食い荒らす『侵略』に他ならない。 「全て、奪われて良い物ではないでしょう……?」 「ええ。目を閉じれば何も見えないわ。耳を塞げば何も聞こえないわ。口を閉じれば何も伝わらない。 人って何て上手く出来てるんでしょうね? カミサマも悪趣味ですこと」 美しい場所がそうでなくなる。美しい場所をそうでなくす。それは今、この場所から見た景色が変わっていくと同じ『侵略』だ。 海依音の言葉は只、その侵略に抗う方法を探す様にリベリスタ達へと伝えられていく。 景色の美しさに『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が零した感嘆の息は数分後には嗚咽に変わって居るかもしれない。伝播していく恐怖がどれ程にリベリスタの足を重くするのかは分からない。 「強敵が居るのだと、よく分かる。かなり大変な戦いになりそうですが……」 白と黒、桜と紅葉の対極の扇を握りしめた『戦技巧霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)の決意はしっかりと固まって居る。 まるで彼女を誘う様に村から吹いた風は慧架の長い黒髪を揺らしていく。生温い風に誘われる様に足を進めながらタクトを握りしめていた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の少女のかんばせに浮かんだのは何時になく強い憎悪の感情。 「強敵……ええ、強敵でしょうね。だからといって、」 塗り替えられる、何もかも。いとおしさも、くるおしさも、すべて、すべて―― ミリィがブリーフィングで手にした資料に書かれていた一文がその心をかき乱している。 少女にとって、自身の転機になったあの言葉を想い返すたびに憎悪が、『恐怖』に似た何か違う感情が沸き上がる。 ――報われる事が無くても、それが誰かのために……、笑顔に繋がるなら嬉しいよな。 何時かの言の葉が彼女の原動力なのだとしたら。笑顔を消し去り未知の『恐怖』だけを残すその行いは到底許される物では無い。 「許せない……」 「ああ。許せない。子供達を使って超常現象を起こす、だなんてな」 ミリィの言葉を反芻するように、ミスティコアを握りしめた『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の色違いの瞳に込められたのは間違いなく憎悪に他ならない。 遥紀は知って居たのだ。戦場に於いて迷う事が何に繋がるのかを。自分の戸惑いが何を生み出すのかを、青年は戦い続けた日々から見出して居たのだ。 「俺にも大切な子供達がいる、だからこそ……許せる行いじゃない」 「それでも、いまからわたしたちは――」 唇を噛む遥紀に旭は不安げに瞳を揺らす。長い髪を風が揺らし、吹き抜けるソレがスカートを巻き上げる。緩く巻かれたウェーブの髪は初夏といっても良い位に汗ばむ気候に歓迎されるかのように舞いあがった。 「ううん……だいじょぶ」 旭の瞳が、揺れる。込み上げる思いは吐き気にも似ていて。 不安ばかりが胸に浮かびあがる。彼女へと視線を向けながら『剣龍帝』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は唇を歪めて一つの童謡を口ずさむ。 「混沌の兎……なるほど……」 仲間達の中でも竜一だけは何処か違う雰囲気を持っていた。何かに惑う様に、何かを嫌悪する様に村の入り口へ向ける足が何処か重く感じる仲間達の中でも竜一は彼の長い戦歴から来るのか――それとも、その決意は固いのか――しっかりと現実を見据えている様だった。 「フフッ……混沌の種子にしか過ぎないウサたん達ではこの俺に勝てるわけがない……! 万物の王たる原初の混沌はすでに俺の中に封じられているのだからな! くっ……、右手が……ハハ、久々の『混沌』の気配に誘われちまったか? 鎮まれ、俺の中の魔王よ……!!!」 否――現実が一番見えて無かったのは彼だった。 『幾星霜ノ星辰ヲ越エシ輝キヲ以ッシテ原初ノ混沌ヲ内に封ジ留メシ骸布』を巻いた右腕に封印された『万物の王たる原初の混沌』が暴れ出してしまう混沌の気配。 氷璃はその気配を別世界からの混入物だといった。 水に落とされたインクがその中を侵食する様に、日常にするりと溶け込んだ神秘(われわれ)。その色水の中に別の物体がぽとり、と一つ落とされたのだ。それは温いコーヒーには溶けきらない角砂糖の様に、明らかに異物だと教える様に。 「大丈夫。勝てる勝てる。安心して。魔王の力を右手に宿した俺が居るんだし!」 「ええ。折角お布施頂戴したんですからね!」 明るい雰囲気の竜一にへらりとわらった海依音は杖でトン、と地面を突く。 角砂糖(いぶつ)はその存在を知らせてきた。コーヒーに混ざり切らずに広がるミルクが如く勢いで侵食するではなく、まざまざと見せつける様に。 それでも混ざり込んだソレから万物を護れないのだと氷璃は認識して居た。 「紅茶に落としたミルク一滴……それだけでもこの世界は色を変えてしまうわ。 角砂糖という侵略者は私達が絶対に阻止しなくてはならない物。異物はこの世界を壊してしまうのだから……」 「だから、へいき」 とん、と村の入り口をミストブーツで踏みしめた旭が振り仰ぐ。 迷いを浮かべていた新緑の瞳が細められ、手にした魔力鉄甲に力が籠められる。 リベリスタ達は地面を踏む。村の入り口ににじり寄る気配を感じとる様に。聖女は引き金を引き、言霊は静かに汚染された村へと響き渡った。 「さあ、いこっか」 ● その場所はミリィが見るに只の田舎だった。 柔らかな日差しが差し込むこの村は都会と違って歩きまわる学生の姿などは見えやしない。 そう、人に出会う事が即ち戦闘の開始だと判って居る彼女にとってはそれは安心出来る事であり、同時に不安に思う事でもあった。 見えない境界線は村と国道を分け隔てているのだろう。事前にフォーチュナから記された地図を頼りにミリィが踏み込んだ一歩、村の奥でランドセルを背負った子供が丸い瞳で彼女やリベリスタ達を見詰めている。 「あ、」 ふと、声を漏らしたのは誰だったか。 浮かびあがり、白鴉を呼び出した氷璃は白い肌を射す日差しと奇異の瞳を避ける様に日傘を開く。彼女に続く様にミリィが村の中へと踏み込めば、彼女が嫌な程に感じる感情は此方を射る様に厳しい物ばかりだ。 「――覚悟を、決めましょうか」 「ああ、覚悟ならとっくに。掴める物が一握りしかないのなら、血も泥も被って進もうか」 杏樹の言葉に秘められた思いを感じとり、氷璃が唇を歪めて笑う。 農具を手に走り込んでくる一般人達を突破していく事こそがリベリスタの最初の狙い。儀式陣として誂えたソレからアザーバイドが呼び出され、この地に堕ちる前にリベリスタ達は何としてもそれを押さえ込まなければならないと考えていたのだろう。 闘神の如き気合を纏いながら宝刀露草を握りしめる竜一の前に滑り込む一般人を糾華は小さく笑い誘う様に唇を歪める。 一般人の視線を集める我儘な美貌に糾華がスカートをひらりと揺らす。一般人への攻撃はまだ始まらない。彼等を殺す事が何らかの影響を及ぼす可能性を危惧しているのだろう。糾華の視線を受けてミリィは遥紀と頷きあい卓越した知識を持ってその様子を伺い続ける。 一般人の農具を杖で受けとめて、スカートを大げさなほどに揺らした海依音のお下げ髪を鎌が刈り取らんと振り翳す。咄嗟に避ける彼女の腕が鎌を受けとめるも、はらり、と一房茶髪が舞う。攻撃の様子は村人の一揆に他ならないが一般人離れした動きはアザーバイドによる効果なのだろうと海依音はその腕で実感する。 「酷い、男ね?」 女の宝を刈り取るなんて、とふわりと笑った海依音の唇が淡く色づく。 彼女の前で身の丈の程の鎌を振り翳し、アンジェリカが鼻を揺らす。五感を武器に、彼女は只、目の前の一般人の攻撃を受け止め続ける。 「……『君』は、そこにいるんだね?」 柘榴色の瞳が、零れんばかりに細められる。 アンジェリカが捉えたのは兎の気配だろうか。彼女は不吉な気配を感じようともその手を滑らす事は無い。しっかりと握りしめたLa regina infernaleが受けとめたのは兎ではない、村人の鎌。兎を逃さんようにと彼女が目をやるが、増え続ける村人に解析の結果を待つアンジェリカは今は『殺さず』を徹底するしかない。 余所者だ、と叫ぶ声は方言が交じり聞き取り辛い。しかし、自分達が歓迎されてない事だけは嫌でも理解できた。 「とてもとても、気分の悪い悲劇の始まりね」 黒で塗り替えられた白翼天杖が地面を叩く。周囲を焼き払う聖なる閃光が革醒者染みた動きを繰り返す一般人達へと狙いを定めていく。 彼等は何て事無い村人だった。そう、無辜だとは言い切れずとも、彼らには彼らなりの生活があり、まだ手を汚して居ない者だって居るかもしれない。村の男たちだけでは無く、女子供までもがリベリスタ達を倒すべく武器を手にしているのだ。 「彼等は、このままではいけないのでしょうね?」 食い止める様に一般人を受けとめた慧架の色違いの瞳は至って真摯な物だ。彼女にとって一般人の命を尊重していて何かが救えるとは思えない。この場で一般人を救う事が即ち『死』だというならば、彼女は躊躇わないのだろう。 「ああ、救いが何処にあるのか。己の信者を犠牲にしてまでも具現化したがるとは神様等では無いな」 銃を手に、周囲の状況を把握せんと動く杏樹の目線が慧架と克ち合う。 前進する彼女達を前へと進める様に一般人を押し返したアンジェリカが一般人の鉈を受けとめ、別の村人が振り翳した拳に殴られた衝撃で一瞬膝を折る、が、それを支援する様に海依音が彼女の名前を呼んだ。 社にあるであろう儀式陣へ向けて真っ直ぐに走っていくリベリスタ達へと視線を送りながら、糾華は突破口を作るべく一般人達の視線を集め続ける。 一般人達の視線を集める中でもアンジェリカに狙いを定める者がいる。アンジェリカが体勢を立て直し渾身の力を込めて鎌を振り下ろせば『一般人』は唇を歪めて見せた。 「成程ね……?」 「ええ、『成程』という言葉がよく似合います。アンジェリカ君!」 糾華と海依音の声音から感じとったアンジェリカが地面を蹴る。鮮やかな柘榴色が細められ、鎌を振り下ろせばそれを受けとめた一般人もまた、隠し持っていた銃を取り出し引き金を引いていく。彼が一般人を狙わずアンジェリカを狙うのは『駒』が減ってしまうという意図か、それとも何らかの理由が存在しているのかもしれない。持ち前の勘で咄嗟に気付いた糾華が地面を蹴ると同時、海依音は周囲を照らす神の祝福を持って彼等を歓迎した。 「ボクばかりを狙うなら、君は」 「ジョーカーとでも言ったところかな……?」 「さて、本当のジョーカーはどっちでしょうね?」 少女は小さく笑って、前方へ走り行く仲間の様子を見守って居た。 じゃり、と音を立てて踏みしめる土の感触さえも杏樹にとっては慣れたものだった。ターゲットは動く事は無い。 彼女の鼻が感じる血腥さが『標的』の居場所を知らしめる様に仄かに香る。美しい新緑に彩られる季節に、異質なほどに敵意をむき出しにする村人たちを掻き分けて、進み行く彼女のアーモンドの様な瞳に宿された色はどっちつかずの様にも見えた。 生かす。殺す。迷いが生じて、助けたいとお人好しな不良シスターは手を伸ばしたがる。それと同じ様な側面で、殺さねばならないと言う任務を全うする真っ直ぐに貫き通す杏樹らしさも見てとれる。 「――とんだ、神様だ」 それが運命だと言うならば、なんと非情なものであろうか。 ありとあらゆるルート分岐点を探し求める様に竜一は周囲の危険を察知せんと周囲を見回す。彼の手にした西洋剣が射し入れる陽を反射して鈍く光る。 「神様ってのより俺の中に居る魔王の方が強いからな、心してこいよ?」 小さく唇を歪め、前進する竜一の前へと滑りこむ村人達がこの先には進めやしないと各々の武器を振り上げる。竜一の握りしめる刃と比べ、刃毀れした農具や今まで調理に使われていたであろう包丁は何処か不格好な武器にも見える。 「※※※※様の為!」 「そうは言われても……私達は進まねばならないのです」 巨大な扇を振り翳し、慧架が一般人の刃を受けとめる。奥の陣は先行する白鴉が捕えている。同じくして氷璃に伝達されるソレを彼女は己の中の知識を振り絞る様に脳内の知識を探っていく。頭の中に知識を知るす本が在るならばそのページを血眼になって捲り探すのがまた、その知識の探索者だ。 「あの陣は……」 「宵咲さん、どうだい?」 一般人達の合間を掻い潜り、知識を有する三人はそれを共有し合う。氷璃が悩ましげに眉を顰めるのは未だ己の目でしかと見た訳ではない陣と周囲のフィクサードが唱える文言が分からないからだろう。 刻一刻と迫る時間を彼女たちは無駄にする訳にはいかないと前へ、前へと進み行く。 遥紀の目の前に彫刻刀を握りしめ走り込む子供を旭が受けとめる。少年を殴り飛ばす事に彼女の拳は抵抗を感じ、小さく震える。少年の体を押し、彼が少しばかり後ずさった合間を縫ってミリィは一般人に囲まれ近付き難い陣へと真っ直ぐ進んでいく。 突破班、殲滅班と分けた面々の中、糾華や海依音、アンジェリカは懸命に一般人達を『殺さず』にやってきた。しかし、『殺さず』に居るのもそろそろ終わりか。 ――この村の為ですこの村の後生ですから後生ですからこの村をこの村をこの子をこの子だけでもお願いしますお願いしますお願いします嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼神様神様神様救って下さいこの村を嫌です嫌です神様神様神様神様神嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼―― 流れ込む感情を振り払う様にミリィは進む。受けとめた竜一が村人の体を押し返し、杏樹が盾を使い美味く距離をとりながら、旭が村人を薙ぎ払った向こう、子供の肢体が転がる陣の周りを囲む村人たち。 異質な光景を目にした遥紀の瞳が揺らぎ、旭の新緑色が大きく見開かれる。それを目にした氷璃は「そう……」と呟きミリィへと目を遣った。 知識を有した三人の総意はリベリスタ達の命運を分ける。彼らが陣を確認し用心深く村人を殺さずに進んできたのだって、ソレが贄になってはいけないからというそれだけのことだ。 未だ周囲を囲む一般人達を目にしながら、ミリィは答えを出す様にタクトを振り下ろし、彼女の持ち得る知識、力を共有する様に――答えを、発した。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 ● 正に悲劇だと皮肉を含みながら海依音は神聖なる裁きの光りによって断罪を一般人達に与えていく。 何時もは護るべく闘ってきた一般人をその手で殺す任務の皮肉さに、己の大嫌いな神様の力を借りているその状況に。 海依音は杖を振り翳し、周囲の一般人の数を減らす様に続けていく。陣の中で続けられる召喚儀式。陣の上の贄はもはや足りたか。陣の上で倒すことの危険さを鑑みて竜一は贄へと剣を振り翳すが、フィクサードを庇う様に一般人達が彼等を護る。一人の体を吹き飛ばす。その手ごたえを感じながらフィクサードや一般人達からの猛攻に埋もれんとする竜一を遥紀は懸命に癒していく。 「下衆が……ッ!」 青年の優しげな面立ちからは想像もつかぬ言葉を聞いて、竜一は唇を歪めて小さく笑う。 遥紀の前を走る慧架は渾身の力を込めて一般人を薙ぎ払う。続けざまに手にした蝶々を投げた糾華はフリルを纏ったスカートを揺らして彼女自身も『蝶』が如き軽やかさで地面を蹴った。 「さて……因果応報、何時か刃が私の命を貫くまで――……殺し合いを始めましょう?」 陣の中、指揮官として立っているミリィはタイムリミットを感じなが閃光弾を投擲する。それが少なくとも時間稼ぎになるならと、陣内で立ち回る彼女を狙う一般人の攻撃は苛烈な物だ。 陣内で唱え続けるフィクサード達を絶えず狙うリベリスタの中でもミリィは召喚の可能性を拭えずにいる。ネックとなるのは召喚された時の一般人だ。 もしも『召喚』されたとしても周辺の一般人の『処理』だけでも済ませられて居れば、それは邪魔者を減らしていけるだけだ。 跳ね回る兎を見つけ、杏樹は弾丸をばら撒いていく。彼女へと加護を与えた女神が如く、銃の引き金を引き、降り注いだのは炎の矢。 一般人の鳴き声と叫び声を浴びながら、杏樹のシスター服は血に濡れる。 「罪は此処に置いていけ。主が汝等を受け入れん事を」 神へ祈る様に、理不尽な神様の課した罪が己を押しつぶす前に、不動峰杏樹は引き金を引いていく。 淡い色の金色を一本、弾丸が奪って行く。頬にできた擦り傷をも気にせずに彼女は只、空から降り注ぐ日の雨を眺めていた。 嗚呼、それはまるで―― 「まるで、カミサマの涙だわ」 とん、と海依音の背がアンジェリカに触れる。彼女が周囲を燃やす中で、アンジェリカは赤い月を燻らせて一般人達の好奇な視線を奪って行く。 涙を浮かべたアンジェリカの目は何処か、苛立ちを感じさせた。 神父様、と心の中で囁けば、彼女が首から下げた赤い石を宛がったロザリオが陽の光を返していく。鼻を鳴らし、兎の姿を見つけた彼女は柘榴色を細め、その華奢な腕に力を込めて大鎌を振るった。 「残念な姿だね? 坊津といえば示現流の東郷重位が地頭になってた所だよね。 こんな変な新興宗教に嵌ってる今の軟弱な皆の姿を見て、あの世で嘆いてるよ、きっと!」 彼女の苛立ちは『偉人』が悲しむから、という訳ではない。 信心深い彼らの姿はまるで何かに縋る様にも見える。兎が跳ね上がりアンジェリカに向けて不吉を笑う。同じ不吉を齎す物でも兎の笑みは如何してか気色悪く思えた。 彼女の赤く照らす月が兎の姿を掻き消していく。まるで、溶けるように霧が如く、兎が姿を消す中で、少女は苛立ちを隠さずに村人たちに強く、怒鳴り付けた。 神父様。ボクの、あいするひと。 アンジェリカは只、愛しの人の背中を負い掛けていた。縋る様にその背を求めていた。 只、それだけでも――それだけ? ああ、それだからこそ。 (ボクは、彼らが憎い。ボクと同じ様な彼らが……) 振り翳した鎌の下、※※※※様、と呼ぶ村人が確かに笑った気がした。 殺しは少女の心を穢していく錯覚に陥った。氷璃にとっては己が娘の様に感じる少女の心を汚していくのは耐えきれぬ。 彼女たちはリベリスタで在ると同時に狩人だった。 世界はそれ程優しくない。斬風糾華という少女が人を殺した事がない等夢のまた夢だろう。 彼女は任務で『人だったモノ』を手に掛けたことだってあるだろうし――この場のリベリスタ達は皆そうだ。 誰だって、ヒトゴロシだったのかもしれない。 エリューションと化した人々が『世界に弓引く者』だとするならば、それはこの世界の守護者として当たり前なのかもしれない。 屠る為に振り下ろす拳が、無情なまでに未来を切り裂く刃が。 紅く色付く鮮血が、これほどまでに美しいと、そう感じた事はあったろうか。 途惑いは、消え去った。躊躇は己の為にならず、宵咲氷璃という女は我儘(エゴイズム)を曝け出す様に表情を歪めた。 「糾華……貴女に汚れ役をさせるのは、とても、心苦しいわ」 風に流れる薄氷を揺らしながら彼女の周囲を飾る黒血の鎖。己の血の色が、くすんで見えた。 「氷璃母さま」 鮮やかな赤に溺れながら血の色にも似た瞳は親愛なる母に向けて細められる。 「大丈夫よ、氷璃母さま」 重ねられる言葉と共に周囲に発される弾丸にも似た蝶々の饗宴。少女の体を狙う村人の頭を貫き、命を奪い続けていく。 「これは、私が選んだ戦場だから」 幼さを残した糾華と入れ替わる様に炎を纏わせた拳を叩きつけ、瞳を揺らがせる旭は声を詰まらせる。 燃える肢体が鼻を突く。泣きわめく子供の声が、鼓膜に叩き付けられて、人殺しと呼ぶ声が耳に絡まっていく。 (だいじょうぶ……へいき、わたしは――) 舌足らずに吐き出して、旭が呼び寄せる様に一般人を誘って行く。 喜多川旭がおとなになるように。愛しい世界を壊す両腕を歎くかのように、少女は只、笑って見せた。 「みんなみんな、わたしが、まもってあげるから――まもれなくって、××××……」 ● 遥紀にとって、目の前に居る『一般人』は外道に他ならなかった。 無論、その宗教を持ちこんだフィクサードのことを指しているのだろうが、子供さえも武器を持ち彼等を狙い続ける様子は誰が悪いと旭は言い切る事が出来なかった。 「慈悲はなく、迷いなく――俺は、」 「はるきさんは、まちがってないよ」 首を振り旭は小さく囁いてその拳を振り翳す。己の拳が人の肉に食い込む感触がどうしてか、真新しく感じる。 あ、あ、と漏らされる吐息も。鳴き声も。鮮血も。 護るべきだと思っていた相手が、護れなくなった瞬間に『敵』だと割り切る事も出来ずに。 「望んでいたとしても、抗えない悪意から守る術がないのに……。 驚異であり、驚異だったのに……わたしが、もうすこし強かったなら――」 緑色の瞳に浮かんだのは只、只、迷いを振り払う様に彼女の中に浮かびあがった感情の吐露だったのかもしれない。 涙を浮かべる旭にとって、護りたいと只管に手を伸ばした相手は自分の掌が焼き払って行く。 肉の焦げる匂いが、やけに鼻につく。怯える子供が手を伸ばし、「おねえちゃん」と呼ぶその手をとりたくて、惑った様に指先が小さく震える。 「おねえ、ちゃ……」 呼ばないで、と言いたくなる。 「おね、ちゃ……」 やめて、と叫びだしそうになる想いを抑え、彼女はその腕を、小さく振り払った。 ※※※※様の為、と続く少年の言葉を遮った竜一の刃は只、真っ直ぐに。儀式の陣すらも抉り取る勢いで振り翳された烈風陣。フィクサードの声が遮られるが――ミリィが顔をあげる。 「……来ます!」 その声に応える様に竜一は小さく笑う。幻想を殺す、勿論、竜一の真理眼が素晴らしいに他ならない。 生まれおちる存在は竜一にとっては限りなく『赤子』の様に見えた。抉り取られた儀式陣、乱れた文言の所為か予期されていた異物よりは程小さく、そして―― 「うさたんのが可愛いんじゃないか?」 丸い瞳を向けたまま竜一は真っ直ぐに刃を振り下ろす。渾身の力を込めて、己の筋肉のリミッターなど限界を越えて、其の侭の勢いで。 一気呵成、只、只管に。 竜一の刃を受けとめたその存在は慧架の目には愛しい友人たちにも見える。ブレて、掠れるソレは己の夢を食う様に『何事もない少女の姿になって』――竜一に、氷璃に、遥紀に、ミリィに獏として見えて、海依音に、糾華には何がしかの獣の姿に見えるソレ――顕現してみせたソレを振り払う様に慧架は巨大な扇を振り翳す。 地面を蹴り、羅刹が如き闘気を纏った慧架は強引に間合いを詰める。村人の姿を投げ飛ばし、己の中では霞む存在から目を離さん様に色違いの瞳を細めれば、その視線を受けた様にアンジェリカが大きく鎌を振り翳し、光と共に五重の残像を展開する。 「ボクの勝ち、だ!」 質量を持った残像が切り裂くソレに続く様に神の意志を借り、ミリィは周囲に神秘の閃光を撒き散らす。 彼女の指揮に応じるかの様に、赤いシスター服を持ちあげて小さく笑った海依音が杖でトン、と地面を付いた。 「小娘! さっさと行って下さいな?」 「はいはい、小娘、さっさと敵の殲滅に行きましょう」 海依音の与えた神の愛。信仰を喪った淑女は己を歪めるかのように逆十字を手に笑みを零す。 彼女は癒すべくしてこの場に立っているという訳ではないのだろう。只、己の原動力になった神への呪いを消し去る様に、『理由付け』を行って神様へと救いを仰ぐ。敬虔なる徒であった、己を想いだすが如く。 「ねえ、神様、聞こえます?」 囁きを混ぜた様に『少女』は癒しを糾華へと与えていく。 ゴシックロリータのワンピースが捲れ上がり、彼女の周りを飛び交っていた蝶々がふ、と離れた隙を突く。己を意味する蝶々を指先に止まらせて、周囲の一般人を薙ぎ払うが如くステップを踏みながらその白い髪を血に染めていく。 かつて、殺人鬼がしたであろうその行為を。 まざまざ見せつけるが如く、華麗に踊って見せる糾華の瞳が緩く揺らぐ。 「さあ、来なさい。貴女達の全てを奪ってあげるわ」 「※※※※様に無礼な――!」 「――眼を閉じてるだけなら、どれ程幸せなのかしらね」 囁きに混ざる声音は只、ひそやかに。氷璃の指先から周囲へと広まる黒き血の鎖は錆ついた臭いをさせながらその動きを留めていく。 ビスク・ドールの冷たい美貌に浮かんだのは『運命狂』が運命が何たるかと記すが如く。 総ゆる存在は滅びの道を辿る運命に逆らえない。 だからこそ、私は滅びゆく世界の運命に抗いましょう―― 首を振る、運命は未だそれを良しとはせずに。 果敢な勢いで攻め立てる異形の者が竜一の体を吹き飛ばす。 ヒュゥ、と風を裂く音一つを感じとり杏樹が滑りこむ。引き金を引く指先は迷わない。 只、一直線に空から降らす焔の雨を受けながら周囲を囲む一般人達が倒れ往く。フィクサードは彼女を危険視でもしたか、真っ直ぐに怜悧な瞳をしたシスターへと刃を振り下ろした。 『錆び付いた白』が受けとめる。何時か、最後まで使命を果たした男の意志を持つかのように。 「人殺し! 何故、我々の『神』を殺めなければいけないんだ!」 「神? 悪趣味なヤツも居るもんだ。 理不尽で、不愉快なまでに無慈悲な『彼の人』がこの様な異形で在る訳がない。 戯れが好きな神ほど我々の世界を壊すモノは居ない事を――」 吐き出す様に、瞳に嵌められた竜の眼がぎょろりとフィクサードを射る。杏樹が一手下がる。その場所に振り下ろされた切っ先が地面を抉る。 彼女が体を逸らした場所へと降り立つ様に慧架が間合いを詰めてフィクサードの体を投げ飛ばす。 「救いはありますか? ないならば、私は戸惑いませんから」 「人殺しが、よく言う……!」 慧架の髪が大きく揺れる。彼女の表情は変わらないままだった。それが救いならば、彼女にとっては『躊躇』するにも繋がらない。 妨害するフィクサード達を振り払いながら、海依音が視線を向けた先には赤いスカートをした少女が一人。 「あら? お嬢さん――どこいくのかしら」 首を傾げた海依音の目前に兎がぴょん、と跳ね上がる。逃がさないと言う様に大きく鎌を振り上げたアンジェリカの唇が奏でた鎮魂歌が其の侭兎を切り裂いた。 少女の背中に届かぬ指先を伸ばし、周囲に鮮烈な閃光を与えると同時、陣内でも周囲を見渡す位置に居たミリィが厳しい視線で海依音が止めた『赤いスカート』の少女の前へと滑りこむ。 「貴女が『※※※※』である事は解って居ます。獏の様な姿をして……。 誰かの目を誤魔化せても私達全ての目はごまかせない。周囲にある奇異の目、目、目……。 貴女にとっては其れさえも気にはならないものなのかもしれませんが」 この世界はフィルターが掛けられる。二重の意味で其れを捉える事の出来たミリィが止めた存在を受けとめる様に竜一が滑りこむ。振り下ろす刃が突き刺さると同時、吹き飛ばされた体を受けとめた遥紀が彼へとその力の支援を送れば青年はにこりと笑った。 「速やかに葬り去る……もう少し、後少しだ! 『彼女』も傷ついている!」 「残念、可愛いおにゃのこならぺろぺろした……が、俺の目にはうさたんでも無くでかい図体が映ってる!」 竜一の宣言通り、危機を察知した彼が体勢を立て直し周囲の一般人を蹴散らせば、その隙を見計らい、アンジェリカが大鎌を一気に振り下ろす。 「何としてもその魂、刈り取ってみせる!」 狩人は命を摘み取る様に、鋭利な刃を持って貫いた。 攻撃の手を強めるフィクサードの胸元に突き刺さった刃が赤く濡れる。糾華の周りにできた血だまりを、彼女は只、ステップを踏みながら踊り続けた。 鮮烈なまでに華々しく、圧倒的な殲滅を。 少女の手で行われる残虐な行為を受けて、氷璃は小さく目を細める。 血濡れの彼女に続く様に氷璃の黒き鎖が動きを止める。痛みを叫ぶ獏の声が耳を劈く様に響き渡るが、それに構うことなく氷璃は微笑んだ。 「そろそろ終わりにしようか? 俺は君を許すわけにはいかない」 仲間を癒しながらも遥紀は浮かびあがる、翼を広げ、※※※※――村人たちの信仰を集めるアザーバイドの母体に向けて魔力の渦を生み出した。 うさぎ、うさぎ―― その歌声が響く。跳ねる兎を逃すまいと伸ばしたアンジェリカの指先から白い兎がすり抜けた。 その体を抱きしめて、刃を突きさした糾華の体を抱きとめて、氷璃は翼を緩く揺らす。 霧散する様に死に絶えるその信仰の対象をミリィは何だと思ったのか。 幼き少女の目の前で、塗り替え汚染されて行く村の様子はどうしても受け入れ難い。 「……救いたい、と思った対象をこの手に掛ける……」 嫌になると、その想いを振り払い、ミリィは只、周囲を焼き続ける。 鮮烈な光の中で、海依音は残酷だと己の手先を見詰めて小さく笑んだ。神の壊した世界を助長するかのような行いが、自分の中で是とされるのか否か。 それでも、それが救いだと言うならば慧架は只管に戦い続ける。竜一だってそうだ。世界を救うためには彼等の命を奪わない訳にはいかない。 「すべての子羊と狩人に安息と安寧を――amen」 うち出された杏樹の弾丸が突き刺さる。焔を纏った雨の下、焼け爛れた膚をした少年は只、手を伸ばした。 お姉ちゃん、と呼ぶ声を振り払う。 袖を掴んだ少年の指先を離したミリィが首を振り、旭は只、小さく呟いた。 振り下ろされた拳の意味は―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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