●独白 その生き方は間違っていると、自分をそっちのけで彼女に教授したのは『天使様』だ。 私もそうなりたいと目を輝かせた『元』リベリスタを笑って否定したのも、そうだ。 抗えぬ結末だったと、笑いながら命を差し出したのも『天使様』だ。 美しく、儚く、強く、優しい彼女の紛い物などがこの世界に満ちてはならない、生きてはならない。 そんな事――あの人の言葉を借りなくても僕はとうに知っている。 始めよう、忌まわしい物を駆逐する聖戦を。 ●汝英雄となれずして散れ 「ミキ、そっち行ったよ!」 「分かってる! サヤ、アカネ、横から行って! クミは魔曲!」 「オーケーオーケー、任せておいて!」 「狙いは、ばっちり。いける」 「これで詰んだわねー。ミキ、あとはお願い」 それは世界の裏舞台、常に続けられてきた戦いの一幕。運命の悪戯は幼い子らもこぞって戦場へ送り出し、 年端もいかぬ子ですら異分子として駆逐する。ありふれた当然の戦場だった。居並ぶ少女は五人。その誰もが整った顔と居住まいを崩すこと無く、優雅な翼をはためかせ、当たり前のようにそうしてのける。 そこに気のてらいは一切無く、一挙動ごとの連携は優美とも言える。……飽くまで、それは駆け出しレベルであるけれど。 やがて、布陣の中から顔を出したのは一体のE・ビースト。ミキと呼ばれた少女の大剣がそれを貫いたのを見て、周囲四人は安心したように息を吐いた。見れば、その身は満身創痍。 布陣や戦いに慣れたとしても、彼女たちに戦いを教える人間はなく、荒削りな生き方を迫られる。 少女達が安堵のため息を吐き、聖なる力を纏った少女――カナが面々に向かって翼を広げた時、その異常は始まった。 「紛い物が」 血を吐く様に、毒蛾を踏みつぶすように、冷徹な声が夜に散る。直後、カナの翼は歪に折れ、彼女自身も地に叩きつけられた。地面に的確に着地することが出来なかったカナは息がつまり、動きが取れない。そして、声の主とは違うであろう、黒い影が彼女の傍らに歩み寄り、軽く虫を潰す様に、カナの心臓を貫いた。 「カナ――っ!?」 「何で、何で飛べないの? おかしいよ!」 「そんなこと言ってる場合じゃないよ、あれは敵――エリューション……じゃ、ない?」 眼の前の惨劇を前に、少女達は異変に気付く。飛べないのだ、自身達も、また。カナは翼を折られて落ちた。自分達の翼は健在なのに、飛べないのだ。そして、その影の更に奥から現れた相手は、人を辞めたノーフェイスなどでは断じて無い。自分達と同じ、フェイト保有者。 「こんばんはさようなら、『エンジェリカ・レイン』の少女達。僕は君たちが嫌いだ。具体的には、その翼が嫌いだ」 「……なんで、視えるの? ちゃんと、幻視を、いいえ、それ以上の対策を……」 歩み出たのは、恐らく若い男だった。手にはブレードナックル。軽易な装備ながら、その実力が自分達とはかけ離れたものであることは窺い知れた。更に恐ろしく感じるのは、その傍らの黒い影。少なくとも、男と同等の実力を以てそこにいる。カナを刺したのはこいつだ。 「そういう能力だからね。そして、君たちが飛べないのも、そういう破界器があるからさ」 「は、かいき……何、それ」 「ああ、そうそう」 問い返そうとしたミキは、しかし影が飛びすさった先に視線を釘付けにされた。 カナは死んだ。何度か、過去に運命に抗ったこともあった。だから大丈夫そう大丈夫のはずなのに―― 「その子はもうノーフェイスの仲間入りだろうね。出来れば、彼女と一緒に仲良く死んで、出来れば成って果ててくれないかな」 更に、人影。今度は確実にフェイトを持った存在。目の前で変質するカナと、それでも狙ってくる男と。 ミキだけではなく。他の三人もまた、心の翼が折れる音を聞いた気がした。 だが運命は未だ残酷。男に抗うだけの余力と、絶望するに値する体力を彼女たちに残し、遭遇戦の戦端は切って落とされる。 ●翼を拾い上げろ 「――アイドルグループ『エンジェリカ・レイン』。売り出し中のアイドル、といったところでしょうか。デビューしてそう日は経っていませんが、詳しい方は存じ上げていると思います。見覚えは?」 そう水を向ける『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)に対し、リベリスタの一人は少しばかり考える。確かに、そんなアイドルの話を聞いたことがある気もするが……。 「彼女達は、リベリスタとしても相応の活動をしていた模様です。どうやら、五人が五人、同時期に革醒したフライエンジェであり、超幻視によってかろうじて表舞台からその素性を隠していると見られます。彼女たちの活躍もまた、知る人ぞ知るレベルではあるでしょうけれど――彼女たちは、頑張っていました」 不意に言葉に詰まる和泉。過去形。この様子から、真っ当な依頼でないことは理解できる。 「『ツァラトゥストラ』、対フライエンジェ制裁部門『フォール・エンゼ』のターゲットとして彼女達が選ばれ……結果として、少なくとも五人中一人は救えないことは確実です」 静かに、しかしはっきりと告げた彼女の言葉は重い。それは、一人の命を切り捨てることは確定した未来、ということだ。 「『エンジェリカ・レイン』の五人……デュランダルの『ミキ』、ソードミラージュの『サヤ』と『アカネ』。マグメイガスの『クミ』、そしてホーリーメイガスの『カナ』。五人は、フェーズ2のE・ビースト討伐後に襲撃を受け、カナが殺害され……フェイトを失い、ノーフェイスと化します。残りの四人も抵抗はするでしょうが……生き残ることはほぼ絶望的だと断言します」 「馬鹿言え、彼女たちはフライエンジェなんだろう!? 仮にカナを見捨てることができれば離脱くらい」 「出来ないんです」 語調を荒らげたリベリスタに対し、和泉は淡々とした口調で言い切った。できない。不可能である、と確実に断言した。 「組織、というよりその統括である『日下部 幹保(くさかべ みきやす)』の持つアーティファクト、『翼喰い』の効果で、戦場に於ける飛行に関わる能力の殆どはキャンセルされ、無理に行使しようとすれば強引に地面にたたきつけられるでしょう。落下制御が出来ない場合、それだけで大きなダメージを受けかねません。 それに、彼自身も相当な実力者です。彼女たち四人が、仮にカナの襲撃を加味せず攻撃に転じても、ほぼ確実に敗北するでしょう」 「そこまでの実力者なのか……!?」 「少なくとも、相当なものです。ただ、彼女たちの敗因はそれに限らず、フライエンジェとしての特性に頼りすぎたことによる戦術瓦解の向きが大きいですが――どちらにせよ、このままでは彼女たちに生存の目はありません。できることなら、『エンジェリカ・レイン』全員の生存、加えてノーフェイス『スザキ カナ』の討伐を優先します。日下部の生死は問いませんが、いずれまた襲撃を受けることを加味すれば、無力化はしておきたいところです」 言い知れぬ不安を抱きながらも、リベリスタ達は和泉の強い視線に押され、戦場へと向かう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月10日(水)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●墜落する幻想の夢 誘う様に翼を広げる彼女の幻影。高く高く飛び上がったのは、或いはそれが自分にとって不利であることを知っていたからこそ、そうしたのだろうと今なら分かる。あの人の飛行は逃避ではなく自己犠牲の顕在化であった、などと。今更ながら理解した。 だから、彼女たちの翼に込められた指向性の何と下品で貧相なことか。幾度と無く繰り返してきた作業を、今夜も僕は違えない。 「それが、貴方の理由ですか。……認めなくてはなりませんね、『ツァラトゥストラ』の皆さんには、一人ずつ理由があることを」 「アイドル苛めて悦に浸るとか変態さんですかー? 好きとか嫌いとかで暴力振るう人って格好悪いですよっ」 影人に動きを同期させ、一足で飛びかかろうとした日下部の動きを牽制したのは、『A-coupler』讀鳴・凛麗(BNE002155)の心中を見ぬいた言葉と、『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)の明確な挑発だった。だが、事態はそれだけに留まらない。戦場を駆け抜ける一節の歌声と、『エンジェリカ・レイン』を含め、包む金色の守護の光がその場を覆い、一瞬の静寂を呼び込んだのだ。 「後は私たちに任せて~、なの~」 「カナさんは、私たちが――休ませるから」 お互いの役目を果たしつつ、『食欲&お昼寝魔人』テテロ ミ-ノ(BNE000011)と『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が並び立つ。悲しみを表に出すことを嫌うウェスティアではあるが、この状況下、言葉を選ばねば戦う決意すら揺るがせる状況下に於いて、隠し通せる感情ではないことだって、彼女自身は気づいている。故に隠さない。それが自身と『エンジェリカ・レイン』に対する礼儀と思えば尚の事。 「君たちには二本の足があるだろう。立ち上がれ! アイドルなら不様を見せんなよっ!」 「休ませるって――」 声を張り上げ、『素兎』天月・光(BNE000490)が叫ぶ。クミに肩を貸しながら離脱を促す光だったが、応じたミキの声は心なしか、正気を逸脱したそれであった。常であれば、状況に流されたかと驚きもしないであろう場面だが、しかし、続いて刃を構えた彼女と、その肩から飛び去った鴉を視界に納めてそんな単純な判断が出てくるわけがない。 「そんなことよりも、前に! カナを殺して堕落させたあいつを、私が殺す!」 「勇ましいね。その蛮勇すらも僕は愛おしい。まあ、潰す虫に込める程度のいとおしさではあるんだけれど?」 勝てないという本能と、刷り込まれ、本心に上書きされた怒りがミキの内奥でせめぎ合い、暴れ続ける。かろうじて日下部に飛びかかる愚は犯さないまでも、虚脱状態を抜けだして尚堅実な選択を赦さない。そして、構えを解いてゆるりとした拍手で哂う日下部。リベリスタ達をして不快にさせるその目は、しかしウェスティアと交錯した時、殊更重い殺意を向ける程の有様だ。 「後は私達が相手をします。――退いてください。例え翼で飛べなくても、貴女達はまだ走れるでしょう」 「ここは俺達に任せろ! あんた達は早く逃げるんだ!」 『エンジェリカ・レイン』の前に立ち、影人のナックルブレードと「セインディール」の蒼い刀身をせめぎ合わせる『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)と、日下部に僅かに遅れをとりながらも、その動きの牽制に入ったツァイン・ウォーレス(BNE001520)の叫びが交錯する。堅実であり、誠実である二人の声は、しかしミキを呼び戻すには至らない。自制と興奮の葛藤で身動きがとれない彼女を、安全圏へ移すには機が迫らない――ならば、加害者を止めればいい。 「貴方が決意した生き方を今更否定なんてしないけれど、神すら捨てたあたしが、天使の紛い物だなんて認識は改めさせてあげるわ。その身でね」 「……っ、紛い物が増えるとはね。アークといったかな? 狗堂君と鴻上さんとを止めたって新進気鋭のリベリスタ集団。たしか、そこの子――『二人と会っている』んだろう?」 「あら、エレーナのことは無視するのかしら? 心外ね」 「余所見する余裕なんて、今すぐにでもなくしてやるよ! 狭量な超人様がッ!」 ツァインのブロックで見えた隙を逃すことなく、『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の携えた薔薇の刃が、幾条にも閃いて日下部の肉体を切り刻む。しかし、それでも彼は動揺すらしていない。それどころか、凛麗の存在すら見知っているように視線を向け、ありったけの殺意を叩き込む。或いは、日下部が裏の世界に生きていたならば――そう考えさせるに足る圧倒的な殺意。凛麗が見てきた『ツァラトゥストラ』の誰よりも若く、幼いが故の重い憤りを受け止め、彼女は改めて敵の意思の底の昏さを思い知る。 「やーん、そんな熱い目線向けないで下さいよー♪ ……次は、当てるですよ?」 その怯えを払うように、桜のナイフは日下部の瞼を掠めて過ぎる。敢えて外したと言外に告げ、ノリの軽さと裏腹の重い決意をつきつける。 「早く離れてもらいたいわね。でないとこっちも手間取るから」 「……わたしを、ころすの?」 羽根だった翼はどす黒い翼膜へ、優美だった指先は何者をも貫くであろう長い爪を携えた、運命を刈り取られた少女を前に、苛立ち混じりに『ロストフォーチュナ』空音・ボカロアッシュ・ツンデレンコ(BNE002067)が吐き捨てる。味方の意向である「『エンジェリカ・レイン』撤退後のスザキ カナ討伐」という方向性をして異を覚え、故にカナと対峙した彼女は、しかし自らの意思と周囲との意向との板挟みの中で、確たる結論を出せずにそこに居た。ぼんやりとしたカナの言葉に、殊更苛立ちを感じるのも理解できるというものだろう。 「……カナ、はっ……!」 「いいんだ、君たちが無理をしてまで戦う必要なんてないんだ! ぼくたちを見て判断すればそれでいいんだ!」 ガシャリ、と重々しい響きを伴って大剣が地に落ちる。瞳に涙を湛えたミキの感情を知りつつも、それでも感情で動けなかった他の三人は、光の言葉にうつろながらも懇願の視線を向けた。リベリスタとしてのキャリア、そして戦いに挑む者の意思を瞳に込めて頷いた光に促されるように、少女達は只、逃走する。それが救いであればこそ。 「スピード勝負で、お構いなしなの~っ!!」 大ぶりな千歳飴を抱えつつ振り上げられたミーノの蹴りは、かまいたちを纏って影人へと突き刺さる。リセリアを苛む影人の斬撃に割り込む形となったそれは、その右腕をブレードナックルごと切り飛ばし、後方へと突き抜けた。 「これ以上、好きにはさせない……!」 乾坤一擲、振り上げた刃が月光を弾いて幻を描く。その軌道がそのまま影人の喉元へ食らいつき、一閃。傷を負いながら、リセリアは幻影を切り殺した。 「どうしてこうも『人間』以外を忌み嫌うのですかね……」 「理由が、あるのでしょう。許されるものではありませんが……『その指輪』に頼ってでも達成したかった願いが」 「詮無いことを考えるね、君達は。まあ、答えに近づいたことは賞賛しておくけれど、それだけだよ」 左手薬指。永遠の誓を体現する指に嵌められた簡素にすぎる指輪を狙った『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)と凛麗の一撃は、その狙いを外すことなく突き刺さる。しかし、それでは未だ壊れない。幻想に至った造形物の強度は、それを象った妄執に比例する。 返す挙動で、麻痺を早々に打ち破った日下部が右手を振り下ろす。上天を埋めた雲が穿つ氷の雨は、未だ戦場を離脱していない『エンジェリカ・レイン』をも狙い襲う。 だが。 「あは。桜ちゃん、当てるって言いませんでしたっけ?」 続けざまに破界器を穿つ桜のダガーを避けようと、一拍ずれた陰陽術に精細が僅かに欠けたのは確かであり。 「避けるよ! ぼくに続いて!」 氷雨の危険性を鑑み、回避を勘ひとつで遂行した光の前には、そして彼女が連れる『エンジェリカ・レイン』の前には、その攻撃は当たるまでもない。 「そんなにこの羽がお嫌い? あたしからならいくらでも奪うといいわ、できるものならね」 エレーナは、挑発を織り交ぜつつ次の攻撃の機を待ち、力を込める。 「リベリスタやってアイドルやって……応援しない訳ないだろ?」 ツァインの手から顕在化した光は、全身を凍らせる味方の異常をすぐさまに打ち消していく。 「何とか退避できそうね。じゃあ――」 「わたしは、まだ、しねない」 撤退していく『エンジェリカ・レイン』。正気を失いつつあるカナ。世界の与えた猶予は、リベリスタ達の良心や葛藤を置き去りにして消えて行く。小さすぎる砂時計の砂は落ちきった。運命で抗えと告げる世界に、 「カナ(さん)を殲滅し(休ませ)ましょう」 或いは冷徹に、或いは鎮痛に。空音とウェスティアの声が重なった。 ●堕ちた少女の物語 「君は本当に鬱陶しいね。紛い物らしい生き汚さを感じる……不幸あれ」 破界器『翼喰い』へのリベリスタ達の集中攻撃は、相応の経過を見せていた。損傷は着実に蓄積し、その崩壊を待ち構えるまでにはなりつつある。だが、それを指を咥えて見ているほどに日下部とて無能ではない。 エレーナの頭上を、影が覆う。彼女を守っていたミーノの守護が剥がれ落ち、反撃を期した彼女の一撃が思わぬ軌道を描いて空を切る。合間を縫って召喚された影人が続けざまにエレーナを斬りつけて距離を取り、更なる傷を重ねていく。 他方、カナと交戦するウェスティアと空音も、勝機を掴みつつも確たる勝利には未だ早い。翼膜を震わせ、伸び上がる爪と刃を打ち合う空音は、その躊躇が消えた戦闘能力に驚愕を覚え、早々に撃退できなかった事態にほぞを噛む。リベリスタ達の優しさに罪はない。あるとするなら、日下部にこそあるのだろうが……。 「空音ちゃんをいじめちゃダメなの~っ!」 再びに振り上げたカナの爪、その数本をミーノの斬風脚が刈り取り、蹈鞴を踏ませる。 「上出来よ。これで――」 「――休ませてあげられる」 刃と音とが共鳴し共振し、カナの姿を千々に裂く。膝をついた少女は空を仰ぎ、再びの力を得られないことに絶望する。それが現実であると。自分はすでに運命を手放したのだと。自嘲気味な笑みを見せ、カナの瞳は閉じられる。 「――やれやれ。大分頑張った心算なのだけど、こうも多勢に無勢では面白みもないものだね」 凍てつく雨を眺めながら、日下部は困ったように笑っている。カナ撃退までの間、彼の撃退に向かったリベリスタ達はその何名かが、一度膝を衝くに至っている。影人を倒すこと自体は難しいことではない。一度の被弾を考慮しても、リセリアの近接と星龍の斉射があれば、二十秒そこそこでカタがつく。だが、回復手を欠いたまま時間が経てばどうか。回復に際し、ウェスティアの善戦はあった。が、それを嘲笑うほどに、傷つけることに特化した日下部、そしてその分身の能力は並ではなかったということの証明だ。 だが、リベリスタ達が全く無駄な戦いを続けたかといえば、そんなことは断じて有り得ない。既に、『翼喰い』は半壊し、日下部自身がその能力を一時的に断つ程には消耗していることが見て取れた。 「嫌だなぁ。逃して差し上げるだなんて言ってませんよ?」 一歩、バックステップで回避を試みた日下部の目を、桜のナイフが深く斬りつける。叫びこそあげないまでも、目を覆い唸る彼、その隙が致命的だったのは言うに及ばない。左手を開き、影をまねこうとしたその仕草ごと、朱色の刃が食らいつく。 「君の行いで泣いた人がいる。死ななくてはいけなくなった人がいる。ここで逃がしたら兎義の名折れだ!」 自身の速度のギアを、悲鳴が聞こえるほどに引き上げた光。その全力の連撃が、指先の影を砕き、日下部の息を詰める。 「その悲劇の種は、俺が刈り取ってやる――!」 ぐらりとよろめいた日下部に、ツァインの大上段からの一撃が振りかかる。その一撃が吹き飛ばした先で、『翼喰い』は砕け散り、日下部は声を失った。前動作を無視して自決を試みる彼を縛り付けたのは、言うまでもなく凛麗の気糸の乱舞。どう拘束すべきかを学習した彼女のそれが、それ以上の行動を許すはずもない。 斯くして、日下部 幹保の捕縛とアーティファクト『翼喰い』の破壊、ノーフェイス『スザキ カナ』の討伐は完遂された。リベリスタ側に多くの負傷を呼び込んだとしても、彼らを支える運命が、それを更に支えていたといえよう。 ●再び羽ばたくその日のために 「謝らないで下さい」 三高平総合病院・霊安室前。事後報告に訪れたリベリスタ達、先んじて頭を下げようと前に出たツァインに対し、開口一番そう告げたのはアカネと呼ばれた少女だった。言葉を遮られ、戸惑う彼らに対し、彼女は言葉を続ける。 「ミキは命を落としました。私たちだって、一歩間違えばああなっていた。でも、助けて貰ったからこそ、こうしてミキの死を実感できるし、その死を背負うことができるんです。体すら残らなかったら、きっと」 「この道は安易ではないけれど、どちらを選ぶ?」 唐突に挟まれたエレーナの言葉に、アカネは言葉をつまらせた。その言葉の真意は、きっとその場の誰もがしっている。そして、その言葉に対する答えも、きっと誰かが持っている。 「もしリベリスタの道を選ぶなら、いつでもアークを尋ねるといいわ」 返答を待たず踵を返すエレーナに、リベリスタ達が続く。去り際、光の言葉も強い力を持って彼女達へと届いただろうか。 ――更に数日後の発表であるが。アイドルユニット『エンジェリカ・レイン』は、メンバー一名の『事故死』を契機として活動を休止することを発表した。だが、テレビの向こうの彼女達に涙も悲しみもなく。その瞳に宿った決意は、見たものの胸を打ったことだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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