●PleSe yOur HeARt 男は疲れていた。 仕事が長引いて、漸く家の近くまで帰って来たのは完全に日付が変わった頃合だった。 とりあえず帰ったら風呂は朝にして、ベッドに倒れこむ様にして眠りたい。 そう願い目を擦ろうとした男の手が止まる。 指がウインナーの様だ。破裂しそうな程に無理やり詰め込んだ肉。 はちきれんばかりのスーツ。体が膨らんだ気がする。何故だ。何が。 体内から異様なまでの痛みを感じる。 人を、いや、救急車を、 胸ポケットから携帯を取り出そうとした男だが、それは叶わなかった。 丸々太った指は通信手段を零れさせ、地面に落とす。 だがそれどころではなかった。痛い。いたい。いたい。 腹の中で、いや、体の内部全体で何かが暴れているようだ。 皮膚に亀裂が入った。ひび割れの様だ。 血が溢れる。痛いいたいたい。 「がごぶぶごごごごごえっ」 何かが千切れる音がした。痛い。痛い。何だろうこれは。舌? 舌。何で? 苦痛に口を開き先を尖らせたままの舌が落ちている。誰のだ。自分のだ。舌? 何で? 思えどもう喉から迸る音を言葉にする事ができない。 「あ、あぎああぎあああ」 ぽこん、といっそ間抜けにも聞こえる音を立てて眼球が飛び出した。 視神経が膨張し途中で切れたそれが転がる。滑付いた表面が砂と埃に塗れる。 もう自身の惨状を見る事はできなかった。両目とも飛んだ。 溢れる血が口内を満たし息ができない。苦しいくるしい。 腹を掻き毟る指が裂けた皮膚を抉り、腹圧で内臓が飛び出す。長い腸がアスファルトを擦った。零れだした中身、排泄物が腸液が道路を汚す。 「おごごほぶぶごぶ」 内臓が引っ繰り返る痛みなど経験した事はない。想像した事もない。 零れた一筋の涙は流れる滂沱の血液にいとも容易く汚された。 逆流した内臓は口からも飛び出した。上も下も分からない。膨張した筋肉に皮膚が破れた。 痛い痛いいたいいたいいたいたすけてたすけてたうsけやういあおいうyちおl 激痛で手放したのは、命ではなく正気が先。 苦痛の中で彼の精神は瓦解したが、肉体も程無くして形を保てず崩れ落ちる。 消化液の酸っぱい臭いがする。 後に残ったのは、ぐずぐずに崩れて混ざって弾けた肉と血液。 その中心で今だ脈打ち続ける心臓に、『何か』が近寄り――。 長い舌で、ぺろりと一息に飲み込んだ。 辛うじて残っていた命の灯火は、これでおしまい。 ●食事の妨害 ブリーフィングルームに沈黙が落ちる。 リベリスタを気遣ってか映像こそなかったものの、微に入り細を穿つような説明をする程に悪趣味な事はしなかったものの、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)によって告げられた内容は凄惨であった。 「この事件はアザーバイドによるもの。識別名『心臓食い』、ストレートにね。それもどうやらグルメらしい、脈打ってる状態のを一飲みがお好みだ」 映し出されたのは、白猫。 大きさが虎並みの上に足が六本生え、尻尾に棘を生やし、目を赤くぎらつかせるそれを『猫』と形容していいのなら、だが。 このアザーバイドが出て来たリンク・チャンネルはまだ発見されていない。 が、今の所補足されているのはこの一匹だけだと伸暁は言う。 「幸いな事に、コイツは俺らの心臓を欲してはいるが、同時に警戒もしている。何らかの反撃を受けるのを恐れて、群から充分に離れた個体のみを狙っている。つまり、その運のない獲物一号がさっきの男って訳だ」 むろん、獲物にさせない為にお前らに行って貰うんだけどな。 未来視で見た男性の様な事になる危険性はないのか、と危惧するリベリスタに伸暁は首を振った。 「俺らは神秘に対する耐性が高いから、こうなる危険性は低い。それに、『心臓だけ無事のまま裏表を引っ繰り返す』なんて事はこのアザーバイドにとっても繊細な加減を要求される事みたいだからな。黄身を潰さず卵の殻を割るようなもんだ。戦闘の最中に発動する事はない」 気になるあの人の『心臓(ハート)』と『こんばんは』――なんて事にはならないから安心してくれ。 冗句にしてはいささか時の悪い事を言いながら、伸暁は説明を続ける。 「ただ、コイツの牙は肉を平気で食い千切れる程度の強度はあるし、尾には無数の棘が生えてると来たもんだ。危険な事に違いはないと思っておけ」 一息ついて、伸暁はリベリスタに向き直った。 「もし『獲物』が自分に対抗する手段を持たないと理解したら、それこそ繁華街で『バイキング』が始まってしまう。だから最悪、『獲物』が己に害を成し得る存在だ、と思わせるだけでも被害は格段に減る。だから――勝てそうにないと思ったら無理せずダッシュで逃げろよ。戦略的撤退は重要だ。オーケイ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月12日(金)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●この世ならざる 心臓を食らう。 この世界では儀式めいた意味合いさえ持ちそうなその行為も、一枚隔てた別の世界では単なる捕食行為に過ぎないのか。告げられた体格からすれば明らかに少ない量の肉。それで補える存在は、確かにこの世とは違う理で生きる存在。 つまりはこの世界を破壊する危険性を秘めたものに他ならない。 この世界の、人類の敵となる存在。危険なもの。 ならば決して、見過ごしてはならないのだ。 『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)は脳内で敵の姿を反復する。 にゃんこ――細かい部分を捨て去ればきっとにゃんこ――であってもそれは同じである。 糾華と共に夜道を警戒する『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は思う。猫。そう、猫。 異形をそう形容していいならば猫である。そして人様に害を為す動物は、人の世の理では殺処分の運命が待っている。 気の毒と言えば気の毒だ。別の世界に落ち、ただ生きるべく獲物を求めているだけなのだから。本来ならば責められる行為ではないのだろう。だが、親を求め鳴く仔猫が噛み付いたのならばまだ哀れみも浮かぼうが、人体を裏返し破裂させ心臓を食らうエキセントリックな獣には恐怖は浮かべど哀れみなどは浮かびようもない。 浮かべてしまえば二人の視線の先を歩く『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)の身すら危うい。 慣れないスーツ姿に身を包んだ彼は、首のネクタイを片手で少しだけ緩めながら歩いている。締め付けるそれは首輪に似ているが、首輪を付けられるべきなのは件のアザーバイドであり自分ではない。だが、少しでも囮としての有用性を上げる為ならば仕方ない。 それに姿を偽り、無辜の人間を襲おうとする脅威を返り討ちにするのは古今東西を問わず物語の主人公の王道である。と、すれば零六がそれを躊躇う理由はなかった。活動的なリベリスタにままある事、数日前の案件で負った傷が残っているのも誘き寄せる一因になりえるだろうか。 「……まだ何もないな」 『了解』 肩に毛先が当たる程度の長さの髪は、耳に付けられていたイヤホンマイクも隠していた。通話先の『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)に状況報告。彼女は共にいる『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)と『1年3組26番』山科・圭介(BNE002774) に頷いてみせる。 囮の零六を除いたリベリスタは三班に別れ、全方位から『心臓食い』の襲撃を警戒していた。 『何も聞こえませんねー』 「おう、こっちもだ」 モノマと通話するのは、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)と共に左右を警戒するアゼル ランカード(BNE001806)だ。アゼルは優れた聴覚で敵の居場所を捉えるべく周囲へとアンテナを張り巡らせていた。彼は可能な限り自身の匂いを消している。先の通り、活動的なリベリスタにとって、日々の戦いで血を流す事は珍しくもない。囮の零六にとっては有利に働く可能性があるそれも、今は身を潜ませておくべきアゼルには良い要因にはならなかった。 街灯の下、可能な限り濃い影に隠れる鉅と一緒とはいえ、二人という人数を脅威と見なすか狙い易いと見なすかはアザーバイドに聞きでもしない限り分からない。だから彼は万全を尽くす。 静かな夜道に響くのは、敢えて高く響かせている零六の靴音だけ。 疲れた風を装いながら歩く彼を見ながらレイチェルは思う。人間とて同じ様なものではないかと。 然り。 新鮮である事を好むのは人間とて同じであるのは事実。 しかし知恵あるものならば、多くは同族が食らわれるのを良しとしない。 むざむざとここを餌場にする訳にはいかないのだ。 考えるレイチェルの耳に、零六が一度大きく息を吐いたのが聞こえてきた。溜息とは違う。 何かを堪える様なそれは――。 「……皆さん、来ました」 零六からの言葉を待たず、レイチェルは仲間を振り返った。 ●捕食者 感じた異常。異状。全身に走る痛み。 零六は息を吐く。 一つ言っておくと、彼は別に仲間を焦らそうとしていた訳ではない。 胸の辺りに何か詰まったような感覚が突如襲ってきて、声を発する余裕がなくなっただけだ。伝えられていた男の末路が過ぎる。が、同時に革醒したリベリスタは『そう』はならないと告げられていた事も思い返す。 指先で己の心臓の位置を確認する様に、胸を掴む。息苦しい。 数秒、数十秒、焦れたのは獣であった。 いつまで経っても割れない殻(からだ)、獲物を前に昂ぶった気持ちを抑え切れなかったのだろう。 白い獣がしなやかな動きで目前に姿を現すと同時、零六の体は楽になった。 が、同時に飛び掛ってくる姿は流石に獣だ。早い。 心臓以外の部位も、好みではないが食べられない訳ではないのだろう。美食の拘りも空腹の前では些細な事なのか。或いは物理的に心臓を抉り出すつもりなのか。 スーツごと噛み千切られた上腕の肉。溢れる血。染まる染まる。 「……ハッ」 だが武器は持てる。零六は鼻で笑った。興奮により分泌されるアドレナリンで痛みが遠くなっていく。逃走? 否、闘争。強敵であればある程に血が騒ぐ。物語の強敵というのは、主人公が一段先へと登る為への階段でしかない。 だからこそ。 「お待たせしました。……イケますか、主人公?」 「愚問だな。この俺を誰だと思ってやがる。ヒャハハハッ!」 皆へと襲撃を伝達したレイチェルが、答えの分かり切った問いを発した際に彼は高笑った。 獣であるからこそ、泣いても請うても慈悲は期待できない。 人体ではなく弱肉強食の弱者を引っ繰り返すため、無慈悲な捕食者へと最下層の弱者は牙を剥いた。 「狩ってやろう」 真っ先に動いたのは鉅。殺し方の趣味が悪い。聞いただけであれだ、万一目にしてしまった場合の不快感となれば想像さえもしたくない。弾けた皮膚。裂けた皮膚。溢れる内臓と異臭。食欲が失せるような光景が街中に氾濫するのはご免である。 だからこそ逃がさない、ここで仕留める。決意はそのまま距離を埋め、よれたコートが風を孕んでふわりと膨らむ。手から放たれた気糸は獣の足に絡んだ。 振り払われる。予想の内。しかし続ければ効果は現れるだろう。縛った後に叩く仲間がいるからこそ、彼は心臓食いの足を止めるべく再び準備を始めた。 「その美食趣味は受け入れられませんね」 言いながら、うさぎがするりと狸の掌を滑らせる。埋め込まれたのは死を招く爆弾。間髪入れずに爆発したそれはうさぎ自身の毛も焦がすが、与えられた打撃に比べればささいなもの。表情は変わらない。彼の、彼女のデフォルトの表情は変わらない。無理をしている訳でもない。ただ変わらない。棘を纏った尾が、爆裂の衝撃に大きく振られた。 尾の動きを、警戒に毛を逆立てる様子をレイチェルは具に観察する。まだこの『抵抗』は獣にとっては些細なものらしい。殺意は消えない。逃走の様子もない。突然の攻撃に対し警戒しているだけ。ならばそれも引っ繰り返してやろう。片手に持った明かりを木に引っ掛ければ、尾よりはずっと穏やかに揺れた。 にうぎりいいいああああういいいいにああああああ。 マンホール。道路に位置する一般的には円形のそれ。背後三十メートルに存在するのを確認し、モノマは彼の攻撃が届くであろうギリギリに立つ。強敵であるならば、撤退の時の考えも常に頭に入れておかねばならない。撤退ができれば次がある。死んでしまえば次はない。後向きではなく前向きに考えるからこその確認。 「斬り裂けぇっ!」 気合と共に放たれた蹴りは真空の刃を生み出した。真っ白な毛皮に何本もの赤い筋が入る。だがまだ浅い。身を屈めた心臓食いは刃の威力を半減させ、威嚇に口を大きく開いた。真っ赤な口。それはこの世界の生き物と同じか。だからどうという訳でもない。凶悪な棘は鋭く伸び、子供の手首くらいは飛ばせそうな煌きを放っている。 害だ。これはこの世界にとっての害。迷い込んだだけであろうがそれに間違いはない。会話が通じる相手でもない。全身全霊を持って打ち潰すのみ。モノマの拳が握られる。撤退を頭に入れてはいても、負ける気で向かっているつもりは毛頭ない。 零六は笑う。不利な状況を『引っ繰り返す』のは本懐。そこに遠慮や躊躇は存在しない。抉られた腕などないかの様に、己の身に雷を纏わせる。弾けるそれは零六自身の身も叩くが、気にした風もなく剣を振り下ろす。 「あなたは『敵』よ。見逃してなんかあげないわ」 御伽噺の始まりのような静かな声一つ。闇に似た黒い衣装を翻し、月光の髪を靡かせて、糾華が白い獣に触れた。うさぎとは反対側に埋められた死へのカウントダウン。人ならば容易に中身ごと弾け飛ばせるそれも、異界のモノ相手ではそうもいかない。だが、己の身を削って入れる一撃は軽くもない。夜に舞う蝶々は焼けた白い腕を振るった。 「癒しますから少々怪我しても大丈夫ですよー」 無責任にも聞こえるアゼルの軽い声。だが言葉と並んで巡らされる彼の力が自信に裏打ちされたものだと証明する。神秘に特化した彼の力が更に引き上げられる。アゼルの呼び寄せる風は例え深手を負ったとして、次に立ち続けるだけの癒しは与えてくれるだろう。その点では『少々』は謙遜に当たるのかも知れない。 攻撃ではなく回復に特化した力。仲間を支え癒し攻撃を与え続けるための力。派手な攻撃がなくとも、火力がなくとも、彼の力は戦局をも左右する。緑の目が、毛を逆立てる心臓食いを捉えて細められた。 「心臓食い、貴様の命はここまでだ。俺達に出会った事を悔やむんだな。――っかー、格好良いね!」 そんな同い年のアゼルの前に立ち、圭介は一つ笑った。心臓食い。漫画やゲームのボス、或いは猟奇殺人犯の如き名前。実際はそれらのどれでもなく、異世界の住人。相容れない異形。触れ合うはずのない存在。踏み入れた非日常に昂揚する精神は、死と相対する状況さえも楽しむ余裕があった。 とは言え浮き立っているばかりではならない、というのも理解する程度に彼は聡かった。 「頑張ってねー!」 「ヒャハッ、任せとけって!」 得た世界の恩寵。圭介が呼び出したそれは零六の身を包み、緩やかに癒し始める。 にぎああああああrっるいにいyfちおああああああぎにゃあああああ。 人の様な声で鳴く。この世の言葉では形容不可な『音』を立てて心臓食いが鳴く。 尾が振られた。 真っ白な尻尾に生えた鋭利な黒い棘が振られた。 真っ赤な視界。 鉅の腹が裂かれた。内臓は無事のようだ。零六の傷が抉られた。脂汗を滲ませながらも睨み付ける。うさぎの褐色の肌に大きく赤い彩りが増えた。傷と獣を視線が往復し、獣に再び固定される。糾華の細い体が尾の先で打ち据えられた。衝撃で切れた口から血を流し、少女は立ち上がる。 心臓食いの白い体に赤が増える。 道路に撒き散らされた液体は、レイチェルの明かりで照らし出されていた。 ●白と赤 うさぎが、零六が、糾華が己の身を削る。彼らを信じ鉅が麻痺の毒を回すべく糸を張る。レイチェルが、モノマが圭介が傷を重ねる。アゼルが齎す歌が傷を塞ぐ。 心臓食いは食らう。 肉を食らう。 失った分の血液を取り戻そうとするかのように食らう。 鉅の指先を鉛筆削りの如く削ぎうさぎの太股を引っ掛け糾華の血を啜る。 おぞましい音。自分の、仲間の肉を食らう音。千切られる音。 咀嚼の音が攻撃に混じる。 棘には何か毒でも入っているのだろうか。止まらない血。冷えていく体温、削られていく命の欠片。 アゼルの回復が届いていない訳ではない。全体的に流れる血が増えたならば歌を唱え、傷の重い者には風を送る。しかし、尻尾の攻撃に幾度も巻き込まれる前衛の傷が浅く済んでいる事などなかったのだ。故にアゼルの手は流れる血を防ぐ事には使えず、ただ癒しのみに割かれていた。 だが、鉅の何度目かの糸は、心臓食いの足を絡め取る事に成功している。動きを止めさせる事が叶うのは十数秒。それでもリベリスタにとっては充分な時間。 「お願いするわ」 「はいはーい、無茶はいけませんよー?」 身を守る事は怠らず下がった糾華にアゼルが癒しの風を呼ぶ。入れ替わったモノマが炎を纏う拳で打ちつける。 「ぶちぬけぇぇぇぇ!!」 燃える。白い毛が焦げる。 にぎゅrrrっろいあいいいいおおpwああああいにゃあああ。 鳴き声。鳴く。鳴く。威嚇ではなく全力の怒りを込めて、心臓食いが鳴く。 入れ替わり立ち代り、己の前に現れては『反撃』を止めない『獲物』 弱らせた個体を食らおうと顎を開けど、するりと抜け出たそれはまだ活きの良い個体と変わってしまう。最も欲しい部分が食らえない。せめて死肉を食らおうかと思えど、倒れたそれが立ち上がる。 目の前にある好物。だけれど届かぬそれに苛立ちが募る。 「うおっ!?」 長い舌。絡め取られた圭介が悲鳴を上げながら前衛のすぐ傍まで引き寄せられた。 ぬめつく生温い温度、間近でぎらつく赤い一対の目。吐息さえも掛かるその距離に圭介は鳥肌を立てて身を捩らせる。ぎしりみしり。締め付ける舌の力自体も強く、圭介の喉から苦悶の声が漏れた。 「いい加減に寝ておけ」 鉅の糸が、逆に獣を締め付ける。解放された圭介を、急ぎモノマが攻撃の範囲外へと引きずり出す。 まだ途絶えていない意識の隅で圭介は思う。目を狙い続けた彼の存在は心臓食いにとってうっとおしい存在であったのだろうか。間近で見た眼球には微かにヒビが入っていたようにも思えたが、視界はどうなっているのか。分からない。この世とは理が違う。圭介の内部に秘めた好奇心が疼きだすが、生憎体が動かない。 だが、圭介にも分かる事はある。 既に『心臓食い』は『追い詰められている』という事実。 「行きます、狙って下さい」 同じく察したレイチェルが、勝負をかけるべく息を吸う。 不浄を焼き払う光が辺りを満たす。これで殺す事はできない。だが、後を続ける仲間がいる。 「どうぞ、ご自分の心臓を賞味下さいませ」 胸に叩きつけられたうさぎの掌底。運命を削りながらも立ち続けたうさぎが放った一撃。 それ自体に威力はないが、幾度も幾度も身に受けて、『それ』が何を招くかを知っている心臓食いは大きく身を捩じらせた。無駄だった。 内部から白い毛皮が弾ける、破裂の衝撃で飛び出した骨――の様なものがうさぎに刺さり、血飛沫が前衛に降り掛かる。 鉅がほんの少しだけ眉を寄せて不快気な顔をし、零六が浮かべた笑みを深くした。 最初から最後まで生臭さを伴って。 白の獣は己の赤に身を浸し、見知らぬ世界で息絶えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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