●教授の死後 -Cellskyy Final Waepon- PM2.5で淀んだ空は、陽光を遮っていた。 荒野に鎮座する建造物は灰色の空に向かって、錆だらけのパラポラアンテナを伸ばしている。 金網が四方をぐるりと囲み、一つしかないゲートの付近で、軍人達が歩兵銃を携えて往来する。金網の上には有刺鉄線が張り巡らされていて、経年劣化で朽ち垂れた有刺鉄線同士がチカチカと火花を散らしている。 一見にして、何らかの軍事施設であった。 『ん?』 この日、見張り台に居た一人の軍人が何かを確認する。 荒野の向こう側からふらふらと人影がある。近隣の村の人民は誰も近づかない施設であるのに、一人、二人ではなかった。十、二十、いやさそれ以上の数であった。 『正面から人民らしき影を発見』 見張りは、田舎訛りの北京語でしかるべき部署へと連絡する。 たちまち軍人達が、ガヤガヤとゲートに集結する。拡声器で警告をするも、彼らは歩みを止める気配がなかった。人影達がふらふらと歩兵銃の射程距離に入る。入るや軍人達はためらいもなく95式自動歩槍を発砲する。 倒れたかに見えた人影達は、砂塵と粉塵が吹く空の下で、すぐに起き上がり、にじり寄ってくる。 『外れたのか?』 軍人達を統括する者は、得体のしれない鬼魅の悪さを覚えながらも、再度、再再度と発砲を繰り返す。それでも人影達はにじり寄ってくる。 やがて肉眼で彼らを全身を視認できる距離に至る。頭を吹き飛んでいる者、内臓をだらしなく垂らした者、悉く視認するや、一様に一般兵がざわついた。 『なんだ、死なない!?』 たちまち、人らしき者達が人型のスーパーボールの如く飛び跳ねて、四つ足で軍人達の襲いかかった。 『し、神秘事件だ! 革醒者へ要請しろ! 早く! ばあ』 声を荒げた軍人に、人らしき者達が群がる。ばりばりと咀嚼する音が鳴り、この様子で阿鼻叫喚が巻き起こった。 『一足遅かったか……なんだ、キョンシーか?』 破界器を携えた軍服達が駆けつける。 『はは、部隊長だっせぇ』 体の至る所を食われた部隊長を、軍服の革醒者の一人が青龍刀でもって引導を渡す。次に軍服の革醒者達が、得体のしれない人型に押し込まれた状況を、巻き戻さんと武器を振るう。 『この程度ならば長安に人員を要請する必要などないだろう』 『そうだな、こ』 言葉を発する途中で、みぢりと奇妙な音と共に、その軍人は突然上を向く。 目が眼孔から飛び出さん程に見開かれ、喉が膨れ上がる。 次には口中から大量の鮮血と共に何かが飛び出した。飛び出した途端、その人物の上半身は内側より爆ぜて血味噌になる。足元には、ぽっかりと大人の掌大の穴が開いている。 『……梁!? 下にも何かいるか!?』 革醒者から軽口が消え、代わりに額に汗が噴き出す。 穴を囲む様に布陣する。モコモコと土が盛り上がって、白い影が飛び出した。 真っ白い肌に真っ白い髪、キャスケット帽を被ったニュースボーイといえようか。腕には巨大な砲を携えているのにも、重さを感じさせない軽やかなこなしで着地する。 「She saw a dead man on the ground」 ボーイソプラノの声で歌う新手に、革醒者達が一斉に躍りかかる。武器を振るう。 対してニュースボーイは、巨大な砲身をブンッと横に薙ぎ、飛来する青龍刀などを弾く。振った勢いをそのままに横に回転しながら、ドン、ドドドドドンという音を砲から放つ。音と共に、革醒者達の首から上が消し飛ぶ。まるで彼岸花の如き噴水を上げた首なし死体達が力なく倒れ伏す。 「いっこ――」 ニュースボーイがつぶやく。 「たべて、もおこられ、ないよね」 手近な動く死体の前面を開き、肋骨をポキポキと折って顔を埋める。 にちゃにちゃと、咀嚼して嚥下する。 ●蜘蛛の犯罪ネットワーク -Spider and Heifoo- 「私だ」 施設の屋内。ライトグレーのロングタキシードを着た白人が、携帯電話に語りかけながら、カツカツとタイルの上をゆく。手に、アタッシェケースの様な奇妙な機械を携えていた。 「そうか。事実だったか」 タキシードは、突き当たりにある重厚な鉄扉の前で止まり、壁に備え付けられた装置にセキュリティカードをくぐらせる。懐からヒトの掌を出して、指紋を読み取らせる。胸ポケットから眼球を出して、網膜認証を通過させる。重厚な扉が開かれる。 空調がゴオゴオと声を出しているフロアに入るも、タキシードは電話を続ける。 「──」 高さ2mはあろう黒い四角の箱が整列する中をつかつかと歩き、話の途中から虚空を見上げて溜息をつく。 「……いや、よくやってくれた、マリアベル。君はそのまま恐山へ渡りをつけてくれたまえ」 タキシードは電話を切り、そこら辺に置いてあるパイプ椅子に座る。溜息をでろでろと吐きだす。 「ふっざけるなよぉぉぉ! 教授ぅ!! なに負けてんだァッ」 たちまち携帯電話を握りつぶす。 タキシードは整った顔立ちを大きく崩し、携帯電話を握ったままの手でタイルを殴り砕く。 「『負けるような状況を作ることなど論外』ってテメーが言ってた事だろうがッ! 私が、どれだけアークの情報を集めてやったと思っているんだ! 負けたら意味が無えじゃねぇかよ! あぁ? 六道の臭いジジイと交渉して! イカれた腐れイタ公とまで交渉してデータを作ってやったんだぞ! 此所まで押さえてやって! クソが!」 男は、上等な革靴を履いた足でタイルを踏みぬく。そこから亀裂が走り、蜘蛛の巣のごとく四方へ走る。鎮座するモノリス達が、蜘蛛の巣の亀裂の中枢に向けて筐体を傾ける。 「いや──『原作』でもそうか。いよいよとなれば、自分から行く位はやるだろうな」 「荒れテんね。どうシたヨ? 朋友」 通路の向こうから、上海訛りの東洋人がぴらぴらと現れる。ライトグレーのロングタキシードを着た白人とは対照的に、黒衣の詰襟であった。 タキシードが黒衣の男に視線をやって言う。 「紅(hon)か……スポンサーの死亡が裏付けられた。事実だったらしい」 「アークもやるもんだナ。で、どうするカネ、リチャード?」 黒衣の男──紅は、丸いサングラスを顔面で整える。 タキシード──リチャードは、紅から目を逸らし、規則的に細かな穴の空く天井を仰ぎ見る。 「此所が“教授の要塞”になるはずだった。この国には電脳通信を監視するシステムがある。外の情報も、政治屋の都合に良いもののみが取捨されている。世界に名だたるコンピュータ企業が、豊潤な国家予算で立ち上げたシステムだ。“サイバー長城”と異名もある。防御面もそれなりにな」 対して紅は、腕を組んで首を傾げる。壁に背中を預ける。 「よくわからンが“教授(スポンサー)”が死んだ時点で骨折り損っテやつカ?」 「ここを選んだ理由はもう一つある。膨大なデータの受け皿になる装置など世界に数少ない。──『慎重過ぎるほどに慎重』なのが我々だ。『原作』でもそうだ。教授の死後も手下は動くものだ」 リチャードが、アタッシェケースの如き機械をつま先で小突くと、中からいくつかの四角いカートリッジが現れる。 カートリッジを3つ掴み、周辺のモノリスの内にあるLTO(バックアップテープ装置)ドライブにセットしていく。アタッシェケースからケーブルを繋ぎ、キーパンチを始める。 「リストアまで5時間といった所だ──ああ、外の首尾はどうなった」 「指咥えてたら根こそぎ終わってたヨ。あの小僧は何者ダい?」 「気になるかね?」 「そりゃネ」 「ふむ、言うなれば……キマイラの進歩に関する、答えの一つといったところだ」 サーバルームの暗がりに鳴り響く空調の轟音は、会話をかき消していく。 ●蜘蛛の巣払い -Ark- 春へと至る時分の、方舟のブリーフィングルームである。 『変則教理』朱鷺子・コールドマン(nBNE000275)がノートPCをカタカタと弄り、集まった面々の顔をチラりと見る。 「中国のリベリスタ組織『梁山泊』からの要請で、飛んで頂きたい所があります。 中華人民共和国、福建省西部。中国政府お抱えのデータセンターです」 朱鷺子がまたノートPCに視線を戻すや、プリンタがガタガタ声を出す。先方からの情報と思われる資料がコピー機をくぐった後に、リベリスタ達へと配られる。 「敵は『倫敦の蜘蛛の巣』の残党。E・キマイラの存在も確認されています」 倫敦の蜘蛛の巣とは、世界最強のフィクサード組織が一柱『犯罪ナポレオン』が率いていた組織である。 彼らは、アーティファクトやエリューションを合成して創造するE・キマイラを自在に使役し、フェーズ4さえ操りもした。 更に『犯罪ナポレオン』自身も、インターネットを通じて、アーク本部の奇襲すら行い――しかし、今年のはじめに倒された組織である。記憶に新しい者もいることだろう。 「めんどくせぇことに『倫敦の蜘蛛の巣』は、まさに蜘蛛の巣の様に巨大な犯罪ネットワークを持ってんですよねぇ。今回の中国。たとえ遠い東の大陸でも、例外なかった訳です」 朱鷺子がエンターキーをタンッと叩くと、プラズマスクリーンに三人の顔写真が映る。 「有力な敵っす。 バロックナイツ傘下、倫敦の蜘蛛の巣、『英国の妖怪』リチャード・S・ドリスノク。 上海のフィクサード組織、英国租界。『黒猛虎』王紅徴(ワン・ホン・ジー)。 あと一人のクソガキはよくわからんけど、先方(梁山泊)が送ってきたやつ。 詳しい情報は、資料読んでつかぁさい。先方の調査やらアークで持ってる情報の範囲は書いてます」 タンバリンをチャンチャカ鳴らして「質問ターイム」と言い放った朱鷺子に対して、手が挙がる。 「今の状況は?」 「にらみ合いを続けているって所でしょうかね。梁山泊にとっては未知のエリューション(E・キマイラ)なので、慎重に進めてるようです。発生から2時間経ってまっせ、移動でもう2時間」 「敵の目的は?」 「さあ? 『犯罪ナポレオン』が倒れたのに、今更何しようってんでしょうねぇ」 ここで、ブリーフィングルームのドアをノックする音が鳴る。 アークの職員が入室し、チャーターした小型飛行機が到着した事を静かに告げる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月13日(日)22:17 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●道の交差 −Across the history− 「どした? おじさん」 移動中のセスナの中である。 『関帝錆君』関 狄龍(ID:BNE002760)が、何やら耽っている『足らずの』晦 烏(ID:BNE002858)の肩をぱしぱしと叩いた。 烏は、椅子の肘掛けに、たばこのフィルタをトントンと打ち付けていた手を止める。 覆面によって顔こそ見えないが、少し間を置いてから狄龍に応答する。 「なに、関君。いろんな因縁の終着点だと思っただけだな。感慨深く思っている――ま、終着点になるかは、これからの努力次第だが」 「そうだなぁ。蜘蛛と上海、キマイラと」 まだあるんだ。と烏が言わんとした所で。 「変態兵器じゃな」 『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129) が、得物の銃の残弾を確認しながら、通路を挟んだ横の席から割ってくる。 「変態兵器……ってなんだ?」 首を傾げた狄龍に対して、瑠琵がシリンダーをジャっと回して続ける。 「キマイラは、様々なエリューションやアーティファクト、或いは革醒者からも作られておるのは承知じゃと思うが――その研究者の場合、ベースの方からも事件を起こしていたというかのう。技術の集合というか。ま、色々と問題でのう」 瑠琵が、纏わる話をする。 通称、変態兵器とそれをベースにしたキマイラ。 邂逅の度に、革新的な進歩により完成度を増していった六道 紫杏のキマイラであったが、その研究者の場合は『既にある技術』をセコセコと掠め取り、進化していったという。 「ネジを閉め忘れた様な戦闘力というかのう。あと大抵の形状は球体関節人形というのが特徴じゃな」 ここで前の座席、二つの背もたれの間に、浅黒い顔が置かれる。 「なになに? 変態兵器の話? あれって恐山が持ってたやつもそうだよね」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)も、この単語に反応する。烏と瑠琵が首を縦に振って肯定する。 「係長だな」「係長じゃな」 「やっぱり!!」 夏栖斗が考えるのは、カレー食ってたフィクサードに喧嘩売った時の事である。 今回のキマイラが扱う『88mm大陸弾道ドリルバンカー』という代物は、そのフィクサードの得物と同型である。どうも蜘蛛の巣が、その研究者を拾い、この場に至る経緯と怪しまれる。 「恐山と変態兵器……って、ん? あれ?」 夏栖斗の大きな声で、少し離れた席の『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)も、頬杖をついていた首を小さく傾げた。 久しい以前、凄い電柱を携えたマッスルな恐山と遭遇している。あれの後、中々とビッグサイトが捗った印象が深い。 「成程、上海と蜘蛛だけでなくって、キマイラにも一癖あったわけ」 英国租界ぶっ潰しに来て、ここの場でその名前を聞くことになるとは思わなかった。何気に変態兵器(こんなもの)と交戦しているのである。 「だからおじさん、色々な残務って言ってた訳か」 狄龍が鮫の様な笑みを浮かべて、煙をくゆらせる。抑えられない程にワクワクしているのである。こうなった時、皆は強い事を、狄龍は強力に知っていた。 「――だそうだ、王ちゃんとドリスノク以外にもあったらしいぜ」 後ろの席へと話を振る。 「うん。手強そうだけど」 負けられない。 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)も、ここまでの話に黙って耳を傾けていた。 各々因縁を携えてこの場にいる。終着点になるかどうかは努力次第。自らの拳を見て、握っては開く。好敵手(氷狼)の拳が黒き虎に通じるかどうか。いやさ、通さねばならない。 雪白 桐(BNE000185)が、悠里の隣でぽかんと述べる。 「ほんとに、人脈が広いのが厄介ですね。年の功か意外と」 かく、英国租界が失墜した原因は、金策に長けていた参謀の死亡である。桐こそ、その参謀に絶命の一刀を下した本人である。 「黒猛虎の対処は悠里さん任せですが、大事を起こされる前にどうにかしたい所ですね」 その後、資金に苦しんだ中国人フィクサード組織は、逆凪と取引とすることで金策を講じるも、取引は大失敗に終わっていた。失敗に加担した者も、ここの場に何人か在るらしい。 「――しかし、困窮の上で蜘蛛の計画に乗ったといった事情ですかね?」 これには悠里も同じことを考えていた。 「そう。僕も疑問だったんだ。なんであの男がいるのかが一番気になっている」 うーんという声を桐と悠里が上げたところで、『現の月』風宮 悠月(BNE001450)が本を読みながらポツリという。 「蜘蛛(親友)を手伝っているだけの様な気がしますね。書類の上でですが」 人柄などを考察の上で、こう評する。加えて、英国租界で今いるであろう配下は、金ではなく、強さに心酔する者だけが残ったと怪しまれる。 『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツが腕を組む。椅子に背中を大きく預ける。 「原因に縁って結果が起きる。仏教用語で、縁起の法ってやつなんだな。まるでノータッチだが」 それぞれの経緯を最後部の隅の席から聞いていたフツであったが、横から応答が返ってくる。 「いや、もしかしたら、フツも少し」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)である。口元を隠す様に思索を続けた姿勢のまま。 「少し、縁があるかもしれない」 快の最後の声は、聞こえるか聞こえないかの小さい声だった。 「ん、何かあったっけ? 蜘蛛関係はアラステアやリチャードと戦っていたが――同じリチャードでも別人だろ?」 「ああ済まない。いや、考えすぎなのかもしれない」 快の様子に、フツは首をかしげて窓の外を見る。 窓の外に流れていた青空と雲は、いつの間にか粉塵の舞う灰色の空と化している。 どこが雲で、どこが空なのか。見分け難き境へと漂い――上海を追っていた者。変態兵器を追っていた者。倫敦の蜘蛛の巣それぞれの道すら、この此処で曖昧になっていく。 ●キマイラの到達点 −Centom− 霞か霧かわからない灰色の中へと降り立つ。道は白く暗い。 アークのリベリスタ達の受け入れ担当は、辮髪頭の人民服姿の中国人リベリスタであった。名を学軍という。 「ようこそお出まし下さいました! おおおお! お久しゅうございます」 流暢な日本語を操り、彫りの深い顔は西洋人の血が混ざっていると怪しまれる。どうも風体の一致しない、いかがわしい中国人であった。 『よう、共和国の革醒者諸君! 香港から民国の残党が裔、青天白日の関さんが来てやったぜ!』 狄龍が抱拳礼を作る。対する受け入れ担当も右拳を左掌に打ち付けて、立ち姿勢で頭を垂れる。 『学の字、状況はどんなだ』 「先ほど、梁山泊、長安の精鋭と上海の精鋭が『手出し無用』と先発しましたが、何もかもモヤの中にございます」 狄龍が中国語を話し、学軍が日本語を話す、奇妙な景である。 かく、出撃したという割には、戦場特有の轟音も何もない。一同がモヤの向こう側を見ようと目を細める。 「全滅、かしら?」 セレアが髪をかきあげながら言い放つ――日本語を聴けない者は神妙な顔のままだったが――受け入れ担当の顔が青くなる。 「フツ見えるか?」 快の声に、千里眼を用いたフツが応じる。 「セレアの言葉も、当たらずとも遠からずだな。何か老師っぽい爺さんと、フロックコート着たやつが廃棄物キマイラと戦っているが、取り巻きはもう仏様かな」 「長安の甘蝿老師に、上海の劉黄河でございます! しかしなんと! まだ1時間も経過していないのにも」 中国人が興奮して落胆する様子から、どうも彼らの精鋭中の精鋭と考えられるが、状況は悪いらしい。 「急ごう」 と、悠里が短く呟いた。 「梁山泊の皆さん、連携していこうぜ、絶対に死なないでね!」 夏栖斗が、ひらひらと言いながらも拳を掌に打ち付けて気合を入れる。 「あ、そうそう。セントゥムの死体が残るようであれば回収したいんだけど」 「おそらく問題ございません」 「ありがと!」 砕けてガッツポーズをした後に、また気合いを入れた横。狄龍が中国人の肩を叩く。 『そんじゃ、学の字、動ける者全員頼むわ。キマイラとか王ちゃんと蜘蛛はまっかせなさい』 「承知いたしました。こちらも全員、出陣致します」 梁山泊側も、待機していたながら直ぐに動ける姿勢であったと見られる。 「まるで攻城戦だな。リアルとバーチャル両面の」 快が先日の教授との一戦と此度を評する。バーチャルとリアルの逆転。攻守の逆転である。 「マジか」 ――と、ここで千里眼に何かを捉えたフツが呟く。しかし『皆もすぐ分かること』として伏せる。 時間が惜しかった。 数十秒の後に攻勢が開始される。 アークのリベリスタ達は、梁山泊面々の人数に乗じる。廃棄物キマイラの群れが切り開かれたところをゆく。 廃棄物の一体一体がフェーズ1である。いくら最低位とて一体を数人で立ち向かう形となると、それなりに手を割かれるのである。 たちまち乱戦へと至る。 肉を割く音や怒号があちこちから響く中を、アークのリベリスタ達は固まって行動する。 「気を付けてください……にも限度はありますが、足元からの奇襲の情報もあるので」 悠月が防御壁を纏いながら魔曲を練る。かの有力なキマイラは地中から奇襲していたが故に。 これにセレアがピラピラと応答して黒き魔術式を詠唱する。 「ま、それでも魔法使い(わたしたち)がやる事は変わらないわね」 黒き魔曲と魔曲の四重奏が交互に飛ぶ。ラチが明かなくなる前に、ラチを魔力でぶち抜けば良い。多数を巻き込む拘束の一手と二手が、地を裂いてキマイラを薙ぎ、割かれた人手を開放する。 「梁山泊にも、とことん働いて貰うのじゃ」 瑠琵のフィアキィが、魔曲の奔流の軌道の後から滑空するように踊り抜ける。梁山泊側も強い者も弱い者も入り混る中を、悉く癒やして活力を与えた。 瑠琵に廃棄物キマイラが飛びかかってくる。 「そろそろ出てきますかね? キマイラ」 これを桐の一刀が上半身と下半身に真っ二つにする。かのフェーズ4――イビルアイに比べてなんと脆い。 両断されても、まだ生きている廃棄物の素首を落として引導を渡すと、次の目標へと手当たり次第に肉薄して剣を振るう。 「また、黒孩子。戸籍がなければ人と認められないのかよ!」 夏栖斗が吐き捨てる様に言う。四方から八方からら口を開けて飛びかかってくる廃棄物キマイラはやはり東洋人である。粗末な着物を着た個体もある。襲ってくるその口へと夏栖斗が打撃をねじ込む。次々と対象を切り替えながらたち回る。 一体漏れた廃棄物キマイラが夏栖斗の背を目がけて跳躍する。察した夏栖斗の裏拳とほぼ同時に、廃棄物キマイラは中空の内に横から殴られた様にすっ飛んで行く。 「さんきゅ」 「あんま消耗すると、ドリスノクと王ちゃんまでもたねェぞ」 狄龍が紫煙と硝煙を立てている。リロード。やや数が多いからを装着する。続けて指先から無数の弾丸をばら撒く。 「夏栖斗。いや、皆! 向こうを見て!」 悠里が廃棄物キマイラを氷結させながら、一方向を指し示す。 「ば」「ごが」「がああああ」 梁山泊達の人垣の向こう側で、やはり梁山泊のリベリスタのものと思われる悲鳴がする。 フツの千里眼を用いずとも、遠からん者は音だけでも異常事態の到来を察する。――いやさ、予想されていた強力なキマイラの動きを雄弁と告げていた。 「来たな」 烏は、来るときに圧縮させた葉っぱのとっておきのタバコを咥える。少し咥えるには早いと思ったが。 「大先生と同じ苗字だ。自信あるんだろうかな」 着火して紫煙をくゆらせる。今一度、得物の古き小銃に弾丸を再装填する。 「梁山泊の皆さん。我々は強力なキマイラと交戦します! 巻き込まれない様に周囲に注意してください!」 快が場を中国人リベリスタに預ける。 熱源探知――味方の熱がどんどん失われている様――にそちらへと転身する。 辿り着いた所は、奇妙な空間であった。 戦場のまっただ中であるのに、梁山泊の前衛陣の壁が円型に抉られて、周囲も何が起こったか理解に苦しむような――そんな空白の場が生じていた。 空間の足元には原型を留めない人の肉。肉がまるで紅牡丹の花弁をぶち撒けた様な有様がある。 「な、にあ、た――らし、奴?」 たどたどしいボーイソプラノが、灰色の薄暗さの中から聞こえた。 ざりざりとにちゃにちゃ、血味噌になった梁山泊の屍の上をふらふら歩いてくる小柄な影が一つ。向こう側から歩いてくるのならば敵だ。敵で、知性を感じられない廃棄物キマイラ以外となれば、一つである。 「……たまげたな」 烏が成程と言いながら、前衛の一歩後ろへと位置する。 おそらく、強さだけならばフェーズ4が上。しかしこの個体は、一目でキマイラの到達点であると分かる、明瞭な――フェーズ4すら持たない――特徴があった。 「やっぱり、見間違いじゃないよな」 フツも槍をその場でくるりと回しながら構え出る。千里眼で見たものは見間違いではない。 烏の目だけでなく、その特徴は全員が一見して理解できるものである。 増殖性革醒現象、進行性革醒現象といった、エリューション特性を放棄している事――即ち。 「フェイト……」 誰ともなく声が出た。 ●セントゥム・フェブラリィ −Chimaira.VerW− 敵は、髪から肌からすべて真っ白である。球体関節である。 E特性を放棄した上で、それなりの戦力を持った梁山泊を血味噌に変えられる程の強化は一体何か。 過去に、作者が何を用いていたかを知る者こそ、その答えを知っているが、今は些細な話である。 「因果は巡るもんだな。如月(February)君、如月大先生は息災かい?」 リベリスタ達は戦闘態勢をとる中で、最初に問いかける様な言葉を投げかけたのは烏である。 『そく、さ?』 白子のニュースボーイが首を傾げた。 得物の砲も異様である。砲というにはフロントバレルが極端に短い。反して筒は上に大きく伸びている。まるでパイルバンカーである。それでいて、握り手の部分から、螺旋状の模様が入った筍の如き鉄の塊が、ガンベルトの様に連なっている。 『じじ、いなら、ほじゅ、ーした』 「やっぱりそうだわな」 烏の溜息に似た声に、帽子を深く被った白子の口元が満面の笑みへと変わる。 変わると同時に、白子が携えた砲が金切り声を上げる。バチバチと紫電が迸る。 「『補充』って、黄泉ヶ辻のあれか?」 フツが記憶の奥底から掘り起こすは、兵器へと改造された少女と交戦した時の景である。 このキマイラの作者は、黄泉ヶ辻と六道を跨って技術を得ていたのか。短き時を、かつ短く駆け抜ける程の思索の中で前へ出る。 「少し縁があるって、そういう事かよ」 電撃を操る兵器へと改造された少女の最後の言葉は「ありがとう」である。 『やっつ、けて、こいて、め、っちゃいわ、れ、ててうるさ、い』 刹那に、白子が空気を足場に側転する。上下逆さで砲塔をかざす。 フツが飛行でもって喰らいつく。振るう槍。無造作に振るわれた砲が交差すると、砲から何かが放たれる。放たれたものはフツの胸部を抜ける。後方に在った快の肩口を貫通する。そして後衛――悠月の障壁で止まる。 悠月の眼前で障壁により止まった筍の如きものは、狂ったように回転して障壁を突き破らんとしてくる。押し込まれる感覚が伝わってくる。咄嗟に魔力を込めて対抗するも、障壁が砕ける。砕けちった所で物体が場に落ちる。 見れば、ドリルだ。 「これは、直撃に耐えられそうにないです」 力が抜けたかのように、悠月はゆらりと膝を正す。直線に並ばないようにしなければ。魔曲を奏でねば。 フツは胸の激痛に耐え、喉の奥からこみ上げてくる鉄臭いものを飲み込む。 「……そう持たねーぞ」 また、喉の奥から湧いてきた自らの血に、強い苦味がある。胸を見下ろせば、貫通した部分が毒によってじゅわと煙を立てて腐っていく。 快は肩口の出血部分を強く握る。 「細部は異なるが、この技は――」 ポイズンマイグレート、と言いかけて止める。奥歯を強く噛み、肩口を更に強く握る。 今の攻撃で体力の半分以上が持って行かれた。快自身に毒の効果は無いが、しかしここで破邪の光を使わなければ、フツがじきに膝をつく。 「フツが持っている間に、テレジアの忌子を消すしかない!」 何処まで人を弄ぶのか。もう死んでしまった者すらも。 快が大きく声を上げると同時に、悠月の魔曲が白子へ注がれる。 「相手は常に石化持ち。上限を超えれば、動けなくなる筈です」 悠月はゴーレムの作成技術を追い求めていた手前、かのキマイラ。フェイトを持つキマイラの予想外に、葛藤がなかった訳ではない。だがそれも束の間、最初の一撃で改めた。 自身の体力では、一撃で運命を無にくべてしまう事になる。 桐がつま先で地面を小突いて靴を改める。 「斬り合いましょうか」 次に、白鋼色を携えて白子へと肉薄する。かのフェーズ4の時も、その前も。その前の前にもこうしてきたのだから、今さら攻めあぐねる事など皆無である。 瞬息の間に、120%の力でもって巨剣を振るう。上から下へ、対する白子は砲塔で受けるも、桐が押しこむ。砲塔の砲身頭部にぶつける。 『いた、いなあ』 「痛くしていますから」 初撃を受けた仲間の様子からして、短期決戦しかない。焼き切るか焼かれるかならば、自身は火力を振るうのみである。 白子の帽子がひらりと外れる。白子の顔面には眼球無い。黒滔々(くろとうとう)とした眼孔がぬらぬらと湿り気を帯びている。その顔で白子が笑う。何ともひどい形相だ。キチキチと甲虫の如き不愉快な音。やはりキマイラだ。かのフェーズ4と同種だ。 悠里が、縮地にて側面へと回り込む。 「悪いけど、通らせてもらうよ」 その拳に冷気を携えて、刹那に突き出す。出したかと思えば、逆の側面へと動いている。 桐に当てない様、フツに当てない様、絶妙な位置でもって次々と拳打を叩き込む。白子の四肢が氷結していく。 白子は四肢が氷結していく事を意に介さない様に、氷にピキピキとヒビを入れながら黒い眼孔を向けてくる。 『つよ、いね、ねね、えみら、あみ、すてし、らないか、な?』 「まだ足りない。夏栖斗!」 夏栖斗もまた、煮え切らなかったが、快の声に一秒一秒を争うものだと判断する。 考えるに、この強さは変態兵器。得物によるものだ。中にあるモノを砕けば戦力が激減する――同型の兵器を携えた恐山のフィクサードから直接聞いた事なのだから。問題は、それが何処に在るか。 「おっちゃん、頼んだ!」 それを見つけられる者は、烏が唯一である。 夏栖斗が刺す。鈎突き、手刀、裏拳、掌打、飛翔する武技でもって、向こう側にある死体ごと削り割く。罪悪感が生じるが、喰われて回復させてはいけない。 瑠琵のフィアキィが空から光を注ぐ。 「──に言わせれば、敵ではないと曰うんじゃろうな」 続いて瑠琵は別の方向へと首を動かす。 「のう烏よ、箱は帽子の下かぇ?」 「いや、得物の中だ。本体にあるのは、テレジアの子供達――によく似た機械だな」 烏がエネミースキャンの上で応答する。二人のやりとりを聞いてセレアがふむふむと頷く。 「何処に何があるかを理解するとあっさり分かるものね」 セレアは、攻撃を一寸待って魔術的なトラップや変な痕跡が無いかを見ていた。烏のスキャン結果でもって白子を評する。 「武器の中からは呪いのようなものあるわね。多少知っていれば目視でも分かるくらい強烈なやつ。あと何処かの誰かから制御を受けている。まあ誰かなんて言うまでもないでしょうけれど」 一刻を争う時だからこそ冷静に在りたく。冷静なままに黒き魔力を練る。 「とっとと忌子を止めてくるぜ」 狄龍が駆ける。 雑技団が如く跳躍して白子の背面へと回りこむ。ナイフを下す。 「殺ッ(Sha)! なんてな」 再動。 ナイフの下した勢いで身体を回転させて、もう一度ナイフを白子の首の裏へと突き立てる。 突き立てた途端に、白子の眼孔から一滴に赤いしずくが垂れる、次に鼻からも垂れる。たちまち、出血、流血、失血、圧倒、毒、麻痺、不吉、凍結、氷結――死毒、呪い、石化。蓄積したものが白子の口、目、鼻から吹き出した。 「ダメ押しよろしく!」 狄龍が離脱する。 「どもー」 離脱した所へ、ひらひらと応答したセレアの声と、セレアの黒い魔曲が突き刺さる。 ――――ッッッッッッッッッッ! たちまち白子は、得物と同じような金切り声を上げる。 場に崩れる白子に対して、体勢を立て直したフツが大きく息を吐く。 「生きた心地がしなかったぜ」 瑠琵のフィアキィの力で胸の傷は塞がったものの、完治どころか、毒でも膝を着いてしまいかねない状態である。 快の破邪の光が降り注ぎ、その蝕んでいた毒も浄化される。 「フェイトを持ったところで悪いな。恨んでくれて構わんぜ」 印を結び、符を切って炎の鳥を招来させる。紅色の槍で指し示すや、鳥は白子へと真っ直ぐ飛翔する。 かく白子は、そも完治せぬ呪いもあって、自然治癒が容易ではない。動きを止めている間に下される桐の斬撃に、セレアや悠月の魔曲が立て続け。夏栖斗と悠里の拳が魔曲をフォローする様に白子を制していく。 確かにこのキマイラの一撃は、並の革醒者が受けたならば、足元の血味噌の如くとなるだろう。 しかし各々の前提や予備知識。的確な対処をとれば、完封できうる事もまた、かのフィクサードが手がけたのキマイラの特徴とも言えた。 「終わるときは、意外にもあっけないものって相場が決まってるわな」 烏の弾丸が、その得物の中の決定的な部分を撃ち貫く。 先程まで、革醒者の目にすら映らない程の速度で発射されていたドリルも、これでもって目視できる程に威力が激減する。 追撃が加わるや、ここにあっさりと前哨戦は決まる。敵は紐の切れた人形の様に崩れ落ちる。 「妙じゃな……。発狂せんのか?」 瑠琵が確認するも、脈も呼吸も無い。文字通り物言わぬ球体関節人形へと化している。 ●ペテン師へのペテン −Inter Mission 1− 「敗れたか」 ドリスノクは椅子に座し、さながら密室推理劇の探偵の様に、組んだ足の上で頬杖をつく。 千里眼で向こうを見ると、マレウス・ステルラがうちおろされている。 「まあ良い、それならばそれとして使うまでだ」 アタッシェケース状の端末を広げて操作をする。その画面を黒衣の詰襟が覗く。 「どうシタんだイ? リチャード」 「外のキマイラが突破された。アークが来ている」 王が口笛を吹く。 「ソウカソウか、来たカ来タのカ。黄河や師父と戦わずニ、温めタ甲斐がアッたナァ」 ケラケラと笑う王に対して、リチャードは遠くの、壁の向こう側を見るような視線の後に、また液晶へと視線を戻す。 「アークのリベリスタ達は、我々が何処にいるかを見切っているかのようだ。単独行動を思いきりつつも、すぐに合流できるギリギリの所で動いている。おそらく、あの中に千里眼持ちがいるのだろう。誰だと思う、ワトソン君?」 「外の様子ナド、私には分からんヨ」 王が片手をひらひらとさせて苦笑いを作る。 「デ、もう来るのか? アークは」 「来るだろうな。まだ時間が要る。保険はかけたが、それまでは私も直接戦う事になるな。極めてナンセンスだ」 ここで、端末を叩いていたドリスノクの手が止まる。液晶から目を外して壁の向こう側へ視線を動かす。 「クラックされたか……」 千里眼を発動させて、誰が端末を操作しているかを特定する。 passwordを何度も書き換えるスクリプトを走らせた後に、ファイアーウォールへと接続する。屋内のIP接続を弾くセキュリティフィルタを盾として定義しながら、結線図を確認する。 「4番ポートだな。電子の妖精とて、基本は防御側が優勢だ。ゼロデイアタックでも無い限りな。この線を抜けば終わりだ」 「機械はよくわからんヨ」 「私の勝ちという事だ」 ドリスノクが線を抜く。勝ち誇った顔をするドリスノクであったが、顔が突如固まる。 先ほど実行した防御スクリプトが殺されている。通信が生じているクチの一覧を表示した瞬間に画面が固まる。それはサーバーから切断された事に他ならない。 「馬鹿な」 ドリスノクは、固まった画面の中から『盲点ともいえるクチ』が開いている事を確認する。 「――電話回線だと!? 舐めるな! アナログが!」 即座に電話回線を引き千切る。 「よくわからんガ、物理的に引っこ抜く方がヨッポどアナログダろ?」 黒い詰襟は、取り乱す友人を愉快に眺める。続いてサーバールームの空調が止める。 「……空調もやられたか。電源系統を狙われたら、防衛に行ってくれ」 「だかラ、私に外はわからんヨ」 ●蜘蛛の巣へと至る道のりで −Inter Mission 2− 教授との一件からみれば、まさに攻守の逆転である。 「奴の接続を閉じた上で、俺しか知らないパスワードに変えておいた。LTOから何かを復元されたとしても、簡単にはアクセスできないと思う」 パソコンが置かれた一室で、快がArk-Padを懐に仕舞う。 機転を働かせて侵入しなおした電話回線は、一向に貧弱であり、これが精一杯だった。可能であればサーバーの配置、名前といった情報も得たかったが、妨害と二者択一ともいえる短き時間である。 「他はどうじゃ?」 横でちょこんと座って見ている瑠琵に、快が力強く頷く。 「全て上手くいった」 物理的に繋がっている部分は、全て有利になるように制御を終えている。ドアロックや防火扉、防火設備といったものは支配した。サーバルーム周辺の電源設備やセキュリティ装置だけは、物理的に通じていない独立した系統であった。 ここで、セレアが髪をかきあげながら部屋に入ってくる。 「空調いじってきたわ。あと監視カメラも壊してきた」 「お、うまくいったか!?」 廊下にいたフツがひょっこり顔を覗かせてサムズアップする。また廊下側の仕事へと戻っていく。 「千里眼に感謝――って聞こえてないか」 電源系も弄りたかったが地下にある。サーバルームから離れている。好都合といえば好都合だが、どこかに潜伏しているという英国租界フィクサードの姿が無い事をフツから聞いていた。単独行動で伏兵に囲まれては事だ。 「では、物理的に壊さなくてもよさそうじゃな」 瑠琵もいよいよとなれば、空調を力技でダウンさせようと考えていたが、これならばその必要もなくなった。 廊下へと出ている面々は、目についた死体の四肢を砕いている。或いは生存者も探している。砕く理由は、以前ドリスノクの乱入の際に、ネクロマンサー集団の如き力を使ったからであった。 「ホーリーメイガスだからと、高をくくらない方が良さそうです」 桐が通路に横たわる死体の有様を伺う。 一般人は悉く首が捻れている。破界器が手元に転がっている死体は、首が捻れている上に黒焦げである。 「確かに、アイツとは思えない」 悠里が言うアイツとは王である。王でなければ、彼の部下か蜘蛛である。しかし最初にここを通った者は蜘蛛である。 「王ちゃんの仕業なら、ミンチになってなければおかしいな。黒焦げじゃなくて」 狄龍も、死体を評する。 「無体をして悪いが、許してくれよ」 次に死体の四肢を銃弾で砕いておく。 「魔術的な仕掛けは特にありませんね」 悠月も通路の死体を確認するも、得るものはない。かくゴーレムの作成技術に近しいと見られるものを用いるのならば、何らかの仕掛けがあっても良さそうであったが。 「みなの衆、新田の作業終わったのじゃ」 瑠琵が廊下へと顔を出す。 烏と夏栖斗は、廊下の向こう側で、追ってきた廃棄物キマイラから味方を守っていたが、キマイラを下して振り返る。 「分かった!」 「うし、ぼちぼち親玉を倒しにいくかね」 両者が踵を返さんとすると、瑠琵が顔の向こう側で、革醒者ではない中国人がこちらをチラチラ見ている。 「我帮助他、你在某处面等(助けにきた。そこでまってて)」 夏栖斗が声を上げると、悲鳴と共にサッと身を隠す。その目は恐怖に濁っていた。 「南無阿弥陀仏」 フツが念仏を切り上げて、移動を開始する。 快が可能な限りのセキュリティを制圧した事により、至る所にあった扉も防火扉も、リベリスタ達を招き入れる様に開いていった。 問題の扉の前へと至る。その扉も電子の妖精でもって解除する。 たちまちに耳に入るものは、サーバのファンの声のみである。空調は止まっている。 かつんかつん、と数人の足音がタイルの上に響く。 響いた音は、サーバーのファンの音に消えていく。 「オ、来たカ。何人か見覚えガあるナ」 向こう側で声がした。 ●『英国の妖怪』と『黒猛虎』 -Spider & Tiger- 明かりの無い部屋で、部屋の端の壁に背を預けていた黒い詰襟が、飄然と前に出てくる。 悠里が真っ先に身構える。 「久しぶり、だね」 「覚えているヨ」 次に、桐が起伏の乏しい声で巨剣を構える。 「やっと出ましたか。王紅徴」 黒衣が軽く口笛をふく。 「それから、淵先生を殺っタ奴ダ」 いよいよ愉快極まる様子になる。狄龍が新しいタバコに火をつける。 「よう、上海訛りこと王ちゃん。黒孩子を使うとは考えやがったな」 新しいガンベルトを両腕に接続する。 「安く手に入るし、素材としちゃ問題ねェってか? ったく、大した合理主義だよ!」 「ソれほどでモないと言いたイ所ダガネ、香港訛り? 発案はあっチだヨ」 王が親指で示す方向。五尺ほど隔てた先でドリスノクが座して足を組んでいる。既にドリスノクの周囲には神秘を遮断する障壁が張られている。 「中々、人気らしいな、紅」 「ソウかな?」 「そうとも」 たちまち、ドリスノクは椅子の向こう側へ跳躍する。次に椅子を蹴る。 同時に、王も突っ込んでくる。突っ込んできた王に対して悠里が応じる。腕と腕が衝突して、次に互いに距離を取る。 「ごきげんうるわしゅう、なに? そんなにシャーロキアンなわけ?」 飛来した椅子を夏栖斗が蹴り返す。 蹴り返された椅子をドリスノクが真上に蹴る。天井に当たって、そのまま空中分解する。 「ふむ」 「……またモリアーティごっこでもするつもり?」 「私が何をしようとしているか、凡そ見当をつけてきたといった所か」 蜘蛛がタイを緩める。 「教授や大佐のリストアか?」 快が応答すると、蜘蛛は肩をすくめる。 「人の脳すら、遺伝子情報や大脳皮質を含めて何百テラバイトとある。――LTO3つではとても足りんよ」 烏も首をすくめる。人格に用は無いという事だろう。 「……確定だな。蜘蛛(そしき)の中で、どういう立ち位置なんだ。ドリスノク君は」 「部下すら持たないヒラ構成員だがね?」 最初のキマイラ事件が起こった時分にも帰国せず、そこから暗躍をしていた記録があり。六道 紫杏の失脚にも働き、『楽団』の生き残りをけしかけて、嘉手納基地を襲撃させるなど多岐に渡る。幹部にしては自由過ぎる。ヒラにしては重すぎる。 「ペテン師じゃよ」 快の後ろから、瑠琵がドリスノクへと銃口を向ける。 「“此処は一種隔離されている”か。確かに、この国が抱える闇は底知れぬ。新たな巣を張るには丁度良い場所じゃろう。ドリスノク」 「マリアベル辺りが漏らしたか?」 「さてのう? 教授と共に今日この場で引導を渡してやるとしようかぇ?」 ドリスノクが次に首を正し、パチンと指を弾く。 「出来ない相談だ。君のデータは十分に持っている。成長率もな」 同時に、周囲から一段と深い影が動きだす。動いたかと思えば人型へと変じて、雑技団の如く跳躍してくる。 跳躍してくる影達──上海派のフィクサードに対して、次に左から右へ、セレアの黒き魔曲が通り過ぎる。モノリス達が次々と火を吐き出す。 「蜘蛛の巣(web)だからって、何でもかんでもコンピューターやらネットワークに手を出すとか、安直な上に迷惑なことこの上ないわね」 もう少し挑発をしてやろうとした所で、上腕に痛みを覚える。見れば道化のカードが嗤っている。 「不射之射ね」 誰の仕業かは分かっている。 飄然とした殺人拳法家は、しかし今の黒き魔曲を回避しながら反撃してきた。全体攻撃を仕掛ける度に被害が増えていく事は、まるで前と同じである。 悠月が星の魔法を詠唱する。 「教授ならば、レストアを完了させる訳には行きませんね」 攻撃回数を減らし、瞬間火力を選ぶ。即ち最大魔法である、マレウス・ステルラである。 「ま、そんなんで怯む関さんじゃない訳で。雑魚の掃除を粛々とやらせてもらうぜ」 敵の得物を見れば、ソ連の安全装置が無い銃を持つ者がいる。チラチラと左右を見る。モノリス達が鎮座している。 「銃撃戦も、やりようあるっちゃあるか」 無数に弾丸を放つ。かいくぐる様に不射之射の道化のカードが飛来する。弾幕を強めて弾き飛ばす。刺さる前に潰す。 「よし行け!」 この弾丸を追い風のようにして、悠里が姿勢を低く王へと動いた。 氷の拳を放った刹那に、首に気糸が絡んでくる。 「……っく!」 絞められる前に更に大きく落とすと、頭上で気糸が締められる。間一髪である。 「やっぱり強い」 「衰える事ナドアリえンよ、少年? ──おっト?」 続いて、夏栖斗が放った飛翔する武技が、王の胴へと刺さる。鈎突き、掌打、蹴りと来て、王が上体をくの字に曲げた途端に。 「──痛っち!?」 夏栖斗は腿に痛みを覚える。その痛い部位にもやはり道化のカードが嗤っている。 何たる早業か。 「悠里の言った通り、強い。だけど届かない訳じゃない」 「うん、つかめない程遠くもない」 二人の覇界闘士が並ぶ。 「同時カ。ま、何人デも、ベツに卑怯とハ言わンよ。策でモ何デモ、使いたケレバ使えバいい」 王がサングラスの位置を直し腰を落とす。 「リチャード! 回復はイラんヨ。シたら刺ス」 不射之射は、対集団といった状況で磨かれたものだという事は明白である。上海が魔都と呼ばれた時代から幾人もの刺客が、この技で血の海に沈められて来たのだと想像に難くない。それこそ複数人で襲いかかる事自体が、逆に窮地に導かれるものと怪しまれる。 桐が、覇界闘士達の攻防を横目に言う。 「飛行機の中で言いましたが、黒猛虎はお任せしました」 瞬きする時間も惜しんで、王の配下──魔曲で脚を封じられた者達の横を、一息で抜ける。桐の目標はドリスノクである。 桐の横からフツも出る。ドリスノク目掛けて飛び出す。 「マギウス砕いてくるぜ」 快から「頼む」という声を背後から受ける。 かの障壁がある限り、神秘を主体とした攻撃が通用しない。傷を与えるためにも、障壁の破壊は急務と言えた。 「全く、肉弾派め」 無警戒に王を見るドリスノクに、フツが言う。 「そのまま他所見して、倒されてくれるとうれしいぜ」 敵の親玉への文字通り一番槍はフツであった。直後に桐も剣を担ぐ。 槍を上から下へ振り下ろす。下ろすも、ドリスノクの脚が槍の柄に瞬時に伸びる。槍の軌道はつっかえる様に止まる。 「それは叶わない相談というものだ」 脚と槍の鍔迫り合いの如き中。 「バックアップを託されるってことは、そういう事だ──って位は考えてるぜ」 ここで、桐が巨剣を振る。 「あのお猿のお面の人と同じですね」 フツの槍を止めた脚を、切断するような軌道で振り下ろす。 ドリスノクは槍を蹴り上げる。次に脚を下げる。空振りした剣であったが、桐はその空振りと同時に一歩踏み込む。獲物の剣腹を大きくぶつける。障壁を砕く。 ドリスノクは受身をとって立て直す。身体を斜に、拳を前に構える。 「少し驚きました。前、何だかんだ変な術でお茶を濁しておいて、ここでは格闘ですか」 ドリスノクは先に下げた脚を、ぷらりと上げている。次に思考が途切れる。 「無式神雷(Stun Anchor)!」 ドリスノクが地を大きく踏みつける。地が揺れた様な錯覚を覚える。蜘蛛の巣のごとき亀裂に沿って電撃が迸り、電撃と衝撃波が全身を走り抜けていく。 「サーバールームで電撃だなんて、頭イカれてんじゃない?」 セレアが吹き飛ばされた桐を受け止めて、声を張る。 「マスカットフレーバーのアールグレイが好きでね。だが紅もマリアベルも烏龍茶が好きなんだ。困ったものだ」 「ペテン師だわ」 馬鹿にされていると感じて思わず吐き捨てる。 同様に、フツを受け止めた快が、そこで足を止める。 「迷惑なものをネットに流してくれるなよ!」 地に掌を当てて、スタンアンカーを返す様に破邪の光を放つと、たちまちフツと桐が首を左右に振る。両者とも得物を握りなおす。 かく、全体攻撃潰しともいえる王紅徴と、ホーリーメイガスは狙われ易い事を逆手に取った様なドリスノクであったが、この場に集った面々は精鋭に分類される者ばかりである。順調に戦況は傾いていく。 「キリストには鑑識ないが、念仏ならやれるぜ」 フツの火の鳥がドリスノクを包む。たちまちドリスノクは自らを回復する。 「ならば、香典に10億ポンドほどをスイス銀行に振り込んでくれたまえ」 そこへ、セレアが怒りの黒き魔曲を叩き込む。 「命乞いでもしたら? この上なくみっともない命乞いを見せてくれたら考えても良いけど?」 ダメ押しとばかりに、瑠琵のフィアキィが横切ると、横切った線が次々と爆発する。 「……っ! データに無い攻撃だ」 「わらわの過去の情報は、全て無駄だったということじゃよ」 ドリスノクが回復ばかりである。少しずつ、少しずつ。スタンアンカーを使う余力を削っていると思われる。 蜘蛛は、口に垂れた赤い筋を袖で拭う。 「死体を、使えればもう一手打てたか。――道中に死体を砕かれるとは恐れ入る」 「Amore e morte――『愛と死』ですか。イタリア人楽団員が好みそうな言葉です」 悠月が手に魔力を凝縮させ、照準を合わせるように手をのばすと。 「“ピアニシャン”を無理やりにでも連れてくるべきだったな」 ここでドリスノクはAmore e morteの本来の使い手の名を口にしながら懐中時計を見る。 「万策尽きましたか? 投降なさっては如何でしょう」 「最後の策を、見てからにしてはどうかね?」 集中攻撃を受けて尚、後が無い様に見えるのに。一体何が残っているというのか。 狄龍がモノリスの影に隠れる。 上海フィクサードが放った銃弾や道化のカードをやりすごす。 「一体どれなんだろうな、リストアしているっていうサーバーは」 対面にはモノリスの影には、烏である。 「全くだ。これだけ台数があると、骨が折れる」 双方、タバコに火をつける。つけて飛び出す。狄龍が上海のナイトクリークの一人の眉間を撃ち貫いた時、ふと烏が敵とは逆を向いている。 「弱った」 「どうした、おじさん」 集音装置に聞こえたものは。 「焦燥院君! こっちに手を貸してほしい。『フェブラリィ君』だ!」 重い扉をドリルがぶち抜いてくる。 烏の抜き打ちの射撃でもって、辛うじてこれを撃ち落とす。 ●チェロスキー最終兵器戦 -Produced by Richard S Dresnok- あっというまに、扉が破られる。 回復手として後衛に位置していた瑠琵が転身する間もなく、白子が立つ。隔てるものは何もない。 「いやいや、真剣に不味いのう」 増殖性革醒現象と進行性革醒現象を携えた白子である。フェイトの無い、正真正銘のE・キマイラである。 『The worms crawled out, the worms crawled in. Then she』 白子は歌いながら全身を痙攣させる。黒い眼孔に歯が生え並ぶ。歯生えたと思えば、背中から蜘蛛の如き八本の足が生じる。 フェーズ1、フェーズ2――驚異的な速さで階位が進行しているのである。じきに、フェーズ3へ到達することだろう。 「くっ!」 快がドリスノクへの接敵を放棄して後退する。 反応するかのように、白子がドリルを放つ。これを受け止める。気が狂ったかのようなドリルを受け止めた左腕が、関節が増えたかのような有り様に変わる。そこから呪詛が広がっていく。 「キマイラの動きを止める事が再優先……しかないな」 快の声に応じるように、烏が狙撃の姿勢をとる。 「ドリスノク君にもエネミースキャンをかけておくべきだったかな」 一番の力の源である呪物は砕いている。この状況での乱入は脅威であったが、殺れなくはないだろうと再装填を行う。 狄龍が白子に飛びかかる。 「だがよう、9つつけてしまえば、やりようあるよな?」 諦めるには早い。白子の八本足が、それを防ぐように飛来するも掻い潜り、喉笛を盛大に引き切る。 「再起動ですって。ありえるの? こんなキマイラが」 セレアも白子を向く。次に自らの掌を見て、握って開く。連続で黒き魔曲を撃ち続けていたが、まだまだ余力はある。 放つ葬操。真っ直ぐに走り抜けた黒い線が、キマイラを飲む。衝撃で蜘蛛足が千切れ飛ぶ。 『She saw a dead man on the ground』 『――み、すてし、ら、ないか、な?』 キマイラの左右の『目』がそれぞれで口を利く。するとキマイラの八本足の内、千切れた足の先端が捻くれる。たちまちにドリルへと変わる。人型の足は空気を足場。八本足はガリガリ、ガリガリと、床を削りながら突き進んでくる。 これをフツが受ける。 「早めに念仏あげてやればよかったな!」 飛行を持つ者にしかブロックできない相手であるから、自分が行くしかないと腹を決める。 「――――ッッ!」 振るう槍。冷気を帯びた薙払いであるが、少し浅い。接触とその瞬間。紅き槍のその長柄がドリルによって、ゴリゴリゴリゴリと声を出す。 白子が顔面を突き出してくる。歯が整列した眼孔が、フツの眼前でガチガチ音を鳴らす。 「持ってくれよ! 深緋!」 『And from his nose unto his chin』 『み、らみす、たお、した、いんだ』 「キミ等の相手ハ私だヨ」 「――ッ!?」 悠里が意識がキマイラに逸れた所を、王の縦拳が走ってくる。 仰け反るように回避して、魔氷の拳で返す。凍結しながらも、踊る様な手刀で無数に切り裂かれる。 E・キマイラが現れ、王との攻防が続き、ドリスノクがまだ生存している危険な状況である。あるのだが。 「分かったよ、王紅徴。とことん行こう」 君を尊敬しているんだ――と言葉を続ける。 「ヨセよセ。褒メられるのニハ弱いんダ」 続いて夏栖斗が、王とすれ違う様に向こう側へと跳躍する。同時に王の脇腹を肉を攫う。多少の力を取り戻す。しかし、たちまち全身から鮮血が生じる。すれ違いざまにダンシングリッパーでやられたか。 「……っ! 時間稼ぎするなら、こっちも同じだ。何が何でも、ドリスノクを倒す」 倒して一刻も早く駆けつけたい想いは同じである。 「構わンヨ。ソれナリに付き合イ長クテ、信用シテるカラ。デモね」 途端に、王は全身を弛緩させるようにだらりと腕を垂らす。次にふわりと、ただの土砕掌よりも緩やかな動きの掌打というべきか。目で追えていても幻朧の様にそれは、悠里の胸に当てられる。 「浸透」 ぽんと置かれた次。夏栖斗の胸も叩かれる。 「無寸勁」 王がサングラスの位置を直す景が目に入るや、悠里と夏栖斗の双方、内臓だけミキサーにかけられたかのような激しい苦しみがやってくる。内臓が喉を上って口から吐き出されるような錯覚を覚え、自然と身体が崩れ落ちる。 「モーチョい修行シテこいヨ。若キ拳士諸君」 王が、踵を返してリチャードへと加勢へと動かんとして。 「……?」 しかし、王の両の足は、掴まれてそこで止まる。 有力な敵がいずれも生存しているという、非常に悪い事態であったが、直ぐに一つの転機が訪れる。 「ウィリアム・S・ホームズも、007も、助けに、来てくれはしないが?」 「いいです。あちらには貢献できませんし」 ドリスノクの正面には、桐だけが残っていたのであるが――。 淡々と述べてドリスノクに剣を振り下ろす。先ほどフツの槍を止めた同じ蹴りでの防御にて、刃が止まる。 「120%」 力の限りに押し込む。ボキりとドリスノクの足がひしゃげる。そのまま胴の袈裟に斬る。ライトグレーのタキシードを鮮血に染めた西洋人は白目剥いてぐらりと揺らぐ。 「、の。肉弾派が!」 ひしゃげたままの脚でStun Anchorが撃ち込まれんとした刹那に、桐がもう一歩足を踏み出す。 「120%」 切っ先があってないような巨剣ではあったが。 真っ直ぐに突き出された剣身は、刺さったそこから傷口を広げながらドリスノクの背中へと貫通した。 「ス――だが、――と」 桐の顔に、リチャードの吐血がごぼりとかかる。 天運か、或いは運命か。一気に焼ききる事がまさに成就する。かの震脚がタイルに触れんとして触れざる、運命を燃やす余地すら与えない一撃であった。 「リチャード!」 王は掴まれた足を振りほどかんとするも、悠里と夏栖斗は離さない。 「諦めテ寝てタラ、命マデ取らンて言ってルんだヨ、私ハ!」 「絶対に諦めない!」 夏栖斗が立ち上がり際に、王の足を引く。次に手を離す。よろけた王に向かって前蹴り、左正拳。双掌打と仇花を撃ちこむ。 続いて、悠里も立つ。 「もう諦めないって決めたんだ」 仲間を目の前で失ったあの日。仲間に守られて生き延びたあの日。沢山の人を守れなかったあの日。誰も死なせたくない思いが胸裏に繰り返される。 「君の全てを学んで超える」 気を冷気に変えるは『修羅魔氷閃』。冷気を維持が『氷鎖拳』。淀み無く叩き込むは『浸透無寸勁』。重ねる事『無式炮烙』に通ず。 「僕は、アークの……この世界に生きる全ての人の『境界線』だ!」 「炮烙カ、いや――」 真っ直ぐに一点へと繰り出された突きが、王の全身を瞬時に凍結させる。吐出された喀血も瞬時に凍る。防御を突き破ったかのような、一撃は偶然か幸運の産物か。確実に言えた事は一つ。不射之射による反撃が無い事である。 ここに、フィクサード二人を召し取る事に成功する。残るは、一体。E・キマイラである。 リチャードのテレジアによる制御が失われた事で、手当たり次第といった有り様であった。 『Then she unto the parson said, Shall I be so when I am dead?』 「階位障壁発生――」 まともに動作するサーバーも少なくなった中で、悠月が皆へと知らせる。 「フェーズ3です!」 しかし、ダメージは蓄積している。一気に畳み掛けなければならないと、大呪文の詠唱をする。 「済みません。少しだけ、時間をください」 悠月が詠唱する一方、瑠琵は回復か攻めるかの二択が突きつけられていた。 「付け入る隙は多い筈じゃが」 三択目の撤退には眼前のキマイラであるから、直ぐに頭から片付ける。首を左右に振る。一撃でごっそり持っていくキマイラであるから、回復など、焼け石に水か。果たして。 「砕くのじゃ」 決する。 フィアキィが白子の眼前で止まる。主(瑠琵)真似るかのように、指で鉄砲の形を作るや、ここに大きく爆発が起こる。 仰け反ったキマイラに向かって、快が護剣を下す。護剣は光を纏い、光が異形の白子の体内を駆け巡る。 「手応えはあった――後は。任せる」 『Shall I be so when I am dead? Shall I be so when I am dead? Shall I be so when I am dead?』 『たおさ、ないと、な、ん、だよ た、おさ、ないと、なん、だよた、おさないと、な、んだよ』 八足の蜘蛛の如きドリル脚が次々と快を貫く。容易く運命が喰われる。貫かれた周辺をドリルがズタズタに切り裂いていく。 終わらない。続けて、快を執拗なまでに刺していく。 力が抜けていく中。セントゥムの顔が間近、よく見れば、最初の時の笑いが無い。 『みらあみす、をたおさないと、』 ――そこで快の意識が飛ぶ。 「済まん、新田!」 面倒な八足は快の身体を抜けて後ろにある。槍で払う必要が無い。ひらりと一枚の符を出す。眼孔にねじ込む。 「燃えろ!」 ――――ッッッッ!! 朱雀が白子の顔の内で爆ぜる。 金切り声が響き、歌が止む程の強烈な一撃であった。 「もうフェーズ3て。……ああ、でも、きっとこれで止まるわ」 セレアの魔術で、キマイラの蓄積が限界を超える。立ちどころにキマイラから百の呪詛が噴出する。 「合流しますね」 桐がひらりと前に出る。快を拘束するドリル足を一刀に下し、快を確保する。するとドリル足が桐と快に向く。 「セントゥム、こっち向け! 相手になってやる」 夏栖斗のアッパーユアハートが注意を引く。 「さて、おじさん。何処を狙えばいい?」 狄龍が烏に問う。烏の新しいタバコを咥える様子を見て、火を貸す。 「テレジアの忌み子なるアーティファクトが首の後ろに埋まってるな」 「俺が最初に当てた所かい?」 「も少し下だな」 狄龍が走る。同時に烏が弾丸を放つ。弾丸が白子の両膝に命中すると、白子の両足が逆関節の様に折れる。折れるが、背中の八足で態勢を整える。 ここへ狄龍が中空。 煩わしい八足が無ければ肉薄も容易だ。狙う事も。上から短刀を突き立てる。狄龍を引き剥がさんと二足ほどを向けてくる。ナイフを伝ってカチンと金属の感触を得る。 「不再見(あばよ)!」 ごりりと抉り出すは、スタンリー・マツダから齎された情報――『テレジアの子供達』に良く似たものである。 廃棄物キマイラを支配していたのだから、持っていても当然だが、これは受信機の側面もある事はセレアの鑑識で明らかである。 「如月君。如月大先生によろしくな」 烏が上の方を見ながら言う。釣られて狄龍が上を見ると、キラキラと星空の様な空間がD・ホールが如く生じている。 「あぶね!」 狄龍が退避する。 「マレウス・ステルラ」 悠月の最大魔法――星の鉄槌が振り下ろされる。星の衝突でタイルは剥がれ、床下の配線を砕き、下へと抜ける。 轟音とともに、まさにクレーターが出来上がる。 クレーターの中心では、かのキマイラは動かなくなっていた。 ●うんめ、いをもって、いるひとたちへ -My mother has killed me- 「倫敦の蜘蛛の巣残党を倒し、王を生け捕りにするとは。大したものだ。この恩は岩に刻み、アークとは永遠の親交を約束しよう」 受中折れ帽にフロックコートの男が満面の笑みで、力強くアークを讃える。 しかし、王紅徴の身柄は彼らに預けられる事となる。 処遇への問いも出たが。 「2人殺られれば、4人殺る。4人殺られれば、8人殺る。倍数以上やれれば上々。これが梁山泊上海と英国租界との関係だ。双方の何方かが表から身を隠すまで続ける」 察して欲しい。というものが上海の男の回答である。 狄龍、桐に悠里、セレアが以前に請け負った依頼が思い当たる。 「上海。おぬし、何もしとらんくせに何偉ぶってんの?」 ここで、フロックコートに後ろから忍び寄っていた老人が男に蹴りを入れる。 「ええのう、美人さんいっぱ――っと、アークの若者衆、何れ茶でも飲もうや」 老人が、むしゃむしゃ生やした白髭をしごきながら、車へと消えていった。 かくしてリベリスタの海外遠征の任務としては一つの大きな山が終わる。 手薄かった大陸方面への大きな信用を勝ち取った形とあいなった。 しかし、ドリスノクが用いていたLTOは熱で溶けて、何が記録されていたのかを直ぐに調べる術はなく。 戦闘でサーバー内のディスクも壊れデータは消失する。LTOとHDDの復元(サルベージ)の可否も一旦は持ち帰りとなった。 「帰りますよ?」 サーバルームに桐の声が響く。 「南無阿弥陀仏――今行くぜ」 フツが数珠を片付ける。また開きかけていた仏の目を、掌で撫でて瞑らせる。 「行こうぜ」 夏栖斗が遺体の一つを眺めている。 持ち帰る許可を貰っていた一体に近寄って、肩を貸す様な形で運び出す。 「行こうか」 フツに言ったのか桐に言ったのか。或いは肩に在る屍か。 破られた扉からリベリスタ達が出ると、何もかも音が消え去った。 壊れたサーバー。壊れたファン。電子機器。 ここに、『倫敦の蜘蛛の巣』の、ただの構成員の起こした舞台は終幕する。 静寂の他にはなにもない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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