●妹 / 1週間前のある日 耳にピアスの穴をあける前とあけた後。そして耳からピアスを外した後。別人。ううん、化け物。染め落とした髪の色さえもどこか作り物めいて。 わたしにはすぐにわかった。 こちらへ背を向けたそれが我が家の玄関で、まるで当たり前のように靴を脱ぐ姿を見た時から。 わたしにはわかっていた。 ぎこちなく、まるで聞かれては困るかのように小さく「ただいま」と言って、それが振り返った瞬間に。 いずれ――時を置かず、わたしたちは殺し合うだろうことを。 ●姉 / 1週間前のある日 5年前と変わらず同じような作りの家が並ぶ一本通り。その一番端っこ。なんてことない、ごく普通の青い瓦屋根の上に通り低く垂れこめた雨雲。 まさかこんなことになっているだなんて思ってもいなかった。 ノブを掴んで回し、ドアを開け、細い廊下の奥からぬるりと流れてきた腐臭を嗅いだその瞬間まで。 まさか、まさか。嗚呼、まさか……。 だけどあたしが脱いだ靴の横にはこの時間にあるはずのないパパの革靴があった。ゆっくりと、ゆっくりと、心が壊れないように時間をかけて靴を脱ぎ、はかない希望を盾にして振り返った。 あの時、もう5年前のあの朝からもう一度やり直すことは、どうあってもできないのだと思い知らされた。 いずれ――あたしたちは殺し合うだろう。 でも、あたしにまだその覚悟はできていない。 ●他人 / 1週間後のある日 「揃いましたね? では、ブリーフィングを開始します」 リベリスタたちの着席を確認し、運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は手にした資料をめくり上げた。 「本日午後4時。住宅街で元賊軍フィクサードとノーフェイスの抗争が起こります。まわりの住宅住民を巻き込んで。みなさんには一般に被害が出ないよう事前に介入したうえで、双方の討伐をお願いします」 事件の概要を語る和泉の口調はいつになく硬くぎこちなかった。口を閉じたっきり、資料に目を落としたままだ。 いつまでも顔を上げようとしないフォーチュナに痺れを切らし、リベリスタの1人がコツコツと拳でテーブルを叩いて先を促した。 「実は……。途中でどちらがノーフェイスでどちらが元賊軍フィクサードなのか……分からなくなってしまうのです」 どこでも見られる、ごくありふれた夕暮れ時の風景。それを血にまみれた非日常の景色に変えてしまうのは西口藍里(にしぐち あいり)と西口緋里(にしぐち あかり)という一卵性の双子だと、暗い顔で和泉は言った。 「双子だから見分けにくい、ということのほかに、ノーフェイスの能力が関わっているようです。しかし、時は待ってはくれません。みなさんには手元の資料にある情報だけで事に当たっていただくことになります。次のページをご覧ください」 【討伐対象】 ・西口藍里(にしぐち あいり)17歳 ノーフェイス フェーズ2 武器なし。 渦巻き共鳴する怨叉(神/近域)……呪い、呪縛、ブレイク 禍々しく伸びる髪(物/近複)……致命 飛鱗(物/遠単)……出血 わたしはあなた。あなたはわたし。(神/遠単)……魂の交換。 ※HPと武器以外、入れ替わります。スキルの装備制限に注意! ※入れ替わりの対象と目を合わすことが条件(鏡越し可)。 ・西口緋里(にしぐち あかり)17歳 元賊軍フィクサード ビーストハーフ(蛇)のダークナイト 両刃剣を所持。 使えるスキルはRank2の全スキル、それに「不滅覚醒」です。 「簡易飛行」と「テレパス」のスキルを持っています。 「いまから向かえば事が起きる30分前に現地に到着できます。2人とも自宅にいます。 藍里は2階の自室に、緋里は1階の居間に。奇妙なことにふたりは1週間の間、同じ屋根の下でごく普通の姉妹を演じて暮らしていました。殺し合うことになったのはおそらく……藍里のフェーズが進んだからでしょう」 和泉はめくり上げた紙をゆっくりと降ろす。 「西口家のすぐ近くに十分な広さの空倉庫があります。電気は切られているので中は薄暗いですが、戦闘の邪魔になる障害物はなにもありません。西口家で事を構えるよりも、姉妹のどちらかを、あるいは双方を倉庫へ誘い込んで倒すといいでしょう」 二手に分かれて同時に倒すもよし、片方ずつ倒すもよし、あるいはまとめて倒すもよし。 「方法はみなさんにお任せします」 ●姉妹 / 午後3時26分 窓の外、空はまだ青い。 でも、ふたりとも知っている。 もうじきこの空が赤く染まることを。 あの日、受話器を握りしめたママの嬉しそうな涙声。 聞かなきゃよかった。 あの日、受話器から聞こえてきたママの嬉しそうな涙声。 聞かなきゃよかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年05月02日(金)22:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● アークが急遽購入した倉庫の角からは、いくつも連なる瓦の向こうに西口家の屋根を一部だけ見みることができた。 「私達にとっては両方が敵なのが救いかしら」 でも、と続けて『そらせん』ソラ・ヴァイスハイトは(BNE000329)独り言ちる。 「この家族にとっては救いは無いわね。同情はするけど何もしてあげられない」 「ああ。また気の重い話だよ。……仕方ないか、コレも手前で選んだ道だしね」 作業をひとまず中断して休憩に出て来た『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が、やはり西口家のほうへ顔を向けて重い息を落とした。 とんてんかん、とんてんかん。 ふたりの後ろから倉庫の窓に板を打ちつける不器用な、それでいてどこかリズミカルな音が聞こえてくる。『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)だ。 チコーリアは少しでも戦闘が有利になるようにと考えて窓という窓に板を打ちつけまわっていた。 『ジルファウスト』逢川・アイカ(BNE004941)も一緒に厚手の黒布を脇に抱え、チコーリアが打ちつけた板の隙間を埋めて回っている。 つい先ほどまで喜平も倉庫内に残されていたわずかな資材を使って遮蔽物を作っていたのだが、あまり効果がなさそうだと判断をつけた時点で手を止め、外の空気を吸いに出ていた。 『御峯山』国包 畝傍(BNE004948)は入口から顔を出して、「もうそろそろ中へ入った方がいいですよ」とソラと喜平の後ろから声をかけた。 「……フィクサードにノーフェイス。どちらも、救えるものではないでしょう。ならば、私はリベリスタとしての職務をこなすのみです。私が、私であるために」 「聞いていたのか?」 ん、と眉を上げた喜平に対して、畝傍は柔らかく笑って答える。 「別に聞き耳を立てていたわけじゃありませんよ。風がおふたりの言葉を運んできたんです」 とたんに強い風が吹いて、ソラのスカートの裾が音を立ててひるがえった。 「いやな風ね」 風に春とは思えぬ冷たさを感じ、3人は首をすくめるようにして倉庫の中へ戻った。 『残念系没落貴族』綾小路 姫華(BNE004949)は倉庫の入口の上、細い梁の上に忍者のごとく立っていた。派手なドレス姿で壁に張りついている様はけっして忍者っぽくはないが……。 姫華は倉庫に入ってきた3人の頭を目で追いながら、これから倒す相手について思いをはせた。 (双子の姉妹であっても、フェイトの有無が発生するなんて……不条理ですわ) 運命の女神は実に気まぐれだ。藍里と緋里のような例はほかにもたくさんあるに違いない。それでもやっぱり不条理だと思う。 (フェイトを得られなかった藍里さんは仕方ないとしても、緋里さんは更生の可能性が無かったのかしら? ……いや、そういう問題では無いんでしょうけれど) いまさらだが考えずにはいられない。ブリーフィングでは討伐一色で緋理更生の可能性についてはまったく触れられなかった。端から検討の余地なし、という雰囲気だったのだ。姫華自身もまた、緋理更生については一度も口にしなかった。 唇の間からそっと憂鬱な息を吐き出す。 (一般の方のため、討伐しなければならないのであればそれを行うのが私の務めですわ) ぶれた気持ちのままでは戦えないし、戦ってはいけない。 姫華はやや強引に気持ちの整理をつけると戦いの時を待った。 『咢』二十六木 華(BNE004943)もまた、姫華とは違う種の心揺れを起こしていた。 (できれば女は切りたくないなぁ) 信条を守って闘えればそれに越したことはない。だが、現実はいつだって理想から遠く離れている。切りたくなくとも切らねばならぬ時のほうが多いのだ。 華はスマートフォンを片手に顔をあげると、チコーリアとアイカに作業をやめるように頼んだ。いまから電話をかける、からと伝える。 金槌の音が止まった。 耳の中で心臓の鼓動音が次第に大きくなっていく。空で止めた指がどうにも動かせないでいた。 (呼び出して殺す。俺は最低だな) 『空色の飢獣』スォウ・メモロスト(BNE004952)は、華の背中に躊躇いの気配を感じてそっと手を添えた。 「姉妹で、殺し合うのは、とても悲しいこと。私は、そう思うし、しようとなんて、考えられない」 ゆっくりと、己自身の思いを噛みしめながら言葉を紡ぐ。 「だから、せめて。そうしなくていいように、私たちが、二人共、殺す。……うん、きっと、自分への、言い訳だね」 振り返った華は、スォウの顔に深い悲しみを見た。次いでぐるりと首を回して仲間たちの顔を順に見る。 (ああ、仲間にこんな事させられねェわ) 俺がやる。俺がやらなきゃいけねぇ。 華はひとつ頷くと、液晶画面にタッチした。 ● 「緋里と話がしたい。緋里か?」 2コール後、電話がつながった。 「……誰?」 華は相手が即座に否定しなかったことで、いま話している相手が緋理だと確信した。ひと息ついでから、あらかじめ考えていた人物になりきった。口元をいやらしく歪め、ズボンのポケットに手を突っ込んで尊大に胸をそらす。 「裏野部の二十六木だ」 はっ、と息をのむ微かな音が聞こえた。 「あたしの居所をどうやって調べたの? それにどうして――」 「番号は調べた」 華は緋理の疑い声を短い言葉で切った。深く考えさせてはいけない。さっさとこちらのペースに乗せて、緋理を呼び出さなくては。 「俺達には今、一二三様がいない。過激派は何処に行っても除け者だ。黄泉の奴等も気が触れていて話が合わん」 だから集まっている、と続ける。誰が、どれだけ集まっているかは言わなかった。 スマートフォンからは緋理の浅い呼吸音だけが聞こえてくる。迷っているのか……。 喜平が目で華に、続けろと合図を送った。 「良かったら指定する倉庫に来てくれないか?」 「……あ、あのさ」 躊躇いがちな緋理の声にかぶさって、プと小さな音が聞こえたような気がした。それっきり、無音が続く。華は焦った。まさか切られてしまったのか。耳からスマートフォンを離して画面を確認すると、まだ通話中の表示が出ていた。 アイカがそばにやって来て、横から心配げにスマートフォンをのぞき込む。 今度は畝傍が、やはり目で華に続きを促した。 「……ん? なんか言いたげか? 何があった? 話だけでも、しに来い。協力できる事はするさ」 場所を伝えて緋理の反応を待つ。意外と早く返事があった。 「わかった。ちょっと待ってな。すぐ行くよ」 液晶に出た文字が通話終了に変わると同時にあちらこちらで安堵の声が漏れる。みな息を詰めていたらしい。 「じゃあ、あたしは位置につくっすよ。華さんはお疲れっす」 「おいおい。俺はまだ何もしてねぇよ。電話でおしゃべりしただけじゃねぇか」 ふと場の雰囲気が和んだ。 すかさず年長者の喜平が釘を刺す。 「気を緩めるのはまだ早いぜ。戦いはこれからだ。さあさあ、位置についた!」 「うー。待ってほしいのだ。あともう少しであの窓を塞げるのだ。あとちょっとだけ」 チコーリアは未練がましく残りひとつとなった天窓を見上げる。窓には半端に板が打ちつけられていた。 「チコ、もういいから。こっちへいらっしゃい」 ソラはチコーリアの腕を引いた。そのままふたりして右手の影の中へ消えていく。 畝傍が倉庫の扉を閉めると、倉庫の中を照らすのは天窓から落ちるひと柱の光だけになった。 緋理を迎えるため、華が扉の前に立つ。 アイカはスォウと並んで倉庫の一番端に持ち場を取ると、華の向こうにある大きな扉をにらんだ。 (家族と生きたいという気持ちが少しでも残ってるんなら……殺すために利用させてもらいますよ) アタシはアタシのすることにきちんと責任を持つ。緋理と藍理の姉妹の存在はこの世界の仇となる。そう判じた。卑怯と言われようが、使える手は使わせてもらう。だから謝らない。 それぞれがそれぞれの思いを胸に幻想纏いから己の獲物を呼び出して手にする。 ノックするような音がして、畝傍が持ち手を強く引いて扉を開いた。 ● 人影を認めた途端、華は黒い光に射抜かれた。 バレた? どうして? 華は驚きよりも疑問に目を大きく見開いた。するっと、膝から体が地面に崩れ落ちる。 「華くん!!」 畝傍が叫ぶ横を、鈍い紫の光を身にまとった女がセーラーの襟をなびかせて駆け抜けていく。 「ちぃぃ! 先手を取られたか!?」 いいながら喜平はもう走り出していた。 女――西口緋里が両刃の大剣を膝から崩れゆく華の頭上に振り下ろす。 喜平が華に体をぶつけるようにして横へ押し倒した。 勢いついた凶刃は止まらない。 あわや喜平の太ももが切り落とされる寸前、キンと高い音が鳴り、小さく火花が散った。 アイカがぎりぎり間に合っていた。魔力を秘めた鉄甲の下を喜平の足が抜けていく。 「姫華さん! いまっす!!」 畝傍が倉庫の扉を閉めると同時に、姫華が緋理の背後へ飛び降りた。 剣をアイカの鉄甲の上に置いたまま振りむいた緋理へ、落下のスピードを加えた渾身の一撃を与える。 「ぎぃ……!」 断ち切られた赤いスカーフが緋理の体を離れて薄闇の中へ飛び去る。セーラー服がはらりとはだけて白い肌が見えた。やや遅れて体にすっと、赤い筋が引かれ、血が噴き出した。 が、緋理が血をしたたらせたのは一瞬のことだった。 倉庫の中が明るければ、暗黒の死霊術によってぱっくりと開いた切り傷が瞬く間にふさがっていく様子が見て取れただろう。 緋理は転がるようにして天窓から差し込む弱い光の下へ逃げた。なんらかの考えがあって向かったわけではないようだ。受けたショックからまだ立ち直ってはいなのだろう。その証拠に、緋理は武器を構えようにも呆然として腕が上がらない様子だ。 そこへ畝傍が突撃を仕掛けた。 刀身にルーン文字を刻んだブレードが、緋理の体を覆っていた暗紫のオーラを粉々に砕く。 「ちくしょう! アークども、妹には、藍理には手を出させないよ!」 悲鳴とともに緋理の体から漆黒のオーラが迸り、弾丸となって四方へはじけ飛ぶ。闇より深き闇がリベリスタたちの体を突き抜けた。 すかさずソラが歌で仲間たちの傷を癒しにかかった。 僅かに遅れて風が緋理を中心に巻き起こる。 「喜平!」 「分かっているよ」 薄い光を落とす天窓に向かって緋理の体が昇っていく。 ソラに名を呼ばれたときにはもう、喜平は散弾銃の銃身を作りかけの遮蔽物に預け、鈍色の口を緋理へ向けていた。ゆっくりと引き金を絞ると同時に、短い発射音が倉庫内いっぱいに響いた。 背中をずたずたにされた緋理が、オルゴール上のバレリーナ人形よろしくクルクルと乱れ舞いながら落ちた。 チコーリアは掲げた杖の先に白金の魔法陣を纏わせた。魔法陣を徐々に絞り込み、小さな一点の光にまで圧縮する。 「かわいそうだけど倒すしかないのだ」 杖から魔法の矢が立ち上がった緋理へ向けて放たれた。 「まっすぐいって、ぶっとばす!」 もう剣を支えに立つだけで精一杯。動きを止めた緋理に向かって、青い衝撃波と化したスォウが突っ込んでいく。 緋理はなんとか剣を構えたがもう遅い。 その細い体のどこにそんな力があるのだろう。スォウの一撃は緋理の体を倉庫中央から扉付近まで吹っ飛ばした。 「あ…う……ぅうっ」 緋理は埃とオイルで汚れた床に顔をうつぶせたまま、右手を扉へ向かって伸ばした。血にまみれた指先が小刻みに震えて力が入らない。それでも懸命に肘を引き寄せ、前へ前へと進もうとした。 「どうしてアークだとわかった?」 華が扉の前に立ちはだかり、緋理の退路を断った。 「あ……あはは…は、は。そんなの……」 緋理は腕で目を覆い隠しながら、苦労して体を仰向けた。 「話だけでも、しに来い。協力できる事はする……? ずいぶん優しい裏野部ね。すくなくともあたしの回りには人を気遣うような奴はいなかった。強さこそがすべて。弱音を吐くやつなんて……弱音を吐くやつを叩かない裏野部なんて、ねぇ?」 「それならどうして来たのだ? アークだって分かっていたのにどうして来たのだ?」 チコーリアは心底不思議そうだった。分かっていたなら逃げればいいのに―― 畝傍がはっとした顔で叫んだ。 「しまった! 彼女はおとりです!」 藍里が逃げた。おそらくすべてを知った上で。 一瞬で状況を理解したリベリスタたち。中でもいち早く姫華が扉を開いて外へ飛び出した。チコーリア、スォウが後に続いて陰りを帯び始めた道を駆けていく。ソラと喜平、そして畝傍も倉庫を飛び出した。 「華さん、あとをお任せしてもいいっすか?」 華はアイカの言葉にうなずきだけで答えた。 「すまん。そっちは任せた」 アイカはポンと華の肩を叩くと、仲間たちの後を追った。 時間にしてわずか数分。仲間から支援を受けられず、神秘に疎い藍里ひとりではそう遠くへは逃げられないはずだ。すぐに見つかるだろう。しかし……。 フェーズ2が街中で暴れだせば大変な被害がでるに違いない。 「もしかして、あの時か……」 華は足元に倒れたまま動かない緋理に問いかけた。 会話の途中で聞こえた小さな音は、藍里が子機の通話ボタンを押した音だったのだ。 「あの時、テレパスで逃げろと藍里に言ったんだな?」 答えを待ったが返事はなかった。小さく胸のあたりが上下しているので、まだ死んではいないはずなのだが。 「親を殺した犯人は藍里だと分かっていたんだろ? ノーフェイスになったことも知っていたんだろ? いずれは自ら手にかけるつもりだったんだろ?」 それなのになぜ、と続けた。 両手で魔力剣の柄を握りしめ、下に向いた刃の先を薄い傷跡の残る緋理のみぞおちの上に置く。 もう返事は期待していなかった。 だが、突然、緋理の顔から腕が外された。涙が目に溜まっている。 「妹だから。藍華がノーフェイス化しちゃったのは……たぶんアタシのせい。分かんないけど……たぶん…アタシがパパとママの心をずっと独り占めしてた…から……」 華は剣を引いた。 長い間続きを待っていたが無駄だった。もう胸も上下していない。 「そうか。寂しかったんだな、藍里は……」 緋理の頭の横で膝を折ると、華は手で目蓋を伏せてやった。 ● 結局、藍里は逃げていなかった。 緋理が語って聞かせた話を信じなかったのだ。 「わたしが何をしたっていうのよ!? なんでわたしがあんたたちに殺されなきゃなんないわけ?」 蛇のごとくくねりながら迫ってくる黒髪をかわして、スォウが一気に階段を駆け上がる。 後ろへ流れた禍髪をチコーリアと喜平が打ち払い、開けた廊下を畝傍と姫華を走り抜けた。 「なんでこんなことになるのよ!」 「うん、どうして、こんなことに、なったんだろう、ね。自業自得? 因果応報?」 スォウの淡々とした返しに藍里が切れた。 ふざけんな、ふざけんな。きん、と鼓膜を破らんばかりに響く高い声。恨みごとに黒く塗りつぶされた心が発した声がリベリスタたちを呪いで縛り上げる。 畝傍と姫華の間にわずかに見えるだけの藍里を、喜平が遠くから狙い打つ。 ぎゃっ、と声が上がって藍里が倒れた。 「いまのうちに!」 ソラが天使の歌で仲間を支援する。 スォウが藍里の肩へ斧を振り下ろした。と、斧から手を離して後ろへ下がる。そのまま畝傍と姫華の間を抜けて階段を下りはじめた。 「えっ?」 「どちらへ?」 肉体を入れ替えられたスォウが、肩口を手で押さえ、痛みをこらえながら叫ぶ。 「私、今、身体が違う! 肉、付いていて、嬉しいけど、気をつけて!」 スォウの体をのっとった藍里は、階段を上がろうとしていた喜平を突き飛ばし、一緒に転がり落ちた。 喜平の胸に馬乗りし、拳で顔面を叩く。 「お、おいっ!?」 「喜平のおじさん違うのだ! それはスォウおねえちゃんと違うのだ!」 藍里は立ち上がると、廊下の先にいたチコーリアを蹴り飛ばして玄関へ向かった。 「まずい!」 倒れた姿勢のまま、喜平が膝の裏を狙って撃つが狙いが定まらずに外してしまった。 あとわずか。 藍里の手がノブに手が届くというところで突然ドアが開かれた。 あれと思う間もなく、藍里はアイカに階段まで吹っ飛ばされた。 「し、しんじらんない!? この体は仲間のでしょ?」 腹を抑えた手の下から真っ赤な血がどくどくとにじみ出てくる。 「確かにそうですが……」と階段の上から畝傍がアクセルクラッシュを撃ち込む。 藍里、いや、スォウの腰に腕を回して支えた姫華が言葉を継いだ。 「私たち、そうなる覚悟はできていましたの」 藍華はひゅっと息を吸い込んだ。ずるずると身体が崩れ落ちる。 「だけど、やっぱり、返して。あなたも、嫌でしょ? 他人の体の中で、死ぬなんて」 スォウが上から藍里の顔をのぞき込む。 その瞳から光が失われる寸前に魂は交換された。 スォウをすくうべくソラが歌う。 後ろでは嫌な役回りを進んで引き受けた畝傍が、魂の抜けた肉体にトドメを刺していた。 「あの世が、あるなら。そこなら、敵も、味方も、なくて。仲良し、姉妹で、いられるのかな?」 スォウがうっすらと目を開いた。 「さあ、な」と喜平が安堵の息を漏らす。 「なんだか空しい結末っすね」 アイカは亡骸に手を合わせた。 スォウの傷を癒しながら、ソラは心の中で双子の姉妹に別れを告げる。 (死後の世界、なんていうものが本当にあるのなら……あっちでは家族仲良くやれるといいわね) |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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