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<イデア崩壊>あなたのワールド・エンド・ロール


 あなたが絶対介入棺から目覚め、身体を起こしたところに声をかけられた。
「お疲れ様です。いかがでしたか? まるで高性能なシミュレーションゲームのようだったでしょう。人によっては『長い夢を見ていたようだ』などと言う方もいますが、実際夢で間違いありません。この世に何の影響も無い、空想で架空で空虚な『よそ事』ですからね」
 笑いもせず、眉一つ動かすこと無く、どころか声にろくな抑揚もつけずに彼は言った。
「『物語』のリピートが始まります。リピートを許せば、これまでにない数のバグホールがこじ開けられるでしょう。つまり」
 眼鏡をかけた男性フォーチュナは、パイプ椅子に腰掛け、こう言ったのだ。
「世界ごと、殺しましょう」

 おさらいと説明をする。
 名称不明の『物語世界』はこちらの世界にある常識を吸収し、自らを拡大し続けていた。
 吸収作業の影響によって生じたバグホールは他世界からの神秘流入はおろか、危険なアザーバイドの流入や世界の崩壊を招くある意味致命的な傷となるのだ。
 我々の世界が、他の世界に食いちぎられているのだ。
 その状況を止めるため、あなたを含めた十人のリベリスタは他世界介入機械を通じて世界に介入、同調した。それが前々回での作業である。
 世界の同調したあなたの介入体は物語世界をリードする存在となり、彼らなくして世界を回せないまでに成長させることが出来たのだ。
 物語は一端の収束を得て、次なる物語の生成に向けて世界は順調に回っている。
 リピートが始まるのだ。
 通常ならば『世界の流動』など止めようが無い。
 だが。
 今のあなたであれば可能だ。
 今のあなたと、あなたの介入体であれば可能なのだ。
「介入体と介入元はそれぞれ他世界における同一存在ですが、本来それらは世界の壁を隔てて存在するものであり、互いに一切の影響を起こすことはありません。しかし、世界の壁を越え、『致命的な影響』を及ぼしたとき、世界に少なからぬ変動を起こすことが可能となるでしょう。それが世界をリードする程の存在であれば尚のこと」
 つまり。
 つまりである。
「物語世界に本体ごと介入し、介入体を殺してください」


 殺すべき存在のリストと補足を説明します。
 尚、このうち殺さなければならない人数は『八名』です。

・『勇者のなれはて』イデア
 元勇者。二十年にわたる荒野での暮らしに加え、聖剣セラフィーナの復活、まっすぐな心の獲得などの要素を備え、非常に強力なリベリスタに育っています。
 人間単体ではトップクラスの実力を備えているはずです。

・『弱きもの』エイス
 非常に弱い人間ですが、『弱さは強さ』の法則にそってあらゆる存在に守られています。
 まずシィンの加護を受けているので簡単に死にませんし、世界をリードする実力者に擁護されているので社会的にも殺せません。ある意味での無敵存在です。しかし殺せないことはありません。

・『ミルキーウェイの無法者』星川・天乃
 フリーの存在で今も世界中をフラフラしています。イデアと行動を共にしてない時のほうが実は多いようです。
 非常に注意深く、俊敏で、異常なまでに危機察知能力と危険回避能力が高くなっています。
 同等かそれ以上の能力を持った人間でなければ討ち取ることは難しいでしょう。

・『壁外調査団の英雄』真雁・光
 人類が泥沼の戦争状態に陥ったことで、英雄視されていた光もまた戦争と政治の道具に組み込まれていきます。
 戦争の後ろ側でマスコットやアイドルのように扱われ、国家によって強靱に擁護されています。
 彼女自身もまたシィンの加護をうけた剣を所有しているため、彼女自身もひたすらに強いです。
 もし殺害を狙うなら最低でも一個師団と恐ろしいまでの政治力が阻みに来るでしょう。

・『騎士の忘れ形見』ディス
 立場的には完全なフリーです。シィンのかけらから作られた黒剣を所有しているので手強いですが、単体の強さを劇中であまりあげていなかったので彼女自身はそこまで強くありません。
 ただし常にイデアのそばについているので、ネックになるとすればそこでしょう。

・『神のぬけがら』白雪・陽菜
 ほぼ一般人に近いところまで弱体化しています。
 本来ならシィンの加護を蓄積していて怪我をおわせるだけでも一苦労の相手でしたが、今はそれらを絞り尽くしてしまったので殺害は容易になるはずです。
 ただしイデアとべったりなので、やはり彼がネックになります。

・『情報屋』遠野・結唯
 情報屋という職業柄やたら影に隠れており、見つけ出すことが一番難しいキャラクターです。
 一応リベリスタ十人を相手に勝てるくらいの強化がされる予定だったようですが、劇中で戦闘したシーンが無かったため強化の度合いは一般リベリスタよりちょっと強い程度に収まっています。
 つまり『本当は強いけど実力を出せない』の設定が働いていている状態です。

・『フリージャーナリスト』雪白・桐
 ほぼ一般人レベルの実力ですが、彼女の保有している情報の重さがネックになってあらゆる国家に保護されています。彼女が『生きている』ことで保たれている国家が複数存在します。
 恨みを買いやすいので命もよく狙われますが、狙った相手はほぼ確実に死んでいます。そういう『影からの擁護』を受けている存在でもあるのです。
 ちなみにこの世界では女性として扱われていますが、事実のところは不明です。

・『元ノーフェイシス帝国皇帝』鋼・剛毅
 本来ならラスボスクラスに強かった筈なのですが、物語終盤で浄化され一般リベリスタ程度にまで弱体化した経緯があります。
 シィンの加護を受ければ死ぬほど強くなるのですが、今のところは普通レベルのままです。
 行く当てがアテがないからという理由でイデアにくっついていますが、単独行動をしていることもあるようです。
 あと劇中で一回も言ってませんでしたが、彼の本体は鎧です。中身のないエリューションです。

・『聖剣』セラフィーナ
 そもそも生命体ではないので死にません。が、消滅することはあります。
 ただしイデアの身に危機が迫ったときに自爆する、くらいの方法でしか消滅できません。
 逆に言うと、イデアが死にかけた時がイコールでセラフィーナ消滅のときです。

・『仮定架空存在のハードケース』シィン
 この子だけ扱いが複雑なので詳しく説明します。
 まずこの子の身体が『シィンのかけら』という大きな憑依体でできています。しかしこれを破壊しても死亡・消滅させることはできません。
 この世界にあるかけら『エイスの肉体』『勇者の剣(光死亡時に自己消滅)』『黒剣(ディス死亡時に自己消滅)』『鋼剛毅』そして今使っているハードケースボディを破壊することでやっとこの世との接続を切り、実質消滅させることができます。
 ただしひとつのかけらを破壊すると別のかけらにエネルギーが移動する仕組みになっているので、たとえばエイス一人殺すと光、ディス、剛毅がいきなり強化されます。しかも殺した情報が超次元的にバレます。
 それぞれが保有しているエネルギーの大きさは『シィンボディ>エイス>剛毅>光>ディス』です。順番をよく考えましょう。

・『浄化の巫女』フィティ
 この世界に悪や憎しみが増えれば増えるほど強くなる仕組みになっている巫女です。
 今は世界から忘れられており、行くアテがないからと剛毅と一緒に行動しています。イデアといることが多いですが、たまに剛毅と一緒に仕事をこなしたりもします。
 今のところ普通のリベリスタ程度の強さしか持っていませんが、一応ドラゴン形態に変化できます。どっちが本来の姿かと言われるとちょっとわかりません。本人もわかっていません。
 つながりが強くなっているイデアやエイスたち主要メンバーが一人殺されるたびに一段階ずつ強くなる仕組みがあります。最後まで残していくと無理ゲーと化しますが、まあその段階でクリアなので別に放置しちゃっても大丈夫な子です。


 あなたは今からあなたのままで物語世界へ入り込み、これら十二名を殺害しなければならない。
 自らの手で、である。
「他世界同一存在による自分殺しは世界の致命的欠陥となります。やり方は単純で、あなたがあなたの介入体を殺すだけです。『あなたが殺した』という事実が存在するならばいかなる手段をとっても構いませんし、協力者がどれだけいても構いません。更に物語の主人格を破壊することができれば、世界の破壊は確実なものになるでしょう」
 男は眼鏡をなおし、抑揚なく言った。
「所詮はあなたが生み出した存在です。それを殺すこともまた、簡単なことでしょう」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年04月11日(金)22:54
八重紅友禅でございます
最終介入手続きを行ないます。

●シナリオクリア条件
・主要キャラクターのうち『八名以上』を死亡、もしくは消滅させること。
・それらの内容が物語世界において『一年以内』に全て済んでいること。

逆に言えば四人ほど生き残っていてもギリギリセーフということです。
ただし『殺したはずが生きていた』なんてことも往々にしてありますし、し損じる可能性も充分あります。ギリギリを狙ってうっかり足を滑らせて激しく失敗するということのないように気をつけてください。
また、殺す際は介入元が介入体を殺すという状況を作ってください。
例えば『蓬莱惟がディスを殺害する』といった形です。
『あなたが殺した』という事実が存在しているならば、その手段や経緯は問いません。
また、世界を回って一人ずつ殺していくなど、遠回りな方法をとることもできます。メタいこというとそれだけ迂遠な内容でも描く余裕があるということです。

●PCとNPCの扱いについて
皆さん十名はそのままの身体で世界に入るので、フェイトの消費ルールその他がそのまんま適用されます。
また、これまでの介入体(ドラゴンフィティなど)はすべてNPC化し、一切の操作をうけつけません。
ただし出現するエリアと時間、そしてシチュエーションをある程度自由に設定できるので、可能な限り自分に有利な状況を生み出せます。
(ただし相手が瀕死で完全に拘束された無防備な状態、などの有利すぎる状況は発生しない模様です)
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ハイジーニアスデュランダル
雪白 桐(BNE000185)
ハイジーニアスデュランダル
真雁 光(BNE002532)
ハイジーニアススターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
ジーニアスダークナイト
蓬莱 惟(BNE003468)
メタルフレームダークナイト
鋼・剛毅(BNE003594)
ノワールオルールクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
ハイフュリエソードミラージュ
フィティ・フローリー(BNE004826)

●ファイナルシークエンス
 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)
 雪白 桐(BNE000185)
 『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)
 『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)
 『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)
 『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)
 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)
 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)
 フィティ・フローリー(BNE004826)
 ――以上十名の転送を開始。
 ――完了。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。
 警告。ここはあなたの世界ではありません。

●終章第一節 ロール・エンド・ロール
 風である。
 フィティは乱れそうになったポニーテールを振り、強く縄を握りしめていた。
 高度にして一千メートル。
 常人であれば即死は間違いない高さである。
 なぜそんな場所に?
 答えは簡単だ。『乗ってきた』のだ。
「人の別れとか、愛用品が壊れるとか、世界樹が歪んでから何度も経験してきたけど……『名残惜しい』なんて感情をこんな形で体験することになるとはね」
 ジャマダハル。メリケンサックの延長上に刃を接続したような、いわゆる刺突型ナイフである。
 これをフィティは、ドラゴンの首元に突き立てた。
 竜。世界の悪を吸い尽くし、悪しき竜となり、勇者に倒され、荒廃した世界で復活し、無力な竜となったドラゴン、フィティである。
 ドラゴンフィティは暴れ、空中できりもみ回転を始めた。
 縄を握りしめるフィティ。が、たよりの縄が炎によって焼き切れた。ドラゴンの炎によるものだ。
 上空一千メートルに投げ出されるフィティ。
 ドラゴンはそんな彼女をひとにらみすると、素早いターンでもってフィティをひとのみにしてしまった。
 フィティはドラゴンに食い殺されてしまったのか? 否、そうではない。
 飛行態勢を整えようとしたドラゴンの腹が内側から開いた。そう、フィティが腹を切り裂いて飛び出してきたのだ。
 思わず身をよじるドラゴン。人型に変化し、腹を押さえながら自由落下。
 ナイフを引き抜き、フィティに斬りかかる。同じくナイフを突き出すフィティ。
 空中で二人がもつれあい。重螺旋状に絡み合い、回転しながら墜落していく。
 至る先は海であった。
 二人は激しいしぶきをあげて着水。
 泡にまみれながら水中で体勢をととのえると、フィティは水を蹴った。
 魚雷の如く水中を走ったフィティは相手の腕を串刺しにし、そのまま肩からもぎ取った。
 が、彼女とて二度も世界を脅かしたドラゴンである。すれ違い際のフィティを逃すまいとポニーテイルの尾に噛みつき、強制的に引き留めた。
 足を絡め、首を掴み、眼球めがけてナイフを突き立てる。
 歯を食いしばるフィティ。
 無事な片目を見開き、相手の口内に手を突っ込んだ。
 手? いや違った。この場合はナイフの切っ先である。
 ドラゴン状態ならこれを丸呑みできたろうが、今はそうではない。
 後頭部からナイフが突きだし、彼女は両目を見開いた。
 力が抜け、空気が抜け、海中に大量の血が広がる。
 フィティは水面に浮き上がると、ちらりと海中を見た。
 透明な水の中を、くるくるときりもみしながら沈んでいくドラゴンフィティ。
「最初から、世界を滅ぼす巫女だったんだ。私も、あなたも。本質的には」
 フィティは誰にも聞こえない独り言をつぶやいて、ゆっくりと海を泳ぎ始めた。

●第二節 嘘の嘘の嘘の嘘の嘘
 ドラゴンフィティとフィティが一騎打ちをすることになったのは、主にスケジュールのせいである。
 彼女が一人になる時が一日しかなく、同時に情報屋の結唯や桐たちがイデア一行と離れている時期が重なっていたのだ。
 そうでなくても、どうやっても目立ってしまうドラゴンフィティの交戦情報が情報屋のネットワークに引っかかるまでの速度を考えれば、フィティ撃破の直後に結唯と桐と潰すのは非常に優秀な順序立てだった。
 実際、彼女たちは特別な警戒をすることもなく異世界からの来訪者に襲撃されることになったのだ。
 なにせ二十年に渡って世界戦争を無事に生き延びた二人である。本気で雲隠れされれば一年間で見つけるのは困難を極めただろう。無論、あらゆるE能力を利用しての話である。

「新興宗教ですか。この世界大戦のまっただ中に?」
 桐は粗末なタトゥーショップの中で店主と会話していた。
 様々な組織から影で監視されている彼女である。下手に『安全』な場所にいるのはまずい。例えばセキュリティ万全な高層マンションなんて場所は彼女にとって鬼門だ。気づけば軟禁されているなんて状態になりかねない。
 できるだけ周囲の人間が『信用できない』環境であるべきだ。
 その上で、政治や常識ではなく純粋な暴力が支配する土地であればなお良い。
 外部の人間が紛れ込みにくく、騙される心配がない。
 そういった観点から、このスラム街は非常に居心地がよかった。
「戦争がおこるとまず政治が軍に支配されますし、国民の識字率が下がって思想が狭まるはずです。宗教をはやらせるには一番向かない時期なんじゃ?」
「それがそうでもねえのさ。どうもシィンエネルギーの復権を求める団体らしくてな、昔の裕福さが忘れられない連中や、当時インフラを握ってた元技術者やらが加わってるらしい。殆どが見事に落ちぶれてるが、その分一発逆転に賭けたくなったんだろうさ」
「ギャンブルで言ったらまず負ける発想なんですけどねえ、それ」
 桐は手帳のページをぱらぱらとめくった。
 店長が客にタトゥーを入れながら、彼女の様子を横目に見る。
「で、ここに来たのはどういう理由だ? あんた、タトゥーは入れない主義じゃないのか」
「ええ、ちょっと『裏庭』を借りようと思いまして」
「……好きにしろ」
 鍵を投げ渡され、桐はそれをキャッチした。
 用は済んだとばかりに裏口から出て行く。
 そのきわ。
「あ、そうそう。表で『私の客』が待ってるみたいなんで、よろしくです」
「……ああ」
 本人たちにだけ分かる会話をして、扉を閉じた。

 きっかり三十分後。
 コロシアム型のステージに桐はひとり立っていた。
 形もそうだが、ここで行なわれる『見世物』もまた、コロシアムのそれと一緒である。
 貧民を戦わせて金を駆ける遊びが、日々行なわれている。
 しかし今は観客のひとりすらいない。
 桐は空に向けて大声で呼びかけた。
「さあ来ましたよ遠野さん。話したいことっていうのはなんです?」
 答えは無い。
 答えが無い代わりに、遠くから放たれた銃弾が桐の頭を貫通した。
 血を吹き、その場に倒れる桐。
 ……いや、桐ではない。
 彼女に偽装した偽物である。
「あらあら。私、遠野さんに暗殺されるようなことしましたっけ?」
 VIP席の縁から銃を構えていた結唯の背後に桐が現われた。
 素早くナイフを抜く桐。
 高速で振り返り、銃弾を連射する結唯。
 全身を穴だらけにして崩れ落ちる桐。いや、彼女の偽物だ!
 VIP席にパイナップル型の物体が投げ込まれる。
 手すりを飛び越え、急いで外へ飛び出す結唯。背後に起きた爆風にあおれれ、すりばち状にならんだ座席の上をまずありえない状態で転げ落ちた。
 サングラスが砕けて飛ぶ。
「っ……!」
 身体を起こそうとした直前、首にテイザーガンが突きつけられた。
 相手は……桐である。真偽は分からない。
「はいそこまでです。あなた、遠野さんじゃありませんね?」
「……」
「そっくりの偽物を差し向けてくるなんてエグいやり方、ネオドイツの方ですか? 誰でもいいですけど、知ってること全部吐いて貰いますね。なんでか私たちが出られないように妙なバリアまで張られてるみたいですし?」
「……」
「喋れないんですか? それとも喋る気が無いとか。別にいいですよ、時間はありますし、じっくり行きましょう」
 そう言って懐から爪剥ぎ器を取り出す桐……だったが、すぐにそれは地面に落ちた。
 道具だけではない。
 彼女の上半身がまるごと地面に落ちたのだ。
 結唯はゆっくり身体を起こす。
 彼女に差し出される手。
 桐のものである。
 結唯はその手を取って立ち上がり、座席の中に紛れるように転がされた女性を見つけた。
「遠野さんらしい……のですかね。あえて『いかにも隠れていそうな所』に隠れてましたよ」
 情報屋結唯は裏の人間にとっての有名人だ。逆に表の人間からは知られていない。
 そんな彼女が警戒すべきは裏側を暗躍する人間であり、そういう人間がまず見落としがちな『いかにもなアジト』に結唯は身を潜めていた。
 桐たちはそんな彼女の心理をつき襲撃、拉致したのだ。
「……」
 結唯は無言のまま、昏倒した結唯の喉元に銃をねじ込み、連射。
 頭部を的確に破壊すると、そのまま引きずっていった。
 こういう闘技場には『死体捨て場』というものがある。やがて家畜の餌になるような場所だ。
 そこに、頭部を喪った結唯と桐の死体を捨てた。
 まぎらわしいやもしれないが、捨てられたのはこの世界における結唯と桐である。
 てをぱしぱしと払う桐。
「私はこのまま暗躍しますけど、そちらは?」
「そうだな。情報の操作を――」
 ようやくものを喋り始めた結唯だったが、全て言い切る前に頭部が吹き飛んだ。
 遠くからの狙撃である。即死だった。この世界との接続が切れ、身体が消滅する。
 慌ててその場に伏せる桐。が、すぐにそれが誤りだと気づいた。
 なぜなら天空から降る光を目にしたからだ。
 光。
 それも、銀色に光り、炎を吹きながら落ちてくるそれは、俗に『広域破壊兵器』と呼ばれている。
「ああ、なるほど。知られて困るなら消しちゃおうと……どこの世界でも人間っていうのはズルいですねえ」
 桐は笑って、目を閉じた。
 この後の運命など、決まっている。

●第三節 ひとりで生きて、ひとりで死ぬ。
 無法者、星川天乃は警戒していた。
 情報屋の結唯と桐が何者かに謀殺されたという話を聞いたからだ。
 少なからず裏情報に通じていた彼女だから知り得たことで、一般にはなんの情報も漏れていない。
 スラム街でテロの準備が行なわれており、それを鎮圧するために破壊兵器を投じたというのが国の発表であり、結唯や桐に至っては最初から存在していなかったということにされていた。
 世界の裏側に生きていた者たちだ。終わり方もまた裏で人知れずというのが正しいだろう。天乃はそう考えた。
 だが気にかかることもある。
 時期を同じくしてフィティが仕事を渋り始めたのだ。体調不良だなどと言っているが、あの荒くれドラゴンに体調不良などあろうはずはない。
 何か隠している。そして、何か致命的な事件が起きている。
 天乃の野性的な勘がそう判断した。
 ゆえに、この状態になることを予期しなかったわけではない。
「あなたの、名前は?」
「星川、天乃」
 全く同じテンポで。
 全く同じ声で。
 全く同じ顔で。
 全く同じ気配で、彼女は述べた。
 直感的に分かる。
 彼女は変装でもE能力による偽装でもなんでもない。
 自分自身なのだ。
 何か別の可能性を通ってきた、自分と全く同じものだ。
 そんなことがありえるのか、という疑念は天乃にはない。
 彼女に常識や倫理観がそれほど備わっていないからだ。
 どころか、こんな風に考えてすらいた。
「自分自身が相手だなんて……」
 無表情に、腰からワイヤーを引っ張り出す。
「楽しめそう、だね」
「本当」
 人間が一歩を踏み出す数百倍の速度で飛び出し、二十メートルの距離が一瞬にして零になった。
 両者の眼球がお互いを至近距離で写し、無限の合わせ鏡になる。
 わかるのだ。
 同じものなら、こう思うはずだ。
「こんな楽しい戦い、逃したくない、よね」
「誰にも、邪魔させたく、ない」
「そうだよ。さあ――」
「「踊ってくれる?」」
 古い地下工場跡。である。
 周囲を大量に行き交う配管に透明度や強度や太さも様々なワイヤーが大量に巻き付き、一瞬にして蜘蛛の巣のごとき状態を生み出した。
 その中をまるで無限にはねるピンボールのように高速で飛び交う天乃と天乃。
 さなか、天乃はワイヤーの中にエネルギーの糸……つまり気糸が混じっていることに気づいた。
 腕や足に巻き付いてくる気糸。その動きを、音を、ごくごく僅かな臭いや空気の振動を敏感に知覚し、天乃は全ての気糸を回避した。
 すべてしのいだ。次は反撃だ。
 彼女のワイヤーにはそれぞれ別々の臭いがついている。普通ではかぎ分けられないレベルの違いだが、自分にはわかる。相手に向けてそれらを複雑に、それでいて狡猾に差し向けた。
 これを逃れた相手は今のところいない。が、相手はそれを全て回避した。
 わかるのだ。そう、わかるのだ。自分と同じ世界が、相手には見えている。
「……そう、か」
 天井に張り巡らされた糸に、まるで蜘蛛のごとく逆さに張り付く天乃。
「じゃあ、奥の手……だね」
 自分と相手の間に網が生まれる。
 それも数センチ角の粗い網が、壁のごとくぴったりと通路を埋めた。
 くい、と指を引く。網は凄まじい速度で相手へ接近……し、通過した。
 サイコロステーキと化す相手。
 勝負あったか。
 と思ったのもつかの間。
 肉片が急激な速度で自己修復を開始。全裸の星川天乃を構築したかと思うと、部屋いっぱいに先程と同じ網を形成した。
 それも、天井を覆うように、下向きに落ちるような網だ。それが気糸で編まれ、存在している。
「私も、とっておき」
 腕を振り下ろす。
 と同時に天乃はスライサーにかけられた卵のように変化した。
 崩れ落ちる肉塊。
 そこへ、天乃は血まみれの身体で這い寄った。
「……」
 自らではなしえなかった技術をもつ別可能性の自分。
 娘のようなもの。
 それを見下ろして、天乃は深く息をついた。

●第四節 愛であって、愛でないもの。恋であって、愛でないもの。
 最近皆の様子がおかしい。
 陽菜はそう考えるようになった。
 きっかけは結唯たちが死亡したと聞かされたときだ。イデアはひどく取り乱し、それをなだめるので精一杯だった。
 天乃も二ヶ月ほど行方不明になっているし、フィティもまた仕事をせず引きこもっているという。
 自分に出来ることをしたい。陽菜はその一心でかいがいしく働いた。
 とはいえ、力の全てを絞り尽くした抜け殻のようなE能力者である。毎日料理を作ったり、部屋を掃除したり、猫を飼ったり……と、地味ではあるが日常的な、普通の日々をなんとか取り戻そうとしてきたのだ。
 そんなある日、陽菜のもとに一通の手紙が届いた。
 名指しのダイレクトメールである。
 ほとんど天乃に寄生していた陽菜にとって、彼女へのダイレクトメールが来ることは無い。彼女の素性を知っていて、そのうえで重要な用件がある者からの手紙だとすぐに分かった。
「なんだろう」
 手紙の封を解く。するとポラロイド写真が滑り落ちた。
 慌てて拾い上げる。
 拾い上げて、目を見開いた。
「……これ」
 衣服を殆どうしない、全身を血まみれにし、猿ぐつわと指手錠をかけられた天乃が写っていた。こちらを殺人的な目でにらんでいるが、そんな状態にあろうとも拘束を解けないということはつまり、生殺与奪の権利を完全に握られているということになる。
 あの天乃が。
 人類に憎まれながらもメインアタッカーから外れなかった生粋の実力者である彼女が、寄りによって拉致された?
 混乱する陽菜に追い打ちをかけるように、写真の裏には『誰にも言わず一人で来い』と書かれていた。
 とるものもとりあえず家を飛び出し、車に飛び乗る。
 だが気づくべきだったかも知れない。
 その字が、明らかに自分の字体と一致していたと言うことに。

 ゴミ処理場、と言う名の死体置き場がある。
 泥沼の戦争状態を続ける各国には、敵兵が病原菌の発生源にならぬようにと燃やして埋める施設が存在している。
 その裏手に陽菜の車がとまっていた。
 時間は夜である。
 ひとけは、ない。
 陽菜は前だけを見ていた。
「ねえ、聞きたいこと、あるんだ」
 運転席には陽菜。
 助手席にも、陽菜である。
 自分と全く同じ存在が、隣り合わせて座っていた。
「イデアのこと、好き?」
「……」
 運転席の陽菜は、脇腹から血を流していた。
 口を開く。
 ごぼりと血が漏れ出した。
 まるでおぼれるような声で、呟く。
「きらいだよ」
 目を閉じ。
「だいきらい」
 眠るように、目を閉じて。
「だい……すき」
 この世界の白雪陽菜は、死んだ。

●第五節 勇者になりたい
 真雁光という女性に自由意志はない。
 彼女は戦争をするための道具であり、象徴であり、カードなのだ。
 生活の全てを制御され、口にする食べ物すら他人に定められていた。
 その状態を幸せに思ったことは無い。だが必要なことだ。
 シィンエネルギーから脱却し、ノーフェイスとの抗争状態を抜け出した人類にとってよりどころは必要だ。
 人類が本当の意味でひとつになるため、この『恒常的な戦争』は必要なものだった。
 もはや同じ人類以外に、人類を脅かせるものがないのだ。
 怠惰と慢心は人を殺す。そのためには、お互いに剣を突きつけ合う必要があった。
 その剣が、自分である。
 人類拠点を主軸にした新人類共和国。その国務館で、過剰なまでのボディガードに囲まれながら星空を眺めていた。
「イデアたち、今なにしてるかな……」
「光様」
 そっと近づいてきた男が、薄手のガウンを差し出してきた。
「今夜は冷えますから」
「どうも」
 長く光のボディガードを勤めている男だ。
 昔はシィンエネルギーの研究所に勤めていたと聞くが、世界がシィンエネルギーを喪ってからはこうして身を削る仕事ばかりしてきたという。
 なんとなく親近感を感じてボディガードに選んでいるが、彼も国の方針で近々異動になるらしい。
 もうこの世界に自分で選択できるものはないのか。光はどこか切ないものを感じた。
 ガウンを羽織る。
 と、内側に縫い付けられた異物に気づいた。
 誰にも気づかれないように盗み見る。
 そこには……。

 国立劇場。
 人類の勝利に沸いた人類拠点が勢いで作った贅沢な施設である。
 だがすぐに戦争状態に陥り、閉鎖。
 今はその用途を手探りするハコモノと化していた。
 そんな劇場の観客席。最前列中央。
 長らく閉じたままの幕を見つめ、光は静かに座席に収まっていた。
「本当に、一人で来てくれたんですね」
 幕が開き、一人の少女が姿を現わした。
 目を見張る。
 当然だ。
 それは光自身であったからだ。
 今から二十年ほど前の、自分自身であったからだ。
 それだけではない。彼女と並ぶようにフィティと天乃が立っている。
「これは、一体……」
「はじめまして、こっちの世界のボク」
 少女の光は剣を抜き、舞台を下りた。
 咄嗟に立ち上がる光。
 二人は向き合ったまま、剣を抜き合っていた。
 二本の剣をはさみ、少女はじっと光を見ている。
「あなたは、ある意味で理想のボクだったのかもしれません。でもボクは、ボクの世界で仲間を得て、勇者になりたい」
「勇者」
「だからあなたには、消えて貰います」
 舞台上のフィティが、天乃が、それぞれ武器を抜いた。
「そうですか。やっぱり」
 俯き、光は笑った。
「嘘であって欲しかった。まさか陽菜さんたちが……死んでいたなんて」
「ん?」
 僅かに首を傾げる少女光。
 そんな彼女に翳すように、光は一枚の写真を放り出した。
 天乃が拘束されている写真である。裏には一人で来いという書き込みがなされている……が、その上に乱雑な文字で『本当の私は殺されている』と書かれていた。
「ゴミ処理場からこれが発見されました。陽菜さんが殺される間際に残してくれたものでしょう。彼女は、賢い女性でしたから」
 途端、劇場の天井を物質透過して大量の兵士が降ってきた。
 咄嗟に応戦する天乃たち……だが、彼女たちといえど大量のリベリスタを相手に抵抗できるほどの実力は無い。すぐさま押さえつけられ、うつ伏せに拘束されてしまった。
 少女光も同じである。
 キッと光をにらむ。
「一人で来るとみせかけて、伏兵を潜ませましたね……!」
 彼女の首に『勇者の剣』を突きつけ、光は言った。
「私に『一人になる自由』なんてあると思いましたか? まんまと騙したつもりでしょうが、騙したのはこちらです。さあ、吐いて貰いますよ……あなたが誰で、何を目的に陽菜さんたちを殺したのか」
「ボクが秘密を喋る人間に見えますか」
「見えませんね。でも方法はあるんです。斉藤さん、リーティング班をよこしてください。『丁寧に』質問したい相手がいます」
「…………」
 光は部下の一人に指示をとばしたあと、再び劇場の椅子に腰掛けた。
「あなたが舞台の上に現われたとき、ハッとしましたよ。私はずっと、舞台の上にいたんだなって。二十年間ずっと。そして、こらからも、ずっと」
「残念ながら……」
 少女光は自嘲気味に笑って言った。
「『これから』はありませんよ、この世界にはもう」

●第六節 これとわたしと、わたしとこれ。
「はい、はい……分かったわ。それ以上の情報が出たら連絡して頂戴。私? 私はなんともないわ、無事よ。それじゃあね」
 電話口にそう述べてから、ディスは受話器を置いた。
 そんな彼女に、後ろから声がかけられた。
「何かあったのか?」
「真雁光たちの偽物が現われたそうよ。恐いわね」
 ディスは振り返り、美しく微笑んだ。
「――兄さん」

 惟が発見されたのはおよそ一ヶ月前のことだ。
 海岸に倒れていた彼を発見した漁師が、そっくりのディスに連絡を入れてきたことで発覚した。
 かつてドラゴンに喰われた筈の蓬莱惟が生きていた。
 それも、二十年越しに。
 一体どこでどう生き延びたのか、本人も覚えていないという。
 どころかディスのことすらさっぱり忘れていた。
 長期的な記憶喪失。医師はそのように診断した。
 そもそもE能力者の肉体構造に現代医学が追いついていない以上、医師の診断などろくな意味を持たないが……ディスにとっては死んだはずの兄が生きていたという事実より優先されるものはない。
 問題はイデアたちだが、そもそも対立する原因になった兄がこうして生きていたなどとどの顔で言えば良いのかわからない。ディスは『状況が落ち着いたらあらためて伝えよう』と決めて、ずるずると数ヶ月を経過させていた。
 惟自身が一人にされることを嫌がったり、昔の知人に会うことを拒んだからというのもある。
 おかげで今は惟の世話ばかりしているディスであった。
「光……真雁光か。その偽物が現われたと?」
「フィティや白雪陽菜もよ。悪趣味なテロリストもいたものよね」
 惟とディスはテーブルを挟んで椅子に腰掛けていた。
 テーブルにはサンドイッチが二つ。
 紅茶が二つ。
「その連中はどうなった?」
「情報を引き出すために拘束してるみたいよ。世界の崩壊がどうとか、物語がどうとか、意味の分からないことを言ってるらしいわね」
「そう、か」
 惟は紅茶に口をつけ、ディスは紅茶に口をつける。
「これのことは、どう思う」
 カップを皿に置く直前、ぴたりと止まる。
「……どういう意味かしら」
「これもその『偽物』ではないか、とは疑わないのか」
 かちり、とカップが皿についた。
「もしそうなら――」
 虚空に手を翳すディス。
 どこからともなく黒い剣が現われ、その切っ先が惟の眉間に突きつけられた。
「――最大の屈辱よね」
「そうだな。これもそう思う」
 虚空に手を翳す惟。
 どこからともなく黒い剣が現われ、その切っ先がディスの眉間に突きつけられた。
 穏やかに、しかし美しく笑うディス。
「次になんて言うの? 『すまない』? それとも『ばかめ』って言ってくれるの?」
「どちらでもない」
 惟は笑わず、目の前のテーブルを蹴り上げた。
 同時に素早くバックステップ。
 ディスはひっくりかえったテーブルと紅茶を漆黒の刃で真っ二つに切り裂くと、飛び退いたばかりの惟へと距離を詰めた。
 横一文字に剣を振り込む惟。
 そのすぐ下を潜るディス。長い髪が切断され、宙に散った。
 だがもう懐だ。
 突き出された黒剣が、惟の身体を貫いた。
 がふ、と血を吐く惟。
「ごめんなさい」
「謝るな」
「ごめんなさい。私」
「謝るな。何も悪くない。誰も」
 剣を、真下に向けて掲げる。
 祈るように両手で握り、掲げる。
 そして。
「誰も、悪くない」
 ディスの身体を、惟の剣が貫いた。
 二人は抱き合うように、もつれ合うようにその場に倒れた。
「罪があるなら、分かち合おう」
 そして二人は、目を閉じた。

●第七節 鎧のそとにあるもの
「ククク、はやり来たか……我が現身(うつしみ)よ!」
 豪華な椅子にこしかけ、鋼剛毅はくつくつと笑っていた。
 まるで悪の皇帝が座るような玉座である。
 が、場所は六畳一間のアパート内だった。
 木造だった。
 畳が日焼けしていた。
 片口コンロとシンクがあるだけで、風呂トイレ共用の部屋である。
「俺が聞くのもどうかと思うんだが、なんでこんな貧乏なんだ」
「財産の全てを取り上げられたのだ、仕方あるまい」
 部屋のなかで向かい合う剛毅と剛毅。
 区別するために元皇帝と剛毅という呼び方をしてもいいが、その場合だと彼の妻の名前と被るのであえて区別しないで呼ぶことにする。
 剛毅は出された出がらしみたいなお茶をすすりつつ、その場に正座していた。
「もう一つ聞くが、自分の偽物が攻めてくると分かっていてなぜ無警戒に出迎えた」
「さっきの台詞が言ってみたかった!」
「わかる!」
 カン、と膝をうつ剛毅。
 剛毅は玉座の上で顎肘を突くという行儀の悪い斜め座りをすると、こんこんと手すりを指で叩いた。
「まあ、今の俺を守ってくれるものは何も無いし、逆に守るものもない。趣味で生き死にを駆けるくらいの自由はあるというものだ」
「自由なやつだ。妻や子供が泣くぞ」
「いない。生涯独身だ」
「そうか! 勝ったな!」
 再びカンッ、と膝を叩く剛毅。
「お前も随分自由そうだが、お前こそ妻や子供が泣いてるんじゃないか?」
「……」
「分かった分かった、そんな切なそうな顔をするな」
 お互い全身鎧なので表情もなにもあったものではないが、どうやら剛毅にはわかるらしい。
 というか、この一族は色んな意味で表情が露出しないので察する力が強い。
「息子は世界が銀に満たされるとか言い出すし娘は闇に支配されているとか言うし、お父さん、若いやつの言うことがよく分からん」
「それはよく分からんが……煎餅は食うか?」
「貰おう。と言うかお前、中身が無いのになんでお茶とか煎餅とか用意してるんだ」
「さっきの台詞を言ってみたかった」
「あ、なんか分かる」
 こん、と僅かに膝を叩く剛毅。
「聞けば、お前たちは別の世界から来て、同じ俺たちを殺すのが役目だそうだが。そんなことをしてどうするんだ。世界征服でもするのか?」
「どちらかというと世界破壊だ。そちらを潰さんとこちらが潰れる」
「なるほど、道理だな。実に正道」
 剛毅はゆったりとした仕草で玉座から立ち上がると、非常に小さな短剣を手に取った。
「それは?」
「今の俺の精一杯だ。ここじゃ大家のばあさんに迷惑がかかる。草野球場があるからそこへ行こう」
「ふむ、いいだろう」
 二人は子供が野球しに行くかのように家を出ると、さび止めの好みについて語り合ったりしながらグラウンドへ徒歩で向かった。
 かくしてグラウンド。
 ホームベースとピッチャーマウンドにそれぞれ立つ。
「お互い残存兵力は無いとみた。一球ずつせーので放つのはどうだ」
「ククク、面白い!」
 二人は同時に構え、同時に全身から闇を吹き出した。
「フルメタルセイファー、ダイナミック!」
「フルメタルカイザー、ダイナミック!」
「あっそれ息子のやつ!」
 交差する闇。
 剛毅と剛毅は全身を闇につつまれ、まるで海におぼれるかのようにその身を沈めた。

●第八節 ロール・エンド・ロール
 渦中の男、イデア。
 これまでの全てにおいて、誰かの意志によって翻弄されてきた男。
 この一年に起きた様々な事件を前に、彼は何も出来ずにいた。
『犯人グループはまだこちらに捕らえたままです。あなたも襲撃に気をつけるように……とのことです』
「そうか。あ、ありがとう。光には――」
『お話は以上です。失礼します』
 一方的に電話を切られる。
 イデアは頭を抱え、その場にうずくまった。
 同時にはらりと足下に落ちる紙。
 うっすらとした文字で、『エイスは預かっています。シィンエネルギープラント跡へ一人で来てください』と書かれていた。
「そんな。陽菜が……偽物だった、なんて……殺されて、いたなんて……」
 もう沢山だ。
 今まで、何度もそう思った。
 そうやって投げ出すたびに、事件のほうが彼を追いかけてくる。
 彼が何かを放棄することを、世界が許していないかのようにだ。
 陽菜、天乃、結唯、桐、フィティ、ディス、剛毅。
 既に七人が殺されている。
 光が引き出した情報によれば、残るイデア、エイス、シィン、聖剣セラフィーナが殺害対象になっているという。
 誰が狙われるかまでは、まだ引き出せていない。
「どうすればいい。どうすれば」
 エイスが浚われたなら、助けに行かないわけにはいかない。
 しかし一人で行くには危険すぎる。
 この状況は明らかに自分の殺害を狙ったものだ。
 だが今現在、エイスは死んだものとして扱われている。世界はイデアもエイスも死んだものとして扱っている。光の協力を引き出したとしても、いない人間の救出に兵をさくことはできない。というより、戦争の道具と化した光にそこまでの権限が与えられているかどうかあやしい。
 先程の電話にしても、直接会話をすることすら叶わないのだ。
 光が今回の事件の概要を伝えてくれたのも、イデアやエイスたちの真実を知っている数少ない人間だからというだけに過ぎない。今回イデアは完全に閉め出された状況にあったのだ。
 立ち上がり、部屋を見渡す。
 陽菜はもういない。前に国の兵たちが押し入り、彼女を連れて行ったのだ。
 当時はその理由を知らされなかったが、彼女が偽物と入れ替わっていたからだ、ということらしい。それすら、今知った事実だ。
「俺が、行くしか無い。一人で……行くしか」

 シィンエネルギープラント。
 二十年前は世界のインフラを握る中心的施設であり、この施設に携わった人間はもれなく成功者であったが、今はその気配すらない。巨大な廃墟である。
 その扉を無理矢理開き、イデアはひとり施設内へと入った。
 いや、一人ではない。
『イデアさん、気をつけてください。何が待ち構えているか』
 精霊のセラフィーナが剣から浮き出てきた。
「剣に入っていろ。何があるか分からないなら、いつでも全力を出せないとまずい」
『はい……』
 大人しく剣に戻るセラフィーナ。
 これでいい。そう思ったイデアの足がぴたりと止まった。
 目の前に、ぶかぶかのローブをかぶった人間が立っていたからだ。
 その者は刀を抜き、ゆらりと戦闘の構えをとった。
「エイスはこの先にいます。ここを抜けたいなら、聖剣を置いていきなさい」
「断わる、と言ったら?」
「力ずくです」
「だろうなっ!」
 地面を蹴り、駆け出すイデア。
 ローブの者もまた高速で突っ込んでくる。
 が、聖剣の加護を受けたイデアの敵では無い。
 全身を七色の光に包むと、強烈なエネルギーを放出しながら剣を振り込んだ。
「セブンスレイ・クラッシュ!」
 壁や天井をまるごと破壊しながら振り込まれる剣。
 その刃が相手を真っ二つにした、その瞬間、相手のローブが切り裂かれ、姿が露わになった。
「――!」
 その姿を見て硬直するイデア。
 むりもない。
 なぜならば。
「イデアさん、私を殺すんですね」
「セラフィーナ……? いや、ちがう、偽物だ!」
「そうかもしれません」
 迷いを振り切るイデア。だが振り切るまでの一瞬が命取りだった。
 セラフィーナの刀が高速で走り、イデアの首を狙う。
『だめです!』
 途端、聖剣の精霊が全エネルギーをもって顕現。刀とイデアの間に立ち塞がった。
 エネルギーの爆発がおき、イデアが思い切り吹き飛ばされる。
 壁に背中をぶつけ、薄めを開くイデア。
 目に映ったのは、身体を貫かれ、消滅する精霊セラフィーナの姿だった。
「私は聖剣セラフィーナの制作者であり、同一存在と言えるでしょう。恨むなら、恨んで構いませんよ」
「嘘だ。そんなめちゃくちゃなこと、信じるか!」
「信じなくても、いいんです。どのみち、私は譲ることは出来ないんです。守るべき世界のために」
 そう言いながら、セラフィーナは壁際に立った。
 まるで道を譲るように。
「……なんだ?」
「どうぞ、行ってください。私の役目は済みました」
「役目? セラフィーナを殺すことがお前の役目だっていうのか! ふざけるなよ!」
 イデアはセラフィーナの首を掴むと、そのまま壁に叩き付けた。
「捨てちまえよ、そんな役目! 人を殺さなきゃ救われないなんて、絶対間違ってる! 俺たちだって、きっとわかり合えるはずなんだ。だから」
「あなたがそんなだから――!」
 身を乗り出そうとして、セラフィーナはこらえた。代わりに壁を拳で叩く。
「はやく行ってください。エイスさんが待っています。シィンさんも」
「……シィンも?」
 イデアはセラフィーナから手を離すと、ゆっくりと後じさりした。
 そして、通路の奥へと走って行く。
 あとに残されたセラフィーナは、壁に背をつけたままずるずるとその場にへたりこんだ。
 口元を押さえ、天井を見る。
「あなたがもっと、悪い人ならよかったのに……」

 バルブ式の扉を開き、中へ入る。
 内部は部屋というより箱に近かった。
 大量の配線とモニター。そして、棺。
 棺の中にはエイスが眠っていた。
 その横にはシィン……が、二人。
 左右にそれぞれ立っている。
「どっちが本物か、なんて言わないでくださいね。混乱するだけでしょうから」
「私はどっちでも良かったんですけど、この人がどうしてもって言うので」
「自分はこんなこと頼んでませんけどね」
「まあまあ、そう言わずに。同一存在じゃないですか」
 シィンたちは和やかに微笑みあっていた。
 そして、同時にイデアのほうを見る。
「この世界を破壊したいとか言い出した時にはひねり潰してしまおうかと思いましたが、話を聞くに結構切迫してたみたいで。この辺が落としどころかなあと」
 ちらりとエイスを見るシィン。
「いつまでも蚊帳の外じゃいやでしょう。いつものように、いつかのように、説明しますよ、私と……自分が」
「自分もですか」
「自分で蒔いた種なんですから、自分で収穫しませんと」
「さすが私、イラッとすること言いますね」
 シィンたちはイデアを挟むように立つと、それぞれの口から説明を始めた。
「この世界はシィンエネルギーを求めていたんです。二十年前、私を喪ってから」
「自分はその心理を利用して新しい宗教を立ち上げました。シィンエネルギーの復権を目指す団体です。元々そういう趣旨の団体は存在していましたから、そこを乗っ取った感じでしたけどね」
「私を使えば簡単なことでした。なにせシィンエネルギーそのものですから。彼らの心のよりどころであった大型のシィンエンジンを回して見せたときは、それはもうむせび泣いて喜んだものですよ」
「自分としてはこのプラントを再び動かして……イデアさん。あなたをシィンエネルギーを独占している犯罪者に仕立て上げるつもりだったんです」
「あ、私は無理だってちゃんと言いましたよ。さすがに旧世代を社会的に支配していた連中とはいえ、コネクションは軒並み壊死してますからねえ」
「まあ、その計画は光さん……あ、そちらの世界の光さんにバレた所で破綻したんですよね。ヒヤヒヤしましたよ。もしあのまま終わらせてたら自分らはどうなっていたことか」
「だから言ったんですよ。私を破壊しておけば早いって」
「そんなトラップには乗りませんよって自分言いましたよね」
「ま、私は言ってみればただの概念ですし、ボディを破壊されてもどうってことはないっていうか、正直どうでもいいんですけど……まあ、世界の危機じゃしょうがないですよ」
 そこまで言われて、イデアはハッと我に返った。
「世界の、危機?」
「お話し、ましょうか」

 シィンたちはイデアに世界の真実を語って聞かせた。
 外の世界の存在や、この世界の仕組み。そして結末。
 イデアのまわりにいた人物たちの真実。
 全てを聞き終えたイデアは、えもいえぬ表情で座り込んでいた。
 かたわらのエイスを見下ろす。
「俺たちも、殺すのか?」
「いえ、セラフィーナさんを殺せた時点で条件は達しているので。っていうか自分だけじゃ無理でしょう。今のイデアさんは強すぎますし」
「私がやめろって言ったんです。自分の蒔いた種を刈るならいいとして、イデアさんたちはいわば部外者なわけですから。自分の都合で他人を振り回すどころか殺したらねえ、『可哀想』でしょう?」
「うーん、さすが私。いちいちカンに触る言い方しますね」
「いえいえあなたほどでは」
「どういたしまして」
「……ま、ご安心くださいな。世界が壊れるのはあっという間ですから。痛みはないですよ」
 と、シィンは言った。
 嘘は言っていない。
 自らをとりまく状況がめちゃくちゃに崩壊していくという無限に分岐する未来を、世界に残された主要人物たちが零秒の世界で永久に観測し続けるのだ。あっという間で、痛みは無い。
 だが苦しみは永遠である。
 一説には、人間の死とはそういうものだとも言われている。
 死ぬ瞬間を永遠に引き延ばして観測し続けるのだそうだ。
 そういう意味では、『世界の死』とも言えるかも知れない。
「それでは、もう行きますね」
 シィンは立ち上がり、跡形も無く消滅した。
 イデアは、眠ったエイスの頬を撫で。
 目を瞑り。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。
 その世界は存在しません。世界値を設定してください。

●ワールド・エンド・ワールド
 棺から目覚めたとき、セラフィーナは頬につめたいものを感じた。
 腕で顔をぬぐい、身体を起こす。
 隣では剛毅がぐっと背伸びをしていた。
「ふいー。この棺狭いわ硬いわで寝心地悪いんだよ。せめてクッションくらい敷いておけっていうんだ」
「寝心地のいい棺とか、縁起でも無いですね。『入りたくなる墓』みたいな」
 ふわふわとあくびをするシィン。
 先に接続を切られていた天乃たちは、棺を椅子にしてゆっくりとくつろいでいた。
 首をこきりと慣らすフィティ。
「初戦は自己満足だけど、色々体験させて貰ったね。思い出が最大の記念、かな」
「確かに、ね。いい体験、したかも」
 眠そうな目でコーヒーを飲む天乃。
 桐もまた、コーヒーを手に息をついていた。
「まあでも、桐殺害の直後に私たちまで消されるとは。おかげで計画が狂っちゃいましたね」
「……」
 結唯は相変わらず、何も言わない。
 惟はと言えば、黙って自分の手のひらを見つめていた。
 多種多様。
 しかし少なくとも、この世界がいまここにいる十人の手によって救われたことは事実である。
「ボクたちは……」
 誰かの犠牲の上に今日の平和がある。
 そんな言葉が浮かんで、光は目を閉じた。
 その後、リベリスタたちはエレベーター(建設用に狩り設置するようなタイプだ)に乗り、地上へと向かった。
 眼鏡をかけた男性のフォーチュナも一緒にである。
「私の案内はここまでです。では皆さん、お疲れ様でした」
「……ねえ」
 エレベーターの中で振り返る陽菜。
「あなたの名前、教えてほしいなあ?」
「名前ですか」
 フォーチュナは機械のような無表情で、こう言った。
「ありません」
 振動とともに止まるエレベーター。
 扉を引き明け、外へと出る。
 まばゆい太陽の日差しが彼女たちを出迎えた。
 すぐそばからは街の喧騒も聞こえてきた。
 歩き出す陽菜たち。
 そんななかで、天乃はふと足を止めた。
 彼女の鋭敏すぎる聴覚が、こんな声を拾ったのだ。
『置いていくぞ、エイス』
『まってよお兄ちゃん。足が治ったばっかりなんだから』
 すぐにその声は雑踏に紛れ、聞こえなくなった。
 天乃は表情を変えずに、歩き出す。
 前に向けて。
 明日に向けて。
 この世界で。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 あえて、なにも言うまい。