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<恐怖神話>彼方よりの脈動

●曖昧模糊
 暗闇の真に恐ろしきは、その深みの中に何が潜んでいるか判らぬ点にある。

●疑心暗鬼
 それが男であるか、女であるか、この際はどうでもいいことだった。
 仮にその人物の名をNとしよう。
 とにかく、Nは夜が明けるのを待っていた。
 スペイン近海に浮かぶ小島に釣りに出掛けたところ、突然の嵐に襲われた。馬力の乏しい小型ボートのエンジンでは、この雷雨を突っ切って帰港することは到底叶わない。おまけに陽も沈んでしまったと来ては、最早このコンディション下で海に漕ぎ出すのは自殺行為と言っていい。
 受信の乱れたラジオの周波数をなんとか合わせて気象予報に耳を傾けると、明朝まで降り続くという。
 そこで島の沿岸部に立つ灯台に身を隠した。
 無人の機械管理ではあるが塔の最上部には解放された仮眠室もあり、雨風を凌ぐには十分で、一晩程度なら難なく過ごせるだろう。設置されている電灯は点かなかったが、寝るだけならば問題ない。
 ただ奇妙なことがある。
 多くの場合、夜間に船舶が海を渡る際には、灯台から伸びるライトを頼りに舵を取ることになる。しかしながらこの島にある灯台は、一切の光を発していない。これでは無用の長物ではないか。
 Nは、この時は単なる故障だろうと結論づけた。内部の照明が落ちているのもそれが原因に違いない。
 それにしても深い夜帳だった。
 窓から望む海は墨を流したように黒々と染まっており、常夜とでも呼ぶべき闇が一面を覆っている。
 灯台を訪れてから随分と経つのに中々瞳が暗所に慣れない。光をすっかり奪われてしまったかのようだ。

 偶然。推定。気のせい。
 様々な言い分で正当化される不慮の事態が――もしも明確な意味を持っていたとしたら。
 
 暗闇に根拠のない違和感を覚えたのが始まりだった。
 どことなく、肩が重く感じた。それは本当に何気のない感覚で、一時の迷いに過ぎないはずだった。
 だが一度覚えてしまった不信感はそうそう晴れるものではない。
 何かが纏わりついているように感じる。その何かが固体なのか、気体なのか、液体なのか、そこまでは定かではないが、漠然とした恐怖心を煽られて仕方がなかった。目を凝らして首をあちこち回しても、何も見ることができないのだから、不安は増す一方である。
 やがて自ら警戒し、意識するようになる。
 そうなってしまうと手足に濡れたロープが巻きついているようにも、首筋に生温い吐息が吹きかけられているようにも思える。皮膚を撫で回すような感触は時間の経過と共に強まっていく。緊張のあまり不明瞭な痛みすら覚えた。
 耳鳴りが治まらない。物音が聴こえたような気分になるたび背中を仰け反らして反応してしまう。
 無為に喉に渇きを覚えるし、額はじっとりと汗ばんでいる。
 だというのに寒くて堪らない。
 なんだ。どうしたというのだ。Nはいつの間にか縮こまり、頭を抱えていた。
 この暗闇の中で何か異変が起きているのではないか。
 異変、というよりもむしろ――何者かが潜んでいるのでは。
 勘繰れば勘繰るほど、訝しがれば訝しがるほどに、得体の知れない恐怖が巨大化していく。
 それでも思考を止めることが出来ない。
 深淵に引きずり込まれている。

 己の猜疑心が暗闇の中に怪物を産み出すのだ。

 やがてNは、発狂した。

 ああ、そこで終わってしまえたならば、精神の崩壊だけで済んでいたならば、どれほど救われたことだろう。
 脳の埒外では更なる狂気が渦巻いているのだから。
 作り出してしまった怪物は虚構ではない。
 全身を包む煙が、肩を押さえる腕が、獣の生臭い吐息が、指を舐める大口が、ちくちくと刺す無数の針が、体中を這い回る蝸牛が、甲高い悲鳴が、喉の奥を突く病が、ぶよぶよとした肉片が、背筋を凍らせる瘴気が、気色の悪い蛭が、不愉快な蚊の羽音が、肌を裂く鋭利な刃が、足に絡みつく触手が、沸き立つ血の温度が、にたにたと笑う声が、生態系に有り得ぬ異形が、混然となって。
 たとえ耳や皮膚で感じ取ったものが実体の掴めない朧であったとしても。
 そこに確かに存在している。
 あなたは目に見ることが出来ないかもしれない。
 けれど死角に紛れた追跡者は、
 はっきりとあなたを見返して

●暗澹冥濛
 映像はそこで途切れた。
 正確には、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の脳が予知を継続することを拒絶した。
 この先は覗いてはならない。
 覗こうものなら――
「うっ……」
 激しい怖気と頭痛に、少女は気を失いかける。
 傍らに侍していたリベリスタがその肩を支え、かすかに震えるイヴの小さな身体を起こした。
「大丈夫か? 何が見えたんだ?」
「私は――何も見てないわ。ただ『見ようとした』だけ」
「『見ようとした』?」
 デスク上のコップを手に取り、水を口に含んで気持ちを落ち着かせるイヴを見遣りながら、リベリスタは怪訝そうな顔をした。言っていることの意味が分からない。
「例えば、そうね、目を閉じてみて」
 言われた通りにしてみる。
「透過光があるから完全な暗闇じゃないけど、それでも、なんとなく不安になってこない? 気にしないようにすればするほど、意識してしまって忘れられない。それどころか、より大きくなっていってしまう。聴こえないはずのものが聴こえたり、存在しない何かが存在しているかのように錯覚したり」
 焦燥感を焚きつけるような語句をイヴは次々と並べていく。
「恐怖の種は成長を続けて……やがて耐え難い程おぞましいものになる。今まさに、あなたのすぐ近くにもいるかも知れない」
 強迫めいた言葉に、リベリスタの心臓は大きく跳ねた。
「……もう目を開けていいわ。例え話なんだからそんなに怯える必要ないのに」
 イヴは、ぱん、と手を鳴らした。
「出現したアザーバイドは『ミクログラフィア』。光を呑みこんで、暗がりの中に生息しているみたい。注意して。今回の敵は、さっき説明した事象を具現化したような相手だから。少しでも心根が揺らぐと」
 一呼吸置いてから、運命を司るフォーチュナは告げた。
「あなたも呑まれることになる」

 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:深鷹  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年05月08日(木)23:12
 深鷹です。よろしくお願いします。
 髪を洗っているとたまに無性にドキドキする的なアレです。
 ごめんなさい、微妙に違いました。


●目的
 ★アザーバイドの討伐

●現場情報
 ★灯台
 灯台はスペイン近海にある、観光利用されていない離れ小島にそびえています。
 ありとあらゆる光をアザーバイドに吸い取られており、昼夜問わず中は真っ暗です。
 アザーバイドの詳細は下記を御覧ください。
 施設内では暗視やそれに準ずるスキルがない場合命中・回避に大きくマイナス補正が掛かります。
 アクセサリ等による照明補助は無効になります。

●敵情報
 ★アザーバイド『ミクログラフィア』 ×1
 光を吸収する性質を有するアザーバイド。
 どの角度からでも光を反射しないため、その姿が目に映ることはない。
 接触すると冷たいようにも、熱いようにも感じる。全身毛に覆われているようにも、半液体状で湿っているようにも感じられる。いずれにせよ不透明にしか分からない。
 誰かがその闇に触れる、あるいは自ら触れにいくことで、姿形を喚起させ、それを元に『アッシュ』と呼ばれる小型アザーバイドを出現させる。
 少しでもミクログラフィアの容貌を頭の中で想像してしまうと、こうした反応が起こるようである。正体を探るための推理などでも発生する。
 
 『タッチ』 (物/近/単/EP回復)
 『アッシュ・ウィズイン(EX)』 (P/脳内の像を読み取る)
 『アッシュ・ウィズアウト(EX)』 (A/小型アザーバイド『アッシュ』を排出する)

 ★アザーバイド『アッシュ』 ×0~∞
 ミクログラフィアによって産み出される小型のアザーバイド。
 素体に触れた人間がなんとなく感じたイメージに実体を伴わせたもの。
 最初はぼんやりとした恐怖から実体化していくが、人の心の動揺に応じてエスカレートする。
 アッシュの外見はあくまでそれぞれが感じた恐怖要素を抽出しただけであり、ミクログラフィア本体とは直接の関係はない。

 『ホロウ』 (物/近/単/BS)
 『ソロウ』 (物/近/範/BS)
 ※イメージの内容に応じたBSが付加される



 以上になります。
 それではご参加お待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ハイジーニアスクロスイージス
祭 義弘(BNE000763)
ギガントフレームスターサジタリー
モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)
ジーニアスプロアデプト
メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)
フライエンジェソードミラージュ
ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)
ノワールオルールインヤンマスター
赤禰 諭(BNE004571)
フライエンジェインヤンマスター
エイプリル・バリントン(BNE004611)
メタルフレームクリミナルスタア
緒形 腥(BNE004852)
ジーニアス覇界闘士
奥州 一悟(BNE004854)

●フィアー・アトモスフィア
 ゆっくりと、少しずつ、けれど確実に。
 灯台上階に近づく毎に、射干玉の闇に侵食されていく気配を感じる。
 肌に貼りつく湿気も、有機物が発酵したような饐えた臭いも、冷たく金属質な耳鳴りも、不愉快な印象を与えられはするが、確かに世界との繋がりを感じられる。ただ唯一、視覚だけが、全面漆黒の夜帷に塞がれていた。あらゆる光が死に絶えてしまったかのような、不可思議で薄ら寒い空間。
「わーほんとに真っ暗だ。やーん☆ だーれーお尻触ったのー☆」
 そんな場の雰囲気にそぐわない、かなり黄色めな声が頻繁に上がっているという事実が、幾分張り詰めた緊張を和らげていた。
「ややっ、おっさんじゃないよ? 今回のメンバーで一番そういうことしそうな風体だからって断じておっさんの仕業じゃありませんよ? いやホント」
「もー、あんまりやらしいとお姉ちゃん怒るよ? ぷんすかぷん」
 声の出所が『Eyes on Sight』メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)であることは、今更言うまでもなく。
 雑談に興じる相手が緒形 腥(BNE004852)であることも、同様に説明を省いても問題ない。
「誰が触りますか。長居するつもりはありませんから急ぎますよ」
 真顔でそう呟きながら、括り付けたロープでメリュジーヌを引き寄せる『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)。右肩に担いだ重厚長大な対物ガトリング砲と合わせて、取り回しの厄介な手荷物二つ、といったところである。
 活性化させた視神経を頼りに、暗所を掻き分けるようにして進む一行。
「人里離れた孤島に真っ暗な建物って、いかにもホラーって感じだね……」
 掲げたカンテラの灯火が、伸びた先から闇の中に吸い込まれるように消失していく奇々怪々な現象を、エイプリル・バリントン(BNE004611)は不安そうに眺める。
 まだ年端もいかない少女にとって、光のない空間というのは、ストレートに恐々と感じられる。
「光を希望の象徴とするから余計に暗闇が重苦しい代物のように思えるのですよ。明かりがないからといってなんです。世の中には見たくないものも無数に溢れているのですから」
 もう一人の陰陽師、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)はといえば、特に動じる様子もなく、平素と変わらない憎まれ口を叩いていた。
「それにしても、暗闇に紛れたアザーバイド……ですか。私の予想だと、光を効率的に無効化する正多面体か球体あたりが怪しいと睨んでますが」
「うーん、正直、お姉ちゃんは興味ないかな。理解しようとすると不安になるもの。だから"そういうもの"だって思うことにするわ」
 ロープの先にいるモニカに、メリュジーヌはあっけらかんと答えた。

 上ってきた階段口を中心に、広いドーナツ状のフロアになっている塔の最上部は、深い闇がさながら水のように溜まっていた。
 沈殿した黒色に、息苦しさすらも覚える。
「流石に敵のお膝元なだけあって、ここは一層暗いな。見えるか見えないかギリギリのところだぜ」
 どこにアザーバイドが潜んでいるか分からない。奥州 一悟(BNE004854)は可能な限り開けたスペースを確保して、襲撃に備える。
 可視と不可視の狭間を漂う中で。
「やーん☆ また誰かお尻触ったでしょー?」
「はいはい」
 またか、とでも言いたげに呆れた表情であしらうモニカだったが。
「え? でも今度は本当に触られたよ?」
 珍しく真面目なトーンで、メリュジーヌは周囲に告げた。
 刹那。
 急変を察した全員が臨戦態勢に入る。
 ある一点を見つめて。
 一点とは、当然のごとく、正体不明の接触を受けたメリュジーヌの背後。
 かろうじて見ることができる周辺の景色に比べて、そこは――『それ』は、明らかに異様だった。
 その一区域だけが、濃い墨で塗り潰されているかのように、あるいは次元から寸断されてしまったかのように、何も映っていなかった。
「離れな、メリュジーヌの嬢ちゃん!」
 声を張り上げ、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が前へと進み出た。身を呈してメリュジーヌの逃走経路を切り開くと、迂闊に手を出すのは危険と判断してか、足を止めてアザーバイドの動向を窺う。
 集中力は維持したまま、身体の防護能力を限界まで高めて。
「わざわざ出てくるとはご苦労なことです」
 皮肉を口にするも、術符から半身を呼び出して身構える諭もまた、警戒心を強めていた。
 完全な暗闇というものは存在しない。僅かにでも光が残っていれば、対象物からの跳ね返りを網膜で受信し、姿形を捉えることが出来る。暗視に特化した眼であれば、尚更だ。
「その弱い光すら許さない、ということですか」
 モニカが後方に大きく跳び、距離を離す。
 この化物には、反射する光が一切ないのだ。闇に紛れ、闇を吸い寄せ、己自身が闇と化している。
 永久の闇が次第に広がり始める。本来概念に過ぎない暗闇に抱かれるという感覚は、なんとも気味が悪い。触れられているのか、そうでないのかが、極めて曖昧だった。
 舐めるような、這うような、溶かすような。
 愛撫なのか蹂躙なのか、それさえも不明瞭に、闇に侵食されていく。
「やっ! これ……なんだか気持ち悪い」
 背筋を震わせるエイプリル。なるべく冷静に取り繕おうとするも、得体の知れない感触に直面させられては、そうそう心を落ち着けられるものではない。
 アザーバイドを覆う暗幕の中から、数本の蔦のようなものが伸び始めた。
 本体と違い、視覚に捉えることが出来る。
「なるほど~。あれが『アッシュ』ってやつですか~」
 飛び上がって俯瞰での観察を続けていたユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)が、間延びした口調で感想を零す。どうやら何かに触れられていると抽象的に感じてしまうと、あの類の触手めいたものが具現化されるらしい。
「とにかく~片っ端から退治しましょうか~。いっぱい出るみたいですからね~」
 投擲用の小刀を逆手に構えて勢いよく接近し、締まりのない語尾とは正反対の切れ味鋭い俊敏な動作で、手際よくまとめて斬り刻む。イメージにまだ具体性がないためか、生み出されたのも強力な個体ではなかったようである。

 一方で、何かが弾け飛ぶような音が鳴った。
 モニカが発射したペイント弾が破裂した音に他ならない。
 床に蛍光塗料が飛び散り、その飛沫の間接的作用によって、暗闇の中にいくつかのマーキング跡が点々と浮かび上がる。
 それと共に、全面を鑢で磨き上げたかのような三角錐を始めとする多面体の鉄塊が、速度を伴って多数射出された。無機質なフォルムのアッシュの大量出現に、モニカは一瞬だけ面喰らう。
「形を探るだけでもこうなりますか。しかしこうも見事に想定した形状を模倣されると、いささか驚きますね」
 だからといって、変に意識するつもりはない。余分な心配は無用な動揺を産むことになる。
 生じたものは、責任を持って、ひとつ残らず粉微塵にしてしまえばいい。
「動物は火を恐れますが人間にとっては文明進歩の象徴です。人は恐怖を乗り越えてきたからこそ、ここまで発展したのですよ。技術力の塵と消えてください」
 トリガーを引き絞る、ガチャリという鈍い音が殲滅開始が告げた。
 莫大な熱エネルギーは内部シリンダーの圧縮を介して驚異的な射出力へと転換され、絶え間ない弾幕の展開を可能にする。特別照準を定めていたわけではないが、その圧倒的物量の前では、都合のいい回避という甘えた行為が叶うはずもない。無残に撃ち抜かれた獲物は、砕けに砕けて闇夜へと消える。
 それでもまだ飽き足りないのか、次々と新たにアッシュが生み出されていく。
「キリがありませんね。とはいえ、肝心の本体に爪痕を残せはしましたからいいですけど」
 小さくではあるが、はっきりと付着した塗料を眺めるモニカ。
「どこにいるかが丸分かりだよ。それじゃ、殴り合いといこうか」
 形状は未だ不明なままだが、位置は掴めるようになった。狙いを付ける目安にはなる。腥と一悟は揃って肩をぶんぶん回して、腕が鳴るとばかりにアザーバイドの元へと駆け出した。
「気をつけろ。いや、気を保て。敵は触れることで俺達の心を読む。直接抵触しようものなら、何が起こるか知れないからな」
 毒々しい色彩をした熊めいた怪物を相手取りながら、義弘が忠告する。
「分かってますよ。これでもオレ、秘策がありますんで!」
 片手を上げて応じる一悟をよそに、飛び蹴りで突っ込みながら早速接近戦を挑む腥。
「無心で殴る。簡単なようで中々難しいもんだ」
 マーキングの跡を目印に、文字通り闇雲に暗闇に向けて拳打を叩き込んでいくが、何かしらの感触が手に伝わるたびに、次から次へと虫にも似た小型のアッシュが湧き出てくる。
 柔らかく感じたならば柔らかいアッシュが、硬く感じたならば硬いアッシュが。特徴だけを切り取り、極端にデフォルメされて出現している。
「この様子だと、痛いとか熱いみたいなことを考えちゃったら酷いのが出てきそうだね」
 精神を研ぎ澄まし、雑念を振り払おうとする。だが相手の姿を捉えることを放棄すると、殴りつける拳が空を切る回数も多くなってしまうのが、不可避のジレンマとして圧し掛かる。
 その隣で。
「怖い怖い。オレは小っちゃくて丸くてころころした甘い饅頭が怖いぜ」
 一聴すると、ふざけたようなことを一悟は口走っていた。
「甘い餡が怖い。甘い蜜が怖い。ふかふかの餅が怖い。苺やクリームなんて入ってたら最悪だな」
 台詞とは裏腹にかなり真剣な顔つきで、念仏のように繰り返している。
 すると、暗がりの中からは、ころころと小さな饅頭が続けざまに転がり出した。
「よっしゃ、上手くいったぜ!」
 饅頭の山から一個拾い上げ、怖い怖いと連呼しながら齧りつく。甘い物には目がない彼にとって、この程度の量の饅頭なら十分完食できる。
「アハハ! こりゃいい。最後は熱いほうじ茶が怖い、お後がよろしいようで、ってね」
 直後に高熱の液体状アッシュに襲われたことで、腥は発言を後悔することになった。
「……なんか全然減らないんだけど」
 一悟は一悟で、一向に減少する気配なしに堆く積もっていく饅頭に手を焼いていた。いくら甘いものが好きとはいっても如何せん胃袋にはキャパシティというものが存在している。
「ちょ、いくらなんでもこの量は無理だっての!」
 こうなると『数が多い』ということに対して負の感情を抱いていると判断されたらしく、凄まじい数の球体を模したアッシュが暗闇より現れ出す。
「ええい調子に乗りやがって! まとめて吹き飛ばしてやらあ!」
 気合一喝。電流を帯びた拳を、思い切りアッシュ目掛けて撃ちつけた。衝撃が発生した箇所を中心に、周囲に感電破を巻き起こし、複数同時に片付けることに成功。だがそれでも、数の暴力は終わらない。
 そこに飛んでくる、一羽の蝙蝠。
 矮小な影は、大いなる不死鳥の先導に過ぎない。
 業炎で象られた朱雀は、その煌びやかな赤光こそ奪われてはいたが、熱く燃え盛る翼の驚異的な掃討力に変わりはなく、ひとまとめにアッシュの群体を薙ぎ払い――灰燼とした。
 視力が退化している分、超音波の反響で索敵を行える蝙蝠は、光の干渉を許さないこの戦場においては最適なナビゲーターといえた。
「それにしても饅頭とは。なんだか湿っぽいみたいですし、私なんかは水羊羹を想像するところですが」
 余裕のある言い回しで、使役中の蝙蝠を呼び寄せる諭。
 一旦鎮圧され、障害が取り除かれた暗闇内部を目指して、義弘は鉄鎚を上段に構えて突進し。
「うおおぉぉぉりやあぁぁぁぁぁぁ!!」
 豪快に振り下ろした。しっかりとアザーバイドを見据えて繰り出された一撃は、これまでとは異なる、確かな反発と抵抗をもって義弘に応えた。
 量産体制は停止したが、その代わりに、はっきりとした人型のアッシュが数体出現。
 すぐさま発光式の手榴弾が投げ入れられ、義弘へと進軍する輩を足止めした。
 そこを狙い済ましたかのように、ユーフォリアが遠距離からの攻性魔術を駆使して仕留める。
「助かった。礼を言おう」
 閃光弾を投げたエイプリルに謝辞を述べようとするも、当の本人は全く違うことに執心していた。
「サグラダファミリア、闘牛、バルサ、フラメンコ、パエリア。ガウディ、マタドール、メッシ、バイラオーラ、ムール貝。ぶつぶつぶつ」
 ひっきりなしに少女は繰り返している。
「何を口ずさんでいるんだ? 何かのまじないか?」
「観光の計画を考えてるのよ。楽しいことを考えて誤魔化すの。サグラダファミリア、闘牛、バルサ、フラメンコ、パエリア。ええと、後は、じゃがいも、卵、トルティーヤ」
 大真面目に呟くエイプリルに、義弘は頬を緩めた。
「そうだな。先のことを考えるのはいいことだ。楽しい予定なら尚更だ」
 言い切ると同時に表情を引き締め、鎚を構え直す。
「おっさんも負けてらんないな。この灯台に光を戻さないとね」
 腥も火傷を堪えて加勢する。増えた下僕の駆除は味方に任せ、アザーバイドと再度対峙。
 決して注視せず、かといって散漫になりすぎないよう、塩梅を見極めて、ひたすら闇の中を殴り続けた。

「……実に面倒です。雑魚の相手は」
 敵をハニカム構造どころか千切れた繊維状に変えながらも、モニカは少々苛立った様子を見せる。
 こと手数と火力に掛けては他の追随を許さない彼女ではあるが、他方で防御面では若干の不安を抱えているというのもまた事実であり、生き急ぐような戦闘スタイルもあってか、長期戦はなるべく避けたいところだった。時間の経過に合わせて、吐く息の量が多くなる。
「みんなー。ガス欠だったら側にきてね! 回復するよぉー☆」
 その傍らで味方のサポートに従事するメリュジーヌ。諭のように距離を取って大味な符術を連発する戦術が成り立っているのも、演算機器を通した彼女の意識共有の貢献による部分が大きい。
 とはいえ視覚の面で不利を背負っている分、声を掛け合っての連携は必須である。思考能力の向上で敵味方の大まかな位置は把握できてはいるが、やはり目による情報が足りていないのは心もとない。
「本当に~、雑魚敵わんさかですね~」
 ユーフォリアの温和な表情にも疲労の色が浮かび始めた。
 無数に湧き出るアッシュの処理に追われ、中々アザーバイド本体にまで手が回らない。
「素直に~、見えてる存在だけをやっつけましょう~。集中~集中~」
 ダガーは再びアッシュの喉首を切り裂いた。
 当初は具体性のある形を持たなかったアッシュだったが、徐々に明確な姿形を取り始めた。想像は連想に繋がる。うねる触手は指を生やし、腕となり、身体を保持し始める。割けた口、削げた鼻、抉れた眸、潰れた頭。牙があれば毒を含み、肉があれば腐乱臭を放ち、爪があれば殺傷力を備える。恐怖心を煽る外見がパターン化され、様々に組み合わせられている。
 ゆっくりと、少しずつ、けれど確実に。
 内側で広がっていく恐怖が、現実のモノとして眼前に突きつけられていく。
「こいつはとんだ観察者(ミクログラフィア)だ。策を弄していても埒が明かない」
 味方の治療に手を拱いていた義弘が、強張った表情で、覚悟を決めたかのように更に一歩前に出た。
 ペイント弾の痕跡を頼りに。
 振り返ることなく。

●テリング・テラー
「過去の恐怖は、振り払ったつもりでいたんだがな」
 義弘にとっての恐怖とは、絶対的な力である。
 大口を開けた獣。屈強な怪人。我が身を焦がす熱。全てを裂く刃。徐々に体を蝕む病。傷つかない鋼。
 あらゆる力の象徴が顕現し、彼の前へと立ち塞がる。
 だからどうしたとでも言わんばかりに、震える手を固く握り締め、目の前のアッシュを殴り捨てた。
 自分自身の率直な恐怖心に打ち勝った。逃げることなく、真正面から。
 暗闇に、揺らぎが生じる。
「邪魔は無粋って話ですよ」
 妨害すべく義弘に纏わりつこうとするアッシュの残党を、モニカが先制して撃ち抜いた。
「俺は俺の中に巣食う恐怖を克服する。お前がどうあろうと知らない」
 男は暗幕の内側へと足を踏み入れる。
 深淵に取り込まれ、それでもなお強靭な肉体と精神力で意識の輪郭を保つ。
「恐れているのはお前なんかじゃない」
 侠気の盾は矛となり。
 勇壮に左手を伸ばし。
 闇に潜む闇を掴んだ。
 なんのことはない。あらゆる光を吸収してしまうのであれば、その時点でそれ自身が暗闇なのだ。ゆえに決まった形はなく、大小もない。不定形の異常生命体。それがミクログラフィアの真相。
『"そういうものだ"って思うことにするわ』
 道中のメリュジーヌの言葉が思い出される。
「まったく、その通りだったよ」
 何が潜んでいるか分からない点が暗闇の恐ろしさであるならば、暗闇そのものを恐れることはない。
「光を奪うなら、俺の心の熱も喰らってみせろ……ッ!」
 持ち主に似た無骨な鉄鎚が、渾身の力を乗せて。
 不快なアザーバイドへと叩きつけられた。

 破砕された暗闇は散り散りになり、そしてどこかへと消えていった。


■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 成功です! お疲れさまでした。
 正攻法も時には大事。
 エイプリルさんも空港での換金が上手くいってめでたしめでたしな感じです。

 ご参加ありがとうございました。