●とあるフォーチュナの観た、断片的な映像の更にその一部 子を宿す、とは、この程度のことだったのか。さしたる感慨も無く、若い女は、自らの腹の内に息づく生命の存在を感じながら、ぼんやりとそう胸中で考えた。 おぼろげな憧憬でありながらも、いつか好いた男と契りを交わし、二人血を分けた我が子と共に、末永く幸せに暮らす……そのような愛のある営みなのだと、彼女はてっきり、思っていた。 もっとも。例えば今、目の前で自分にのしかかろうとしている薄汚れた男が、彼女にとっての愛しい伴侶ではないこともまた、彼女の抱いたそんな淡白に過ぎる感想の、一つの要因ではあるのだが。 しかし、やはりそのこと自体は、さして重要なことではないのだろうと、女は考えていた。 問題は、どうやら生まれてくる子らが、彼女自身の形質を、ただの一片たりとも、受け継いではいないことにあるらしいのだ。 ●何かが欠け落ちた依頼 「……オルクス・パラストより、アークへ増援要請が届いています」 言わずと知れた、かのシトリィン・フォン・ローエンヴァイス伯を首魁に擁する、欧州最大のリベリスタ組織。しかし、アークにとっていわば後塵を拝する相手から寄せられた依頼であることが、話を切り出した『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の浮かべる、どこか沈鬱な表情の理由では無かった。 「オルクス・パラストは現在、欧州方面で頻発しているという不可思議な事件にかかりきりで、割ける戦力が無いそうで……そのうちの一つへの対応を、アークに願いたい、とのことです」 和泉がぱらりとめくる、薄っぺらい資料に記された舞台は、イギリスの、とある山間の田舎町。ここで、神秘に関わる何事かの事態が進行しているらしい、いう情報を彼らは察知したが、調査の手が足りないのだという。 「海外での作戦であり、万華鏡の探査の及ばない状況であることに加えて。今回は事情があり、現地のフォーチュナによるサポートも望めません」 本題にも移らぬまま、そんな前置きを述べる和泉に、それはなぜか。集められたリベリスタたちの中から、当然の疑問の声が上がる。 和泉は、ひとつ、言葉を切り……そして、告げた。 「あちらのフォーチュナは……それを、直視することを、避けたそうです」 ともかく、と。和泉は言うのだ。 「今回、事前に提供できる資料は、以下にお配りするものだけです。情報が少なく、作戦中、不測の事態に見舞われる可能性も考えられます」 くれぐれも、熟考の上での判断を……念を押すように口にしながら。和泉は、数枚のちっぽけな紙を、リベリスタたちへと配った。 ●とあるフォーチュナの綴った、震える字による報告書 ・それはどうやら、あえて似通った単語を当てはめてみるなら、『移植手術』、のようなものであるらしかった。 ・女へ『施術』を行った何者かは、すぐに消え失せ、二度姿を現さなかった。ただし、その何者か、についてはさほどの重要性は持たず、下記に記す事項こそが、我々リベリスタが憂慮すべきことであるのだという、奇妙な確信が、私の中にはある。 ・女は複数の男たちと交わり、次々と子を産み落とした。次々とだ。 ・私はその子らを、直視することができなかった。とても、恐ろしかったのだ。 ・だが、断言できる。これは、その存在を許してはならないものだ。抹消してしかるべきものだ。人間にとっても、我々リベリスタにとっても。 ・女が子を産み落とすのを、私は、少なくとも9度までは数えていた。今は、もっと増えているかもしれない。 ・気分が悪い。それも、ひどく。 ●少年は見ている 町の入り口を示す門扉は、半ば朽ちかけ、蔓草が巻きついて雑草の中に埋もれかけている。 少年は見ている。門扉の間に立ち、大切そうに古ぼけたぬいぐるみを抱き、じっと町の外を見ている。 誰かが訪れるのを、待っている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月29日(火)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●揺 ねっとりとした、濃い霧が立ち込める。山間へ横たわる小さな町は、寒気がするほどの静けさに包まれている。まったく、何も、ただの一つとして、聞こえてくる物音は無い。 村の入り口の門扉の前、まるで出迎えるかのように立っていた少年を前にしてすら、それは変わりない。 雪白 桐(BNE000185)は、貝のように黙して口も開かず、目線も合わせようとしない少年の脇へとかがみ込むと、務めて優しく声をかける。 「大丈夫? 怖かったんだよね、仕方ないよね。もう、心配ないからね?」 が。桐も、最初から彼を信用しているわけではない。かのオルクス・パラストのフォーチュナが見た、異常な何事かが、ここで起きている。疑いをもってかかるべきは、目の前のあどけない少年とて例外ではない。 「嫌な感じね、ここ……」 ちらと振り返る桐の視線を受け、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が、神秘を介して高められた聴力を用いて、少年の心音や呼吸、音にまつわる何かしらの異常を探る。かすかに。少年の抱える、古ぼけた大きな人形の内部から、脈動するような鼓動めいた音が聞こえてきたが、未明はそれ以上気にすることは無かった。 「……こっちは、特に何も。そっちはどう?」 問われ、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は、少年を熱感知能力でチェックする。少年の持つはずの熱量は、平常の人間に比べてやけに低く、また抱えた人形の内部にも不可思議な熱を捉えたが、喜平はそれ以上気にすることは無かった。 「問題なしだ。しかし、どこぞで読んだ、怪奇小説のような状況だな……やれやれ」 喜平のぼやきに、『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)もまた、透視能力を用いて少年の全身を見通す。一般人か、革醒者かも判然とせず。無生物、無機物を見透かす能力でありながら、抱えた人形の向こうを見通すことが出来なかったが、付喪はそれ以上気にすることは無かった。 「……ああ。問題、は……無いようだよ」 ちり、と。奇妙な感覚が、付喪の胸によぎる。理由の無い不安。根拠の無い違和感。 少年、特に抱え込んだ人形に警戒の視線を投げていた、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の研ぎ澄まされた直観が、そんな付喪の様子に、ただ事でない何かの存在を感じ取ると、 「……そろそろ町へ、入りましょうか。異形の子を、次々と産み続ける……そんな、恐ろしい運命を。断ち切って差し上げましょう」 しかし。氷璃はそれ以上、少年を気にすることは無かった。 「ふん……よくよくアークは、人気者のようじゃの。次から次へと、こうも不条理どもと渡り合うことになるとは」 詰まらなさそうに、紅涙・真珠郎(BNE004921)は、くん、とわずかに鼻をひくつかせる。 口元で揺れる、くわえタバコの紫煙の匂いに混じり。猟犬のごとき彼女の嗅覚が捉えているのは、鉄臭く、腐ったような、嗅ぎなれない者ならば、こみ上げる強い吐き気に喉を突かれるであろう、濃密な、血の臭い。 眉をひそめる真珠郎に、付喪は、周囲を千里眼を用いて探る。 ばらついて建ち並ぶ、木とれんが造りの古民家の中。おびただしく積み重なって伏せている、恐らくは、少しの以前までは町人であったのだろう、朽ち始めている亡骸たち。 桐が、少年の手を柔らかく引いて歩きながら、前方を指差す。 「……あれが、問題の家のようだな」 既にアクセス・ファンタズムを解放し、『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は両の手にブレードとサブマシンガンを備え、周囲を予断無く警戒しつつ、皆を促す。 周囲のそれらと何ら変わりない、小さな木造の民家。明かりは灯されておらず……しかし、開け放たれた入り口の扉の向こうでは、床の下から、かすかな光が漏れ出ているのが見えた。 「ではまず、私たちで、地下の調査を。富永さんと祭雅さんは、周囲の警戒をお願いします」 「了解だ」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が言うと、疾風は桐から少年を引き受け、手を握ってやり、心配はいらないからな。と、一つ彼へ微笑みかける。 リベリスタたちは二手に別れ、6人が、民家の地下室へと降りていく。 少年は。じっとそれを、物言わず、見ていた。 ●歪 「……あ……」 直視するつもりは無かった。しかし、桐の精神へするりと入り込んだそれは、細身の肉体の支配権をじわじわと掌握し、目的意識を薄れさせ、ある願望を植えつけていく。 簡素な梯子を降りた先に広がる、地下室。いくつか灯るろうそくの明かりが頼りなく揺れ、15~6メートル四方程度の薄暗い部屋の中には、男女の交合に伴う、ある種のすえた匂いが漂う。 半裸の、7名ほどの小汚い男たち。年齢も様々だが、総じて、その目はひどく虚ろ。 部屋のそこかしこ、放置された村人たちの成れの果てには、蝿がたかり、小さな無数の蛆がしきりに身をくねらせている。 男たちの向こう、部屋の最奥に、それはあった。かつては、人の女であったもの。粘液めいた奇怪な網状の膜に半ば包まれ、両腕は鎖に縛られ。膨らんだ腹が浅い呼吸に合わせて上下し、時折、皮下を何かが這い回っているかのように、脈動する。 桐は、ゆっくりと前へと進み出る。まるで少女のような、美しく可憐な容姿、しかし、彼自身の身体の本質は、紛れも無く男性である。 男を支配し操る、異形と化した女。桐の心は、女と交配し子を成す、その抗いがたい衝動に、塗り込められていく。 地下の男たちは、視線も定まらない瞳でリベリスタたちを眺めると、ゆらりと動き出し。弾かれたように襲い来る。 「さて。あいにくと、おぬしらと遊んでやる義理も無いでな。何であれ、遠慮なくブッ潰すだけじゃ」 即座に、真珠郎は残像を残すほどの神速で床板を踏み込むと、その手元が翻り。無銘の愛刀は、異形の女をかばうように広がった男たちの数人、その手足を、容易く斬り飛ばす。鮮血が散り、赤黒く広がる床の染みを、新たな赤に染めていく。 悲鳴は、ない。 「……ごきげんよう」 6枚の真白い翼が翻り、氷璃は広げた闇のような日傘を掲げ、 「これは、悪い夢。貴女の見ている悪夢。さあ、目を覚ましなさい……瞳を開ければ、すべては……」 展開する魔の陣。暗き閃光が幾度か瞬くと、数人の男たちの身が半ばほど石と化し、その動きを止める。 桐は、ゆっくりと歩を進めていく。男たちと同様、その瞳は虚ろで、導かれるがままに、異形の女へと近づいていく。 「いけない……雪白さん、目を覚ましてください……っ!」 桐の背に呼びかけながら、リセリアは、が、と剣の柄を男のこめかみへぶち当て、昏倒させる。意識の無い者までは繰れないようで、男は床を舐めたままに、ぴたり、動かなくなった。 男たちは所詮、物の数では無く。未明は、最後に残った男の首筋へスタンガンの電流を叩き込み、意識を飛ばすと、付喪を振り返り、短く促す。 「嫌な気分だわ……とても。百舌鳥、お願い」 「ああ。心得てるよ」 桐は、真正面から女と向き合い。見開いた瞳を、異形となった女のそれと絡ませている。 「まったく……ふざけた話だよ、ああ、本当にふざけてる」 付喪の物言いは強くも、その眼差しには、憎しみとも、悲しみともつかない、複雑な色が揺れている。 男たちを退け、開いた射線に、桐を巻き込まぬよう横合いから。付喪の手の中で、魔術書のページが、風に吹かれるように繰られていき。やがて巻き起こった魔の猛火が、一瞬で。女をあますことなく包み込み、焼いていく。 迸る、つんざくような、甲高い悲鳴。それは金属めいて硬質な響きで、人の発するものではなく。 「……眠るといい。今度は、いい人との夢でも、ゆっくり見ながらね」 付喪のつぶやきと同時に、桐の身体がふらりと傾き。咄嗟に抱きとめたリセリアの腕の中で、彼の瞳の中には、真っ赤に燃え盛る炎が揺れていた。 やがて、はっきりとした意識を取り戻した桐は、支配の影響か、苦しげに顔をしかめながらも。搾り出すように言う。 「……ダメ。急がないと……」 「無理をするでない。言わんとするところは、分かる。嫌な匂いが漂ってきおったからの」 真珠郎の真紅の瞳が、未だ燃え盛る炎を映し、ぎらときらめく。 桐は、半ば叫ぶように。 「祭雅さんと富永さんが、危険です……!!」 ●淵 喜平の差し出したミルク飴にも、興味も示さず。ただじっと一点を見つめ、ぴくりとも動かない少年の、繋いだその手の冷たさに、疾風は違和感を感じながらも。胸の中で鳴る、かすかな警鐘の音に気づきながらも。それ以上、少年を気にすることは無かった。 「何か、動きがあったようだな」 傍らの喜平の言葉に、民家へ視線を向ければ、地下室の入り口からは、細く黒煙がたなびいている。 疾風も喜平も、少年から、意識を外すつもりは無かった。そんなつもりは毛頭無かった。だが、深くは考えなかった。 考えることが、できなかった。 きち。きちきち。 きちきちきち。 「……おい。祭雅……」 背後、疾風の繋いだ手の先から、異様な音が聞こえてくるが、彼はそれ以上、深くは考えなかった。 「……ええ。富永さん、これは……」 幾度も覚えのある、慣れ親しんだ感覚、目前の危機を知らせる、リベリスタとしてのカンが、彼らの肌をじりじりと這い登るが、彼らは、それ以上、深くは考えなかった。 きちきちきち。きち。きちきち。 ぎ ぎ ぎ ぎ ぎ ぎ。 彼らはそれ以上、深くは、考え…… 「……やれやれだ。小説のようなロクでもない結末は、勘弁願いたいもんだね」 「まったく、同感ですよ」 瞬間。喜平の携える巨銃が、咆哮のような轟音を響かせながら、放たれ。疾風は繋いでいた手を離し、振り返る。 気づけば、通話状態の幻想纏いから飛ぶ、鋭い警告。 少年。少年だったそれ。少年であったはずの、そう見えていたはずの、それ。 両の瞳は、左右が互い違いの方向を向き、ぐるり、ぐるりと回り。めき、ぱきり。きち、きち、きち。頭頂部から、真っ二つに分かれた身体に詰まっているものは、臓腑や脳髄の類ではなく。離れた胴を糸引くように繋いでいる、海のように青く、不定形で、粘着質で、ぐずぐずに溶けた肉塊のような、怖気を震うような。 その、生物。 食い込んだ散弾が、飛沫のような肉液を撒き散らしながら、ぱらぱらと地へ落ちる。 「これが、正体かッ……!」 疾風は雷撃を纏わせたブレードで、腕に抱える人形もろともに、袈裟切りに断ち切るが。少年を形作っていた肉体も、身に着けた服も、大切そうに抱き込んでいた人形すらも、その切断面からは、きちきちと不定形の生物が覗き、膨れ上がる。 飛び出した、先端が鉤爪状に尖った鋭利な枝状の触腕が、喜平と疾風の肉を鋭く裂いて抉り取り、咀嚼するように取り込んでいく。 未だ、そいつを直視するのには、胸へと生じる、不自然でおぞましい違和感に耐えねばならなかった。 二人の目の前には、今。 「……悪い冗談だな、こいつは」 眼前の生物。その後ろから現れた、人形を抱えた少年。物陰から姿を見せる、人形を抱えた少年。民家の扉、屍を踏み越えて出てくる、人形を抱えた少年。暗闇から染み出すように顔を覗かせる、人形を抱えた少年。 疾風と喜平の後ろから、不快感を催す肉音と共に吹き飛ばされ、地へと転がった、胴を斜めに切り裂かれた少年。 「良かった、二人とも、まだ無事ね?」 大剣を手に、民家から飛び出してきた未明と、続く仲間たち。 合流したリベリスタたちの、目の前で。 ぎち、ぎち、 ぎ ぎ ぎ ぎ きちきちきち。ぎぢ。ぎぢ。ぎぢ。 同じ服。同じ人形、同じ顔。いくつもの。 無数の少年たちの身体が、鋭利な鉈で断ち割られたように、次々と分かたれていき。 姿を現す、はっきりと形を持たない、不定形の、生物としてひどく下等な、蠢く異形の子ら。 ●滓 扁平に膨らんだ魚類型の巨剣を振るい、肉体の限界を越えた一撃が、生物を断ち切り、飛散させる。 「見えたんです……先ほど、あれに支配されてしまったときに。かすかに、少しだけ」 巨剣をかざし。歯噛みしながら、桐は語る。 「この生き物たちは……あの女性が産み落とした、子供たちは。初めから、人の形を模倣して、人の中に溶け込むことに特化した生物のようなんです」 上辺のみだけ、ではあるようだった。しかし、そいつは完全に、完璧に、人の形を模して成り切り、人間社会の中へ、するりと入り込み。捕食し、糧として、自らを増殖させながら。徐々に、徐々に、その支配を広げていく。 桐は語る。そのために、生物たちは、見る者の精神へと干渉する特性を獲得したのだと。意識を捻じ曲げ、自身への注意を保てなくし、深く思考することを阻害、放棄させてしまうのだと。 事実、周囲を取り囲む無数の生物たちへ、リベリスタたちはその集中を保つのに、ひどい不快感に苛まれていた。かろうじてそれらを視界の内へ収めておけるのは、リベリスタとしての、強靭極まる意思力の賜物であったろう。 そして、少年は、待っていた。外から訪れる、誰かを。 自らをここから連れ出し、より多くの人間たちがひしめく場所へと運んでくれる、誰かを。 「つまりは。もはや、お行儀良く付き合ってやる必要はなし、ということじゃな。ま、もとより、そんなつもりも無いがの?」 真珠郎の太刀が、光の雫を迸らせ、貫く。少しばかりの大穴を開けてやったところで、応えた様子は無い。ならば、何度でも、その塵芥のごとき生命が尽きるまで、刺し貫くのみ。 ぐい、と真珠郎の口の端は吊りあがり、口元に紫煙たなびかせ、笑みと共に獲物を屠ってゆく。 黒い日傘がくるりと翻ると、濁流のごとく渦巻く黒鎖の奔流が、残る少年の残滓もろともに生物を多い尽くし、飲み込んでいく。 「町の人々を糧に、数を増やし……各地へと散り、更にその生息圏を拡大していく。こんなおぞましい生き物を産まされていたなんて、ね」 氷璃の青い瞳が、すうと細められ。抗う間もなく、哀れな女のたどった陰惨な運命は、彼女にとっても、許容せざるものだったのかも知れない。 リセリアは、青みを帯びる美しい細剣に光を帯び、刹那に無数の刺突を繰り出して、伸びてきた生物の触腕を微塵に千切り飛ばす。 「あの女性にとって、この生物たちは、所詮眷属のようなもの……我が子、と言うには程遠い何かに過ぎなかったでしょう。せめて私たちで、その始末を……!」 振るう剣に、迷いの揺れは無い。 轟音響かせ、片端から散弾を叩き込み、肉塊を肉片へと変えていく喜平に続き、付喪の魔導書から迸った一条の電光が、次々と不定形の生物を貫き焼き焦がしながら、伝播していく。 「これ以上、仲間を増やされても面倒だ。ここらで、お休み願うとしようじゃないか」 「ああ。あどけない振りをして、真実、これがその正体とはね……もはや、容赦はしないよ」 周囲を取り囲む生物たちは、タフで、無数で、そして鋭い。 きち、きち、ぎちぎち。細枝のような触腕の先端、鉤爪めいた棘が、未明へめがけ薙ぎ払われるが。 「させるかッ!!」 割り込んだ疾風が未明を突き飛ばし、代わりに、その背を深く抉られる。 「っ、ありがと、祭雅。大丈夫?」 「つ……っ、ああ。まだやれる、行くぞ……!」 未明はうなずき、疾風と背中合わせに、蠢く生物たちの群れを見据え。 「お可愛そうなあの女性のことは、ともかくとしてもね。気に入らないわ、あなたたち。ここで終わらせてあげる」 不機嫌そうに眉を吊り上げると、全身の膂力で剣を振り抜き、少年の形をしたその胴から上を、横様に斬り飛ばした。 ●澱 長い夜が、明ける。 生物たちは、単純な構造ゆえにかしぶとく、生命力に満ち溢れていたが。幾度も千切り、引き裂き、蹂躙し、粉々に消し飛ばしているうちに、徐々に動きを止め。 最後に地へ転がった、少年の頭部の形を残したそれを、巨剣の峰で叩き付け、押し潰すと。 「……どうして、世界って。こうなんだろうね」 つぶやく桐の白い髪を、朝日が赤く照らし始めている。 付喪と氷璃が魔炎を放ち、生物たちの痕跡を、残らず燃やし尽くしてしまうと。 リベリスタたちは、桐の導きに従い、地下室へと再び降りる。 息はあれど、昏倒し動かない半裸の男たち。ぶすぶすと焦げ、焼け落ちた、女の成れの果て。焦げた肉の匂いと腐臭の満ちる部屋のあちこちに転がる、折り重なったいくつもの死体たち。 疾風がその中から、一つの小さな身体を、丁寧に引き出す。 腐乱しかけたそれは、あの、少年の亡骸だった。古ぼけた人形を抱えたまま、断末魔を顔に貼り付け……しかし、先ほどまでに見たどの顔よりも、人間らしい感情が、そこには刻まれていた。 桐は、精神支配の中で垣間見たという。少年は、異形の子を孕んだ女性の、甥っ子であったらしい。生物たちが自らの姿として模倣したのは、女性にとって最も身近で、あどけなく、見る者にいかにも愛情や憐憫を誘いそうな、無力な子供だった。 あの生き物を直視した時の違和感は、もう無い。 しかし、リセリアの胸をちらとよぎるのは、得体の知れない、奇妙な予感。 この所頻発する不可解。アークや神秘世界を見舞う不条理。 朝焼けの中、リベリスタたちを苛むのは、任を果たした充足感では無く。何か、途方も無いものが動き出しているという、ひどく漠然とした胸騒ぎだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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