● 色とりどりの卵に、可愛らしく飾られたバスケット。 華やぐ街に、心が躍るのも仕方がない。 渡されたお誘い(チケット)はちょっとした非日常を演出している様で―― 「……突然ですが、海外旅行なんて如何?」 首を傾げて見せた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の唐突な言葉に任務かと身構える事になったのは致し方がない。 歪夜の使徒を倒す事で高まる名声に世界各国のリベリスタ組織から応援要請や共同の仕事を行おうと誘いの声が掛かるのは最近になってから珍しくはない。 特に記憶に新しいのは英国・倫敦において現地リベリスタ『スコットランド・ヤード』と共同戦線を組んだ事であろうか。地の利のある警察機構ヤードとキマイラへの知識を持ったアークが組む事でクリアした難題は更に『アーク』の名声を高めるのにも繋がったことであろう。 「ええっと、今回はお仕事のお誘いでは無いわ。 そうね、どちらかというと観光に行かない? というお誘いなの。 皆さんは『白い鎧盾』という組織はご存じ?」 世恋の言葉に頷く者も居れば、首を傾げる者もいる。 『白い鎧盾』はポーランドに存在したリベリスタ組織である。 彼等は歪夜の使徒、ケイオス・カントーリオの起こした『混沌事件』において死体軍団の物量に押し潰され惨敗したと記録されている。現在では組織としての機能は失われ、生き残ったリベリスタ達による再建と、国内の神秘事件への対応が行われているそうだが……。 「彼等にとってケイオスを打ち破った『アーク』は信頼が出来、期待している組織であるの。 英雄――という言葉はくすぐったいけれど、その様な感じで歓迎してくれる人もいるわ」 ポーランドは国を上げて、アークに友好的だ、と世恋は話している。 これまでも傭兵の派遣要請を何度か受け、着実にこなしてきたことでポーランド側からの信頼も更に高まってきただろうと彼女は付けくわえ、抱えていた書類をとん、と机に置いた。 「そこで! 感謝をこめてのお誘いいただきました復活祭(イースター)! こんなご時世だからこそ、偶にの休日は如何でしょうか!」 折角だから、海外に行ってみるのはどうかしら、と世恋はにっこりと笑顔を浮かべる。 「あちらのリベリスタ、マウゴジャータさんからのお誘いなのよ。 お仕事以外で海外に行った事無い人だっていると思うし、折角の機会だから如何かしら?」 観光してみるのもきっと楽しいと両手を打ち合わせ手にしていた『たびのしおり』を差し出した。 「というわけで! みうぇご どにゃ!」 ――無理やり、外国語を言うものでは無いなあ、と感じた月鍵(25)であった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月03日(土)22:24 |
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● 日本からドイツを経由して大凡13時間半かけて訪れるはポーランド。 色とりどりに飾られた街は復活祭(イースター)であることを視覚から訴えかけていた。 「わーい! 初の海外や! 伊吹君はお仕事以外で海外行った事ある?」 小さく背を伸ばし瞳を輝かせた日鍼の背後を歩きながら、サングラス越しに色鮮やかな街並みを見詰めた伊吹は小さく首を振った。 「いや……俺も仕事絡み以外では初海外だ。たまにはこんな旅も気晴らしになる」 「飛行機は怖かったけど、国内では見れんもんが沢山あって楽しいなぁ……!」 仕事――アークから派遣されて世界各国に行くこととなった伊吹にとっても任務がない海外は真新しい物に思える。 「俺は50歳になるまで一度も日本をでたことがなかったのだ。 日鍼は若いし、これからいくらでも行く機会があるだろう。世界をうんと楽しむといい」 「うふふ、うん! 世界をこれでもかってくらい楽しむな!」 耳をぴこぴこと揺らす日鍼の背後で、その為にも、と続けた伊吹は小さく首を振った。 世界を護らねば――という仕事の話はこんな時は野暮だろうか。 「ポーランドにはね、少しいた時期が在るの。治安も比較的良いし、良い国よ」 鮮やかな街の中を歩くエレオノーラに付き従いながら夏栖斗は丸い瞳で彼女(?)の背中を見詰める。 じーじ、と夏栖斗が呼ぶと美少女は小さく微笑んで「良い街よ」と頷いた。 「じーじ、ポーランドにもいたんだね。僕くるの初めてだよ。買い物も楽しそうだ」 「通訳は任せて頂戴ね。先にイースターエッグを作りに行きましょうか」 手招くエレオノーラに夏栖斗はイースターエッグ作りを体験できる場所に向かう途中、きょろきょろと周囲を見回して居る蒐を見つけ手をぶんぶんと振り続ける。 「トンファー後輩! 折角だから、僕とじーじと卵作りにいこうよ!」 「先輩、エレオノーラさん、ちっす!」 明るく笑った蒐を引き連れて夏栖斗とエレオノーラは賑わう街の一角へと混ざっていく。 置かれた卵を手にとってエレオノーラはこんこんと指で叩いて見せた。 「イースターエッグも最近は卵だけじゃなくて、中身がお菓子だったりプラスチックだったりするみたい」 「なんか、日本にもあるチョコ卵のお菓子みたいだね! 中身を楽しむのも面白そうだけど」 中に玩具が入った物をチョコレートでコーディングした菓子を想いだし夏栖斗が小さく笑う。 色塗りを始めようと三者それぞれが卵を手に取った。 折角だから色を塗って見せ合いっこを。エレオノーラの提案に夏栖斗は震える手で赤い色を塗っていく。 「夏栖斗ちゃんは赤なのね? ポピュラーなのは赤色だし……これも諸々謂れがあるけど……」 「基本に沿って楽しむのもまた一興! って感じかな?」 赤色を塗る夏栖斗に目を送り、エレオノーラは小さく微笑む。どんな色だって好きに飾り付けるのが一番だ。 「あたしは緑色が好きなんだけど、カズトちゃんは何色が好き?」 「じーじは緑が好きなんだ。僕は赤が好き。トンファー後輩は?」 「んー、俺は青かなあ」 見せ合った卵は其々が好きな色が塗られている。目を細めて素敵な色ねと褒めるエレオノーラに夏栖斗は何か思い立ったようにもう一つ卵を手に取った。 「僕のじーじメモに緑が好きっていれとかなきゃね! んじゃ、緑の卵も塗ろう。じーじっぽく金色も混ぜよう!」 飾っておいて綺麗になるようにと瞳を輝かせる夏栖斗にエレオノーラは微笑ましそうに彼の手元を見詰めていた。 余談だが、エレオノーラは帰り際にこっそりとスピリタスを買いに行ったそうだ。首を傾げる夏栖斗は蒐と一緒に別のカフェで待っていたとか……。 「見てや! ヒコヨの人形に絵に飾り……。イースターとの関連性は知っとったけど、こら壮観や」 呆然と口を開く日鍼に伊吹は会話らしい雰囲気に飲まれた様に肩を竦める。 街は随分可愛らしく飾り立てられていて場違いな雰囲気が半端なく感じられている。 「どっかに本物も居るかな?」 「……本物、いるのか?」 一人で無かったと安堵する伊吹の耳に入った日鍼の言葉に思わず彼は興味を持ったように周囲を見回す――が、残念ながらいない模様。 「……ひよこ、本物はいないのか……」 思わず(´・ω・`)とした伊吹の隣で耳をぴこぴこと揺らした日鍼は伊吹にウサギアピール。 「あっ、ウサギもイースターに大いに関係あるんよ!」 「うむ。イースターの兎は聞いた事があるぞ。日鍼の仲間だな」 「せやせや、わいの仲間なっ」 ぴこりと耳を揺らす日鍼の頭を撫でた後、二人はのんびりと歩いていく。 ふと立ち寄った店先で、日鍼が購入したヒヨコ人形のストラップは伊吹へのプレゼントとして差し出される。 「え、俺に、か……また可愛らしい物を選んできたな」 「お家では飼えへんけれど、これで気分だけでも……な!」 そんな気遣いに小さく頷いて、伊吹は礼と共にひよこを携帯電話のストラップ部分にそっと付けた。 建物も人種も空気の臭いも、三高平と比べると全く違う。小さく息を吸った糾華の隣でリンシードは普段は見せない様な昂揚感を表情に覗かせていた。 「ヨーロッパとも若干趣が違って、異国の文化も多種多様で面白いわね」 「はい……日本とは違う新鮮感はいつもワクワクしますね……」 日本と海外の違いを一心に受けながら糾華と共にエレオノーラは街並みを進んでいく。 糾華の手には下調べとして使われたであろうポーランドのガイドブックが握られていた。 「復活祭ってだけじゃなくて、春の来訪を祝うお祭りの側面があるのですって。 私達も新しい季節の巡りを祝って、新しい一年が良いものであることを祈りましょう」 「成程……最近はイースターも日本でちらほら聞く様になりましたが……やはり本場は違います」 ガイドブックを片手に説明する糾華の話を興味深そうに聞くリンシードの目が『pisanki』と書かれた場所に止まる。 「あら……? イースターエッグに色塗りですって……。 リンシード、貴女に送るイースターエッグを私が塗るから貴方から私に頂戴ね?」 「はい……その方が気合が入るのです」 楽しみです、と互いをイメージしたイースターエッグ塗りを始める糾華とリンシードの表情は真剣そのものだ。 透き通った輝く白、黒と紫で羽ばたく蝶をイメージして色を塗っていくリンシードを見詰めながら糾華は水色にひかりの輪をかけて、白と黒の2つの衣と心をイメージした色で塗っていく。 「今年も一年、お姉様が満ち足りる日々を送れます様に……。 どうでしょう、お姉様……結構、綺麗に塗れたと思いますが……」 「ふふ、素敵。じゃあ、私からよ。私の目から見た貴女の色と形。 今年一年、貴女が心から安らげる、良い年でありますように」 差し出された卵に糾華が目を細めて幸せそうに笑う。リンシードは差し出された卵を見て、目を丸くして、何処か恥ずかしそうに俯いた。 「……私は、こんなに、綺麗なんでしょうか……?」 少し恥ずかしそうなリンシードに糾華は幸せそうに小さく笑って、幸せであります様にともう一度囁いた。 「Ostern、久々ですね……」 日本には無い風習でも故郷ではあったと想いを馳せながら。リセリアは猛と共に街へ赴いていた。 キリストが関係するお祭りだったかと猛は周囲を見回しながら頭を掻く。 郷に入っては郷に従えとも言うと頷きながら雰囲気を楽しむ猛の隣、リセリアは故郷と似て、何処か違う街に懐かしさを感じていた。 「ポーランドとドイツの違いはありますが……」 「街中ヒヨコだらけなのは変わりないのか? 周りのみんなも楽しそうだ」 はしゃいだ雰囲気の住民たちにリセリアは小さく頷きながら小さく笑みを浮かべた。 ヒヨコだらけ――その意味を猛は知ってるのだろうか。ドイツ人であるリセリアはその理由をよく知っている。 卵の殻を割って出てくる姿を指して新生の、復活の象徴とされている。そんな理由を知ってか知らずか、ヒヨコだなと笑っている猛を見てリセリアは小さく微笑んだ。 「大切なお祭りですからね」 「あ、あれ、何だ? 卵?」 興味を持ったように指を差す猛にリセリアは顔を上げ彼の指し示す方をじ、と見つめる。 「Eier trüllen――卵転がし……ですね。イースターエッグを投げるのは国や場所で違うけれど……」 やる所ではやるんですね、と故郷の事を思い出しながら告げるリセリアの隣で、早速と腕まくりをする猛。 「……はー、ぶつけて割れなかった方が勝ちね。良し、ちょっとやってみるか」 「……って、猛さんやるんですか?」 負けねぇぞ、と日本語で意気込んだ猛にリセリアは慌てた様に彼の背中を追い掛ける。リセリアも、と掛けられた誘いに首を振り、リセリアは困った様に肩を竦めた。 「私は……見てますので、応援してます。勝ってくださいね、猛さんっ」 「良し、行くぜ!」 勝てば来年のイースターまで幸せになれるそうだ、と良いながら猛の指先が卵を握りこんだ。 ● 小さく微笑んだ淑子は共に侠治と共に、マウゴジャータの許へと足を運んでいた。 「……バベルもあるし、何度も来ているもの。ひとりでだって大丈夫なのに……」 「いや、そうも行かないだろう」 「ふふ、心配性ね」 小さく笑った淑子の目的はマウゴジャータや現地のリベリスタへの挨拶だった。アークへ持ちこまれる依頼を受けて、派遣される側であった淑子が何度か顔を合わす事になった現地のリベリスタ達とは何かと関わりが多い。 手にした老舗の抹茶カステラと金平糖を手に案内役として立っていたマウゴジャータへと近づいた淑子はにこりと微笑んだ。 「ごきげんよう、ジェリンスカさん。今日はアークとしてではなくて、わたし個人としてご挨拶にきたの」 「こんにちは、アークの浅雛さんでしたよね。何時も有難うございます」 微笑むマウゴジャータに淑子は笑みを浮かべてカステラを差しだす。嬉しそうに受け取ったマウゴジャータは気遣い無く、とアークの精鋭へと肩を竦めて見せた。 「神秘事件の解決は勿論だけど……それだけの御縁で終わってしまっては、勿体なく感じてしまって。 ただの淑子としても、良い関係を気付けたら……その、うれしいわ。如何、かしら……?」 「それは、友人として……と言う事かしら」 瞬くマウゴジャータに淑子は柔らかに微笑む。 折角出来た縁を繋ぎたいと言う彼女にマウゴジャータは何処か戸惑った様に、小さく笑った。 「なら、私の事もマウゴジャータとお呼びください。親愛なる我が友人・ショウコ」 「……ふふ、いつか日本へもご招待出来たら素敵だわ。その時は是非、ご案内させて頂戴ね」 柔らかく微笑んだ淑子に隣に立っていた侠治は頷いて、少女達の友情を温かい瞳で見つめていた。 義娘に付き添いながら虎鐡は彼女の往きたい方へと殆ど口出しはしないと、口をきゅっと引き結んで背後を付いていく。 「混沌事件も日本でケイオスが起こした事件もとても嫌なものだった。 けれど、白い鎧盾が復興すると言うのなら、ご挨拶に行くのも悪くないと思うぞ」 「別に良いぜ。俺は雷音の行く所にいくからな」 虎鐡にとっては雷音が無事であればそれでいい。ポーランドに存在するリベリスタ組織――となると、どの様な雰囲気なのかを知らない彼が警戒するのも致し方ないだろう。 友好的な雰囲気だというならばそれなりの反応が出来る、と彼女の背後に立ちながら、白い鎧盾の面々が集う場所へと顔を出す。 「イースターのお誘いとても嬉しいのだ。ボクは朱鷺島雷音。 こっちは鬼陰虎鐵なのだ。アークとポーランドの深い友好をさらに深いものにしたいのだ。 ここに、行くといいというスポットはあるかな?」 「アーク! お噂はかねがね!」 明るい表情で出迎えてくれたリベリスタの反応は――虎鐡からすると拍子抜けする様なものだったのかもしれない――明るく、アークに友好的だといわれれば頷ける。リベリスタらからガイドブックと隠れた名所等を教えて貰いながら雷音は小さく肩を竦めた。 彼女等の後から訪れたアンジェリカは中で談笑していたマウゴジャータへと近寄り頭を下げる。 以前、任務で訪れた際に彼女は一つ頼みごとをしていたのだそうだ。 「お久しぶりです。ユゼフの話をしにいらしたんでしょう?」 マウゴジャータの言葉に白い鎧盾の面々は顔をあげる。なんだなんだと覗き込む様な彼等に快は頷き、彼の話をしたいんだとリベリスタ達を見回した。 「彼は何時だって『あの日』の事を忘れていなかった。あの日、生き残ってしまった自分を、彼は数十年経った今でも許せなかったんだね」 「――……我々とて、同じです」 俯きながら呟くリベリスタ達にアンジェリカは「心の中で家族を、仲間を護れなくて苦しんでたんだ……」と付け足す。白い鎧盾の面々は顔を見合わせ、誰もが落ち込む様な表情をした。 「日本で、楽団と相対した時、彼はあれだけの恐怖に押しつぶされながら、最後は子供を助けて、死んだよ」 「――……」 「恐怖事件の夜に、勇敢にたたかった白い鎧盾達は――最期の一人まで、立派だった」 その言葉にマウゴジャータは顔をあげる。杏樹は彼等の言葉を聞きながら、もっと教えてくれないかとユゼフその人の話についてを乞うた。 「私はこの錆びついた白を――楽団の恐怖に打ち克った英雄の慰霊を里帰りさせたかったんだ」 杏樹の言葉にアンジェリカは頷き、墓の在り処を問う。慰霊碑があるのなら、とツァインはポーランド式に用意していたと言う造花とランプを握りしめた。 「この慰霊碑にユゼフさんの名前を入れて貰う事は……」 「アークの皆さんが仰るなら。彼は立派だったのでしょう?」 マウゴジャータの言葉にツァインは小さく頷く。戦い方は人それぞれだったのだろう。マウゴジャータの様に現地で自身らの組織の再建に携わる者、己を悔いながらも恐怖に立ち向かい続けた者。 「あの人は最後に取り戻した……いや、ずっと闘い続けてたんだ。 生きてる間には会えなかったから偉そうなことは言えないけど、『白い鎧盾』って名前に込められた思いは解るんだっ」 ツァインの言葉にマウゴジャータは小さく頷く。杏樹はそっとその盾を慰霊碑へと置いて目を伏せた。 本当はその盾だって故郷に戻すべきなのだと、杏樹だって考えていた。その場所に眠る嘗ての仲間と共にその魂はずっと一緒に眠って居て貰いたい。 けれど―― 「……もう少し、付き合わせてもいいか?」 『白』は自分の手に持っていても良いのか。自分には判らないけれど彼の想いの込められた物だから、安心して貰えるように、と。 (今は白鎧は着ないでおこうかな、本物の人達の慰霊で着るのは失礼かも。いつか、鎧盾が再建されたその時にその人達が見せてくれる筈だ!) アンジェリカの演奏するこの国誇る音楽家の鎮魂歌を手にしたヴァイオリンで弾きながら、彼等の魂が慰められる様にと――その悲しみと苦しみが無くなる様にとアークのリベリスタは祈り続ける。 「……あの、ツァインさん、着ては頂けませんか? あの鎧。とても素敵でした。 杏樹さん、その盾をどうぞお持ちになって下さい。彼が英雄だと言うならば、貴女の役に立ちましょう。貴方の身を護り、愛しき友人を助ける事こそ、我々『白い鎧盾』の本望です」 涙ぐんだマウゴジャータがアンジェリカの音色に感謝を告げてリベリスタ達を見回す。 快の言葉に彼女は如何に尊い命が一つ失われたのかを知ったのだろう。小さく笑ってリベリスタ達を街へ招くと小さく笑う。 「ポーランドと言えばウォッカかな? 名産なんだぜ。杏樹さん飲んでみない?」 「ジャータさんに頼まれちゃ仕方ないな! ジハード付きで張り切っちゃうよ! 復活祭だけに、なんちゃって! あ、卵にラムにマギリッツァ、はい、全部調べて来ました! 食えるかな?」 「勿論、皆さんの事を張りきってご案内しますよ!」 行きましょうと笑ったリベリスタに頷きあって彼らは進む。 背後にある、その慰霊を慰める様に―― ……所変わって、白い鎧盾達の集会場。 「混沌事件の原因は倒したけど……まだまだ爪痕は深い。『白い鎧盾』の人達も、日々の復興作業で疲れがあるはずだ……! 僕は彼らへの明日の活力を少しでも与えたい!」 「アフターケアでも俺にできる事ができるなら頑張りたいと思う。うむ」 何故かマイクを握りしめた悠里に小さく神妙な顔をして頷いたレン。 ガイドブック片手に「ポーランドと言えば世界初世界遺産ヴィエリチカ岩塩抗やアウシュヴィッツ・ビルケナウなんかが……」と呟いていた火車が顔を上げる。 悠里の口調から招かれた『客人』は何だか接待しなくてはいけない様な雰囲気が……。 「栄誉包丁師! 栄誉包丁師じゃねぇか!」 「助けてっ!?」 「あ、こんにちは、世恋」 「ってなわけで、世恋ちゃん、お願いします!」 ――月鍵チャレンジが始まって居た。 非戦闘員である世恋が白目を向いているのも仕方がない。悠里が用意して居た得物の顔が怖かったのだ。 「リベリスタ、それは?」 「ああ、これはね、今回、たまたまポーランドに来てた団地の人が用意してくれたんだけど……。 それがこのヤツメウナギ! ポーランドでも食べられていて、エネルギーになるものだし丁度良いよね!」 「団地の人何者!?」 マジ、何者。 ヤツメウナギを見て「凄い」「流石アーク」と囁き合うリベリスタ達。 「今日は鰻を料理してくれると聞いたぞ。 七面鳥を見事に料理した世恋には簡単かも知れないが……ヤツメウナギ……?」 「いやあああ、顔怖いいいいいい」 ヤツメウナギで検索をかけてみるのをオススメしよう! 怖くて夢に出ました。 「な、なんだこのすごい魚は……本当に鰻なのか……? 世恋はこんな獰猛な怪魚すらも簡単に捌いてしまうと言うのか! 俺はまた伝説の瞬間に立ち会えると言うのか。なんと言う幸運」 そんなヤツメウナギについて実況の火車さん? うっ見るからにエゲつなく全生命体の敵の様な円口類! 高い栄養価に独特の触感と風味がある食材! 精々1mが最大と言われる奴だが……さも巨木だでかぁぁぁいッ!説明不要!5m! 太ぇ! アナコンダと勘違いするほどの巨体!粘着く身体が栄誉包丁師を襲う! こえぇ! 鰓に頭が吸い込まれそうだ! 口でけぇ! 明らかにアブねぇしこれ吸い付かれたら死ぬから気をつ……ふふっ余計なお世話か。 「彼女こそ、アークの可憐なフォーチュナであり、伝説的包丁師として有名な世恋ちゃんです!」 「フォーチュナが?」「まさか……」とこそこそ話すリベリスタ達に伝説の包丁師(笑)は白目を向いている。 非戦闘員である世恋が(*)見たいな口した鰻と闘っている。その様子を盛り上げる様に火車と悠里が告げる中で、レンは目を輝かせてリベリスタ達に彼女の武勇伝(?)を告げていた。 「世恋の包丁捌きはプロなんてものじゃない、まさに生きる伝説の包丁師。 アークの誇りだ! いや、国宝級かもしれない! これは門下生志望もあとを絶たないはずだ。 是非ともこの機会にワールドワイドに、世恋の素晴らしさを伝えよう。俺も嬉しいぞ」 「料理は闘い……だからな……」 (*) ←美味しく頂きました。 「卵を投げ合うのか? とても綺麗だから割れてしまうのはもったいなく感じるのだが……」 「ほう、イースターエッグってのは聞いた事あるが……俺もこういう祭りは初めて聞いたな」 卵を握りしめた義親子は二人して顔を見合せながら卵を見詰めている。 割れなければ幸せになれる――そう思うと投げた卵が割れずに虎鐡が幸せになればいいな、と考える娘も親思いだが、雷音に投げる卵が割れて欲しくないと思いながら自分への卵はどうなっても良いと思ってしまう虎鐡も虎鐡だ。 両者共に互いの幸せを願い合うのだから、きっと待っているのは幸せな未来なのだろうが―― 「うむ、投げるのだ!」 静けさの漂うヤスナ・グラ修道院に足を踏み入れたリリは黒い聖母の前で膝をつく。 マウゴジャータや現地リベリスタにあいさつを終えた彼女は一人、聖母を見上げている。 「Matka Boska Częstochowska――」 黒い聖母はただその場に佇んでいるだけだ。 落ち着いてお話しが出来る、とMatka Boskaの名を戴くリリは彼女へと語りかける。 彼女を母と慕ったシフィェトラーナは元気か、貴女は変わりないか、と彼女はまるで友人に――己の母に語りかける様に一つ一つ、囁いていく。 「あの方も今、何処かで同じ様にお祈りをしているのでしょうか。 ……一緒ですね。感じます……」 母の言葉を何処かで感じとりながらリリは目を閉じてロザリオを握りしめる。 「今、少し心が弱っていて……どうしたらいいのか分からなくて、貴女にお会いしたかった。 貴女に救いを求めたのは同じ女性だから、でしょうか……」 俯き気味に呟くリリを見下ろす聖母の顔は何時もと変わらず優しさが込められている。 膝をついたまま、彼女は瞬きを何度もし、目の前の聖母へと救いを求める様に、一つ懺悔をした。 神の徒だと、己を律した筈なのに。 「……人の心は、恋と言うものは、自分のものなのにままならないのですね……。 ――また、泣いてしまいました……」 ● 観光を行おうと足を踏み入れたランディの目当ては何であろうか。 行くあてなさそうにしている彼を蒐は美味しい物食べましょ! と引き摺っていった。 「お仕事で海外に来る機会はありましたけど……プライベート旅行は初めてですにゃっ」 きらきらと色違いの瞳を輝かせる櫻子に「多少の我儘位は」と普段から海外旅行を夢見る恋人に付きそう櫻霞は彼女の誘うカフェの方へとゆっくりと足を勧めていく。 ワルシャワで人気だというカフェはやはりお洒落な雰囲気が漂っていてデートには丁度良いだろう。 「やっぱり雰囲気からして日本と違いますね」 「のんびり観光できるのも今のうちだ、十分に楽しんでおけ」 はい! と耳をぴこりと揺らした櫻子はチョコレートケーキと珈琲を。櫻霞は甘さ控えめのチーズケーキに珈琲をチョイス。 「ふにゃぁ、美味しいですぅ♪ あ、櫻霞様も召し上がりますか?」 「ふむ……なら半分にするか、どうせなら両方食べたいだろう」 嬉しそうに笑った櫻子は小さく頷いて幸せそうにケーキを頬張る。この後は何処に行こうか、なんて迷いながら彼女は小さく微笑んだ。 「そうですわっ! 有名な水上宮殿があるって聞きましたの♪」 どうやら、次の行き先は決まった様で……。 「ほう、海外旅行か。ふむ……帰郷と言う訳でもないが……ポーランドは良い国だ。こういうのもいいものだな」 ポーランドの風景を見回しながらアズマは復興された街を眺めている。 復活祭が行われている街は何処も色鮮やかで、素敵に見える物だから―― 「確かバロックナイツのケイオス・“コンダクター”・カントーリオが暴れた地であったか……。 それがここまでの短期間に復旧されているとは……」 人の力と言う物は凄い、と改めて実感する。それはアークリベリオンとして己の力を振るうアズマにはよく覚えが在る物だ。生きようとする人の力、それはアークの存在の力にも通じている気がする。 その想いを噛み締めながら美しい街並みを堪能し、心を落ち着かせる。料理だってアズマの舌にはあったのだろう、とても美味く感じてしまう。 「御機嫌よう、ポーランドは如何かしら?」 「ああ、とても良い土地だ。……しかし、住みたいというには流石に日本に馴染み過ぎたがな」 アズマの言葉に違いないと世恋は頷く。この街並みは気に入った。それでも日本でやる事はまだまだあるのだから。 一時の休息と割り切って楽しもうと歩み出す彼の前でイースターの兎がひょこりと跳ねた、気がした。 「まるで絵に描かれた街並みが目の前にあるかのよう……! ポーランド、ワルシャワ、煉瓦の街並み! 人間も沢山いる、緊張する……。 何処を歩いていても絵になりますなぁー! 日本には無い、日本には無い風景だよー!」 なんたって、旭もいる。海外旅行って最高! と言わんばかりの魅零のテンションに旭は楽しそうに笑う。 「みれーテンション、たかーいっ! でもほんとに町並みかわいーし、馬車もいるしぽーらんどだし、うまー!」 ……旭のテンションもかなり高かった。馬可愛いとはしゃぐ旭の隣でルンルン気分の魅零。 ポーランドは馬がいるけれど、それでも日本だって負けてない! だって、日本でもポーランドでも旭には魅零がいる。よって、負けてない! 「あわあわわわわわ旭、旭ぃぃ、おてて、おててて……!」 「……おてて? あ、お手?」 てし、と魅零の手に手を重ねる旭。手を繋いで歩けば仲良しだろうなあと考えての事だったそうだが、何だかズレた反応が返ってきた様だ。 手が重なった魅零は「ふおおおお」と一人照れて慌てての大騒ぎなのだが。 「えへ、このまま繋いじゃお。らぶらぶー」 「仲良し、これが、仲良し!」 仲良し二人組は手を繋いで街並みを歩いていく。……が、やっぱり気になっちゃう言語の壁。 「みれーと一緒だから、言葉が通じない不安もないの。通じない事実はかわんない、けど! ぽーらんど語ハンドブックとマイナスイオンと、ふたりぶんの愛嬌でなんとかなるなるっ!」 「タワーオブバベルあればもっとよかったかもねえ」 不安じゃないけど、と二人で笑いあって、進んでいく。煉瓦の街並みに溶け込む様な二人は食べ歩き真っ最中。 「あ、アイスクリーム売ってるよー食べる? 旭は、何個たべる? 黄桜三個食べたい」 「みれー3個も食べるの!? わたしは……2個、かなあ? でもノリでたべちゃえそ」 別々の味を選べば5個食べれる! ふわっと笑う二人に店主も楽しそうに笑っていた。 「よっしゃー! ピェルニク……何か噛みそォな名前だなァ。ンじゃ歯ごたえもイイのかなッ!?」 輝く瞳で告げたコヨーテに異国デートに付き合ってもらうよ、とう告げていた真澄は露天に走っていくコヨーテの背中を見詰めている。 良い景色に食べ物というのは万国共通――そんな中でもピェルニクを手に戻ってきたコヨーテは何処か気まずそうな顔をしている。 「ジャムとか掛けて食うのか? オレ甘ェの食えねェし……コレ、真澄のなッ!」 「OK、それじゃコヨーテ用のも探してみようか。スパイシーなのもあるだろうしねえ」 笑顔でピェルニクを受け取った真澄の目が止まったのはジュレックの露天。目を輝かせ走っていくコヨーテは早速と露天の商品を手に取っていく。 「ジュレックうめぇ……ビゴス! 肉だーッ! コレ、白メシに合いそうだなッ!」 「あぁ、これは確かにあんたが好きそうだ」 くすくすと笑う真澄に頬張りながらうまいうまいと告げるコヨーテ。楽しげなコヨーテの腹が一杯になった所で、次の興味はお土産へ。 「おッ、コレはどォだろ」 「へえ、コヨーテは食器かい?」 随分きれい、と言い掛けた真澄に「真澄のゴハンもすっげェうめェぜ!」と笑うコヨーテ。つい、照れて咳払いを見せる真澄の視線がそっと外に泳いでいく。 「日本に帰ったら、またうめェゴハン付くって、コレで食わせてくれよッ!」 綺麗な模様の入った陶器に視線を遣って真澄は嬉しそうに頷き笑う。 「あぁ、腹いっぱいになる位作ったげるよ。見よう見まねでビゴスにも挑んでみようかねぇ。 そんじゃ私はコヨーテにワインをあげるよ。ポーランド産のは珍しいんだよ」 成人祝いの時に飲みな、と背をぽんぽんと叩く真澄にコヨーテは嬉しそうに「そン時は一緒に乾杯なッ!」と微笑みかけた。 下調べはバッチリだと言うシュスタイナの興味の向かう先は岩塩で出来た炭坑だった。 胸を躍らせる壱和はパンフレットを見ながら彼女の後ろを一緒に回る。塩のシャンデリアや教会もパンフレットで見るだけでは物足りないし、湖だって綺麗だ。生で見るとやはり違うのかと胸を高鳴らせる壱和はシュスタイナの手をぎゅ、と握りしめる。 「シュスカさん、行きましょう!」 両手で彼女の手をとって、手を繋ぎましょう、と笑い掛ける壱和にシュスタイナはつい笑みが浮かんでくる。 満面の意味の壱和の尻尾がぱたぱたと揺れる物だから、ああ、本当に楽しいんだと判ってしまってシュスタイナは嬉しくなって微笑んだ。 「……あ、そうだ。これを」 ほら、と壱和の頭にアイボリーのキャスケットを乗せれば、壱和は「わっ」と驚いた様に頭に手を与える。 クリスマスに壱和からシュスタイナにプレゼントされたマフラー。お返しを考え抜いたシュスタイナからのお祝いを込めてのプレゼントだ。 「深化のお祝いって事で。使ってくれたら……」 「ありがとうございます!」 プレゼントに胸がきゅ、とする。大好きとありがとうを伝えたくって、居てもたっても居られなくってシュスタイナに飛びついて尻尾をバタバタと先程よりおおげさに振りまわす。 驚きながらもぎゅ、っとされたぬくもりにシュスタイナは背中をぽんぽんとしてやりながら小さく笑う。 「さ、行きましょうか?」 「はいっ!」 二人で行きましょう、と帽子をしっかり被り直し、手を握る。素敵なプレゼントがあれば、更に楽しく感じるから、と壱和は楽しげにシュスタイナが手を引く方へと歩いていく。 シャンデリアも湖も、折角だから見てみたい。彫刻だって立派だという。二人居れば言葉が通じなくったって、きっと、大丈夫だから。 フェザーと旅行だ! と嬉しげに笑う喜平にプレインフェザーも何処かそわそわと体を揺らして居る。 ヴィエリチカ岩塩抗の見学に来た二人だが、プレインフェザーからすれば別世界に感じられ心も何処か落ち着かない。 「坑夫達は何を思ってあれだけの壮大な物を作り上げたんだろうな……」 「そうだな……隅々まで回りたいけど、時間足んないかな」 クールな雰囲気のプレインフェザーがはしゃいだ表情をしているのを喜平は感じとり、彼女の手を握りしめる。 壮大なスケールを誇る岩塩抗の中、逸れない様にと握りしめた手の温かさに喜平は癒しを感じていた。 「……地下は冷えるな……」 ふる、と体を震わせたプレインフェザーは寄り添っても良いかな、と喜平の顔を伺うが、その前に喜平は手をそっと離し身を寄せ直し腕を組ませる。先程より寄り添って、指も深く絡め合わせれば、身体に感じる温かさは倍になった様な気がする。 「ああ、これは凄いな……ストーリーを見て想像するしかないが胸に来る物が在る……」 「この彫刻って……これって全部岩塩で出来てんの? すごい綺麗。抗夫じゃなくて、アーティストがいたんじゃねえ?」 冗談めかして笑うプレインフェザーに喜平も小さく笑う。感想を伝えあうだけでもとても楽しくて。 長い時間をかけて作られた自然の洞窟に、遠い昔の人々が作った物を長めて、彼女は浅い息を吐く。 「そうだな……何か明日に残せるとしたらさ、それは君との『何か』であってほしいねぇ」 喜平の言葉にプレインフェザーは面喰らった様に新緑色の瞳を瞬かせて小さく頷いた。 礼拝堂で後で祈ろう。自分と、この人の時間も、その位長く、続いていきます様に、と。 ● 水上宮殿に訪れた櫻子と櫻霞はボートの上でその風景を眺めている。 ボートを漕ぐ櫻霞に櫻子は指先を水面に翳しながら満面の笑みを浮かべている。 「ボートの上から綺麗な風景を眺めるって素敵ですねっ」 「ああ。嬉しそうで何よりだな。来た甲斐もある」 日本では見られない様な光景であり非常に良い眺めだ。美しい其れに満足げな櫻子を見るだけで櫻霞だって此処に来た目的も達成できるだろう。 休憩しに座った櫻霞に近寄りながら櫻子はすりすりと彼の胸にぴったりとくっつきながら甘えだす。 「ずっと、こうしていたいですにゃ~……」 「さて、ご満足いただけましたか、お姫様?」 彼女の頭を撫でながら悪戯めいて告げた言葉に櫻子がハッと顔をあげる。その瞬間に顎を救い上げ、一つ小さく唇を重ねれば、櫻子の頬が赤く染まっていく。 「お前を愛してるよ」 耳元で囁いた言葉に櫻子は「ず、ずるいですにゃぅ……」と耳を折り彼の胸へと顔を埋めた。 レンタカーを借りて観光ついでのドライブを。流石はポーランド、『平原の国』と頷く悠月を隣に乗せていた拓真は道の隅に車を止め、一つ休憩を。 「やはり、日本で見られるような景色とは違うな」 「見渡す限りの、ですね。日本でも、一応北海道辺りでは近い光景が見れたりもするそうですが……」 実際に見たのは初めて、だと悠月は瞬き一つ。地平線まで続く様な平原に美しい田園地帯。 二人揃って感じたのはポーランドの平原を奔る風。吹き抜けるそれは日本の自然よりももっと雄大な自然の美しさを感じさせた。 「それにしても、本当にすごい……」 此処でしか見られない、感じられない、そんな物が在る気がすると感嘆の息を漏らす悠月に拓真は小さく頷く。 「少々の時間を裂いた所で、全て見回るのは難しいな……」 「ええ。全て見るのは相当、時間がかかりそうですね」 満足げな拓真に頷きながらも、悠月は広大な景色がポーランド平原からするとほんの一部なのだと実感する。 「……広い、ですね……本当に」 「まだまだ、俺には目にしていない多くの事がある。どれだけの物をこの目に写せるかは分からないが……」 そっと肩を抱き寄せて、悠月と名前を呼ぶ。顔をあげた彼女と唇が重なる、その一瞬。 至近距離の侭、拓真は彼女の体を更に抱きよせた。 「その時は……君も一緒だ、悠月」 「はい……一緒に見ていきましょう」 笑った拓真に悠月は体を預け平原を見詰める。吹き抜ける風が二人の髪を揺らして行った。 成人は一大イベントだ。ホテルの部屋で蜂蜜酒を飲みながら、羽音は小さく笑う。 久々に俊介からデートの誘いを受けた羽音はその場所が海外だと言う事に驚きを隠せずにいた。 「へへっ、俺もやっとこさ二十歳過ぎて、羽音と酒飲めるな~! 羽音も俺と酒飲みたかったんだろ! おれもなんだぜ、嬉しいんだぜ」 へらりと笑った俊介に誘われてポーランドのホテルの一室でジュブルフカを煽る。ホテルで飲めば周りに迷惑をかける事もないし、ホテルステイも中々乙な物だ。 「ふふっ、あたしもずっと、こうしたいって思ってた。嬉しいな……っ。 出逢った頃は、あたしも未成年だったのにね。何だか、不思議な感じ……」 蜂蜜酒の甘い香りと桜餅に似た何処か優しい香りが混ざり合って、羽音は俊介の横顔を見詰める。 出逢った頃は自分だって子供で、彼だって可愛い男の子に見えた。それなのに今は大人っぽく見えて―― 「……あたし、飲み過ぎたのかな……なんてね」 小さく囁いた声を届かせないままに蜂蜜酒を煽れば俊介は牙を見せて小さく笑う。 「やっぱりさー、ヴァンパイアには酒が似合うと思うんよね! 俺も高貴なノワールだし……。 あ、ハーフムーン化おめでとさん! 何時の間に」 「えへへ、ありがと」 かつん、と合わさったグラス。一気に飲み干しながら羽音はその時間を楽しむ。 けれど、俊介が酒に強いかなんて保証は無くて。次第にグラスを置いた俊介との距離が詰まってくる。 「はの、はの、おかえひぃ……」 はひゅぅ、と小さく声を漏らしながらすり寄ってくる俊介に羽音は小さく笑う。やっぱり、と囁きながらベッドに二人で寝転んで胸元にすり寄る俊介の頭を撫でた。 「甘えんぼさんだね?」 「はにょぅ……」 すりつきながら眠る俊介の瞼に一つ、おやすみなさいのキスを落として。 大人になった君も素敵だけど、子供っぽいところだって、好きだと、小さくまどろみながら。 前に来たのは仕事の時だったかな、と木蓮は悩みながら龍治の手を握りしめる。余り国外に出る事に気乗りして無かった龍治だが、木蓮が行きたいと言う物だから、偶にならいいかとポーランドに赴いた次第だ。 「今日はこうしてゆっくり歩けて良かったぜ。隣に龍治だっているしな!」 「ああ……。日本との空気の違いがいい刺激になるな」 頷きながら散策する木蓮の目が、小さい教会へと向かう。イースターに便乗してか、ちょっとしたイベントを開いているらしい教会に彼女は龍治の手をくい、と引く。 「ドレスの試着キャンペーン中か……」 観光客にも開放されていると言う場所にそわそわと体を揺らす木蓮だが、視線を送れば龍治は何処か居心地が悪そうにしている。 こういった場所には縁遠い身であると龍治は気が進まない、と茫と立っているのだが、木蓮はそれでも、と彼の顔を覗きこむ。 「あのさ、その、そろそろ二十歳だからさ、10代最後の想い出を作りたくて……。 お前に、その手伝いをして欲しいんだ。……だめ?」 木蓮の願いを聞き龍治は頭を抱える。悩ましげに眉を寄せる龍治に木蓮が駄目かと俯きかけた時、頭を掻いて恥ずかしそうに視線を逸らした龍治は「仕方ないな」と囁いた。 様々なドレスの中から木蓮は楽しげに選んでいる。龍治の様子を伺いながら、彼が一番好みそうなドレスを纏って、教会へと足を運んだ。 結婚はまだだけど、龍治は居心地の悪さを感じながら、それでも本物の結婚式を行う様に祝福を受けよう。 「愛してるぜ、龍治!」 今日が終わったって、その言葉は贋物にはならないけれど―― 華やぐ街並みの中、卵がころころと転がっていく。 色鮮やかな卵が割れなければ、次のイースターまで幸せになれるのだから。 ――Wielkanoc! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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