● さらさらと流れる千歳緑の水面が太陽の光を反射して美しく輝いていた。 なまこ壁と掘割の白さは揺蕩う透明な冷たさと相まって一湊を際立たせる。 山に囲まれた盆地は山陰の小京都と呼ばれるに相応しい調律の取れた町並みだった。 アルパイン・ブルーの空を稜線の常磐色が分断する。それは緩やかな斜面を下り、かつての城下町へと裾野を伸ばしていた。樺色と藍鉄の瓦が各々の屋根の上に散りばめられている。 白壁の堀割に鯉が優雅に泳いでいた。観光客から貰う餌で肥大させた身体をくねらせて。 ゆらり、ゆらり。 紅白の模様が通り過ぎた場所、その奥底に石垣の隙間が見えた。 硝子か何かが挟まっているのか構造色にも近い色合いで太陽の光を反射しているように見える。 そこから地下水がしみだしているのだろうか。 ゆらり、ゆらり。 色取り取りの鯉が隙間を跨いで行く。自身に降りかかろうとする運命等分かるはずも無いであろうが、最期の一漕ぎをゆっくりと泳いで紅白模様の鯉は呼吸を止めた。 それはきっと彼にとって幸せな事だったのだろう。 大きな瞳が写しだした際の光景は隣の仲間の身体が膨れ上がり、異常な色を発した所で途切れたのだ。 夕暮れの陰鬱な陽光に翳りが落ちた時、唐突にそれらは訪れた。 美しかった景色が、冒涜的で名状しがたい色彩に覆われて往く。 膨大な資料から読み取れる記述では数ヶ月の進捗で進んでいくのであろうその事象。 時間を断絶して貼り付けたかのように、一瞬で美しい小京都は悲鳴の色に染まる。 町を覆う忌々しい影は、吐き気を催す醜悪な気配に淀み、邪悪の権化を祀るに相応しい様相を呈している。 何より特筆すべきは、目を背けたくなるような異常な色彩を帯びた光り輝くもの。 およそ此の世のものとは思えないスペクトルを持つ――異世界から墜ちてきた色彩。 掘割の鯉は燐光を纏い、餌を与えていた子供の腕までも引きちぎった。 何処からとも無く腐った溝の様な悪臭が染みだして、鼻孔の機能を麻痺させる。 鼻が良い動物達はだらし無く泡を吹いて汚らわしい世界から離脱をしていた。動き回っている別の犬や猫は濁りきった瞳を人間へと向け、或いは、何処か遠くへ走り去りながら鳴き声を木霊させる。 石蕗の葉は悍ましい光を放ちながら、狂った様に蠢いて人間の四肢を這い回り、経口から押入って忌避すべき事態へと展開していく。 燐光は血腥い色に雫を落とし、醜悪な吐瀉物と内容物を睨めつけるように自身をその中へと叩きこんだ。 ● オルクス・パラストの要請を受けて赴いた漁村での調査依頼で示された異世界の神を名乗った存在――『ラトニャ・ル・テップ』という少女との遭遇。 ペール・ブルーの髪を揺らした少女はあどけない仕草で『遊び相手』を選定した。 彼女の存在は『恐怖神話』に語られる『ニャルラトテップ(それそのもの)』ではないが、物語が真実を口伝のように伝えている可能性は否めない。部分的にそれに近しい存在なのかも知れない。 むしろ、それを否定したい気持ちはあるが、実際の所の正体が完全に判明したわけではない。 しかしシトリィンの追加調査によればあの可愛い少女ラトニャは、フェイトを有するミラーミスであり、バロックナイツの一員、厳かなる歪夜十三使徒第四位『The Terror』であると考えて間違いないらしい。 彼女自身も過去にラトニャと遭遇、当時のリベリスタ組織『クラウン・アクト』が壊滅する大敗を喫した事があるとの事だった。 今回、同時多発的に発生している事件にはラトニャの影響が強く疑われている。 彼女がアークに強い関心を持っていることは間違いないのだから。 そして―― 「万華鏡の感知タイミングが遅れてるって、どういうことだ!? 日本国内なのにか」 ブリーフィングルームにリベリスタの驚声が響き渡る。 「……はい、ごめんなさい」 アークの白姫は今もまだカレイド・システムの中に入り込んでいるのかもしれない。 何の前触れもなく生じた異変。あまりにも唐突な事象にフォーチュナ達も焦っていた。 前線で戦うリベリスタの役に立てる唯一の場所なのに、それを取り逃がすということは自責の念を夢見に負わせる事になるのだろう。特にいまリベリスタの前に立つ少女はそういうタイプだ。 海色の瞳を少し伏せ『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)はぐっと拳を握ったあと言葉を紡ぐ。 「原因と見られるアザーバイドそのものは町の西側に位置する、太皷谷稲成神社の敷地内の井戸に存在しているようです」 美しい小京都を一瞬にして名状しがたい忌々しい色に塗り替えたもの。 異世界から墜ちてきた色彩。 「それから、周りに存在する動植物がエリューション化して暴れています」 資料に印刷された町の地図に赤い丸印が4つ書き込まれていた。 津和野駅、殿町通り、郷土館前、そして、山の上にある太皷谷稲成神社の4箇所。 「これは、つまり……一般人を避難させながら神社に行けってことだよな?」 「はい。しかし、急いで神社にいるアザーバイドを倒さなければ地下水の流れに従ってこの町より広域へと侵食が進んで行ってしまうんです。時間が、ありません」 水脈の流れは繊細でどこへ行き着くか綿密な調査をしなければ確かめることは出来ないだろう。 しかし、被害が甚大になることは火を見るよりも明らかである。 「じゃあ、真っ先にそいつを倒せば良いんじゃないのか?」 「はい。それも一つの手だと思います。しかし、アザーバイドはこの町全体の増殖性革醒現象を強く誘発するみたいなので、気をつけてください」 どうやら、簡単には物事は進まないらしい。 大を救う為に小の犠牲を切り捨てるか、小も大も救う手立てを見つけ出すか。 非常に危険な状態だがリベリスタならきっと惨状を打開してくれると信じて、なぎさはイングリッシュフローライトの髪を揺らしながらリベリスタを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月21日(水)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 山陰の小京都と呼ばれた津和野町の駅前に降り立ったリベリスタは、目の前に広がる光景がおよそ信じられない酷い色に染まっている事を知ることなる。 空気は淀み滞り息を吐くのでさえ躊躇われる臭気が身体に纏わり付いていた。 戦場特有の張り詰めた物ではない、気色の悪いヘドロの様な臭味と燐光。 横たわる人の形をした『モノ』は一瞬前まで人生を悩みながらも幸せに生きた人間だったのだろう。 この津和野の地に来たのは観光目的だったのか、日常を過ごしていたのか。 「……っ」 思わず目を背けたのは『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)だった。 観光客がまばらだとはいえ、其処に住む住人は数千人単位で存在しているのだ。被害がゼロなんて夢のまた夢だと。少年は苦しげに吐き出す。 「それでも……足を止めてはなりませんね」 いま、取捨選択を躊躇することは、許されないから。およそ人では無くなったものの横を通りすぎて歩みを進めた。 「厄介な事に今回の敵は時間の経過で増えます。時間との勝負です、迅速な討伐を目指し頑張ります」 自分の行動を確認するように『魔術師』風見 七花(BNE003013)は言葉を紡ぐ。 彼女のモス・グリーンのマントが生ぬるい風に靡いた。 ――ふむ、一般的な風景とは全く違った光景ではありますけど、ある意味色彩豊かな世界になってはいるんですかな。 いつもの仮面とフードを剥ぎとって黒のバイキングキャップを被っている『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)はカーマインのような赤い瞳で名状しがたい光景を見渡した。 「まあ何はともあれ、生き物まで汚染されるのは困りますからな。急いで退治に行くとしましょうか」 飄々とした風体をターメリックのスーツが覆っている。 「嫌だぁー!!! 何なんだよぅ、ううあ!?」 「ひぎゃぁ!」 「……やめてやめて」 怒号と悲鳴は駅前の広場に反響してビリビリと空気を震わせた。 理解など到底出来ない事象を目の前にして冷静に居られる一般人がどれだけいるのだろうか。 さりとて、パニック状態の人々を救うためには――今は、今だけは 「進まなきゃ」 赤を纏う『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)はすぐ側で足を縺れさせ転倒し泣いている子供を素通りして敵へと向かう。 「ぅぇええん、お母さん、ど、こっ、なの」 ――ごめんね。はやく終わらせて、絶対に助けに戻るから……! 「アッパーユアハート!!!」 キャンパスグリーンの瞳が敵を射抜く。それは怒りを投影する旭の拳だ。 敵の知能はそれほど高くはないのだろう。敵意を持って現れたリベリスタへと攻撃の矛先が向かう。 旭へと移動を開始した犬型のエリューション。 「絶対倒してやる!」 心から湧き上がる怒りの奔流に身を任せて敵の側面を瀬織津姫の剣先が貫いた。水と破邪の姫神の名を冠した古い太刀を振るうのは『スターダストシュヴァリエール』水守 せおり(BNE004984)だった。 夕日に照らされてもなお、彼女の手元を覆うパライバブルーは鮮やかに輝いている。 その剣先の向こう側、死神を従えた血の赤『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)の唇がニヒルな笑みを浮かべていた。 「不法投棄か」 人間に害を成す目の前の異常なる者達は言うなれば『悪』なのだろう。否、それらの者達がどう思おうともロアンの定義する『悪』であるのだから「殺して」然るべきであるのだ。 「きっちり掃除しないと」 無慈悲な三日月が敵の首元に絡みついてバラバラに切り裂いていく。 井戸にエリューション……。増殖性革醒現象を強く誘発するなんて、本当に厄介ですわ……。 『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)の思考に並行するように『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の声もこの醜悪な光景に厭忌の意図を示した。 ついには町一つを巻き込んだか。つくづく厄介なことをしてくれるな、バロックナイツ第四位とやら。 しかも向こうから手を出してくれるとは……。 シャンパン・ゴールドとディープパープルの瞳が月の女神の加護を纏って色を増していく。 「場所が限られているだけまだ救いか」 「そうですね。今はまだ増えて居ないみたいです」 光介のホリゾン・ブルーの瞳には通り、郷土館、神社までも見渡せているのだろう。 ただ、この先はどうなるかは分からない。時間が無いのは明確であった。 七花の黒の楔がアプリコットの空色を穿ち、エリューションを地面へと縛り付ける。そこへ狙いすまされた九十九のアイビーグリーンの銃弾が降り注いだ。 「さ、飛ばせる所まで飛ばしていこう」 ロアンの掛け声と共に一斉に車へとリベリスタは乗り込み小京都のメインストリートへと進んでいく。 ● 「凶暴な熊が出たので自宅に避難して下さい」 櫻子の物腰柔らかそうな容姿に促されて、老夫婦が一軒家の中へと入っていった。 「熊が出たよ、建物から出ないように!」 神父の様な服装をしたロアンの声は通りに面した教会と相まって相当な説得力を有している。 観光客はわけも分からず教会の中へと走っていったのだ。 通りでの戦闘は既に開始されている。地元の少年から見て50m程離れた場所に居る存在が熊なのか。彼にはよく分からないけれど、それは本能に呼びかける恐怖として認識するのなら、熊と同等かそれ以上の疑懼を持っていた。 「ここから離れて! 早く!」 光介の声に気がついた少年はぶるぶると震える足を脅威とは逆方向へと向ける事に成功した。 細かく説明する時間も惜しんで神社へと邁進するリベリスタ達の行動は間違っては居なかったのだ。 ここで詳しい状況の説明をして『安心』などさせてしまえば少年なりの『好奇心』が芽生えていたのかもしれない。何よりも強大な『恐怖』のまま逃してしまえたことは、正しかったのだ。 その場に居続けるよりはマシと信じた光介の願いはきっと、この場では最良であった。 「ご愁傷様、運の無かった己を恨め」 ホワイトペール・ラベンダーの髪が風に揺れる。 通りと郷土館を後にしたリベリスタが山道に差し掛かった所で現れたのは、増殖性革醒現象で誘発されたエリューション達だ。 櫻霞のエンジェル・ブルーの弾丸が元人間だった異形の頭を破裂させる。 犬型のエリューションが2体と人型のエリューションが1体。きっと、学校から帰ったその足で犬の散歩に出かけたのだろう。血に濡れたセーラー服がゆっくりと倒れていく。 効率良く連携の取れたリベリスタ達の行動は町中のエリューションを数ターンで撃破していた。 山道から続く神社への階段から見下ろす津和野の街はじわじわとその色を貶めていく。 自分の手番を消費して現時点での街中に居るエリューションを観た光介。 逃げ惑う人々と各所に点在する敵の姿。現場は悍ましき悪夢の様な地獄へと変わっていくのだろう。 現時点で両手足の指の数より多いことは明白。 ――効率良く助ける。つまりは効率良く見捨てる。 何度も何度も経験してきた事なのに未だにこの胸を苛む刺を消すことはできない。 否、これを手放してしまえば境界線の青はその色を消失させてしまうだろう。 「冷たい話では有りますが。大元を倒すのが、一番被害を少なく出来そうなんですよな。ここは避難よりも討伐を優先させて頂きましょう」 九十九の正確無比な射線は最後の犬型エリューションを仕留めていた。腰につけたフォルダにギュリと得物を収める。 「ようやく本陣かな?」 境内までの階段を登り切ったリベリスタは神社の片隅に作られた井戸へと注視した。 其処には目を背けたくなるような異常な色彩を帯びた光り輝くもの。 異質なスペクトルを有した浮遊物体が吐き気を催す液体を井戸の中へと注ぎ落としている様。 ビチャビチャと水音が井戸の中に反響している。 効率良く戦闘をこなしてきたリベリスタとはいえ、体力は全快にしろ連戦の連戦に精神力は半分ほどに削られていた。 「まだ、気づかれていないようだね」 ロアンの問いかけに旭が答える。2人は眼前の『色彩』に集中を始めた。 七花はふと井戸の反対側、本殿のある方向へと視線を動かす。それは、本能が示すサゼッションだったのかもしれない。 気づいた時には七花の足は地面を蹴っていた。 ザリ、ザリ、ザリ。 世界の速度が遅くなった様に感じられる。脳内の神経系がそう錯覚を起こさせているのだ。 もどかしい。この一歩がもっと速く進める事ができれば。 自分自身が戦闘では後衛のポジションであり、前衛職と比べた場合その耐久力に歴然とした差があることは、七花は明確に把握している。 さりとて、バールリン・ブルーの藍黒の瞳はそんな瑣末な事に囚われてなどいなかった。 彼女が風を切りながら手を伸ばす先。 本殿から這いずる様にして逃げてきた住職とそれを弄ぶように追いかける烏のエリューション。 モスグリーンのマントを翻して七花は生き残っている神職を庇いに出たのだ。 それに追従する形で敵陣の只中に飛び込んだのは、水仙の家紋―― 「水守が一の娘、せおり。推して参る!」 パライバブルーの鱗光を讃えて天ツ國の太陽女王を振りかざし、住職へと爪を伸ばす敵へと全体重を掛けた太刀筋で衝戟する。 何か分からないけど、このエリューション達を見ているとイライラしてくる! 湧き上がる衝動を怒りと表現していいのか、せおり自身が混迷していた。 少し前から急激に増大した力は革醒した当初の様に、受け皿としての彼女自身の精神に大きな影響を与えている。 記憶が恐怖を覚えているのか怒りを発露しているのか。 せおりには未だ暗闇の中を泳ぐ迷子の人魚の様に倉皇な泡に包まれて煽られていた。 ただ、言えることは。目の前の敵を倒さなければならないこと。 「いったい! 何がしたくてやってきたんだ! お前たちは!」 戦っている間は恐怖から少しだけ逃れられるということ。 「このっ! 吹き飛べ!」 せおりの少女らしい声が太皷谷稲成神社の境内に響き渡った。 ● 「――っうあぁ!!!」 「せおりちゃん!」 たった一人で陣形を崩すということは、それだけリスクの高い行為である事を人魚は識っていただろうか。 受け継いだ記憶はあれどせおりの実戦経験は殆ど無いと言っていいほど無いのだろう。 敵に囲まれてしまった蒼の少女を助ける意味でも、クリストローゼの聖母の判断は剴切であった。 旭がロアンをサポートするための行動を基として撃ち放ったアッパーユアハートは、敵の総攻撃を受け運命を既に消費してしまったせおりをも救ったのだ。 そして、旭へと向かう6体のエリューションを横切って黒の法衣を纏ったロアンは駈け出した。 「景観条例って知ってる……訳ないか。君みたいなきったないゴミには、和の心は分からないよね」 セレスティア・シルヴァの長い髪を後ろに引きながら、最上の血の石を冠した男は異常なる色彩へと覆いすがる。 彼が取り出した三日月の鋼糸は気持ちの悪い液体を垂らして浮遊する物体へと炸裂した。 ビチャリ。 粘着質な水音がロアンの得物に絡みついて白の手袋を怖気の走るものへと変えていく。 鼻孔に突き抜ける悪臭は腐敗した廃棄物の様に彼の本能的な嫌悪感を揺さぶった。 「っ……!」 ふらりと異臭に顔を顰めた瞬間、それはやってきたのだ。 虹彩を焼きつくす常軌を逸した光がロアンの至近距離で膨大な威力を持って解き放たれる。 脳髄を恐怖と暴力が犯して行く。 「くそっ!」 体力を半分程持って行かれた事は自分自身でも分かったのだろう。 咄嗟に仲間の元へと後退したロアンの肩に、ドンと衝撃が走る。 後ろを振り返ると、仲間が居たはずの場所にアザーバイドが存在していた。 「なぜっ!?」 観測されていない瞬間移動の能力だろうか。万華鏡の感知タイミングが遅れているとフォーチュナが言っていたのではなかったか。 ならば、この不測の事態に対応せねばなるまいとロアンはクレッセントを伸ばした。 「言い残す事は? お祈りでもしてみる? ……赦さないけどね!」 七花は住職を庇いながら山道へと連れて行く。ひとまずは、この生命が救えただけでも良しとして。 仲間の元へと魔術師は駆けた。 「焼き尽くせ、せめてもの情けだ」 宵闇にオッドアイの瞳が流線の軌跡を描いて、敵へと降り注ぐ。 櫻霞は恋人を背に隠しながら二丁の『羽根』を羽ばたかせていた。そこから繰り出される弾丸は的確にその急所を狙い撃ち、獄炎の渦へと招き入れるのだ。 その攻撃に重ねるように、櫻子のジャッチメントレイがアメジストの空に閃光を放つ。 「先を急いでいますの、邪魔をなさらないで……」 聖なる光に照らされた不浄なる者達はその身体を焼かれボトボトと体組織を壊していった。 「硬い相手とは相性が悪いんですよなー。取りあえず、邪魔してくる雑魚相手に頑張るとしますかのう」 鈍い音と共に敵に向けられたバレルはハリケーン色。 「とは言え、私の銃の腕がこの敵に通じるか興味も有りますな。さて、上手く当たりますかな」 シリンダーが回転するのに合わせてマズルから飛び出た音速の凶器は櫻霞、櫻子の攻撃に重ね合わせる様に着弾していく。 膨大な威力を持った全体攻撃の三連撃は雑魚を一掃した。 しかし、耳鳴りと共に櫻子と光介の背後に現れたエリューションが3体。 「こっちだ」 「櫻霞様っ!」 近寄ろうとした敵から遠ざける為、櫻霞は櫻子を抱き込んで後ろへと誘導する。 「これ以上近づくな。雑魚が」 ● ロアン・シュヴァイヤーの違和感に最初に気づいたのは戦場を隈なく把握している光介だっただろう。 エルブの息吹はロアンとせおりの体力を回復させたが、状態異常を解いては居なかったのだ。 「旭さん気をつけて下さい! ロアンさんが――」 「え? ……きゃぁあ!」 アザーバイドの目が眩む程醜悪な光に紛れて、旭の身体を切り裂いたロアンの鋼糸。 大好きで大嫌いな赤に全身を染め上げて地に伏した少女は、クリストローゼの運命を燃やしていた。 「ロアン……さん、ダメだよ。私は敵じゃないよ。目を……」 地面へと落ちていく血を見ていると、色々な情景を思い出してしまう。 燃えていく建物、泣き叫ぶ子供の声、血の赤。赤。赤。大嫌いで。 桜の木の下、私を呼んでくれる声、血の色みたいな赤。大好きで。 こんな所で地面に寝転がっている場合じゃない。私には帰らなければならない場所がある。 グラデーションショコラの髪を優しく撫でてくれていた恋人の元に。 「目を覚ましてよ!!! ロアンさん!!!」 旭は仲間を信じて拳を振り上げる。獄炎を纏った鬼拳が少女の手からアザーバイドとロアン目掛けて――激しく叩きつけた。 七花の周りに展開する魔術式はアムブロジアとメドゥーズの二重構造。 円形を基として七花自身が組みやすいように織り込んだ優しい光の曲線と直線は時に重なりあい彼女の呼気に合わせてゆっくりと微動している。 アムブロジアを魔素の吸収に当て、メドゥーズを通る段で分解し、魔術として再構築して解き放つ。 葬操曲・黒の場合魔素になるのは術者の血だろう。 盛大に切り裂いた太ももの傷の回復は仲間に任せて、己はただ眼前の敵を打ち倒すことに専念するのだ。 この場所にはもう一般人は居ないから。 「思う存分行きますよ。死色の交響曲!」 赤黒色の楔がアザーバイドに轟音と共に突き刺さる。尋常ならざる硬度の敵の浮遊状態を地に貶めた最初の一撃であった。 ● 幾許の時間が経っただろう。激闘の末、何方が擦り切れるかの瀬戸際で転機が訪れたのは、敵がいよいよその外装を小さくしていた時のことだ。 七花の黒鎖の応酬が幾度目かのダメージを与えた直後。 「はてさて。その硬い外装はそろそろ取ってもらえませんかね」 九十九がハリケーン色のトリガーに手をかける。リボルバーのバレルから外殻を繋ぎ止める魔力源を打ち砕く弾丸が飛び出していった。 「ねぇ、さっきは良いようにしてくれたよね。僕が一番したくないことを、さ」 この戦場において誰よりも傷ついてほしくない旭を自ら傷つけてしまった事。 彼の怒りは相当なものになっているだろう。 心の底から沸き上がる恐怖だとかそんなものどうでもいい。そんなものより、彼の中には怒りが渦巻いていたのだ。 「理不尽だって? “カミサマ”ってそういうものでしょ」 強い怒りを覚えてもなお、冷静さを失わずに集中した戦略的な導きはロアンへと流れこむ。 運命をチップに、理不尽な引きで理不尽に勝つよ。 「さあ、言い残す事は? お祈りでもしてみる? ……今度こそ、赦さないけどね!!!」 運命のダイスは絶対命中の閃光を二回も引き当てて長い戦いにピリオドを打ち込んだのだ。 しかして、まだ山陰の小京都の危機が過ぎ去ったわけではない。 「勝って兜の緒を締めよです、全力を尽くします」 七花の声と共に神社を後にしたリベリスタ達は郷土館まで戻った後、二手にわかれた。 大を生かすために小を殺す。 大義名分を並べようが、世界は犠牲の上でまわっている。全てを救うなんて不可能なんだ。 連戦と長期戦、更には殲滅戦を経て鑑みた被害は最小であったのだろう。 櫻霞の前に並べられた遺体はこの街の住民のごく限られた人数だったのだから。 これが最善、最良。 ――此処で過ぎたことを悔いている時間はない。先はまだ長いんだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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