●高貴なる紫の花 山は濃い緑に覆われていた。夏の強い日差しを浴びた木々は枝葉を思いっきり広げている。人里離れ、見る者とてないけれど美しい場所だった。そして一際美しいのは山頂付近の突き出た大きな岩の根本に生えた大木であった。逞しく大地に広がり幹を支える太い根、緩やかな曲線を描いて空へと伸びた沢山の枝には高貴なる紫の花が房になって垂れ下がっている。季節外れの花が満開となって咲き誇る……山の女神の様な風格さえたたえた藤の巨木の周りには、清々しい白の紙垂をつけたしめ縄が渡されてあった。 ●花散る山 アーク本部に集まったリベリスタ達に『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は今回の事案について説明を始めた。 「本件はエリューション・フォースの無力化です。先ずはお手元の資料を参照して下さい」 和泉は数枚の紙をひとまとめにした物を既にリベリスタ達に配布してあった。それには狂い咲きの藤を狙って出現する敵のイラストが添付されていた。それほど上手な絵ではないが、沢山の手の様な枝と歩行出来そうな根が生えた大木が描かれている。 「元々は自然を、美しい花の咲く古木を神とみなして敬う心……実体を持たない緩やかな信仰心のようなものが変容し暴走しています。今は更なる花を奪いたいという欲望を満たしたい浅ましい存在です。対象の消去が今回のミッションとなります」 資料にも『希望する成果』の欄に消去の文字が記されている。 「通常は何時エリューション・フォースが出現するのか不明ですが、強い花の香りを起こす事によって出現する可能性が75%に上昇します」 この性質を使えば敵の出現する時間をリベリスタ側がコントロールすることが出来るかもしれない……と、和泉は言う。 「エリューション・フォースの初期攻撃対象は藤を守るしめ縄で弱い守護結界の力を持っています。神秘攻撃力、神秘防御力に優れていますが、物理攻撃力、物理防御力は見劣りがします。日の出から日没までは強いリジェネレートを持ちっています。尚、藤の花が散り敵が目的を達成すると、強化されるので消去が難しくなります。留意して下さい」 説明を終えた和泉は同じ事が資料にも明記してあるからと言い、表情を引き締める。 「それでは……当該神秘、その性質により消去対象を認定済みです。至急の対処を要請します」 健闘を祈ります、と和泉はニコッと笑った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月15日(月)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●神木の穏形 まだ太陽は空高く、夏の青空に綿菓子の様な白い雲が浮かんでいる。山頂近くに咲く藤の木は周りに遮蔽物はなく、強い日差しが容赦なく照りつける。それでも、手分けして持参してきたテントの機材、布を使ってリベリスタ達は作業を続けていた。アウトドア用の軽量化されたものとはいえ、骨組みとなるグラスファイバー製のポールを木の周囲に立て、そこにテント生地を被せ覆い隠す様にする。 「十二神将とまではいきませんが、頼りにしていました。ありがとう」 先乗りさせていた鳥を憑代とした式神が『下策士』門真 螢衣(BNE001036)の元に戻ってくると、それに小さく微笑んでねぎらいの言葉を掛ける。 「こたびの敵は元々は信仰心から生まれた者でござるですが、どうしてこんな事になってしまったのでござるでしょうか」 詮無い事とはいえ、どうしても『サムライガール』一番合戦 姫乃(BNE002163)には理解出来ない。だが、なすべき事はしなくてはならない。 「何もかも最後は運次第……日中に花盗人が来ませんように」 全てを望む無粋な花盗人が出現するよりも早く……と、『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は飛べるという利点を活かして慎重かつ迅速に作業を進めていく。 「必要だとは言え、ちょっと罰アタリな気もしちゃうわね」 準備しておいたロープを巧みに使って身体を固定しながら、『薄明』東雲 未明(BNE000340)は高所での作業を続ける。 「少しヘクスの美的感覚から外れますが、楽にお金を稼げた方がいいですからね」 しっかりと覆い隠された藤の神木を見上げた『ぜんまい仕掛けの盾』ヘクス・ピヨン(BNE002689)は率直に感想を述べる。労力に見合う報酬を手に入れる事が出来るのか、それはやがて現れる『敵』との戦い次第だが、負ける事は絶対にない……それでは稼げないからだ。 「綺麗な花ですけど、少しだけ我慢ですね。では、お茶にしませんか?」 覆いを掛けた藤の木を残念そうに見上げたあと、『紅茶館店長』鈴宮・慧架(BNE000666) は皆に声を掛ける。持参してきたポットには暖かく薫り高い紅茶が入っている。 「せっかく鈴宮嬢が仰ってくださるんですから、あっしもご相伴に預かりやすかねぇ。ここまでやったら頃合いを待つしかないですからねぇ」 服を数度手でぱんぱんとマントの汚れを払った『切られ役』御堂・偽一(BNE002823)が笑みを刻む。 「……くすっ、くすぐったいです~」 少し離れた木陰でゴロリと横になっていた来栖 奏音(BNE002598)がまだ夢見心地で風に運ばれ顔に落ちた葉を手で払いのける。そのまま寝返りをうつように横向きになったが、どうやらまだまだ起きあがる気配はない様だった。 ●神秘の顕在 夕刻、そらは淡いすみれ色に変わり点在する雲は鈍色に沈む。 「そろそろ茶器は片づけてしまいましょうか?」 慧架はポットの残量を確認してから顔あげ皆に言う。紅茶はわずかに残っているが、ティーブレイクは終わり、本来の目的を果たす刻が来た様だ。 「……ごちそうさま」 ごく薄い白磁のカップを慧架に手渡した螢衣はその足で藤の神木から遠ざかるように歩き、点在しているランプも点灯させていく。 「こっちも点けるわね」 未明は腰にさげた懐中電灯のスイッチを入れ、淡い黄色がかった光を灯す。 「テント生地を外すでござるですよ!」 愛らしい桜模様の導師服を着た姫乃がぴょんぴょんと跳ねながら神木に掛けられた覆いを取り外していく。さすがに姫乃1人で立派な枝振りの神木をすっぽりと隠したテント生地をはずせるわけもなく、『未姫先生』未姫・ラートリィ(BNE001993)は自前の翼を使って高く舞い上がり、丁寧に生地を取り払う。『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)は翼の加護を使って皆に一時的な飛行能力を付与しつつ作業を手伝い、ランプを点灯させ終えたエリス・トワイニング(BNE002382)も手を貸し始める。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だけは早々に戦闘の準備を始める。 「こちらも使いましょうか?」 シエルがたもとから取り出したのは、てのひらにすっぽりと収まってしまう程小さくて可愛らしい小瓶だった。その金色の蓋を取ると仄かに花の香りが漂う。 「うむ、良い香りですね」 へクスの手にもシエルと同じ香水瓶があるが、シエルが持つ小瓶よりも更に半分ほどのミニミニボトルだ。へクスの考えによれば、敵を誘き寄せるための香りに使う費用などこの程度で充分なのだ。 「おはよう! 朝ですよぉ~奏音の偽お日様ですよぉ~」 いつの間にかゴロゴロと寝転がっていた奏音は神木近くの付きだした岩の端に立っていた。全身からはまぶしい光が辺りを強く照らしている。 「こいつはしょっぱなからついていなさる。そうれ、相手さんがおいでになりやしたよ」 言いながらも偽一は素早い所作で印を結び防御の結界を創設する。偽一が守りたいと思う存在全てに加護の力が効果をあらわす。 それは不気味と言うよりは滑稽な光景だった。夕闇の中、ライトアップされた様に明るい山頂を目指しているのは……大きな根の足で軽快に登るのはデフォルメされ擬人化された様な巨木の姿であった。枝を人間の腕の様に前後に振っているのも面白すぎる。けれど、外観が雑魚風だからといって能力までそうだとは限らない。 すぐに慧架のオッドアイも迫る敵の姿を捉える。 「あなたに思い……ここで私達は阻止します」 慧架は身構える。空と陸と海、その全てを自在に形を変えて潤す水を脳裏に描く。身体は敵の全ての動きに備え心は明鏡止水の境地に達する。 「守護結界は任せます」 硬質な美貌に淡い笑みを浮かべ、螢衣は極北の海を思わせる淡い色の瞳を敵に向け印を結ぶ。その途端、移動する大木の周囲に幾重にも呪印が展開し、すぐに収束して束縛する。その隙に姫乃が背に神木を庇うようにして立ち塞がった。 「エリューションを御神木に近づけさせないでござるです! 赤茶の瞳は真正面の敵を見据えとおせんぼするように両手を広げる。心を落ち着け気合いを込め、戦いに集中しようとする姫乃。 「たとえ如何なる事が起ころうとも、私は……幾度でも癒してみせます」 シエルは表情を引き締め体中の魔力を活性化させ、強化する。本当は戦いたくはない。誰かを傷つけたくはない。それでも、戦い続け傷つけあわなくてはならないのなら……自分は矛ではなく盾でありたい。 「花が散るのも綺麗だけど、それ以前に咲いてるのを愛でなくっちゃ。そんな事も忘れたの?」 神木を、そして神木を守ろうと戦う仲間達をも守ろうとするのか未明は前に出る。みなぎる闘気は未明の全身をめぐり、熱い血のたぎりが体中を駆け巡っていく。 拘束されていた大木が再び動き始め、腕の様に動く枝を揺り丸い実の様なものをつぶての様に飛ばしてきた。 「狙うならしっかりと狙いなさい」 横殴りの雨のように飛来する沢山のつぶて。それをことごとく未明がかわしていく。だが、再現なくかわし続けることは厳しい戦いを制してきた未明でも難しい。上腕に当たったつぶては深くめりこみ、真っ赤に染まって地に落ちる。 「あっ!」 反射的に腕を庇った未明の背に、脇腹に……そして頬をつぶてがかすめていく。 「東雲嬢!」 偽一は癒しの力のこもる符を使い、すぐに後方に移動する。 「ここなら邪魔にならない……かな?」 光り輝く奏音は自然と味方の中では敵から離れた位置となった岩場から移動せず、詠唱によって魔力を活性化させていく。 「折角咲いた……綺麗な花、散らすなんて……かわいそう」 エリスはぼんやりとつぶやきつつ体内の魔力を循環させ活性化する。 「参る!」 ブリュンヒルデは戦太刀を手に連続攻撃を仕掛け、癖のない長髪をなびかせ未姫も敵に矢を射掛ける。 「あらあら、神木を前に無様な姿ね」 美しい顔には侮蔑の色が淡くにじむ。その時、フライエンジェルではない者達の身体がふわりと地面から僅かに浮かんだ。背には小さな羽が生えている。 「君達の回避能力を一時的に引き上げる」 戦いを有利に展開するために……と、卯月は言葉を添える。 「遠慮無くぶつかっていらっしゃい! 時価によってはその身体全部回収してあげます!」 へクスの身体が光輝く守護のオーラで覆われていく。如何なる攻撃も大いなる力の前に効果を大幅に損なう筈だ。 「全身全霊をもって打ち砕きます」 藤の木へと向かう敵の進路を真横から遮るように飛び込んだ慧架の鋭い蹴り技が空気を切り裂き、生み出された切り口は鋭い刃となり、切断された敵の枝葉がバラバラと地面に音を立てて落下していく。 「未明さん」 螢衣は癒しの力を秘めた符を創り未明の傷を癒す。途端に大木に打ち据えられ肉のはぜた未明の腕のから流れる血が止まりぱっくりと開いた傷が塞がる。その間にも突進する敵が神木に、そしてその神木を守ろうと前に出るリベリスタ達に襲いかかる。 「どうして! どうして信仰から生まれたお主がその元であるお花を傷つけるのでござるですか!?」 全身のエネルギーを大太刀に集めた姫乃は球体を描く大いなる力を込め、迫る敵を一閃する。切り裂かれた木っ端が姫乃の身体を叩くのを両腕を顔の前に交差して防ぐ。 「素朴な信仰……望めば手に入るモノをあえて観るだけで愛でる心……どうか、思い出して下さいまし」 その声が敵に届かないとしても、どうしてもシエルは言わずにはいられなかった。ピクリと大木の枝が揺れたのは吹き渡る風のせいだけだったのだろうか。 「回復に手を割いてもらってる分は、この攻撃で恩返しさせてもらうわよ」 未明の癒えたばかりの腕に力を込め闘気の宿る鉄槌を握る。夜明けの空の色をした瞳が大木に見据え、渾身の力を込めた攻撃が空気を鳴らし振り下ろされる。逃れようと身をよじる大木だが、それよりも未明の放つ攻撃が早い。斬り付けられた大木の左半分に深く長い亀裂が走る。だが、それで大木の動きが止まるわけではない。全身をうねらせる大木の動きが風を呼び、小さな突風がリベリスタ達に吹き付けられる。小さな真空の刃混じりの強い風はリベリスタ達を、そして張り巡らされたしめ縄の一部をピシピシと切り裂き、その余波が神木の太い幹をかすめて過ぎる。もし、何の手段も講じていなかったらその時点でしめ縄は切断され、神木にも甚大な被害が及んでいたかも知れない。 「あっしより見事に斬られる役なんざ、どなたさんにもお譲り出来やせん。根性据えて耐えておくんなさいよ、ご神木さん」 偽一の符は神木に張り付き、傷ついた箇所を癒していく。 「あんまり効かないかもしれないけど、何もしないよりは良い……かな?」 奏音の詠唱が周囲に魔方陣を描き、そこから大木へと魔力のこもった弾丸が放たれ、幹の真ん中に命中する。だが、表皮を少しえぐっただけでそれより奥へは穿たれていかない。 エリスの祈りが喚ぶ癒しの微風がまだ傷の残る未明に優しく吹き、ブリュンヒルデの流れるようによどみなき所作で白刃が閃く。未姫も矢を放ち続けるが、卯月は長期戦に備えてEP温存のため待機する。 そして大木の真っ正面に2枚の扉の様な盾を構えたへクスが立った。 「草食系のひ弱な攻撃などへクスの前では微風も同然。絶対にこの縄を断ち切る事などっせません」 身体の前で盾を構えへクスは自信満々で宣言する。 大木の攻撃はやや軽い全体への攻撃である突風と、1人だけを狙う実らしきつぶての連続攻撃だった。どちらの攻撃も一撃で致命打となるものではなく、治癒の力を持つシエルや偽一、螢衣やエリスが力を使う。それに応える様に未明や慧架、ブリュンヒルデそしてへクスが大木の真っ正面に立って進路を阻み攻撃を受け止める。後方からは姫乃と未姫が攻撃を放ち、卯月がエネルギーの回復を図る。奏音は神木を守るしめ縄をかばう。大木の繊細な枝、そして頑丈そうな根は徐々に損なわれ、激しい戦闘に沢山の葉を地面に落としていく。それでも、尽きせぬ欲望に突き動かされるように、大木は藤の神木を求めてか前へ前へと迫ってくる。 「それが渾身の攻撃ですか? 全然効いていませんよ」 言葉通りかは判らないがへクスは余裕を感じさせる笑みを浮かべ、傲然と立ちはだかりる。悠然とした様子から一転、速度をあげて攻撃した大木はとまどうように上体をあげる。そこにリベリスタ達の攻撃が襲いかかる。 「ご神木は必ず護ります」 慧架の燃えさかる炎の拳が一瞬動きの鈍くなった大木の幹を貫き、螢衣の符がブリュンヒルデの怪我を治す。 「ここで倒れたら承知しませんよ」 優しいのか厳しいのか、どちらとも取れる不思議な瞳で螢衣はブリュンヒルデを見つめ、その視界の中で戦女神の名を持つリベリスタが立ち上がるのを見る。 「何でも良いでござるです。これほど問うても答えないのでござるですか? さあ!」 姫乃は崩れゆく大木が悲しかった。戦いの手は緩められないから力を帯びた大太刀を振るう。けれど、滅ぼす以外の道は本当にないのだろうか。 「もう……」 治癒の力を使うシエルはそっと姫乃に首を横に振る。想いがエリューションとなったモノならば私の想いを届けたいと思ったけれど……相手に届く言葉はない。 「ここで消え去るのは花じゃない!」 未明のオーラは電気に変わり、それが激しい勢いで身体から放たれた。強すぎるエネルギーが未明を焼き尽くすその前に……敵へと走る。神話の如き雷神の一撃が大木の幹を粉砕した。砕けた木っ端が夜風に散る。 「始末をつけなさったですか?」 油断なくしめ縄と神木を守りながら偽一が様子を伺う。地面に崩れ落ちた大木の身体は徐々に風に吹かれ消えてゆく。 「守りきった……のかな?」 小首を傾げた奏音は敵だったモノと神木を交互に見る。神と呼ばれるものと神を望むもの。互いの差はごく僅かだったかもしれないが、辿る運命は大きく分かたれてしまった。 「こ、こらー風、吹くなぁああああ。こいつは残骸もろとも全部へクスが回収します!」 大事なる盾を放りだし、へクスはたった今まで敵だったモノへと突進した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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