●物語の始まりは ある日、雲の合間から、青々と冷めた空の合間から、一粒の種が降ってきました。 人知れず落ちた小さな種は、ひっそりと山間の木々の影、草花と風とお日さまの光に守られて、小さく小さく芽吹きました。森の住人達にとって、その種が何処から――異なる世界から訪れたものであったとしても、何の必要もなかったのです。 小さな種から芽吹いた花は、誰の目にも止まらずに、世界の優しい愛情に育まれてゆっくりと成長していきました。 そう、その日、初めて“誰か”と出会うまでは――……。 ●運ばれた物語 背丈は精々30cm程だろうか。 決して大きいとは言い難いその樹木は、然し不思議と、桜のような花を美しく湛えている。 まるでミニチュアとでも言いたくなるような桜、もどきの細い枝へと、青年はいつものように水を与える。 「綺麗だな……」 小さな水滴を浴びて生き生きと咲き誇るその姿に、青年の唇からは自然と感嘆の吐息が零れた。 彼がこの小さな植物の存在を知ったのは、ほんの偶然からだ。 人里離れているとは言い難く、さりとて所謂ハイキングコースといった、人が行き来する道からは逸れた山の中。その小さな樹木を見かけたのは、春の青さに包まれた山に心惹かれて、気紛れに散策したお陰なのだろう。 ともすれば両手で包み抱いてしまえそうな大きさの、桜によく似た小さな樹木。 自然の植物であれば人の手が加わるのは宜しくない事態なのだろうが、どう見ても自然に生まれたものとは思えない造形に、青年はそれ以来そっと足を運んではこっそりと水を与えていた。 本来ならば小さな桜というだけで、然るべき所へと報告すべき事案なのかも知れない。 けれどそうしなかったのは、樹木の植わる場所があまり人が立ち入らないだろう場所であること。 それから、青年にとっての大切な――そう、小さく大切な宝物をひっそりと隠しておきたいような、そんな気持ちがあったからに他ならない。 「あ……風かな……?」 不意に桜色の花が心なしか僅かに震えた気がして、青年は辺りを見回した。 花に魅入っていてちらとも気付かなかったが、人気もなければ今は青年がいる所為か、動物の気配も感じない山中だ。 低く地を這う風でもそっと吹いたのだろうか、と些か釈然としない心地で首を捻りながらも、青年が小さな木へと視線を戻した時。 『――…………』 「え……?」 今度は微かに、微かに声が聞こえたような気がした。 しかしどれだけ辺りを見回そうと、生き物らしい気配は感じ取れない。 居心地の悪さと不安感を感じながら、花の上へと屈めていた身を起こそうとしたその瞬間。 「――ありがとう。好きです」 今度こそ、聞き違いようのないはっきりとした声に、ぎくりと青年の肩が跳ねた。 優しく甘さを含んだ、恥じらう少女のような声――とでも、言うのだろうか。慌てて身体を起こして周囲を見回しても、やはり人っ子ひとり、それどころか人が隠れられそうな場所すら見当たらない。 早鐘のように疾く打ち出した心臓の辺りを押さえながら、不意に青年の思考に疑問符が浮かんだ。 確かに、そう、確かに声は聞こえたのだ。だがしかし――果たして、その声は響いていただろうか? 人の気配も、声すらも届かない場所。例え木々が邪魔をしようと、あれだけはっきりとした声で喋ったのなら、多少辺りにも反響しそうなものだ。 思い返せば、まるであの声はすぐ傍から、それこそ胸の内からでも聞こえたかのような…………。 疑問と共に辺りを見回していた青年の視線が、足許の樹木へと恐る恐る向いた。 「お前……なのか……?」 そんな馬鹿なと、胸に湧いた疑問を笑って捨てようと思った、ものの。 まるでその通りですというように、ほんの微かに桜色の花びらが揺れたように見えた。 ――風も感じられない中で、花びらだけが微かに、微かにさわさわと……――。 青空の下、木々や草花、風に包まれて桜色の花びらは揺れる。 そこには最早、誰もいない。 精一杯の想いと共に手にした神秘の奇跡の代償は、小さな種から芽吹いた花の――“彼女”の焦がれた人を失うというものだった。 桜に似た花は揺れる。 風に吹かれて、ひらひらとゆらゆらと。誰も居なくなった山の中、異界からの小さな花は、“一人ぼっち”で揺られている――…………。 ●救いは何処に 「神秘を奇跡を呼ぶのか、奇跡が神秘を呼ぶのか分からない。だが、呼ばれた奇跡が望んだ通りの世界を描くとは限らない」 他人事とばかりの淡々とした口振りで、★五月女はそう口火を切った。 「異界から降ってきた小さな種が山中に芽吹いて、綺麗な花を咲かせた。それを偶然に見付けた若者が甲斐甲斐しく慈しんでいたんだが……如何に植物に見えても、異なる世界から訪れた以上、当然ただの植物じゃあない訳だ」 普通の花々がどのような想いを抱くものかは分からない。 そう前置きした上で、けれど心を知るアザーバイドなら、果たしてどんな感情を抱き締めるものだろうかと五月女は緩く微笑む。 「花は甲斐甲斐しく世話をしてくれる青年に片想いをした。その思いの強さが奇跡を起こしたとでも言うんだろうね、花は想いを伝える術を身に付けた――いや、身に着けてしまった、といった方が正解かな」 口調は飽くまで柔らかく、或いは仄かに、ごく淡く……その声音は彼女にしては、切なげな響きでも有していたかもしれない。 「片思いは実ることも砕けることもあるだろうさ。だが声をかけた所為で避けられて、追う足も持たないアザーバイドは……どんな気持ちでもう一度“一人ぼっち”を受け入れるんだろうな」 それはどんなにか苦しいことで、どんなにか切ないことで――そしてどんなに、寂しいことなのだろう。 先に続く言葉を呑み込むように小さく息を吐いて、五月女は資料へと伏せていた視線をリベリスタ達へと移し替えた。 「寂しさが恋心の形をしたというのなら。その結末が、結局寂しさに満ちたものなんて言うのは……もしも物語だったとしても、あんまりな結末じゃあないか」 だからこそ、彼女を救ってやってほしい、と。 白衣のフォーチュナは、静かにそれだけを告げたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月17日(土)22:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 春を過ぎゆく季節の中で、そのちっぽけな花は確かに小さく揺らいでいた。 それは風に優しくなぶられたが故のものか、或いは愛し想い人を待つその傍らで、見知らぬ若者が身を屈めたせいかは分からない。 幽かな戸惑いさえ感じ取れそうな、柔らかな色合いを咲き誇るアザーバイドへと、しゃがみ込むことで『red fang』レン・カークランド(BNE002194)が視線の高さを合わせる。 「こんにちは。俺はレンと言う」 未だ言葉を伝える術など持ち得ない小さな植物へと、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)も優しく声をかけた。 「ボクたちはこの世界を護っているものだ。君と彼との経緯はボクたちは把握している」 「俺たちは君のお手伝いに来たんだ」 未だ言の葉を読み知らぬ小さな小さなアザーバイドは、然し言葉に代わって風のそよぎでも借りたのだろうか。まるで問われ答える人のように、柔らかな桜色の花びらを幽かに揺らす。 表情でもなく声音でもなく、だが確かに耳を傾ける花びらへ、アザーバイドへと、レンは目元を和ませた。 「君はこれから俺たちの言葉が話せるようになるだろう。それはすごくいいことで、喜ばしいことだ」 飽くまで穏やかに語りかけながらも、辺りの木々に劣らず鮮やかな緑の双眸をほんの少し陰らせて、レンが声のトーンを落とす。 「しかしこの世界では植物が話すことは滅多にない」 それがどういう意味なのか、果たして眼前の小さな桜がよくよく理解しているものとは思えない。何故なら彼女はその小さな種をボトムの一角へと落としてから、誰知らぬ山の中でひっそりと芽吹いていたのだから。 そう、青年が訪れるまでは、それ以外の世界など――それ以外の多くの、雑多な感情など知る由もなかっただろう。 そんなアザーバイドの、柔らかな色の花びらを掬い上げるように触れて、『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)もまた言葉を重ねる。 「彼やこの世界の大多数にとっては、君や俺達は異端。このまま話をしてしまうと、彼が怯え、去ってしまう」 誰も彼もが素直に想いを告げられる、種族や姿形の差を超えて言葉を交わせる世界であったなら、きっとこんなことは起こらないのだろう。なれど皮肉にもこの世界は絵本のような、植物や動物が喜々として人々と言葉を交わすような、優しくも穏やかな世界ではないのだ。 「なので青年を驚かせてしまわないように、まず青年に説明したいんだ。決して青年を傷つけるようなことはしない、約束する」 敵意もないことを信じてもらえるように。 「哀しい結末では余りに報われないから……2人が共にいられる未来を探せたらと思うんだ」 遥紀の願いをどのような思いで聞いているのか、傍目からは分からない。 それでも風の悪戯が優しく桜色の花びらを揺らすと、それはさながら小さな異界生まれの植物が戸惑いを見せているかのように見えて、『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)がそっと指先を差し伸べた。 「キミは、青年とどうしたいの?」 疑問符を浮かべてみながらも白い指先が柔らかに優しく花びらを擽り、レンと同じように視線の位置を下げて尚も言葉を続ける。 「何を伝えたいのかな。今までどう感じてたのか……ボクにも教えて欲しい」 嬉しかったこと、寂しかったこと。色々なことを。 「ボクにはまだ、恋は分からないから」 そうした感情の揺らぎを、抱く心を知りたいのだと、リリィの言葉が穏やかに乞う。 その傍らでは雷音が、小さな桜を見守る木々の一つへと手を伸ばし、ざらついた表皮を撫でていた。 山間を抜ける風は決して冷え冷えとしたものではないものの、さざめき揺らす木の葉の騒めきは、まるで他の植物達が不安を抱いているかのようだ。 「大丈夫、君たちのお姫様に何もしない」 万象に通ず意思を、想いを、花を囲む植物たちへと疎通させ悪意や敵意を伴うものではないと宥めていく。 「君はこのあたりの木々にとても愛されているのだな。だから、君も誰かを愛することができたのだろう」 不安げに木の葉を擦り鳴らす木々から小さな桜へと視線を移して、雷音は表情を綻ばせた。 「水を遣りに来る彼はきっと君にたくさんのお話をしてくれて……だから、君もそれに返したかっただけだろう?」 ならば、と、少女は頷く。 自分の想いを押し込めてただ一人、片恋でいいと……片恋のまま壊れないで欲しいと、そう願うことが傲慢だと知りながらも。否、或いはだからこそ、雷音は微笑む。 「君の想いを告げよう――好きだという気持ちを押さえ込むのは、存外苦しいものだ」 例え想いが届かなくとも、抱いた想いを伝えるというその行為は。 伝えることが叶うというのは、きっと幸せなことだから。 ● 囁き声よりも密かに違いない足音は、戦闘に慣れ親しんだリベリスタ達が拾い上げるには造作のないものだ。 ゆえに、だからこそ、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はそちらから意識を剥がして鷹揚に周囲の緑を眺めることが出来る。 「恋することは幸せなのか、か……」 叶わない恋心に手を差し伸べる行為。それが自己満足に過ぎないのではないかと、幾度となく考えた。決着の着けようのない残酷さよりも、助けるという行為を選んだのは他ならぬ快自身だ。 「彼女が、恋をしなければ、人を愛さなければ良かったなんて思ってしまわない為にも……ちょっとだけ、お節介を焼かせてもらおうか」 それぞれに思うところもあるだろう。『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は静かに口端を持ち上げる。 「誰かを好きになるのは尊くて誰にだって穢されてはいけない物だから」 同じように小さな花へと、その小さな恋心へと想いを寄せる『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)もまた、幽かな足音の方角へと目をやりながら零した。 「……きっと彼女の想いの蕾だって、花開ける筈なのだから」 草を踏みしめる幽かな音は、一定のペースを刻んで木々の合間を反響する。 そしてその中で静かに、徐々にその音を大きく響かせてきていた。 「こんにちは、あなたもハイキングですか?」 木々の合間からその姿を見せた青年へと、エルヴィンが真っ先に声をかけた。 まさか人がいるとは思いもしなかったのか、青年がぎくりと肩を強張らせる。けれどそんな態度を気にもせず、話しかけるエルヴィンの口調は飽くまで穏やかだ。 「この辺りは初めてなんですが、良い所ですね。空気もキレイだし、木々も活き活きしてる」 「君達は?」 当然の疑問を向ける青年に『LowGear』フラウ・リード(BNE003909)は少しばかり意味深に唇の端を持ち上げた。 「うち等は……まぁ、ちょっと奥の方で呼ばれた気がするっすから。だから、そのついでに登山って洒落込んでる訳っすよ」 「呼ばれた? こんなところ、余程の物好きじゃないと来ないと思うけど」 日頃から分け入る山中だけに、人を呼び寄せるような存在は思い当たらないのだろう。益々怪訝な表情になりながらも、初対面の団体に深く追求すべきか悩んでいるらしい。 「……で、兄さん。こんな山中で出会ったのも何かの縁、途中までうち等と一緒に行かないっすか?」 青年の戸惑いは素知らぬ顔でフラウが提案すると、うっかり釣られたように青年が一歩、止まっていた足を踏み出す。――泳がせた視線が快のそれと合わさった瞬間に拒絶を忘れた理由など、青年には到底思いも付かないことだろう。 快の眼差し、視線に催されて何が最たる疑問だったのかも見失いながら、青年は草を踏み締める。神秘という本来であれば与り知らぬ“未知”の畏怖よりも先に浮かぶのは、道を逸れたこの場所に幾人もの登山客がいるという“疑問”。奇妙な力の真否ではなく、今まで触れ得なかった力への戸惑いに過ぎないのだ。 「ところで、兄さんは不思議な物とか信じたりはするっすか?」 「急な質問だね……」 「ハハッ、唐突っすかね。まぁ、話の種とでも思ってくれていいっすよ」 声を上げて笑いながら、フラウは態度を変えないままで青年から視線を外す。 「まっ、うちから言える事といえば人と違った姿を持っていても、ちゃんと心を持っているって事っすよ。嬉しい事があればちゃんと嬉しいって思うし、悲しい事があれば悲しくなる」 「まぁ確かに、話しかけると良いって話は聞くし……そうなのかもね」 少しだけ考え込む素振りを見せたものの、青年も表情を和ませて同意した。 「だから、もしそんな存在と出会ったらどうか怖がらないであげて欲しい。今のうちから言えるのはそれ位かな」 「今のうち?」 何でもないっすよ、と笑うフラウにきょとんとしながらも、追及はしないことにしたらしい。 「そういえば、君達も山歩きなのか? この辺りはハイキングコースから外れてるけど」 雑談の口振りのお陰か“細やかな”疑問を飲み込みかけた青年の思考を、然りながら一層掻き回すように、エルヴィンが意味深に頷きながら視線を周囲の光景へと移す。 「俺……なにかに、呼ばれた気がしたんですよね。俺って霊感とか、そういうのがあるほうらしいんですけど」 「え? ……え!?」 それとなく反応を窺う態度には気付かないのか、なんとなく惹きつけられるような気がして、とオカルトめいた言葉を口にする髭面の若者に青年は途端に落ち着かない態度に戻る。 「そ、それってどういう――」 混乱した様子の青年の疑問が最後まで言葉を作るよりも、僅かに早く。 『シンプルだけど、いい森、だな。そうか、お前たちも、ここに生えてここに生茂る暮らしが、楽しいか』 「――……」 ぽかんとした顔になってぱくぱくと口を開閉した末に、青年が慌ただしく急ごしらえの登山仲間を見比べた。 その視線を真っ直ぐに受け取って、快は彼の反応がさも意外と言わんばかりに軽く目を瞠って見せる。 「ひょっとして……貴方には私の声が聞こえるんですね。それならば、もしかしたら、そのうちに草木の声も聞こえるかもしれません」 「は……はは、ははは……ええぇ?」 予想外だと言わんばかりの口振りに再び無言のまま口だけをぱくぱくとさせると、終いには言葉が思い付かなかったのか無理矢理に唇の端を持ち上げている。つい先程のフラウとの会話も相俟って、一概に否定し辛いのかもしれない。逃げ出しこそしないもののほんの僅かばかり泣きそうにも見えるのは、一時に幾つもの不可解な出来事が積み重なった所為だろう。 不可思議な力は存在するという認識を与えられ、けれど今まではそんなものに触れずに過ごしてきた――どんな反応を返せばいいのかも分からずに空笑いを浮かべている点に関しては、憐れといえば憐れかもしれなかった。 ● 青年にとって秘密であった場所に、登山仲間と顔見知りらしい者達が居ることにも、最早青年は過剰な反応は見せなかった。 幻視やマントによって隠された翼や獣の部位、長く尖った耳には気付きもせず、ましてやリリィの肩にちょこんと座る青い発光体、それこそ童話に出てくる小さな妖精そのものの姿まで傍にいるとは思いもしないだろう。 困惑してリベリスタ達を見ながらも、どうやら真っ先に心配したのは小さな桜のことだったらしい。花に近付くといつもと変わらずに桜色の花びらを揺らす姿に、ほうと安堵の息を吐く。 「……突然なんだが、不思議なモノって世界にあると思うか?」 優しい手付きで細い枝に触れる青年の、そんな後姿に五月が声をかけた。それが山を登る最中でフラウの傾けた問いと同じものだと気付いたのか、青年は肩越しに少女を振り返る。 「オレ達は魔法使いなんだ。こんな事を言うと莫迦らしいと思うかもしれないが、世界には不思議なことや知らない事が沢山あって……そこで起こる素敵な事を人は奇跡と呼ぶのだ」 胸元に手を当てて主張するものの、青年がぽかんとするのも致し方のないことだ。何しろ今の今まで共に山を登ってきた少女は、まさしくただの少女にしか見えないのだから。 それゆえにぽかんとした顔にめげることなく、五月は小さな桜へと目を移す。 「奇跡を君に見て欲しい。とある女の子に頼まれたんだ、魔法の力を分けて欲しい、と」 「女の子?」 見当も付かない口振りも無理はない。例え魔眼の導きが奇跡の存在を信じさせたにせよ、それ以上に青年の中で、花は花に過ぎないのだ。 よもや日々水を与えていた小さな桜が、人と違わない恋情をもって己を見ていることなど、想像だにしていない筈だ。 「だから、怖がらないで欲しい。オレにはこんな耳や尻尾があるけれど君に危害を加えやしないから」 彼女の視線を辿って桜に目をやる青年へと、幻視を解いて五月が告げる。 「耳? 尻尾……って、うわ! ――わっ!?」 花に向けていた視線を五月に戻した青年が、突如として現れた黒猫の耳と尾に素っ頓狂な声を上げた。続け様に上げた悲鳴は、同じように幻視を解いたリリィの肩から飛び立ったティティが、戯れるように彼と花の周囲を回った所為だ。 「不思議? ボクは、キミたちと少し違う場所の生まれなの」 微笑んだリリィが青年の傍らにしゃがみ込み、優しく小さな桜の花びらを突く。 「ボクは植物たちの声が聞こえるの。今日はね、貴方とお話したい、って子が居たから。……貴方にも、彼女の声が聞こえるようにしてあげたいの」 彼女って、と、話が此処に至って漸く理解したのか、青年が見慣れた小さな植物を見下ろす。 「魔法だ、疑うなら触ってみても良い。ちゃんと動くのだ」 ぴこぴこと動く耳や揺らぐ尻尾を示して言葉を重ねる五月や彼女のそうした不可思議な部位、魔法でも掛けるように周囲を廻ってからリリィの元へと戻っていく青い妖精を見比べ、そしてこの場にいる他の誰もがそれらに全く動揺を見せていないことを確かめるように見廻してから、青年は深々と息を吐き出した。 「いや……信じる。信じるよ、……色々と一度に起き過ぎて、良く分からないけど……」 迷う口振りながらも、青年の眼差しは穏やかにアザーバイドを見下ろす。とはいえ不意に道中の会話を思い出したらしく、それじゃ、と問うように快やフラウに目をやった。 「彼女は立派な女の子だ、想いを否定しないで上げて欲しい。その上で、彼女とのこれからを考えてあげて欲しいんだ」 青年が察した疑問に答える代わりに、五月は想いという響きでアザーバイドの感情を言い表す。 「一緒に居て欲しい。もし無理ならオレ達が彼女が寂しくない様に頑張る。――君の選択で彼女のこれからを決めて欲しい」 「何も怖いことはないぞ、ただ聞いてあげてほしい。俺たちよりも、君の方が彼女が美しいことは知っているだろう」 性急に求められる返答に、青年が戸惑うのも道理だろう。然しレンの言葉に促されたように、少しだけ躊躇ってからそっと花びらの縁に触れた。 「彼女はただ、君の愛情に応えた。決して君を害さないよ。……どうかその優しい時間だけは、疑わないで」 優しく花びらを撫でる手付きに安堵を見出し、青年へと乞いながらも遥紀が目元を和ませる。 「彼女のことは秘密にって、約束してくれる? 知られたら、彼女はここに居られなくなっちゃうから」 「それと、水遣りにこの場所を訪れることは続けてほしい」 「最初からそのつもりだよ。……第一、言ったところできっと誰も信じないさ」 リリィへと俺だって信じ切れてないんだからと笑ってから、青年は快の希望にも頷いた。 その遣り取りをしっかりと見守ってから、五月がフラウの隣に立つ。 「フラウ、オレはしあわせを護れるかな」 「五月?」 大切な少女の呟きに、フラウが隣へと目を向ける。 「オレは大事な君と一緒だから、更に頑張れるよ」 五月の真っ直ぐな言葉に、フラウは答えなかった。言葉にする代わりに優しく微笑んで、傍らに寄り添う少女へと小さく頷いた。 淡い恋心に目覚めた小さな桜へと、寄せる感情は幾多もあろう。 「雷音ちゃん。恋は、想いは、世界を動かすんだ。たとえば誰かにとっての誠実が、ほかの誰かにとっての不誠実であっても」 まるで見透かしたかのような言葉に、雷音は瞬いて快を見上げた。 種族も違う、姿も違う、そんなアザーバイドの姿に己を重ね合わせて想いを遂げた気になろうとしていた。浅ましいと思いながらも、そうすることで決着を着けた気になろうとした。 それを見抜いたかのような言葉に思わず視線を逸らし、雷音はその代わりのように青年へと一歩近付く。 「あの、できれば彼女に、彼女に名前をつけてあげてください」 彼女が彼女として認められる為に、彼女である為に。密やかならずアザーバイドへと想いを重ねて、青年へと願いを向ける。 青年は狼狽えるでもなく、小さな植物へと優しく視線を向けたままではにかんだ。 「名前か……そうだなぁ、それじゃ君は――――」 風は吹く。 緩やかに優しく、青々とした草花の若い香りを存分に含んで木々の合間を吹き抜ける。 木々は穏やかにその枝葉を揺らし、小さな小さな片想いを見守るように、からかうように、喜ぶようにさざめいた。――想いの結末がどのようになるか、それは未だ知れないけれど……独り揺られる終幕は、きっと訪れはしないだろうから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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