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<恐怖神話>蝶形骨の覚醒


 今にして思えばあれは単なる偶然ではなく、悪意に満ちた必然であったのかもしれない。
 わたしは運命に愛された覚醒者にして神秘探究家。幻の書を探す者である。このまま助けが来なければ、まもなくこの図書館で死を迎え、“幻の書を探す者あった”となるだろう。
 息を吸い込むたびに喉の奥がひりつき、ひどい眩暈に襲われる。尿は二日前から出ていない。食べ物はとっくの昔に食い尽くしてしまった。
 何もかも失おうとしているのに、窓の外を飛ぶ蝶の数だけは刻々と増えていく。
 割れてひびが入った手鏡を持ち上げ、震えながらのぞき込んだ。
 まだ目は離れておらず、飛び出してもいない。まだ……。

 果たして彼はアークにわたしのメッセージを伝えてくれただろうか?


 立ち上がったとたん、隣のデスクの上で電話が鳴った。外部外線を示すランプが赤く点滅している。代表にかかってきているようだ。
 職員の誰かが取るだろうと思い、リュックを手にするとそのまま横を通りすぎた。だが、柔らかいコール音は執拗に背中を追ってくる。3回、4回、5回……。
「ああ、もう!」
 茶房・跳兎の店主『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)は急いで戻ると、左手で受話器を取り上げると同時に右手の指で点滅する赤ランプを押した。
「お待たせいたしました。アークほ――」
「アリゾナ南東部、ドラグーン山地。オビエンという砂漠の町に複数のアザーバイドが出現。ジュンペイ・ヨシムラが死にかけている。もって2日だ。助けてやれ」
「え?」
 そこで電話は切れた。


「調べたところアリゾナ南東部にオビエンという町は存在していませんでした」
 健一は毒々しいまで赤い和菓子に目を落とした。声が疲れ切っている。
 ふと、顔を上げて、
「あ、これ“胡蝶”です。本来はういろうで作るものですが、これは食紅で色を付けた焼皮で餡を包んで畳みました。どうぞ、お食べください」
 集まったリベリスタたちが蝶を模した和菓子へ手を伸ばす。健一も湯呑に手を伸ばした。
「アークの職員リストにもヨシムラ・ジュンペイ氏の名前はなく。単なるいたずらで片付けようと思ったのですが、ついでだから外部協力者の名簿も調べてみたんです。そうしたら……」
 時々、アークに神秘がらみの小さな事件を持ち込む自称、神秘研究家・吉村順平に行き当たったという。名簿に載せられた番号に電話をかけると、留守番電話の応対メッセージにアリゾナへ出かけていると吹き込まれていたらしい。
「メッセージによると帰国予定日は3日前。入国管理に問い合わせると吉村氏はまだ日本に帰国していませんでした」
 健一はすぐに関係各所に手を回して吉村氏の自宅および知人関係を調査し、吉村氏が知人と以下のショートメッセージを交わしていたことを突き止めた。
 リベリスタたちに配られたレポートには本件に関係がないと思われるやり取りを省いたものが載せられている。

『赤い蝶が幻の町オビエンの図書館に導いてくれそうだ』
『オビエンのつづりかい? Obienだよ』
『驚くべきことに図書館には覚醒者の先客がいた。見覚えがある。この町の住民じゃない』
『頭も膨れてないし、目だって離れていないからね。……まったく、ここの連中は気味が悪いよ』
『おそらく彼がいま見ている本が、わたしが長年探し求めてきたものだ』
『見せてもらえ? 冗談いうなよ。相手は楽団のネクロマンサーだぞ』

 ゴト。
 湯呑を置いた音が、思いのほか大きく響いたことに誰よりも健一自身が目を丸くした。 すみません、と小さな声で謝る。
「アークに電話をかけて来たのはケイオスの楽団員でしょう。フィクサードである楽団員が吉村氏になんの義理があって助けを求めたのかはわかりません。ですが、おそらく情報は本物。吉村氏にはあと1日も時間が残されていない」
 健一は気まずげに顔を伏せたまま立ち上がった。
「最大限努力したんですが……調査に時間がかかりすぎました。いますぐオビエンへ向かってください」


 わたしは彼が本を持ち出さないことを願いながら、適当に選んだ本を持って彼の斜め後ろの席に座った。
 町全体にべつとりとしみついたような生臭さと、時折聞こえてくるポンと何かがはじける音にようやくなれてきた頃、図書館の窓ガラスに何かが当たってかなり大きな音がした。ガラスは割れていなかったが、かわりに赤い……血のようなシミがついていた。
「あの噂は本当だったか。ずっと寝ていればいいものを」
 窓の外を見つめる彼の横顔は、さも迷惑だといわんばかりにゆがめられていた。本を閉じて立ち上がると、こちらを振り返った。
「見たければ見るがいい。いままでのものと同じ……わたしには無価値なものだ」
「そんなバカな!」
 立ち上がった勢いがよすぎて椅子を後ろへ倒してしまった。彼はわたしに構わず図書館から出て行こうとしている。
 わたしはその気が――いや確信して彼が残していった本を手に取ると、彼の後を追った。
 何か良くないことが起こり始めている。ここに一人でいてはいけない。
 通りに出ると、目と目の間が拳ひとつ分ほど離れた男とぶつかった。男は黙ってわたしに手鏡を押しつけると、腕を後ろに回して銃を取り出した。そして止める間もなく、銃で自分の頭を撃ちぬいた。
 わたしは血と脳と骨の欠片で汚れた本の皮表紙を捨てた。

 彼は町の入口にいた。正確には奇妙なモニュメントが円形状に21本並ぶ広場の真ん中に、だ。そこはわたしが赤い蝶に導かれて、いつの間にか立っていた場所でもある――と、あることに気付いた。
「……あれ、これと同じ?」
 わたしは図書館から持ち出した本を見下ろした。
 皮表紙の下に刻まれていたのはこの広場を真上から見た図だった。モニュメントが立っている場所に番号が割り振られている。
 楽団員がそばにやってきて、わたしの手元にある本を見下ろした。しばらくすると顔を上げて広場を見渡しはじめた。
「鍵を。欠けている曲名は?」
 いつの間にか後ろに老人が立っていた。やはり目が恐ろしいほど離れている。老人の後ろにはそれまでなかった門があった。
 楽団員が老人に近づいて耳元で何かを囁いた。門が開き、その向こうにサボテンの立つ砂漠の風景が見える。
「あ、待ってくれ。わたしも一緒に――」
 老人が腕を広げて邪魔をした。
「ダメだ。鍵を。答えを聞かせてもらおう」
「そんな……。た、頼む。答えを教えてくれ!」
「ダメだ。他人の鍵は使えない。分からなければ目覚めるまでここにいるんだな。みんなが目覚めれば町から出て行ける」
 その目に禍々しいものを感じたわたしは老人から離れた。どういうことだ?
「では、わたしはこれで」
「待て! これが、わたしが持ってきたこの本がヒントになったんだな? だとしたら……」
 彼はわたしに少なからぬ恩があるのではないか?
「わたしは吉村順平。せめてアークに――」
 チッと強く舌を打つ音に遮られ、最後まで言い切れなかった。楽団員、クルト・ヴィーデンは踵を返すと門の向こうへ歩み去った。

 あれから丸一日が過ぎた。わたしはいま図書館に戻ってきている。
 タイトルの欠けているモニュメントは真北の9番。北から時計回りに3本目のモニュメント・踊る文字は10番。北から15本目のモニュメント・返事は8番。
 だめだ、全然分からない。
 いまは携帯も図書館にある電話も通じない。
 タイトルの欠けているモニュメントの正面、時計回りに10本目のモニュメント・前口上は1番。
 ……誰か、助けて。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:そうすけ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年05月05日(月)23:17
●依頼内容。
アリゾナ南東部にある幻の町・オビエンから吉村順平を救い出す。

●敵データ
 ・赤い蝶/アザーバイド 少なくとも50匹。時間を追うごとに増えていく。
 血の鱗粉 …… 近複物/猛毒。吸い込むと狂気をはらむ。
 死の羽音 …… 近複神/ショック。聞くと狂気をはらむ。
捕食 …… 近単物/管による吸血。HP、EP喪失。
※狂気が増すごとに頭部が膨れ上がり、眼球が徐々に前へ飛び出していく。
 また目と目の間も離れていく。ひどい頭痛。
一定数を超えると頭が破裂。蝶形骨が生物化して飛び出す(赤い蝶となる)。

 ・オビエン住民
 程度の差はあるが、例外なく頭が膨れ上がり目も離れている。
 ふらふらと通りを歩いていたり、家の中にいたり。
とくに何もしてこないが、蝶を害しようとすると何故か邪魔をしてくる。
 中には銃で武装した者もいる。
 話しかけても返事はしないが、内容の理解はしている模様。
なお、オビエンの全人口は106人。

 ・ゲートキーパー
  オビエン住民と思われる老人。
広場の真北に立つモニュメント名を伝えると外界へ逃がしてくれる。
理由は不明。

●状況。
注意! 海外のため万華鏡の力が及びません。不測の事態が発生する可能性大です。

赤い蝶に導かれていつのまにかオビエンの町の広場に入ったところからスタートです。
昼のような夜のような。不思議な感じがしますが、明るさは十分です。
保護対象、吉村順平は町の中心に建つ図書館に舞い戻っています。
いまは2階の一室に立てこもって蝶をやり過ごしています。
図書館内にも数匹の蝶が入り込んでいます。
モニュメントの広場は町の西端にあり、図書館から500メートルほど離れています。
町の外は白乳色の濃い霧に包まれており、歩いて出ることはできません。
空からの脱出も不可能です。
不思議な力が働いており、町に入ってから答えを他人に直接伝えることはできません。
現在は電波も遮断されており、外部から内部へ、内部から外部への連絡もできません。

●STコメント
よろしければご参加ください。お待ちしております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ハイジーニアスデュランダル
斜堂・影継(BNE000955)
フライダークマグメイガス
シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ハイジーニアススターサジタリー
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)
ジーニアスマグメイガス
百舌鳥 付喪(BNE002443)
ハイジーニアスマグメイガス
六城 雛乃(BNE004267)
フライエンジェマグメイガス
ティオ・アンス(BNE004725)
ヴァンパイアマグメイガス
チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)


 最初に赤い蝶に気づいたのは、『六芒星の魔術師』六城 雛乃(BNE004267)だった。
 雛乃は仲間たちから離れて岩に腰かけると、集めた情報をAFで再確認した。
 ネット検索の結果、導き出された得た答えは“蝶々”。ほかの仲間たちも独自に同じ答えにたどり着いている。
 『楽曲』と『赤い蝶』。
 幻の町オビエンに楽団員がいたのは単なる偶然なのだろうか。
 雛乃はAFを閉じようとして、乾いた地面に踊る小さな影を見つけた。顔を上げて、空に影を落としているものを探す。
 蝶というよりもそれは蛾に近い感じがするが、確かに赤い色をしたものが飛んでいた。
「みんな~、やっとお迎えが来たわよ~」
「ずいぶんと不細工な蝶だな。それに大きい」
 額に手をかざして日差しを遮りながら、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)がやや不機嫌そうに言った。
 この日の気温は29度。からとりと晴れているので日陰にいればそう暑くはないのだが、何も遮るものがない青空の下いるとむき出しの肌が太陽にじりじりと焦がされる。地面からの照り返しもなかなか強力だった。そのうえ風に吹かれて土埃が舞い上がり、汗ばんだ首筋に張りつくのだからうんざりする。
 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)が持参したペットボトルのひとつを開けてハンカチに水を含ませた。
「元が骨だからじゃない? 人の頭の中にあった骨だから大きさはそれなりよね」
 濡れたハンカチで首をふく。
「それより早く行こうよ。オビエンがどんなところか知らないけど、日蔭がありそうな分ここよりまし。サボテンも見飽きたしね」
 虎美は食糧の詰まったバックにペットボトルを戻すと、赤い蝶の後を追って歩き出した。


 気がついたときにはモニュメントが立ち並ぶ円形広場の中央にいた。
「ふむ。なるほど、空に太陽がない分だけマシだね」
 ぐるりと辺りを見回して、『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)が独り言ちる。
 昼なのか夜なのか。晴れてはいないが曇っているわけではない。なんとも奇妙な感じだった。太陽が出ていない分だけ肌に感じる暑さはましになったが、そのぶん澱んだ空気が不快感をあおる。
 ねっとりと肌に粘つくような風は、血と腐った肉、それに糞尿の臭いがした。
 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)は眉根にしわを寄せた。
「幻の町、か……。ロマンティックな名前の割に気色の悪い場所だぜ」
 時間を確かめると、赤い蝶を追って歩き出してから数分も立っていなかった。だが、昼下がりの通りに人影はおろか犬猫の姿すらない。
「恐れをなしてどこかに潜んでいるのか、それとも人と同じように赤い蝶になってしまったのか」
「さあ、どうだろう? 犬や猫も恐怖するだろうし、本能で赤い蝶に異常を感じたとしても不思議じゃないね。まあ、とっとと逃げ出すかどこかに隠れていると思うけど。私達も、ミイラ取りがミイラにならないよう気をつけて行かないとね」
「ああ、そうだな。蝶どもを相手にするだけ莫迦を見るぜ」
 影継は千里を見通す眼を、広場周辺の風景から東と検討づけた方角へ――広場の少し先、家と家の間に見えている霧を背にして立った。
 慎重に、かつ速やかに。吉村が立てこもっているという図書館への最短ルートと赤い蝶の分布状況を探る。同時にエネミースキャンで赤い蝶と潜在的敵の住民たちの能力も分析を行った。
「誰かの見る夢、のようなものなのかしら?」
 『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)は霧を見つめながら、町の名前を繰り返した。
「オビエン。Obien、ねえ。思わせぶりだわー」
 O―B―I―E―N.
 文字を入れ替えるとこんな単語が作れる。 
 E―I―B―O―N.
 ……エイボン。簡単なアナグラムだ。
「くちゃいのだ」
 広場の真北に立つモニュメントを見上げながら、『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラは鼻をハンカチで覆った。赤い蝶がまき散らす鱗粉対策に持ってきたものだが、早くも役に立ったようだ。
「ほんとうにね」、とチコーリアのよこに並んで『谷間が本体』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)が言う。
「つまんなさそうな町なのだ。吉村のおじさんを連れて早く帰るのだ」
 オビエンはごく平均的なアメリカのベットタウンそのものだった。西部開拓時代の町並みを期待していたなら、さぞがっかりしたことだろう。
「そうね。まるでゴーストタウンのよう。だけど……」
 カーテンの影から、前庭の植木の影から、あるいは道の端に止められた車の影から、こちらを伺う暗い視線を感じる。町にまだ生きているものたちがいるのだ。
「ところで、ゲートキーパーのおじいちゃんはどこにいるのだ?」
「あら、そういえばいないわね?」
 2人そろって広場の中央を振り返る。
 ちょうど影継がAFから大型車を出したところだった。
「そんなに急いで帰らんでもいいだろう? ゆっくりしていくといい」
「うひゃあ!」
 チコーリアが声をあげた。
 いつのまにかモニュメント台の横に目が異様に離れた老人が立っていた。
「……残念だけど、用を済ませたらすぐに帰りますわ。知人を連れて」
 シルフィアがチコーリアを体の後ろへ隠す。
「ふぇふぇふぇ、帰れるといいがの」
 ひらひら、と赤い蝶が。老人の背後から1匹、2匹……3匹。続々と広場に集まってきた。
 ふたりの近くにいた付喪が剣を抜き、ティオが杖を構える。
 蝶の数が増すにつれて羽音が大きくなってきた。空が赤くなっていく。
「乗れ!」
 影継の怒声とともに車のドアが開かれた。
 4人が車に駆け込むと同時に車は走り出す。 
「なに、あいつ。ムカつく」
 助手席に座った虎美がサイドミラーを見ながら悪態をついた。
 サイドミラーの中でニタニタと笑って手を振る老人の姿が小さくなっていく。
「ほっとけ。嫌でも後でまた会うことになる」
 影継はハンドルを左へ切った。
 町の中心へ向かって進むと通りに頭のない死体が目につくようになってきた。ほとんどが大人だったが、中には子供も混じっていた。道の真ん中で倒れている遺体もけっこうあり、影継の運転は嫌でも慎重になる。
「面白いな、狂気で綺麗さっぱり弾けるとは。脳味噌蕩かし柔らかく、残るは残滓か魂か」
 ユーヌが窓の外に広がる凄惨な風景を見ながらつぶやいた。
「何か分かった?」
 倒れた女のそばに横倒しになったベビーカーを見つけ、雛乃は息をつめた。ベビーカーの中身がトイレットペーパーだと分かってほっと息を吐き出す。顔を前に向けると、バックミラー越しに影継と目があった。
「どうやら住民の多くは教会に集まっているようだな。当然というか、そこに赤い蝶も集中している」
 レンガ造りの建物が見えて来た。図書館だ。その横に黄金色の鐘がつられた塔と十字架を頂く青い屋根の建物――教会も見える。
「かんべんしてよね」と虎美。
 影継は図書館の玄関のすぐ前に車を止めた。ここまでに数えた遺体の数は28体。うち1体は頭が残っていた。右手で銃を握っていたことから、蝶が飛び出す前に自殺したのだろうと推測された。
 オビエン住民は106人。広場に集まってきた蝶の数は約50匹。ゲートキーパーの老人と自殺した男を除くと、あと54人または54匹が教会、もしくは町のどこかにいる。その1つが――
「もうひとつ悪いニュースだ。図書館の中にも吉村以外に住民が7人いる。蝶もな。気をつけろよ」
 ティオは影継の警告に頷き返すと、ドアを開いて車の外に出た。
「さあ、神秘研究を始めましょう」


 赤き蝶滅すべし。雛乃が六芒星の杖を掲げると同時に、杖書物の森に破滅の星が降り注いだ。書架が粉々に砕け、棚の本が飛び散る。
「目玉飛び出るのはヤだからね~。これ以上視力落ちるのも困るし……」
 玄関ホールでリベリスタを出迎えた2匹の赤い蝶は無数の星に撃ち落された。
 無残に折れ曲がったページの下に、死体の青白い指先が見えた。すくなくとも1人、ここで赤い蝶になったようだ。
 ユーヌは人影を召喚しながら耳をすませた。
「少なくとも1階ホールにはもう人も蝶もいないようだ。奥はどうだかわからないけど」
 早く2階に上がって、と仲間たちに向けて手を振る。
 もう一体、人影を召喚した。先に出した人影には図書館の入口を、次に出した人影には図書館の奥を調べろと命じた。
 雛乃は踊場で足を止めるた。「来ないの?」、とユーヌに声をかける。
 その横を虎美たちが駆け上がって行った。
「1階の窓を閉めて安全を確保したら……行く」
 人影を増やせるだけ増やして備える。いまの状況はすぐ隣に爆弾が置かれているようなものだ。いつ教会から大量の蝶が飛び出してくるか分からない。
 ユーヌは気を引き締めると、影人の召還を再開した。

「邪魔してくる蝶とか、蝶が生まれそうな住民は撃ち殺しちゃってもいいよね?」
「ん? あ、ああ……仕方がない、な」
 2階の廊下の奥からふらっ、ふらっと肥大化した頭を大きく左右に振りつつ、男が二人ならんで歩いてくる。男たちの目は離れて飛び出しており、鼻からは赤黒い血が流れ出ていた。助かる見込みがないのは明らかだ。
「恨まないでよね。一撃で終わらせてあげるから」
 虎美はリボルバーのグリップを強く握りしめ、引き金を絞った。魔力を帯びた弾丸が左を歩く男の眉間を撃ちぬいた。後頭部から中身を吹き出させながら、男は背中から倒れ落ちた。
「すまない」
 影継は近づいてきた男に戦斧を振るって頭を叩き割った。手を伝わるおぞましい感覚にぐっと奥歯をかみしめて耐える。アザーバイドやフィクサード相手には感じないものだった。
「無理もないわ。相手は罪なき犠牲者ですもの」
 ティオは影継の背の前に立つと、高く杖を掲げた。廊下の反対側、ちょうど書架の間から飛んで出て来た赤い蝶に向けて4色の魔光を放つ。
 蝶は羽を砕かれて床に落ちた。
 吉村を見つけた、という付喪の声がフロアに響いた。
「どこ? どこから声がした?」
 書架の向こうを見ようと、虎美がぴょんと飛び跳ねる。
「こっちなのだー!」
 羽を失った蝶がのたうつ廊下の向こう、資料保管庫の入口からチコーリアが体半分をだして手を振っていた。
「吉村のおじさんはここに隠れているのだ!」
「どうやら無事らしいな。行こうか」と影継。
「待って。まだ4人も残っているわよ」
 先に倒しておこうという虎美にティオが首を振る。
「まず吉村くんに会いに行きましょう。答えさえ思いついてもらえれば、すぐにでもここから出られるのだし」
「そうだな」
 危なくなったらすぐにAFで連絡をくれ、と影継が下のユーヌへ声をかけ、3人は吉村が隠れていた部屋へ向かった。


「助かった、助かったよ。ありがとう、来てくれて本当にありがとう!」
 吉村はシルフィアの手からレーションを受け取ると、デフォルメされた蝶柄の小袋を乱暴に破り捨て中身にかぶりついた。
「ああ、もう!」
 シルフィアは腰に手を当ててため息をついた。せっかくのヒントが台無しだ。
 喉にかみ砕いたレーションでも詰まらせたのか、吉村がげぼげぼと咳き込む。
「ゆっくり落ち着いて食べるのだ。はい、コーヒーどうぞ。お砂糖たっぷり入っているのだ」
 付喪は壁を背に床に座り込んだ吉村の前に、持参したCDと楽譜を無造作に広げた。
 吉村は口をもごもごさせながら、CDと楽譜、それに付喪の顔を交互に見た。
「これは?」
「分からない? 鍵を得るためのヒントよ。見つけて」、とシルフィア。
 吉村は口の中の物をコーヒーで流し込むと、床に広げられたものの上に身を乗り出した。しばらくの間、眉間にしわを刻んでいたが、やがてあきらめたのかゆっくりと体を起こしてまた壁に背を預けた。
「分からないよ。まったく。答えを知っているならはっきり言ってくれよ」
「それはダメだと爺さんが言っただろ?」
 影継たちが部屋に入ってきた。
「直接答えは教えられない。俺たちがヒントを出すから自力で解いてくれ」
 吉村はふてくされたように手足を床に投げ出した。
 音をたててCDが楽譜の上を滑っていく。
 一体、誰のためにここまで来たと思っているのか。
 付喪は少し尖った声を出した。
「答えはこの町で一番目立つものだ」
「えー? この町って特に見るものなかったけど……あ! 分かった」
「答えは何なのだ。言ってみるのだ」
 チコーリアが空になったコップにコーヒーを継ぎながら言った。
 他の者たちも吉村の回りに集まって、その顔をのぞき込む。
「答えは……モニュメント!!」
 みんな揃ってがっくりと肩を落とした。
「ダメだ。これは思ったよりも大変だぞ」
「もしかして、バカ?」
 虎美がきつい突っ込みを入れる。
「あ、あと一つ。私達の会話、行動、全て目的に沿ってるって事を忘れないでよ? 仮にも神秘研究家を名乗るんなら謎解きぐらいこなしてよね」
 吉村は頬をひきつらせながら、すみませんと頭を下げた。
 オドオドしながらチコーリアからおかわりのコーヒーを、ユーヌから特製のバタフライケーキを受け取る。
「さて……時間もあるようだし、私はレア物でも探しましょうか」
 あとは頼むわね、と言い残し、シルフィアは部屋を出て行った。
「では、私は図書館内の蝶を全滅させてこよう」
「あ、チコも行くのだ」
 チコーリアは吉村の横に落ちていた手鏡を取り上げると、付喪の後を追った。
 ティオは床に散らばったCDと楽譜を片付けだした。空けた場所に両膝をつく。
「ここにいる間、面白い本は見つけられた?」
 吉村は首を横に振る。
「わたしの目的はエイボンの書の原本だから……ほかの本は……」
「原本?」
「あまりに恐ろしいから、と言ってエイボンが弟子にも伝えなかった話がある。……というのが一般に伝わる話だけど、実はあるらしい。完全版が」
「で、見つけたの?」と虎美。
「あー、うん。それが……」
 吉村は皮表紙のない古い本をティオに差し出した。
「楽団員が来ていたんだよ。彼もそれを見ていたからてっきり本物だ、と思ったんだけどね」
 数ある複製本の1つだったらしい。ただ、その本は他にあるエイボンの書と違い、表に奇妙な図が浮き彫りにされていた。
「なーんだ」
 虎美は吉村に本を返した。
「まあまあ、ほかにも珍しい知識が得られるものがあるかもしれないわ。悪いけれど、幻想纏いに記録して持って帰らせてもらいましょう」
 この町が現実にある場所なのか、それとも幻なのか分からない。本を持ち出すことができない恐れがあった。
「だから魔術知識と深淵で時間の許す限り自分の知識にして持ち帰るわ」
「あ、ああ。いいね。わたしも手伝うよ」
 腰を浮かせた吉村に影継が釘を刺した。
「お前はダメだ! 全力で答えを見つけだせ。いいな!」

 付喪がチェインライトニングで3匹の赤い蝶をまとめて吹き飛ばす。館内が稲光で白く飛んだ一瞬、小さな影のようなものが付喪の後ろを走り抜けて行った。
 チコーリアが、「あれっ?」と首をかしげる。
(いまのは男の子だったのだ)
 付喪は3匹のうちの1匹、弱りながらも1階へ飛んで逃げていく蝶を追って階段を下っていった。チコーリアは少し考えた後、男の子を探すことにした。
「どこにいるのだ? もう大丈夫。チコ、助けに来ました。だから出てくるのだ」
 男の子はフロアの隅、書架の影の中でうずくまっていた。
 そっと男の子に近づくと、怖がらせないようにやさしく肩に手を置く。
「もう大丈夫な――」
 いきなり上がった頭がはじけ飛んだ。血と脳が顔面にかかる。
 割れた頭蓋骨の中でぐちゃぐちゃになった脳みそにまみれてひくひくと動くものを見て、チコーリアは悲鳴を上げた。
「チコ!」
 悲鳴を聞きつけてユーヌとシルフィアが駆け寄ってきた。
 シルフィアが手にした魔道書で、鮮血をしたたらせながらチコーリアの真上をひらひらと舞う赤い蝶を叩き落とした。
 ユーヌがチコーリアの腕を掴んでその小さな体を回す。血まみれの顔を見て絶句した。
「どうしたのだ? チコの顔に何か――」
 チコーリアは手鏡を持ち上げると割れた鏡で顔を見た。目が離れていた。
「ぎぃゃぁぁ!! 美人が台無しなのだー」
「チコ、落ち着いて。大丈夫よ」
 お願い、効いてちょうだい。ユーヌが祈りながらブレイクイービルを唱える。シルフィアも天使の歌を歌った。
 チコーリアの離れていた目が元の位置に戻っていく。
「ああ、よかった。効いてくれて」
 影継たちが吉村を連れて来た。
「そこにいたのか。行くぞ! 教会の窓を破って赤い蝶が飛び出してきている。囲まれる前に町を出る」


 四方から吸い寄せられるように集まってくる蝶を、リベリスタたちは開け放った車の窓から次々と撃ち落していった。
 広場にたどり着くなりゲートキーパーの老人に駆け寄り、それぞれ答えを告げて砂漠の風景の中へ飛びこんでいく。
「おおっと。お嬢さん、図書館の本は持ち出し禁止だ。返してもらおうか?」
「返さないと言ったら?」
 老人が無表情になる。
 シルフィアは迷った挙句、チッと舌打ちして老人に本を投げ返した。
「シルフィア、早く! 門が閉じる!!」
 付喪が手を伸ばす。
 シルフィアの手を掴んで砂漠へ引き寄せたとたん、オビエンの町は忽然と姿を消した。


 ――3日後。
 アメリカのある田舎町で巨大な赤い蝶が飛んでいるのが複数の市民に目撃された。
 以後、その町と連絡が取れたものはいない。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
成功です。
みなさんのおかげで無事、吉村を日本に連れ帰ることができました。
残念ながら、図書館の本は持ち帰ることができませんでした。
不思議なことに、その場では読めていた文字もあとで見直してみると……。

吉村はみなさんに感謝し、三高平市を訪れた際には必ず挨拶に立ち寄ると言っています。

本当におつかれさまでした。
では、また別の依頼でお会いいたしましょう。