●猪俣タカアキ 猪俣タカアキは、自分のことを幸運な人間だと思っている。 革醒し、運命を得た。そして自らの『経験値』として家族を、友人を、学校を襲う。塵も積もれば山となるのか、多くの殺戮の中で多大な魔力を得た。 そして彼の行動は『万華鏡』よりも先に裏野部に知られ、スカウトされることになる。これによりより多くの『戦い』を経て、更なる力を得る。激戦を潜り抜けたアークのリベリスタよりも強くなれたのは、ひとえに人の倫理を超えた殺戮行為によって得られた経験によるところがある。 そして裏野部一二三が七派を離脱し、賊軍となったときもそれについていった。『蜂比礼』を刻み、暴風を操る力を得て、アークの部隊を辛くも退け――そして賊軍が崩壊した。 それでもなお生き延びた自分は幸運だと思う。しかし幸運はここまでだった。 アーク、および六派フィクサードからの追撃部隊。賊軍を抹殺すべく放たれた手練の革醒者チーム。まつろわぬ民を含め、多くの生き残った賊軍が討たれていた。猪俣もその追撃部隊に追われ、部下を全て失いアジトに立てこもっていた。 「ここまでだ、賊軍! 貴様等を倒して平和にブルマを愛でる日常に戻るのだ!」 「ブルマはともかく、これで終わりです!」 アークの革醒者チームが乗り込んでくる。 畜生ここまでかふざけるなよ俺はまだツイテるんだがんばる俺にきっと神様は見てくれる。 確かに運は、まだ猪俣を見放していなかった。 猪俣に迫る革醒者軍団。それらに緋色の剣線が走る。 剣戟を放ったのは一人の女性――であったと思われる死体。ボロボロの和服に折れた日本刀。明らかに賊軍による暴行の跡が見られる女性の死体は、おそらく暴行を加えたであろう猪俣を守るように立ち塞がっていた。 「Eアンデッド!?」 「何……予知情報になかったぞ!」 「は……はは……」 猪俣本人すら予想できなかった援軍。そもそもその女は戦いのときに拾った女だ。最後の最後まで賊軍の暴力に屈せず、そのまま力尽きた生意気な女だ。それが何故自分を助けてくれるのかは分からない。だが、深く考えている余裕はない。猪俣は魔力を練り、アークのリベリスタを退ける。 「いいぞ……! 俺はまだツイテいる! ははははははは!」 幸運に愛された猪俣は笑う。このまま国外に逃げれば、リベリスタもフィクサードも追ってはこれないだろう。猪俣に一縷の光明が見えていた。 ●アーク 「残念だが彼のラッキーはここで打ち止めだ。『万華鏡』に捕捉されたからな」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタ達に向かって、説明を開始する。 「賊軍……裏野部一二三が四国を襲った戦いは記憶に新しいと思う。その際主要な人物は討ち取ったのだが、一部討ち損ねた者たちがいた。そいつらを討伐してもらう」 伸暁の説明と同時に、モニターに一人の男とそれに従うEアンデッドが映る。最初に攻撃を仕掛けたリベリスタチームは無事退却できたようだ。その後逃亡を重ねて、港に近づいている。そこから海外に逃亡するつもりらしい。 「男は賊軍残党だ。名前を猪俣タカアキ。高火力のマグメイガスだな。一撃は厄介だが、逆に言えばその程度だ。一応交戦記録はあるが、そのときよりも弱体化している。刻んだ『蜂比礼』は供給元の裏野部一二三が亡くなり役立たずになったからな」 賊軍の一部のフィクサードは、賊軍の長である裏野部一二三から力を供給されてパワーアップしていた。だがその一二三は既になく、猪俣はただの革醒者程度の力しかない。それでも相応に強いため覚悟が必要だが。 「厄介なのはむしろこっちだな。Eアンデッド。フェーズは1だが元々革醒者だったらしい。ダークナイトに類似する技を使い、また自分より後ろに行く人間に毒を与える。日本刀のゴーストを飛ばし、こちらの行く手をさえぎりもする。正直、面倒な相手だ。 体中に受けた暴行の跡から察するに、賊軍につかまり弄られて力尽きた革醒者だろう。ノーフェイス化せず命を失い……Eアンデッド化して猪俣を守っている」 「何故?」 自分を殺した相手を守っている。その不可思議さに首を傾げるリベリスタ。肩をすくめて伸暁が言葉を返した。 「分からん。エリューションの行動には理由がないこともある。そういうことだなんだろうよ。 ともあれ撃破対象は二体だ。面倒な相手だがよろしく頼むぜ、ヒーロー&ヒロイン」 伸暁の声に送られて、リベリスタたちはブリーフィングルームを出た。 ●神埼紅香だったモノ 誰かを守りたい、というのが神埼紅香の行動理念だった。 愛する人の為に自らを犠牲にして戦う。そんな彼女がダークナイトの力に革醒したのは必然だった。 そして賊軍が跋扈する四国に立ち入り……そして力尽き賊軍に囚われる。苛烈な暴力に己を曲げることなく耐え、しかし命果てた。 誰かを守りたい。彼女がEアンデッドとして蘇ったのはただその無念があるだけだ。猪俣が自分を捕らえ、暴行を加えた相手だという事実は二の次で。 なんて皮肉と神埼は思う。あの人のためにと誓った刃は、結局己の行動理念を満たす為だけに振るっていたのだと、この復活で証明したようなものだ。あの人は私を罵るだろうか。そのほうがありがたい。こんな私に手を差し出されるほうが、惨めな気分になる。 そこまで分かっていても、神埼は自らの意思で刃を止めることができない。あの男を守るなど業腹だと思っても、蘇った『理由』には逆らえない。 ならばいっそ、戦いの中で散るのが幸せか―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月12日(土)22:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 猪俣タカアキは、自分のことを幸運な人間だと思っている。 賊軍は崩壊しそれでも生き延び、そして追い込まれて殺されると思ったときにEアンデッドが革醒した。しかもそいつは都合よく自分を守ってくれる。後は船に乗り込み、国外に逃げるのみ。 しかし、彼の運はここで一旦落ちる。 猪俣の進路をリベリスタが遮ったのだ。 ● 「御機嫌よう、猪俣タカアキ。申し訳ありませんが貴方の幸運も此処までです」 静かに告げるのは『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)。クェーサーの最奥をもって味方を指揮し、展開させる。『万華鏡』のよって得た情報と、築き上げられた戦場の経験。そして何より頼れる仲間達。それが臆病なミリィの背中を後押しする。 象牙製の指揮棒を振りながら、アークのデータから得た猪俣の情報を思い出す。こう火力のマグメイガス。悪辣な賊軍内において、高い地位に入れるほどの精神性。彼を生かせば更なる殺戮が生まれ、悲劇が生まれる。それを許すつもりはない。 「や、やれ女!」 猪俣の命令に従うように折れた日本刀を抜くEアンデッド。 「させぬよ。ここから先は自分たちを倒してからしか行かせない」 その足を止めたのは『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)のナイフ。鋭い踏み込みを弾いてそらし、ブーツで踏ん張って押し返す。ナイフを持たない手を少しだけ前に差し出し、間合を計るように対峙する。 見合った時間は一秒にも満たなかっただろう。ほぼ同時の踏み込み。身を屈めるようにして相手の懐に入ったウラジミールが、起き上がるようにナイフを振るう。お返しにとばかりに振るわれた日本刀。纏わりつくような陰気を、ウラジミールは下らぬとばかりに払いのける。 「ご機嫌麗しゅう、紅香ちゃん。全く『守りたい』ことが行動理念だなんて厄介だよね」 二本のトンファーを手に『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がEアンデッドに迫る。Eアンデッドと猪俣の両方を見据え、トンファーを回転させる。適度に体の力を脱力させ、一歩踏み出す。 切りかかってくる折れた日本刀を右手のトンファーで受け止める。そのまま払いのけ、相手の体勢を崩したところにもう一本のトンファーを下から跳ね上げるように払った。地面を走る衝撃が、Eアンデッドとそして直線状にいた猪俣を襲う。 「猪俣。この国の言葉で『虎の威を借る狐』と言う言葉があるそうね。お前はまさにその狐だわ。滑稽極まりない」 『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の言葉に苛立ちの表情を向ける。フランシスカ自身は黒の剣を持ってEアンデッドの押さえに入った。生気のないアンデッドの表情に、思わず手に力が入る。 フランシスカの黒のオーラが渦を巻く。螺旋を描くように大剣に集う力は、鋭く貫く槍のよう。大上段に振るわれた一閃が、Eアンデッドとその後ろにいる猪俣を巻き込んで真っ直ぐ飛んだ。 「直刃の神埼君も難儀なもんだな」 わからないでもないが、と紫煙と共に息をはく『足らずの』晦 烏(BNE002858)。猪俣の射的圏外から銃を構え、狙う。誰かを守りたかった神埼。それゆえに一度敵対したこともある。相容れない相手ではあったが、けして嫌いに離れなかった。 烏の視線は猪俣を見ていた。途中にはEアンデッドと戦う仲間達。乱戦の中で生まれたほんのわずかな隙間。それを見逃すことなく引き金を引いた。弾丸は仲間とEアンデッドの横を通過し、誰にも遮られることなく猪俣の肩に命中する。 「逃がすわけには行かないよ」 Eアンデッドとそれが操る刀を潜り抜け、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が戦場を走る。手に低温を纏わせ、重心を崩さぬように真っ直ぐに走る。己の中にある一本の棒。正中線を通るこの棒を崩さぬことが、歩法の基本にして奥義。 揺るがないのは重心だけではなく、敵を穿つという真っ直ぐな心。戦う理由をもって拳を握り、逃さぬという気迫が氷の拳を突き出す。低温の拳が猪俣を襲う。凍える空気が猪俣の肺に入り、呪文詠唱を妨げる。 「荒事は嫌いだけど、色々と経験しておかないと」 その後を追うように『純潔<バンクロール』鼎 ヒロム(BNE004824)が猪俣に迫る。漆黒のカードと真紅のカードを手にして、猪俣に迫る。火力に傾倒した猪俣は、身体能力が高くない。迫るヒロムに浮き足立つ。 ばらっ、と宙を舞うカード。乱舞する黒と赤。その回転と位置で相手を幻惑し、その動きを封じていく。同時に硬化したカードが刃物のように猪俣の肌を切り刻んでいく。挑発するように自分を指すヒロムに、怒りの表情を向ける猪俣。 「思ったよりたいしたことがないようだなぁ! 見せてやるぜ、この俺の魔力を!」 「そうはさせぬでござるよ」 影に入り、ひそかに猪俣に接近していた『影刃』黒部 幸成(BNE002032)の声が響き、黒の糸が飛ぶ。完全に猪俣の虚を突いた一撃。対応できるはずなどなく、放たれようとした魔力は霧散し、虚空へと消えた。 仲間の突撃や、戦闘音。そういったもの全てを隠れ蓑にして影から迫る。慎重に事を運びすぎて時間を食えば意味を成さず、かといって急いでばれてしまえば徒労だ。時間と隠密性。その両方を適度なバランスで行うことができたからこその、不意打ちの成立。 「くそ! 不意打ちなんて卑怯な真似しやがって!」 「賊軍が言えた台詞か!」 「俺達がやる分にはいいんだよ! くそ、まだ勝てるぞ。俺はツイてるからな!」 猪俣は傷口を押さえながら笑う。Eアンデッドは強力で、猪俣に迫るものには厳しい毒の一撃を食らわせている。だからまだ勝算はある。自分にそう言い聞かせるように呟いた。猪俣タカアキは、自分のことを幸運な人間だと思っている。 だが、運だけでは突破できぬ障害も存在することを、彼はまだ知らない。 ● リベリスタは猪俣撃破を優先していた。 それは猪俣を放置すると高火力の魔力の奔流が襲ってくるから、という戦術的な理由がある。賊軍を逃してはいけないという義憤もある。 だが猪俣を狙う理由として、個々の感情がないとはいえなかった。 「あれをやったのは、お前だな」 悠里がEアンデッドを指差し問いかける。見るに耐えない刃傷と暴行の跡。言葉には怒りが含まれていた。 「ああ、そうさ。散々痛めつけても屈服しねなかったからな。 もしかしてあの女が欲しいのか? いいカラダしてるもんな。くれてやるからここは手を結――」 「ふざけるな!」 悠里は怒りと共に拳を突き出す。神埼とは一度相対しただけの仲だ。敵同士だったが、それでも嫌いにはなれなかった。少なくとも、こんなヤツに物扱いされて冷静ではいられない。氷拳を突き出し、猪俣の横っ面を殴り倒す。 「お前だけは、絶対逃がすわけには行かない!」 「貴方が幸福と言い、他人を虐げてきた其の行い。許す訳にはいきません」 ミリィは猪俣の経歴を思い出す。革醒し、親兄弟や友人を殺し、裏野部に入って人を殺し、四国でも殺し……それを幸運と言い放つその精神性。なるほど強くはなったのだろう。だがそんな強さに何の意味がある。 ミリィが怒りを篭めて猪俣を睨む。それは神秘の視線。怒りという純粋な感情を圧縮し、精神的な弾として解き放つ。 「猪俣タカアキ、どれだけ祈り頼ろうと此処が貴方の終着点です」 「俺はまだ終わらねぇ! 国外に出れば『万華鏡』の範囲外だ! そこまで逃げればお前たちは追ってこれない!」 「好き勝手に暴れまくって、弱り目になった途端に逃げに走るなんて、まぁ見事なチンピラぶりだね」 自らに影を纏わせながらヒロムが猪俣に話しかける。猪俣の退路を塞ぎながらじわじわと追い詰めていく。こちらの不意打ちが成功し、ほうほうの体でリベリスタの攻撃に対応する猪俣。悪党の末路にはお似合いだ。 「チンピラじゃねぇ! 一二三様は神に成る――」 「成れなかったんだよ。それぐらい分かってるんだろう。だから逃げようとしている」 ヒロムの指摘に二の句も告げない猪俣。追撃するようにヒロムは言葉を重ねた。 「何か俺はツイてるとか言ってたようだけど、それは俺のセリフ……楽勝な相手でほんと俺はツイてる」 「どのような相手でも滅するのみ。それが忍務」 影から現れた幸成が猪俣に迫る。水面に映る影のようにゆらりと揺れて、気がつけば懐に入り込んでいた。手にした破界器を振るうと同時に、幸成の影が物質化して猪俣の背後から迫る。その一撃にもんどりうって倒れる猪俣。 「うるせぇ……! 俺の魔力で、全て消し去ってやる……!」 「させぬよ」 魔力を練り、解き放とうとする猪俣。呪文の省略と並列作業。並の魔術師では届かない鋭い魔力。しかしそれより先に幸成の隠し暗器が猪俣の喉に当たる。痛みと呼吸阻害で呪文が途切れ、膝を突く猪俣。 勝ち目はない。それを悟った猪俣は命乞いを始めた。 「ま、待ってくれ! 降伏する! そうだよ、俺のような戦力はアークにとって必要だろ! だから命だけは助けてくれ! そうだ。リベリスタになるんだったらエリューション倒さないとな! ちょうど目の前にいいのがいるじゃねえか。あの女は俺に任せ――」 言葉の続きを遮ったのは、一発の銃声。それは烏の持つ銃から放たれた。その弾丸は現状の最適解。無駄のない鉛の一手。研ぎ澄まされた一打が、賊軍残党の命を奪った。 「しまった。うっかり引き金を引いてしまった。事故だな」 どの道生かす理由もないしな、と烏が呟く。烏を咎めるものは誰もいなかった。アークも生かして捕らえろとは命令していない。そのまま、戦い続けるEアンデッドを見た。 (神崎君のヒトとしての最後の有様、か) あのEアンデッドを動かすのは『誰かを守りたい』未練だ。もはや救いがなくとも、その有様だけは最後まで見ようと烏は思う。 「死してなお守るという気持ちは、わからないことがない」 ウラジミールがEアンデッドの攻撃をナイフで受け止める。そのまま拮抗した状態でにらみ合った。軍人として、クロスイージスとして、何かを守るという気持ちは十分に理解できる。その心は尊重できる。 拮抗が解け、ナイフと折れた日本刀が数度刃競り合う。後の先、と呼ばれるEアンデッドのカウンター技法。その一撃を耐刃性のある手袋で受け止め、ナイフで突き返す。後の先に対するカウンター。 「この程度は自分にでもできるのだよ」 「自分を削ってでも誰かを守りたい気持ちは、痛いほどにわかる」 夏栖斗はトンファーを炎で燃やしながら、Eアンデッドと交戦する。折れた日本刀が生み出す緋と、トンファーの紅。龍の顎を思わせる鋭い一撃を繰り出しながら、目の前の相手のことを思う。自らの任務に殉じ、果てた一人のフィクサード。 母や恋人をフィクサードに殺された夏栖斗だが、仇という憎しみに支配されてはいない。フィクサードであっても尊ぶべき人間もいる。だから同情はしない。全力で彼女を葬り、手向けとする。それが彼女に対する夏栖斗の礼儀。 「『緋一文』神埼紅香。これが最後の勝負よ。貴女に人としての、戦士としての心がある内に貴女を討つ!」 フランシスカと神埼との交戦回数はこれで三度目。その太刀筋、威力、そして彼女の足運び。全てがそのままだった。そのことが逆にフランシスカの胸を締め付ける。たとえ理念の大元を失っても、その剣技に変わりがないことに。 「あんたが本当に守りたかったのは愛した人とその人への誓い……そうじゃなかったのか! そんなじゃ……あの時の……かつての時の強さも、輝きも感じられない!」 否。幾度か剣を交わしたからこそ、フランシスカは理解できる。確かにEアンデッドの動きはそのままだ。だが、一撃の重みが違う。覚悟が違う。意味が違う。だからこそ理解できる。 「本当に……本当にあんたは死んだのか……!」 黒の剣を握り、Eアンデッドに切りかかるフランシスカ。確かな手ごたえと共に、その精気と体力を奪っていく。魂を奪うダークナイトの技。しかし『緋一文』と呼ばれた侍の心は、そこにはもう感じられなかった。 ● 元が高レベルの革醒者であったとしても、フェーズ1のEアンデッドがリベリスタの精鋭八人に勝てる道理はなかった。攻撃を受け、少しずつ弱っていく。 「僕らは凪聖四郎の敵だ」 悠里は拳を振るいながら、Eアンデッドに語りかける。それは生前神埼が守りたかった人の名前。わずかに体が反応したのは、錯覚だろうか。 「君の本当に守りたいものを守る為の戦いをしてほしい」 救いがないのなら、せめて戦う理由だけは彼女の生前のままに。自己満足だと分かっていても悠里は言わずに入られなかった。 「誰かを守りたい。ええ、其の気持ちは分かります。私も、私だって守る為に戦っているから」 ミリィは胸に拳を当てて、何かに耐えるようにEアンデッドを見ていた。乱戦による衝突を塞ぐような指揮を続け、言葉を続ける。 「でも、今の貴女は其の想いに縛られて、本当に守りたい者さえ歪めている。――だから、だから……貴女を倒します」 ミリィの宣誓は、もはや覆らないだろう。それは誰の目にも明らかだった。Eアンデッドのダメージ源の一つである毒はウラジミールが常に癒し、手数はリベリスタは圧倒している。 それでもEアンデッドの動きは止まらない。それは理性をなくしたエリューションだからか、あるいは生前のパーソナリティが残っているのか。 「あんたはわたしの手で葬る!」 緋の剣閃を抜けて、フランシスカがEアンデッドに迫る。六枚の黒羽根を広げて空気を叩き、その力で加速して黒き風車を振りかぶる。 「さようなら緋一文。……できるなら、生前のあんたと戦って勝ちたかったよ」 剣から伝わる手ごたえ。フランシスカが剣を振るうと同時、Eアンデッドは地に伏した。 「任務完了。まだ目標の息はあるようだな」 「アンデッドが息があるというのは、おかしな表現でござるが」 リベリスタがもはや動けない神崎に迫る。 「もはや何かを守る必要などなし。しかと役目を果たし終えた以上、もう休むがよい」 幸成がゆっくりと神埼の刀を握った拳を解いていく。彼女の刀を鞘に納め、神崎の隣にそっと添えた。死出の手向け、とばかりに手を合わせる幸成。神埼も誰かに仕え、その命に殉じた人間。フィクサードを許すつもりはないが、それだけは幸成も理解はできる。 「『誰かを守る』ことは大切だが、その誰かを忘れてしまったことを残念に思うよ」 ウラジミールは神埼の遺体を見て、静かに呟いた。例え敵であったとしても、その思いが歪んでしまうのは忍びない。ナイフを収め、目を閉じる。誇り高き戦士の魂と、その最後に黙祷を贈る。 「神埼紅香として凪聖四郎に何か残すことは無いか?」 「貴方の願いが叶うことを、あの世から見守っています」 烏がタバコに火をつけ、問いかける。空に昇る煙を見ながら神埼の言葉を聞く。この言葉を届けれるかどうかはまだ分からないが、今は胸に刻んでおこう。 「あんたを滑稽とは思わない。仕事は終わったんだ、ゆっくり休みなよ」 もう動かなくなった神埼の瞳を閉じるヒロム。彼女は負けた。だけど彼女は精一杯に戦ったのだ。それを愚かと笑うやつは博徒ではない。散り行くさまもまた花の如く。勝負事に生きる者として、ヒロムは心に刻む。 (……想いに囚われているのは、きっと私も同じなんでしょうね) ミリィが目を伏せ、黙祷する。自らの想いに囚われたアンデッド。自らの理想を追う自分。神埼はミリィの未来の姿なのだろうか? それを思うことに意味はない。未来は自ら築くものだから。 「君の想いは本物だった。それを恥じないでほしい」 悠里は祈るように拳を胸に当てる。誰かを守りたいから凪を愛したのではなく、凪を愛したから守りたいと思ったのだ。自己満足と分かっていても悠里はそう思いたい。あんなに真っ直ぐで、不器用な彼女だから。 (誇り高く咲き誇った彼岸花。その名、その業、その生き様……わたしは忘れない) フランシスカは瞑目し、剣を収める。剣と心に思いを刻み、歩き出す。信念の違いもあり共に歩むことはなかったけど、戦士の魂だけは共にある。 「その気持ちは妄執なんかじゃない。紅香ちゃんの純粋な気持ちなんだ」 夏栖斗が拳に炎を宿して、神埼に向かって打ち下ろす。爆ぜるような炎が神埼を包み込み、遺体を燃やしていく。炎は全てを浄化する。その業も、咎も、罪も。煙は天に届き、肉体は灰となって世界を循環するだろう。 その炎が消えるまで、リベリスタは何も言わずに立ち尽くしていた。 彼岸花。秋に咲く多年草。 墓の近くに植えられたこの花は、その猛毒でモグラなどから墓の中の者を守るという。 神埼紅香という花は、彼岸花のように儚く散った。 けして報われぬ生き様だったとしても、彼女は誰かの為に咲いたのだ―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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