●絶対架空型アザーバイド『SYNC』 楠神風斗様。 契約満了まで二ヶ月を切りましたのお迎えに上がりました。 契約内容の確認をいたします。 ひとつ。1999年8月の出来事を生存する関係者全員の記憶から抹消すること。 ひとつ。1999年8月から2014年6月までに起きる記憶回復要因の抹消。 ひとつ。2014年4月に契約満了の通知を行なうこと。 ひとつ。契約満了通知と同時に1999年8月に楠神風斗を中心に起きた真実を通知すること。 ひとつ。楠神風斗は契約満了時までに高度な神秘能力を制御していること。 ひとつ。楠神風斗は契約満了時に創造される新世界の王になること。 ひとつ。契約満了時までにゆかりのある人間最低5名を殺害し、贄とすること。 ひとつ。この契約にあらがった場合、楠神風斗の自由意志を変換。契約内容を強制実行する。 以上でございます。 契約内容に従い、契約満了日時が2014年6月11日であることを通知するとともに、1999年8月14日から30日にかけて楠神風斗様のおこした事件とその真実についてお知らせします。 この世界においてナイトメアダウンと呼ばれる事件にあたり、他世界より多数の存在が来訪、介入し、その影響をうけていた多数の人間が大きく混乱しました。 その事件のなかで、楠神風斗様はエリューション能力を獲得。通っていた幼稚園でいじめを行なっていたグループを惨殺後、それを避難した女子を殺害。目撃した全ての園児と保母を殺害し、駆けつけた警察官および両親を殺害。未熟児である妹は保育器の中で死亡。当事者である楠神風斗はその事実を認識しきれず一般精神医学で述べるところの統合失調症を発症。『自分』――この世界の呼び方でいう絶対架空型アザーバイド『SYNC』との対話能力を獲得しました。 高い神秘適性能力と『SYNC』との対話能力から、世界の統合存在としての適正をもつとして楠神風斗は上に述べた契約を締結しました。 「以上。契約事項に則り、あなたをお迎えに上がりました。新世界を創造する前に親しい存在5名の殺害を実行して下さい」 「 !」 「拒否は認めておりません。自由意志の変換を実行します」 「 、 ! !」 「剥奪作業を変換。協力的な態度をとりやすくするため、新世界についての説明をお聞きください。あなたの創造する世界はあなたの意志を条理とし、あなたの目的を真理とします。だれもが優しい世界。だれもが助け合い、微笑み合い、誰も死ぬことが無く、病気もせず争いもせず、永遠に幸福を感じ続ける世界を獲得できます。おめでとうございます。おめでとうございます。おめでとうございます」 「…………………………」 「変換を完了しました。今より契約内容を実行します。お疲れ様でした」 ●世界の同調 2014年4月20日から30日にかけて、絶対架空型アザーバイド『SYNC』が現実世界に出現することが知らされた。 『SYNC』は『個人の観測によってのみ存在する架空世界』から穴を通じてこちら側に発現、展開。発現と同時にリベリスタ楠神 風斗(BNE001434)と同調したためフェイトを自動獲得。崩界の危険は減少した。 ただし楠神風斗は『SYNC』の同調能力を行使し、アークに所属するリベリスタ数名を架空世界に隔絶し、殺害を実行しようとしている。 至急、容疑者楠神風斗を発見し、殺害の停止を要求すること。 こちらの要求に応じない場合、楠神風斗の殺害を許可する。 これは急務である。 アンナ・クロストン(BNE001816)はカラオケボックスにいた。向かいには楠神風斗が座っている。 あの日のあの時のあの状態から思考は断続している。 「うむ、よし。しばらくは前向きにグダグダしなさい。誰かとデートするとか」 「そうか。じゃあ付き合ってくれ」 「おう、了解」 「……」 「……」 「え、いや、あれ?」 「なに驚いてんのよ。別に問題な……あ」 アンナの頭にカッと血が上った。テーブルを超え、風斗の肩を両手で掴む。 そのまま強制的に引っ張り上げると、個室から飛び出そうとした。 「そうよでででデートよデート! 言質とったからね! 絶対行くからね!」 「ちょ、落ち着け、分かった! ちゃんと行くから、その前に一つだけ言わせてくれ!」 その瞬間、アンナは違和感を覚えて手を離した。 風斗がアクセス・ファンタズムを任意で起動。黒いコートと黒い剣を装備すると、ジャガーノートを発動。剣をおもむろに振り上げた。 「――え?」 眼鏡の奥で目を見開く。 「俺のために死んでくれ。優しい世界のために、力が必要なんだ」 風斗の剣が、アンナの首元めがけて振り下ろされる。 廃教会。懺悔室でのこと。 敷居も格子も存在しない、懺悔室という名のペア個室でのこと。 海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は風斗のあたまを膝に乗せていた。 「よしよし、辛かったわよね。心を休めるのも必要だわ」 頭を撫でてやると、彼は涙の後を袖でぬぐってから立ち上がった。 「今日はもう、帰ります」 「ええ、いつでもいらっしゃい」 一つしか無い出入り口のドアに手をかける風斗。だがそこで、ふと足を止めた。 「すみません。もしオレを許してくれるなら……もう一つだけ、許して欲しいことがあるんです」 「なにかしら。何でも言ってご覧なさい」 「簡単なことです。今すぐできます」 風斗は黒いコートと剣を装備。首だけで振り向いた。 「誰も死なない世界を作りたいんです。そのために、神裂さんには死んで貰わないといけないんです。うまく説明できなくてごめんなさい。でも、やらなきゃいけないんです。でないとオレ、その世界を作れないんです」 犬束・うさぎ(BNE000189)は掘り起こした壺を撫でていた。 「……そもそも、あの人に私の支えが必要ですかね。あの人はもう、あの時の迷子じゃない」 土のついた手を見つめながら、うさぎは暫く沈黙していた。 埋め直そう。そう思った所で、後ろに気配を感じた。 「……風斗さん。どうしたんです、こんな夜更けに、こんな場所に」 「いや、なんていうか、お前にどうしても言いたいことがあるって言うか……わがままを聞いて欲しいんだが」 「…………」 うさぎは振り向かず。 眼下の壺を見下ろした。 「水くさいですね。私のわがままはあれだけ叶えてくれたじゃないですか」 「いや、あれは……まあ、そうだが」 「でもおかしいですね。私にわがままを言おうとしている割には、ずいぶんな殺気じゃないですか」 立ち上がり、手の中にタンバリン型の切断器を発現させる。 「さ、どうぞ」 沈黙。 沈黙の後。 「俺に殺されてくれ」 「だと思いました」 臼間井 美月(BNE001362)は部室でドリキャスのコントローラーを握っていた。画面にはジャス学のプレイ画面が流れ、隣では風斗が流先輩によるバタフライハメを淡々と入力していた。自分のモモがすごい勢いで陵辱されていく様にあわあわするばかりだったが、急に風斗がポーズボタンを押した。 「あ、部長。ちょっと死んで貰っていいですか」 「えー、やだよ! もう十回も負けてるんだよ。むしろこっちがゲージ溜めるまで待つくらいしてくんなきゃ勝負になんないよ」 「いや、そうじゃなくてですね」 風斗はコントローラーを丁寧に置くと、代わりに黒い剣を手に取った。 「オレは今から、みんなが助け合える世界を作らなきゃいけないんです。こんなこと頼めるの部長しか居ないんです。お願いします、黙って殺されてください」 またまた冗談をと思った美月だが、自分に向けて120%スラッシュを繰り出されてまでそうは思えなかった。 咄嗟にコントローラーを投げ出し、地面を転がり、棚から分厚い攻略本を引っ張り出す。 「い、いや、わかんない! ぜんぜんわかないよ楠神くん! どういうこと!?」 「ゆっくり説明する余裕はないんです。すぐに、終わりますから」 剣を握り、ゆっくりと近づいてくる。 覚悟をきめなければならないようだ。 絶対架空世界。 名前はまだ無い。 まだ形を定めていないのか、風景はめまぐるしく変化し続けている。 その中心に、楠神風斗はいた。 「なあ風斗、嘘じゃよな? こんなこと、風斗がするわけないよな? なあ!?」 立て続けに繰り出される斬撃を、卜部 冬路(BNE000992)は必死に受け流していた。 力量の差というものがある。そうそうしのげるものでは無い。 「卜部さん、下がって!」 強烈な一撃が来ることを察した中村 夢乃(BNE001189)が冬路を突き飛ばし、斬撃を代わりに受け止めた。畳んだ鉄扇でしっかりと止めたはずだが、びりびりとした衝撃が全身をはしり骨を砕くようだった。実際腕の骨にいくつかヒビが入った。 確かに風斗は強力なリベリスタだったが、ここまでの強さは無かったはずだ。 彼が装備している黒いコートや剣の影響だろうか。それとも彼に同調したというアザーバイドの影響だろうか。 どうにしても、『お話し合いでどうにかなりませんか』という状況ではない。 日和ったら殺される。 それだけはひしひしと伝わってきた。 「なるほど。それがお前なりの修羅というわけか、楠神風斗」 横合いから強引な斬撃を仕掛ける蜂須賀 朔(BNE004313)。 風斗は素早く身を転じて彼女の剣を跳ね上げると、奇妙なエネルギーラインを地面に走らせその上を滑走。ノーモーションでバックスウェーをかけた。 「そういうわけじゃ無いんです、蜂須賀さん。オレは誰も殺したくない。いや……誰かが誰かを殺す必要の無い世界を作りたいんです。そうしなきゃ、いけないんです」 剣を構え、風斗は唸った。 「平和な世界を作るため、殺す相手を選ぶんだ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月01日(木)22:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●それを愛と呼べ 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)。 『砕けた剣』楠神 風斗(BNE001434)。 二人の間にあったものが正確に『何』であったか、正しく計れる人間は今のところいない。 ひとつだけ言うならば。 すくなくとも、愛のたぐいである。 「――別に、いいですよ」 一度だけ目をそらしてから、うさぎはいつものように言った。 「と、言いたかったんですが」 剣を手に踏み込もうとした風斗が、ぴたりと動きを止めた。 「なぜ不意打ちをしなかったので?」 「それは」 「殺気ムンムンさせて尚且つ殺しますって宣言までして、『俺の決心は固いぞ』って感じですか」 「そう、そうだ。例えお前が抵抗しても、俺は必ず」 「みずくさい」 今度こそ斬りかかろうとした風斗に、うさぎは近づいた。 つま先が触れる距離である。 「みずくせえよ、この馬鹿」 「なん――」 「普通に頼れよ。私が風斗さんに『頼られて、わがままを言われて、お願いされる』なんて、嬉しいに決まってるんだよ。だから」 ぐい、と身を乗り出す。 「安心しろや。手を抜きまくってやるからよ」 至近距離で、犬束うさぎが壮絶に笑ったように見えた。 ●神はいるが、神はない 「どうしたの、楠神君?」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は多少乱れたシスター服もどきの裾を整えながら、瞑目して言った。 「誰も不幸にしない世界を、あなたが作るの? 神ですら成しえなかったのに」 風斗は扉を背にしていた。 「そのためにワタシの死が必要だと?」 剣を構えて立っていた。 「淋しいわね。あなたの作る世界に、ワタシはいらない?」 風斗の剣が振り下ろされ始めた、その一瞬、海依音はまばゆい光を放った。 思わず目を細めた風斗の脇をすりぬけ、扉を最短動作で破壊。懺悔室もどきから転がり出ると、海依音は一目散に教会の扉を蹴り開け……そこねた。扉が壁と同化していた。 AF回線にフリーハンドで接続――失敗。 「隔離されている。この場所が?」 「神裂さん」 身体ごと振り向く。エネルギーをため込んだ風斗が目の前にいた。 扉に背を突け、海依音は引きつるように笑った。 「『理不尽』は俺だったんです。関係のない人を、これ以上巻き込むわけにはいかない。だから」 「だから『自分とそれに近しい人』だけで終わらせたいのね?」 海依音は杖を手にとった。 「お姉さんに甘えてくれて、嬉しいわ。優しい子なのね、楠神くんは」 ●人が死ぬのは誰のせい? 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は即座にアーマードスーツを展開、風斗の剣を回避……するはずだったが、風斗はそんなアンナの首を掴み取り、ソファに押し倒した。 いちかばちか、アンナは自らの額を風斗の額に叩き付ける。 脳をゆさぶる衝撃。 と同時に、脳内を……具体的には記憶野を真新しいビジョンが駆け抜けた。 「そう、そっか。アンタ、あの時の子だったのね」 「ごめんね。勝手に言って、勝手にいなくなって。でもアンタ、そんなの、ほとんど神秘のせいでしょうが」 「その神秘を使ったのは俺だ」 首が再び押さえつけられる。 「くそ、これだから――神秘ってやつは!」 ●逃亡者に逃げ場は無い 『朽ちた盾』中村 夢乃(BNE001189)は風斗の両手首を掴み取り、力業で押さえつけていた。 「楠神さん、あなた――」 「こらえろよ、風斗!」 風斗の背後に回った『雪暮れ兎』卜部 冬路(BNE000992)が全力で刀を叩き付ける。が、まるで鉄の柱を打ったかのようにはじき返された。歯が立たぬとはこのことである。 「中村さん、手を離してください」 「いやです」 言った瞬間、風斗の膝蹴りが夢乃の脇腹に入った。それだけで肋骨が数本粉砕した。骨折ではない。粉砕である。 夢乃の表情が歪んだのを見て、風斗は再び同じ所に膝を入れた。内蔵が飛行機事故被害者さながらの破れ方をした。 血液その他を口や腹からはき出す。だが、風斗の手首から手は離さなかった。 「あたしは弱いんです。弱いから、逃げました。盾どころか、障子紙かなにかでした。ですがそんな障子紙を破るのにあなたは手を使わなければならない。その一手を使わせるためならば、本望ですよ、楠神さん」 「あなたがそんな犠牲になることはないんです。離れてください、はやく! あなたを殺したくない!」 「殺されるつもりはないんですよ! 『貴方なんか』に!」 途端、風斗の手首が途中から切断された。 剣が転がり落ち、夢乃は反動でその場に転がった。 血を吹き出す手首を押さえ、数歩後じさりする風斗。 「卜部さん、この太刀筋は?」 「私とて、よく狙えばこのくらいはできる」 刀の柄を握りしめる冬路。 手の感触は、あまりない。それよりも、もっと別の感触が手に残っていた。 ごつごつとした広い手の感触である。楠神風斗の、手の感触である。 「……よい。私には似合わぬ」 頭によぎった『とてもたいせつなもの』を振りほどき、冬路は風斗の前に立ちはだかった。 立ちはだかったその場で、冬路の左腕がばっさりと切り落とされた。 転倒しそうになった身体のバランスをとりつつ、刀を構え直す。 「なあ風斗。おぬしが作ろうとしてる世界には、おぬししかおらぬのではないか? それは、独善ではないか?」 「いいえ、卜部さん。新しい世界には『俺以外の全部』がいるんです。俺は『理不尽』そのものだから」 「それでおぬしは消えるのか? おぬしの過去や、罪過や、責任が消えるのか?」 「消えません。けれど、もう過ちを繰り返さずにすむ。最善のことなんです、卜部さん」 「『最善』など知ったことではない」 横合いから刀が突き込まれた。『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)の刀が、である。 瞬発的に身をかわし、地面に転がった剣を手元に吸い寄せる風斗。 秒間に六十六発ほど繰り出された斬撃を力業で払いのける。 「一人の男が決断したならば肯定しよう。だが君の意志が曲げられているのなら、それは認められることではない。もし君が曲げられ、屈し、負けたのなら」 朔の繰り出した刀が風斗の胸を貫通。 容赦なく捻り。 容赦なく押し込み。 容赦なく切り抜けた。 「『閃刃斬魔』が君を斬る」 温情に頼るせなどない。 今こうしている間にも仲間が殺されようとしているのだ。 いや、もうひとりほど殺されているかもしれない。 たとえば『From dreamland』臼間井 美月(BNE001362)だ。 計算上、彼女は今。 生きている方がおかしい。 ●Do You Continued? 「痛い……痛いよ……楠神部員……」 臼間井美月はまだ生きていた。 が、『死んでいない』という意味にすぎない。 足は片方抜け、臓器の殆どをひどく損傷していた。 「僕、なにかしちゃったの? 嫌いになっちゃったの? ねえ……」 それが彼女ができる動作の限界であるかのように、重々しく首を動かし、風斗を見た。 「ねえ、楠神部員。本当にみんなが助け合える世界を作ったりするの?」 「はい。俺が……俺一人が手を汚すだけですべての人が救われるなら、俺は迷いません」 「そういうこと話してるんじゃないよ」 表情を見た。 「いま、きみ、ちっとも楽しそうじゃない」 楠神風斗の目からは、血の混じった涙が流れていた。 美月の目からも、涙があふれていた。 「楽しいわけ、ないだろうが!」 風斗は棚を粉砕した。 「仲間を犠牲にして得る平和なんてありえない。俺が手を伸ばせる限り、どこまでも伸ばしてやる。いくらでも犠牲になってやる。俺はそう決めたんです! だから部長なんです! 部長はもう、俺の一部なんです……『俺の犠牲』なんです!」 「そっか、わかったよ」 震えは止まらない。 もうすぐ死ぬのが分かるからだ。 「でもやっぱり君は間違ってる」 「です、よね。俺なんかのために死ぬのは」 「違うよ。言ってるじゃないか。『そういうことを話してるんじゃないよ』」 驚いた顔で、風斗は美月の顔を見た。 おびえた十八歳の少女を見た。 「みんなが助け合える世界なんて作る必要はないよ。もうここにあるじゃないか」 「嘘だ。俺はそうやって助け合っていた天使と人間の楽園を、この手で叩きつぶしたんですよ」 「嘘じゃない。僕は楠神部員と一緒にゲームしてたら楽しいよ。大体負けるけど、すごく楽しいよ」 「ゲームと現実は違うんです!」 「一緒だよ楠神部員! 助け合える世界って、そういうことなんだ! 僕は一緒に『現実』をプレイしたんだ。それが楽しかったんだ! みんなそうだ、気づいてないだけだ! 気づけばそれで済むんだ!」 「誤魔化すな! 負けて……死んでいいことなんてない! 俺は奪ったんだ。殺して、奪った!」 「だから『そういうことを話してるんじゃないよ』楠神部員! 僕はいいんだ! でも事実だよ、僕は楽しかった。君と遊んで、楽しかったんだよ!」 意識が遠のいていくのが分かる。 視界がぼやけていく。 「大事なことなら自分でやりなよ。新しい世界なんていらない。ここでやればいい」 そして意識が。 「自分の世界から、逃げないでよ」 途絶えた。 ●人を殺すのは誰? アンナはソファに身体を押しつけられていた。 首を掴まれ、腰にのしかかられている。 「俺はあの日、神秘の力を自分の意志で使った。もしそれが神秘でなく、拾った拳銃や、包丁や、スコップだったとしても同じだっただろう。俺は自分の正義感とやらのために人を殺めたんだ。手段は、関係ない」 風斗の剣はアンナの身体を貫いていた。 「俺は、その責任をとらなきゃいけない。そのためにお前を巻き込んだのは、すまないと思っている」 「なにが『すまないと思っている』だ」 風斗の襟首を掴み、アンナは頭を上げた。 頭突き……にはあまりに弱い。接触と呼ぶにも、まだ弱い。 額と額が、わずかに触れた。 泡の混じった血が口から漏れた。 「『神秘のせい』よ。それ以上でも、それ以下でもない。アンタはバカだし要領も悪いから言ったことは守っちゃうんだろうし、いじめっこを懲らしめようって、可能な限り武装したでしょうね。それで怪我させたかもしれない。でもそれで済んだの。アンタはやって当たり前のことを、普通にやっただけ。それが勝手に増大しただけよ」 「いや、違う! 俺は、俺の意志で……!」 「じゃあ、いつか私のキスを断わったのも、アンタの意志?」 「そっ……!」 頭を離そうとした風斗を、無理矢理引っ張り戻す。 二人はソファの上で、折り重なっていた。 殺す側と、殺される側だが。 「『オレからの答えを得るまで死ぬんじゃないぞ』。そう言ったわね」 「……言ったが」 「正直ね、ヤバいの。割と死にそうなの。だからせめて」 アンナの手から力が抜ける。 ぽすん、というあっけない音をたててソファに頭を沈めた。 「デートの約束くらいは、守りなさいよ」 ●それを愛と呼ぶべからず 臼間井美月、アンナ・クロストン。 以上二名の意識が消えたのとほぼ同時刻。 犬束うさぎは風斗を地面に押し倒していた。 お世辞にも『美しい戦闘があった』などと表現できる有様ではない。 互いに泥と土にまみれ、小さい虫が身体を這い、意味不明の悪臭が漂っていた。 「風斗さん、風斗! 聞け――楠神風斗!」 うさぎの拳が風斗の鼻の骨を砕いた。 武器は数メートル先に転がっている。 手元に戻すそぶりすらない。 その意味すら見失っているかのようだった。 「好きだ!」 「そんなこと、今更……」 「性的な意味だ! 人間的な意味だ! 運命的な、社会的な、性社会的肉欲主義的あらゆる意味で大好きだ!」 「そう、か……そんなお前を、俺は」 「謝るなァ!」 再び殴りつける。気糸をバンテージのように巻いた拳が、風斗の頭蓋骨に甚大なヒビをいれた。 「私は風斗さんのためなら死ねるんだ。笑って死ねるんだ! そんなことは、どうだっていいんだ!」 「犬束、じゃあ……」 血と泥の混じった声で、風斗は小さく呻いた。 彼の顔にぽたぽたと滴が垂れた。 涙? そんな小さなものではない。 血液? そんな単純なものではない。 彼か彼女か、もはやどちらでもよい。犬束うさぎが口からこぼしたものは、つまり『 』である。 「あんたが泣くのが、一番嫌なんだよ。嫌で嫌で興奮するだろうが。確定ロールで犯すぞパンダ野郎!」 「うさ……ぎ?」 「だから、さっさと泣き止め!」 うさぎの拳が。 最後の拳が、風斗の顔面を破砕した。 ●神はいないが、神はある 教会。 説教台という名の未洗濯下着置き場に寄りかかるようにして、海依音は天井を見上げていた。 蜘蛛の巣がはった天井をである。 「ワタシは分かってる」 応えは無い。 「いいえ、誰もが分かってる」 応えは無い。 「楠神君は『当たり前』に傷ついて、『当たり前』に怖がる子だって」 無い。 「人を殺しちゃうのは、恐いわね。損壊の酷い死体を見たら、ショックで泣いてしまうわね」 無い。 「当たり前のことよ。みんな、そうであったはずなの」 無い。 「そうであるべきだったはず」 海依音の膝には、風斗がいた。 膝を枕にして、寝転んでいた。 目を瞑り。 開かない。 そんな、楠神風斗がいた。 海依音の顔は左半分がそげ落ち、ベールに隠れている。 優しい表情をしている……のだろうか。 膝の上で目を閉じたままの、彼の頭を撫でた。 「よしよし、つらかったわね。見知らぬ世界のために、親しい人を犠牲にするのは、つらかったわね。でもごめんなさい」 瞑目。 「ワタシには、まだやることがあるから」 十五年前のように。 頭を撫でて。 『まるでシスターのように』笑った。 「まだ死んであげられないの」 ●『おかえりなさい』は言わせない 風斗の斬撃が、夢乃の身体を斜めに切り裂いた。 さばかれた魚がそうであるように、ごく自然な物理的反応をもって、その場に『文字通り』崩れ落ちる。 「う……ぐ……」 砕けた顎を運命的に強制修復し、血液その他を吐瀉しながら上半身だけを起こした。 「楠神さん。あなたの望みはなんですか」 「何度も言ったはずです。俺は」 「誰も斬らずにすむ世界を作るため、誰かを斬る。そこではありません。もしそうであるなら悔やむはずは無いんです」 「悔やむ? そうだ俺はいつも後悔していた。だから今度こそ――!」 「あなたが今悔やんでいるのは過去に関してではなく『未来』を悔やんでいるんです!」 地面をえぐるほどに、夢乃は拳を地に打ち付けた。自らが倒れ、屈しないためである。 「彼女の言うとおりじゃ、風斗」 うつ伏せの冬路が、顎だけ上げて言った。 腕と片足を失ったせいで起き上がれもしないのだ。 「私もこう見えて八十近い。豊かな人生を歩んだ覚えは無いが、『生きながらえること』がイコール幸せではないとは、分かっておる。生まれてから死ぬまでの間、どれだけ満足できたか、幸せだったか、それでよいとも思う。私はいい。風斗のためになるなら、この命、幸せに果たせよう。『よき生き様』じゃ。だがその選択、本当におぬしのものか?」 「俺は……いや、オレは……」 彼の剣は今、冬路の真上にあった。 トドメの一撃を、振り下ろす直前である。 「選べ。自らの手で選べ。私の愛した、お前の選択じゃ」 ●『 』 「オレは、みんなが笑っていられる世界を守りたかった」 『しかしそれが守れなかった』 「そのせいで逃げたいとも、思った」 『けれど誰かを犠牲にして逃げようとは思わない、と?』 「オレを待ってる人が居る。信じてくれる人も。オレはそこに帰りたい」 『契約を認めることはできませんか』 「つらい記憶を封じてくれていたこと、感謝する。だがオレが切り捨てるのは彼女たちじゃない。お前だ、SYNC」 『――理解しました』 「すまない」 『質問を許可してください』 「質問?」 『もし私が、十五年間あなたの記憶から消えること無く、そばにあったとしたら……切り捨てないで、いてくれましたか?』 「……」 『その沈黙を回答と判断しました』 「いや、オレは何も」 『弁明は結構です。楠神風斗さま。契約を破棄します。あなたはつらい記憶を背負い、これに関する安寧は二度と訪れないことでしょう。これからは幾度となく迷い、心は折れ、挫け、同じようなあやまちを繰り返すでしょう。いいきみです』 「……」 『もう、あなたのことなんて知りません』 「SYNC……」 『いきなさい』 ●死とは? 朔は、楠神風斗の僅かな変化に気がついた。 十五年前に交えた気迫と、同じものを感じたのだ。 世界がどうしようもなく悲しいことに納得できず、かんしゃくを起こす子供のような。 純粋で、そして悲しい暴力である。 「これで二度目……いや、三度目か。きみは本当に世話のやける小僧だ」 かかってこい。 そう述べたときには、風斗は朔に斬りかかっていた。 子供が大人に甘えるように。 子供が大人に泣きつくように。 そして朔は。 「よくやった」 楠神風斗の首を、いっぺんの情け容赦なく切断した。 ● 時間が無い。 手短かにことのあらましを話そう。 美月、アンナが戦闘不能になってから約八秒五に楠神風斗は同期状態を解除。直後に朔の斬首によって他の楠神風斗は気絶。 大きな怪我を負ったものの、全員生存した。 以上である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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