●桜の樹の下には 桜の樹の下には死体が眠っている。 虫を、生物を、ヒトを喰らう花がある。 森羅万象には恐怖が潜んでいる。 「あ、あたしも聞いたことある! 死体の血を吸ったから、桜の花は白からピンクに変わったんだって」 「そんなのほんとなわけないじゃん!」 「あんたってホントそういうオカルトに弱いよねえ」 春の午後だった。風は碧い色がついたように鮮やかで爽やかで、川の水面に波紋を立てる。 川沿いにある小ぢんまりとした桜並木はこの街の人々の憩いの場であり、春を迎えるたび花開く桜は人々に愛されていた。 時に人は手を繋ぎ、肩を寄せ合い、この川べりの道を歩く。 雀の囀りが響く中、三人の女子学生たちが何を語るともなくその風景の中を歩んでいた。 年の頃は二十歳ほどだろうか。麗らかな陽気に誘われたかのように、パステルカラーのスカートの裾を揺らし、小突き合いながら笑い合う。 横手にある桜の木々は今がまさに満開の時を迎えていた。 風に乗り、薄く色づいた白い花弁が少女たちに舞い降りる。 「えー、わかんないじゃん。ほんとかもしれないよ――きゃっ」 小気味良く刻まれていた少女たちのパンプスのヒールの音が、突然乱れた。 見れば、端を歩いていた少女の一人が、花びらの散る地面に倒れていた。 「なに、どうしたの?」 「転んだの? ドジ~」 「だって、なんかつまづいたんだもん!」 膝から転んだ少女がぷうっと頬を膨らます。足元を振り返り、その顔が凍りついた。 ――何かが少女の足首を掴んでいる。 薄黒い茶色のそれは、ぼこぼこと節くれだった樹の枝だった。 その様子を見た他の少女たちの顔から表情が抜け落ち、やがて白くなっていく。 枝は、彼女たちの脇にある一本の桜の樹から、ずるりと長く少女の足首まで伸びていた。 次の瞬間、その樹から伸びていた枝が瞬く間に大きくうねり、伸び、転んだ少女の腕を掴んだ。掴んだ、としか言い様がない。枝はぐるりと巻き上がり、少女の首に絡みついた。 「…………!!」 ぐうっ、と少女の首が締め上げられる。 その様子を見届ける暇もなく、桜の花を携えた枝が、残る彼女たちの体に襲いかかった。 細い足首を掬い取り、白い腕をあらぬ方向へとへし曲げる。悲鳴を上げようとする喉に一本の枝が突き刺さり、吹き上がった鮮血が白い花弁を赤く染めた。 ――森羅万象には、恐怖が潜んでいる。 ●依頼概要 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が、リベリスタたちに向け口を開いた。 「エリューション・ビーストの発現が予知されました」 天原がメインモニターを指し示す。 映っていたのは、異様な形に膨れ上がり、枝葉をぐにゃりと伸ばした桜の樹だった。 常軌を逸して太い幹から無数の枝が生える様は、獲物を喰らわんとする化物の牙と相違なかった。 「エリューション化を起こしたのは、この川沿いに生えた桜の樹木二本です。枝を伸ばして人を絡め取り、食い千切ろうとするようです」 人を喰らう怪異と化した桜の樹は、その美しい枝葉を凶器と変えていた。 荒縄のように首を締め上げ、鋭い茨のように尖った枝で牙を立て、その身を突き刺そうと伸縮する。 誰にも愛される桜の樹が、誰をも喰らう人喰い花と化していた。 「今でこそエリューション化を起こすのはこの二本の樹のみですが、そう遠からず周囲の樹を巻き込んでさらなるエリューション化を招くでしょう。そうなる前に、皆さんに対処していただきたいのです」 天原はさらに言い募る。 「昼間には出歩く人も多くなる道です。迅速な討伐が求められます」 夜明けまでに、と天原は言った。 「人通りのなくなる夜のうちに作戦の決行をお願いします。夜が明ければ、このエリューションによる被害が出るのは避けられないでしょう」 彼女の視線を受け、リベリスタたちは頷いた。 「エリューションのフェーズはともに2です。討伐を完了するためには、この樹の根を破壊する必要があります。敵も命とも言える根を守ろうとするでしょう」 その防御を突破してください、と言う。 「……この敵は堅い樹皮を持っています。一撃では撃破できないでしょう。その分攻撃力も高いと想定されます。皆さんの連携を期待します」 どうぞ油断なさらぬように、と天原は、微かに心配の滲む声で付け加えた。 その不安を拭おうとするように、リベリスタたちは微笑んでみせた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ニケ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月28日(月)22:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●月光星夜 美しい月夜だった。満月の光に、零れるように花開いた季節遅れの桜がその花弁を透けさせる。 静かな夜桜を眺め、藤代 レイカ(BNE004942)は長い髪を掬い取り、結い直した。こうすると、自然と背筋が伸びるような気がするのだ。闘いの前の、レイカの密やかな儀式である。 「……美しいな」 咲き誇る満開の桜を眺め、ヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)がぽつりと呟いた。艶やかな声が夜に響く。 「鮮やかな桜の下には死体が埋まっている……よく聞く話だな。だが、それを現実にする訳にはいかん」 「ええ……。迷信が本物っていうの、やっぱり嫌だよね……」 『儀国のタロット師』彩堂 魅雪(BNE004911)が、立ち並ぶ樹木を見上げながら答える。その紫の瞳には、これから起こりうる悲劇を想う色があった。 桜の樹が人を『喰う』。『万華鏡』によって予知されたその無残な結末を、現実とするわけにはいかない。確固たる意思が、魅雪の小さな体に宿っていた。 「こっちはオーケーよ」 結界を張り終えた『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が、豊満な体を月光に晒す。彼女の咥え煙草の火が、蛍のように薄闇に浮かぶ。 その視線を受け、ヒルデガルドも頷いた。 「こちらも不足はない。無いよりもマシ程度だが、怠る訳にはいくまい」 これから起こる闘いに、無辜の人々を巻き込んではいけない。一人の犠牲者も出してはならない、という決意が、リベリスタたちの胸にあった。 「少し前にも桜の花に絡んだエリューションが出たけど、何か関係を持ちやすいのかしらね、桜と神秘って。早くお仕事終わらせてお花見、といきたいわね。……ワインとか持ってくればよかったかしら」 レイカの言葉に、『ヴァジュランダ』ユーン・ティトル(BNE004965)と『咢』二十六木 華(BNE004943)も頷きを返した。 「ユーンも同感だ。例え血と泥塗れになろうとも、倒れた桜の樹に腰掛て飲む酒はきっと格別だ」 「俺も好きな桜だが……だからこそか、手にかけてしまうのは少しばかり心が痛ェな。だが、好きな桜が人の命を壊すエリューションで在り続けるのは、もっと心が痛い。だから、俺はやるぞ」 「ええ、私も。夜の桜は綺麗なものですが、その桜が人を襲うというのはいただけませんわ。一般の方々に被害が及ばないよう、私達で見事討伐してみせますわ!」 『残念系没落貴族』綾小路 姫華(BNE004949)が銀の髪と赤い瞳を怪しく輝かせる。不思議な高潔さが、彼女にはあった。 「有象無象の存在が危機を脅かすのはあちら側の世界。こちら側にはよくある話の一つとして、わたくしが坊ちゃんに話す寓話になって頂きましょう」 『月虚』東海道・葵(BNE004950)が、鋭い眼差しを桜の木々へと向ける。 ――果たして、彼らにも五感というものがあったのだろうか。葵の視線を受け、二本の桜が枝を大きくうねらせた。 「さて、躾の時間でございます」 彼女の言葉を合図に、蠢く桜の樹と、リベリスタたちの闘いの火蓋が切って落とされた。 ●動乱月夜 先手必勝。杏の手に、輝く火球が灯る。 「明かりをつけましょ雪洞に、ってね!」 魔炎を召喚する神秘の技、フレアバーストである。 杏の手のひらから高く放り投げられた火球を、彼女は素早く構え直したギターの背で強く撃ち鳴らした。弦が震え、不協和音が世界を揺らす。 打ち据えられた火球は勢いをつけて加速し、紅い軌跡を宙に描く。それは歪に膨れ上がった一本の桜の上部に命中した。 途端、桜の花々と枝に実った幾重もの葉が火の粉を散らして燃え上がった。 その炎は瞬く間に燃え広がり、桜は巨大な焔を頭に飾る松明と化した。赤々とした火柱が夜の天を明るく染め上げる。リベリスタたちの背に大きな影が伸びた。 「有効ね! これで明かりには困らないでしょう?」 杏は間髪を容れず葬操曲・黒を放つ。炎にも劣らない紅い血潮がうねり、濁流となって燃え上がる桜の樹を包んだ。それは呪縛となって焔ごと樹木を包み込み、桜は炎と血の鎖に溺れることとなった。 自らを苦しめる杏を排除しようとするかのように、桜が節くれだった枝を彼女の首に伸ばす。恐れることもなく、杏は次々と掌に魔なる炎を灯し上げた。電光の翼がその背に現れる。 「所詮樹と花びらでしょ? 燃やしてあげるわ!」 「そいつが効くなら、こっちも行くぜ!」 華の体が輝く火炎を纏う。襲いかかろうと枝を伸ばすもう一本の桜の樹に向かい、華がその体躯全てをかけた猛攻を繰り出した。伸び来たる枝ごと薙ぎ払い、樹木の根元に突進する。 華の体躯と樹木とが激しくぶつかり合い、桜の樹を大きく揺るがした。ざわりと枝葉が揺れ、白い花弁が散った。星夜に浮かぶその花弁が燃え上がる。ヴォルケーノイラプションを発動させた華の強烈な体当たりによって、桜の樹は根元から上へ上へと火炎を伝わせる。それはすぐに大きな火柱となって、華の顔を照らし出した。 「今年の春を、終らせるか。いくぞ!!」 ――この目に焼き付けておこう。来年の春は迎えられない、今年で最後の桜の姿を。 「俺は、桜は。大人しめな儚いピンクが一番綺麗だと思ってる。なんでエリューション化したのか知らないが。どうか、己の姿を忘れるんじゃねぇぞ」 華の剣が唸る。燃え上がり、喘ぎ苦しむように伸ばされる桜の枝を振り払う。小物には目もくれない。彼は樹の心臓とも言える根に向けて、刃を携えて突進した。その切っ先が樹皮を抉る。 「こっちの樹は根が見えそうだ! ついて来てくれ!」 「わかりましたわ!」 華の声に、姫華が応える。華が燃え上がる樹の枝を振り払った隙を見逃さず、姫華は彼が空けた樹の風穴にランスの先を突き刺した。激しい衝撃波が生まれ、樹皮が大きく捲り上がる。周囲の土が削れ、樹の根が深くまで露わになった。 「敵は二体ですから、一体ずつ確実に……。逃しませんわよ」 己を攻撃する外敵を排除しようと、エリューションと化した桜の枝が伸びる。ランスに絡みついたそれを、姫華はくるりと軽やかに、だが力任せに得物を回して裂き千切った。勇ましく戦うその姿は、物語に現れる姫騎士のようだった。 姫華の華奢な身体に、漲る気合が滾る。気の力と、肉体的な力全てが一点に集中し、ランスの剣先に鈍い光が灯る。 「はあっ!」 裂帛の気合と共に、姫華の身体が樹の根元へと突っ込んだ。強引とも言える力勝負。襲い来る枝葉をも彼女は恐れない。その細い躯体から鮮血が吹き出すと同時に、エリューションと化した樹のコアと言える根が大きく抉れ飛んだ。 「姫華さん、もう十分です! 回復します、大丈夫ですか!?」 「ありがとう、助かるわ」 姫華の傷を傷癒術で癒し、魅雪は彼女の傷ついた腕をそっと撫でる。二人の姿を、レイカがその背に庇った。轟、と風が吹き、火を纏った花弁が嵐となって彼女たちの前を駆け抜けていく。 「彩堂さん、綾小路さん、下がって!」 レイカが素早く飛び出し、業物を一閃させる。さらに一閃、もう一太刀、と剣を美しく翻す。その剣閃に合わせて風が起こり、火の粉と花の吹雪を鮮やかに切り裂いた。レイカの一束の髪が、彼女の斬撃に合わせて美しく揺れる。一面の桜に支配されていた視界が拓け、禍々しく露出した根を蠢かせる桜の樹がその目に映る。 桜吹雪から姫華と魅雪を守り、レイカはカウンターにインパクトボールを撃ち出した。衝撃波が樹の根を大きく歪ませる。 「季節外れの雹雨よ、来たれ……!」 追い打ちをかけるように、魅雪の放った呪力の雨が樹を襲った。彼女らに襲いかかろうとしていた枝が凍り付き、音を立てて白く砕け散る。 「大丈夫?」 「はい……ありがとうございます。レイカさん」 レイカの手を借り、魅雪は立ち上がり叫んだ。 「皆さん、無理はしないでくださいね!」 四方から諾の答えが返される。その声を聞き届け、魅雪はほっと溜息をつく。 「援護くらいしか、私にはできないから……もっと無理をしたいとは思わないわけじゃない……けど、皆が無茶できるように後ろに立つのも、仕事だもんね……」 出来ることならば、今すぐにでも最前線に飛び込み、エリューションと化した怪異を討伐したい。けれど、今の自分にできることは、こうして後衛に立ち、皆を支援すること。その歯痒さが魅雪の胸に去来する。 ふと、その独白を耳にしたレイカが笑う。 「彩堂さん。根が出ている今が好機よ。二人で一気に決めましょう」 魅雪がはっとレイカの顔を見る。 ――私にも、貴方にも、出来ることがある。そう言われたような気がした。 「……はい!」 魅雪の目に決意が灯る。赤々と燃え上がる夜に静かな詠唱が響く。 私に出来うる全ての力を、ここに。 「行くわよ!」 「はい!」 輝く魔法陣が展開される。魅雪が天に伸ばした手を振り下ろす。それを合図に、魔法陣から輝く魔力弾が放たれる。魔力弾は弧を描いて奔り、苦しみに悶えるように軋む樹の根に炸裂する。 「レイカさん、今です!」 レイカの体が目にも止まらぬ早さで樹の根元に向け突進する。一閃。振りかざされた剣が、樹の根の奥深くまで潜り込んだ。レイカを捕らえようとする枝葉を魅雪の魔力弾が打ち払う。 「これで……おしまいよ!」 樹の根に突き刺した剣を、ぐるりと抉るように回転させ、一気に切り払った。 それが、エリューションと化した桜の樹へのとどめとなった。 樹はぐにゃりと溶けるように折れ、炎を纏い倒れ込んだ。ぶすぶすと燻り灰となっていくエリューションの姿を横目に、レイカと魅雪は顔を見合わせ、微笑み合った。 「さあ、こちらも征くとしようか。時期がずれても無様に残り、更には人を喰らう化生に成り果てた貴様は、最早桜とは到底呼べんよ。滅してやろう。全力で」 残る一本の樹を前に、ユーンが不敵に呟いた。燃え上がる樹の明かりが、彼の銀の髪になめらかな光を揺らす。 「さあ、ユーンを楽しませてくれよ」 葵も一歩を踏み出す。その足取りに迷いはない。 「森羅万象、自然は怖いと重々承知。わたくしはその様なものに負ける訳には参りません。所詮は花は何時かは散る定め。美しいまま終わりにしようではありませんか」 トップスピードを発動させた葵の長身が、彼女を締め殺そうと伸ばされた燃える枝をするりと躱す。身体能力を大きく高めた葵には、エリューションの動きなど恐るるに足りないスピードでしかなかった。 「枝の攻撃はわたくしが食い止めよう。攻撃箇所が分かっているなら、そこを叩くのは道理であろう。ユーン殿、葵殿、コアの根を頼めるであろうか」 ヒルデガルドの白銀の髪に、燃え上がる樹の輝きが照り返す。標的を見つめ、ヒルデガルドは淡々と戦略を組み上げる。 「了解だ。本当は散らせてやれれば格好もつくのだろうが、生憎ユーンはそれほど器用じゃない。 圧し折る勢いで殴って、掘り返して、押し倒して、その上でとどめを刺してやろう」 「わかりました。ユーン様、ヒルデガルド様、どうぞよろしくお願いします」 二人の言葉に、ヒルデガルドは一つ頷く。 「では――参る!」 いざ、活路を開くために。ヒルデガルドが燃え盛る樹の前に立ちはだかる。ターゲットから付かず離れずの距離を取り、ヒルデガルドは戦闘態勢に入った。 エリューションと化した樹には、感情というものがあるのだろうか。頭の枝木を燃やされ、激昂したかのように桜は枝を暴れさせる。禍々しく捻れ、刺を持ったそれを、ヒルデガルドは冷静に撃ち落とす。気糸を用いた精密な打撃が枝の付け根を狙い、その手足を刈り取ってゆく。 怒り狂う阿修羅の如き樹が、己を痛めつけるヒルデガルドの両腕を狙う。 「やらせるものか!」 ヒルデガルドの凛とした声が、燃え上がる夜に響く。彼女の全身から伸びる気糸が、伸ばされた枝葉を正確に撃ち落とした。気の糸はそのまま爆発的に膨れ上がり、リベリスタたちを捕食せんとする枝木を見事に打ち払った。 唯一残った太い枝が、ヒルデガルドの喉元を狙う。が、彼女は怯まない。伸び来る枝を細い手が掴み取り、ヒルデガルドの口元から紅い舌と白い牙が覗く。ヴァンパイアのヒルデガルドの前に、枝は哀れな獲物と成り果てていた。 桜の花弁を湛えた枝に、ヒルデガルドの牙が食い込む。樹の生き血を、生気を吸い上げ、ヒルデガルドの瞳が怪しく光る。 「人の生気を啜る相手に生気を啜るとは、何とも皮肉なものだ」 手足とも呼べる枝をヒルデガルドの攻撃にもぎ取られ、桜はずくりと蠢いた。土を割り、太く膨張した根がその頭を見せる。もはやコアである根を晒す以外がないほどに、桜は攻撃手段の殆どを奪われていた。 「さあ、今度はユーンの番だ」 「いきましょう。わたくしは恐れも慄きも致しません」 大地を引き裂いて飛び出た根が、ユーンと葵に襲いかかる。ユーンは槍の切っ先でそれを受け止め、葵は素早く身を翻した。 「さあ、倒れなさい」 葵の細く長い体躯が、ゆらりと揺らめいた。葵の姿が二重にも三重にも揺らいで見える。幻惑の技。明るく燃え上がる星夜に生まれたその幻影は、次の瞬間樹の根に一斉に襲いかかった。実体すら得たかのような強烈な一撃。幾重にも刻まれるその打撃は、八岐に分かれた根の複数を捉え、破壊した。 葵の攻撃はそれだけにとどまらない。目にも止まらぬ高速で立ち回る彼女の黒髪が、ほの明るい闇に残影を残す。生み出された残像は、その全てが剣閃となって根に襲いかかった。葵の体を締め殺そうとしていた根が激しく抉れ、千々となって虚空に消えた。 「時に、美しく生まれ落ちず無様な運命をなぞった事も無い癖に……己が可愛いのは樹も人も同じで御座いますか」 愚かなエリューションへと変化した桜への、痛烈な侮蔑。葵の中には、ただこのエリューションを滅する、その思いだけが煌々と宿っていた。 根の半分ほどを削ぎ取られた桜を前に、ユーンは獲物の槍を構える。 桜の樹の下に、何が埋まっていようと関係ない。彼はそんな物に興味は無い。ただ、この哀れな桜に終焉を。 「名はユーン、ユーン・ティトル。貴様にも名はあるのか? まあ、ユーンには関係のない話だ」 ――ユーンに戦いを、生きている実感を与えてくれ。 二振りの槍を手に、ユーンは樹の根に向かい突進する。彼に向かい伸びてきた根と真っ向からぶつかり合い、ぎりぎりと音を立てる。力比べならば、根比べならば、負けない。ユーンの槍から放たれた衝撃波が、根を吹き飛ばした。 その衝撃で大地が細かく割れ、ついに樹の根の全てが露わとなった。黒々とうねるそれに、ユーンは再び槍を身構え、ざくりと大きく突き刺した。 断末魔の悲鳴を上げるかのように、樹がざわめく。 命と命の衝突。その残響が、ユーンの心を揺らす。生きている、と体が叫ぶ。 彼はもう立ち止まらない。アークリベリオンとしてのプライドと、生きている実感を求めるが故に。 腕に力が籠められる限りは、二本の槍を振るい続ける。 「さあ、散るがいい!」 それが、最後の一撃となった。ユーンの全身全霊の力を込めた突進に、鋭い槍の牙に、残っていた樹の根の全てが貫かれる。 心臓を打ち抜かれた桜はぐらりと撓り、やがてひび割れて地に倒れ伏した。燃え尽きた桜の樹から、天に昇る魂のような煙が長く空へと伸びる。 残るのはただ、炭となった花の姿、それだけであった。 ●桜花繚乱 跡形もなく燃え尽きた二本の桜の樹を前に、リベリスタたちは顔を見合わせる。闘いの終わりだ。彼らは互いを労い、ふとあたりを見渡した。 夜が明けようとしていた。薄明るい空に、闘いの一部始終を見守っていた桜たちが誇らしげに花々を飾っている。 「美しいですね」 誰からともなく呟かれた言葉に、皆が木々を見上げ頷いた。 今はただ、この美しさを目に焼き付けていたい。予知された悲劇の消滅を祝福して。 これからも、この花々が皆に愛される存在であるように。 桜の樹の下に眠る『何か』が、どうか安らかであるように。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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