● 青年は恐怖に凍り付いていた。 もちろん、これは比喩的な表現である。しかし、実際に氷に閉じ込められてしまうのも時間の問題であった。 「なんで、こんな、ことに……?」 青年の疑問も大変ごもっともな話である。 彼は地元の青年団の人間であり、仲間と山のパトロールに来ていた。勝手知ったる場所で、獣と遭遇する可能性もほとんどないとは言え、危険があるのは当然の話だ。 それを分かっているからこそ、十分な装備はしていた。 そのはずだった。 しかし、彼らが見つけたのは雪に覆われた一帯だった。既に春と言っても良い季節だというのに。そして出会ってしまった。人を凍らせる化け物に。 『さぁ、凍らせてあげるわ……あなたの、魂まで』 雪の中に立っていたのは1人の女だった。それも何処までも白く、何処までも冷たい、雪そのもののような女だ。 そして、女がそっと青年に息を吹きかけると、男はそのまま凍り付いてしまった。 『フフ……良いわ。この世界がいつまでも続いてくれればいいのに』 文字通り氷のような美貌に女は満足げな笑みを浮かべながらも、満足している様子は無い。その目に浮かぶのは世界の否定。己の望むままに世界を世界を変えようとする、美しい死神の笑みだった。 ● 次第に春めいてきた4月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらにお願いしたいのは、エリューション・エレメントの討伐だ」 守生が端末を操作すると、薄絹を纏った女性の姿が画面に表示された。しかし、その何処までも白い肌の女は、革醒者とも思えない印象を与える。そして、そんなリベリスタ達の推測をフォーチュナは裏付けた。 「識別名は『雪女』。フェイズ2、戦士級のE・エレメントだ。外見通りにそれなりの知性もあって動いてくるみたいだな。もっとも、交渉に意味の無い相手だけどさ」 守生の話によると、直接戦闘力をそれなりに持っているのが、それ以上に厄介なのは特殊能力だという。周囲の気温を下げて相手の動きを鈍くすることが出来る。一般人であればそれだけで命に係わる能力だ。まだフェイズが低いうちに確実に倒しておきたい所である。 知性があるということだが、それは裏を返せばひっかけやすいということ。上手く突けば、倒すのも簡単になるだろう。なお、獲物にもこだわりがあり、若い男を殺すことに喜びを覚える性質の持ち主だということだ。 「幸いなのは『万華鏡』による発見が早くて、一般人とエリューションが接触する前に戦うことが出来そうってことだな。人目のことは気にせず戦ってくれ」 地図を表示しながら守生は説明する。リベリスタの体力であれば、エリューションのいる場所まで行くことは難しくあるまい。もっとも、現地には雪が積もっているので、足場にはある程度の工夫も必要であろうが。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月21日(月)22:47 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● どさっと後ろで音がする。 木の上に積もっていた雪が落ちた音だ。 4月であるにもかかわらず、この場には雪が残っていた。まるで世界そのものに叛逆するかのように。 「ぜんぶ雪のせいだ」 そんな光景を前にして、セレスティア・ナウシズ(BNE004651)は1人ごちる。こんなことを前の依頼でも言っていたような気がする。ボトムチャンネルでは雪難の年ということだが、それが関係あるのか無いのか。 話に聞いていたよりも冷え込みは厳しい。いざ戦闘になった時、自由に戦えるかもちょっと自信が無くなってきた。家帰って酒でもかっ喰らっちゃいたい所だが、そうもいかないのが浮世の義理と言うものだ。 「雪は嫌いじゃないし、雪解けは名残惜しいと思うけど……もう春だし、これから夏になるしで雪はもう勘弁」 身を縮めているのは『期待の新人(自称)』綴野・明華(BNE004940)だ。 言葉とは裏腹に体はそれ程震えてはいない。どちらかと言うと気分の問題だ。そりゃ、目の前に一面の雪景色が広がっていれば、誰だって寒いと思う。 「寒いはもういやだー!! 温かくなれ―!! 暑くはなるなー!!」 ある意味で場違いな主張を行う明華。 これから常識外の現象を起こす神秘存在と戦うということを考えると、逆に大したものなのかも知れない。自分で「期待の新人」を名乗るだけのことはある、といった所か。もっとも、深いことを何も考えていないだけという可能性もある訳だが。 その時だった。 明華の声に反応するかのように、リベリスタ達へと雪と風が吹き付けてくる。ここは自分の世界だと主張するかのように。いや、世界を己の恣意のままに書き換えようとするために。 身構えるリベリスタ達の前へ、高笑いと共に1人の女――エリューションが姿を現す。 「初陣としても申し分ない相手。死神ですか、成程、命を持って行くなら美しい方が良い」 『月虚』東海道・葵(BNE004950)は顔色一つ変えずにスラリとレイピアを抜き放つ。 初陣と名乗りながら、一切の恐れは見受けられない。 「冥土の土産にも差し上げる気はありませんが。無様に一人でお死に遊ばせ」 それどころか容赦の欠片も見受けられない。冷たさにおいては、どちらの方が雪女だ、という話である。 しかしその横で、『咢』二十六木・華(BNE004943)はこの上なく熱を帯びた声で叫んだ。 「う、美しい……! 例えエリューションだろうが、関係は無い。関係は無い! 可愛いもの綺麗なもの、特に女は好きだ!」 いっそ清々しい程の宣言であった。 哀しいかな、男の性と言うものである。 古来より戦いの場でも色仕掛けというものはそれなりに有効に働いている訳で。そして、そんな感じで倒れても存外悔いは無かったりしてしまう訳で。 少なくとも華はこの瞬間なら、笑顔で倒れることが出来たろう。 「雪女ちゃん! メアド交換する? そんで良かったら俺の彼女になんねェ?」 「素敵ね。だったら、一緒に眠りましょう?」 返事とばかりにエリューションは自分の周りに浮かぶ眷属を嗾けてくる。 しかし、拳を振り上げるエレメントの一撃を槍が弾く。 「男性を優先的に襲うだなんて、伝承通りの典型的な雪女ですのね」 優雅な仕草と共に『残念系没落貴族』綾小路・姫華(BNE004949)はエリューション達の前に立ち塞がる。凛然と立つ少女の姿はまさしく、人々を護るために戦うノブレス・オブリージュの体現だ。……これで分厚い防寒具に身を包んで寒そうにしていなければ完璧だったのに。 ともあれ、役者は揃った。 対峙する6人のリベリスタと6体のエリューション。 世界を護るものと壊すもの、決して相容れることの無い者達の戦いだ。 そして、セレスティアが小さな翼を呼ぶ。これから始まる戦いのために。 「そろそろ春になることですし、速やかに水に返ってもらいますわ」 それを合図にリベリスタ達はエリューション達へと向かっていくのだった。 ● この場にもし、アークとは異なる組織に属する革醒者がいれば、驚きに目を見開いたことであろう。姫華の取った選択肢は、今までの神秘世界の常識に無いものだったのだから。 「最初から全力で行きますわ」 単純極まりない行動宣言と共に、姫華は空を駆ける。手持ちの槍も最低限の大きさにまで縮めていた。そして、目の前に立ち塞がる全ての障害をものともせず、エリューションに肉薄する。 瞬間、空気が弾けた。 姫華の速度が生み出した衝撃波がエリューションを襲ったのだ。 これこそ、姫華の力。そして、世界に刻まれた新たな力だ。 たまらず吹き飛ぶエリューション。 しかし、エリューションも負けてはいない。大きく息を吸い込むと、舞うような仕草と共に吹雪の竜巻を起こす。しかし、それが姫華の元に届くことは無かった。 「冷たい世界で一人ってのは寂しいだろ? 俺を見ててくれ、雪女ちゃん!!」 いつの間にやら、距離を詰めていた華がエリューションを抱き締めていたからだ。まるで恋人でも抱き締めるかのように。いや、華としては紛れもなくそのつもりだったのだろう。故に、身を切らんばかりの凍気は彼一人を襲う形となった。 しかし、苦痛の表情は一切見せようとしない。 「俺があんたの世界で一緒に踊ってやる。いくらでも凍らせるといい。その冷たい心をぶつけるといい。 それでも俺は倒れないと誓おう。俺があんたの世界になる。恋したからな、二言は無い」 事前にフォーチュナから「敵方の知性を利用すれば有利になるはずだ」との言葉はあった。しかし、そこで有利だからと誘惑の言葉を囁けるほどに、華は器用な人間ではない。この言葉は本心からのものだった。 「男性陣を囮にするのは……ちょっと心苦しいけど、こればかりは敵の性質を考えると仕方ないし」 そんな様をわずかばかり苦々しさを浮かべた表情で見ながら、セレスティアはフィアキィに指示を飛ばす。自分のやっていることが卑怯だと思わんではない。根は善人なのである。 「べ、別に心配してるわけじゃないんだから」 セレスティアが照れ隠しにお約束の台詞を叫んだところで、フィアキィが癒しの力を華に与える。言葉と裏腹に現れる力は、主の内心を表しているのだろうか。 そんな戦いをつぶさに眺めながら、明華は冷静に分析をしていた。どこか軽い印象を与える彼女だが、実際のところかなり計算高い。見た所、味方の防御力を総合してもエリューション達の攻撃力と比べれば、分が悪い。 (どれだけ精霊を早く倒して雪女側にシフトできるかがキモかなー?) ならば、こちらも攻撃で負けるわけにはいかない。 結論を出した以上、行動も早い。情報は常に鮮度が命なのだ。 大地を踏み締めると、思い切り跳躍しエレメントに攻撃を仕掛ける。 「さーて、めいかちゃん、張り切っていきますよー!!」 「ま、頼れる仲間も居るし頑張ってみよか」 明華の攻撃にタイミングを合わせるようにして、クラース・K・ケーニッヒ(BNE004953)もまた聖槍を手にエレメントへ突撃を仕掛ける。 予想もしない攻撃にエレメントは虚を突かれる。 これこそがアークリベリオンの恐ろしさだ。常に動き回り、自分達の戦うべきポイントを的確に押さえることを可能とする。『アークらしいジョブ』と言われれば、これ程ふさわしいジョブもあるまい。 エレメント達も進軍を阻むように動いてくるが、その怒涛の勢いを止めることは出来ない。 そうしてリベリスタ達の動きを封じようとするエレメントに対して、葵はレイピアを向ける。 「ちらちらと小雪が鬱陶しい女ですね。魂まで凍らせる? 笑わせる、人等所詮は何時か死ぬもの」 言葉を向ける相手はエレメントの先にいるエリューション。この事件の元凶に対してだ。 仮面のような顔へわずかに残忍な笑みが浮かんだのは気のせいか? 「この世界を続けたいのでしたら心から凍らせねば。死んでしまえば元も子もなく、一貫の終わり、呆気ないエンドロールの始まりです」 一閃、二閃と刃が閃く。 既に傷付いたエレメントに対してそれは、あまりにも過ぎた攻撃であった。 「人が死んだとしてもこの世界は貴女のものになどなりませんからね、ご愁傷様です」 次の目標へと葵は狙いを定める。 その後ろでゆっくりとエレメントの肉体は崩れていくのだった。 ● リベリスタとエリューション達の戦いは激しさを増していった。 自身の世界のためだ。どちらも互いに退くつもりは無い。しかし、二者の間には巨大な差があった。 「お別れを言いなさい、あなた達の世界へ。そして、いらっしゃい。私の世界へ」 「いくら冷たくあしらわれたって折れない。俺の心は絶対零度でも凍らせない」 熱き炎の如き魂を滾らせて、華は傷ついた体を立ち上がらせる。 まだリベリスタとしての経験は浅い。それでも既にアークが誇る戦士の1人だ。己が命で敵の命を削り取る覚悟ならとっくの昔に出来ている。 「寒いのは嫌いやないが……凍らされるんはなぁ」 埋もれていたクラースも運命の炎を燃やし、身体に纏わりついた雪を払いながら立ち上がる。サングラスの下に隠れた瞳が不気味に朱く輝いた。 これこそがリベリスタとエリューションの間に存在する壁だ。エリューション達は傷ついた自分達を癒すことは出来ず、ただ倒れて行くだけだ。しかし、リベリスタ達はこうして立ち上がることが出来る。 いずれも上位世界の影響で神秘の力を手に入れた存在である。しかし、リベリスタ達は世界の加護により最後の一歩を踏みとどまることが出来た。 そして、彼らは決してその加護に甘えたりはしない。 世界を護るためならば、その加護すら捨てて、立ち上がることが出来るのだから。 「コレが雪女と精霊、ふーん……さすがに記事にはできないね」 相変わらず場違いな調子で残ったエレメントを数える。既に指を折る必要すらない。 そして、最後に残った1体を破壊すると、そのままの勢いでエリューションへと挑みかかる。その勢いはあたかも食らいつく狼の様だ。 「もう雪の季節は終わったんだ、あんたに……!」 己を護る眷属を失ったエリューションに対して、リベリスタ達はその持てる全てを駆使して攻撃を叩きつける。 「男好きですか、そこまで愛しいなら最期は男ではなく、女に殺されるという屈辱を差上げましょう」 前面に気を取られているエリューションの不意を打つように、葵は刃を光らせる。さすがに戦士級だ。先ほどまでの雑魚とは違う。そうやすやすと捉えられるものではない。 「性根歪んだ雪女め、わたくしがその性根鍛え直して上げましょう」 しかし、集中し研ぎ澄ませた刃の精度はその動きすら捉えた。 「躾のお時間ですよ」 血すら流れないエリューションの肉体を、確かに刃が削って行く。葵自身、自分が戦いに熟達しているとは思ってはいない。それでも喧しいだけの子供――躾けのなっていないエリューション等よりは、よっぽどマシというもの。 「させはしないわ……!」 しかし、エリューションは集まって来たリベリスタ達に向かって、飛沫のように細かい氷を叩きつける。 リベリスタ達は一瞬、宝石の墓場に舞いこんだかのような錯覚を受ける。美しくも生命の存在しない死の世界。このエリューションが望む世界の姿であり、心の弱い者であればその目映さに生を放棄していたかもしれない。 「そうやすやすと……倒れませんわ!」 しかし、死の世界の中、姫華は屹然と立ち向かう。 真偽の程はさておき、彼女は自分に貴族の血が流れていると信じている。 その誇りがここで倒れることを許さないのだ。そして、最後の最後まで戦い抜けと命じるのだ。 「雪崩れに巻き込まれるのは嫌よ……?」 そこにセレスティアの呼び出した炎が、雨のように降り注ぐ。 腰の引けた調子ではあるが狙いは精確。彼女の望みに従うように、エリューションだけを溶かしていく。一見するとやる気のない調子ではあるが、裏腹に火力は高いのだ。 姿勢を崩した所へ姫華の一撃が迫る。彼女が手に握るランスは、その想いの通りに巨大な形に変化していた。『正々堂々』力任せにぶん殴るためだ。これ以外のやり方も知らないが、このやり方が一番だと彼女は信じている。 そして叩き込まれる気合の一撃。 「そんな……消えるのは、消えるのはイヤ!」 「雪花ちゃんとかどうかな?」 強烈な衝撃を受けて敗北を悟るエリューションに向けて、華は唐突にそんなことを口にした。 エリューションには、いや雪女には名前と言えるものは無いんじゃないかとずっと気になっていた。だから、それをあげたい。「ただのエリューション」でなく、送ってあげたいから。 「雪花ちゃんとかどうかな? 雪の中に咲く花。花は、あんただ」 リベリスタとエリューション、それが互いに相容れない存在だというのは分かっている。 それでも……。 「俺の炎で、あんたの凍れる心を溶かしてあげたいんだ」 華の身を炎が覆う。彼の心に宿る、世界に挑戦する意志を顕現するかのように。そして、炎は火山の噴火を思わせる勢いで思い切り戦場を爆発させる。 「俺の中で眠れ……おやすみ」 華の腕の中で消えていくエリューション。 その表情は不思議と安らぎに満ちていた。 ● 「雪崩れに巻き込まれるのは嫌よ?」 戦いが終わった林の中、セレスティアは恐々と戦場の様子を眺める。思わず言葉を繰り返してしまう。雪崩は洒落にならない自然災害と聞いている。エリューション退治を終えたリベリスタ達が、雪崩で全滅なんて冗談はごめんだ。 幸いにして、雪崩が起きる様子は無い。これも神秘の力と言う奴か。 「こんなもんかなー」 その横で明華が小さな雪だるまを作っていた。エリューションの残りでもあればそれが良かったのだろうが、あの戦いの後では致し方ない。 もう春はやって来るのだ。 放っておけばすぐに消えてしまうだろう。 それでも、せめてわずかばかりの間、この世界に彼女の存在が残ればと。雪の生んだ何かが残ればと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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