●知の頂に根ざした毒は 屈折した空間 無限の陥穽と埋没 新しい知識使役人夫の墓場 高く 高く 高く 高く 高く 高く より高く より高く 高い建築と建築の暗闇 殺戮と虐使と噛争 ――萩原恭次郎『死刑宣告』より 最初に失敗があった。 多大な権威の上天から転がり落ちた一滴の失敗は、しかし思わぬ成果を産み落とすこととなり。 失敗だったと告白することも出来ず、それが与えた影響がどこまでもどこまでも、多くの成果とともに広まっていく。 再現性の無かった成功に再現性を与えられて初めて、それはあり得ないものとして認知され周知され拡散されていく。恥が、毒のように滴り落ちていく。 世界はそれでも、彼の成功を祝ってくれていたというのに。その失敗すら尊いと、言ってくれて居たというのに。 知識と権勢と責任を手にしてしまった彼に、最早それを聞き入れる聴覚など残されておらず。 新しい成功を求め続けた先で、彼は大きく道を外した。 誰もそれを叱りつけることはしなかった。彼の情熱にまでは知が届かないのだから。 誰もそれを異常と気付くことが出来なかった。前人未到の境地は、いつの間にか彼がたどり着くべき、辿り着いて「いい」境地からとっくに外れていたのだから。 ●無知なれど無限に知を持ち歩むもの ブリーフィングルームに積み上げられた書物の山は、勤勉なリベリスタですら唸るものだった。量がではない。内容が、である。 研究論文と自伝が大半を占めるそれをそこで待つ男――『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)が全て目を通したというのなら、それはとんでもない話である。 何しろ、専門知識がなければ文章内の単語ひとつとっても理解するのにネットが必要なレベル。彼が教職の端くれだとしても、そこまで熱心とは思えない。 「いい気分じゃないですよね、これからの『討伐対象』について見識を深めるっていうのは」 「……お前、前もそんな相手拾い上げてなかったか?」 「偶然って恐いですよね。皆さん、この人に覚えは?」 夜倉が書類の山から取り出したのは、むすっとした様子で撮影された男の顔と、それが自伝である旨のタイトルが記載されていた。執筆者、『風布 留七』(かざふ とめしち)。 時代錯誤も甚だしい名前の男を、リベリスタ達は知っているかもしれない。ニュースに詳しいものであれば、数年来で科学界の一大発見に携わった教授職の人間だということに気付くだろう。 それが事実だというなら、成程。それは世界にとって損失が如何ばかりか分からなくはない。 「名前を叩き込んでいただいた所で、本題に入りましょう。端的に言って、彼と彼が飼っていた実験動物が革醒しました。原因は彼の研究です。彼は、数年前の『あの発見』に関して快く思っていませんでした」 「あー……失敗から生まれたってやつ? すげえ話題になったから覚えてるわ。何でよ」 「失敗から、だったのがいたくプライドを傷つけたんでしょうかねぇ。怪我の功名ってのが心底嫌だったのでしょう。失敗に追い付くために成功をひたすら求めて、気付いたら道を外していた。外したことは、専門知識が深くても気付け無いし、本人も探求の奥底で覗き返されたことに気付かずのめりこんだ。結果――」 神秘に触れた。首を振る男が言葉を濁した部分を、リベリスタの誰かが継いだ。 「幸いにして、実験動物の方はフェーズ進行が遅いです。まあ、大型哺乳類なのでちょっと厄介ですが君たちにとってそう脅威ではないでしょう。問題は風布教授です。プロアデプトに近いベースの性能に、強力な思考読解能力……まあリーディングの類ですかね。それを持った上で戦闘してきます。あとは資料を参照のこと、ということで」 「社会的影響は?」 「そこはこちらで何とかしますよ。少なくとも戦場は繁華街どまんなか、とかはないのでご安心を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月15日(火)22:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●探索探訪神秘淵罪 物事には過程と結果、推察と試行と失敗とその果ての成功が渦巻いている。 それらの何をして失敗と呼ぶか、何をして成功と呼ぶかは、その人間に一任されるものであり、彼にとってそれは確かに『失敗』以上の価値を持てなかったのだろう。 即ち、彼の辞書には『怪我の功名』とか、そういう言葉なんて無く。だからこそ、『失敗は成功の母』であって欲しかった。成功そのものになることなんて、望んでなくて。 「コレが上手くいった場合だと……信念を貫いた結果、成功を収めた、とかに置き換えられるのよね」 プライドの在処を遠くへ追いやってしまった結果、その意味すら見失ったのなら無残としか言えないだろう。『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)には理解しきれないものだが、同時に同情はできるかもしれない、と思ってはいた。 同情するのと、それを許すのとは別問題だけれど。彼女は教師であるからこそ、間違いにはそうだと伝えなければならない義務がある。 「風布教授、ですか」 噂の俎上に上った過去でもあるのか、或いはどこかで聞いた程度のものなのか、或いは無知か。藤枝 薫(BNE004904)の言葉に、その名から何かを感じたフシは無かった。 人に許された領域、その外に踏み出した彼は既に人ではなかったが為に到達が可能であったのだ。悲しいかな、そこから戻ることも先に進むことも許されない『人外』は、ゆっくりと世界を侵しながら生きるしかない。 ゆったりとした死は性急な世界の侵犯を是とする言葉にはなり得ない。 故に、柚木 キリエ(BNE002649)は彼という存在に同情する気はこれっぽっちもなく。彼という存在に感じるのは、純粋な興味なのである。 現実は興味の熱度を知ることはなく、それがキリエの好奇心を上回るかは、保証されない。だから、覚えるだけ。 鬱蒼と茂る木々はしかし、冬の残滓を残してその葉を付けるに幾ばくか早い。決して見通しが良いわけではないが、夏のそれよりは幾ばくかマシだったろう。尤も、それと、留七の心情とは全くにそぐわないものだったのだが。 世の中の原理、事象の裏側。それらを一瞬にして理解し、目の前が開けることは世界探求に於いてままあることだ。哲学的にも、説明できる。納得がいく。 「東洋的に言うなら『悟り』とかそんな感じなのかしら」 西洋に生まれ、アークに属し、この国のサブカルチャーの髄を知るだろう『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)をもってしても、其の領域を十二分に説明するには難しい。何故なら、その域へ頭を突っ込んだわけではないからだ。 探求を重ねても尚見えぬ境地がある。眼前に広がる思索の海は未だ深く広く、どこまで来たか、どこへ向かえるか、は熟達者にも理解できない深淵だ。 探求者であった人間が、こうやって――道理を踏み外すという現実的な末路を見せていることは、果たしてブレーキになるのか、アクセルになるのか。 『無知の知』を思い知ることすらできなかった彼を、責められようか。果たしてそれは、否であろう。 「科学者や研究者の類は厄介だな」 研究にのめり込んだのは、果たして深淵という井戸に落ちる行為だったのか、セレアの口にする悟りの領域への一歩だったのか。『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)には分からないし、理解できない。 限界という二文字に思い当たることもなく、満足の行く成功を得ることも出来なかったがために突き進む留七のような輩について理解を巡らせることは愚かだとすら。 猛毒をそれと知らず飲み込んで。それの甘露に喜んで飲み干してしまう男の末路を、果たして同情できるかという、単純な問い。否としか、言えない。 「そんなもの、捨ててしまえれば楽ですのに」 恋人に理解できぬものを、恋人以外に視野を振らぬ『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)が理解できるわけがない。 だがそれは不幸であるわけでも、増して愚かな選択でもない。自らにとって必要なものと扶養なものを、彼女はある意味で非常に冷静に割り切り思索を割り振って生きている。 彼女と対局にあろう人間からすれば底なしに愚かに見えるだろうが、彼女の選んだそれを彼女ならざる他者に、価値観の決定権があろうはずもない。 「……まぁ、存在価値のない自尊心に興味は全くありませんけれど」 当然、変わらず、偽らず。 彼女自身にそのまま振りかかる言葉が、自身の唇から漏れでたことには気付くことも、無い。 『そう。その辺りで君達は私に気付くのだったな』 「隠れようとは思わなかったのか、愚かな」 木々の間を反響して漏れ聞こえた男の言葉に、呆れたように視線を向けた櫻霞には、確かに『彼』が見えていた。隠れるというには余りにぞんざいな潜み方は、最初から始まるべき場所を知っていたようにも思える。 彼の視野に入った以上はリベリスタ達から身を隠し果せることは許されず、かといって無為に身を晒すこともしない。神秘に魅入られた戦闘者としてはおざなりだが、一般的なレベルでの知力を失っては居ないようだ。 がさがさと木の葉が擦れる音が騒がしい。風とは違う、それははっきりと理解できる。 ――失敗を正す機会を欲したか、定命の者よ 『ああ、「そういう」コンタクトをとるのか。愉快だ、とても愉快なんだ……分かるか』 「わかりませんね」 「定命ならざるもの」(イモータル)としての自覚か、或いは自らの定義化故か。『Seraph』レディ ヘル(BNE004562)は留七の命の終局を定義で縛り、相手に否応なしに終わりを告げようと踏み出す。 だが、留七にとってそんなコンタクトすらも興味深い。研究の深淵に更なるスパイスを得ることは彼にとってどれほどの喜びだろうか。 心底楽しそうに響き渡る声に、しかし『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は断言する。理解『しない』ことを。相手の思想、相手の領域。そんなものにわざわざ手を突っ込んでいられるものかと、自らを鼓舞し戦いに備え、語ることなど無いと。 『では死ね。私と、私の傑作の願いのために』 ――“おまえ”は失敗した。定命の者よ 「……そうだね。あなたはもう戻れないんだ」 森を揺らす留七の声に、実在する質量が乗り始めるか、否かのタイミング。既に櫻霞の視界には入っていたかもしれないが、速度からすれば一気に踏み込んだその影は舞姫と切り結び、体躯からは考えられない身軽さで大きく飛び退る。 戦端は開かれた。寿命(タイムリミット)のカウントは切られた。戻る場所も止める手立ても何一つ無いことを知っていて。 キリエは、悲しむでもなくつぶやくしか出来ない。 ●Fallen' Got(堕落得て尚) 「理解できない、と言ったな。ならば私も君達を理解することは諦めよう」 「貴方は、最初からそうしようとは思ってないでしょう」 プロアデプトの技能に近い動きから、似ても似つかぬプロトコルを経て繰り出される『罠』の群れは、舞姫の身を掠ることをも許されない。彼女を重点的に狙っているのは、短いやりとりから生まれた憎悪からか。それに仕込まれた彼女なりの神秘技能故か。 結果として、狙いが総じて甘くなったのは僥倖であるという他ない。 隠れることを考慮しない面々には実際危険な威力だが、それでも戦場の趨勢を握るには甘い。 主人のその体たらくは、しかし獣には理解できない。 「一番の被害者はあなたよね、きっと」 高空域から降り、獣のストッパーとして動こうとするヘルに先んじて“魔術教本”を抱えたソラがそれと正面から激突し、噛み付きからの振動運動を躱す。牙の戦端が彼女の白衣を掠め、僅かな赤を生み出すが、耐え切れぬものでは到底ない。 それに、彼女とて相手の一撃を受けるためだけに正面に立ったのではない。その牙が届くよりずっと早く、術式を練り上げて雷撃を叩き込み、次のタイミングへと体勢を整えている。 さて。プライドがあるが故に退くことも進むこともままならぬ男の戦いに対し、彼らの戦力は非常に、非常識なまでに、苛烈であるといえるだろう。 「先読みとか単純ゴリ押しに意味ないわよ?」 「道を踏み外した愚か者に終焉を、なんてね?」 セレアの魔術と、櫻霞の射撃は双方が共に、強烈という域をとうに超えている。準備行動など無かったかのよう“遠雷”を介して吐き出される魔術の渦は、留七に肉薄すれば確実に痛打を与えられただろう。だが、確率論より手前の段階をして、それが彼に届くことは許されない。手前の樹をへし折り、舞姫の進路を塞がぬ程度に荒れ狂うそれは、彼女の位置取りからすれば致し方無いことではある。当然、他のメンバーにも言えることだが……樹木の配置は、彼ら全員が十分に射線を取り、また、射線を防ぐには緊密にすぎるのだ。 (攻撃が飛んでこないだけマシと思うしかないわね……間合いを詰められることだけは無いから、安心して戦えることは感謝だけど) 射線予測などに気を張り、最小限の被害で済ませようと考えるセレアと異なり、櫻霞は最初から、敵性エリューションである彼らがどう戦うか、など一切の興味がなかった。求道者にして探求者である彼にとって、敵は神秘に蝕まれた毒物でしかない。自らの練度を示すための実験体でしかない。最終的に『倒せる』相手の何を分析すべきかなど、彼の思考には一切ない。あたり一帯を巻き込むことを厭わず力を振るう行為は、彼らに仮初の翼がなければ自身の首を締めかねない行為でもあったろう。 「大人しく新スキルの実験台になってくれると有り難いね」 銃口を獣に向け、嗜虐的な笑みを浮かべた彼の表情は、或いは留七よりもずっと、狂気的であり。刹那的であり、思慮なんてものから最も遠く、猛禽としては――。 ――何を躊躇う必要がある 冷静に、ともすれば冷淡に戦場を睥睨するヘルの仮面が、僅かに薫へと向けられる。狙うことを放棄したような動作から放たれた魔力の矢は、分厚い獣の毛皮を貫くには十分ではない。動きを僅かに止めるには、十分であったが。 ヘルは理解していた。今このタイミングをして、薫が確かに閃光弾を放ることを躊躇ったことを。ブロッカー二人を向こうに回して暴れる獣、少しはなれればこちらに背を向けた舞姫。 投げ込む位置はごく限られた範囲にしかなく、それは概ね、仲間を巻き込むポイントでしかない。使えぬなら、通常技能で戦うしかない。その一瞬の懊悩を、声より行動に対し如実に現れることを知るヘルは、いち早く気付いたのだ。 平然としているような表情からは到底、考えられぬ動揺と懊悩。 「……でも」 ――思い上がるな。全てを尽くさず戦えるわけがないだろう 見くびるなと、彼女の意思が断言する。フェーズ1とて、フェイトを得ず暴れ狂う敵は正面切ってリベリスタが応じるには手に余るレベルの存在だ。それを敢えて受け、向かうソラと彼女を前にして、『傷つけぬように』など虫が良過ぎはしないだろうか。 ……否、甘く見ているというべきか。機を伺うが故に動きを止めた少年の背を、ヘルは優しく支えるなどできない。強く、指し示すしか、出来ない。 だから薫は、一歩を踏み出す。 戦場のダメージコントロールの主体は、櫻子に拠るところが大きい。 他のリベリスタも大なり小なり、回復を行うことが可能ではあれど、本職である彼女に勝るということはない。 彼女自身にもその自覚があり、故に狙われる可能性も十分に理解している。だからこそ櫻霞を信じているし、頼りにしている。それが依存の域であっても、適切である以上は戦場は回るのだ。 戦況が有利だと、有利にしかならないと、今の彼女は信じていた。否、『信じきっていた』のだろうか。 「なるほど、そうか。では、仕方ない」 「……私を無視でおきるとお思いで?」 「否、思っていない。憎らしいほどに剥がしきれず困惑している。だが」 だからといって君だけには固執しない。看過できない。留七は、舞姫の全力を前にして、手を抜くことはしなかったけれど。 だからといって、全て出しきったなどと、ヒトコトも言っておらず。 それを理解していたからこそ、舞姫は其の言葉に心底、いらだちを覚えてもいたのだ。そして焦りも。 ●夜が笑うので 全身のバネを開放した獣の突進は、文字通りの『盤面返し』を受けたリベリスタ達の反応を凌駕した。否、リベリスタ達が速すぎた、と考えるのが賢いだろう。神秘由来の先祖返りをして尚、長らく神秘に生きた者のそれには敵わないという皮肉。本能すらも凌駕する経験則は、ここでは実に『間が悪い』。不運が重なったのは、櫻子が大きく弾かれた拍子にバランスを大きく崩していたことにも起因する。自らの絶技に酔った櫻霞に、その一瞬の連続をして恋人を慮る時間は与えられることはない。 深々と突き刺さった爪が彼女を更に遠くへ追いやり、木々に弾かれずるずると崩れ落ちる映像を再生し。それで倒れるものではないと知っていても、状況は実に悪く。 「当たり散らす相手が居ないのはわかるけど、やんちゃすぎない?」 まるで残心でもするかのように構え、二度目の跳躍を果たした獣を視界の端に捉え、ソラは小さくごちる。 それが獣の命の、一際大きな灯火だとするならば滑稽という他無いが、此処に来て執拗に狙いに来る知性がアレにあるかといえば、否だろう。冗談ではない。 「こっちを先読みしてけしかけたんなら悪い選択肢じゃなかったのかもしれないけど」 視線を獣に、翻って留七に飛ばし、セレアは状況を認識する。総合的なダメージ管理より先に、先ずは確実に倒せる方を優先すべきなのは理解できる。それよりも先立ったのは、こんな些細なタイミングで後手に回る状況の拙さへの感情か。 究極的には、倒せない帰結など無い。途中経過が変わっただけだ。魔力を練り上げた動作そのままに、彼女の魔術は、櫻子に噛み付き高々と掲げた獣を、撃ち抜いて打ち潰した。 ――知識とは時に重荷となる。定命の者ならなおのこと 「知を重荷にしてしまうのは、常に人の常識とそれに囚われた無理解からだ。『あんなもの』を崇めた連中には、分からない領域だ」 「そんなことを言う割に、知を引きずって、引きずられて、生半可に見えるせいで何も見えなくなったのは……誰、なのかしらね」 ヘルの説くような口調に、しかし留七は聞く耳など持っていない。自らはそれをきちんと理解しているのだと、声高に説き伏せようと必死なのだ。 たとえ研究成果が目の前で無残に死を遂げても。知だけを見る彼は、正しく知の他を見る目が盲でいるのだろう。 残念に思うでもなく吐き捨てたセレアの言葉を背景に……薫には、そんな彼の、彼女たちの考えなんて分からなかったが。閃光弾を放るタイミングだけは、しっかりとわかっていた。 閃光が晴れるのを待たずして僅かに前進したキリエの表情からは、その真意は見えない。知りたかった相手の結末は、やはり自身が思う程度には酷く淡く脆く、くだらない『モノ』だった。 「知は奴隷と主人に無関心である」 晴れた視界を覆ったのは、留七が見たこともない物体――“ 辟邪鏡”のシルエットだった。それも神秘の、とても純粋な産物であることを理解するより先に、“黒曜”が体軸を貫いた感触に笑みを深めた。 「貴方は知を統べたかったのかしら。……それとも、ただ知に尽くすことが全てだったのかしら」 「さぁ、どうだったかな。……知は、共連れ(パートナー)にはなってくれないのか、残念だ」 「学生達やご家族に、何か言い残す事はありますか?」 「無いな。こんな老いぼれを待っていてくれたのも、迎え入れてくれたのも、ただ『知』のみだったからな」 もたれかかるをよしとせず、弾き飛ばすように身を離し、仰向けに倒れこんだ留七は、キリエの問いにも、何も残さず死ぬことを選んだ。最後まで、彼は知らぬものだらけで。 「こうなる前に誰かが止められていたら、あるいは……もしもの話なんてしても仕方ないわよね」 偶然に翻弄された彼と、素直な感情で彼を追い詰めた周囲は、善悪のベクトルで測るべきものではない。中庸であった。だが『神秘』を御せなかった時点で毒ではあった。 それを討伐した自分たちとは一体、なんなのか。 「それを正義と呼べるのかは兎も角、やらなければ世界が壊れるのもまた事実」 櫻子を抱き起こしながら、櫻霞は応じるでもなく口にする。理解できないことだらけの世界で、得てしまった知の果てに死ぬことも殺すことも、善でなく悪でなく、『正しい』のだから、適否はそこには残っていない。 理に適った解はまだ、証明すらも完了しない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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