●『トゥスカ』の終わり フィンランド西部の、小さな森林での出来事。 北欧特有の乾いた寒気が立ち込める中、銘々斧や槍を手にし、フェルト地の民族衣装に身を包んだ集団が輪になって言い合っている。 その中央では一人の老師が小難しい話を繰り返している。 「それは真か、ヤンネ」 精悍な男戦士からヤンネと呼ばれた老師は、まだ幼い少年の外見をしていた。 トナカイの毛皮をなめして仕立てたケープを羽織り、山羊の角や骨から作られた装飾品をいくつも身に着け、いかにも部族の長という雰囲気を醸し出していた。 彼らの周辺には大小様々な十数基のテントが据えつけられているところから、この場所が単なる群生地帯ではなく、ひとつの集落であることを窺わせる。 「うむ。この森は後ひと月と持つまい。命ある木々のほとんどが『トゥスカ』に侵され、もはや潰えゆく未来しか見えぬわ。だがおかげで『トゥスカ』を撲滅させる手立ても解ったわい」 未成熟な容姿とはかけ離れた、痰の絡んだような嗄れ声だった。多くの動物製衣装を纏っているが、銀色の髪から飛び出たふさふさの狼の耳だけは、ビーストハーフである彼自身のものである。 「森は『トゥスカ』ごと消える。髄まで吸い尽くした『トゥスカ』もまた、同時に終わるのだ。彼奴が自滅した後には甚大な傷跡が残されるであろう。それを未然に防ぐには、先に生命の源を枯渇させればよい」 まだ雪の残る地面に、爪先で大きくバツを描くヤンネ。 「ならば我々はどうすればよいのですか。まさか……」 狼狽した様子を見せる女を青い眼で睨めつけながら、ヤンネは言う。 「儂らが為すべきはただひとつ。蔓延る病を根こそぎ絶ち、森の供養を果たすのみじゃ。最早遠慮も、加減も不要。それで全ての苦しみから解放されよう」 おお、と喜びと哀惜の念が入り混じったどよめきが起こった。 「するってぇと、あれか? 全部ぶった切ってしまうってのか?」 禿げ頭の大柄な男が、豆鉄砲を喰らった鳩のような面で聞き返す。 「左様。名残惜しいが今となっては森林を守ることは叶わぬ。革醒如何を問わず白樺をみな切り倒し、森に今生の別れを告げることしか、選択肢がないのじゃよ」 一瞬、暗鬱とした静けさが訪れる。 「雁首揃えて湿っぽい顔をするでない。供養とは即ち饗宴じゃ。我らにとっての森への感謝といえば、宴の席を設けることではないか。ウォッカを煽り、ビアーを浴び、炙った肉を存分に喰らおうぞ。カブのシチューも忘れるでないぞ。心弾ませる音楽を響かせ、若い衆は思うがままに歌い踊ればよい。気の済むまで歌い明かして『トゥオネラ』の時を華々しく迎えようではないか」 ヤンネが口元に笑みを湛えて語ると、その場に集った全ての人間が歓声を上げた。 「そうだ! 自分達は森と共に生きてきた! 森への賛美を、森への謝辞を! 最後にこそ最大に!」 力自慢の男どもは、鋼鉄の大斧やら円月刀やらをガチャガチャと打ち鳴らし。 楽器の腕に優れた者は、フィドルで奏でた旋律を武器が刻んだリズムに乗せ。 眉目秀麗な女達は、その伴奏に合わせて精霊に捧げるステップを踏む。 「しかしヤンネよ。我らだけで全ての樹木を伐採するなど出来るだろうか」 「当てはある。それも飛び切りのな。疾うに懇願しておるわ。客人を招けば馳走の場も一層愉快になるであろう。さあさ、始めようぞ。今から備えておけることはいくらでもある」 ヤンネは諸手を大きく広げ、矮躯全身を使って朗々と吼えた。 「ああ、『トゥスカ』よ! 実に長き戦いの日々であった! 我らは運命の力をもって、御主をこの森と共に葬ろうぞ!」 ――ウオオオオオオオオオオオオオオオ! 老師の言葉に、全員が気勢を揚げて拳を天に突き上げる。 それに呼応するかのように、雪化粧をした白樺の木が、ざわざわと鳴いた。 ●『カルケロ』への招待 「で、まあそんなわけで、うちに支援要請が来ているみたいだが」 通達された書面を、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は億劫そうに頭を書きながら読み上げた。 依頼の差出人には、ヤンネとある。 北欧のリベリスタ機関に所属するフォーチュナの名前である。 「フィンランドとはまた遠い。ま、そんだけアークが欧州で名の知れた存在だってことだろうかね」 説明を聞くリベリスタ達の脳裏に、過去にアークが残した実績がフラッシュバックされる。 「依頼の趣旨になるが、我々の森を滅ぼしてくれ、だってさ」 伸暁はこともなげに告げた。 「で、肝心のエリューションについてだが……こりゃまた複雑な話だな。エリューションを内包した森というか、森そのものがエリューションというか、とりあえずそんな感じのフィーリングで捉えておけばオーケーだ」 そして森の全てが死に絶えれば、『トゥオネラ』が訪れる、と記されている。 「『トゥオネラ』ってのはあっちの言葉でヘブンアンドヘル的な意味らしい。確かに、緑をごっそり失ったら侘しい情景しか残ってなさそうではあるけどさ」 現地のリベリスタにとって、居住地であり、監査区域でもあり、保護対象であり、宿敵でもある森。 フィンランドは、森と湖の国とも呼ばれる。その地で暮らす民族ともなると、数奇な運命を抜きにしても、かねてより自然と密な関係にあるに違いない。 とはいえ、と伸暁は二の句を継ぐ。 「森林破壊って言うと聞こえは悪いが、倒した木々は楽器や建材に使うなどして最大限活用するそうだ。一通り済ませたら、あとはドンチャン騒ぎ。パーティーに混ざって精一杯の歓迎をしてくれるらしいぜ。こいつはハッピーな話じゃないか。ほら、歌や踊り――『カルケロ』を楽しんでくれって書いてある」 ニヤリと笑う伸暁。 「死とか別れだなんてセンチメンタルなセンテンスが並んでるけど、変に気負ったりせず明るくいこうぜ。病んだ森も見守ってる連中も、それを望んでるはずだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月12日(土)22:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●大いなる『カレヴァン・ポイカ』 壮麗な森の息遣いを、『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は感じ取っていた。 「此処の森は、日本のように植林で歪められたりしていない……本当に"生きた"森なんだね」 緑樹の隙間を満たす澄んだ空気。けれどその中には、確かに死の香りが漂っている。 この自然は――滅ぶ運命にある。 それでも立ち止まる訳にはいかない。森の住人である現地のリベリスタは、一様に前を向いている。 無論、派遣された自分達も。 「モイ!(よう!)」 覚えたフィンランド語を早速活用して、ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は朗らかに挨拶を交わした。 ジェスチャーや表情でもそれなりに意思の疎通が出来ることを確認すると、無骨な剣を手に、ずらりと並んだ白樺の木を見定めるツァイン。 「ふうむ、まだまだ元気な木も結構残ってるんだな」 樹皮を撫でながら、背を追ってきた『六芒星の魔術師』六城 雛乃(BNE004267)に語りかける。 「なんで自分も一緒に死んじまうのに、蝕むんだろうなぁ……この『トゥスカ』ってやつは」 「う~ん、フィンランドって先進国のイメージが強いけど、一方で森と湖の国って言われるくらい、自然豊かな土壌だからね。表と裏の落差が激しい分、こんなふうに歪な神秘が生まれやすいんだと思うよ」 「とにかく片っ端からやるっきゃないな。そんじゃ、ユーラ・アテリアの皆さん、よろしくなぁ!」 剣を高々と掲げ、後に続く戦士達の呼応を求める。 「私も頑張るよ~。まとめて薙ぎ倒すのは得意だからね!」 魔術師はゆっくりと占星術を展開し始める。 紡がれ出した詠唱をシグナルに、大自然との格闘が幕を開けた。 ●『ニューリッキ』の神速 「さ~ばんばん切り倒しちゃうぞ☆」 意気揚々とナイフを指先で回転させる『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)をよそに。 「あんたはついていかないのか?」 「これでも、作業と災害の区別はついてはいるのですよ」 長弓を携えた壮年リベリスタに、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は手をひらひらさせながら答えた。 ユーラ・アテリアの面々は母国語しか喋れない者が過半数を占めていたが、年長者の何人かとは簡単な他言語でのコミュニケーションを取ることが可能だった。 「焼け野原をご所望ですか? 朱雀を羽ばたかせればすぐですが。いえいえ冗談です。こちらはこちらでマイペースにやらせてもらいますよ。綺麗さっぱり消し去りましょうか」 影人に設置式の火器を扱わせ、自身は泰然と構える。 一旦は樹木に狙いを付けさせるが。 「根こそぎ引き倒して更地にしてしまいたいところなのですが、先にすべきことがありますね」 木陰からのそのそと、鼻息荒くE・ビーストの群れが顔を出す。 外見から察するに、本来は鹿であろう。だがその筋骨は自然界の常識を超えて隆起し、肥大化した角はさながら凶器めいた様相を呈していた。 異形の姿を視界内に補足するや否や、疾風がごとく駆け出した一体の影がある。 『完全懲悪』翔 小雷(BNE004728)である。 「貴様らの相手は俺だ!」 伐採に向かった先行部隊の妨害を阻止するべく、大見得を切ってE・ビーストの注意を引きつけた。 敵性に勘付いた群集は小雷の元へと突進。 ユーラ・アテリアの若い女衆がボウガンを構え、斉射。矢の雨でサポートを行う。 「磨き上げた武の髄、見せてやろう」 演舞を髣髴とさせる、流れるような身のこなしで、小雷はワイルドな体術を次々と繰り出す。雷電を帯びた拳は直接的な痛覚だけでなく、脳へと伝達する神経そのものへのショックを与えた。動きの鈍った大鹿は、諭の加勢により更に威力を増した援護射撃の的でしかない。 そしてE・ビーストの頭蓋に振り下ろされた小雷の踵が、瞬時に息の根を止めた。 「いやはや、やりますねぇ」 「この程度じゃ満たされない。武の極みは未だ遠いな」 ひとまずの成果にも、闘士は飽くなき向上心を見せる。 「それにしてもこの鹿は見た目不味そうですね。やれやれ、料理の腕に期待するしかなさそうです」 諭は皮肉っぽく言った。 獣影は絶え間なく現れ続ける。 ●『ペレルヴォ』の一撃 「森が死ねば連中の居場所もなくなる。奴らも必死だ」 髭を蓄えた男性リベリスタが双剣を仕舞い、狩猟を鼓舞するウッド・フルートの音を響かせた。 その主旋律に応じるように、また別の青年がフィドルを取り出して伴奏を添える。 軽やかでありながら勇壮なメロディーは、原住民族の気分を高揚させ、ハンティングへと向かわせる。 「わお、なんだかこっちまで楽しくなってきたよ☆ オレも狩りにいこっかな☆」 今にも踊り出しそうな様子の終。 「ま、実際木を切る邪魔になりそうだし、先にあっちから処理するのもアリだね☆」 一旦白樺から離れ、そして疾駆する。 目指すは醜悪な面構えの熊。革醒の影響で、一回りほど大きくなっている。 終は一歩ごとに加速しながら、極冷を封じたナイフで切り裂いた。 いかに寒さの厳しい北欧の森に住まう生物であろうと、全ての活動限界を凌駕する超低温の刃に貫かれてはひとたまりもない。血すら凍る斬撃が、標的を変えながら幾度も幾度も振るわれていった。 「森に溢れて、消えゆく命……みんな、命と戦ってる……ずっと、こうだった?」 狩りの現場を眺めながら、防寒用のマントを羽織った『トライアル・ウィッチ』シエナ・ローリエ(BNE004839)が尋ねる。 「昔は、放牧のほうが主だった。でも『トゥスカ』が現れてからは、ここで動物を飼うことは出来ない。全部エリューションになっちまうから」 訛った英語でスキンヘッドの男が返答した。 「森に住む奴らに罪はない。だからせめて俺達の手で葬って、食って骨肉に代えて、責任取って命に報いないといけねぇ」 「そう、なんだ」 少しだけ俯いた後。 「……ん。分かった。わたしも頑張る」 シエナは正面を見据えた。 「干渉領域、因子配列算定――calculation」 周囲に複数の魔方陣を同時展開。魔力を極限まで高めていく。研ぎ澄まされた視覚は、木々を縫うように走る対象を的確に探知する。 「構成展開、型式、灰空の月鎌――composition」 刻まれた呪いの名は、収穫。 黒いシックルは弧を描いて飛び、遠く離れたE・ビーストの心臓部を貫通した。 朴訥とした雰囲気とはかけ離れた、破滅的な呪術の行使に、多くの現地リベリスタは度肝を抜かれた。 己の手で仕留めた獲物は、夜宴の席に上ることになるだろう。 自らが奪った命を、自らの命に取り込む。 「これも、きっと……生との向き合い?」 ●麗しの『イルマタル』 「おいしょ、っとぉ!」 汚染された木の幹に、ツァインは豪快に刃を食い込ませる。 命の代わりに草葉が散り、返り血の変わりに樹液を浴びて。 「うへえ、べとべとだ」 纏わりついた樹液は緩やかに体力を奪い、何とも言えない倦怠感を誘引する。 だが革醒した木が標的ならばまだいい。単なる白樺を相手取った時は、いささか気分が曇る。なるべく再利用可能なように根元に狙いをつけてはいるが、それでも命を奪っていることに変わりない。 「それでも俺達は……まだマシなほうだけどね」 倒木が完了したポイントを地図に記しながら、遥紀が憂いを帯びた瞳で言う。共に伐採活動に取り組んでいる、森の住民である現地のリベリスタ達は、どう思っているのか。皆気丈に振る舞ってはいるものの、実際の胸の内は定かではない。 加えて、降りかかる樹液が心だけでなく身をも重くさせる。 更には北欧ゆえの寒々しい気候が気力さえも削いでいく。沈んだ空気がにわかに漂い始める。 「――大いなる癒しを此処に」 ふと、仄かに温かみを帯びた風が吹いた。 癒しの風はリベリスタ達を苦しめていた樹液を、鬱屈とした雰囲気ごと吹き飛ばす。 風上では、『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)が微笑んでいた。 「私は皆様が十全に行動できるように支援させて頂きます。貴方方が愛し守ってきた森です……どうか悔いなき行動を……」 胸に手を当てて祈りを捧げるシエル。 その献身的な姿に、斧や鉄鎚を抱えた大男達が一斉に顔を上げ。 ――そうだ! やると決めたからには萎れてなどいられない! ――森の英傑『カレヴァン・ポイカ』よ、我らに勇気を! 頼もしき来訪者の激励に応える力を! 聖女の励ましに報いるべく奮起した。 「ヘッ、ちったぁ元気になったじゃねぇか……で、その『なんちゃらなにか』ってのは何だ?」 「この国に伝わる神話を集めた叙事詩に名を残す、巨人の英雄じゃよ。木を刈ることにかけては右に出る者はおらんとされておる。今の儂らが崇めるに相応しいではないか」 民族の統率者であるヤンネが答える。年の功を重ねただけあってか、語学にも長けているらしい。 「へえ。だったら、俺がその英雄になってやろうじゃないか!」 ツァインは勢いよく剣を掲げ、最前線に立つ。 彼が振るう練達の剣閃は、堅実に、かつ効率よく、白樺の幹を一刀両断の元に伏せていく。 「火力担当じゃないけどよ、持久力なら誰にも負けねぇぜ! さあまた一本倒れるぞ! 離れた離れた!」 順調に木々を切り倒していくツァインの裏で。 「よし、いくよ!」 極大魔術"マレウス・ステルラ"詠み上げ完了。 雛乃が木の密集区域に向けて、破砕を招く鋼鉄の流星群を降り注がせる。 高度な精神保持によって軌道を制御された星々は、森林を手当たり次第に粉砕したりはせず、限りなく根に近い樹木下部をピンポイントに粉微塵に変えた。 圧倒的な範囲。圧倒的な威力。 複数本の白樺がまとめて倒れ、そして患部から樹液が大量飛散。 十分に反射に気を付け、攻撃回数を重ねずに済む瞬間火力で一気に仕留めたとはいえ、全てをフォローし切ることは叶わず頭から足先までドロドロになる。その重みと付随する気だるさで、雛乃は尻餅をついた。 「わ、甘っ」 頬についた粘っこい樹液を指で掬い取って、一舐め。 「これってやっぱり糖分だよね~。やだな~。でも白樺の樹液って確か甘味料のキシリトールだから、そうでもないかも?」 幼さを残す童顔に反した、豊満な体つきを気にしてみせる雛乃。 「何を心配してるかは知らないけど、しっかりしてくれよ。ほら」 「うん。分かってるよ」 手を引く遥紀の処置によって纏わりついていた粘液が消し去られると、再び雛乃は大掛かりな術式の展開に入った。 その光景を目にしたツァインは口笛を吹き、手を上げて降参のポーズを取りおどけてみせるが、すぐに剣を握り直した。 「負けてらんねぇな! 皆もそうだろ?」 おお、と戦闘意欲を喚起させられた男達が吼えた。 確かな士気の高まりを、傍らで支援に備える遥紀とシエルも感じていた。 「みんな意気が上がってるみたいだ。心の責め苦は乗り越えたみたいだね。俺達も行こうか。今の彼らなら、少々のことで滅入ったりはしないはず」 「はい。参りましょう」 二人翼を広げ、飛翔。 上空より望む森林の緑は、間断なく命を蝕まれているというのに、溜息が出るほどに美しい。 「魔風よ……濁流となりてこの地に、破壊と……再生を!」 竜巻は鋭い刃となり、病んだ木々を薙ぎ払う。 無数の白樺の三角形の葉が、儚げに宙を舞い――そして力なく地に落ちた。 ●『トゥオネラ』の始まり 全ての樹木は倒れ。 全ての猛獣は捕らわれた。 アーク所属リベリスタの助力もあり、夕暮れを迎える頃には予定された作業を完遂することが出来た。 そして今ここに。 完全に森は死滅した。 夜。冷え込んでいるというのに、今日一番の熱気が立ち上っていた。 「皆の奮闘のおかげで、『トゥスカ』を葬ることが叶った。献杯を上げようぞ! そして日本より駆けつけてくれた、偉大なる友人達にも乾杯を!」 ヤンネの号令を合図に、集った全員がグラスを高く掲げる。 「狩猟の神『ニューリッキ』よ、収穫の神『ペレルヴォ』よ、今宵も馳走に預かろう!」 あちこちでグラス同士をぶつけ合う音が鳴り響いた。 天に届かんばかりに燃え盛る火を囲み、椅子代わりに切り株や捨て石に腰掛けて。 遮るものが一切なくなった夜空は、星が殊更によく見える。 「さあ、カルケロの始まりだ☆ 湿っぽくなんてやめようね☆」 終は楽しそうに誰彼構わず肩を組む。 「へえ、これはちょっとレシピが知りたいところだな」 恰幅のいい女性がよそったカブのシチューを、遥紀は興味深そうに堪能していた。よく煮えた野菜のスープに、ありったけの鹿肉と兎肉を投入した野性味溢れる料理だが、中々どうして美味い。 素朴な味のシチュー片手に、甘いシードルを注いだグラスを傾けると、馴染みのない土地だというのに、不思議とノスタルジーに浸ってしまう。 「食べ比べ……する?」 一方、シエナは大食漢ぶりを発揮していた。焼けたそばから肉を胃袋に詰め込み、山羊のミルクを浴びるように飲むそのペースは、ガタイのいい男連中をもってしても敵わない。 「皆様のお口に合えばよいのですが……如何でしょうか?」 料理を手伝ったシエルがその食卓に顔を見せ、持ち込んだ醤油とみりんで調理した鹿肉の照り焼きを、強面の原住民のリベリスタ達に恐る恐る差し出す。 シエルの心配をよそに、男どもは料理に舌鼓を打って気さくな笑顔を見せた。作ったシエルとしてもほっとひと安心、といったところである。 「とうりゃっ!」 「セイ、ハァ!」 篝火付近では、ツァインと小雷が宴に華を添える殺陣を披露していた。 小雷が剣の腹を突き出した肘で受け止め、身体を反転させて回し蹴りを浴びせると、ツァインもそれに合わせて盾を差し出す。付かず離れずの攻防に、鑑賞する精強な男達は喝采を送った。拳と鋼がかち合う音が、演奏中の音楽で打ち鳴らされているシャーマン・ドラムのリズムと揃っていくのも、また小気味いい。 楽団には終も混じって、族長のヤンネに軽く習ったカンテレを、自己流にアレンジしてかき鳴らしていた。 割れた獣骨をピック代わりに、時折ビールを口に含みながら、数十もの弦を震わせる。 北欧の民族音楽はアイリッシュ・ケルトに近いものがあり、演舞に興じるツァインの胸も弾む。 「仕事のあとの一杯は良いものですね」 炙ったトナカイの肉を齧りながらウォッカを煽る諭も、フィドルの煌びやかな旋律を鼻歌でなぞっていた。 雛乃は若い女達を集めて、特技を活かして多様な声色を使い分けた一人芝居を演じている。 ユーラ・アテリアのリベリスタが歌う民謡も相まって、さながら簡単なオペラのようでもある。 至る所に音と笑いが溢れ、皆が踊り耽っていた。 「いやぁ疲れた疲れた。殺陣だけじゃなくて踊りにも参加したもんだから腹減ってたまらん」 骨付きのラム肉を口一杯に頬張るツァイン。 「何気にE・ビーストの肉を食うのは初めてだが……意外と美味いな。食い応えがあるぜ」 「オレの持ち込んだパイナップルのおかげだぞ。パイナップルは肉を柔らかくするからな」 ベリーを甘い樹液に漬けたデザートを食べながら主張する小雷。 「私も日本の大吟醸を持参したのですが、有難いことに好評でした」 言いながら、後ろを振り返るシエル。視線の先で、若い男達が日本酒の瓶を掲げ、謝辞を示していた。どうにも森での共闘以来懐かれているらしく、ことあるごとに「イルマタル、イルマタル」と敬意を込めた口調でシエルのことを呼んでいる。 「『イルマタル』――風と大気の女神。あやつらには、お嬢さんがそのように見えたんじゃろうて」 近寄ってきたヤンネが、ちょこんと足を揃えて座る。少年の容姿で含蓄のある物言いをするものだから、どうにも違和感を覚える。 宴も酣。頭に飾り布を巻いた男性が、リュートで切なげなメロディーを爪弾いている。 「その『イルマタル』ってのも、叙事詩に出てくる神様かぁ? そういや乾杯の音頭でも、神様の名前出てきたっけか。このリベリスタ機関って意外と信仰深い連中が多いんだな」 「皆、この土地を愛しておる。この土地に伝わるものも全て」 気付けば、酔いの回った現地のリベリスタ達は、笑い合いながらも涙を流していた。 「ずっと森と共に過ごしてきた。『トゥスカ』に侵されてからも。それが儂達の生き方じゃったわ」 「あなた達らしく生きるというのは、森と生きる、こと?」 シエナがヤンネに問う。 「じゃあ……森は森らしく、動物は動物らしく、生きたの、かな?」 「最後まで白樺は抵抗し、獣達は我らに歯向かった。森を守ろうとした彼らも、この地を愛していたに違いあるまい。儂はその壮絶な命の記憶を片時も忘れてはならぬ」 「それが、生きている者の……務め?」 老師は黙って頷いた。シエナは自身の手の平を見つめ、そして固く握った。 「そうだ! 俺も土産があるんだけど」 ツァインは、小さな苗木をヤンネに渡した。 「へへへ、また植えるんだろ? そうやって続いていく、分かるよ」 二人して微笑を浮かべた。 一本残らず切り倒された木々。何もかもが失われた場所。 皆が悲しみを受け止めて、それでも享楽に身を窶し、森への追悼と最大限の感謝を示している。 これが滅びの世界『トゥオネラ』だとしたら、それほど絶望には満ちていない。 森は消えたが、森の教えを継承した人間は生きている。 だからこれが終着点ではない。 ここから命は紡がれていくのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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