●み・つ・け・て・ほ・し・い 男は、何度でもあの時の昂ぶり、ちりちりと頬を焦がすような熱気、敵対者たちが向ける心地よい殺意を反芻しては、ぶるぶると身を震わせ。 情動のままに、トリガーを一度、二度、三度、引き絞る。赤い花が、ぱっ、と美しく咲き乱れ。そのたび、男は歯を食い縛り、がくがくと激しく身体を揺らしながら、耐える。 「あ、あああ……い、いけねえ。メインディッシュの前に、イッちまいそうだったぜ、マジに。ああ……」 長髪をうっとおしそうにかき上げながら、男は、再び銃を構え、眼下の人だかりを見つめる。 どくどくと血流を流す女性。足を撃ち抜かれて身動きの取れない老人。頭部の半分が無くなった子供。慌てふためき、逃げ出す人々。 男は、何度でも、反芻する。トリガーを引き絞っては、絶頂に耐え。赤い花を咲き誇らせては、反芻する。 「あ、あ、ああ。まだか? まだなのか……? オイオイ、は、はやくしてくれよ……マジに、もう、限界なんだからさ……」 きょろきょろと、定まらぬ視線をあちらこちらへと投げ、何かを探す。 いや。探しているのではない。 彼が、探させているのだ。 「それじゃ、もったいねえんだよ。なあ。アークのうさぎちゃんよ……観てる? 観てるだろ? 観てねえのか? なあ、マジに頼むぜ。見つけてくれよ、俺を。でないと、俺ァ……あっ、あっあっ」 がくがくと。銃を抱くようにかかえ、しきりに摺り寄せながら、男は悶える。 「あっ、あっ。はっ、ははは、はやく……早く俺を、見つけて。見つけて」 ぱっ、ぱっぱっ。音も無く、赤い花が咲いては、散っていく。 「早く、俺を、殺してくれよ。なあ……頼むぜ、マジに」 ●マッド・スナイパー 「とあるフィクサードの凶行を、止めて欲しい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ブリーフィングルームへと姿を見せるなり、仏頂面でそう言った。何か、不愉快なものでも見た、といった風情だ。 早速モニタを起動し、映像を映し出す……と。 画面いっぱいに現れたのは、こちらを覗きこむような、男の顔のどアップだった。 面食らうリベリスタたちをよそに、イヴは説明を始める。 「先日の、四国での動乱。裏野部一二三の率いた賊軍、彼らの行動は、みんなに阻止されたけれど。彼は、その残党の一人」 飛び出したその名に、リベリスタたちの顔が引き締まる。未だ記憶に新しい、四国全土を巻き込んだ、暴虐の計画。 男は、以前はかの賊軍の中に身を置き、それに加担していたらしい。 「蛯沢青斗(えびさわ あおと)、28歳。スナイパーとして裏野部で活動していたフィクサード。四国では賊軍の一人として参加して、アークのリベリスタも何人か、彼の狙撃によって命を落としてる」 確かに、映像の中の彼は、ライフル状の銃器……アーティファクトであろうそれを抱えて、何やらぶるぶると身を揺すっている。 彼がどうやってあの動乱の中を生き延びたかは、定かではない。そのことは、さして重要でもなかった。 問題は、彼が引き起こそうとしている、その凶行だ。 「彼はいわゆる、戦闘狂。彼の経験した戦いの中でも、特に激しかった、あの四国での一件が忘れられなくて。あえて事件を起こして、アークを挑発して……その戦いの中で死んでいくのが、彼の望み、らしいわ」 イヴは、詰まらなさそうに言う。目的を知れど、到底理解はできない、といったところだろう。 男にとっては、たわむれに巻き起こす殺戮など、他愛の無い手段に過ぎないのだ。最も自分が輝きを放つ瞬間の只中で、彼は永遠となる。それこそを望んでいるのだ。 当然、そんな事情は、リベリスタたちにとって知るところではないだろう。仮に男の望みどおりの結果になったとて、彼を止めなければならないことに変わりは無い。 が。イヴが次に映し出した映像に、思わず息を呑む。 「……休日の、ショッピングセンター。彼は、この中のどこかに潜んでる」 とある街中にある、巨大な複合商業施設。横長に1kmはある敷地、3階建ての構造物の中に詰め込まれた、多種多様な店舗の数々。行きかうおびただしい数の人々を、頭上を覆うアーチ状のガラス屋根から差し込む陽光が、明るく照らしている。 「彼はスナイパー、身を潜めるのは得意でしょうね。そして、今から数時間後、彼は無差別に客を狙撃し始めるつもり。そして……私の見た未来では、彼は実際に、多くの人を手にかけていた。そうすることで……万華鏡に、アークに自分の存在を察知させるために」 必ずしも見つかる、と確信しての行動では無いかもしれない。フォーチュナとて万能ではないことは、彼も先刻承知のことだろう。 ともかく変えがたいのは、彼がもうすぐ、人でごったがえすショッピングセンターで、無差別な銃撃を始めるという事実だ。 「何なら、彼の望みを叶えてあげてもいい。彼が喜ぼうが悲しもうが、アークは関知しないもの。とにかく……発見が遅れれば遅れるほど、犠牲者は増えるわ。出来るだけ急いで、彼を止めてきて」 ぶっきらぼうに言い、イヴは、リベリスタたちを送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月21日(月)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●開戦 到着したリベリスタたちを出迎える、人、人、人。休日のショッピングセンターへ出かけるというのは、まさに、絶え間なく行きかうその人波の中へと溶け合い、一部になるということらしい。 「賊軍のカス……ってーか、クズってーか。何にしろ迷惑な話だ。とっとと駆除するべきだな」 『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は、くん、と少し鼻を鳴らしつつ、唾棄すべきフィクサードの行いをそう断ずる。特筆すべきは、まるで猟犬のごときその嗅覚。カルラは匂いをたどることで、標的へと至る腹積もりだ……彼としては、あまり嗅ぎたくもない匂いではあったが。 吐き捨てるようなカルラの言葉に、小さく頷きながら。『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は、常から纏う柔らかな空気にはいささか似合わない嫌悪感を、少しばかり表情ににじませながら、眉をひそめる。 (これは、きっと。同属嫌悪……なんだろうな) そんな風に、考えている。理想の死に場を求めてやまないという、フィクサードのはた迷惑なエゴイズム。それは、自ら生きる場所のため、不都合を切り捨てることを厭わないアークやリベリスタ、ひいてはそこに迎合している自分自身と、どれほどの違いがあるのだろうか、と。 カルラの、迷い無く強い意志を眩しく思い、揺れながら。彼は、遠きを見通す視線で、その答えの一端を探し始める。 託された任務を前に、繊細さに迷う者もあれば、ぶれない強さを持つ者もいる。『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE00336)は、どうやら、後者だ。 「戦いを望むのなら、三高平にでも直接乗り込んで来れば良いものを。さすれば戦えよう、さすれば死ねよう」 彼の論理はシンプルで、それゆえに、強いのだ。 「蛯沢青斗。貴様の輝きは、濁っている。濁った輝きだ……早急に滅ぶがいい」 彼らは、人波の只中へと踏み込んでいく。 リベリスタたちは、二手に別れて標的を追い詰める作戦を、事前のミーティングで決めていた。 『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)を含む四名は、もう一斑の反対側から施設へと入り、先行して三階へと上がる。 「気持ち悪い奴」 話に聞いた敵について、エレオノーラが最初に述べた感想が、それだった。 彼の目の前で、今、赤い花が咲き乱れていく。フィクサードの最後を飾る凶行が幕を上げたらしく、あちらこちらで光が瞬いた、と思った瞬間、親子連れの家族のうち、父親と娘が光弾に貫かれ、どっと倒れこみ。床のタイルに、赤黒い池を二つ作り出す。 悲鳴と、唐突な恐怖に伴う狂乱が、あたりへと広がっていく。 エレオノーラは、事切れた家族にすがりつき、半狂乱の叫びを上げる母親の近くへ駆け寄ると、素早く周囲を見回す。相手の武器は、反射、であるらしい。そこかしこの店の中に散見される、鏡を探す。 「……スナイパーは見つけ次第殺すのが、戦場の常よ。すぐに探し出して、あなたの全てを……嘘にしてあげる」 「ああ、そうしよう」 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は、神経を研ぎ澄ませ、注力する。発砲音。ぶつくさとつぶやく独り言。身を揺らす衣擦れの音すら、聞き逃さんとする。 彼とて、戦いのさなか、高揚を覚えることもままある。が、標的である件のフィクサードの変質的な嗜好や、その目的となれば、埒外もいいところだ。 つまるところ。一介の狩人たる龍治には、獲物のつまらぬ望みなど、 「……俺の、知ったことではない。さあ。狩りを始めよう」 放たれた猟犬たちは、標的を追い詰めるべく、行動を開始する。 ●忍耐の男 「おほ♪ 来た来た、うさぎちゃん、マジに見つけてくれたんだなぁ」 蛯沢青斗。元裏野部のフィクサード。スナイパー。語るべきところはいくつかありはすれど、つまりは、変質的な戦闘狂といったところだ。身を焦がすような戦いの空気に浸っていることが、彼にとって何よりの快楽であり、時に絶頂へも彼を押し上げるのだ。 アーティファクトである狙撃銃、その上部に据えられたスコープの中では、仮面をかぶった奇抜な扮装の人物が、何やら手を振ったり、尻を叩いたりしている。どうやら、こちらを挑発しているようだ。 蛯沢には、それが『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)であることを知るよしも無いが、彼の誘いに乗り、思惑通りに事が運んでいることは分かる。 「くくくっ、面白えなあ、マジに。撃って欲しいか? 撃って欲しいのか? あ?」 だが、未だ、射程外。 「まだだ、まだもったいねえんだ。もっと、もっと昂ぶって、盛り上がってよ、そんで、その、その瞬間に、おっおっ、俺を……俺をっ、ひっ、ひひひひひっ」 がくがく。がく、と。男は、歯を食い縛り、目尻に雫すら浮かべながら身を揺すり、耐える。 ●獲物たち ぱ、ぱっ。赤い飛沫が、二つ、目の前で広がり。 「まったく、無差別殺戮なんて、作法がなってない!」 吹き抜けの両脇に連なる通路。ぴちゃり、床へ染みた鮮血を踏み越えながら、どこか楽しげに言ったのは、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)だ。 彼は語る。殺人とは、実に崇高な哲学なのだと。それ故、そこには完成された作法が必要なのだと。 「殺人に快感を覚えるなんて、そんな変態は、早く殺さないとね!」 「そ、そうですね……?」 携えた禍々しい造形のハサミをぎしりと鳴らし、独自の視点を披露する葬識に、離宮院 三郎太(BNE003381)は少し困った笑みを浮かべつつも。周囲の広範囲へ結界を展開し、内部へ新たな一般人が入り込むのを阻む。 彼は探索には直接携わらず、行動を共にする仲間たちの援護に徹する構えだ。結界は、そんな中でまず功を奏したようで、周辺を満たしていたパニックは、いくらか収まりを見せていた。 が、そこへ。 「っあう!?」 ぱっ、と、強い光が三郎太の周囲で数度、瞬いたかと思うと。次の瞬間、彼は後ろから左肩を貫かれ、仰向けにどっと倒れこむ。 「三郎太ちゃん、大丈夫!?」 「……っ、だいじょうぶ、です……から!」 助け起こそうと駆け寄りかけたエレオノーラを、三郎太は片手で制し。治癒の息吹を吹かせて自らを癒しつつ、ぐ、と身を起こす。 「ボクが、サポートしますから……ボクのことは気にせず、皆さんは、フィクサードを……!」 未だ幼きを残す少年たる、彼ではある。だがしかし、深手を負いながらの精一杯の虚勢の内には、確かに三郎太らしい、真っ直ぐな芯が突き通っているようだった。 龍治は、その健やかな強かさに、内心で感心しつつ。周囲に響き回る雑多な音たちの中から、正解を拾い上げようと意識を集中する。 今日の彼が、いつもと少しばかり雰囲気を違えて見えるのは、その服装のせいだろうか。彼の恋人が選んでくれたというカジュアルな装いは、幻視の効果も相まって、ショッピングセンターの日常然とした風景に、自然と馴染んでいる。 龍治は、そんな出来た恋人に感謝しつつも、意識を傾け。ある一方の方角へと注力し、探りを入れていく。 先ほどの、三郎太を襲った銃撃。確かに、実銃のそれほどでは無いが、聞こえた気がしたのだ。かすかな、発砲音が。 「あちら……か?」 ごそごそと。意図しない場所、その場にどこかそぐわない音が、聞こえてくるように感じられ。 彼は、頭上を見上げる。確認はできない、が、彼の鋭く見通す隻眼は今、一点を見据えている。 「……散開しよう。熾喜多、カムィシンスキーを連れてポイントまで先行し、確認を頼む。こちらは」 語る間にも、光は瞬き。少し先で、ほおずきよろしく頭部を弾かれた老婆が、血と脳漿の中に沈む。 「……こちらは。離宮院と共に援護しつつ、別班へ連絡を入れよう」 「オーケイ、りょーかい。さあ、わるーいフィクサードは、殺人鬼が退治しちゃうぞー☆」 おどけながら、アクセス・ファンタズムから葬識が現出させたのは、一台のバイク。横向きにちょこんと腰を据えたエレオノーラを背に、彼は走り出す。 「急いで、慌てず。安全運転でよろしくね?」 ほいほい、と軽くうそぶく運転手の腰に、細腕を回してしがみつきながら。エレオノーラは一抹の不安を覚えつつ、飛べないのって不便だわ……と、幻視で隠した見えない翼をひとつ、はためかせた。 ●露光 光学的な反射を利用した狙撃、その精度は、確かに、精緻を極めるものではあったが。 九十九を始めとする四人は、光弾の射程内と思しき領域へとあえて身をさらし。特に九十九とカルラは、実際にその身へ銃撃を受け浅くはない傷を負いながらも、なお探索を続け、徐々に、その範囲を絞り込みつつあった。 一階の中央部は、特に殺戮の痕跡が色濃く残り、濃密な血臭が立ち込める中、多くの人々が立ち往生している。恐慌をきたすに至っていないのは、ひとえに三郎太の結界の手柄によるだろう。 リベリスタたちは、血溜まりの中へと踏み込む。 「つつ……なるほど、確かに。腕は確かなようですのう」 九十九は、首から紐で吊るしたダーツの的、そのど真ん中に開いた、少し焦げた丸い穴を見下ろし、言う。狙ってみろ、と言わんばかりの挑発は、確かに敵の攻撃を引き付ける一役を担ってはいるようだったが、同時に、その卓越した狙撃技術を目の当たりにすることにもなっていた。 研ぎ澄まされた直感により、咄嗟に体をかわしたものの、九十九の身体には、数箇所の銃撃痕が残されている。 「やれやれ。タガの外れた戦闘狂……それも腕が立つ、となると、厄介なものですな」 「実にな。が……これ以上の犠牲者は、出させんよ」 言って、シビリズは両腕を広げ、周囲に戦神のごとき加護を広げていく。反射には反射を。傷つけた者へ、いかばかりかの痛苦を返すその加護には、発見の一助ともなるかもしれない、という薄い期待もあってのものだ。 「さあ、撃ってみせろ。殺してみせろ……!」 その上で、お前の全てを砕いてやろう。 逆境に燃え上がるのは、彼の性。それはどこか、件のフィクサードとも相通ずるところもあるように見えたが。しかし、その瞳が狙い定めるのは、間違いなく下種な標的だ。 「ふむ、よほど巧みに身を潜めているようですな。光介さん、そちらはいかがです?」 「ボクのほうもまだ……でも。一つだけ、確実に、見つけられるものがあるはずなんです」 九十九の問いに、光介が示すのは、フィクサードの所持しているはずのアーティファクトの存在だ。透視能力を用いて捜索を行っている彼は、革醒した物品を見通すことはできないという特性を逆手に取り、それを見つけ出すつもりだった。 優に1キロ近くはある施設を、端から注意深く捜索し、徐々にポイントを潰していく彼らへ。アクセス・ファンタズムを通じ、別班の龍治からの連絡が届く。 「……ええ。はい……頭上、ガラスの、天井……?」 龍治がかすかな異音を察知したと話すのは、彼らの、直上。アーチ状のガラス窓の上。もともと光介は、予知された内容から、潜伏場所はその辺りであろうと予測立てて行動していたが、ここまで、探知できるものは無かった。 が。 「……ガラス窓の、その向こうに……っ」 蒼白な顔で駆け抜けていく、大学生らしきカップルの片割れの青年の脇腹を、光が貫き。前のめりに倒れていく……。 その時だった。 「ッ! 見えた!!」 一瞬、だった。視線の先、アーチ状のガラス窓の端、屋根の上。 銃を構えた長髪の男が、身を引いて隠れるのを、光介は確かに、見つけたのだ。 敵は巧みに気配を遮断しつつ、屋根の上に潜み。攻撃の一瞬のみ姿を見せ、ガラスを透過しつつ光弾を放ち、狙撃を行っていたようだった。 即座に、仲間たちへと連絡が飛ぶと同時に、 「くっくっく。ようやく尻尾を表しましたな? 姿を見せたからには……私も、射撃は得意なほうでしてのう。狙撃ができるのは自分だけ、とは思わないことですな」 即座に九十九の銃が翻り、破裂音と共に飛翔した弾丸が、ガラス窓を貫く。フィクサードの身体をも突き通すことはできなかったが、びしりとガラスに走った蜘蛛の巣状の亀裂が、仲間たちへとその位置を仔細に知らせる。 後は、追い詰めるのみ。 真っ先に飛び出したカルラは、床を蹴り、壁を伝って駆け上がり、一気に標的へと詰め寄っていく……が、 「……ちいっ!」 もはや匂いを嗅がずとも、次弾の発射の瞬間が、はっきりと見えた。彼は壁を蹴って跳躍すると、乱反射する光の軌道を追い、その先にいた一般人と射線の間へと、迷い無く身体を捻じ込ませ。 「がッ……!」 光弾は、真っ直ぐに、カルラの胸を貫き。 彼は、おびえた様子の若い女を、手を振って押しやると……前のめりに、倒れ伏した。 事切れた、そう見えただろう。彼のその様を目にしたなら、誰しもが、そう思ったはずだ。 しかし。 「……そんなんが、効くかよ……この、ヘナチンが」 彼は、立ち上がる。運命を捻じ曲げ、燃やしながら。 真っ直ぐに見上げるのは、驚いたような顔の、フィクサードの男。 カルラは、指で、自身のこめかみを突く。 「ここだ。狙ってみせろ……ブチ抜いてみせろや。なあ? 賊軍の残りカスさんよ!」 ●昂ぶる男 「おっ、ほ、や、や、やるじゃん。いいぜぇ、いいぜぇえ……そうこなくちゃ、よォ、へ、へへへへへ」 男……蛯沢は、ぎらつくカルラの視線にたじろぎ、後ずさりしながらも。身を包む高揚感に、がくがくと身体を揺する。 口の端から唾液を垂らしながら、ふと眼下を見やれば、バイクを駆る葬識、その背に座るエレオノーラと、真っ直ぐに視線が合う。遠く向こうで、エレオノーラが口を開き、動く。伝えんとするその意味を、蛯沢は、読み取った。 あ・て・て・み・て? 「ひっ……ひひひひっくひひひひ! いいなあ、マジにたまんねえなあこれ……! いいぜえ、いいぜえ、一発で当ててヤんよ、お嬢ちゃんッ!!」 光が、幾たびも、瞬き。 そして。 ●望みの果て 施設の屋上には、強い風が吹いていた。蛯沢や、リベリスタたちの服や髪を、ばたばたとはためかせる。 合流を果たすまでには、なお、数度の狙撃を許しはしたものの。位置が割れてしまえば、彼にはもはや、逃れる術は無い。 「かーくれんぼ、かくれんぼ。もーいーかい? もーいーよね? 来たよー、あはは、待たせちゃってごめんねー?」 「……くひひ。マジによォ、待ちくたびれたぜぇぇ。ふ、ひ、い、いいいいよいよ、だなあ、おい。あ、あ、危なかったんだぜ? もうちょいだったんだぜ? マジに」 葬識の言葉に。長い狙撃銃を縦に抱きしめ、擦り付けるように、蛯沢は腰をくねらせる。 「ねえ。楽しかった? でもね……他愛の無い子供のかくれんぼに付き合ってあげるのも、そろそろ、おしまいよ」 可憐な容姿には似つかわしくない、怜悧な視線。エレオノーラの脳裏によぎるのは、遠く古ぼけた過去の残滓か。 「ここまでですよ、蛯沢さん」 「……慈悲は無用。その罪、自覚せぬままに散るといい」 眼鏡を通し、険しい視線を投げかける三郎太に、頷き。いつもの、どこか飄々とした軽妙さは鳴りを潜めつつ、九十九は、静かに銃を構える。 光介は、ただ、見ていた。そして、心に決めていた。 醜悪なエゴイズム、それを跳ね除けるためにこそ、自らもエゴを押し通そうと。そうだと自覚しながらも、もがき、贖いながらも、手を止めることだけはしないのだと。 「任務が遂行されることに、変わりが無いのなら。奴が喜ぼうとも、苦しもうとも一向に構わん。瑣末なことだ……好きにさせてやるさ」 実に詰まらないことだと、さしたる興味も無さそうに。龍治は、古式銃を模した愛銃の先端を、真っ直ぐに男へと据え。 「あ、ああ……そうだ。そうだ、そうしてくれ、そうしてくれ! 無慈悲に! 徹底的に! 俺を……俺を!」 やみくもに放たれた光弾が、踏み込むシビリスの肩を捉え、貫く。が。 彼は、止まらない。 「それだけか? 倒れると思ったか? その程度で? ならば、貴様にもはや目はあるまい。さぁ……砕けろ」 もっとも。それこそを、蛯沢は、望んでいたのだ。 リベリスタたちの銃火が、彼を貫き。交差する斬撃が、切り裂き、抉り。 ひとしきり、踊るように、その身で全てを受け止めた後……男は、倒れた。 「……!? あ、あれ?」 しかし。彼を待っていたのは、想像していたような、恍惚と絶頂の中で迎える、至福の終わりでは無かった。 「ヘ、ヘンだ、な……? これ、い、痛えぞ? お、思ったより、いてえじゃねえか……?」 今際に、彼へと唯一与えられた感覚は、激烈な痛み。ただそれのみだった。 「い、い、いてええええええっ!? マジにいてえじゃねえかああああああ!!」 「……おい」 もがき、口汚く叫び散らし。あふれ出した涙に滲む視界、見上げたところに、男が立っていた。 誰だ。誰でもいい。 「あ、ああっ、頼む! 頼む、いてえ、いてえんだ……っ! はっ、はっ、はやく……とっと、トドメを……!! マジに!!」 「お前に情けをくれてやる義理なんざ、一つも無いんだがな」 カルラが、弓引くように構えた腕、手甲の内部で、ガチリ。音がして。 「さんざ、イヤな匂いを嗅がせてくれた、その礼だ。遠慮なく受け取りな」 「あ、あああ、あああああああああ!」 振り下ろされる拳で、視界が一杯になったのを最後に。 蛯沢青斗の視界は、ぷっつりと暗転した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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