●鍼灸師の憂鬱 その鍼灸師、端平 康介(はしひら こうすけ)は革醒者である。実力は殆ど無い。ただ革醒しちゃった、程度の膂力と耐久力を持ち合わせ、テレパシーと他者より強い感受性(神秘特性の一種である)を得た程度の男である故に、神秘界隈では殆ど知られる事無く生きていた。 まあ、ここで特筆すべき点を挙げるならば。彼が用いる灸は神秘に踏み込んだレベルのものであり、それが一般人に影響を及ぼさなかったのは、偏に彼の裁量が絶妙だった為とも、言えるだろう。 とはいえ、神秘のバランス感覚というのは非常にナイーヴなものであり、僅かなミスは重大な事件に繋がったりすることもあり。 そんなものを放っておくことは、『どちら側からも』どだい無理な話であった。 だもんで。 加減を知らない連中というのが大体において混乱の元となるのは、神秘界隈ではよくあることである。割とマジで。 ●もう(どっちが悪なのか)わかんねぇな 「何だろう、お灸ってそんなにヤバげなものだったっけ……?」 「話を聞いたら日本鍼灸師会がカチギレするんで内緒ですよこういう人。神秘界隈だからセーフ」 なんかメタい話題がチラっと見えた気がするが気にしてはいけない。いけないんだ。『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の表情が凄く真顔入っているのも、色々危ない橋を渡った結果なのだろう。笑うしかない。 兎に角、今回の案件の重要人物はこの鍼灸師であることは間違いないらしい。資料によれば、神秘特性が無い代わりにアーティファクト・クリエイターとしての才能が芽生えたとか、なんとか。 それも「灸」や「鍼」といった、一時的なブーストや治療に用いられる系統専門とのこと。ほっといても問題なさそうな気はするが、結局のところ神秘なので公になるのもどうかと思うし、方向性を誤ればフィクサードの戦力の一時的増強からの事件……など、考え始めれば枚挙にいとまがないケースなのだ。 「言いたいことは理解したよ。要はこいつがどっかにスカウトされるまえに保護しろと、そういう」 最近多いよな、とリベリスタが訳知り顔で頷いたのに、しかし、と夜倉が返す。それに限らないということなんだろうか。 「今回のケースは状況が一歩踏み込んで悪いです。既にフィクサードが接触しておりまして、彼が偶然作ったアーティファクトを獲得している。当然、灸なので一過性のものですし数も少ないですが、それによるブーストをした上で彼の住む地域の破壊活動に乗り出したようで……」 「つまり本来は兎も角、ちょっと強くなっていると」 うわぁ面倒。 下級フィクサードとか駆け出しのお使いになってしまえばいいのに(悪意ある表現)、結局厄介どころになっているようだ。 能力強化をやってのけるアーティファクトもそうだが、どうやって奪ったのやらといった風情でもある。人が良すぎたのだろうか。 「……ああ、因みにそのアーティファクトの名前ですが」 「うん」 「『ファッ灸』です」 「お前がてんで駄目だよ馬鹿」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月12日(月)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●全日本お前が言うな選手権 「ほぉ~……これはまた威勢のいい喧嘩祭じゃぁのぅ、婆さんや」 「イヤですよォ、お爺さん、あれは本当に喧嘩しているんじゃないでしょうかねぇ」 「おやおやおや、それは危ないねぇ、恐いねえ……おやまあ、あれは何だい」 「そうさねぇ爺さん、ありゃご神体ですよォ」 ――フェイトというものは、分別なく残酷だ 「神様扱いされながら言う事じゃねえだろ面倒臭えなあテメェ!」 荘厳とすら思える動作、冷静な挙動から放たれたジャッジメントレイがフィクサード達との出会い頭で炸裂したなら、それを見た一般人が最初に覚えるのはただただ、畏怖だったのではあるまいか。 尤も、『Seraph』レディ ヘル(BNE004562)がそれを望んでいるか否かと問われれば、或いは否なのかもしれない。彼女が、そのようなものを求めて戦いに赴く訳はない。 飽くまで彼女は遣わされたものであるべきで、崇められるべきものではない。少なくとも、彼女自身にとっては。 だが、この戦場は何だろう。この群衆は何だろう。老齢に差し掛かった者達にとっての神仏観念とは、ここまで『緩い』ものなのか。 残念ながら、これが事実だと言うべきか……。 「私もこの年になると針や灸の世話になるのも考えるんだけどねえ……いや」 「経穴に薬草を乗せ着火する……たしか民間療法の一種だったかな?」 「うん、あれは一度体験すると癖に……いやいや」 私は若い、と誰に弁明するでもなく首を振った『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)の様子を不思議そうに眺め、エイプリル・バリントン(BNE004611)は静かに、然し優雅に戦場へと足を踏み入れた。 鍼灸。東洋の神秘の一端とも言えるその技術に文字通り『神秘』が宿った経緯についてはいささか以上に気になるところではあるが、今はそれどころではないのも事実。それに触れるためには、先ず目の前のフィクサードを何とかしなければならないのだ。故に、彼女が振るった演舞にも似た鉄扇の挙動は、フィクサード集団の過半の視線を釘付けにすることを可能とした。 純然に、十人が十人捉えられなくとも問題はない。一人でも足止めできるならそれは既に策として成功しているのだ。 「なんと言うか、典型的な小物といった感じの連中ですね」 エイプリルの手から漏れたフィクサードを狙い、或いは上書きするようにしてその感情をコントロールするのは『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)である。熟練者である彼女を介さずとも、眼前の集団が揃って小物臭が酷いことは理解できた。出来たのだが、それでもそれなりにベースとしての実力があり、アーティファクトの強化を受けているというのなら面白くもない話だ。そういうのは往々にして、面白いとか言う前に厄介だ、とか面倒だ、とかが先に来る。彼らのような雑兵が際限なく現れるからこそ七派というのは厄介であり、凶悪なのだが……残念なことに、彼らは七派ですらない。それを理解したときの彼女の得も言われぬゴミを見る目つきといったらなかった。カメラこっちです。こっちを、是非。 「な、なんだこれ……何が起きてるんだ……」 「それはもう、貴方が蒔いた種でしょう。分かったら早く去って下さい、邪魔ですから」 アーケード街の隅で、暴れまわるフィクサードを物珍しげに眺める老人方が何故こうも多いのか、という疑念は誰あろう保護対象のせいだったのは言うまでもない。だからとっととこの場から逃げてほしい、と『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は心から思っていた。彼が作ったアーティファクトがそもそも何を元ネタ、もといどんな感情から生み出されたのかは知る由もないが、兎に角面倒くさいので倒れられては困るというのが基本である。どうでもいい話だが、何事も無かったかのようにうろつくこのクラスのリベリスタとかフィクサード達にとってはある意味存在が公害レベルである。被害量的に言い訳は聞かない。 「フィクサードに利用されちゃうのは困るけど、だからってアークに保護されたところで、ろくに活用もされずに一生飼い殺しにされるだけだと思うんだけどな~」 魔術師をそうと呼び習わすのは、探究心とその結実、ないし開花の繰り返しである。『六芒星の魔術師』六城 雛乃(BNE004267)にとっての魔導は、己の中で練り上げるだけのものであり、技術交流から発生する革新とは、ともすれば無縁なのかもしれない。力あるアーティファクトも、その技師も、そういう意味では彼女の人生に何ら影響を及ぼさないばかりか、アークの救済が結果としてその革新を摘み取るものと見えたのだろう。そういう意味で、彼女の失望というのは尤もかもしれない。それが、構成員として正しい主張かと言えば否。選択する自由をかなぐり捨てて、その不条理を両目に収めようとしたなら趣味がいいものではないが、その分、流れ弾や魔術のたぐいを受け止める覚悟くらいは、あるのだろう。無い、とは言うまい。堂々と立つ姿がその証拠だ。 そんな乱闘現場はどこ吹く風、付喪が車椅子を手に奔走するのとは別方向で救助に走るのは『トーレトス』螺子巻 言裏(BNE004974)。本心としてはそこまで積極的に助けるとか、そういう使命感は薄いのかもしれないが……それとはまた別に、本人にはそれなりに人命救助に積極的になる理由があった。知るものが多いとは思えぬその趣味嗜好に則った、実に「らしい」動機というものに衝き動かされる姿は実に、人間らしい。 何故か火事場泥棒と言いかけた気がするが気にしてはいけない。動きの機敏さを見れば一応、真剣にコトにあたっていること「だけ」は事実なのだから。 「安全な所まで連れてくから、さあ座った座った」 「おんやまあ、ご親切にどうもぉ。アレは何かね、アト……あと、アトランタ? そういうもんかい?」 「アトラクションかい? そんな可愛いもんじゃないよ」 付喪の押す車椅子に体を預けた老女が、しげしげと戦闘風景を眺めながら問いかける。こんなアーケード街の隅でヒーローショーがおっぱじまるならそれはそれで大分末期だと思うが、それでなくともこのやりとりはどこか緩さを感じる。早々に合流したいのは事実だが、このノリに巻き込まれれるとそれどころでもないのだろうなあ、と思う彼女もまた居るのであった。なんともはや。 「ヘルが動いてくれてるから大分マシだろうけど私はこの調子だ。壁役、宜しくお願いするよ」 「合点承知!余裕のよっちゃんさぁ!うしろの子達は頼んだよっ」 彼女の言葉に気風の良い声を返したのは『遺志を継ぐ双子の姉』丸田 富江(BNE004309)である。護るための力としてこれ以上ない勢いで、真っ向から敵を蹴散らす姿は勇壮であり類を見ない威圧感を漂わせている。彼女を相手に、その勢いを前に、果たして怒りをそのまま叩きつけられるだけの胆力が彼ら野良フィクサードにあろうか……? 「どけつってんだよ、ババア! この南瓜みてぇになりてえってのか? オ?!」 うわぁ古典的。この上ない古典脅し芸が冴え渡るフィクサード集団だが、相手が悪すぎた。芸も悪かった。折角の南瓜を握り潰したのだ。食べ物を、大事な大事な食べ物を握り潰したのだ。これはよくない。 「はははっ! 分かりやすいねぇ! でもそういう事するのだけは頂けないねぇ!」 彼女を前にして。食を何より是とする女性を前にして、そんな行為を行った代償が如何ばかりになるのか、など。彼らにはわかるまい。怒りに目が眩んだ彼らには、その名声は伝わるまい。 広げられた翼が打ち振るわれ、突風を辺り一帯に吹き散らす中、男は豪快な笑い声を聞いたのだという。 ●こういう展開ばかりはこの(以下略 ――フェイトに選ばれし者達よ。その身に宿るロゴスを悟れ。さもなくば、死が待つ 「死ぬのが怖くてフィクサードやってられっかよォ! お前らアークが怖くて勧誘がやってられっかってんだボケェ!」 っかしーなー、ここ間違いなく見せ場で使われる台詞なんだろうけどなー。 ヘルの言葉は、その姿との神話性も相まって、本来の実力程度なら恐れに足を竦ませるであろう脅威をフィクサードに植えつけた可能性がある。だが、怒りに我を失ったフィクサードにはそんなものはどうでも良かったようだ。 だからこそ、彼女が気兼ねなく戦場に身を投じることが出来るのだが……まあ、こういうこともあるよね。 (大御堂もバリントンも動いているのだ。これ以上、そう大きく戦場が崩れることはあるまい……) ヘルは味方に、一定以上の信頼を置いている。それぞれがそれなりの場数を踏んだ者ばかりだ。多少空気感が違うとはいえ所詮は総体として弱敵の類と聞く。そう長く時間を取らずに勝利することも難しい要求ではないだろう。彼女は、そう踏んでいた。 その思考は間違いではない。神秘を気取られぬよう細心の注意を払い、力の抑制を与えられようと、彼女の威光は防げるものでもない。……だが、彼女を、彼女たちをして不測があったとすれば。 弱敵というその特性が、力を得た結果というものにあまりにも、『突き詰めた』者達が無頓着だったこと、ぐらいだろう。 魔術、弾丸、矢、或いは投槍の類。 近くとも遠くとも倒される未来が見えるとすれば、怒りに震える者達が退くなど余り考えられはしなかった。 ただ、射界を広く取る事のできる者が一人でも居るなら、同じような相手を狙うのは当然であり、そうする場合、より遠くから狙うだろう。 当たり前の道理だが、冗談のような戦場で当然のように与えられる好機ではなかった。 それでも。心の底から退屈そうに、その任務が実に下らないものであると欠伸すら噛み殺さんとしている不心得者一人を貫くには十分すぎるほどの猶予があったのだろう。 術者としてこれ以上ない暴虐を振る舞う少女を狙うのは勇気が要った。タイルを割砕くことすらしない、フィクサード達にとっては数発喰らえば当然お陀仏モノの魔術を涼しい顔で振るう彼女の頭部で弾けた炸裂音は、無防備な姿には余りに致命的だった。 狙われている。相手も見える。だが、射程圏に居ないことは理解できる。堂々と立つ自身を嘲笑うように隠れ、逃げ、撃ち、動く姿は怒りの淵でちらつく知性か。 それを賞賛することも許されず、少女は知らず体を傾いだ。 「元が雑魚すぎるせいかしら。アーティファクトの効力がいまいち窺い知れませんね」 自分たちが強すぎる所為、とは口が裂けても言わないだろうが、実質のところ、実力差が大きくその現実味を喪わせているのは違いあるまい。 少なくとも、油断ひとつで大きく戦力を削がれるピーキーさは彩花には存在しない。存在したとして、彼女が油断なんてものをするかといえば別問題でもある。 彼女の言葉そのものが怒りを与えることに重点を置いたものである、と考えれば効果の絶大さは語るまでもない。現に、多少の被害は差し置くとしても一般人の避難も順調に済み、戦力を傾けて一気に押しつぶすを待つばかりなのだから。 「おじいさん処女? そうだね、きっとそうだ」 「……今、凄く」 聞こえちゃいけない単語の組み合わせが聞こえたような、とこめかみを抑えたが、幻聴ではないのだ。 「あちゃー、あの八百屋は再起不能だねー。ご主人が生きてただけマシっちゃマシだけど次、次ぃー」 言裏の言葉のドライさが果てしないが、それなりに、一応、ちゃんと、救助活動を行っていることだけは伺える。どうやら先程の問題発言はコイツらしいが、聞かれた側のご老体も何顔赤くしてたんだかわからない。 絶対彼は助けるぞと決意したとかしないとか、決意っていうかケツ威か。やかましいわ。 ともあれ、救急車の手配も流れるように行い、低空飛行をそれと悟られぬレベルで行いながら救助する姿に気負いが一切感じられないのはある種才能でもあった。 「……まさか私じゃなくてそっちを狙うとは思いませんでしたよ」 幾度か飽和火力で戦場を蹂躙した同士が地に伏している自体を眺め、モニカはやれやれと盛大にため息をつく。オーバーリソース、オーバーリターンな相手を狙うならもう少し連射性の高い自分を狙えばいいだろうに、やはり相手方はどこまでも理性語りていない。理性というか、そもそも理性が残っていてもここまで圧倒的に進めている以上戦略性の足りなさは歴然としているわけで、今更彼らの至らなさに言葉を重ねるのも無駄だろうとは思っている。 幾度も放り込んだ過剰火力をしてまだ生きている面々が居ることに、舌を巻くことは無い。寧ろ、その幸運をもっと別の場所で使えば良かったのに勿体無いとしか思えない。今が早いか、倒れるさだめだというのに。 感動も起きず放たれる砲火は、また何人かを消し炭に変えた。 「それなりに激しい戦いなんだろうけど、強化方法がアレだとなーんか気が抜けるねえ。救助は終わったし、私も手を貸すよ」 「そういえば端平はどうなったのかな、離れてるといいんだけど」 「ああ、それなら問題無いんじゃないです? あの怯えっぷりで戦闘中に出てくるほどのアホヅラには見えませんでしたから」 合流した付喪と、彩花とは別方向で敵を集めていたエイプリルの疑問に、モニカは眉を動かさず応じる。先ほどの会話からすれば、追いかけるフィクサードも居ないだけに問題ないだろう。 「どっせぇぇぇぇぇぇい!!アンタ達の相手はこのアタシだよっ!!」 どかーん、どかーん、とエイプリルに近づくフィクサードをちぎっては投げする富江を止められる者は居なかった。リベリスタにも、フィクサードにも。 何せ一度火が付いてしまった全力系オカン気質クロスイージスを止められるほどシリアスな状況でもない。笑い話のひとつにするには、単純な怒りと義憤とでは比べ物にもならないのだ。 不幸があるとすれば、リベリスタ側とフィクサード側での素の戦力差も無論だが、何ていうか、それ以上に見るべきところがあった気がするのだ……。 ●結局のところ 戦闘によってフィクサード集団を壊滅させたとは言え、アーケード街の被害は想定されているよりずっと少ないレベルだったといえるだろう。 多分色々補正があったことは想像に難くない。言裏が先の老人を口説いているような気がするがきっと気のせいだろう。違いない。 ――意志無き力は、悪にも染まる。フェイトが齎すのは力だけではない。それを知れ、知らぬことは罪だ 「あ……っと、フェイト……? 最近やたら色々分かるようになったコレのことかい?」 言葉を投げかけ、返答を待たずして去ろうとするヘルの背に向け、康介はおずおずと言葉を投げかける。 偶然手に入った、力とも言えない何か不思議なものでこうも巻き込まれるなど、彼からすればいい迷惑なのかもしれない。だが、結局はそんなものは言い訳でしか無いのである。 革醒とは斯くも選択を許さぬものだ。 「あ、そうそうアタシも最近、身体の節々にガタが来てねえ……みんなの為にその腕ふるっておくれよ?」 きっと喜ぶ、と背中を強く叩いた富江の笑みは、しかし思い悩む彼の意識を祓うに十分すぎる勢いがあった。 おそらくは。付喪もまたその恩恵を預かるに足る猶予があったことだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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