● 携帯が鳴った。 鳴ったのは二つのうち一つ、表の仕事で使っている緊急連絡用のほうだ。急患か。上着から素早く牛柄の携帯を取り出すと、2コール目のうちに出た。 耳に開いた携帯を当てながら、右手を上げて今まさに子ブタに試薬を注射しようとする研究助手員を止めた。 高原 流は相手の声を聞くなり強く舌を打った。 電話をかけてきたのは同じ六道のフィクサードである石田だ。 流は目で研究助手員たちに「そのまま待て」と命じるとくるりと背を向けた。 「……勝手にオペを入れないでください!」 六道と縁の深いある大企業社長の孫息子が大型バイクで友人宅へ向かう途中、右折のダンプカーと衝突し、近くの大学病院高度救命救急センターに搬送された。頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜下血腫……。もちろん負傷は頭だけでなく身体全体に及んでいる。半分どころかほとんど死んでいる状態だ。石田は患者の内臓破裂に対処するため高原より一足先に上に呼び出されたらしい。 他には、と聞けば石田の口から次々と裏の知り合いの名前が上がった。名が上がらなかったのは産婦人科の高階と獣医の生田ぐらいか。 スポンサーのご機嫌取りに使われるのは嫌だがこれも大組織に所属しているが故のこと。仕方がない。 流は「すぐに行きます」と言って携帯を切ると、体をまわしてブタたちの間に立ち尽くす6人の助手たちに目を向けた。 全員が全員、研究のついでに冗談で覚醒したようなものばかりだった。多少、不思議な力をつかえる程度でほとんど一般人と戦闘力は変わらない。ついでに流たちと比べればだが、頭もそんなによろしくない。 彼らだけで実験をさせるのは不安だった。 だが、実験を延期すればまた1から薬を作り直さなくてはならない。 流れは左手にモーモーさんと名をつけた牛のパペットをはめた。 『おい、てめーら! 耳の穴かっぽじってよく聞けよ。モーモーさんと流はちょっくら仕事に言ってくる。てめえらはここで実験を続けるように。ただし、4体同時比較は止めて1体ずつデーターを取ること。手に負えそうになくなってきたらすぐ処分するとこ。ちゃんと後始末をしてから引き上げること』 ややあってから「はい」とか細い声が一つだけ返ってきた。 ……任せて大丈夫だろうか? ● 「春のお彼岸は明けてしまいましたが、本日は牡丹餅をお召し上がりください」 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)が熱いお茶とともにリベリスタたちに配った皿には牡丹餅が2つ乗せられていた。 丸い牡丹餅の片側をほんの少し伸ばし、練り切りで作られた白い三日月のようなものが両サイドに貼りついている。漉し餡は櫛を入れられて全体に毛羽立っていた。 「本日のお題は“猪狩り”です」 熱い茶を一口すすると、今から3時間後の午後8時。とある町の交差点にエリューション化した巨大猪の群れが現れます、と健一はいった。 「フェーズ1から2まで、大小合わせて24頭。走行中の乗用車や路線バスと衝突した後、付近の住宅街などを逃げ回り、多数の死傷者を出します。半壊、全壊した家屋は合わせて3軒、半壊した家屋を含めると20軒にもなります。まあ、リベリスタが出なくとも近辺の警署員と自衛隊員ら合わせて200人が、約4時間がかりで全てを捕獲し処分するのですが……神秘秘匿のために使われる時村財閥の人と金が馬鹿になりません」 早い話が騒ぎになる前に対処せよ、ということだ。 「食べながら資料をご覧ください。あ、2ページ目です」 猪1体の大きさは体長4メートル強、体重800キロ平均と記されていた。注釈に2007年アメリカはアラバマ州で仕留められたものよりも更に大きいと書いてある。 しかもエリューション化して攻撃力、防御力ともに高い。 ・頭突き 物近単/ノックB。 ・噛みつき 物近単/出血、毒。 ・突牙 …… 物遠単/失血 、必殺、ノックB。一気に距離を詰めてくるので要注意。 ・大回転 … 物近複 「エリューションの発生場所は養豚場です。最近、ある研究所に買い取られたようですね。調べたところやはりというかなんというか……六道でした。ここで六道たちはブタで実験をやるようです。いまから養豚場へ向かえば2、3頭の巨大猪と六道の研究員たち数名を相手にするだけで済むでしょう」 ● この実験はいつ終わることやら。 臭いうえに寒い。暦の上ではもう春といっても夜になれば空気も冷える。養豚場に残された助手たちは各自それぞれ勝手にグチをこぼていた。 ブタを覚醒させてはその変化の過程を観察し、データを録って殺すのくりかえし。これをあと16回も繰り返さなくてはならない。 「……なあ、どうせ殺すんだったら楽しくやらないか?」 退屈しきった研究助手のひとりが闘牛場ならぬ闘猪場を作ろうと言い出した。誰かが赤い布をどこからか取ってきて、マタドールヨロシクひらひらさせる。 ――いいね、いいね♪ 調子づいた助手たちは邪魔なブタたちをひとところへ押し込むと、複数の囲いをぶち抜いて1つにした。 「よし。豚……じゃなかったe猪を入れろ」 仲間に声をかけられた助手が試薬瓶の詰まった小箱を開けたままで闘猪場の囲いの隅上に危なっかしく乗せて、そろそろ制御が聞かなくなってきたエリューションを囲いの中へ追い立ててきた。 エリューション化して気の荒くなったブタ、もとい猪は囲いの真ん中で鼻息も荒く床を蹴っている。 「よし、誰が最初に行く?」 「あー、オレオレ。オレにやらせてくれ」 名乗りを上げた助手がよっこらせ、と囲いをまたいで越したとき、試薬瓶の詰まった小箱が豚たちが押し込められた囲いの中に落ちて割れた。瓶が割れた音は拍手と冷やかしの声に掻き消されてしまった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月12日(土)22:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 望まぬ覚醒に怒りを抱く獣たちは、太くとがった毛を逆立てると頭を低くした。その後で豚たちが狂ったように鳴きわめいている。 牙で狙う獲物はすでに散り散りボロボロだった。凶目に睨まれて、血と泥でまだらに染まった白衣が壁を背にずるりと滑り落ちる。獣たちへ向けられた剣の先は情けなくも小刻みに震え、もはや脅威は感じられない。 荒い息を鼻から吹き出して、獣は蹄で地を掻く。 1度、2度――と。 「豚って食べる為に飼ってるんだから、こういう無駄遣いは良くないと思うよ~?」 沸騰した湯に入れた刺し水のごとく。『六芒星の魔術師』六城 雛乃(BNE004267)のどこかとぼけた声は養豚場内の狂騒を一瞬にして静めた。 獣たちが声の主を探して頭を上げる。 六道のフィクサードたちは一時の延命にほっと息をつき、三人寄り添いあって震えた。 カラカラと壊れた換気扇のまわる音が広い畜舎に響く。 戸が勢いよく開かれて、青い翼を広げた月杜・とら(BNE002285)が養豚場内に飛び込んできた。 「アーク見参☆ 六道の悪行、ブッ潰すべし!」 とらのすぐ後に奥州 一悟(BNE004854)と、武器を携えた『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が続く。さらにその後ろにも影があった。 総勢8名。だん、だん、だん、と足音を響かせ、簀の子が敷かれた狭い通路をくの字型になって駆け進む。 「あっちは任せたぜ!」 「お任せを。迅速に処理いたしましょう」 一悟は畜舎の中ごろで立ち止まると端へよって、後ろから来ていた『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)と雛乃を先に行かせた。それから柵を飛び越えて怯える豚たちの中に降り立つ。と―― 「うぉ!? 待て、待て、ちょっと待て、落ち着け……どわぁぁ!」 攻撃は最大の防御なり、ということわざなど豚が知るはずもないが、そこは本能で動いたのだろう。異常な事態が起こり怯える最中、テリトリーに侵入した人間を排除しようとして豚たちは一悟に襲い掛かった。 一匹、二匹であれば、リベリスタにとって覚醒していない豚など相手にもならないが、向かってきた数が数である。 あっさりとピンクの肉波に飲み込まれる寸前、一悟は漆黒の翼を広げた『Seraph』レディ ヘル(BNE004562)によって空へ引き上げられた。 「サ、サンキュー。助かったぜ」 「………」 柵の外で影人を呼び出しながら『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)がレディに話しかける。 「羽根があると便利そうですね。態々豚の群れに吞まれずにすんで。まあ、吞まれたところで目の保養にもならないですが」 (羽根などなくとも“お前”の炎で戦場に境を作れば、如何に混乱していようが生存本能が彼らを遠ざけるだろう。それとも、丸焼きが好みか?) 「ふっ……」 諭はテレパスで伝えられたレディの軽口に肩をすくめた。 その後ろから藤枝 薫(BNE004904)がフラッシュバンを柵の中へ打ち込む。 閃光が辺り一面を白く飛ばす。いきり立って柵に体当たりしていた豚たちがたちまちおとなしくなった。硬直した豚たちが壁になって、光が届かなかった豚たちの動きも封じられた。 「僕はもう少し先へ。豚たちが試薬を舐めないように止めに行きます」 いうやいなや、薫はふわりと体を浮かせると、普通の豚たちよりも一回り大きくなったe猪の元へ向かった。 レディが一悟を通路へ降ろす。 怒号と悲鳴と銃撃音で薄い屋根が震えた。 養豚場の最奥でフェーズ2のエリューションたちを相手どった戦闘が始まったようだ。 数体の影人を傍に従えた諭は、柵越しに養豚場の中を見渡すとため息をついた。 あらかじめ数は聞かされてはいたが……。これは手間取りそうだ。 「では、順番に豚たちを外へ出していきましょう。一悟さん、ゲージを開けてください」 「了解! レディさん、オレの後におとなしくついてくるよう壁際や遠くにいる豚たちに伝えてください」 「………」 分かったと頷いて、レディが飛び立った。諭の命で人影が柵を飛び越える。 一悟が開いたゲージの戸から影人が硬直した豚を抱えて次々と出てきた。硬直した豚がいなくなった間から動ける豚たちが恐るおそる出てくる。 「よーし。お前たち、もう怖がらなくていいからな。おとなしくオレのあとについて来いよ。夜の散歩としゃれ込もうぜ」 ぶひぶぎ、ふごふご。 一悟を先頭にして豚たちの避難行進が始まった。 ● とらがはばたく。 翼が生み出した風は土を巻き上げつつ、渦を描きながら巨体の間を吹き抜ける。 「フィクサード、まじ蹂躙☆」 風で凍りついた土くれが刃となってまだ息のあったフィクサードたちを切り裂いた。 なんちゃってプロアデプトが最後にやけくそで放った気糸を、聖骸闘衣をまとったアラストールが祈りの剣で断ち切る。 「物事に遊びの要素を組み込む事は悪くない。ただし、して良い事と悪い事がある、この場合、代償は己の命になるのですから」 命乞いか、はたまた懺悔か。 祈るように胸の前で指を組み合わせ、天を仰いだなんちゃってホーリーメイガスの顔面に鉄槌の星が降り注ぐ。 雛乃が呼び込んだ星々はフェーズの進んだe猪たちの背にも落ちた。背骨を撃たれた痛みに口からよだれを垂らし、鼻面を上に向けて激しく吠える。 二体のうち一体がリベリスタたちへ頭を向けた。 からかうように高度を下げたとらに狙いをつけて突進する。 「おおっと☆ アブナイ、アブナイ」 とらは闘牛士のごとく青い翼をひらりと空ではためかせると、なんなくe猪の牙をかわした。 そのまま勢いを殺さず向かってきたE猪の額を、アラストールがすれ違いざまに剣で切りつける。 e猪は血を吹き出しながら柵に激突した。すぐに体制を立て直すと、追撃を仕掛けるアラストールをかわしてリベリスタたちから距離を取った。 ぐにゃりと曲がった柵の上から、まだフェーズの浅いe猪が顔を突き出し、牙をむいて唸った。熱い鼻息が雛乃の腕にかかる。 「いや~ん」 鼻息がかけられたあたりを手で払うようにさすりながら振り返ると、鼻を鳴らすe猪の後ろで豚たちが床を舐めているのが見えた。 「あ! だめよ!」 雛乃の悲鳴を聞きつけてレディが飛んできた。 状況を一目見て把握すると、まだ白く毛もまばらな巨体の背後に群がる豚たちに向けて魔法の矢を撃ち込こんだ。 豚たちは悲鳴を上げてその場から離れた。が、すぐに戻ってきて床を舐めはじめる。 駆けつけざま、薫がフラッシュバンを放って豚たちの動きを止めた。 e猪はまぶしい光にショックを受けなかった。柵から離れると、ぐるぐる回転しながら硬直した豚たちを後ろ脚でむちゃくちゃに蹴りだした。 「うわっ!?」 薫はとっさにしゃがみ込んだ。頭の上をe猪に蹴られた豚が飛んでいく。直後に後ろで壁に穴が開く大きな音がした。 ぽんぽんぽんっと、e猪に蹴られ、面白いように空を飛ぶ豚たち。 レディも柵の近くにいたアラストールも雛乃も豚弾をかわすのに精いっぱいだ。そのすきに動ける豚たちが誘われるように試薬のしみ込んだ土へ群がり始めた。 (……先にこのエリューション化した豚を柵の外へおびき出してくれ) アラストールの頭の中にレディの声が響いた。 「わかった」 アラストールは振り向きざま、フェーズ1のe猪に向けてアッパーユアハートを放った。 直後、折れ曲がった柵を蹴り倒してフェーズ1のe猪がアラストール目がけて突進してきた。同時に後ろから額に傷を負ったe猪が背を狙って突っ込んできている。 「騎士さまの背中はとらが守るよ。それっ☆」 後ろから迫ってきていたスカーフェイスの牙がアラストールの衣を捕える寸前、とらが気糸をいくつも飛ばして縛り上げた。 体を激しく振って絡みついた気糸を振りほどこうとするe猪の横っ腹へ、雛乃が魔弾を撃ち込む。 どうっと、巨体が横倒れして給水器を破壊した。 吹き上がる水しぶきの向こうでアラストールが振り上げた剣の刃が閃き、白いe猪の首へ振り下ろされた。 (生まれ持ったモノでないのなら不要の力だ。それは世界にとっても不要。その生命と共に闇へと帰す) 「効果だけは本物の様子。尻拭いの心算はありませんが、急がなければなりませんね」 レディと薫はエリューション化し始めた豚たちへそれぞれ攻撃を放った。 様子見をしていたもう一体のフェーズ2が、まだ息のあるなんちゃってソードミラージュを未練ありげに一瞥したあと、くるりと体を回した。 土を蹴り上げながら向かったのは夜風が吹き込む外壁の窓。ぶち破って外へ逃げ出すつもりだ。 「敵を前にして逃げ出すとは。股の間にぶら下げたものはもしや張りぼてですか?」 あばたは、この玉無し野郎、と吐きつつ腕を振った。固く毛深いe猪の尻に硬化した気糸の先が深々と突き刺さる。 直後、獣は痛みに体をこわばらせて前につんのめった。もんどりうって背中から壁にぶち当たる。 畜舎全体が大きく震えた。 あばたはよたよたと立ち上がり振り返ったe猪へ向けて手を突き出だすと、中指をくい、くい、と曲げて見せた。 「Come on!」 体高およそ2メートル。怒りに膨れ上がった体はさらに大きく感じる。対峙するあばたがもろく儚げにみえるほどに。 e猪は血走った眼に狂気を宿し、荒い鼻息をひとつついてあばたへ一直線に突っ込んできた。 「召しませロンドン土産!!」 火を噴く2丁の銃口。背後に飛び散る薬きょう。 切れ間なく続く怒涛の銃声が、空気を激しく震わせ鼓膜をしびれさせる。 e猪は血肉を散らし、頭の半分、体の半分を吹き飛ばされながら、それでも腰だめに銃を構えたあばたの腹へ固い鼻を突きいれた。 「ぐっ……」 とっさに銃を手放し、牙を掴み取るあばた。 勢いを殺すこと叶わず、そのまま押し込まれて壊れた研究機材にぶち当たった。背の後ろでフラスコが割れ、火花が散る。 そこへ硝煙を破ってとらが現れた。気糸を飛ばして巨体に絡みつかせると、ぐいっと後ろへ引いてあばたから引きはがしにかかる。 諭の影人もやって来て気糸を引くとらに加勢した。 レディと薫が傷ついた者たちの回復を行う。 「うぎぎ……こ、このぉ~☆ えい、やっ!!」 気合一発。とらはe猪を闘猪場へ引きもどした。 スカーフェイスのe猪とゾンビのような見てくれになったe猪の二匹が一緒になったところへ雛乃が何度目かの星降ろしを行った。 「これだけ喰らってまだ立ちますか?」 あばたはe猪たちのタフさに敬意を表しつつも銃を拾い上げ、構えた。e猪もタフだがあばたもタフだ。永久炉による回復を十二分に感じつつ―― 「そろそろお開きの時間です。さっさとくたばれ!」 ● 「馬鹿ですか? 馬鹿ですね?」 ただ一人、なんちゃってソードミラージュが生き残っていた。素早さを生かし、ただひたすら回避に専念していたらしい。 諭は目の前にはいつくばる男を心底バカにしきっていた。 「頭に蛆でも湧いていたんでしょうか。勝手に阿呆なことして死ぬなら良いのですが、馬鹿の後始末は面倒ですね。ところで、豚の餌になる準備は出来ていますか?」 まあまあ、ととらが間に割って入る。 「服剥いて、試薬を拭く雑巾代わりにしよう☆ あとは“とらロープ♪”で縛って転がしておけばアークが始末してくれるよ」 少し離れたところでは翼を休めたレディがフィクサードにリーディングを試みていた。が、読み取れるものといえば泣き言めいたいいわけばかり。改心の余地がないなら処刑する腹積もりであったが……。 (処するまでもない。剣が穢れるだけだ)、とリーディングを切り上げて顔をそむけた。諭に向けてよせよせと手を横に振る。 薫はあばたが用意してきていた清掃作業服に着替えをすませていた。モップを手にぐるりと首をまわして辺りの惨状を確認する。 泥だらけ。糞尿まみれ。がれきがいっぱい。 うんざり、だ。 「それにしても、何て杜撰な。研究畑として有名な六道も、末端はこんなものですか」 六道フィクサードの背がぴくりと震えた。 「自分たちが手に負えないものに手を出してる、という自覚は無いのでしょうね。故に馬鹿馬鹿しい失敗をしてこんな結末にもなる。……愚かなものですね」 「あんまり馬鹿にバカバカ言って苛めてやるなよ。その馬鹿がかわいそうじゃねぇか」 みんなの後ろであくびをか殺しつつ、さりげなくトドメを刺したのは一悟だ。特掃の文字が入った清掃作業帽をかぶる一悟の足元には、最後まで避難しなかったのんびり屋の豚たちがまとわりついている。 ぶう、ぶう、ぶう。 「はいはい。みんな、さっさとお掃除おわらせて花見にいくよ~」、と場をまとめにかかる雛乃。 「隅から隅までキレイにしていこうね☆」 「うへぇ……かったり~」 一悟はブラシの柄の先で手を組み合わせるとアゴを乗せてぶーたれた。 とらと雛乃が声をハモらせ、「こらっ」としかりつける。 「ふふっ。それではあばた殿、清掃の指揮を……と、どうしました?」 アラストールに声をかけられたあばたは、離れたところでひとり天井をにらんでいた。 「上に何かあるのですか?」 あばたの視線を追って薫も顔を上げる。 「……ん、電子の妖精があればすぐ見つけられるのですが。たぶん、どこかに記録用のカメラなりなんなりが仕込まれている。高原という者がそこの馬鹿たちを完全に信頼しきって任せたとはちと思えませんので」 諭は六道フィクサードがさっと顔をあげ、すぐさま伏せたのを見逃さなかった。 「あそこです!」と腕を上げて指し示す。 (それとここにも1つ) フィクサードの舌打ちの音を聞き逃さず捉えたレディは、リーディングでもう一つ仕掛けられていたカメラの位置を割り出していた。 薫とレディがそれぞれ別位置に取り付けられていたカメラを外してあばたの元へ運んだ。 「データを抜き出せますか?」 「いえ……これはただの監視カメラのようです。画像と音声はどこかへ送られて保存されているはず。これ自体に価値はありません」 とらは小型のスパイカメラを手で握りつぶそうとしたあばたを止めた。 「これ、まだ通信生きてる? だったら、とらに一言いわせて欲しいな」 とらは少し腰をかがめると、あばたの掌に乗せられたカメラのレンズをのぞき込んだ。 はぁ、と固めた拳に息を吹きかける。 「こら、流! つぎはとらがお前をとっちめてやるからね。覚悟してろ☆」 あばたはとらが言い終えるや、すぐさまカメラを握りつぶした。 ● 「かんぱーい♪」 見事な一本桜の下。一悟の合図で鍋を囲むささやかな宴が始まった。すこし丸くなった風に乗って淡い色の花びらが流れ落ちていく。 レディはそっと翼を広げると、にぎやかな笑い声を背に聞きながら月へ向かって飛び立った。 あばた指揮のもと、もはやそこで豚が飼われていたなど分からないほどの隅々まで完璧に磨き上げ、さわやかな汗を流したリベリスタたち。汚物をふき取ったフィクサードの服(下着含む)と使い捨ての掃除用具をまとめて田んぼの真ん中で焼き払うと、アークが寄越した簡易シャワーバスで体をさっぱりさせた。その後、一悟がインターネットで下調べしていた桜咲く公園へ移動した。 件のe猪たちはリベリスタの攻撃で改めて解体するまでもなかったが、ほとんどが土などで汚れて食べることができなかった。しぶしぶ捨てることになったそれらは掃除用具同様、田んぼで焼き払っている。 食べきられるのか、と危ぶむ声もあったが、結局は7人のリベリスタが食べられる分だけが残された。 なお未覚醒の豚と生き残ったフィクサードはアークが引き取って三高平市へ輸送している。 「豚、美味しそうですね」 牡丹鍋に箸を伸ばすアラストールに雛乃がすかさず「猪ですよ~」、と訂正を入れる。 「実験が豚なのはヒトへの応用を考えてたからかな? 単に実験後食えるからかもしんないけどw」 とらがビール缶片手に鍋からがっつり肉をはさみあげる。 「おーい。どうでもいいけど野菜も食べろよ。肉ばっかり取るな」 「そういう一悟さんだってさっきから肉ばかり食べていますよね?」、と薫。 「オレは育ちざかりだからいいの」 「ならばバランスよく野菜も食べなくてはいけません。ついでに未成年はお酒をのんではいけません」 あばたが一悟の手からひよいと缶ビールを取り上げた。かわりに炭酸ジュースを押しつける。 「けちー」 諭が桜の花びらを一枚浮かべた白い盃をくい、と傾けて酒を飲みほした。 「さきほどのとらさんの疑問。もしも人への応用を考えているなら……叩き潰すのみ、です。何度でも、何度でも」 「ぶひっ!」 力強い豚の鳴き声が一同から夜空いっぱいに響く明るい笑い声を引き出した。 「よし、今日からお前もリベリスタだ!」 豚の頭にアラストールが祈りの剣をそっと置く。風が吹いて桜の花びらをリベリスタたちの上に振りまいた。 ● 「先生……我々はそのために集められたのですよ。ただの医者にはできないことを期待して。持って来ているんでしょ? サンプルを」 ハイブリッド手術室の抗菌ホーローパネル壁がLED無影灯の光をまんべんなく反射する中、遺体の乗った手術台を囲んで男たちが静かににらみ合う。 「さあ、出してください。さあ」 高原 流は自分に向かってさし出された手を冷たい目で見下ろした。 そして―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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