● 過去を手短かに語っておく。 セリバエ騒動の一端を担っていた達磨が舎弟、等々力雲厳が始めた妖刀蒐集。アークはそのうち妖刀斬界、界悪の二本を蒐集中に奪取。彼らの手に渡ることを阻止し、その過程で等々力は自害。ことは収束したかに見えた。 それから、およそ半年。 所は千葉。JR武蔵野線と新京成線が交差する土地のこと。 その駅は夜になればめっきりと人通りの無くなり、明滅する街灯がむなしく地面を照らすばかりであった。 そんな中を、甚兵衛を着た女がしゃなりしゃなりと歩いていた。 「常盤平・荘園どのとお見受けしやす」 明後日の方向から聞こえてきた声に、女は……いや荘園は足を止めた。 「アンタ、今時は女の後ろをつけただけでご用になるんだ。用があるんなら姿をお見せ」 「御免」 男は目の前にいた。 姿を現わす動作も、足音も、気配すら感じなかった。 闇に紛れる黒装束。それも目元だけを出した、時代錯誤の忍び装束である。 荘園は豊かな胸元でゆるく腕を組むと、髪にそっと手をやった。 「アタシはただの蒔絵師だよ。アンタが狙って得する女じゃあない」 「ご謙遜召されるな。常盤平荘園……希代の蒔絵師にしてアーティファクト技師。世が世ならば人間国宝でいてもおかしくないお方。そんなあなたが『我々』から狙われる要素があるとすれば、一つしかありますまい」 「はっ……」 荘園は目を細め、とろんと笑い。 髪に挿した漆のかんざしを抜いた。 刹那。 刹那の間の出来事である。 荘園は二十メートルの距離をコンマ二秒で埋めると、かんざしを握り込んだ。バグナウに似た構造をもつそれは、空間ごと切り裂きながら忍び装束を襲った。 ばっくりと切り裂かれる装束。以下皮膚。肉。骨、内臓、背骨、さらに装束。 松園は一度身を転じると、男の背後に回って足を止めた。 背後で崩れ落ちる男。 かんざしには、血の一滴もついていなかった。あまりの速さに血液すら付着する暇が無かったのである。 しかし人を斬ったものを髪にさす気にはならなかったようで、荘園は苦々しい顔をして、懐から出した布に包んでしまった。 髪は乱れたままである。 「おおかた妖刀『厄(わざわい)』を目当てに来たんだろうが、相手が悪かったね。アタシの武術は白田さん仕込みなんだよ。そこいらのゴロツキじゃあ……」 「然様、そこいらのゴロツキでは相手にすらなりやせん、な」 「――!?」 身をこわばらせる荘園。 そう。 彼女の背後に死体は……無かった。 どころか彼女を中心に八人の忍装束が立ち、ぐるりと取り囲んでいたのだ。 「名乗らせて頂きやす」 忍装束は一糸乱れぬ動きで手を翳すと、懐よりクナイを取り出した。 「亡き等々力雲厳が舎弟一同。己が無力を噛みしめ、岩をはみ泥をすすりて鍛え上げた者どもにございやす」 「……その武術をどこで」 「応える必要はありますまい。あなたは知っているはずだ。ねじれにねじれたこの運命……赤い糸の至る先を」 「赤い糸の至る先……」 ごくり、と荘園は喉を鳴らした。 抵抗できる実力では無いことを、彼女のエネミースキャンが察知したのだ。 「ならもう一つ聞かせとくれ。こんな……抜くだけで世界が滅ぶやもしれんものを集めて、どうするね」 「どうもせぬ」 「……」 「兄貴は我らにその理由を語ってはくれなんだ。しかし目的はあったはず。そうせねばならなかったはず。我らはそれに応えるのみ。死した兄貴に変わり、悲願を果たすのみ」 「……亡霊が」 荘園は舌打ちし、そして両手をだらんと下げた。 四方八方から同時に斬撃が加わり、身体をばらばらに分割された。 ころりと落ちてきたかんざしを手にとり、忍の一人がとっくりと見つめた。 「記憶を読んだ。『厄』のありか、見つけたぞ」 ●『盲目染師』津田沼・蝋碌 これもまた過去の話になるが、アークが妖刀蒐集を阻止した二件目の事件で染師の老人を助けたことがあった。 リベリスタでもあった彼はアークに保護され、その過程で詳しい話を聞くことが出来た。これはその一部である。 「この絵図をご覧くだされ」 津田沼の描いた絵図は、五芒星のようなものだった。三角形が上下に重なった図である。 その中央に小さな四角形がある。 それぞれの角には印がなされ、一文字ずつ漢字が書かれていた。 上向き三角形にはそれぞれ時計回りに『悪、斬、界』。下向きには『難、泰、廃』。中央の四角には『歪、乱、厄、慢』とある。 「アークさん。あんたが回収した斬界、界悪。この二本の封印だけが解かれたと思っておりましたが……いやいや、これは結構な勘違いでございました」 赤く印をつけていく。 「封印の解かれた刀は……先の二本に加え五本。悪斬、泰廃、難廃、難泰、そして慢(おごり)。それぞれ所有者がおるようですが……わしの読みですと『難泰』はアークのどなたかが既に所有しておるようですな。いやはや、恐れ入り申した」 はげた頭を撫で、茶をすする津田沼。 「となれば、残りの封印を施した刀技師たちが狙われるやもしれませぬ。既に解かれた分は……滝不動、前原、初富、松戸、新習志野のものですから……紐結の薬師台は殺されましたから、残りは常盤平(ときわだいら)と稔台(みうりだい)、そして綾樫(あやかし)。彼女らを保護せねばなりませんなあ」 困ったように眉をまげる津田沼。 刀の封印がすべて解かれたら何が起こるのかと問いかけたところ、彼は急に咳き込んだ。 「それなんですがな……ううむ、申し訳ない。ぼけたんじゃろうか。頭の中からすっぽりと抜け落ちておるんですじゃ。とても大事なことだったはずなんじゃが……」 とにかく、と膝を叩く。 「常盤平さんたちを保護せにゃあならん。彼女たちが誰かの手に落ちれば、大変なことになる。大変なことに……」 かくして、フォーチュナの力もあってこのたび観測できたのが『常盤平荘園暗殺事件』である。 幸いにして未来予知。つまり変更可能な未来なのだ。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は資料一式を配り終えてから、今回の説明を始めた。 「皆さんにはこの女性、常盤平荘園を保護して頂きます。彼女はかなり警戒心が強く、口頭説明で納得してくれないかもしれない……ということなので、場合によっては強制的に確保しておく必要がでるかもしれません。少なくとも共闘は望みにくいでしょう」 常盤平の写真と並ぶように、黒装束のスケッチ画を表示する。 「今回迎撃する相手はこの黒装束。『等々力黒影衆』と名乗っているそうです。実力者の集まりですので、苛烈な戦闘が予測されます。ご注意ください」 一通りの説明を終え、和泉は念を押すように言った。 「今回の任務は常盤平の保護のみです。それ以上のことに関しては、何が起こるかわかりません。どうかご注意ください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月17日(木)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●『蒔絵師』常盤平・荘園 「こんばんは、常盤平さん。我々はアークです」 千葉県松戸市八柱。駅から五分ほど離れた小道。雀荘や炭火焼き屋が集まったごったなビルを横目に、常盤平荘園は立ち止まった。 甚兵衛姿の女性である。あまりにうっすらとしていて夜間にはわかりにくかったが、顔の右側にやけどの跡があった。 緩く腕を組む。 「おやおや。天下の大正義ことアーク様がなんのご用でしょう」 トゲのある、いやトゲ以外にない言いぐさである。 何でもアークを名乗るのは考え物だなという反面、隠し立てをしても仕方は無いと思う、『欠けた剣』楠神 風斗(BNE001434)である。 時刻。相対的に述べて常盤平荘園死亡の約三分前である。 このタイムラインに至ったわけを極々手短かに述べると、静岡千葉間を新幹線及び快速電車で移動するのと高速道を法定速度スレスレで突っ切るのがほぼ一緒というものである。車を連続で追い越すなら短縮もきくが、その場合プロ並みの技術を要する。以上である。 三分。長いようで短い時間だった。 「あなたへの襲撃と妖刀の情報漏洩を予見したため、保護しに来ました」 証拠として作成してきた『染師』前原遊山の書状を顔の高さで翳しての宣言である。 荘園はそれを一秒足らずで認識した。認識した上で、吐き捨てるように述べた。 「信用ならんね」 「いや、しかし証拠だって……! いきなりのことで信用しろというんは無理かも知れませんが」 「おいおい、楠神は女の心理が分かってないよな」 横で様子見だけしていた『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)が頬をかきながら口を挟んだ。 「その『信用ならん』は俺たち全部に言ってるんだよ。前原ってじいさんの口に銃口でも突っ込んだら、そんな書状何百枚でも作れるだろ」 「そんなこと」 荘園は風斗たちを無視して歩き始めた。 「しないだろうさ。しないだろうね、アンタはそういう顔してるよ。隣のアンタも。じゃあアンタの知り合いにそういうことをしそうな奴は何人居る。知り合いの知り合いには? アンタらが誰かの利益のために綺麗なエサで踊らされてる可能性はないかい」 「大いにあるね、その逆も同じくらいな」 劫は風斗に向けて片眉を上げて見せた。『こうやるんだよ』と言わんばかりである。 「不信様子見大いに結構。俺たちは巻き込む人間を減らそうとしてるだけなんだ。だからあんたに要求することは特にない。強いて言うなら『死にたがるな』『奪われるな』だ。わかるか?」 沈黙。 荘園、再び足を止める。 「なるほど。大正義のアーク様も色々いるってわけかい。なら勝手にさせて貰うよ。文句は無いね」 現状維持に執着する劫ならではの人付き合いである。 歩み寄らない人間に歩み寄らない。当初の距離をぴったりと維持したまま結果だけを求める。交渉ごとにおいて、実はとても効果的なスタンスである。 劫は両手を広げて微笑した。 「オーケー、あんたの行動に口は出さない」 「言質はとったからね。それじゃあ、さっさと出てきな。殺気が臭くてたまんないよ」 流れるように話をふった。 誰にか。決まっている。足音も無く影のように取り囲む等々力黒影衆である。 それぞれが輪唱するように、全体で一個体であるかのように話し始める。 「話は聞かせてもらいやした、アークの方々。今ここに居るだけでも戦力差は充分。大人しく常盤平荘園殿をお渡し願いたい。その場合アーク方々の命は取らない」 「嫌だと言ったら?」 「お命頂戴いたす」 全ての影が同時に動き出そうとした……その時。 「常盤平たぁーん! 助けにきたよぉー!」 闇夜を切り裂き、無灯火のFiat Cinquecentoが突っ込んできた。それもアクセル全開で、ボンネットに『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)をサーファースタイルで乗せてである。 「綺麗なお姉さんに手ぇ出す奴はしねやおらー!」 「別嬪さんを取り囲みってのは、おじさんも穏やかじゃないと思うなあ」 ひき殺す勢いで突っ込んできた車から素早くそして最低限の動きでかわす黒影集だが、竜一の繰り出したメタリックブルーの刀からは逃れるに至らなかった。端的に言うと高速辻斬りにあった。 むろんそれだけに留まらない。運転席から煙草を捨てた『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、座席の下からソードオフショットガンを引っ張り出し、すれ違いざまに乱射。 ブレーキを踏みながら車体を反転させ、雑居ビルの壁をひどくこすりながら強制停車。飛び散る火花をそのままに、助手席から『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が飛び出した。 荘園の背中を守るような位置で剣を抜いた。見れば劫はとっくに剣を抜いている。処刑人がもつ鉈のような剣である。 「等々力黒影衆。狙いは刀で、相違ありませんね」 「『すべてお見通し』のアークならば、応える必要はございやせん」 牽制のような嫌味だ。反応してやる義理は無い。それより優先すべきことがある。 リセリアは脳裏にかの妖刀を思い浮かべていた。空を切れば世界が避けるという妖刀『斬界』。あのような刀を集めようなどと、放置できようはずは無い。 そうこうしていると、道を大幅に遮るようにして大型トラックが停車した。 なにせ狭い道である。扉をぎりぎりに開けて『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)が下りてくる。 福松は銃の安全装置を外すと、黒影衆へと狙いを定めた。 いや、定めた時点で既に撃っている。乱射である。 黒影衆は飛来した弾を最低限の動きでかわしつつ、反対側の道路を振り返った。 「君らの目的は、手向けか?」 道の中央に両足を突いて立つ、ポニーテイルの女があった。 鞘から刀を引き抜き、鞘をその場に放り捨てる。 彼女の名を、『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)。 「ついでに仇討ちもしていったらどうだ。等々力を殺したのは、私だぞ」 「……」 黒影衆からの反応は無い。皆無である。 不振に思った朔は、脳内で簡単に仮説を立ててみた。 黒影衆が本当は等々力の元舎弟ではない説。等々力はどうでもよい説。強い精神力をもっているが故に動じない説。精神に強制的なガードがかかっている説。 どれにしても今からとる行動は同じだ。 斬って捨てる。 捨てて斬る。 その繰り返しである。 「『閃刃斬魔』、推して参る」 速攻である。目にもとまらぬ速さで黒影衆へと接近すると、雷が人を打つが如く刀を閃かせた。 前門の福松、後門の朔である。 予定通りと言うべきか、彼らは荘園と黒影衆を内外からぴったりと囲む陣形を整えるに至ったのだ。 本来振りきわまりない状況だが、黒影衆に慌てた様子はない。 飛来した弾頭を最低限のうごきでかわし、繰り出された刀を最低限の動きではらう。 その動きはかつての等々力雲厳を彷彿とさせるものであった。 なるほどこれはおもしろい。 ……と、感じたのは朔だけではない。 『不可視の黒九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)、である。 あえて、黒影衆側の視点から述べることにしよう。 まず最初に彼女の攻撃を察知したのは、福松の銃撃にサイズの違う弾が一発混じっていた時である。銃弾というには形が特殊で、ライフリングを弾頭自体に刻むという特殊な構造をした弾は国営集のこめかみから数センチ右にずれたところに着弾――したかと思いきやまるでピンボールバーの如くすぐ右脇に鉄の棒が現われた。 正確に跳弾。こめかみにめり込む弾。鉄の棒は複雑怪奇に展開し、ブレードを露出させたかと思うと着弾した箇所にずぶりと差し込まれた。 その動き方に思い至る所はある。だがこの刀はなんだ。本当に刀なのか? 複雑怪奇摩訶不思議変形機構。 はたと、黒影衆の脳裏にある単語が浮かんだ。 『あらゆることがありえる刀』。妖刀『難泰』。天才塗師初富初音が封印を手がけた傑作である。 だがおかしい。もしそうなら難泰は二刀一対の筈。もう一本はどこだ。どこにある。 「貴様その刀は」 「六八ダ。魔剣の魂を受け継いだ刀ダ」 時よ止まれ。世界よ私に魅入れ。誰よりも早く誰よりも美しく。そんな言葉を口の中で唱え、リュミエールは複雑怪奇に飛び回った。 上下逆さに街灯のライトカバーに『着地』し、いざ次の敵を狙おうとした――その瞬間。 「お嬢ちゃんや、いーい刀を持ってるねえ」 リュミエールの顔から五センチ横に、荘園の顔があった。 簪は引き抜かれ、髪は乱れて広がっている。 「ちょっとおばさんに見せてくれないかい」 特殊に神秘加工された簪の先端がリュミエールの眼球を狙う。 のけぞるリュミエール。その動きを読んでいたかの如く首を掴むと、荘園は彼女を無理矢理街灯カバーから引きはがし、重力にそって地面へ叩き付けた。 空中で非常識な加速をかけたらしく、雑に舗装されたアスファルトが砕け散り、リュミエールの横顔が大地にすり下ろされた。 慌てて振り返る風斗。 「常盤平さん、なにを――!」 「黙ってな白黒坊主! 好きにすると言ったはずだよ。アンタらが本当にアタシを生かしたいなら、必死でやんな! 味方が死んでもいいくらいの覚悟でね」 「――!」 歯噛みする風斗だがかまっている暇は無い。黒影衆たちは風斗たちを動く壁かなにかとしか思っていないような動きで執拗に荘園を狙うのだ。 劫とリセリアが必死に庇ってやっとという状況である。 その状況の中で、まるで敵など見えていないかのようにリュミエールに顔を近づける荘園。 「お嬢ちゃん、『もう一本』はどうしたね。おばさんに言ってみな。ん?」 「……」 リュミエールは、感情があるのか分からないような顔で、独特のイントネーションをもって述べた。 「剣八と一緒ニ、壊れて消えタ」 「――あンの真っ白野郎!」 地面を殴る荘園。拳になれていないのか、手からぽたぽたと血が滴った。 リュミエールを引っ張り上げながら立ち上がり、簪を握り込む。 「事情が変わった。アンタら、あとでみっちり絞り上げてやるから、まずはこのハエをたたき落とすよ。いいね?」 「もとよりそのつもりだけど?」 大量に飛来したクナイを身体でうけつつ、劫は首を傾げて言った。 ●『???』等々力黒影衆 繰り出される高速連突。それを同様以上のスピードで突き返す。 カウンターバレットを剣で行なうかのような、非常識きわまりないフェンシングである。 リセリアのこめかみから汗が流れ、蒸発し、はじける。 「……おかしい」 不思議なことが三つある。 ひとつ。常盤平荘園見せた突然の心変わり。 ふたつ。本来なら兄貴分の仇であるはずの朔やリュミエールに無反応な黒影衆たち。 みっつ。先程から執拗に仕掛けているアル・シャンパーニュに全く魅了効果が見えないこと。 手応えは充分に感じている。ざっと計算して五回以上は完璧な形で決まっていた。魅了効果は出て然るべき状況である。 何か隠している。隠しているということは、見知らぬ奥義とやらがそれに違いない。 荘園を背後に庇ったまま、リセリアは声をかけた。 「常盤平さん、彼らの武術に見覚えがありますね?」 「……」 「彼らの奥義も見当がついている。そうですね?」 情報に寄れば荘園はエネミースキャンを備えていた。完璧とは言わずとも、既知の技を透かし見るのであれば通常よりは容易になるはずだ。 荘園はぐっと奥歯を噛んだ。 「こんなこと、あるわけない」 「常盤平さん!」 感情を優先している場合ではない。そう目で訴えた。 わずかな沈黙の後、頷く。 「初富さんって人が開発して、アタシの幼なじみが継いだ技さ。元は喧嘩する男どもを止めるための技。ひいては争いを止める技。こんな奴らが持っていていいようなモンじゃない」 「奥義の名は?」 「――『桃琴郷』。今のこいつらに揺さぶりや毒のたぐいは通じない。だが引っぺがしちまえばこっちのもんだ。アタシに手立てはないが、アンタらはどうだい」 「偶然だがハードブレイクを持っている」 刀を繰り出した黒影衆と鍔迫り合いになっていた風斗が、キッと表情を変え、気合いで相手を蹴倒した。 背中から倒れる黒影衆。そこへ、思い切り踏みつけをかける。殺しはしない。不殺のシードを通した攻撃である。フェイトの減少もない。 「やりました、常盤平さん!」 「でかした色男、とでも言うと思ったか白黒坊主! 一人ずつじゃ遅いんだよ。まとめてひっぺがしな!」 「しかし……」 そんなこと言われても俺単体戦仕様だしと思った風斗は、ハッとして振り返った。 竜一が今日一番のハンサムフェイスで親指を立てていた。 「アイアム戦鬼烈風陣!(和訳:私は戦鬼烈風陣です)」 「先輩、今日輝いてます!」 「美女の絡んだ依頼で、俺に死角はないぜ!」 竜一は頭上で派手に刀をぶん回すと、黒影衆の群れへ突っ込んだ。 「よってたかって女に群がりやがってサルどもがあ!」 派手に蹴散らした黒影衆に、リセリアとリュミエールが同時に飛びかかった。 素早くクナイを繰り出した黒影衆だが、彼らの腕はあらぬ方向へ屈折し、味方の腹や胸に突き刺さった。 「はぁぁあ……つくづく糸が絡んでんなあ。おじさん、頭がいっぱいになってきたぜ」 烏はため息をつくと、車のハンドルに両足をのっけたまま、ショットガンを乱射。 黒影衆たちを穴あきチーズに変えていく。 「お互い、デカい泥沼に首を突っ込んじまったもんだな」 福松は帽子を深く被り直し、瀕死の黒影衆に銃撃を浴びせてやった。 そもそも力押しがメインのメンバーである。最初から相性は良かった。それが更に加速したまでである。 つまり、今の黒影衆に勝ち目は無い。 「無念……!」 「悪いな。こっちもビジネスだ」 起き上がった黒影衆の額に銃をつきつけ、連続で引き金を引く福松。 空薬莢が地面をはねた。 起きている黒影衆は残り一人、である。 劫は荒い息をして、剣を杖のようについた。 これまで回復無しで盾になり続けた彼である。それはもうボロボロの有様だった。 偶然とはいえ、力押しメンバーのつらいところである。 「ここまで身体張って不得手なマネしたんだ。結果はしっかり持ち帰らせてもらうぜ」 ゆらゆらと歩み寄り、剣を構える。 反対側から挟み込むように、朔もまた刀を構えていた。 「祈れ。お前が今できるのは、おそらくそれだけだ」 最後の黒影衆は歯ぎしりをしてクナイを構えた。 「……兄貴!」 クナイの至る先は、なんと自分の首である。 が。 「遅い」 彼のクナイが首に刺さる前に、朔の刀と劫の剣がほぼ同時に首をはねていた。ハサミで切るように、両サイドからである。 「奴なら、私より早く自刃できたぞ」 血を振り払い、朔はつまらなそうに顔を背けた。 ● 最後の黒影衆、と言ったが。厳密には彼で黒影衆が全滅したわけではない。 風斗がトドメをさした一人に限っては息のある状態だった。 だが彼から何か引き出せたかというと、否である。戦闘終了後に辺りを見回した時、彼の姿は消えていたのだ。逃げられたが、殺さずに済んだ。風斗はそう思った。良きか悪きかは問題ではない。 「お疲れ様でした」 時節の句を述べてから剣をしまうリセリア。 「時に、聞いておきたいことがあります。いえ、確かめるべきことが」 「……言ってみな」 腕組みをして顎をあげる荘園。 逃げようと思えばいつでも逃げ出せるのだろうが、それをしないということは会話に応じる意志があるということである。 「六八について」 「そいつは『六八』じゃあない。本当の名前は『難泰・乙』だ……そうだな?」 煙草をふかしながら述べる烏。 「悪いが、リーディングさせてもらってる」 「……ならば、おかしいことがあります」 先刻、まるでリュミエールを当事者のように扱ったが、ことを一番客観的に覚えているのは恐らくこの中ではリセリアのみである。 六八は『ホワイトマン』がある事件のために制作したアーティファクトであったはず。ということは刀の制作者だというアヤカシカカシとは――。 すっと手を上げる烏。 「おっと結論の前に、おじさんにも質問させてくんな。枯山茶花って十手と姉ヶ崎っていう黒眼鏡男に覚えはあるかい」 「知らんね」 とは言ったが、荘園の脳裏には十手という単語から連想して『白銀師』滝不動による妖刀『泰廃』というフレーズが浮かんでいた。人の悪を吸って所有者に喰わせる刀であるという。 「あとそこの三角コーナー男。アタシの頭をそれ以上読むなら指を一本ずつへし折るよ」 「はいはい、わかったよ」 リーディングを切る烏。 その隙を狙ったかのようにリュミエールがすっと間に入ってきた。 「その簪綺麗ダナ」 「欲しいかい」 「欲シイ」 「正直だね。八十億円から交渉のテーブルについてやるよ」 「……高いな」 「妥当な価格だよ。嫌なら自分で作りな……っと」 荘園は懐中時計を取り出すと、イライラした様子で閉じた。 「悪いね、もう行かせてもらうよ。アタシは今日中にやっときたいことがあんのさ」 「今日中にか」 こつんと踵をならす朔。 一人にしてくれという意味だろうなと察しつつ、問いかけてみる。 「そっちにあるのは霊園くらいなものだ。墓参りか?」 「……そうだよ」 背を向けたまま、彼女は言った。 「白田さんの命日、ってことになってるんでね」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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