●少女、幕張リョーコ。彫師、ボフマン。 「すみません、トキシマという男の人をご存じありませんか?」 その少女は見るからに日本人だった。 日本なまりのたどたどしい中国語を喋り、清潔で縫合の丁寧な服を着ている。 そのうえ、まだ幼くはあるが、将来を期待できるだけの容貌だった。 こんないいとこのお嬢さんが上海観光に来る。まあ分かる話だ。 特に像園(ユイアン)は煌びやかな中国建築が立ち並び、世界中から観光客が押し寄せる。 あの浮ついた空気にあてられては、年頃のお嬢さんがうっかり一人旅などしてしまうのも無理からんことだろう。 だがここはどうだ。 ユイアンから少し離れた旧スラム街。その中でも黒社会(ヘイシャーホェイ)の息がたっぷりかかった悪臭と汚物のたまり場のような場所に、こんな真っ白ワンピースの少女がフラフラやってくるというのは? 「名前はころころ変わります。顔もすぐ変えて、格好も定まっていません。あっ、えっと、それじゃあ分かりませんよね。煙草を……そう、セブンスターを吸うんです。とても強い煙草で」 しかもものを尋ねる相手が俺のようなタトゥーショップの彫師ときた。 まるで狼の群れに兎がスキップしながら飛び込んできたかのような有様だ。 なにやら人捜しをしているらしいが、全く要領を得ない。 「……わかりませんか?」 「ケッ。んなこと言われてもな」 仕事の邪魔だと追い返そうとする俺の頭にある閃きが生まれた。 「……と思ったが、思い当たる奴が居るぜ」 「本当ですか!」 少女は目をらんらんに光らせて、つま先立ちで笑った。 馬鹿な正直者だ。 「そんなに曖昧なら、直接会わなきゃわからんだろ。来な、案内してやるよ」 俺は手短かに『旦那』へ電話を入れてから、少女を案内してやることにした。 「ここに、いるんですか?」 少女は不安げな顔であたりを見回していた。 当然だ。ここは吹きだまりも吹きだまり。観光地化を推し進めた上海に残された純粋なスラム街なのだ。 日本のおきれいな社会じゃまずかぐことの無い悪臭と、空き缶を掲げて路上に座り込む物乞いの集団。普段は観光地の端っこに座り込み、わざと折った足や乳飲み子を見せつけて裕福な観光客から小銭をせびるのが日課だが、それが一箇所に固まるととんでもない光景になる。画に描いたような貧困街だ。 だが目的地はここじゃない。 もっと先の、もっと奥だ。 ここの貧民を束ね、その上にいる中流階級を支配し、富裕層の一部を手なずけるマフィアの巣窟が、そこにはある。 まるで表の人間たちを腐臭の幕で遠ざけるかのようにだ。 「……うわ」 少女があっけにとられた声を出した。 それもまた当然だ。 貧困街を抜けたらすぐに、異常なまでにきらびやかな伝統建築が出迎えるのだから。 門には『白華会』とある。 この文字を見て恐怖を感じない者は、唯一この少女だけだ。 ものをしらぬウサギだけ。 門番に話をつけ、中へと入る。 「お、旦那!」 なんということだ。今日の俺はツイている。 使いっ走りが出てくるかと思いきや、なんと白華会が頭チェン・イーツァンが直々に出迎えてくれたのだ。 「彫師のボフマンじゃねえか。うちの若いもんが世話になってるらしいな。礼を言うぜ」 「めっそうもねえことで」 「頭を下げんなって。いつも使いっ走りをよこして、俺も悪いと思ってんのさ。今日はその辺もかねて直接な」 チェンの旦那はシルバーのミラーサングラスをぎらりと光らせて言った。 周りの白服連中は微動だにしない。 その一方で、少女は連中を見てあからさまに動揺していた。 やっと自分の立場が分かったらしい。 「で、その娘が例の?」 「へえ。このレベルはそう見ないもんですから、お一つどうかと」 「テメェもワルい奴だな。――オイ」 チェンの旦那が近くの男に声をかけると、そいつは俺のところへ寄ってきて分厚い封筒を手渡してきた。 中を開いてみれば、けっこうな額の札束が入っていた。 と同時に、足音もたてずに素早く歩いた白服たちが少女の両腕をがっしりと拘束した。そのまま手錠をはめ、部屋の奥へと引きずっていく。 「え、なに!? どういうこと、なんですか!? おじさん、おじさん……!」 悲鳴のように叫ぶ少女の声は、もう俺の耳には入っていない。通り抜けていく。 チェンの旦那がニヤリと笑った。 「観光客の娘を案内するフリをして俺のとこまで売りつけに来る。とんだタマだなあボフマン。だが俺が一番目をつけてんのはな」 ぐ、っとチェンは身を乗り出した。 「お前がこうして、俺に近づくチャンスを淡々と狙っていたことだ」 「へえ。チェンの旦那をお近づきになれりゃあ恐いもんなしですから!」 「本当にそうか?」 キン、と場の空気が凍った。 見れば、天井に巨大な玄武が顕現していた。 「梁山泊のお師匠さんたちは、お前の潜入術をえらく買ったらしいな。俺もお前みたいな人材が欲しいもんだぜ。なあ?」 「チェン……謀ったか!」 こうなれば仕方ない。 俺は懐から短刀を引き抜き、チェンめがけて突撃した。 が、遅い。俺の身体はどっぷりと水につかったかのように停滞し、足取りすらままならなかった。 周囲から白服たちが飛びかかってくる。 俺の意識がもったのは……そこまでだ。 このイメージを読んでいる誰か。 どうか、俺の無念を晴らして欲しい。 梁山泊へ。 梁山泊へ伝えてくれ。 ●『白華会』チェン・イーツァン 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はそれまでの顛末をリベリスタたちに事細かに伝え、ひとつの区切りをおいた。 「以上が、梁山泊から受け取った資料だ。海の向こうのことだから万華鏡が届かないが、十分な資料だ。殴り込みには、十分だ。そうだよな?」 アークがバロックナイツを下した精鋭集団だという噂は世界を駆けている。当然中国のリベリスタ組織『梁山泊』もその噂を聞き、是非力を貸して欲しいと依頼してきたのだ。 その依頼内容が、こうである。 「上海マフィア白華会にとらわれた少女の救出……だそうだ」 なんとも不気味な話である。 まさかその、もの知らぬ観光客少女が重要な鍵を握っているわけではあるまい。 「本当のトコは、アークの力を借りて白華会にワンパン食らわせたいんだろうな。中国マフィアってのは社会そのものに根を張ってる組織だ。力で潰そうとすれば社会そのものに潰される。社会的な影響の薄い、海外の巨大組織を利用しようってのは道理にかなってるぜ。言っちゃ悪いが、俺だってそうする。しかも依頼の内容が『可哀想な女の子を救い出せ』だもんな。そりゃ俺たちが燃えないわけがないぜ」 つまり、あくまで梁山泊が求めているのは『可哀想な日本人を保護して欲しい』であって、その過程もしくは延長上にあるものはアークの判断で行なわれたものである、と主張するための手というわけである。回りくどいが、重要なことだ。 「クラスの高いフィクサードが仕切ってる組織だ。当然、『壊滅させる』だけのパワーは俺たちには無い。それによって社会ごとぶっ壊れるかもしれないし、コストやリスクが計り知れない。だが打撃を与えるのは可能だ。どういう打撃を、どこに、いつ、どうやって与えるか。それが重要だ」 こっそり忍び込んで最低限の敵だけ倒して少女を救出。というのもアリだ。 正面から強行突破してボスを殴り倒してついでに少女を救出。それもアリだろう。 いっそ正式に交渉を申し出て、正当な利益を交換することで少女をこちらに引き渡して貰うというのも、アリだ。 「やり方は任されてる。つまり俺たちの自由ってわけだ。自由……いい響きだろ。実に俺たちらしい」 そう言って、伸暁はあなたに資料一式を投げ渡した。 「バトンは渡したぜ。次はお前が走る番だ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月26日(土)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●チェン・イーツァンと白華会 白華会アジトは安全な居住を主としているぶん、当然居間は存在する。が、日本家屋における居間と比べていささか広い。直観的には、客室や大広間が近い。 人の命を『最初から数えていない』ほど頻繁に生まれては消えていく街で安心してくつろぐ場所があるとすれば何重にも防御を敷いた屋内しかありえないからだ。特にエリューションに関わる人間たちならば尚のことだ。 今日も白華会は長、チェン・イーツァンは居間の中央でつかの間の平穏もどきを満喫していた、のだが。 「チェン様、貧民街に見慣れない者がいます」 「……またかよ馬鹿畜生」 スキンヘッドの巨漢が部屋に入ってきたことで、平穏もどきは終わった。ほんの一時間二十分である。 「今度はなんだ。勘違い観光客か、カストリ記者か、それともどっかの鉄砲玉か」 「わかりません。全員貧民に紛れる服を着ています。一人は一般人から気配を消し、一人は腕を骨折している風ですが、身こなしにブレがない。恐らくE能力者です」 「数は」 「七……いえ、八です。先程、門の近くで合流しました」 部屋の外。それももっと外に視線を向けて語る巨漢。 彼の名は聶(ニィエ)。千里眼と瞬間記憶を持つ男であり、白華会とその周辺の動きに文字通り目を光らせ続けている男である。 「お前が見慣れないっつーんならそうなんだろう。国籍は」 「まちまちです。顔つきからして日本人が多いようですが」 「そうか」 チェンはリクライニングチェアを倒して寝そべると、一秒ほどものを考えた。 「襲撃のつもりかよ馬鹿畜生めが。心当たりは死ぬほどあるが、相手の素性が分からんと対応のしようがねえやな。シンとジンに様子見をさせろ」 「その間は?」 「決まってんだろうがよ馬鹿畜生」 足を組む。 「誰かが一発でも殴られたら全員殺せ」 「わかり……ん?」 きびすを返したニィエが顔をしかめた。 「どうした、若い連中がもうヤっちまったか?」 「いいえ」 一呼吸を置き、ニィエは重い口調でこう述べた。 「門番係が二秒で全滅しました」 ●襲撃 時刻はほぼ同じ。白華会の門前である。 汚らしい格好をした女を追い返そうとした門番が、一瞬で意識を奪われ、二秒たった頃には首が身体から取り外されていた。 「弱すぎる。全然楽しめない、ね」 指へボビンのように気糸をまき付け、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)はため息のように言った。 「マフィアゆーても、立地からして行き場の無い貧民が大半や。門番レベルはこんなもんやろ」 手袋をはめた指をごきごきと慣らす『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)。 門番の一人はこの二人によって瞬殺された。 ちょうど彼と女の好みについて話していたもう一人の構成員は、今し方身体を三枚におろされて地面に転がっている。 剣を抜いて戦闘態勢に入っている『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)と『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)の姿を見れば、何が起こったか想像がつきそうなものだ。 「今日は紅椿組の中国進出でしたっけ」 「ちゃうからな!?」 「人買いに出された日本人少女の救出です。梁山泊の依頼内容はそこまでですし、それ以上は求めていませんよ」 「私はどっちも気にくわないがな。まあ例の少女は被害者で部外者だ」 回転式自動拳銃のセーフティーを解除する『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)。 「……あ」 と、そこで天乃が顔を上げた。 「すごく、見られてる。殺意みたいなものを、ぴりぴり感じる」 「接近がバレたか? 物音はたいしてたててない筈だが」 火縄銃に火薬をつめる『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)。 「向こうにも千里眼持ちがいるってことだろ。はなから戦うつもりなんだし、俺様は平気だぜ」 小銃をフルオートに切り替えて腰に構える『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)。 そんな様子を一通り見てから、『足らずの』晦 烏(BNE002858)は切詰散弾銃を肩に担いで……。 「ヤクザのカチコミで間違いないんじゃないのかね、この有様は」 吸っていた煙草を地面に捨て、片足で門を蹴り開けた。 白華会は決して少なくない人員を抱えるマフィア組織である。 しかしその大半は周辺の貧民街からのごろつきで構成され、長のチェンも元は貧民の生まれだという。 ということもあってか、末端構成員の練度は非常に低い。エリューション能力者もさほど多くは無い。トップの戦闘能力が非常に高いことからも、その度合いは窺える。エリューション戦になればチェンが出張る機会が極端に増えるということなのだ。日本は千葉の九美上興和会と比較すると、その違いは明らかである。 しかしここはいわゆる前哨戦。 「邪魔だ」 門を開いてすぐ、杏樹は銃を連射した。水平に空を薙ぐような動きで若者たちにインドラの矢を浴びせたのだ。 開幕にこの威力である。そこへ加え、木蓮と龍治がゆっくり前進しながら小銃と火縄銃を連射(火縄銃が連射されるという異常事態である)。 視界が開けたらすぐに左右に射線を開いて連射を継続。豪奢な作りの白華会本部棟はたちまち血と硝煙に包まれた。 こうして、建物の二階までやってきたところで……。 「ただのゴロツキじゃねえ。弱い奴らは下がってろ、俺がやる!」 常人の二倍はあろうかという太った男、富(フー)が飛び出してきた。龍治たちの銃撃を中華鍋を巨大化させたような盾で弾くと、そのまま巨体を活かして突撃をかけてくる。 「どーもセイギノミカタでーす。斬られたくないなら邪魔しないでください」 その盾が、真っ二つに切断された。 黒々した鍋の底を割って現われたのは、青い髪に長い剣のリンシードである。 彼女の突き技がフーの肩に直撃。盛大に転倒したフーは逃げ出そうとしたばかりの若者たちをなぎ倒す形で転がった。彼の巨体に押しつぶされる若者たち。 烏は素早く若者の襟首をひっつかむと、散弾銃の銃口を頭に当てて言った。 「今からあんたに紳士的な介抱をしようと思うんだが、あんたはそんな善意に応えておじさんたちを案内してくれる気になったりせんかね」 「わ、わかった。案内する……どこに行けばいい」 「日本人の女の子があんたらに買われた筈だ。その子はどこにいる?」 「日本人ン? そんなもんオラぁ知らねえよ! 娼婦の仕込みならあっちでやってる! そこの青い扉の先だ! だから離してくれよ、あんたらに味方したなんて思われたら殺される!」 「ほいご苦労さん」 男を放り捨てると、烏は天乃へアイコンタクトを送った。 つい今し方フーにトドメをさしたところである。タフなフェイトを持っているのだろうか。恐らく死んではいない。 天乃はこくんと頷くと、とてつもない速さで疾走し、青い扉を切断、通過、その奥で粗末なベッドに押しつけられていた少女を目視した後、馬乗りになっていた男の首に気糸を巻き付け、締め、天井の照明傘にひっかけ、吊るし、絶命させた。 この間、実に一秒未満である。 「テメェら一体なんのつも――」 銃を手に取ろうとした別の男がいたが、その喉元にリセリアの剣がつきつけられた。 両手をあげ、銃を手から落とす。 「そのまま」 「わ、わかった」 リセリアは後から部屋に入ってきた椿に目配せをして、再び室内を観察、警戒した。異常なレベルで観察したがために知りたくもない事実をいくつか知ってしまったが、それらは頭から閉め出した。 ベッドにだらんと寝転んだ少女を抱き起こす椿。少女はとろんとした目つきのままぼうっとしていた。 「大丈夫か? おい、変なこととかされなかったか?」 木蓮が彼女の頬をぺちぺちと叩くが、特に反応は無い。 「アルコールの静脈注射でもされたんやろ。みたとこ大して傷は無い。パニック起こさんだけ都合もええ。ちゅうことで、ちゃっちゃと引き上げるで」 リセリアたちに保護されながらも部屋から出る椿。 だが、すぐにその足は止まった。 「いらっしゃいませ。ご注文はなんにしますかァ?」 木製の粗末な椅子に腰掛け、白服にシルバーのミラーグラスをした男――チェンが待ち構えていたからだ。 その両サイドには髪をオールバックにしたチャイナ服の女が二人。顔つきが酷似していることから二卵性の双子と思われる。 チェンは組んだ指に顎を乗せると、にやりと笑った。 「アークの皆様には、『皆殺しセット』がお勧めですがァ?」 ●交渉 素早く銃を構える龍治と木蓮。 彼らの銃口は壁をまるごと透過して現われたつば広帽子の男の、それも額に押しつけられた。が、同時に彼の二丁拳銃が木蓮と龍治の額にぴったりと向けられた。 膠着状態。それはリセリアやリンシードも同じである。 青竜刀を両手に四本ずつ持った非常識な長髪男と長刀を構えたボブカットの女性にそれぞれ拮抗状態を作られていた。 天乃、杏樹、そして烏はフリーといえばフリーだが、敵から少女を守る役目がある。 それと、交渉もだ。 「烏さん、もしかして読まれたんか」 「リーディングがオンラインになったのは確認したが、即座にジャミングしたからそれはないな」 「私、だよ。私が読まれた」 いつでも相手を細切れにできるように構えつつ、天乃は小さく呟いた。まあ、誰がどう読まれても同じことである。 青竜刀男と剣を付き合わせつつ、リセリアはチェンのほうを見た。 流暢な中国語で述べる。 「こちらの考えを読んだなら分かるはずです。私たちの目的はこの少女の救出にありますし、白華会に興味はありません。白華会にこれ以上の被害を出すほどの価値が、この子ひとりにありますか?」 「テメェの事情なんぞ知らねえよ馬鹿畜生」 チェンは座ったままである。 懐から出した煙草に火をつける烏。 「まあそういうな。人買いに浚われた娘を助けたって形を、落としどころにしようや」 「もしくは鼠に噛まれたと思って目を瞑るのが、お互い損にならないと思うんだが」 いつでも銃を撃てるように構える杏樹。 「馬鹿畜生めが」 対してチェンは、穴あき手袋をゆっくりと嵌めながら言った。 「正直、そのガキがどうなろうが知らん。俺にとってみれば、喋って動く札束みたいなもんだ。つまりだ」 手袋をはめきったあと、ミラーグラスを外した。 眼球はない。 代わりにロボットのようなモノアイが存在していた。 「テメェはうちの門番をくびり殺し、若い連中を挽きつぶし、キレーな建物に弾痕山ほど刻みつけ、俺らの家に乗り込んだあげく札束ひとつ掴んで無事に帰ろうとしていやがる。そいつを許したとあっちゃあ、白華会のメンツが丸つぶれになるんだよ。せめて一人か二人は死んでもらわんとな」 「やりあうつもりか? アークと?」 見た目には分からないだろうが、今杏樹や天乃たちは『戦闘していない』わけではない。じっと集中し、即殺の準備を着々と整えているのだ。 当然相手も同じである。 「『白華会に喧嘩を売ったら死ぬ目に遭うぞ』と言ってんだよ馬鹿畜生。小銭一つだろうが無事に取らせやしねえさ、なあ――!?」 途端、頭上に巨大な朱雀のホログラムが発生。場を一瞬にして火の海に変えた。 即座に少女をかばう椿。 「撤退――!」 そうとだけ言うと、椿は窓へとダッシュ。少女を庇いながら窓を突き破り、外のゴミ捨て場へと落下した。 木蓮と龍治も同じく窓からダイブ。リンシードは一瞬だけ迷ったがすぐに木蓮たちのあとを追ってダイブ。 が、撤退しなかった者も居る。 「やっと楽しめる、ね――!」 天乃である。 思わず声がうわずった。 なぜなら、彼女はとてつもない精度で気糸を繰り出し、チェンの首を取りに行ったからだ。 相当な手練れであってもかわすことは難しい。不可能といっていい。 しかもだ。 そこにリセリアも加わっていた。 彼女は溜めに溜めた突きをチェンめがけて放ったのだ。 だがそんな二人をもってしても、首をとることはできなかった。 横に控えていたチャイナ服の女が同時に割り込み、彼を庇ったからだ。 一人を瞬間的に拘束して身体をめちゃくちゃに引き裂き、もう一人の腹を剣で貫く。 牽制射撃をしながら逃げようとしていた杏樹はその姿を見て、単純に『しまった』と思った。 なぜならば、交渉中に集中を重ねていたのが天乃やリセリア、チェンたちだけでなく、この場にいる全員であるからだ。 青竜刀の男が、つば広帽の銃士が、長刀の女が、それぞれ一斉に襲いかかってくる。 奥歯を噛みしめ、杏樹はめいっぱいにインドラの矢を乱射した。 時間がどこまでもスローモーションに引き延ばされる。 これから苦痛が始まる前兆だ。 ●翌朝 保護対象の少女は身体を一旦落ち着かせてから、無事日本に送り届けられた。 その直後。まるで機会をうかがっていたかのように、椿たちの元に手紙が届いたのだった。 上海から『はてしなく』離れた香港の高級ホテルに、わざわざボーイの手によってである。 それを見た椿たちは急いでホテルを飛び出し、地下駐車場へと向かった。 黒塗りのワゴン車(丁寧なことに日本車である)に張り付く木蓮。そしてゾッとした。 車の中には、手足を拘束し猿ぐつわを噛ませた天乃、リセリア、杏樹の姿があったからだ。 気を失っている様子である。よほど酷い仕打ちをうけたのか、表情は苦しげだった。 「く、くそ……!」 扉を何度も引っ張っては叩く木蓮。 「どいてろ」 龍治が運転席に回って窓を破壊。車内のロックを解除する。 「なるほど、なるほどなあ……被害や利益よりメンツをとったってわけや……」 開いた車から彼女たちを引っ張り出しつつ、椿は苦々しい声で言った。 全身にある切り傷や銃弾の傷をぬぐってやりつつである。 あの状況で彼らが行なったのは、極端に言えば戦闘ではない。 最後らへんに残るであろう2~3人だけを集中的に殴りつけ、『目にものを見せる』のが目的だったのだ。 その証拠に、こんなものがあった。 「ほー……」 リンシードが天乃の胸元にひっかかったメッセージカードを抜き取る。 開いてみると、乾いた血液で『今度喧嘩を売ったら最低一人は死んで貰う』といった旨のことが、達筆な中国語で書かれていた。 だが疑問もある。 ここまで自由を奪うことができていながら、なぜ『一人も殺さなかったのか』だ。 「…………」 烏は運転席の足下に、プリペイド式と思われるの限定型携帯電話があるのを発見した。 手に取った直後、それが鳴る。 通話ボタンを押そう……として、椿にそれを手渡した。 「なんやのん?」 「おじさんの勘だが、多分これ『あいつ』だね」 「……」 電話に出てみる。 すると、露骨にボイスチェンジャーを通した声が聞こえてきた。 「『バランスをとらせて貰ったぜ。白華会を潰されちゃかなわんからな』」 「……」 「『マフィアのアジトに殴り込みかけたんだ。重傷人が三人くらい出た程度は最初から覚悟してたろ? だから、へんに恨みを持たんでくれよな。連中も連中なりの立場を守っただけなんだしよ』」 「なあ、あんた」 受話器に向けて、椿は言った。 日本語で。 「自分の責任、わかっとるんやろ?」 「……」 「なあ?」 「俺はあんたらとの約束を守ってるだけだ。へんな言いがかりつけんじゃねえや」 それきり、通話は途切れた。 どころか電話機が突然スパークを起こし、故障したのだった。 「……そうかい」 椿は壊れた電話機を烏に返すと、ホテルの部屋へと戻っていった。 その背中を見送って、烏は。 黙って、煙草の火をつけた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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