● 雨に打たれて風に舞う 降りしきる雨が、公園に植えられた桜の花弁を散らす。舞い散る薄桃色の花弁を、湿気を含んだ風が運んでいく。風に紛れて、麦わら帽子を被った少女が駆けて行ったような気がした。麦わら帽子から突き出しているのは、角だろうか? まるで小鬼のようである。 花弁に紛れて舞っていた、小さな桃色の宝石を、小鬼の少女は奪い去って行く。 『………あ』 いつの間にそこに居たのだろう。桜の樹の真下に、桃色の着物を纏った女性が座っていた。ほっそりとした手を小鬼の少女に向かって伸ばすものの、少女が立ち止まる気配はない。 それどころか、宝石を掲げて『とりにおいでよ』と女に告げた。悪戯っぽく、悪意は微塵も感じさせない。ただ、話を聞くつもりはないようだ。 『それがないと……わたしは』 女がそう呟いた直後。 公園の至る所から、無数の根っこが飛び出した。まるで意思を持っているかのようにうごめき、暴れる根っこを見て、女はおろおろと視線を泳がせる。 『それがないと、止められない』 暴れている根っこは、女の一部であるようだ。それを制御していたのが件の宝石である。しかし、その宝石は小鬼の少女に寄って持ち去られてしまった。 『あと少しだけ止めておければ、何もないまま、わたしは消えてしまえたのに』 今にも泣き出しそうな顔で、女は俯いた。彼女は桜の下を動けない。宝石を奪い返しに行く手段がない以上、根っこを止める術はない。 罪無き者がこの公園に近づかないよう、彼女はただ、願う事しかできなかった。 ● 桜の頃 「彼女の名前はEフォース(桜姫)。桜が散るのと同時に消えようとしていたみたいだけど、現在は暴走してしまっている」 暴走していても、意識までは失っていないらしい。ただ、自分の力を制御できないでいるようだ。『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、そんな桜姫を不憫に思っているように見える。 「彼女の持っていた宝石を、Eエレメント(風の小鬼)が持ち去ったのが原因」 桜姫の暴走を止めるには、桜姫を討伐するか、小鬼の持って行ってしまった宝石を取り返し力を沈める他ない。 宝石を取り戻してやれば、桜姫はそう時間を要さずに自然と消えて行くことだろう。 「桜姫自身に攻撃の意思はない。けれど、暴走した彼女の力は対称を選ばずに襲って来る」 宝石を取り返すにせよ、桜姫を討伐するにせよ、彼女の居る公園を空けてはおけないだろう。 それと同時進行で、小鬼の対処にまわる必要もある。 「風の小鬼の力は弱い。反面、非常に素早く移動する特性を持っているわ」 悪戯目的で桜姫から宝石を盗んで行ったであろうことが伺える。知能があまり高くないのか、こちらの話がどれくらい通じるのかは未知数だ。 「小鬼は公園の半径300メートル以内を縦横無尽に駆け回っている。恐らく遊んでいるつもりなのでしょう。行動範囲は少しずつ広がっているわ」 なるべく速い段階で、宝石を奪い返す必要があるのは確かだ。そうでなくとも、時間経過と共に補足すら難しくなって行くのは間違いないだろう。 「小鬼は、満足したら消えてくれると思う。そうでなかったら、可哀想だけど討伐を完了させてきて欲しい」 神秘の存在を野放しにすることはできない。 最悪の結末を想像し、イヴはそっと目を伏せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月21日(月)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●薄櫻姫 ひらりひらりと舞い散る櫻。それを見つめる寂しげな瞳。着物に身を包んだ姫君は、浮かない顔をしてその場に座り込んでいた。 元より、彼女は人知れずそっと消えるつもりだった。花見の季節もそろそろ終わる。桜を見ながら、楽しげに振舞う人間を見るのが好きだった。 だというのに……。 公園を埋め尽くす勢いで、櫻の木の根が地面に突き出し、暴れ回っている。 すでに彼女の制御から離れた、彼女の一部。今となっては、どうしようもない。せめて、悪戯好きな風の小鬼が、力を抑え込むための宝玉を返してくれればいいのだが、それは難しいだろう。 せめて。 今、この時、誰もこの公園に近づかないことを祈りつつ……。 桜姫は、一筋の涙を流すのだった。 ●風の鬼と、桜の姫と 「折角です、童心に帰ってはしゃいできたらどうですか? 鉄仮面の仏頂面も晴れるかも知れませんよ。まあ、貴女の子供時代は想像できませんが」 公園の入口で足を止め『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は、隣に立っている『Seraph』レディ ヘル(BNE004562)へとそう語りかけた。 レディは、暫し思案すると、ハイテレパスを使って諭の脳裏に直接言葉を返す。 『童心など持ち合わせたことはない。昔の事は思い出せない。恐らく打ち捨てたのだろう』 「おや、そうなんですか?」 なんて、興味なさげに薄い笑みを返し、諭は胸の前で両手を合わせた。 諭を中心に、結界が展開される。結界の展開に反応したのか、公園から飛び出して来た根が諭を襲うが、レディの剣がそれを切断。 「ただ静かに、穏やかに散り逝こうとしていた桜。その最期が、こんな滅茶苦茶で、辛く悲しいものであっちゃいけないよな。ここはひとつ、気合入れて行こうか!」 頬を叩いて気合いを入れて、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は公園の中へと足を踏み入れた。四方から迫る根を、エルヴィンは受け止め桜姫の方へと向かっていく。 そんなエルヴィンを一瞥し、諭は一言『酔狂な』と、呟いた。 公園から聞こえて来る轟音に耳を傾け『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)はエルヴィン達が動き始めたことを理解した。しかし、そんなこと彼女にとってはどうでもいい。彼女の目的は1つ。散りゆく桜を肴に、一杯やることだ。 「持ち物確認。日本酒! 弁当! 茣蓙! うむ、準備は万全なのじゃ」 持参した花見道具一式を確認し、大きく頷いた。 そんな瑠琵の背後を、一迅の風と共に、麦わら帽子を被った少女が駆け抜けていったのだった……。 けらけらと笑いながら、小鬼が空中を疾駆する。 「まったく……面倒くさいことしてくれるわね。余計な手間ふやさせて」 小鬼の眼前に飛び出して来たのは『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)である。小鬼を捕まえるべく、ソラは両手を伸ばしたが、次の瞬間、彼女の視界から小鬼は姿を消した。 「っ!?」 足を止め、小鬼の姿を探すソラ。その耳元で、くすくすという笑い声が響く。 ソラが背後を振りかえると同時、彼女の全身を風が包み込んだ。ふわり、と体の浮く感覚。視界が百八十度反転し、自分が弾き飛ばされたのだと理解するころには、ソラの身体は地面に倒れ込んでいた。 あっという間に、小鬼はいなくなってしまったが、ガサガサと木々が揺れるのが見える。逃げていった方向はそれでハッキリした。まだ追いつけると判断し、ソラは再び駆け出すのだった。 ソラから、小鬼発見の連絡を受けたエイプリル・バリントン(BNE004611)は低空飛行で木々の間を潜り抜けて、小鬼の進行方向へと急行していた。 「今回の方針は比較的穏便だ。小鬼から宝石を取り戻し姫に渡すだけのミッションだもの」 頭巾を押さえて飛び回る彼女の眼前に、小鬼が飛び出して来た。驚いたような顔をしている。今のうちに、と一気に距離を詰めるエイプリルだが、小鬼は素早く方向転換。 エイプリルの指先が、小鬼の帽子を掠めた。 「くっ……。速い」 エイプリルは唸るように、そう呟いた。 小鬼の姿が、遠ざかる。置いていかれないよう、エイプリルも速度を上げる。 エイプリルに追われながら、小鬼はくすくすと笑っていた。 小鬼の求めていたものはこれだ。誰かと遊びたかっただけなのだ。自分は所詮風である。時間が経てば、消えてしまうだろう。その前に、思い切り誰かと遊びたかった。自分の速さを、自慢したかった。先ほど宝石を盗ませてもらった姫は追ってきてくれなかったが、彼女達は違う。 何者かは知らないが、自分と遊んでくれるのだから。 それも、1人ではない。今もまた、小鬼の正面に黒い外套を羽織った男が現れた。 「初仕事というやつですかね。心優しき桜姫。悪意なき小鬼。やりあうという選択が出なかった皆さんの優しさを思えばこそ、私もそのように振る舞いましょう」 両手を広げ、小鬼の進路を塞ぐ『御峯山』国包 畝傍(BNE004948)を見て、小鬼は慌てて足を止めた。 小鬼が足を止めると同時、辺りに突風が吹き荒れた。 正面には畝傍、背後からはエイプリル。それならば、と小鬼は視線を頭上に向ける。 しかし……。 「宝石、返すっす!」 木から飛び降りてきた人影、『ジルファウスト』逢川・アイカ(BNE004941)が叫ぶ。鉄甲に覆われたアイカの手が、まっすぐ小鬼に伸びる。 アイカの姿を視界に捉え、しかし小鬼は進路を変えないまま、まっすぐ頭上に飛び上がった。 小鬼と共に駆け抜ける突風が、まっすぐアイカの身体を貫く。 一瞬、息の詰まるような衝撃がアイカの身体を駆け抜けた。次の瞬間には、既に小鬼はアイカの真横を駆け抜けている。 「それを取られて困ってる子がいるんすよ。鬼ごっこならあたし達が付き合うんで、それは返してもらえないっすか」 落下しながらアイカが叫ぶが、その声は小鬼に届かない。 遠ざかる小鬼を見つめながら、アイカの身体は地面に落ちた。 空中から、公園周辺を監視していたレディだったが、何かを見つけて諭の傍へと高度を下げる。 背後から聞こえる轟音は、エルヴィンが桜姫の根の相手をしている音だろうが、放っておいてもエルヴィンが上手く抑え込んでいてくれるだろう。 そんなことよりも、優先すべき事がある。 『人……。音を聞きつけてきたようだ』 諭の脳裏に、直接レディの言葉が響いた。 それを聞いて、諭は懐から式符を取り出し、影人を召喚。レディの指示に従って、近づいてくる者の元へ、影人を急行させる。 轟音を聞き付け、公園に近づいてきていたのは老人だった。片手に下げた籠の中には、山菜が詰まっている。 どうやら、近くの山で山菜摘みをしていたらしい。影人は、老人に駆け寄ると、その身を抱えてその場から遠ざかる。困惑する老人に向けて、諭は一言声をかけた。 「子供が騒いでるだけです。邪魔しても無粋でしょう?」 エルヴィンが桜姫を抑える。レディと諭が、公園に近づく一般人を遠ざける。 その間に、仲間達が小鬼から宝石を奪い返してくれるだろう。 小鬼が駆ける。空中を、自由自在に上下左右縦横無尽に駆け回る。追手は5人。皆、一心不乱に自分を追いかけてくれる。そのことが、小鬼には嬉しかった。 何度風に弾き飛ばされても、何度地面に打ち落とされても、それでも彼女達は小鬼を追いかけ続ける。真剣な表情で、しかし時には笑顔を浮かべ。 こんな鬼ごっこを、小鬼はずっと望んでいた。 ふらり、と畝傍の身体が揺れる。一瞬の隙。その隙を見逃す小鬼ではない。麦わら帽子を押さえ、畝傍の死角へと滑りこむように駆け込んだ。見つけた隙を逃さない。相手の死角へとわざと駆け込むギリギリの緊張感を、小鬼は楽しんでいるのだ。 「隙を突いて死角にまわる性質があるというのなら……」 確かにそこは畝傍の死角だったはずだ。現に、畝傍は小鬼の動きについてこれていない。しかし、小鬼の方を見ないままに、畝傍の腕が突き出された。 地面を蹴って、小鬼は跳び上がる。突風と共に畝傍の腕を回避した小鬼の頬には、冷や汗が滲む。 危なかった。 そう感嘆の声を漏らす間もなく、次の追手が迫る。 「マジ鬼なんで、これ鬼ごっこ……じゃないっすよね」 木を蹴って、小鬼の進路を塞ぐように飛び出したのはアイカであった。 当然、小鬼の反応速度を以てすればアイカの接近を難なく回避することができる。するり、とすり抜けるようにアイカの背後に回り込む。突風でアイカを弾き飛ばそうとして、ふと思い出した。そういえば先ほど、彼女を地面に叩きつけてしまったのではなかったか。 そう思うと、小鬼はアイカをその場に残して、彼女と畝傍から距離をとるべく後方へと下がる。 後方へ跳び退いて、アイカと畝傍の視界から隠れた小鬼を待ちかまえていたのは、瑠琵、ソラ、エイプリルの3人だった。3方向から、小鬼を囲むような配置を見て悟る。アイカと畝傍によって、小鬼はこの場に誘い込まれた。直感で駆ける小鬼と、策を張り巡らせ連携して事に当たるリベリスタ達の違いがこれだ。 しまった、と思う。 それと同時に、でもいいか、とも思った。 十分に楽しむことができた。相手の作戦勝だ。捕まってやってもいいかもしれない。 だが……。 真剣に自分と遊んでくれた彼女達相手に、手を抜く事はできない。最後まで全力で駆け抜け、その上で勝敗を決しようではないか。 そのために。 桜姫から奪った宝石を、帽子の中に押し込んで。 空気の層を蹴飛ばして、小鬼は弾丸のように飛び出したのだった。 「此処で逢ったが百年目なのじゃ!」 「あとは全力で追いかけるだけよ」 瑠琵が飛び出す。ソラが小鬼の進路を塞ぐ。急停止した小鬼目がけ、瑠琵の手が伸びた。小鬼はそれを、身をかがめることで回避してみせる。 それならば、と同じくしゃがみこんだソラが小鬼の帽子へと腕を伸ばした。 麦わら帽子を護るように、小鬼は地面を転がって逃げる。後を追って、瑠琵が飛んだ。 瑠琵の腕が一閃。小鬼はそれをジャンプでかわす。 ソラが小鬼に飛び付いた。突風と共に、小鬼は上空へと飛んだ。 と、そこに……。 「」 そこに居たのは、自前の翼で空を飛ぶエイプリルであった。小鬼の頭に優しく手を置き、帽子と宝石を取り上げる。瑠琵とソラの作った隙を突いたのだが、既にエイプリルに先回りされていたようだ。 ふわり、と微笑むエイプリル。 小鬼も楽しげに、けらけらと笑った。 『あぁ、楽しかった』 と、最後に一言だけ残し。 小鬼は透けて、消えていった。 エイプリルの手に、宝石と麦わら帽子だけを残して……。 ●桜の季節の終わり 桜の花弁が渦を巻くように、舞い踊る。見ているだけなら、これ以上ないくらいに幻想的で美しい光景だろう。 しかし、渦の中央にいるエルヴィンは、美しさに見とれているわけにはいかなかった。 花弁が皮膚に触れると共に、鋭い痛みが体に走る。見ると、花弁の触れた部位が、凍りついているではないか。 『なぜ、そこまでして』 そう訊ねたのは、桜姫だった。桜の木の下に座り込んだまま、エルヴィンを見やる姫の瞳は潤んでいた。 「なぁに、ちょっとした男の意地みたいなもんです」 ギシ、と一歩前に出るごとにエルヴィンの身体から軋んだ音が鳴るようだ。 皮膚は凍り、身体中には根による打撲痕が浮いている。骨や内臓にもダメージが残るのか、口からは血が溢れていた。それでも彼が倒れないのは、ダメージを受ける度に、回復術で自身の傷を治しているからだった。 それでも、限界は訪れる。 四方から、木の根が襲いかかる。エルヴィンは、拳を掲げてそれを受け止めた。 直後、彼の足元から更に1本、根が飛び出す。回避は出来ない。防御も間に合わない。根による強烈な一撃が、エルヴィンの顎を撃ち抜いた。 ぐらり、とエルヴィンの身体が揺れる。 『あぁ……』 目を逸らし、桜姫は涙を零した。 彼女の目には、エルヴィンの身体から全ての力が抜け落ちたかのように見えたのだ。 けれど……。 「こんにちは、お姫様。貴女にそんな顔は似合いませんよ。どうか、笑ってください」 途切れた意識を、フェイトで無理矢理繋ぎ直して、エルヴィンは飛び出した。 血に塗れた顔で、しかしこれ以上ないくらいに優しい笑みを浮かべ、エルヴィンは言う。 彼の四肢を拘束する根がブツンと音をたてて、切断された。エルヴィンの手にした奇妙な鉄塊が、不可思議な文様を浮かびあがらせている。恐らく、その不可解な鉄塊による攻撃か。 一瞬の隙を突いて、エルヴィンは姫の眼前にまで近づいた。 と、その時だ。 「待たせたのぅ」 頭上から瑠琵の声がする。顔をあげたエルヴィンが見たのは、レディによって桜の真上にまで運ばれた彼女の姿だった。瑠琵が大きく手を振ると同時、何かがエルヴィン目がけて放られた。 エルヴィンが受け取ったそれは、薄紅色に光る宝石だ。 エルヴィンはそれを、桜姫に手渡す。恐る恐る、桜姫は宝石を受け取った。 途端、今まで暴れ回っていた根が大人しくなり地中へと潜って消える。 『ありがとう……』 泣きながら。 しかし、桜姫は笑っていた。 ひらひらと、桜の花弁が舞い散る。花弁が散るのに合わせ、桜姫は薄くなって消えていく。 淡く、優しい笑顔を残して。 彼女はそっと、この世界から消滅した。 その日、とある老人は見たと言う。 花弁も散って、すっかり寂しくなった桜の木の下で、奇妙な格好をした一団が、楽しげに、それと同時に、どこか寂しそうな様子で酒盛りを開いていた光景を……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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