●水棲生態系の王者 ある者は竿を片手に真っ向勝負を挑み。 ある者は工夫を凝らして網を張り。 ある者は意を決して銛を握り締め。 ある者は科学力を頼り電流を走らせ。 ある者は狂ったように猟銃で立ち向かい。 そしてその全てが敗れ去った。 四国の山中に、新緑に囲まれた溜め池がある。 濁りに濁った水質ゆえに魚影は映らないが、そこでは確かにピラミッド型の生態系が形成されている。 その頂点に鎮座するのが桁違いの大きさを誇る怪魚である。 明らかに自然界の環を外れたサイズに加え、獰猛極まりない面構え。ひとたび口を開けば鋸にも似た歯が顔を覗かせ、ほとんど牙と呼んでしまっても構わない狂暴性を宿している。 体表面はぬらぬらと不気味に光り、鈍重緩慢な体の動作と合わせて、ただならぬ雰囲気を発していた。その威風漂う佇まいは、他に水中に住まう小魚達の畏敬の対象にすらなっていた。 無論、それらの細かい魚群は遅かれ早かれ食料となる運命なのだが。 池の支配者。その噂は水の中だけではなく、大物を求める釣り人達の間でもまことしやかに囁かれ始め、実態を確かめようと、あるいは捕らえようと考える人間が遠方より尋ねてくることもあった。 愚かな行為だった。 怪魚からすれば、新しい餌が現れた程度にしか思わない。 喰らいついた針は逆に引きずり込み。 邪魔な網は力で突き破り。 銛が鱗を貫くことはなく。 迸る電流も軽い刺激に過ぎず。 水の抵抗で弱まった銃弾など痒くもない。 いずれもが魔物の糧となった。小細工を弄したところで、暴力の前では無駄でしかない。 やがて人々は遠ざかり、噂は伝承になった。存在自体が虚々実々と化した今となっては、最早挑む者は現れない。 池の王は巨躯を沈めて待っている。 この怠惰が終わることを。 ●言うてもお魚なんで 「場所は四国です」 スクリーン上に表示された地図をレーザーポインタで指しているのは、アーク勤続のフォーチュナである『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)だ。 続いて、万華鏡で観測されたエリューション本体の画像が映し出される。 でかい。 とはいえ、魚類としての原型を留めている分まだマシか。少なくとも気分を害するような奇妙でグロテスクな見た目ではない。 「便宜上、『ヌシ』とでもしましょうか」 成程しっくりくる呼称ではある。 「既に何人かの犠牲者が出ています。もっとも全員が遠征者で、今の段階では行方不明としてしか処理されていないようですが」 言い伝えや都市伝説のようなもので、地元の人間は一切溜め池に近寄らないらしい。訪れたのは怪しい噂に引き寄せられた物好きな釣り人ばかりだという。 「放置は出来ません。緊急を要します」 厳粛な眼差しで和泉は告げた。 「性格は攻撃的、というほどでもありませんが、非常に縄張り意識が強いみたいですね。池の鎮静を乱す要因を発見次第、徹底して排除しようとする思考回路が働くようです」 手元の資料を流し見ながら、滞りなくエリューションに関するプロファイルを読み上げる和泉。 「ですが、あくまでも魚。水に浸かっていなければ怪力を存分に発揮することはないでしょう。幸いにも高い機動性は保持していません。こちらのペースに持ち込むことは容易かと。普段は水底で終日過ごしているようですが、場合によっては水面に顔を出すというケースも有り得ると推測されます」 その代わり。和泉が忠告する。 「あちらに有利な状況……水中での戦闘に及ぶ際は警戒が必要です」 そこまで述べて、とんとんと軽くレジュメを整頓してから、一同に微妙に目配せしつつ付け足す。 「ちなみに食べられるそうですよ」 「あ、そうなんだ」 「美味しいみたいです」 「へぇ」 「凄く」 「はぁ」 「幻想纏いに収納すれば鮮度そのままで運べるかも」 「……自分も食べたいってこと?」 和泉は小さく咳払いをして誤魔化した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月23日(金)23:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●朝のカーテン 晴天に恵まれた、絶好の釣り日和。 というような言い方をしてしまうと些か緊張感に欠けるが、この麗かな陽気と温暖な気候を前にしては、どことなく心が沸き立つのも不思議ではない。 反射光煌く水面に糸を垂らして、竿を握る手に幽かに伝わる感触に想いを馳せてみれば、気分はすっかり大物を待ち焦がれる釣り人そのもの。 「これで本当にただの釣りなら良かったんだがな」 電動ボートの操縦を兼ねる『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)はしかし、険しい表情を作る。 雑魚はともかくとして、池の中に大型エリューションが生息していることは既知。いつどこから水面を突き破ってその巨体を覗かせるか分からないのだから、警戒を怠ってはならない。 ならない、のではあるが。 「きたーっ! またまたヒット!」 嬉しそうな声に加えて、軽快にリールを巻く音。 まずまずのサイズの魚を原型としたE・ビーストを釣り上げて、『スターダストシュヴァリエール』水守 せおり(BNE004984)はホクホク顔を見せる。 「疑似餌でも結構釣れちゃうんだなぁ。今度は生餌で試してみよっと」 針を付け替えながら餌が詰まった瓶を品定めするせおりの目は、ウィンドウショッピングを楽しむ少女のそれだった。惜しむらくは瓶の中身が赤虫やらざざ虫やらで、全く素敵ではないことだが。 釣られたエリューションは急速に大人しくなり、弱った様子を見せている。仮に池のヌシも同じ習性であるならば、今回の作戦も効果的となることだろう。 そしてその作戦のキーとなるのが、ボートに据えられたロープの片端を巻きつけた『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)である。耽美でひらひらとした飾りの付いた(その幼児体型はともかくとして)扇情的な水着を纏って、念入りに準備体操を行っていた。 「釣りって初めてだったけど、楽しかったなぁ……お仕事も頑張らないとだけど」 彼女のクーラーボックスを見る限りでは、どうやら悪くない釣果だったらしい。とはいえいつまでも浮かれ気分で釣りを楽しんでいるわけにもいかないので、意を決して、囮役という大任に臨む。 「あんまり無茶するなよ、嬢ちゃん。まずいと感じたらすぐに連絡してくれ」 「こんなナリで泳げなくて申し訳ないです。その分全力でサポートするからねっ!」 カナヅチを恥じらうマーメイドに、少女はくすりと笑う。肩の荷が下りたような思いだった。 「それじゃ、行ってくるよ」 同乗者の義弘とせおりに向けて合図し、ゆっくりと呼吸を整え、そして。 飛沫を上げてアンジェリカは池に飛び込んだ。 ●一網打尽 岸付近に、一隻のゴムボートが浮いていた。 大掛かりな設備を持たないゴムボートは、電動に比べて波が立ち難く、気配を水棲生物に悟られづらい。 即ち、密かに待ち伏せるには適していると言える。 「ミスティオラは上手くいっとるかのう。待つのも大儀じゃわい」 動き易い軽装の、正確には腰回りを強調した水着姿の『滅尽の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が呟いた。 アンジェリカが入水したのを見届けてから、既に二分ほどが経過している。 ただ懸念しているのは池内部の様子だけではないらしく、どうにも水着の圧迫感が気になるようで、しきりに胸元の布を引っ張ってゆとりを作ろうとしている。 「おらぁっ、飛んでけぇっ!」 アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)が豪快に竿を振り上げ、糸に引っ張られるように水面から跳ね上がってきた魚を、片っ端から鞘付きの刀で弾き飛ばしていく。 強い衝撃を与えられた魚達は瞬く間に昏倒状態となり、緩やかな弧を描いて土手に打ち上げられ、いかにも死屍累々といった様相を漂わせていた。一応分類上はまだ鮮魚だったり活魚だったりはするのだが。 「こいつは大漁だな……そらっ!」 そして哀れにもまた一匹。 「しかしまあ、雑魚は簡単に釣れますね。余程食い意地が張ってるということですかね」 また一匹上々のサイズの魚を釣り上げた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が、刺さった針を外しながら言う。E・ビーストも最後の足掻きで噛みつこうとはしてはくるのだが、何分水中ではないので動作が遅く、楽にいなせてしまえる。 味方の中で一番の釣果を挙げているのは、意外にも釣りの経験のなかったエイプリル・バリントン(BNE004611)だった。 「まさかこんなに釣れるとは思わなかったよ。入れ食い状態って言うのかな、こういうの」 雑念のない初級者特有の、所謂ビギナーズラックというやつで、大漁も大漁。彼女が持参したクーラーボックスは釣った魚の群れで溢れていた。魔術を発する指先で触れて氷結させてあるから、鮮度もキープ。 任務ゆえに他意は無用ではあるが、これだけ成果が上出来となると悪い気はしない。 「小型エリューションの退治は……どうやら堅調みたいですね。後は……」 釣ったそばから小規模な風の圧力できちんと締めて、魚が船上で暴れないように努めていた『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は、未だ判らぬ水底の動向を憂いながらも、アンジェリカの帰還をひたすらに願っていた。 「アンジェリカ様……どうか御無事で」 二手に分かれて作戦を敢行する前にエイプリルやアンジェリカ、義衛郎らと組んで、浅瀬かつ陸地に近い地点を調査した結果、この場所が最良だろうという結論に至ったが――果たしてどうなることか。 ●ルアーとトラップ 音の届かない世界。それは暗い水の中。 随分暖かくなってきたとはいえ、水温は未だに低い。池を泳ぐアンジェリカからしてみれば、涼やかな格好ほどは夏を先取りとはいかなかった。 おまけに水底の土が舞っているせいか、視界も良好ではなく、遠くまでは見渡せない。水分子中の僅かな酸素を取り込むことで無制限の潜水が可能だとはいえ、あまり長居はしたくないところだ。 数分程の慎重な探索の末、『それ』はアンジェリカの前に現れた。 「あいつ、かな……どう考えてもあいつだよね……」 いや、この場合は、アンジェリカが『それ』の前に現れたと称したほうが正しいだろう。 なぜならば『それ』は池の絶対的な支配者であり、突如平穏を崩しに来たアンジェリカこそがこの空間にとっての部外者であるからだ。 池底に沈む、明らかに他と異なる魚影。そのスケールからして別次元。ともすれば、丘のようにも見えた。 アンジェリカは身構える。黒髪が、ふわりと揺れる。 質量を伴った残像は、水面のレンズで屈折した光と共に、地獄の大鎌を翳した少女の姿を眩ませる。 放たれる一撃もまた、閃光のごとく。 鋭く尖った切っ先は、確実にエリューションの頭頂部を抉った。 ヌシは襲撃を受けた方向目掛け、乱雑に、けれど極めて破壊的に、巨躯を持ち上げて自慢の大口で齧りつく。図体に似合わない予測外の機敏な行動に、アンジェリカは一瞬動揺したが、かろうじて丸呑みにされることだけは寸でのところで避けられた。やはり水中では分が悪い。 「とりあえず、怒らせることは出来た……よね? これで怒ってないなんて言わないでよ……」 それにしても。 間近でヌシを目の当たりにしたことで、アンジェリカは改めて実感する。 恐るべき巨体だ、と。 大きく開いた口の縦幅だけで、少女の身の丈を優に超えている。そのデカブツが猛り狂い、残忍な眼差しでこちらを見据えてきて、今にも第二波を起こしそうだというのだから堪らない。早急に一時退避せねば。 「ヌシを惹きつけるのに成功したよ! ロープを引っ張って!」 胸に提げたロザリオ――幻想纏いを通して、陸地で待つ皆に連絡を送る。 このロープが命綱。 そして仲間と繋がっている証。 ●大捕り物 『ロープを引っ張って!』 自身の端末にアンジェリカの報告が入ったことを確認するや否や、義弘はボートを急旋回させた。 陸地近くに控える味方が視野に収まる場所に位置取りし、握り締めたロープが対岸に向けて流れていく手応えを、厚い掌で確かに感じ取ると。 「飛ぶぞ。向こうまで」 背中越しにせおりに告げた。 「了解っ!」 前もってエイプリルから授けられた神秘の翼を広げ、勢いよくボートの縁を蹴った。 池を全速力で突っ切って着陸し、先に岸に到達していたリベリスタ達と合流すると、アンジェリカを結びつけたロープを握り直し、号令を掛ける。 「引っ張るぞ。せえ、のぉ!」 「ちぇーすとぉー!」 掛け声は揃ってはいなかったが、意志はひとつに纏まっていた。 義弘とせおりの力が込められたロープは、やがてアンジェリカを浅瀬まで引き寄せることになる。 その後方にはヌシの影。岸に近づくにつれて水深が浅くなっているためか、徐々にその身体が水面からはみ出し始める。 力自慢のリベリスタ二人がかりで引くロープのスピードに追いつけるとは並ならぬ進行速度だが、それは水に浸っている間の話。アンジェリカの足が地面に届くようになると、そこは既にエリューションの舞台ではない。 「さあ、反撃開始といこうか」 自らも浅瀬に踏み入り、生還したアンジェリカの前に立つ義弘。 振り上げたメイスでまずは一発。硬化した鱗とぶつかり合う打撃音が、集団戦開始のゴングとなる。 「癒しの吐息よ……アンジェリカ様、よくお戻りになられました」 消耗し、疲弊したアンジェリカに治癒の秘術を施しながら、シエルは優しく微笑みかける。 知能か本能かは判らないが、水辺に及んだヌシは異変を察したらしく、前進を止める。 「おっと、逃がさないよ」 勇猛果敢にエイプリルは前に出て。 「マグロじゃないけど冷凍保存だ!」 雑魚を凍らせた時と同じ、冷気を帯びた手でヌシに接触。極低温は全てを平等に静止させる。凍てついた箇所がそのまま活動を阻害する患部となり、ヌシは思った通りに退くことが出来ない。 更に。 せおりとアズマ、アークが誇る二人の抵抗者が抜刀する。先んじて回り込み、既に背後は取っていた。 凛とした横顔は、共に己が掲げる得物によく似た美しさだった。鋭利でありながら、壮麗でもある。武器としての実戦仕様を突き詰めた結果、芸術品に肉薄する価値を宿すようになった、機能美を極めた業物に等しい、凄絶なほどの美しさ。 「大物が掛かったな! そら、陸揚げだっ!」 アズマが水飛沫を散らしながら、浅瀬の砂地を蹴る。腰まで浸かっているためか若干動きは鈍いが、四の五の言ってられない。 自身の体高の倍以上ある化物に、まずは軽く柄打ち。虚をついて隙が生まれたところに、持てる力の全てを押し込めた一閃で、斬るというよりは殴りつけるような攻撃をぶちかます。この類のエリューションに力尽くでのノックバックが有効なことは、雑魚相手で試行済み。 せおりも同様にヌシの重厚な巨躯を押し戻すべく、流線型の波動を纏った剣閃を放つ。だが、ここで大人しく防御に甘んじてくれるほど、池の王はぬるくない。 「わわっ!?」 エラから圧縮して放射された水流を浴びせ、逆にせおりを吹き飛ばそうとしてきた。後退するヌシの背に陣取っている位置関係上、このまま押し返されてしまうと、池の深部へと飛ばされることになる。 本来なら然程気にすることではないが、泳げないせおりにとっては死活問題だった。エイプリルから送られた翼の加護は効果が切れてしまっている。 しかし、せおりが池に呑まれることはなかった。翼を得た義衛郎が後ろに回り、受け止めていたからだ。 エイプリルと共にゴムボートに乗っていた義衛郎は、途中で別行動になった電動ボートの乗船者よりも後で翼を授けられていたために、まだ飛行することが可能だった。 「油断は大敵ですよ。じゃ、オレも一丁やりますか」 義衛郎は更に自身のテンポを向上させ、ヌシへと突進。 練達の腕で刀を振るう義衛郎を、せおりは引っ掛かりを覚えながら眺めていた。 不思議な気分だった。以前にもこうした出来事があったような気がする。デジャビュの類とはまた違う、奇妙な感覚。 「私が生き別れたのは姉って聞いてるし、お兄ちゃんってことはないよね」 ここ最近、誰かの記憶が自分の意識の中に混じり始めたことが由来かも知れない。 いずれにせよ、義衛郎の助太刀は頼もしかった。それはせおり自身が疑う余地なく感じていることだ。 「大いなる癒しを此処に」 シエルが味方全員の困憊を回復させ、ラストスパートの鐘を鳴らす。 「どれだけ大きかろうと、水が無ければ窮鼠にございます」 全身の半分強を地上に晒した現在の時点でも、かなりの体力を消費させることに成功している。 「まさにその通りよ」 ならば完全に陸に上げてやろうではないか。 「如何に巨躯だろうと、虹の橋で見事岸へ打ち上げてくれるわ。おぬしが拠り所にする弱肉強食の自然界の掟に従って、妾が滅ぼしてくれようぞ」 今の今まで力を温存していたシェリーが、ついに魔術の詠唱を完了。 卓越した精神力と、迸る魔力で織り成された魔術師最高峰の呪文が――今ここに放たれる。 ドーム状に広がった衝撃波は、轟と唸りを上げて破裂した。 圧倒的なエネルギーの直撃を受けては、如何にメガトン級の怪物であろうとひとたまりもない。 果たして、ヌシは完全に水揚げされた。エラの開閉もヒレの蠕動も意味を成さず。 「ボクを食べようとしたこと、まだ許してないんだからね」 ロープを義弘に外してもらい、自由の身になったアンジェリカが鎌を構え、躊躇なく、淀みなく、真っ直ぐに、冷たい刃をヌシの喉首に刺し入れた。 噴き上がる鮮血。死の間際の断末魔。 小柄な少女が、規格外の怪魚を打ち破った瞬間だった。 途方もなく大きな、倒したばかりの魚体を見つめて、アンジェリカはぽつりと漏らす。 「これ、食べられるんだったよね……」 「中々食べ甲斐がありそうじゃの」 「一仕事したらますます腹が減ったぜ」 「遅めの朝食に致しましょうか……」 「あれ? 早めのお昼じゃないの?」 「こういうのはブランチって言うんだよ」 女性陣がきゃいきゃい言う中で。 「ま、それもいいんだが……まずはあれも回収しないとな」 義弘が指差した先では、無人の電動ボートがぷかぷかと呑気に浮かんでいた。 ●火と鍋の蜜月 義衛郎が起こしてくれた焚き火に当たりながら、くしゅんと可愛くクシャミをして、アンジェリカは鼻をすすった。 その義衛郎はといえば、血抜きしたヌシを刀で手際よく解体している真っ最中。 「銘は包丁にちなんだけど、実際に魚を捌く日が来るとは」 もっとも、包丁で解体作業しろと要求されても到底無理なのでお断りなのだが。 残るE・ビーストを釣り尽くしたことを義弘が伝達すると、一同はアークへの帰還を決める。 当然、ヌシの切り身を幻想纏いに収納して。 四国から帰還後、本部のキッチンを借りて早速調理開始。 とりあえず大量に獲れた雑魚は塩焼きと煮付けにして、食堂で出してもらうことに。 「出来たぁ!」 ガーリックバターで焦げ目を付けたヌシのソテーを作り上げたのは、満面の笑みを浮かべたせおり。 食欲をそそるニンニクの香りに自然と唾が溜まる。 「白いご飯が欲しくなるなぁ。ちょっぴり醤油を垂らすのもいいかも……じゅるり」 「バターと来たら、何と言ってもこれだろう」 アズマが負けじと、小麦粉を塗した切り身をバターで焼いたムニエルの皿をテーブルの上にどんと置く。何せ身の一切れ一切れが大振りなので、調理も一苦労だ。 「これだけ鮮度がいいんですから、まずはやっぱり刺身でしょう」 生のまま薄く切り揃えた身を、きっちり皿の上に並べた刺身の盛り合わせ。非常に丁寧な仕事である。 まずは刺身という義衛郎の案にはアズマとせおりも大いに同意したようで、首をうんうんと縦に振った。 刺身の横には更に、玉ねぎのスライスとビネガー、黒胡椒で和えた特製のマリネが。 義衛郎は追加で天ぷらやフライを作るらしく、油との相性もチェックしたいことが窺える。 「エイプリル様も、何か一品作ってみてはいかがでしょうか?」 皆の調理作業を手伝いつつ、その一方で全員分の食器を懇々と並べているシエルが、暇そうにしていたエイプリルに声を掛けた。 「調理は専門家に任せるさ。私は食べる方が得意だからね」 台詞の最後に音符マークを付けてエイプリルはフォーク片手に答えた。 「……とは言っても、凄い量だね、これ。食べ切れるかなぁ」 その問題に関しては、椅子に腰掛けて泰然と構えるシェリーの胃袋(四次元)に期待したいところである。 「和泉の姉さんを連れてきたぞ。おっ、うまそうな匂いがしてるじゃないか」 義弘に連れられて食堂に現れたフォーチュナも、小さくガッツポーズをした。 「さあて、頃合いもいいみたいだし、皆で飯にするか」 「待って待って。ボクもやっと完成したんだからさ……」 右手に持っているのは、ニンニク、アサリ、トマトと一緒にワインとオリーブオイルで煮込んだ、魚介の旨みが存分に滲み出たヌシのアクアパッツァ。左手に持っているのは、レモンを絞ったドレッシングが決め手の、新鮮さを活かしたヌシのカルパッチョ。 どちらも故郷の味を再現しようと、アンジェリカが気持ちを込めて料理した自信作だ。 少女は料理をテーブルに並べて、そしてとても晴れやかな表情で、広げた手を差し出した。 「さぁ、食べてみてよ!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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