●ひらりひらりと誘われて 北関東にある山間部に一台のセダンが止まっていた。 マニュアル車で、オートマチック車両が多い時代に逆らうように、運転手は愛車を乗り回していた。 アクセルワークに問題はなかったと思う。今日に限って愛車はいうことを聞いてくれなかった。 いつものように峠を攻めてスリルを楽しみたかったのだ。終末になると関東圏の峠ならどこにでも顔を出している。 古本屋で見つけた古雑誌からかつてこの場が、峠愛好者の間でコースとして使われていたことを知り、首都圏からわざわざやってきたのだ。 いまはもう道が荒れて、峠を走る車両は見当たらない。近くに別の大きな道路が出来たらしく、そちらにほとんどの交通は移動してるそうだ。 一人でもタイムを測定して楽しむことは出来る。過去の雑誌に掲載されている、公道レース関係の参考タイムに挑戦しようと朝一で来ていまに至る。 「まったく、なんで止まっちまったんだ? かぶったかな?」 道の形状を地図で見るために、一度駐車してからエンジンがかからないでいる。 携帯電話で助けを呼ぶにしても、山間部の特徴で電波は入らない。昨今圏外の地域はほとんど無いとされていても、地形によってエアポケットのように電波が遮断されている地域はまだ多い。 長い時間、エンジンが生き返ることを願って、ボンネットの中と格闘していた。いっこうに回復する気配が見えない。 休憩に、持ってきていた蜂蜜入りのドリンクを飲んでいたときのことだ。 白い蝶が舞っている。胴体は細く羽根は大きい。山の空気を気持ちよさそうに身に受けながらひらひらと飛んでいる。 暇つぶしにでもと、蝶を観察していた。見たことのない種類だ。 蝶が道の脇にある林の中に入っていったので追いかけるか悩んだ。結局、やることがないので童心に返って追いかけたのだ。 ●ブリーフィング 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタたちにつづきを話す。 「白い蝶はエリューションであることが確認されています。蝶についていった人物すべてが吸血され、ミイラ化して現場で発見されています。人を惑わし、誘惑し、群れで吸血行為を行います。サイズは掌程度のサイズで脆弱ですが、個体数は非常に多いのが特徴です」 和泉が端末を操作すると、モニターに一体の紅色の蝶が表示される。 「この蝶――便宜上、赤王蝶と呼んでいます――に吸血で得た栄養が渡されるように、白い蝶は活動するという規則性が見つかっています。人はあまり行かない場所ですが、被害が出ているのも事実です。殲滅に当たってください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:わかまつ白月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月23日(水)22:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●森林の中へ 北関東の寂れた山間部にリベリスタたちは来ていた。人があまり立ち入らないのだろう。アスファルトの舗装の割れから雑草が生い茂っている。 来る途中に目に付いた路面のタイヤ痕が、過去に峠愛好者たちによって、この場所が愛されていたことをもの語っていた。 エリューションとなった蝶がいるといわれているのは、現在地から左手側に広がっている森林の奥だ。木が生い茂り、昼だというのに日光が遮断され薄暗かった。 普通なら人が入るとは思えないこの森林だが、雑草が踏まれて折れている痕が多数見当たる。確かに人が中に入っていったことがわかる。ただし、その人物が正気だったとはとても思えない場所だった。 『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)は森林の中に入ると、視界に入る虫の姿に嫌気がさす。 「仕事でも、こうも虫が多いと気味が悪いですわ」 「すぐにもっと気味が悪いエリューションとご対面だ。世界を壊す害毒には早々に退場願おう」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は白兵蝶の姿を探しながら、そういった。 「この辺りの道にある森林で目撃されたようだが……件の蝶は何処だ」 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は生い茂る草を掻き分けながら探索をする。 足元に泥濘があり、靴に土が付く。あまり足元はよくないと思いながらも、奥へ進んでいった。 「吸血するくせに、蜂蜜の方が好きなんて面白いわね」 『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は白兵蝶を見つけたらいつでも蜂蜜を取り出せるように警戒をしている。 『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)が印をきると森林に強い人避けの力が働いた。もともと人はいないが、リベリスタの後に、一般人が森林の中に立ち入ることは出来ないだろう。 「これはまた、ずいぶんと数がいますね。纏まって飛んでますよ」 周囲の鳥を支配し、森林上空から地上を観察させていたのだ。鳥の眼は餌を捕食するために、空から地上に対して、人の能力を軽く凌駕する。 一枚の人形の紙を指に挟んで取り出す。吹いて飛ばすと紙は瞬時に像をなす。影人である。 「これを持って前を歩きなさい」 瓶の蓋を取った蜂蜜を持たせると、影人は命令の通りに歩き始めるのだった。 『ジルファウスト』逢川・アイカ(BNE004941)の嗅覚が白兵蝶を捕らえていた。二時の方向から鱗粉の臭いが流れてきている。かすかに鉄臭いのは血液の成分だろうか。 『敵発見っす! 二時の方向に警戒するっす』 『こちらも確認できていますよ。影人に先をいかせています。白兵蝶の動きを見てみましょう』 アイカが通信すると、諭が鳥の視覚で確認していた白兵蝶の集団に向けて、影人を進ませる。 藤代 レイカ(BNE004942)は白兵蝶が渦をまくようにして飛んでいる姿を視認した。距離はまだある。 個体数が多いという情報で想像していた以上に、数は多い。 蝶、単体なら愛でる気持ちもわくかも知れない。それが景色を白く染めるほどの数になると、一種の不気味さが沸いてくる。 個体のサイズは掌と同じくらいと聞いていた。 実際、集団を目にすると、巨大な白い竜巻に見えないこともなかった。 「白い蝶って言うと春の風物詩だけど、こういうのはちょっと……」 不気味に蠢く白い集団は、レイカの気分を悪くさせるには十分なインパクトだった。 足元が泥濘んでいるので先ほどから、木の幹を足場にして移動している。足元が取られるほどではないと感じたが、草が伸び放題なので、幹を移動した方が楽だと考えたのだ。 『三等兵』閂 ドミノ(BNE004945)は虫除けスプレーをかけてきた。虫に刺されるのはイヤだからだ。目の前に広がる白い群れを前にすると、刺されずに帰るのは難しいかも知れないと思い直す。 『なんて数……。赤王蝶の位置は……群れ、中央、上にいます』 ドミノは通信でリベリスタたちに報告する。 白兵蝶で埋め尽くされた空間は、蝶特有の無音の羽ばたきで静かだった。 白兵蝶が急に意思を持ったように動き始める。リベリスタたちより前を歩いていた影人に群がり始めたのだ。蜂蜜の瓶に大量の蝶がとまり、影人の姿はあっというまに白一色の蝶に隠れてしまった。 情報通り、蜂蜜にはめがないようだ。 「やらせてもらいますよ」 アイカは両の拳を打ち合わせると、熱を身に纏う。力が漲ってきて、何者にも負ける気がしなかった。 ●白蝶嵐、紅一点 「参りましょう、お仕事の時間です」 櫻子が手を前にかざすと、リベリスタたちを包み込むように光りが広がっていく。 リベリスタたちに小さな翼が生える。翼の形状は鳥の翼に似ているがファンシーだ。見た目は可愛らしいが、それが確かに翼としての能力を持っていることを、体が地面から少し浮くことで体感できる。 櫻子は後ろの方に構え、櫻霞の後ろに隠れるように位置に付く。 「さて、スターサジタリーの本領発揮といこう」 櫻霞は月の女神から加護を得ている。月の女神は弓を持っていると言われている。女神の加護は櫻霞の銃弾に力を与えている。 「ただ綺麗なだけならば良かった。被害を生みださない存在ならば良かった。だがそうじゃない。人に害をなすなら薙ぎ払う! 行くぞ、変身ッ!」 疾風はアクセス・ファンタズムを起動させた。体を装備が包んでいく。魔術機構を搭載した新型強化外骨格を纏った疾風は白兵蝶の嵐の中へと突撃する。 脚に気を集め、爆発的なスピードで影人に群がる白兵蝶に接近する。 時間にして一瞬。まるで初めからその場にいたかのように、移動した瞬間に移動は終わっていた。 「白兵蝶、数が多いといえど無限じゃない!」 羅刹の闘気を纏って、疾風は影人に群がる白兵蝶に、斬撃を浴びせていく。手応えは軽く、白兵蝶、個体の脆弱さが感じられた。連続で斬りつけてもなかなか数の減らない白兵蝶。斬っても斬っても、次々と影人に白い羽根をひらひらと揺らしながらとまっていく。 一つしか無い蜂蜜の瓶からあぶれた白兵蝶は、赤王蝶の指示に従って、疾風を囲む。視界があっという間に白一色に埋め尽くされる。 特に嫌悪感は感じない疾風。徐々に白兵蝶を眺めていたい気持ちが強くなってくる。白い蝶に囲まれて、自然と楽しく感じてくるのだ。 体に白兵蝶がとまると、細い口を疾風にさし込む。痛みは感じない。ただ、力が抜けていくような気がした。 「こっちにも蜂蜜があるわよ」 セレアは蜂蜜の瓶の蓋を開けて、影人から離れた場所に放り投げる。セレアから約二〇メートルは離れた場所に瓶が転がる。 瓶は草の中に隠れる。蜂蜜の瓶が転がった場所に、あぶれていた白兵蝶が一斉に移動する。背が高く伸びた草に白い花が咲いたように見えた。 「ガンガンやらせてもらうね」 白兵蝶が飛び交うこの場一帯に巨大な魔法陣が形成される。謳うように長い詠唱をするセレア。明るかった空に闇がさす。雲で日が隠れたわけではない。魔法陣に向かって宙から星が落ちてきているのだ。影は次第に小さくなり、魔法陣の上に次々と星屑が降り注ぐ。 大地を抉る衝撃に森林の樹木がなぎ倒される。白兵蝶は個体が小さいのが幸いし、全滅はしなかった。それでも、最大魔術の威力の前には脆弱すぎたのだ。 数を減らした白兵蝶は集団を再形成し、小さな塊となって空中に固まり始めた。何かを護るかのように飛んでいた。 Elfenschuheにより、泥濘んだこの場所でも諭は特に歩きにくいとは思わなかった。 「集まってるなら焼きやすくて良いですね。飛んで火にいる何とやら……、風流の欠片もありませんが」 文字の書かれた紙を宙に投げる諭。紙は空高く舞い上がっていく。 火の粉が上空より舞い降りる。符術によって四神朱雀の像をその場に顕現させたのだ。疑似の存在だが、朱雀の纏う炎は圧倒的な熱量を放っていた。 草木が発火点に達し、火が付く。 朱雀が白兵蝶の集団に向かって羽ばたくと、空が朱くなったと誤認するほどの炎が溢れる。 白兵蝶は白い羽根を焼かれ、落ちていく。数を減らした白兵蝶の間から、真紅の羽根を羽ばたかせる蝶が一匹確認できた。 落ち着き払って宙を飛び回る姿は王者そのものだった。赤王蝶。名に「王」という文字を含んでいるだけの存在感がここにある。 赤王蝶はひらひらと優雅に舞いながらリベリスタたちに寄ってくる。そこに恐れはなく、攻撃性も感じられない。 突如、疾風以外のリベリスタ全員に強い痛みが襲う。白兵蝶に護られることがなくなった赤王蝶は、自らが放つ毒の鱗粉によって場を汚染した。 神経を刺激されるような痛みで、外傷こそ見えないが、非常に危険だと感じる。 「姿を現したっすね!」 アイカは王者の風格を感じさせる赤王蝶に睨みをきかせた。 赤王蝶の周りには側近のように白兵蝶が飛び交っている。赤王蝶の毒の鱗粉は刻々とリベリスタの体を蝕んでいた。 アイカの体から炎が火柱のように噴き上がる。全身を包むように炎が絡みついてくる。炎はアイカに力を与える。 火の玉のようになったアイカの強烈な突撃。蝶の集団が一瞬、完全に炎に包まれる。 爆風のような衝撃に赤王蝶はリベリスタたちから引き剥がされるように弾かれる。 灼熱に白兵蝶は焼かれ、アイカの走った後を燃えながら落ちていった。 レイカは、数は減ったが、まだ健在の白兵蝶を減らすことを優先する。 「とっとと倒すよ!」 レイカの体から炎がわき出てくる。全身を包むように広がる炎に白兵蝶は距離を取る。炎の噴出量は爆発的に増加し、炎がレイカを中心に渦巻いた。 レイカの炎を纏った体当たりで白兵蝶の数多くが燃えて散っていく。疾風を囲んでいた白兵蝶の多くもこの炎に巻き込まれ、燃え滓となった。 熱を纏ってドミノは赤王蝶に迫っていた。悪い足場をものともせずに、草木が焼き払われた大地を疾走する。 「見た目は儚いのに、どうにも凶悪ですね」 赤王蝶が標本だったら、愛でる日があったかも知れない。しかし、ドミノは赤王蝶は見た目に対して、毒が強すぎるのを身をもって感じていた。 毒の鱗粉によって奪われた体力で、赤王蝶の毒鱗粉に汚染された範囲に接近するのは危険だ。 ドミノは、まだ危機的なレベルまで自分の身が追いやられていないと判断し、赤王蝶に少しでも多くダメージを与えようと加速する。 ドミノの強烈な肩からの当たりに、赤王蝶が地面に落ちる。赤王蝶はしばらく動かなかった。それでもまだ力を失っていないようで、空に飛び上がるのだった。 「痛みを癒やしましょう」 櫻子は優しい口調で詠唱をする。詠唱に呼応するようにリベリスタたちを優しい息吹が包み込む。 毒の鱗粉によって蝕まれた体が力を取り戻すのを確かに感じた。 「その赤い羽共々撃ち抜かせて貰おう」 櫻霞はナイトホークとブライトネスフェザーを構え、サイトに赤王蝶を捕らえる。 四十五口径という大口径の銃口は赤王蝶の動きに合わせて狙い澄まされる。 二つの銃のトリガーを同時に引くと、淡い光りを放つ銃弾が鋭く放たれた。 赤王蝶の両の羽根を一つずつの銃弾が貫いた。王の風格を醸し出していた真紅の羽根に、巨大な傷が刻みつけられる。 疾風は、櫻子の詠唱の後に、体を包んだ息吹に正気を取り戻していた。血液が少なくなっているせいか、疲労を感じる。それでも支障がない範囲だ。 赤王蝶の気配に神経を集中する疾風。手に取るように気配を感じとり、徐々に気配をたどって赤王蝶を完全に捕らえる。 「捉まえた、受けろ!」 瞬間、間合いという概念が消し飛んだ。疾風から赤王蝶までの距離は九メートルと八二センチ三ミリメートルある。それでも、疾風は赤王蝶を完全に拳の射程圏内に感じている。それを証明するかのように、振り下ろした拳に強烈な手応えを感じる。 白兵蝶を相手にしていたときとは違う、ずっしりとした重みのある手応えだった。 赤王蝶は強烈な打撃衝撃を受けて、大地に叩きつけられる。強烈なスピードで地面と衝突したため、見た目の重さからは考えられないほど、地面にめり込んだ。 赤王蝶は二度と羽ばたくことはなかった。 ●雪化粧のように リベリスタたちの正面には、焼け焦げた草木と、一面を白く染め上げる白兵蝶の亡骸で埋め尽くされていた。 まるで、雪が降り積もった後のように視界に白が広がっている。 「はぅ、はぅ~……普通に綺麗な蝶々さんを愛でたい気分ですぅ~」 櫻子は周囲に広がる光景を見ながらしょんぼりとしていた。猫耳も力がない。 虫は好きではないが、蝶は愛でる気になる。エリューションの蝶と戦った後なので、余計に普通の蝶をみたい気持ちになっていた。 「そうへこむな。暇な時に付き合ってやるさ」 櫻霞は櫻子の頭を撫でながら、そういった。 「害をなしたのがいけなかった。たとえ、蝶でもな」 疾風は焦げの臭いに辺りを見回し、火が森林に広がることなく鎮火していくのを確認した。 「これだけ派手にやれば、数がいてもさすがに残らないわね」 セレアは完全に白兵蝶と赤王蝶を始末したか、周辺を警戒した。気配は一切感じることなく、どうみても倒し漏らしているようには見えない。 「エリューションといえど、この地の肥料程度にはなるでしょう」 諭は焦げた蜂蜜の匂いを感じながら、焼き払った地を見渡す。 「勝利っす!」 アイカは心地いい疲労を感じながら、勝利に酔いしれる。 小さな蝶といえど、数が集まるとやっかいなものになると感じた。目の前に広がる光景は綺麗なようで、激戦の痕なのだと思わずにはいられない。 「人死に関わる仕事は気分よくないわね」 レイカは目の前に散っている白兵蝶の亡骸を見て、吐き捨てるように言った。 この地を白く染めてしまうほどの数の蝶が、人の命を奪ってきたのだと思うと、仕事が終わった後といえ、気分がいいものではない。 「ミイラは転がってないみたいですね」 ドミノは遺体の処理も最悪しないといけないだろうと考えていただけに、負担が減ったのを感じる。 目の前に広がる仕事の痕を見て、今後同じような事件がないことを祈った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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