● 暗闇から現れた『それ』は問い掛ける。 お前達も、踊らされているのではないか、と……。 ● オルクス・パラスト首魁シトリィンの要請を受けて欧州異変の調査に赴いたアークのリベリスタ達は、そこで出会ってはいけないものに出会ってしまった。あどけなく可憐な少女の姿を取った怪物の名は『ラトニャ・ル・テップ』。その名前が何を意味するかは本当の意味で定かでは無いが、連想するのは簡単である。異世界より来たという自称『神』はバロックナイツの一員。驚くべきか『フェイトを有するミラーミス』であった。 『混沌の種子』と呼ばれるアーティファクトに似た我が子を人間社会に撒く事で長い時間の暇潰しを行ってきた彼女は、その内の一つである『渇望の書』の沈黙でアークに興味を持ったのだ。 世界的に広がっていた恐怖事件が彼女の興味のままに日本に集中していく。日本の運命はアークのリベリスタ達の双肩にかかっていた。 ● 「いよいよ完成したぞ! これさえあれば、七派も恐れるに足らん! いや、『楽団』のようなバロックナイツであっても戦えるやもしれん!」 描かれた魔法陣や立ち並ぶ機械を前に、白髪の老人が叫ぶ。彼の名は間宮博士。横須賀を拠点とするリベリスタ組織『ラボラトリー』のトップのマグメイガスであり、同時に科学者でもある。 彼は過去にエリューション事件で家族を失った。それをきっかけにリベリスタとして革醒した彼は、アークへの協力を行いながら、崩界を防ぐべく戦ってきたのだ。 そして今日、いよいよそのための成果が完成した。巨大な巻貝の殻を連想させる物体が、機械に繋がれて老人の前に存在していた。 喜ぶ老人に基地の倉庫へお披露目のためにと集められた部下のリベリスタ達が聞いてくる。 「たしかに凄そうですね、これ。ただ、デザインがグロ過ぎません?」 「フッフッフ、神秘の世界でそんなことにこだわっても意味は無かろう」 「デザインも大事だと思うけど。それでどんなことが出来るんです?」 「うむ、それはだな……」 部下の問いに答えようとした時、頭の中が真っ白になる。 「これ」が何なのか、言葉が出てこないのだ。 いや、むしろ自分が何のためにこんなものを作ったのか、理解できない。 そして何より、自分が作ったはずのものが何なのか分からない。 「これ」は何だ!? 「は、博士! 止めてください! 何を考えているんですか!」 部下の言葉でハッと我に返る。 するとどうだろう。 巨大な殻から不気味な軟体性の足が生えて、その場にいたリベリスタ達を体内の暗黒へと放り込んでいるではないか。 グチャッ クチャッ グチャッ クチャッ 共に戦ったリベリスタ達が為す術もなく潰され、喰われていく。 そこで間宮は悟った。この名も知れぬ邪悪は、この世界に降り立つために自分を利用して、肉体を作らせたのだと。 その時、彼の心は怒りですらなく絶望に満ちていた。 自分の生はこのために存在させられていたのだ。自分達の存在など、「これ」の前には塵芥程の価値も無かったのだと直観してしまった。人類など、その程度の存在だっ グチャッ ● 次第に暑い日が増えてきた5月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。だが、部屋の空気は決して明るいものではない。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始める。元々、身体が弱い彼だが、普段以上にその表情は蒼白だった。 「これで全員だな、説明を始めるぜ。あんたらにお願いしたいのは、アザーバイドの討伐……そう、相手は最近姿を見せているあの連中だ」 現在、日本全国を舞台に同時多発的に大規模な事件が起きようとしている。欧州を震源地に昨今頻発している極めて無残なアザーバイド事件群が日本をターゲットに定めたようだ。既に通常のフィクサード事件やエリューション事件とは桁外れの危険性・被害規模が推測されている。アークはこの対応に全力を挙げる事になるだろう。 「みんなに向かってもらうのは横須賀だ。ここにあるリベリスタ組織の拠点でアザーバイドが召喚された。そいつが本格的に動き出す前に倒して欲しい」 端末の操作をして、地図などを表示していく守生。 その時、リベリスタの1人が口を挟む。リベリスタ組織の拠点で召喚された、という言葉に違和感を感じたからだ。 しかし、守生はそれが間違いでなかったことを告げる。 「あぁ、リベリスタ組織だ。名前は『ラボラトリー』。アークの友好組織で武装の研究なんかも共同で行っていた。そこが乗っ取られたらしい」 守生の説明によると、ここ最近『ラボラトリー』とは連絡がついていなかった。どうやら組織の人間がアザーバイドの邪気に当てられて、召喚儀式を行うよう操られていたようなのだ。 そして、アザーバイドが召喚された時、最初の犠牲者になったのは当の彼らだ。 「あいも変わらず、狂った連中だ。一応、こいつらに関しては多少見えてきた情報もある」 この事件を関わりがあると推測される情報としては、先のオルクス・パラストからの調査依頼で遭遇した敵は異世界の神を名乗った存在――『ラトニャ・ル・テップ』という少女が挙げられる。この世界の『恐怖神話』にも語られる存在は『ニャルラトテップ(それそのもの)』ではないが、物語が真実を口伝のように伝えている可能性は否めない。部分的にそれに近しい存在なのかも知れない。 「そこで現れたアザーバイドに関しては、識別名『ガタノトーア・アバター』とすることになった。まだ完全にこの世界に現界したわけでもねぇ。今のうちに倒すんだ」 資料として映像は存在しない。 ただ、10メートル近い巨大なアンモナイトのような姿をしているらしい。その身を巨大な機械製の巻貝の殻に潜め、複数の触手を以って攻撃をするようだ。 完全な肉体ではないものの高い防御力を持ち、再生能力も有しているようだ。巨体故の耐久力も鑑みれば、そう簡単に倒せる相手ではないんだろう。 実際の所のこのアザーバイド達の正体が完全に判明した訳ではないが、シトリィンの追加調査によれば現在のラトニャは同時にバロックナイツの一員、厳かなる歪夜十三使徒第四位『The Terror』であると考えて間違いないらしい。彼女自身もラトニャに遭遇した事があり、『暗黒の森の大消失』と呼ばれる事件では当時のリベリスタ組織『クラウン・アクト』が壊滅する大敗を喫した事があるとの事。 今回の事件には彼女の影響が強く疑われている。 彼女が本当にミラーミスだとするならば、同じ世界のアザーバイドが『侵略』の動きをしてもおかしくないからだ。ラトニャの目的は不明だが、調査隊の受けた感触からして彼女がアークに強い関心を持っているのは間違いない。 「正直な話、かなり勘弁願いたい状況だ。『万華鏡』の感知タイミングも遅れていてな、被害を完全に防ぐことは出来ない。はっきり分かっているのは、危険極まりないってことだ。だけど、放っておけば日本が崩界の震源地になるのも間違いねぇ」 そこまで言って、守生は言葉を切って目を伏せる。 だが、再び顔を上げると、鋭い瞳でリベリスタ達に送り出しの声を掛ける。 「あんた達に任せる。無事に帰ってこいよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月23日(金)23:13 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ゆっくりと現れたその生き物は、リベリスタ組織「ラボラトリ」のアジトを破壊しながらゆっくりと移動を始めようとしていた。 まだまだ時間はたっぷりとある。 ゆっくりとこの世界を楽しませてもらえば良い。 そんなことを考えながら、その生き物が動き出そうとした時だった。そこに影が走り込んできた。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 マントを翻し颯爽とポーズを決めたのは、『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴・双葉(BNE003837)だ。世界に闇が広がろうとする、ほんのわずかな間に世界は希望を示した。 恐怖神話が世界を覆い尽くすには、まだ人類に時間が残されているのだ。 「ここがアザーバイドに乗っ取られたリベリスタ組織か!? やはり、生存者はいなそうだな」 足元の瓦礫を足でどかしながら、生き残りがいないことを確認すると『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は悔しさに歯噛みする。 間に合わなかった。 救えなかった。 その悔しさが胸を打つ。 それでも膝を屈して休む時間など、リベリスタ達には与えられていなかった。 彼らの目の前で、強大なアザーバイドがゆっくりと蠢動を始めた。動きが鈍いのはボトム・チャンネルに降り立って間も無いからに過ぎない。遠からず力を取り戻し、本格的な行動を起こすのは目に見えているのだ。その前にこいつを止めなくてはいけない。 「何なんだこのデカイ巻貝は。完全に現界していないのにこの威圧感……くそっ、この場にいるだけで戻してしまいそうだ」 『ラック・アンラック』禍原・福松(BNE003517)は戦場を覆うようにする悪意と懸命に戦っていた。 単に巨大な敵と言うのなら、今までにアークが戦った中でも例はある。しかし、ここまでの呪いを発するものはそう多くは無い。 人は理解の外にあるものに恐怖を抱くと言う。成程、その通り。確かにコイツは『気持ち悪い』奴だ。 「不気味な話だがそれでもだ」 疾風はアクセス・ファンタズムを起動し、アザーバイドに向かって駆け出していく。 「今のうちに災いは葬ってみせる。野放しにして被害を増やす訳にはいかないからな。変身ッ!」 そして、大きく飛び上がり空中で1回転すると、その身は輝く装甲に包まれていた。 「巨大で強大な敵か、悪くねェ。自分より強い奴を倒さないとステップアップはしねェからな」 回り込むようにしながら『咢』二十六木・華(BNE004943)は魔力の剣を抜く。 相手の巨大さを思えば、蟷螂の斧にしか思えないが、彼を愚かと嘲笑うものはおるまい。恐怖を知り、その上で戦うことを選ぶことを人は勇気と呼ぶのだから。 むしろ、敵との実力差はこのくらいでちょうど良い。まだひ弱であっても、全力を尽くすだけの話だ。 「遊んでくれや、でかぶつ―いくぞ!」 不倒と不屈の誓いを胸に華が攻撃を開始しようとする。その時、アザーバイドが大きく動き出す。自分を取り巻く者達を敵と判断したのだろう。 巨大な巻貝を思わせるその体から、闇色の光が放たれる。 アザーバイドが全身に帯びた呪いの力だ。いかなリベリスタと言えど、呪いに抗えず石に変えられてしまうものが出てくる。 しかし、『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は、その呪いの中で柔らかく微笑を浮かべる。如何に強大な力を宿した呪いであっても、そう簡単に加護を受けた神聖術師の身を蝕むことは出来ない。 今日この場には、同年同月同日生まれの幼馴染がいる。だから、何処までも支えきって見せる。 「強敵でございますね……されど、精いっぱいご支援致しますね」 シエルは知っている。 未知との遭遇は緊張するもの。なればこそ、癒し手は味方に安心してもらうために、いつもの様に振舞う必要がある。だから彼女はどんな強敵の前でも恐れを見せず、笑顔を見せるのだ。 その想いに応えるように、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は黒銀の脚で大地を蹴ると、マスケット銃の狙いをアザーバイドに向ける。 「全く、この来訪者達は余計な知恵が回る様ね。貴方がどこの異世界からやってきたのかは知らないわ。けれど……そんな事情を斟酌する必要など、初めから全くなさそうね」 最初から話が通じる相手とも思っていない。 話を通じ合わせるつもりも無い。 「下劣にして下等な侵略者風情が。この世界に来た事を後悔させてあげる。恐怖に慄くのは貴方の方よ!」 相手が友好を求めてきたのなら、答えるのにしくは無い。だが、恐怖を撒き散らし、狂気をばらまくというのなら話は別だ。この世界に現れた愚かさを、鋼脚の下で後悔させるまでの話。 そして、ミュゼーヌが引き金を引くまでのわずかな時間に、『不可視の黒九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は壁を駆けて、アザーバイドに肉薄していた。 「世界には醜イモノガアル。正直ニイヤ人間ノ想像力の中ヤ悪意ダナ」 手の中で獲物が千変万化に変わって行く。 「嫌悪スルという事は人間にとって嫌な形をカタドッテイルダケダロ」 もう片方の手で、防御用の短剣がくるりと踊る。 「ツマリお前等は模倣シテルダケジャネ?」 無数に舞う光の飛沫がアザーバイドの部位を貫いた。 「ソレとも姿は元からなく勝手に具現化シテシマウダケナノカ」 いつの間にやら瞬時にバックステップで距離を取り、敵の攻撃を躱すリュミエール。 今の彼女の動きを捉えることなど、そう簡単に出来はしない。ノロマな触手如きではなおさらだ。細かいフットワークで敵の動きをかく乱しながら、次の攻撃の準備に入る。 しかし、アザーバイドも黙ってはいない。その巨躯を動かして、重量を持った足を振り下ろす。 それはリベリスタ達も同様。 戦いが始まった以上、恐れている暇などありはしない。一斉に攻撃を開始する。 そんな中、『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)は、ふと足元に転がる人間の腕に気が付いた。何かを掴もうとして届かなかった、老人の腕。 (結果が『これ』じゃ博士は絶望したかも) 生き残りはいない。既に聞いていたし、仲間の反応を見てもそれは間違いない。 その上で、絶望しながら死んだのだろう。 でも、 (私は『そうではない』と伝えたい。いえ、『そうでない結果』にしたい) だから、沙希は破邪の光を戦場に呼び込む。 運命を閉ざし、人々を惑わせる闇を打ち払うために。 ● 派手に土煙が巻き上がる。 アザーバイドの足が大地に叩きつけられたのだ。それがもしぶつかったのなら、人間などたやすく血だまりへと変えられてしまうだろう。 しかし、そんな過酷な戦場でギリギリの綱渡りを行うようにリベリスタ達は戦う。 「人類だが、舐めんな!」 「グニャグニャとうっとおしい……千切れ飛べ!!」 闇の中に火線が閃いた。 アザーバイドの本体への道を阻むように並ぶ触手の群れに、リベリスタの攻撃が突き刺さる。あらん限りの力を以って、リベリスタ達は道を切り開いていく。 「ウォォォォォォォ!」 雄叫びと共に疾風は周囲を取り囲む触手の群れを薙ぎ払っていく。彼の冠する名の通り、疾風の速さで雷撃の武舞でアザーバイドに挑みかかる。相手が強大な存在であることは分かっている。それでも、退かないからこその『ヒーロー』なのだ。 希望の光がある限り、人類は負けないことを彼は知っている。 「絶望はしない。人類を舐めるなよ!」 「我願うは星辰の一欠片、その煌めきを以て戦鎚と成す。 我が手の指し示す導きのままに敵を打ち、討ち、滅ぼせ!」 キラキラと輝くオーラを纏い、超高速で双葉は詠唱を紡ぎ上げる。星辰が鉄槌と化してアザーバイドに降り注ぐ。原生生物のようなタフネスを持つアザーバイドではあるが、さすがにこの一撃は堪える。 「これが私の全力全開、一気に押し通すよ!」 『魔法少女』とは人々を幸せにするもの。 本音はちょっと恥ずかしいが、世界を護るためならば我慢は出来る。 その甲斐もあって、わずかずつリベリスタ達の道が拓けてきた。リベリスタ達の攻撃力は、アザーバイドの再生速度を上回っている。もっとも、それをやすやすとリベリスタの動きを見過ごす程、相手も甘くは無い。再び呪いがリベリスタ達を呑み込んでいく。 しかし、その中で沙希はすっと目を細める。 (戦闘の結果がどうなるかなんてわからない、運命の女神はきまぐれなんだもの) 嗚呼、でも……。 (力を尽くせば『理不尽な異生物』を撃破できないこともない筈よ) 呪いの力が沙希の身を蝕むことは出来ない。だからこそ、彼女はこの戦場において戦線を維持する切り札足りえた。アザーバイドが如何に兇悪な呪いを宿していようと、彼女の力はそれを払うことが可能なのだから。 故に、アザーバイドの抵抗もリベリスタ達の足を鈍らせるのが限界だ。 アザーバイドが部位の再生を行おうとするその隙を、福松は見逃さない。 「見せてやる……深淵の闇で尚煌く、星屑の煌きを!」 福松の叫びに応じて、星の力を帯びた魔剣が姿を現す。名も知れぬ、しかし輝き褪せることない星々の力だ。 「お前の闇、オレの剣で切り裂く! 消し飛べぇぇぇぇッ!!」 「ゴ、ゴォォォォォォォォ!!」 リベリスタ達はアザーバイドが悲鳴を上げる声を聞く。だからこそ、その隙を逃さずに華は仕掛ける。 「こっちだでかぶつ。お前の相手は俺だぜ?」 覚悟を秘めた表情で、華は思い切りアザーバイドの殻を踏み締める。 自らの傷を厭わない彼の戦い方は、多分に彼自身の身を苛む。しかし、だからこそ理解を越えた超越者にもその存在感を刻み込む。 「俺は恐怖には屈しない。誰かの不幸を作らない為に俺は力を強欲に欲し、貪欲に使う」 魔力の剣を掲げる華に、アザーバイドは反撃を仕掛ける。それこそ、彼の狙いだった。自分は1人で戦っている訳でもないし、戦える訳でも無い。それでも仲間がいる。自分が時間を稼げば、その分他のみんなが力を振るえるのだ。 ただ頼っているのではない。『信じて、頼っている』からこその戦い方だ。 「ナァお前等の世界で一番速い奴ッテドンナヤツナンダ?」 触手の隙間を駆けまわり、光の飛沫を撒き散らしながらリュミエールは着実にアザーバイドの動きをかく乱していた。 彼女が制するのは、速度のもう1つの側面。瞬間的な速度の領域だ。 その小柄な体に雷が走る。その時、速度は究極の域にまで達する。 「異世界カラ御伽の世界まで加速シロ、私ハ誰ヨリモ速いノダカラ」 謳い上げるような言葉の通りに、リュミエールは何処までも加速していく。 並みの者には彼女の姿がいくつにも分かれたようにしか見えない。いや、手に握る武器の性能もあって、「異なる武器を使うリュミエールの群れ」に見えるはずだ。 その超高速からの攻撃。 リュミエールは「これしか出来ない」と言うが、ここまで研ぎ澄ませたのなら破れる者はそういない。証拠に、アザーバイドの攻撃は分身を破壊するにとどまっていた。 露出した本体への道を阻むものはもう無い。 「恐怖神話だか何だか知らないけど、所詮は一介のアザーバイドでしょう」 アザーバイドの甲殻をミュゼーヌは鋼脚で踏みつける。 彼女に信じる神は無い。元の信仰すら、神秘の存在を知って捨ててしまったのだ。そんな彼女がわざわざ邪悪な神を畏怖し、崇拝する道理は無い。 「こんな邪教の存在など……畏れる理由は何処にもないわ!」 そして、腰を落として狙いをつけるのは、アザーバイドを構成する機械部分。 神を信じない、奇跡も当てにはしない。ただ、自分の中の鋼が確かな「固定」として勝利への道を示してくれる。 「貴方、その機械がなければ現界出来ないんじゃないの?」 放たれる死神の弾丸。 それが機械にぶつかると火花が放たれた。 その時、暗闇に浮かぶ牙は大きな悲鳴を上げた。この世のものとは思えない痛苦の呻き。それは大きく戦場を揺らす。紛れも無く、アザーバイドに王手が決まった証拠だ。 「言ったろう、人間舐めんな!」 全身を血に染めて、華が立ち上がる。 普段は鬼になり切れない彼だが、今日は違った。鬼のような形相でアザーバイドに向かって立ち上がる。 「お前が飲み込んだリベリスタの命の分、苦しんで死ね、ガタノトーア・アバター!」 運命の炎を燃えていく。そして華は全身全霊渾身の力を込めてその身をアザーバイドに叩きつけた。 「覚えておけ、俺は復讐者だ!」 華だけではない。リベリスタ達の全力の刃が、絶望という名の闇をこじ開け、運命に道を切り開いていく。 「抗う力さえもない人々を護る為にこの力はあるんだ!」 「喰らえ、神代の大蛇の牙を以って!!」 羅刹と化した疾風が一撃二撃と攻撃を重ねていく。そこには反撃の暇も存在しない。 敵のそれにも負けない黒いオーラを纏い、福松は一撃を見舞う。悪神を食い尽くさんがために。 アザーバイドは抵抗せんと残った力を振り絞る。その時、清涼な詠唱が戦場に響く。 「紅き血の織り成す黒鎖の響き。 其が奏でし葬送曲。 我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 そう、アザーバイドの抵抗は既に封じられていた。 双葉の呼び出す黒鎖が、取り囲む触手の群れを拘束していたからだ。 リベリスタ達の攻撃はみるみるアザーバイドの体力を削って行った。その中で、シエルは決意を固める。 「この好機……逃す訳には参りませぬ……」 シエル自身が語るように、彼女は元来癒し手だ。だが、その魔力は破壊の力にも通じる。本来であれば仲間の支援に注心もしようが、今はその力を攻撃に向けるべき時だ。 何かを護るために何かを傷付ける。それは世界が孕んだ大いなる矛盾だ。 それでも、シエルはその翼を止めようとはしなかった。 「魔風よ……濁流となりて敵を呑み込んで!」 魔力の風が渦となってアザーバイドの身を包んでいく。 そして風がやんだ時、そこに残っていたのは壊れたガラクタの山だけだった。 ● 最後まで生き残りの捜索に当たっていた疾風が基地を後にする。基地の捜索は、アザーバイドによる被害の程を証明するものに終わった。 被害をここで留めることが出来たというのが最大の収穫だろう。おそらく、アザーバイドが解き放たれたら起きる悲劇はこの程度では済まなかっただろうから。 しかし、沙希の考えはやや違った。 (今回は世の理不尽が如何に容易に起こるかを再認識させた。でもそれを撃破出来た以上、博士の研究は無駄ではなかったわ) 現場に残っていた資料はあのアザーバイドの憑代に関するもの。決定打足りえはしないが、それでも多少の手掛かりにはなるはずだ。それに沙希は信じている、箱舟は今回の事件を通してより強くなると。 (……そう思うのは独りよがりな傲慢かしら?) ふと振り返って、基地の暗がりを見つめる沙希。 暗闇は何も答えなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|