●記憶喪失の芸術家 彼が目を覚ました時、自分が何処の何者で、何故こんな場所に居るのか分からなかった。 どうやら美術館かなにかの一室のようだ。ガラスケースに入れられた、オブジェクトが並ぶ。それを作ったのは自分だと、彼には分かる。何故作ったのか、までは不明だが、それら1品1品、魂を削る想いで作ったことだけは確かだ。 何故、そうまでして必死に作品を、世に言う芸術品を作ったのか、思い出せない。 『ここはどこだ……。俺は、誰だ……』 自らの手を眺める。傷だらけの荒れ果てた手だ。 長い年月、土や木、時にはガラスやプラスチックを加工してきた。そのことだけは覚えている。 ふと、傍らにそびえた太い柱が目に入る。気が付いた時には、左右の手に楔と槌とが握られていた。 もう一度……。 もう一度、何かを作れば、忘れている何かを思い出せる気がして。 自身がEフォースだということも知らない彼は、柱に楔を突きつけて、そこに槌を叩きつけた。砕けた柱の破片が散った。 一心不乱に、何度も何度も、思いつくまま槌を振るう。 今まで何度もそうしてきた。その事だけは覚えている。柱に何を彫ろうとしているのかは、自分にも分からない。 意識が柱に集中し、周りの事が見えなくなった。 そんな彼を護るように、その背後に石の巨人が現れる。 その頭と、左右の腕は炎に包まれている。 芸術家が槌を振るう。 その度に、柱は削れて破片を散らす。 散った破片が蠢いて、石で出来た人型が生まれる。 石の巨人を中心に、人型が2体、芸術家を護るように佇んでいた。 ●芸術家の想い 「美術館に発生したEフォース(芸術家)と、それを護るEゴーレム(炎石の巨人)、Eゴーレム(人形)が2体。合わせて4体のエリューションが今回のターゲット」 モニターに映っているのは、小さな地方の美術館だ。 その一室に、芸術家たちは発生した。 「Eフォース(芸術家)は、ただひたすらに柱を彫り続けているわ。その度に散る破片が、ゴーレムや人形に融合して、その力を増加させる」 何を彫っているのかしら、と、『リンクカレイド』真白・イヴ(nBNE000001)は溜め息混じりにそう呟いた。 「芸術家の目的は不明だし、放っておいても害はないのかもとは思うけど、放置はできない」 何かを作ろうとしている芸術家は兎も角として、ゴーレムや人形はどうも物騒な香りがする。 失われているらしい芸術家の記憶が気にならないでもないが。 しかし、世界の崩壊に繋がる可能性は排除せねばならない。 「炎石の巨人は高い攻撃力と、防御力を備えている。人形は、頑丈で素早いのが特徴」 どちらも、目的は芸術家の守護だろう。 急ごしらえにしては、精緻な作りをしているので、討伐するのは惜しい。 惜しい、が……。 「とりあえず、現場に行ってどうするか判断して欲しい。即座に討伐するのか、様子を見るのか……。一応注意してほしいのだけど、警備員がそのうち巡回に来るから」 そう言ってイヴは、仲間たちを送りだした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月14日(水)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●クリエイター魂 カンカンと甲高い音が響く。一定のリズムで、淀みなく。 美術館のある一室。部屋の中央にある太い柱の前で、男が1人、杭を片手に槌を振るう。 そんな男を護るように、部屋の入口を向いて巨大な岩の人形が立っていた。頭と腕とが炎に包まれている。じっと動かず、佇むばかり。その周囲に、石で出来た人間サイズの人形が並ぶ。 男は、一心不乱に槌を振るい続けていた。柱以外、何も目に入ってはいないようだ。 失われた自身の記憶を、存在意義を、そうすることでしか思い出せない。そんな気がしていた。 ●芸術家を護る盾 「運命を失った者の末路はひとつ、これだけは変わりませんのね。だから参りましょう。終わらせるために」 美術館の裏口から、8人の男女が館内へと忍びこむ。小さな美術館だからだろうか、警備は手薄だ。それでも、不審者の接近に気付かないはずもなく、2人の警備員が扉の前に立ちはだかる。『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)は、困った顔をして、どうしましょう、と仲間に問うた。 「警備員に悟られない様……と思っていたけど、手遅れみたいね」 マスケット銃を取り出しかけて『鋼脚のマスケティア』ミュゼ―ヌ・三条寺(BNE000589)は動きを止めた。普段、荒事に向き合う機会が多いためうっかりしていたが、この国では銃火器の所持は認められていなかった。 ミュゼ―ヌの肩に手を置き『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)が警備員の前に歩み出る。正真正銘、社長令嬢である彼女は、こういった交渉事に慣れているようだ。スキルを活性化しているというのもあるだろう。 「ここは私が……」 と、警備員に事情を説明する。会話の内容は聞こえないが、何かしら理由をつけて、時間外入館の許可を得ようとしているようだ。 「お、パンフレットはっけーん」 彩花が警備員と話をしている間に『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は壁際に置かれていた書棚から、館内パンフレットを抜きだし、ページを捲る。今回現れた芸術家のEフォースに関係しそうなページを探す。横から『六芒星の魔術師』六城・雛乃(BNE004267)もパンフレットを覗きこんでいる。 「柱の彫刻の完成品も見てみたい気はするけど、とりあえず崩界の要素は止めないとね」 と、そう呟いて胸につけた缶バッチを握りしめた。 数分後、彩花が警備員を伴って戻って来た。入管許可証を人数分手にしているのを見るに、どうやら交渉は上手くいったようだ。 順番に、警備員の横を通り抜けて館内へ入る。最後に館内へと足を踏み入れた『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモ二ア・若月(BNE000650)は、ふと足を止めて、ごめんなさい、と呟いた。 直後、彼女の放った閃光を浴びて警備員2人は気絶してその場に倒れ伏した。 「お仕事に忠実なだけなのに……斯様な事態に巻き込んでしまい……ごめんなさい」 もう一度謝罪の言葉を口にして、警備員を警備員控室の中へと押し込んだ。 許可を得たとはいえ、これから館内で行われるのは戦闘だ。危険の伴う現場に、警備員たちが迷い込まないとも限らない。それならば、と念の為気絶させておくことは、彼らの安全のためなのだ。 「さてっ準備は完了しました、行きましょうっ」 警備員の無力化が完了したことを確認し、離宮院 三郎太(BNE003381)はネクタイを締め直す。耳を澄ませば、通路の先から地鳴りのような音が聞こえて来る。 どうやら音の出所は、芸術家の居る部屋のようだ。 「………………………………………………………………………………………………………あはっ」 歪んだ笑みを浮かべ、カクンと首を傾ける。『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)は肉切り包丁を取り出し、急ぎ足で通路を先へと進んで行った。 配電盤を操作し、芸術家の居る一室に明かりを灯す。炎の頭と腕を持った岩の巨人と、人形たちが一斉に入口を注視。しかし、芸術家だけは柱に何かを彫り続けている。どうやら、リベリスタ達の接近に気付いていないらしい。 「ああ、自分探し。人をやめてまで自分探し。人間いくつになっても何になっても変わらないものデスネ」 地面を蹴って、行方が飛び出す。一直線に、巨人目がけて飛びかかった。肉切り包丁が床を擦って、耳障りな音と火花を散らす。大上段から、両手に握った刃を叩きつける。巨人は、燃えさかる腕をクロスさせ、それを受け止めた。 炎の勢いが増して、行方の身体を包み込む。床に叩き落された行方の元に、人形が覆いかぶさる。 「全体は狙えないか……」 ドロリ、と雛乃の手首から血が溢れる。溢れた血は、黒い鎖へと形をかえ、濁流となって行方に群がる人形を飲み込んで行く。雛乃の振るう杖に指揮され、鎖は踊る。炎に包まれた行方めがけ、巨人が拳を叩きつけるように振り下ろした。 「ごめんなさいっ」 謝罪の言葉と共に、旭が敵の只中へと駆け込んで行った。雛乃の開いた空間の中心に、旭は着地。スカートを大きく翻し、脚を蹴り上げた。目にも止まらぬ鋭い足刀が、空間を切り裂き、巨人の腕を弾き飛ばした。 巨人の身体が後ろへよろけた。それを確認し、シエルが飛ぶ。 「癒しの吐息よ」 シエルの囁きと共に、淡い燐光を含んだ微風が吹き抜ける。風は優しく行方の身体を包み込み、その身を覆っていた炎を掻き消した。ビデオテープを逆回しするみたいに、行方の身体から火傷が消えていく。 「今回のメンバーは女性ばかり……可能な限りボクは前に出て戦いましょう」 行方と入れ替わるように、三郎太が前に出る。気糸に包まれた鉄甲を振りあげ、巨人へと殴りかかるが、その進路を妨害すべく人形の1体が、体を分解して三郎太へ襲い掛かる。 「ボクには効きませんっ」 麻痺を付与する人形の舞いだが、三郎太には通用しない。気糸を解き放たれた気糸が、巨人の眉間を狙い打つ。 燃えさかる炎に焼かれ、三郎太の気糸は巨人の頭には届かない。しかし、隙をつくることはできた。 「事情はどうあれエリューションは崩界を招く存在。残念ですが見逃すわけにもいきません」 彩花は軽いフットワークで、巨人の懐に潜り込むと鋭い打撃を、巨人の顎に叩きこんだ。炎に包まれた巨人の顔が、彩花を捉える。標的を彩花に変更したようだ。腕を伸ばし、彩花の身体を掴みあげる。ギシ、と骨の軋む音。次いで、高熱の炎が彩花の身を焼く。 彩花の口元から、血が零れた。 「個人的には、貴方が生み出す物をもっと眺めていたい気持ちはあるのだけど……」 彩花を捕縛する巨人の腕を、至近距離からの銃撃で弾きミュゼ―ヌはちらと芸術家へと視線を向けた。落下してくる彩花を抱き止め、後退する。それを追って、巨人と人形がミュゼ―ヌに迫る。 踊るように振り回される人形の腕が、ミュゼ―ヌの肩から胴にかけてを切り裂いた。飛び散る鮮血が、ミュゼ―ヌと彩花の顔を濡らす。バランスを崩したミュゼ―ヌの頭上に、巨人の拳が迫った。 「私、癒しだけが取り得のホーリーメイガスではありませんのよ……」 低空飛行で、ミュゼ―ヌと巨人の間に、割って入る影が1つ。銀髪を風になびかせながら、櫻子は仲間を護るように両手を広げた。 櫻子の全身から、眩い閃光が放たれた。閃光に焼かれ、巨人と人形が踏鞴を踏んで動きを止めた。 その隙に、ミュゼ―ヌは彩花を連れて後退。先に退避していた行方や三郎太と共に、シエルの治療を受ける。 交戦開始から、数十秒。 それなりに激しい戦闘だったはずだが、芸術家はまだ、こちらの存在など気にもとめてはいなかった。 力強く振り下ろされる槌が、杭を叩く。豪快かつ大胆に、しかしその結果、柱に彫り込まれるのは繊細な彫刻。どうやら、人の輪郭を彫っているようだ。床に散らばった柱の欠片は、ぼんやりと光って、巨人や人形の身体に同化していく。 その度に、巨人と人形の放つ生命力のようなものが、一層強くなるのを感じた。 地響きと共に、巨人が駆ける。 巨人に先行して、人形はその身をバラバラにして周囲を飛び回っていた。立体的な攻撃。人形の触れた壁や床に、鋭い切傷が走る。 前線に出ていた旭や彩花の身体にも、深い裂傷が刻まれ、血が溢れた。 このままでは、こちらの陣営にまで巨人に攻め込まれてしまうだろう。それは何としてでも避けるべきだ。後衛にまで攻め込まれては、隊列を組んだ意味が無くなってしまう。 しかし、飛び回る人形が邪魔で前衛の攻撃は巨人に届かない。 その上……、なんとタイミングの悪いことだろう。 『なんの騒ぎだ? お前達、何処から入った?』 騒ぎを聞きつけ、警備員が1人、部屋の中に入って来たのだ。 目の前で繰り広げられる、およそ現実とは思えぬ光景。燃える巨人に、動く人形。武器を手にした数名の男女。悲鳴をあげることもできないまま、警備員の思考は停止した。 「くっ……。これをっ!」 後衛のシエルに向けて、旭がスタンガンを投げ渡す。スタンガンを受け取ったシエルは、素早くそれを警備員の首筋に押しつけた。警備員の身体が痙攣し、その場に倒れる。 「先ずは自分に出来ることをさせて頂きますね」 警備員を抱きかかえ、シエルは部屋を飛び出した。ある程度部屋から遠ざからねば、巨人の攻撃に警備員が巻き込まれることになるかもしれない。考え得る限り、最悪の事態だ。エリューションの攻撃に、一般人が耐えきれるものか。 警備員が連れだされたのを確認し、雛乃は杖を掲げ、空中に魔方陣を描く。 魔方陣に誘導されるように、黒鎖が空中へと放出された。大きく弧を描くように鎖の束が空を駆ける。鎖に弾かれ、バラバラになった人形の身体が地面に叩きつけられた。 「出来るだけ早い対象の撃破を狙いましょう!」 「急ごしらえでつくったものがこんなに強いんだもん。魂込めて作ったものに、危険が生じる可能性だって決して低くはないよね」 地面に散らばった人形の身体を、三郎太の気糸が貫いた。身体のパーツは砕けたが、それでもなお、人形の頭部は宙へと舞い上がりリベリスタ達へと襲いかかろうとしていた。しかし、旭の鋭い蹴りが人形の頭部を、粉々に砕き割った。 直後、大きく薙ぎ払われた巨人の腕が、三郎太と旭の身体を壁際にまで弾き飛ばす。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう」 櫻子はそう呟いた。淡い燐光が飛び散って、2人の身体を優しく包む。燐光の最中を突き抜けて、包丁を振りあげた行方が巨人の懐に飛び込んだ。 「貴方が遺した物は、いつまでも残って人の心を動かし続けるわ」 マスケット銃の銃口は、まっすぐ巨人の眉間を捉えている。ミュゼ―ヌの放った光弾は、巨人の眼前で弾け、目を焼くような閃光を撒き散らした。一瞬、巨人の動きが止まる。 その直後。 「力技がボクの得意な分野デスカラ、やるべきことは力技。打ち砕くのみなのデス」 身体ごと、ぶつかるようにして叩きつけられた行方の刃が、巨人の首と胴体とを、一撃の元に斬り離した。首が床に転がると同時に、巨人の腕と頭部から炎が消えて、その身に溢れていた生命力が消失する。 人形は砕け、巨人はその動きを止めた。 残る相手は、未だ柱に向かって何かを彫り込んでいる芸術家だけだ。 拳をきつく握りしめ、彩花はゆっくり、芸術家の元へと歩み寄っていく。 ●芸術家の残したもの 「貴方自身もよくわかっていないようですが……何を求めて、何を残そうとしていたのですか?」 彩花はそっと、芸術家の背中に語りかける。槌を振るう手の動きは、いつの間にか繊細なものになっていた。作品の完成が近いのだろう。芸術家の姿は、少しずつ薄れていく。 『少しだけ、思いだしたよ。私は、神に憧れていたのだ……。神は土から人を作った。どれほど精巧に作れば、土は人になるのか。土をこね、木を削り、岩を砕いて、それでもなお、私に作れたのは芸術品のみ。芸術品は、人ではない。いくら想いを込めても、それらが意思を以て動き出すことはない』 彩花の方を、チラとも見ないまま、彼は杭で柱を削る。最後の仕上げに入ったようだ。芸術家の身体は、既に半分ほど消えている。 カツン、と最後に一度杭を打ち込み、そして芸術家は自分の作品を注視する。 暫く、完成した作品を眺めていたが、やがてゆっくりと杭を床に置いて小さく首を横に振った。 『これも違う……』 その一言を残して、芸術家は光の粒となって消えた。Eフォースとしての彼の存在が消滅したのだ。 柱に残されていたのは、光を背負った男の姿。写真のように精巧で緻密な、神のレリーフ。 結局、芸術家は気付かなかったのだろう。 彼が作品を彫っている背後で、彼によって命を与えられた石の人形が、彼を護る為に戦っていたことに。 「この『作品』は、なるべく丁重に扱ってもらえるよう美術館の関係者にお願いしてみます」 すでにこの場にいない芸術家に向け、彩花は告げる。 芸術家は、神にはなれなかった。 しかし、彼の残した作品は、神話さながらに後世へと伝えられることだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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