●Beauty is in the eye of the beholder. (美は見る人の目の中にある) ――アメリカのことわざ ●『美徳なる口紅ターミアス』 「リベリスタたる貴方達に頼みたい事があるの」 アーク本部のブリーフィングルーム。 そこに集まったリベリスタ達を前にフォーチュナの少女――真白イヴは静かな声音で口火を切った。 手短な返事や首肯で了解の意を示すリベリスタ達を軽く見回すと、イヴは再び口を開いた。 「……ある少女からの『アーティファクト』回収。それが今回の任務。 当然、分かっているとは思うけど、放っておけばフェーズが進行して大変な事になるから……」 ――破界器(アーティファクト)。 他チャンネルの侵食因子の影響を受けたことによりエリューション化した物品の総称だ。 無機物そのものが意志を持って独立行動するエリューションゴーレムの場合とは違い、通常は『それそのもの』が自発的に何かを起こす事は無い。 だが、フェイトを持たない人間に扱われる場合は、エリューション特性を喪失しないアーティファクトは結果的に世界崩壊を引き起こす一因となってしまうのである。 それだけではなく、物品がただ単純に危険な効力を得てしまう場合も存在する為、どちらにせよ放っておくわけにはいかない代物なのだ。 常軌を逸した力で奇跡を容易に引き起こすアーティファクトの効力は、この世界にとっては大きすぎるのだから。そうした力は時に社会のバランスさえ脅かし得る。 使い手の善悪もさる事ながら、到底その力は普通に人間社会に野放しにしておくにはいかない。 リベリスタ達の目は一様にイヴへと問いかけていた。即ち、今回の事件の渦中にあるのはどんな代物なのか? ――と。 無言の問いかけに答えるように、イヴは一度言葉を切ってからゆっくりと口を開いた。 「『美徳なる口紅ターミアス』。アークは……そう呼んでいる」 イヴが告げた名前を聞いたリベリスタ達は一斉に首を傾げる。その顔は一様に、一体それが何であるかを問いかけている。 「女が使った時にしか効果を発揮しない一風変わったアーティファクト。使うと、とある恐ろしい能力が使い手に備わるわ」 そこまで言うと、彼女は端末を操作してメインモニターに映像を映し出した。 ――これで……私はもっと人気者になれる―― モニターの中では一人の少女が俯きながら呟いている。 映像の背景は滲んでおり、薄ぼんやりしたディティールであることから、この映像はフォーチュナが見た光景の投影である事が分かる。 イヴは端末を操作して映像を一時停止すると、更に端末を操作して少女の手元をアップにした。 拡大された少女の手元には、一本の口紅が映っている。傍目にはごく普通のピンクパールの口紅だ。特に変わった所があるようには思えない。 「これがそのアーティファクトよ。そして、この子が件の口紅を偶然手に入れた少女――華咲美佳(はなさき みか)」 イヴは少女の名前を語りながら端末を操作し、アップになっていたカメラを引くようにして少女の全体像が見えるように映像を動かす。 特にこれといった装飾品も見あたらず、件の口紅以外には化粧品の気配も感じられず、髪を染めた形跡もなし。加えて特に特徴らしい特徴もない――即ち地味な印象を与える少女だ。 「有り体に言えば、地味を絵に描いたような子。集団の中では特に目立たず、気付かれず――名前とは裏腹に、ね」 いつもの淡々とした声音の中に一抹の感情を滲ませながら、イヴはなおも語り続けた。 「彼女は『ターミアス』を拾ったことで、とある能力を身につけたの。今のあの子は唇を通して他者から記憶や個性……そういった精神的情報を奪うことができるわ」 リベリスタたちが今一つ自分の言葉の意味を図りかねているのを見て取ったイヴは、一拍置いてからゆっくりと二の句を継いだ。 「彼女はキスをした相手から精神的情報――即ち、魂を吸い出すことができるの。まるで夢魔や吸精鬼と呼ばれるもののように」 いつも通りの淡々としたイヴの口調。だが、今この時ばかりは彼女が努めて淡々とした口調で話しているのではないかと、リベリスタたちは思った。 「あの子は自分の学校で能力を幾度も使ったの。それによって彼女は、自分が憧れる美点を持った少女たちから魂を吸収して、自分の心に取り込んでいったわ……ほんわかした可愛さ、大和撫子の淑やかさ、凛とした強さ、少女らしからぬ妖艶さ――」 詳しく説明したおかげでリベリスタたちが事態を呑み込み始めているのを感じ、イヴは更に続ける。 「だから、今のあの子は数日前の地味だった美佳じゃない。四人の少女から取り込んだ魅力や美徳――美点を備えた魅力的な少女よ」 一人の少女が女性としてより魅力的になった。それだけ聞けば、ただの良い話とすら思える。だが、無表情なイヴの顔が憂いに沈んでいるようにリベリスタたちは感じていた。 確かに、アーティファクトは強大な力を持っている。しかし、得てして大きな力には大きな代償がつきまとうものだ。 現に、強大に過ぎるアーティファクトは往々にして、同等の強烈な副作用を伴う事が多いのだ。 「魂を吸収された相手はね、廃人になるの――」 淡々とした声音で紡がれたイヴの一言。それを聞いたリベリスタたちは一斉に絶句し、凍り付いた。 「記憶や個性といった精神的な情報を抜き取られているのだもの。まさに、『魂が抜けたような状態』になるのよ」 まるで吹雪が吹き荒れる雪原のごとく冷えきった雰囲気のブリーフィングルームの中、イヴは続けた。 「放っておけば廃人化を経て死に至るわ。当然ね。何せ、生きようとする意志までも抜き取られているのだもの。よしんば肉体の反射で臓器は動き続けたとしても、それは生きていると言えるのかしら」 季節は八月。真夏も真っ盛りだ。だが、リベリスタたちの心身はぞっとするような感覚で真冬のように冷えきっていた。 「他者の持つ『美徳』を奪うことで『美を得る』口紅――ゆえに『美徳なる口紅』この厄介なアーティファクトを彼女から遠ざけてほしいの」 リベリスタたちは事の重大さを嫌というほど理解したのか、重々しい所作で一様に頷いた。 「任務は――『ターミアス』の回収、もしくは破壊」 イヴはリベリスタたちに言い放った。 「自分が気付いていないだけで彼女――美佳自身にも魅力的な所はあるわ。ただ、自信がないばかりに隣の芝が青く見えているだけ……」 再び、淡々とした声音の中に一抹の感情を滲ませてイヴは言う。 「少なくとも、今の彼女はそれに気付いていない。だから、頭ごなしにターミアスを渡せと言っても、到底聞かないでしょうね」 当然だろう。喉から手が出るほど欲しかったものを偶然にも得たのだ。リベリスタたちにはそれを手放したくない気持ちも頷けた。 「でも、このまま魂を吸収し続ければ、やがて複数の記憶や個性が混じり合った挙げ句に人格が混濁して、やがては美佳という『個』は消滅するわ」 「私が思う方法は三つ。一つめは、彼女から力づくでターミアスを奪うこと。二つめは彼女自身に自分にも美点はあることを自覚させ、『ターミアス』に頼らずとも自信を持たせてあげること。そして、三つめは一つめと二つめ以外の方法、私も思いつかなかった方法」 リベリスタたちが頭の中で方法を吟味しているのを見て取りながら、イヴは付け加える。 「力づく出奪う場合は気をつけてね。彼女は奪った魂から記憶や個性を抽出した後の純粋な精神エネルギーも大量に溜めこんでいるの。だから、強力なサイコキネシスが発現しているわ。少なくとも、そこそこのフィクサードに比肩する強さは得ているでしょうね」 イヴがモニターを操作すると、まるで枯木の小枝のように易々と折れた電柱や、鉄球が直撃したかのような大穴の開いたブロック塀、そしてひっくり返ったトラックが映し出される。 「彼女が次に欲しがるのは『健康的な快活さ』――持ち主は、他ならぬ彼女の親友よ」 イヴはリベリスタたちを見回しながら、ゆっくりと告げた。 「厄介で危険だけど……これ以上の犠牲を増やさない為、彼女に人殺しの業を背負わせない為、そして彼女自身を救う為にも――この仕事、お願い出来るかしら?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常盤イツキ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月14日(日)22:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●サーチ・ア・モデル 「綺麗な黒髪、洗礼された仕草、君なら凄く人気者になれると思うよ! だから僕と一緒にモデルをやってくれないかな?」 健康的な快活さを感じさせる声で、『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)は都内のとある駅前を歩いていた一人の少女――華咲美佳に声をかけた。 「え? 私……ですか?」 突然のことで、まだ要領を得ない様子の美佳に今度は、アンデッタに同行していた『正義のジャーナリスト(自称)』リスキー・ブラウン(BNE000746)が名刺と自分の雑誌を見せる。 「こんな雑誌を作ってるんだけど……」 差し出された雑誌をおずおずと受け取った美佳はゆっくりとページをめくり始めた。 「知らないよねー? 知名度低いローカルな雑誌だしね」 苦笑しながらリスキーが言うと、美佳が雑誌から顔を上げて恐る恐る彼を見る。多少は自分たちが雑誌記者であることを信じてもらえた手応えを感じた彼は更に切り出した。 「次の号で『健康的な女子特集』をやるんだけど、うちの雑誌でモデルやってみない?」 美佳が返事を決めかねているのを見て取ったもう一人の同行者――『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)はさりげない感じで美佳へと声をかけた。 「いまどき黒髪の和風美人さんなんて珍しいからな、人ごみの中でも一発で目を惹かれたぜ」 その言葉が決め手となったのか、控えめな声ではあるが、美佳はリスキーの方を見ながら口を開いた。 「やります……。私でよければ……雑誌のモデル、やります」 その答えを聞いて一番喜んだのはアンデッタだった。弾けるような笑顔を浮かべ、美佳の腕に自らの腕を組んで歩き出す。 「ありがと! 僕はアンデッタ! ――キミは?」 アンデッタの勢いに最初こそ少し気圧されたものの、すぐに美佳も微笑を浮かべる。 「――美佳。華咲美佳です」 「よろしくね! 美佳!」 まるで握手した手を振るかのように、組んだ腕を上下に振りながら、アンデッタは足早に駅から少し離れた住宅街へと歩いていく。目的地はとある公園だ。四人が公園に到着すると、既に仲間たちが待っていた。 「フリーカメラマンの賀上です。今回は知己の記者の方にお話を頂いてお仕事をすることになりました。あなたがモデルさんですか、その黒髪といい――今まで見たことのない美人さんとお仕事ができて光栄です」 待っていた仲間の中で、最初に口を開いたのはカメラマンの『隠密銃型―ヒドゥントリガー―』賀上・縁(BNE002721)。 「とてもお綺麗な方なのですね……私も将来はそれくらい綺麗になりたいものです」 次に美佳へと声をかけたのは、子役モデルとしてこの場に来ている『サイレントフラワー』カトレア・ブルーム(BNE002590)。 「モデルなんてできるかなー」 自分を指差しながらリスキーに問いかけているのは同じくモデル役として来た『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)だ。 「モチロン。お嬢ちゃん、結構イイ感じ出してるよ」 リスキーの言葉でその気になったのを装うように、小梢は軽く首を振ってポニーテールとうなじを強調する仕草をしてみせる。 「ポニーテールがきらめくぜ」 アンデッタたちが自己紹介をしていると、公園の奥から新たに二人の仲間――『未定』数多 未定(BNE002812)と『切られ役』御堂・偽一(BNE002823)が小走りにやってくる。 「準備完了です」 「いつでもいけやすぜ」 二人は撮影のアシスタントという名目のもと公園で準備をする振りをし、人払いをした後に結界を張ることで、一般人がこの公園に迷い込むことを防ぐ役目を果たしてきたのだった。 「それじゃ、とっとと撮影を始めようか」 リスキーの言葉に、その場にいた全員が頷いた。 ●レッツ・ショット・スナップス 「イイねぇ! もっと気持ち入れてみようか!」 縁の構えるカメラの前で次々とポーズを決めるアンデッタにリスキーはハイテンションで声をかけていた。 アンデッタも乗り気なようで、彼女が普段纏っているエジプトの衣装の包帯抜きは勿論のこと、『健康的な女子特集』らしく、白いTシャツに膝丈までで破ったジーパンという格好も披露している。 彼女の撮影は『普通の衣装に備わる快活さ』がモチーフだ。彼女は美佳と一緒にアイスを食べたり、公園の遊具で軽く遊んだり、或いは美佳に抱きついたりして笑顔を振りまいている。 美佳も黄色いワンピースにつば広の麦藁帽子という格好でポーズを取っている。まだ自分に自信を持ちきれていないのか、カメラに向けるその笑顔はどこかぎこちないが、むしろそれが彼女の可愛さを演出していた。 「ここらで休憩としようぜ?」 エルヴィンが提案すると、皆が即座に賛成する。皆が日陰のベンチに向けて歩いていく中、小梢はさりげなく美佳に言う。 「べーるだんすさんのおへそって素敵よね」 そして、偶然それを聞いたように装ってエルヴィンも同調する。 「落ち着いた感じのする君の物静かさ――ってのも良いが、彼女も目を惹かれるよな。君とはまた違ったタイプの魅力ってヤツだ」 そう言いエルヴィンは足早にベンチへと向かう。入れ替わりに美佳に話しかけたのはアンデッタだ。快活な声で彼女に呼びかけながら、再び自分の腕を彼女の腕を組ませる。 「美佳! 休憩だって、あっちで一緒にお話ししよ!」 「ええ。お話ししましょう」 その返事が嬉しかったのか、アンデッタは微笑んで頷く美佳を引っ張っていく。横に二つ並んだブランコのうち、右側のものに腰掛けながらアンデッタは快活に語りかけた。 「さっきのアイス美味しかったよね! 写真が一発オーケイだったから溶けないうちに食べられて良かった!」 こくりと頷き、隣のブランコに腰掛ける美佳に快活な笑顔を向けながらアンデッタは更に続ける。 「僕はチョコミントが好きなんだけど、美佳は何味のアイスが好きなの?」 しばらく考える素振りを見せた後、美佳は微笑みながら答えた。 「私はバニラかな……シンプルなのが一番好きかも」 美佳が答えてくれたのが嬉しかったのか、アンデッタは更に上機嫌になって質問を続ける。 「じゃあさ、美佳の好きな動物も教えてよ! ちなみに、僕は猫が好き!」 アンデッタの快活さに影響されたのか、美佳も先程よりも明るい調子で言葉を返す。 「本当ですか? 私も猫が好きなんですよ」 またも美佳の返答が嬉しかったのか、アンデッタは更に上機嫌になってブランコから立ち上がり、またも美佳の腕に自分の腕を組ませて、抱きつかんばかりに近付く。 「やった! 一緒だね! 同じ猫好きとして、僕と友達になってよ!」 屈託の無いアンデッタの快活な笑顔。夏の太陽の下で弾けるように輝くそれを見ながら、美佳も微笑んで頷くと、アンデッタは先程と同じく組んだ腕を勢い良く上下に振った。 「そろそろ撮影再開するよ」 縁の声が聞こえてきたのは、二人が友達になったのを確かめ合った丁度直後だった。 午後からの撮影も同じようなペースで進んでいた。だが、美佳にカメラを向ける縁の顔は浮かない顔だ。美佳は不安そうな顔で縁の表情を覗き込んでいる。 「うーん、どうもいいのが撮れないな。相反する要素が同居してるというか、笑顔ひとつとっても可愛らしさと妖艶さが反発して不自然なんだよね。もうちょっと自然な感じにならないかな?」 縁は次にカメラを美佳の近くに立つアンデッタへと向けていく。 「いいね。アンデッタさん、混じり気の無い健康的な快活さが、この強烈な日差しによく映えているよ」 口調こそ平静だが、内に激しく燃え上がるテンションを表すように、縁の指はシャッターを連打する。やがてシャッターを切る手を止めると、縁は言った。 「十分な写真も揃ってきたことだし。もう少しで締めにしたらどう?」 その言葉にリスキーは頷く。 「それじゃ、ラストスパートはガーっとやってすぐ帰るから、それまで休憩な」 再びブランコに向かおうとした美佳の肩を叩くと、アンデッタは公衆トイレを指差しながら持ちかけた。 「次で最後の撮影だって。その前に、お化粧直しておこうよ! さっきから暑いから汗だくだし!」 美佳は一瞬、何かを考え込むように黙り込む。 「どしたの?」 「いえ、何でもないです――」 アンデッタの問いかけに早口で答えると、美佳はポーチを取って足早に公衆トイレへと向かった。 ●キッス・トゥ・アンデッタ 公衆トイレの洗面台。大型の鏡の前に立ちながら二人はポーチを開けていた。 「エジプトの陽射しも暑いけど、日本の夏の日差しも暑いよね」 額の汗を拭きながら、アンデッタは隣に立つ美佳に微笑みかける。 「そういえば、美佳。化粧品持ってる? なんなら、僕の貸してあげようか?」 アンデッタの問いかけに、美佳は軽く首を振ってから答えた。 「いえ、大丈夫です。私、自分のを持ってますから」 言いながら、彼女はポーチから一本の口紅を取り出した。一見、何の変哲も無いパールピンクの口紅。 美佳は口紅の筒、その下部を僅かに回してリップクリーム部分を少しだけ出すと、それで唇をなぞっていく。その後、二度三度唇を動かしてそれを馴染ませた。 「お、綺麗な口紅だね! ……美佳?」 予想していた展開とはいえ、美佳の表情が一変したのに気付いたアンデッタは怪訝な顔で問いかける。 「あなたからその魅力を貰えば、私はもっと人気者になれる――」 美佳から発せられるただならぬ雰囲気を感じた時には、アンデッタの身体は既に『見えない力のような何か』によって抑えられていた。 「私みたいな子と、友達になってくれて……嬉しかったです。――だから、ごめんなさい……」 不可視の力に押さえつけられて動けないアンデッタに美佳は一歩一歩近付くと、彼女の頬に両手を添えて上を向かせ、そして唇を重ねた。 数秒後、まるで全ての力が心身から抜けてしまったかのようにアンデッタが床へと倒れる。それを確認した美佳はゆっくりと公衆トイレの外に歩み出た。 ●クラッシュ・ザ・『ターミアス』 「大変です。アンデッタさんが倒れて……もしかして、熱中症かも……」 撮影機材を確認しながら待つリスキーたちに小走りで駆け寄りながら、美佳は何食わぬ顔で言った。しかし、彼女の意に反して、その場にいた全員が冷静に美佳へと向き直る。 「そうか――アンデッタの魂を『吸った』んだな」 静かなリスキーの声。そして、その続きを引き継ぐようにエルヴィンが口を開いた。 「だったらアンデッタの記憶も『見て』解っただろ? そいつは人を傷付ける物だ、親友すら獲物として奪い取ろうと思わせる悪魔の道具だ! 続けるなら魅力も何も無ぇ、それはただの悪人だ。まだ間に合う……自分の手で、意思で、引き返せ!」 感情的にまくし立てる彼とは対照的に、偽一が諭すように語り掛ける。 「知っての通り、お嬢のご学友は今、魂の抜け殻になっとりやす。この年まで生きると判ることでやすが、人生は思いの外長く、ひとの命というのは背負って歩くには随分と重いもので御座いやす。そんな若い時分から自ら背負いこむものではありますまい」 美佳の瞳が激しく揺れたのを偽一は見逃さず、やはり諭すような声で続きを語る。 「あっしはこう見えて役者でやしてね。名前は知る由もないでしょうがお嬢も顔は見たことがあるかもしれやせんな。時代劇で『やっておしまいなさい』でやられる方の役を40余年、ずっと端役ばかりでごぜえます」 長い道のりを思い返すように、偽一は更に語り続けた。 「数多くの主役たちを見てきやしたからその光に憧れるというのもよく分かりやす。あっしは最後までその高さには立てやせんでしたが、千を超える作品で切られ続けどんな主役の方よりも多くの人にあっしの切られ様は見て頂いた、それもまた役者冥利に尽きるものでさぁ」 そして、柔和な微笑みを浮かべ、偽一は言った。 「お嬢にはそんな借り物の『美徳』なんざ似合いやせんよ、折角の綺麗な黒髪がくすんでしまいまさぁ」 それを聞いていた未定も美佳に歩み寄り、彼女の前に立って語りかける。 「あなたには素敵な個性があるのに、どうして隠してしまんですか? 何も決まってないボクには解る」 静かだが力強く、未定は更に続ける。 「物静かだから気付きにくいけど、君の友達はきっと知ってる。静かってのは決して悪いことじゃない」 美佳の瞳が再び揺れる。 「ボクはそんな見かけばかりの個性より、落ち着きをくれる魅力とか素敵だと思います。あなただけの、アナタにしかない、心地よい安堵の魅力」 更に揺れる美佳の瞳。 「アナタにはそんな猟奇的な口紅なんか必要ない。もっと素敵な魅力があるんだもの。その髪とか。ううん、いつも通りのアナタを見たい」 揺れる美佳の瞳から目を逸らさず、未定は言う。 「ボクにもそんな魅力があったらな……羨ましいです」 今度はカトレアが美佳に言葉をかける。 「長所とは、他人から奪う物ではありません……自分で努力して身に付ける物なのですよ……」 真摯な瞳で美佳の瞳を見つめながらカトレアは更に続ける。 「そんな道具の誘惑に負けないで下さい……貴女はもっと自分に自信をもって良い筈です……」 カトレアの肩に優しく手を乗せながらリスキーも言葉をかけた。 「変に着飾らない女性の方が魅力的だよ。自分の事を地味だとか思ってる女性は自身の美しさに気づいてないだけさ。偽りの自分を捨てて、本当の自分で勝負してみないかい。だから、ソイツを渡してくれ」 リスキーの言葉に、美佳が握り込んでいた『ターミアス』を渡そうとした瞬間、異変は起きた。 「ごめんなさい。とんでもないことを私は――わたしは……ワタシは……あたしは……アタシは……わたくしは……あ、あああぁぁぁっっ!」 何か意味不明なことを呟きながら、美佳は頭を抑えて蹲る。 「チッ! こんな時に! 遂に始まったのか!」 ――美佳の魂がどれだけの量の魂を受け入れられるか? それは、あと一人かもしれないし、あと十人かもしれない。本当の所は誰にもわからない。 事前にイヴに確認した時も、彼女はそう答えるのがやっとだった。そして、遂に美佳の中で『吸った』人格が混じり合い、美佳という『個』の消滅が始まったのだ。 「みなさん……逃げ、て――あああぁぁぁっっ!」 絶叫する美佳の周囲にまるで暴風のような何かが吹き荒れ、一瞬でベンチや遊具が破壊されていく。咄嗟のことで吹き飛ばされてきたベンチを避けられずにいたリスキーを、優れた反射神経を活かし、小梢が間一髪で抱えて飛び退き、それを見た偽一が言う。 「マズいでさぁ……お嬢の心が混乱してるせいで、念動力が暴走してますぜ!」 だが、エルヴィンはあえて一歩踏み出すと、仲間たちを振り返った。 「あの子はアレを取りに来てくれるのを待ってる……だから、俺が行く。援護してくれ――」 ――無茶だ。仲間たちの目がそう語っている。しかし、エルヴィンは美佳が混濁する意識の中で必死に差し出す『ターミアス』を目指し、念動力の嵐の只中へと駆け出した。 まるで彼を迎え撃つかのように引きちぎられた遊具が高速で飛来する。だが、彼に激突する寸前で遊具は紫煙で描かれた印――偽一の守護結界によって阻まれた。 その隙に更に走るエルヴィン。だが、次はゴミ箱から飛び出したガラス瓶が二つ同時に襲い掛かる。しかし、それも激突前に空中で砕け散った。彼が振り返ると、後方で縁が二本の杖――愛用の仕込み銃を構えている。 今度はエルヴィンの前に太い木の枝が迫るが、それも後方からのリスキーによる援護射撃で撃ち落される。遥か千里にも感じられた美佳との距離を走破し終えた彼が『ターミアス』を掴む寸前、剥がれたフェンスが彼を押し潰さんとするかのように迫る。 だが、そのフェンスも自らの能力で防御力を高めた小梢が受け止め、事なきを得た。 仲間たちの援護で美佳の手から『ターミアス』を受け取ったエルヴィンはそれを後方へと放り投げる。 「未定!」 その声を合図に正確な狙いで未定が『ターミアス』を空中で撃ち抜き、破砕する。破片は地面に落ちると同時に灰となったように跡形もなく、崩れて消えた。 「みんな、無事!?」 ややあって頭を軽く抑えたアンデッタが歩いてくる。捕まっていた魂は無事元の場所に戻ったようだ。 「アンデッタさん……私……」 「いいんだよ、美佳。キミが解ってくれれば――」 カトレアは美佳にそっと歩み寄り、声をかける。 「魂を『吸った』なら解ると思いますけど。最初は作戦でも、アンデッタさんが美佳さんと友達になったのは本心からです」 その言葉に美佳は涙を流す。 「そんな……私なんかのために……」 美佳の言葉を遮るように、アンデッタが微笑みながら言った。 「『なんか』じゃないよ。本当に『なんか』だったら、こんな危険な思いまでして、こんなに沢山の人がキミを助けようとガンバってくれると思う?」 アンデッタたちを見て、感極まって涙を流す美佳と、他の女性陣にリスキーは明るい声で言った。 「本当におにーさんの雑誌でモデルやってみない? 水着特集とか」 更に上機嫌でリスキーは続ける。 「それとさ、美味しいものでも食べに行かないかい? おにーさん奢っちゃうよー?」 その言葉の後、泣き止んで微笑みを浮かべた美佳と、アンデッタたちの楽しげな笑い声が響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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