●画竜点睛を欠く 病室のベッドの上で眠る老人は、死の淵に立たされてなお、満ち足りた表情をしていた。 思えば良い人生だった。 配慮に恵まれ、子宝にも恵まれ、こうして家族に見守られながら天寿を全うできる。 素晴らしいことではないか。これに勝る幸福がどこにある。 「ああ、お父さん。こんな日が来てしまうだなんて」 多くの子供たちが老人を囲んでいる。歳の離れた末娘などは涙声になっていた。 「おじいちゃん、眠たいの?」 孫達の不思議そうな声が聞こえる。彼らは死というものをよく分かっていない。だが、いずれ意味を知ることになるだろう。その時のために、今はただ未来に繋がる記憶となろうと、老人は密やかに思う。 妻は、何も言わなかった。交わす言葉も不要ということか。それもまたいい。 しかし喋らなくなったのは妻だけに限らなかった。一人、また一人と口数が減っていく。ついには誰も横たわる老人に声をかけなくなった。 奇妙に思って無力感に逆らい瞼を開けると、天井から壁からリノリウムの床に至るまで、真っ赤な血で覆い尽くされていた。 自分に掛けられている布団のシーツさえも鮮血に染まっている。 そして無数に転がる、瞳の虚ろな家族の骸。 全身を容赦なく切り刻まれた惨殺死体。 血血血血血血血血血傷傷傷傷傷傷傷傷傷腸腸腸腸腸腸腸腸腸。 どこを見渡しても死しかない。 「やあ、おはよ!」 目の前に広がる凄惨な光景に相応しくない、陽気で楽しげな声音。 「終わりよければ全てよし。じゃあその逆は?」 見知らぬ男が狂気的な笑みを浮かべて佇んでいた。 「イコール、何もかも最悪ってことだね! その顔を見てたら分かるよ! 僕はそういう深い絶望の表情が見たかった!」 気の触れた言動を繰り返す男。医者風の外見で、汚れの目立つ白衣を着ているのに、返り血ひとつ浴びていない。けれども両手の指に挟んだ銀のメスには、しっかりと血液が付着している。 「だから殺したってわけさ!」 今にも小躍りしそうなほどに嬉々とした様子で、身も蓋もなく冷酷な発言をする。 老人は何かを言い返したかったが、何から言っていいかも分からなかった。ただただ怯えることしか出来なかった。 「大丈夫。君もすぐにみんなのところに逝ける! でも君は僕の手では殺さない。延命装置を切っただけだ! 寿命で死ね! 僕はそういう死に様を看取るのが大好きなんだ!」 けらけらと笑う男。 段々と意識が遠のいていく。 絶望を抱いて息を引き取っていく老人の顔を眺めながら、男は心底楽しそうに叫んだ。 「スバラシイッ!」 ●墓送りの医者 「一言で表すとクソ野郎」 リベリスタ一同を前にした『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、回転椅子の背もたれをギシギシ鳴らしながら説明を始めた。 ブリーフィング・ルームのスクリーン上に提示された観測映像では、伸暁が述べた感想も納得の、唾棄すべき出来事が起こっていた。 外堀を埋めるように殺人が犯され、平穏に迎えたかったであろう散り際は台無し。 「まあ、愉快犯だな。元々はどこぞのリベリスタ機関でメディカルサポートを担当していたらしいが、人の死ぬ瞬間にエクスタシーを覚えて以来、今じゃ根無し草のフィクサード」 男の名前は自由ヶ峰博、というそうだ。 「でもこれからぶっ飛ばすファッキンガイの名前なんてどうでもいいだろ?」 何人かが賛同する。 「場所は廃病院だ。前から霊が出る出るって噂だったようだけど、こいつが自宅代わりに住み着き始めてから本当にエリューションとして出始めたみたいだぜ。そっちのほうも警戒よろしく」 そして伸暁は鼻歌交じりに、フィクサードの顔写真が印刷された資料をくしゃくしゃに丸めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月24日(木)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●いくつもの執着 湿った黴の臭いが充満していた。 暗闇に閉ざされた廃墟の雰囲気よりも、まずはその臭気に薄気味悪さを覚える。 明かりがないことは問題ではない。 「そんなものは慣れっこだ」 蒼眼中の桿体細胞を増強させながら、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)はひとりごちた。夜間の任務は過去に何度もこなしている。 建物内の探索において、明度という難点は比較的容易にクリアできる。『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)のように携帯式の照明を持ち込むことでも補える。真に必要なのは、獲物の位置を突き止める洞察力だ。 「そういうのが頭ン中じゃなくて視覚的に可能なのが、俺様ちゃんなわけなんだよね」 透過技能を持つ『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)が、ウィンクして言った。涼子は特に応えず、ただ先を進んで背中を預けた。 「しかしまあ、こんな辛気臭ぇ所で暮らしてるとは、心底悪趣味な野郎だ」 列の最後尾で侵入した『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)が、塗装の剥げた壁と、錆びの浮いたベンチを見渡して呟く。 「悪趣味で、惨めだ。道を外した負け犬の住居には相応しいじゃないか」 ユーヌが冷淡な口調で言い捨てる。 「わ、苛烈ー」 にこにこと楽しそうに笑う葬識。 「これから殺す相手を気遣うような発言をしたって、何の得もしないだろう」 「確かに! 同意!」 「ちょ、ちょっと待ってくれ」 二人の会話を耳にしていた『花染』霧島 俊介(BNE000082)が、思い立ったように口を開いた。 「なあ、自由ヶ峰博って奴、元々はリベリスタなんだろ?」 装着していたゴーグルを一度首に提げて、自分の目で皆を見る俊介。 「初めは俺達と同じ側の人間だったんだ。もしかしたら、説得に応じてくれるかも知れんやん? どんなクソ野郎が相手だからって、何も殺して終わりなんて決着じゃなくても構わないじゃないか」 勿論、出来るのであれば、と俊介は付け加えた。 「なんだなんだ、同情か? 気の狂った奴なんかに同情も糞もねーっての」 ブレスが横槍を入れる。 「同情とかそういうんじゃない。違う解決の形があるかも知れなくねってだけで」 「霧島ちゃん、本当に甘いよね」 相変わらず葬識の口元には笑みが残っている。 「俺が甘ちゃんなんてのは分かってる。それでも、それでもなんだよ。無理を承知で話がしたい。俺の目の前で人死になんて、これ以上見たくないんだ。だから」 「聞き入れる耳があれば、の話だがな」 極めて現実的な、ユーヌの台詞。 「よしたよした。内輪話は後回し。さっさと進むぞ」 強結界を張り終えた『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)が、ぱちんと手を鳴らして号令を掛けた。 遥かを望む僧の瞳は既に、フィクサードの所在地を見透かしている。 ●主義主張 作戦は最初から決まっている。不意打ちを仕掛け、敵の寝首を掻く。 「ま、実際に寝てるわきゃないけどな」 銃弾のストックを確認しつつ、ブレスは階段を一歩一歩上がっていく。息を潜めているとはいえ、自由ヶ峰が何の異変も察していないとは思えない。 フツの見立てによれば、自由ヶ峰は入院病棟である三階に身を隠しているという。足音のひとつひとつが、接近を告げるサインになることだろう。 「ということで、せめて余計な物音は立てないようにしましょうか。凡ミス、ダメ、絶対」 灯台下暗し、とばかりにセリカ・アレイン(BNE004962)が周囲を隈なく注視する。特異に暗順応した瞳によって曝け出された廊下には、割れ落ちた窓ガラスや砕けた花瓶の破片が散乱していた。 大凡の目処があるとはいえ、細々とした障害物の有無は実際に目にしなければ把握できることではない。破片の散らばった区域を避けつつ、行軍を続ける。 「まあこのくらいは基本なわけで……問題は、やっぱり"あれ"ね」 視線が集束する先で、引き裂かれたビニールめいた半透明の物体が宙に浮かんでいる。 あてもなく漂うそれは、エリューションとして世に繋ぎ止められた霊魂に他ならない。 「こんな風にひょっこり出てこられるとちっとも情緒ってもんが感じられないな」 寄ってきたところを槍の穂先で軽く小突いてみるフツ。 霊魂はあっさりと押し戻されていったが、再び緩やかに浮遊してくる。 「触れると体力が奪われる、だったか。七面倒なエリューションだぜ。こんなところで無駄に消耗するのもアホらしい」 「構う必要はない。三階でいいんだったな?」 一方でE・フォースには全く興味がないかのように、涼子はひたすらに前進する。 残される四人。 「さて、どうする? あたしは交戦を避けるのもありだと思うけど」 「どっちにしろ、私達も急いだほうがいい。反対ルートから進んでいる面子がもうじき最上階に到達する。合流するとしよう」 瞼を閉じ、耳を澄まして味方の現在地を確認するユーヌ。 生命力を求めて彷徨う霊魂が、ふわふわとユーヌの元へと流れてくる。 「未練がましいな。何も残さず消えてゆけ」 一瞥。 瞬発的に呪いを刻印し、虚空へと縛りつける。 身動きを封じられた霊魂に向けて、機を見計らっていたブレスは一発だけ銃弾を放った。 「サイレンサーの効きは上々。恨むなよ、さっさと道を開けないお前が悪いってもんだ」 銃口から立ち上る煙を吹き消すブレス。 「騒がせちまってスマン。俺には祈ることしか出来ないが、せめて安らかに眠ってくれ」 霧散していく霊魂を見送りながら、フツは静かに手を合わせた。 事情も、理屈も知らない。 彼が何故フィクサードへと身を落としたかについては興味がない。 ただ、涼子の脳裏にあるのは、人の命を身勝手に弄ぶフィクサードを憎む想いだけだった。 それ以上は、考えたくない。 忌み嫌うべき敵だということは分かっている。 けれど苛立ちを発散するようにリベリスタとして活動している自分と、歪んだ欲求を満たすために殺戮を繰り返す快楽殺人鬼と、どれほどの違いがあるというのだろう。 それを思い知らされるのが怖かった。 だから考えたくない。 ひとつだけ確かなのは、自由ヶ峰博という異常者への憎悪で、己の心が燃え盛っているということだけだ。 「……急先鋒、か」 三階廊下に一人佇む涼子。 誰の気配もなかった。 プレートの取り外された病室は、窓にカーテンが掛けられていて、中を覗くことが出来ない。 迂闊に動けずにいるうちに、一体、また一体と霊魂が姿を現し始める。 「アンタらに用はないんだ! わたしが仕留めたいのは、一人だけだ!」 意志力を高めて臨戦態勢を整えるが、数の上で圧倒的に不利を背負っていた。霊の群れが重なりながら肌に触れ、少しずつ涼子の肉体から活力を奪い取っていく。 囲まれても尚、決して膝を折らない。屈しない。 「好き放題しちゃってくれてるね、おばけさんったら」 顔を上げると、格子状に太刀筋が引かれるのが見えた。 伸びた廊下の先に葬識がいた。 いつものように陽気な面相と、いつものように飄々とした仕草で。 唯一、剣先から禍々しい瘴気を発していることを除いては。 「おばけこわーい」 涼しい顔で葬識はそんなことを言う。 「現世に縛りつけられるだなんて、本当にこわーい。死んでも解放されないだなんて想像しただけで夜も眠れなくなっちゃうよ」 闇を顕現させたかの如き漆黒の瘴気が、喰らいつくように霊魂を覆い尽くしていった。 裂き、灼き、砕き、滅し、潰し、溶かし。 音もなく。 二度目の死は与えられた。 「どいてろ、二人ともォ!」 突如としてブレスの大声が響き、静寂に終止符が打たれた。 怒号と共に投じられた手榴弾は、病棟の一室の窓ガラスを突き破り、盛大に炸裂。 爆発の代わりに眩いばかりの閃光が広がる。 「ここでいいんだったな、坊主?」 「いいぞ遊び人、その部屋で間違いない。自由ヶ峰の野郎の居場所はそこだ! 突入するぜ!」 威勢よくフツがドアを蹴破る。その背中を、後続が追っていく。 「おうい、大丈夫か!?」 少し遅れて階段を駆け上がってきた俊介が、遠距離からでも間に合うだろうに、走り出した勢いのまま涼子に近寄って直接治療を施す。 「よかった、やばめなダメージにはなってないや」 心の底から安堵して胸を撫で下ろす俊介。 結局のところ、霧島俊介という人間は、敵味方問わず優しすぎるのだろう。 それが甘さとして枷になることもあれば、こうして頼れる後ろ盾になることもある。 涼子は強さと厳しさを求めている。自分にも、他人にも。 だから誰よりも傷ついて――感情を押し殺せない。 「……わたしは、誓って博を殺してやりたいと思ってる」 「涼子」 「だけどアンタの邪魔をする気もない。お互いがやりたいようにやるなら、そっちから先にすればいい。死体に口なんてないんだから」 「いいのか?」 「仲間だからな」 視線を逸らしたまま涼子は答えた。 「感謝するでよ!」 それだけ手短に伝えて、俊介は病室の中へと飛び込んでいった。 涼子はゆっくりと背筋を伸ばす。 まだ、亡霊の生き残りが辺りを漂っている。だが今は構っている場合ではなかった。 自分も向かわねば。 ●手中の糸 自由ヶ峰博なるフィクサードは、少なくとも目に見えて狂ってはいなかった。 外見上の特徴は草臥れたスーツに白衣を羽織っていることくらいで、突飛な点の見当たらない男。 「お前、元リベリスタなんだよな!」 フツがよく通る声で呼び掛けた。 入院患者用に設けられた大部屋は、ベッドが撤去されているせいもあってか、予想外に広く感じられる。 「それが、どうしてこうなったか、オレ達に話してみるつもりはないか。オレもリベリスタだからサ。何があってこうなったのか気になるんだよ」 フツが喋っている最中にも、ユーヌは殺気立った眼差しを送っている。 「理由? 理由か! はぁはっ! 凄く良い。そういうことを尋ねられると最高に自分が惨めで滑稽で情けのない人間に思えてくるよ。まったく君達はよく理解しているね!」 急に博は発作のように笑い出した。 「何がおかしいんだ? 惨めだと自覚しているなら囀るな。余計に哀れなだけだぞ」 ユーヌの無感情な声にも、博はクツクツと喉を鳴らす。 「ああ、なんて素晴らしい言葉の数々なんだ。いいだろう、教えてやる。どこからとかじゃない。最初からだったんだ! リベリスタになるまでは眼前で人が死んでくなんて経験、なかったからね! 人が死ぬ瞬間がこんなにも愉快だなんて知らなかった!」 腹を抱える博。ユーヌだけでなく、葬識も呆れていた。 「だから死ぬところが見たくて人殺しやってるってわけ? それって要するに、"殺したい"じゃなくて"死なせたい"ってことじゃん。誰かを苦しめたいだとか、そういう自己実現の欠片もない考え方なんざ、俺様ちゃんの哲学とは似ても似つかないよ」 「へえ! 君はこちら側の臭いがしたんだけどな」 「ぜーんぜん。一緒にしないでほしいね。まあでも逆に、自由ヶ峰ちゃんがこちら側に来るのはアリだよ?」 そう言って、葬識は背後を指差す。 示した方向には、駆けつけてきた俊介がいた。 「見りゃ分かるだろ。これ以上お前は逃げられない。俺達はお前を殺しに来たんだからな。だけど死んだら全て終わりだ……大人しく投降してくれ。生きて罪を償うんだ!」 懸命に叫んだ。 どんな下賎なフィクサードだろうと、更生の余地が残されていると、彼は本気で信じている。 「アークで働いてるほうが、狩られる立場にならなくてもいっぱいいっぱい殺せるよ! 現代の殺人鬼は頭も使わなきゃ!」 葬識が合いの手を入れる。その後ろで、セリカが魔方陣を密かに展開していた。フィクサードの返答次第では、この部屋は即戦場へと変貌するのだから、備えておくに越したことはない。 「素敵な申し出。心が震えるよ」 台詞とは裏腹に、博は忌々しげに口角を吊り上げた。 「残念だけど、首輪をつけて指示に従って殺して回るなんて、僕の性に合わないね。僕は自分のやりたいようにやる! 悪党らしくさ! 君達は君達の正義に倣えばいいさ!」 「……ふざけるな。ふざけるなよ! そうやって悪を自称するな、正義を押し付けるな! 俺達を肯定しないでくれ! お前だってまだ戻れるんだ、まだ!」 嘆願する俊介。彼が最後まで言い切る前に、既に博は行動を開始していた。 両手に握られたメスが、糸を引くような軌道で俊介の喉首を狙う。 咄嗟に差し出した左腕でなんとか致死は免れたが、攻撃を受ける箇所が入れ替わっただけで、傷と痛みが防げたわけではない。 即座にユーヌが滑空し、博と俊介の間に割って入る。 「交渉は決裂だ。脳の代わりに空気が詰まった馬鹿に話は通じない。今日の教訓だ、霧島」 俊介は歯噛みする。腕に傷を負わせたメスの一撃よりも、博の拒絶に深く胸を抉られた気分だった。 「惨めな死がお好みか? 私は呆気無い方が好みだな」 幾重にも張り巡らされた結界が、博の神経に極負荷を与える。 それでもまだ不十分とばかりに、ユーヌは呪術で手足の自由を奪いにかかる。 「どうした、老人のようにメスを震わせて。権威あるお医者様にでもなったつもりか?」 少女が振るうナイフのほうが、断然速い。 「この人数差で、てめぇに何が出来るっていうんだよ!」 ブレスが遠隔射撃で援護する。所詮は一人。それも医務出身だけあってか特別戦闘に秀でているというわけでもなく、虚を突かなければ碌に刃を当てられないような取るに足らない相手だ。 「戦って殺すのはわたし達の領分だ。アンタみたいに卑怯なやり方はしない!」 獰猛なオーラを纏った涼子の拳が、博の体を弾き飛ばし、勢いよく壁に叩きつける。 大蛇を模した拳撃の威力たるや凄まじく、骨を粉砕する手応えが涼子にも伝わった。 「ちょくちょく回復挟んでくるから、無駄にしぶといねー」 魔方陣から立て続けに光弾を射出しながらも、セリカは観察する。被弾の割にまだ息があるのは、リベリスタ時代に習熟したであろう治療術のおかげに違いなかった。 集中攻撃を受けながらも、博はなんとか地を這いながら病室から抜け出した。 廊下にはE・フォースがいる。時間を稼いでくれるはず。 「予測的中、ですね」 階段に踏み入ったところで、澄み切った声を聞いた。 瞳に毅然とした光を宿し、白い翼を広げた少女。 強固な意志の元に、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が刀を抜いていた。 「人々を不幸にして喜ぶ……私の一番嫌いなタイプです。捨て置けません!」 切っ先を突きつけて啖呵を切るセラフィーナ。 E・フォースの残党が見当たらない。待ち構えていた彼女によって始末されたということか。 「うふふはは、君達はなんて素晴らしいんだ! 腕も立つなら頭もいい! 全力で殺しにきている!」 博はメスを構え直した。 分泌された脳内麻薬が痛覚を吹き飛ばし、同時に自己暗示をかける。 陶酔した様子を嗅ぎ取ったセラフィーナは、慌てず閃光弾を破裂させ、ショック療法で正気に戻させる。 「さっきの光! 君も持っていたのか!」 フィクサードは演劇のように大袈裟に天を仰いだ。 メスと刀剣の間には、絶対的なリーチ差が存在する。 窮地だというのに依然として病的な笑い声を上げる男を、セラフィーナは確と睨みつけて。 刀を握る手に力を込めた。 「人を傷つけて愉悦を覚えると言うのなら……傷つけられる痛み、その身で知りなさい!」 銀刃が、闇を裂いた。 無数に散らばる刀の軌跡は、乱反射して光り輝くかのように。 夜に幻想的な虹を描いた。 転がり落ちた死体だけが、過酷な現実を主張していた。 何よりも激しく。 ●ひとつだけの終着 博の亡骸は、刻まれた傷の量ほどには惨たらしい印象は抱かせなかった。自らの死すら楽しんでいたかのように、その顔にはペルソナめいた笑みが張り付いていた。 「ね、霧島ちゃん。生かせたい生き方ってむつかしくない?」 葬識に声を掛けられた刹那、霧島は反射的に拳を振り上げ―― 葛藤の末、ゆっくりと下ろした。 「ごめん、俺、殴ろうとした。葬ちゃんは友人だってのに。いつも俺に代わって殺してくれる、大事な」 「もういいから、早くそっちの傷を治したほうがいいよ」 血の滴る俊介の腕を差して、葬識は忠告した。 「……腸が煮えくり返るくらい、憎々しいフィクサードだったのに」 嫌な気分だった。 それは敵に対する同情ではない。そんな戯言めいた感情など涼子はこれっぽっちも抱いていない。 ただ単に、自分の、ひいてはリベリスタの在り方について考えさせられるせいだ。 戦っている間は夢中だから気にならないが、こうして残された死体を直視させられると、強烈に殺人という行為について意識させられる。 「嬉々として殺人を犯しているフィクサードを許す理由など、一欠片もありません。そんな敵相手に考え込んでいたら、何も出来なくなってしまいます」 セラフィーナが律して言う。 「分かってるけどサ、なんだか不安になるんだよ」 遺体を見下ろすフツ。 「オレはこうなってしまうのが怖いんだ。仕方なく殺しているオレと、好んで殺しているこいつに、どれだけの違いがある? 世界の崩壊より先に自我を失ってしまったなら、どこを終わりにすればいいんだ?」 誰も答えなかった。 答えのない問いには答えられない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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