● 『緊急の依頼です。用事がお有りでしたら、申し訳無いのですが』 「問題ねーよ」 坂本 瀬恋(BNE002749)は、顔を斜めにしつつ頬と肩に通信機を挟んで、其の先に居る『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)の声を聴いた。 彼女はTerrible Disaster ―デリブルディザスター―と名付けられたガントレットの手入れをしていた所だが、手入れ道具を無造作に机の上に置き、椅子から立ち上がる。 「さぁて……」 閉まったカーテンを開けば、漏れ出すのは太陽の光。 「さァて、これから銀行強盗しようぜ?」 シャ、と音をたててカーテンを閉めた男。 薄暗い部屋でギラつく瞳。鉄の香りと、不規則な水玉模様が飛び散った赤色の部屋。 手でナイフを弄ぶ男の下には、終末でも見たか?絶望に歪んで動かない男の頭部と、四つん這いのまま啜り泣く全裸の女。 とぷん――水音ひとつ。 急須から注ぐお茶の、最後の一滴を湯呑が受け取って。急須を静かにちゃぶ台の上に置く。 風宮 悠月(BNE001450)は、其のまま通信機をONにした。 『裏野部。いえ、賊軍の残党なのですが』 「お茶が……いえ、茶葉を少しだけ無駄にしてしまいましたが」 『すいません』 「構いませんよ」 悠月は、『お茶菓子は台所の棚にあります』と、布団で未だ寝ている彼の為に置手紙を書いた。 「あァ!? 何仕切ってんだてめェ!!」 「ウゼェェェ、殺すぞ」 銀行強盗しようと提案をしてみた男が、他の男達に囲まれた。始まるのは集団暴行所謂リンチでフクロで、暫くすれば原型さえ留めていない肉塊オブジェが一つ、完成するのだろう。 裏野部の性か、それとも男達が元から持っていた性根の悪さからか。どれを理由にした所で頭が悪いのは言うまでもないが、単純に『気に入らないからぶっ殺す』という思考を持つ彼等は危険とも言う。 其れの延長線上。家が無いから家を奪おうという単純思考に巻き込まれただけの不運な女の、精神が限界を迎えて薄ら笑いを浮かべた。 「は……はは、自重しろよ」 苦笑いをした楠神 風斗(BNE001434)は、パソコンでゲームをしながら心を痛めていた。 突然鳴った通信機にビクリと一回身体が跳ね、仕事の案件だと理解した所でマウスから手を離す。代わりに通信機を手に取って。 『場所は四国の方なので……今から行って到着した時には、賊が事件を起こした直後ですね』 「あいつらのやる事だからな。関係無い人は、巻き込まれた?」 『……はい。皆さんが対応する依頼の被害は未然に抑えられますが。彼等の寝床になった一世帯の家族が一つ、彼等の手によって既に』 「……わかった」 風斗は迷わずパソコンの電源を切って、画面は暗転。 白眼でごとりと落ちた、仲間の頭部を弄ぶのは赤く染まった手。 「あーあー、また殺しちまった」 「イーんじゃね?」 気に入らない仲間を殺すのは、これで一度目では無い。 以前はリーダー的な存在が居たのだが、我が身可愛さに『黄泉ヶ辻京介の下へ行こう』なんて吐き出したから、殺すしかなかった。 裏野部だ。 裏野部らしく派手に、過激に。 其のスタンスに惚れて、好きで、裏野部一二三以外の下につこうなんて考えられなくて。 解体してしまった組織の連中の中には、黄泉ヶ辻へ行った裏野部も居るらしいがそんな奴等はクソだと、少なくとも此の場に居る彼等はそう思っていた。 裏野部じゃないなら、裏野部の敵だ。なら殺すしかないだろ。そう、判断して。 「裏野部残党ー? 賊軍残党ー? どっちも同じだけどややこしいよね☆ 殺すしか無いけどさ!」 『全滅で。期待しておりますよ葬識さん』 陽気な声で「はぁい」と返事を返した熾喜多 葬識(BNE003492)。 「で、殺して良い数はー?」 『えっと……九人ですね』 「こっちの数は?」 『ごめんなさい、七人集めるのがやっとです』 武器である鋏の刃に刃こぼれが無いか確認し、慣れた手付きでそれをアクセスファンタズムに仕舞う。 フードを被ってから、玄関のドアノブに手をかけて……ふと、思い出したかのように。 「此のお仕事が終わったら、牧野ちゃんの首切っていーい?」 『……ほ、保留で』 思い返せば。 昨年末から活発化してきた裏野部達は七派協定を破り、四国を主とした怪異魑魅魍魎を甦らせ。賊軍として日本の革醒者組織(黄泉ヶ辻以外)に中指を立てた。 最終的には、記憶にも新しいと思うが……賊軍の頭であった裏野部一二三は箱舟の精鋭に破れ、彼の消滅と共に賊軍組織は壊滅の一途を辿った。 だがしかしだ。 「で、ナァニするよこれから」 今もなお、賊軍は存在する。あの戦いの混乱の渦の中、逃げ延びた者達はまだ日本の何処かで息を潜めているのだ。 「ンー、そうだなぁ。やっぱり金が無いから銀行強盗か? ほら、爆弾あったじゃん?」 「あー、あったあった。アレ持ってんべ、使える使える」 宵咲 氷璃(BNE002401)は金色の包装紙に包まれたチョコレートを剥いて、口へと運んだ。 『時刻は夜中。ATMを狙った強盗的犯行ですが……最悪、其の場に居合わせた一般人は容赦無く殺されるかと思うので』 「杏理。其の近辺の人避けを、適当な小規模リベリスタ組織に依頼しなさいな。あとは……そうね、時村家にものを言わせて警察を操るとかでも良いわ」 『は、はい。完了しておりますよ』 「そう、良い子ね」 氷璃は限りなく赤色に近い茶色の。そんな澄んだ液体の入った紅茶カップに手を伸ばした。 一二三の大将はもういないけど。 お気に入りにラジヲ(ナンバー)ももう聞こえないけど。まだまだ裏野部だ。だから最後まで裏野部らしく好きにやらせて貰う。 出掛け残間、男は腕を薙ぎ払い薄笑いを浮かべた女の首を弾き飛ばした。 「さ。行こうか。俺等が俺等である証明をしに―――」 其処で、玄関の方から「ただいま!!」と、子供の声が響いた。数秒後には、摘まれる小さな命の声が。 そして、夜。 「で、集まった面子がなぁ。裏で引く糸が見えるんけど……」 「ええ、勿論よ。だって、あのね、マリアが此のメンバーで集めるように杏理にいったのよ!」 依代 椿(BNE000728)の言葉に、キャッキャと金切り声で反応したマリア・ベルーシュ(nBNE000608)。 「やっぱりなぁ……まあマリア。あんまり無茶したらあかんで」 「ヤダ」 「あかんで」 「ヤダッ」 椿は此れ以上言っても無駄だろうと、実際は痛くは無いが痛む頭を抑えた。 次に椿が見たのは無残にも崩れた銀行の建物。何をすればこうなるのか、お得意の爆弾でも使ったのか。 周囲は警察やら、パトカーやらが列を成す。此れ以上は立ち入り禁止だと、警官の男がリベリスタ達の行く手を塞いだが。黒服の男が警官に耳打ちをした刹那、頭を下げて道を通してくれた。 黒服の男は地元のリベリスタ組織である。警察にもコネがあるようで、爆発物があると、警察を上手く使い周囲の一般人の避難は完了しているという。 だが本来の事情を知らない警官は奇異の目でリベリスタ達を見ていた。其れを隠すように黒服の男は立ち位置を変え。 「事情は聞いております。お急ぎください、賊が次の場所に手をつける前に」 リベリスタはリベリスタらしく。此の世の悪芽を摘むのである。 さあ、急ごう。次の爆発が、起きる其の前に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月09日(水)04:04 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 6人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 『クレイジーマリア』マリア・ベルーシュ(nBNE000608)は正直言って、箱舟の問題児だ。 三高平の中の事を『檻』と言い、三高平の外を『お外』と言う。殺し合いの事を『遊び』と言い、彼女の年頃が行う遊びは度の過ぎた悪戯と化す。 油断すれば、裏切りも有り得る彼女の存在は、本来ならば彼女が言う檻から気軽に出す訳にはいかないのだが……今回は保護者も同伴なので良しとするとかなんとか。 「おっそと! お外で遊んむきゅぅっ」 「しーっ、マリアさん此れ奇襲やからな!?」 金切声で歌うマリアの口に、『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)の両手が後ろから回されて閉じさせた。 賊、残党が居るのは少し先。 賊軍というゴミ掃除が終わったかと思えば、今は其の後始末を強いられている。彼等は力はあるかもしれないが、頭が良いとは到底言えない存在だ。 ゴミは何処までいってもゴミであると、似たような事を考えながら『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)と『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の視線がぶつかる。似た思考をするから好的趣味も似ているというのだろうか。2人はマリアの中ではでかい存在だ、此の場にいる他もそうではあるのだが。 「さァて、作戦の見直しだ。まずは伊織っつー冴えないデュランダルからぶっ潰す」 「其の次は悠那久を血祭にするわ。まあ……私は、全員を全員巻き込むから関係無いけれど」 不器用な笑みを浮かべた瀬恋と。丁度、月明りが氷璃を照らし神秘的な3対の羽を広げた氷璃。 其の二人の間に挟まれて、『現の月』風宮 悠月(BNE001450)はこくんと首を振った。 相談してきた内容は全て、此の頭に入っている。マリアは知らないが。 「それじゃあ、行くか」 『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)は得物をアクセスファンタズムから取り出した。柄から切っ先まで曇りの一つも無い刃を。 「牧野ちゃんからの依頼は刺激的でいいね☆ 俺様ちゃん、頑張っちゃう!」 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)も所々、血で錆びついた鋏を其の手に握った。 賊の動きは、爆弾でも仕掛けているか。固まって何かをしている風には見える。 そしてその時、リベリスタ全員が一斉に駆けだした、敵がいる場所へと。 会えば勿論、逃走を企てる賊である。 「どこへ行くつもりだ? 帰らずにオレ達と遊んでいけよ。それとも、えらい人が後ろにいないと一人で遊ぶこともできないか?」 風斗の声が、やたらと大きな音で賊の耳に吸い込まれていった。 もうあの一二三はいない。だが、俺達は裏野部だ。尻尾を巻いて逃げるのは、裏野部一二三は許さない。 牙のある獣は、尻尾を向けない。 しかし相対する彼等は脳ある鷹であったのかもしれない。 ● 爆発音が響いた。 「容赦無しかい!!」 椿は吼えた。 マリアと四国旅行! なんて浮かれてみたかったものの。其れはまだ先の話である事には椿は気づいていただろうが。 悠月の頬から汗が流れた。 「そういう……」 思えば、一個前の、警察が居た場所での強盗は思ってみれば賊にしては大人しかったかもしれない。被害が少ない事は良いことだが、リベリスタが来た事によって賊が本気を出し、本気で建物ごと壊す勢いで戦闘を始めたのは賊に怒ればいいのか自分たちが到達してしまった事を怒ればいいのか。 「裏野部は裏野部という事ですか」 「いや、どう考えても裏野部が悪いわ!!」 「あったりめーだろーが」 椿の隣を並走する瀬恋の眉間にシワが寄る。 「マリア、今日の敵は遠慮なくぶち殺していいやつだ」 此の世に生まれてきた事、賊として在る事を後悔させる程の恐怖を奴等に。アクセスファンタズムを介し、瀬恋の背を見ていたマリアがこくんと頷いた。 「マリア。もう一度、貴女の技を視せて貰えるかしら?」 氷璃も言う。そしてまたマリアはこくんと頷いた。 「そぉんなにマリアに期待してくれちゃってるの? 仕方ないわねえ、本当に仕方ないわねえ!! マリアがいないと皆なーんもできないんだから!!」 背中を踏ん反り、鼻高々にするマリアが此れ以上に無い程口を大きく開けて笑った。 刹那、瀬恋は振り返り、其処に落ちてた標識を掴んで投げてマリアの隣を剛速球で標識が通過していく。 「いいから早くやれ」 「……仕方ないわねぇ」 マリアを巻き込み、彼女の肌色に魔法陣が浸食していく。美しくも呪いを施す其の技――堕天落とし。 黒き閃光が椿や瀬恋、悠月たる前衛の合間を縫って飛んでいく。狙われたのは賊が固まっている其の一点集中。 しかし、刹那。攻撃を交換するかのように、爆発音が再び響いた。建築物の壁が瓦礫として崩れ、アスファルトは木端に砕けてはリベリスタの肌を傷着ける刃に成った。 伊織、悠那久、と順序に討伐していくリベリスタの手際は良かった。だが、しかし、裏野部製の爆弾は中に釘が仕込まれ、少々殺傷能力に長けていたか。 特に氷璃の白い肌は傷が着きやすい。彼女の自慢の服は至る場所が切れ、彼女の肌色を露出させていく。咄嗟に椿が彼女の前に出て庇おうとするが、氷璃は「まだ大丈夫よ」と椿の背中を退かした。なんと言っても、前に立たれてしまえばよく敵が見えないのが本音であったかもしれないが。 「随分と用意がいいじゃない。『脳無し』にしては」 「ハッ、アークの『眼』が良いのは今に始まった事ではねーだろ?」 氷璃は爆弾が起きる前に、賊軍に乱戦を起こさせ爆発に巻き込ませる心算ではあったのだが、後衛位置からでは少々遠かったのは誤算であった。 悠月は思う。 彼等の様な者は此の世から一掃しなければ終わらないと。 だが其れが途方も無く先の話であり、夢物語風味であることも理解していた。だからこれは其の夢への一歩なのかもしれない。 「一気に、畳みかけます」 「悠月、かましちゃっていいわよ。マリア、サポートしてあげやがるから」 「日本語がちょっとおかしいですが、素直に言えない事は理解できました」 悠月の貼る防御の魔術は爆発を無とする。故に、ほぼ悠月は無傷で健在していた。 再び舞い上がった、マリアの閃光。其れに乗せて悠月は魔術師らしかぬ立ち位置に走った。前衛、恐くないのだ、敵の攻撃というものが。 其の手に呪いを乗せた。 其の手に破壊の権化を纏わせた。 ソウルクラッシュ――振動するような音を出した指先が、荻原へと伸ばされる。 荻原の第六感が、ヤバイと鼓動する。だが彼こそ避けるに長けていた、たけていた―――はず、なのだが? 「……は?」 掠った、掠ったのだ。 「はァ?」 たった掠っただけで。 「ハアア!!?」 左腕が吹き飛び、血が噴き出す。悠月の顔が、真っ赤に染まった。舐めた鮮血は、お世辞にも美味しいとは言えない。 爆発の煙が少々マシになり、視界が回復した頃。一筋の風が吹いた。其れが煙を全て持っていき、葬識の姿が見えた時であった。 「ベルーシュちゃん! 見てみて、こんなに武具作ってみた☆」 現れた葬識の周囲、影があらゆる武具として形成し彼を護るか如く、360度が武器庫に成っていた。 「それ何に使うの?」 「鋏以外の武器は、投げる用かな☆」←暗黒 手当たり次第。武器の柄を掴んでは投げ、掴んでは投げ。無茶苦茶な!と思ったのは、狙われていた賊。特に荻原であったか。 しかし投げられた武器は荻原は逆に剣で払っては打ち落としていく。だが、それだけで終わる葬識では無かった。 「可愛い子がさ、全滅ってオーダーしてきたからさ」 空から落ちてくる質量を持った影の武具を払っていた荻原の背後から声がした。葬識の、声が。 「其のオーダー、裏切る訳にはいかないんだよね☆」 唯一投げられていない武具、彼が愛着を魅せ好んで使う逸脱者ノススメ――つまり、巨大な鋏が口を開いて待っていた。 「頼む、やめてくれ」 ツー……と、首の後ろから伸ばされた鋏の口が、完全に荻原の首の右と左に食い込んでいるのは荻原自身が一番良く解っていた。更に追撃と、今は風斗の剣の切っ先が喉仏を抑え、椿の出した鎖が彼の身体を捕えて逃げ場がない。 悪意に満ちた殺意というものを裏野部かつ賊である荻原はよく知っていた。だが、天性よりの殺意を持った、そう、子供が無邪気に遊ぶ程に純粋さを持った殺意はまだ味わった事の無い恐怖しか無く。 「俺様ちゃん本日一人目! という訳で、ひーとつ☆」 パチン、と音が鳴ればごろりと荻原であった物体が倒れた。 ● 椿の鎖が美袋の身体を掠める。けして椿の命中が足りないとは言わない、だが美袋の回避も伊達では無かった。 しかし椿も意地を見せた。娘が見てる戦闘だ――こんな場所で、一番最初に倒れる訳にはいかないのだ。比較的回避が乏しかった椿の身体は傷ついている。荒い息が体力の低下を示し、そして足も重い。 だから考えた。瞳を閉じた。眼で追えないなら、感じるしか無い。 紅椿、13代目。依代椿の名も伊達では無いという事か。 ふわり、感じたのはグラスフォックが時を凍らせる其の空気の温度変化。此処だと言う時に、身体を少し右へ移動させる。 「死ね」 「死ねるかァ!」 並み以上の速度で繰り出された刃で服は斬れたものの、美袋の攻撃をギリギリの場所で避けた椿。 「それでこそ、組長だ。千葉を収め「瀬恋さんあんま盛り上げんといて!!」 「ハイハイ」 美袋の背後に回り込んだ瀬恋のガントレットが裏拳如く振り回されたのだが、美袋は体勢を低くして回避。 「避けてんじゃねえ!」 「避けンだろう普通!」 一瞬、瀬恋の声が怒り混じりに響いた直後。 「どうしてくれるの? 服は弁償してくれるの?」 爆発で千切れかかった服の埃を払う氷璃。美袋――爆弾を持った、恐らく賊の集まりの中でも比較的頭は良い方か。 「全部、服の中身まで綺麗に切刻んでやるよ」 「……馬鹿ね。あぁ、会話を試みてみたけれどやっぱり損しか無いわね」 禁断の果実には触れてはいけない事を賊は知らない。氷璃の水色の瞳が、絶対零度より冷たく成っていく。 「そっちの3人は任せるわね。マリア」 「はぁーい。お姉様が狙ってるのも遊んじゃ駄目?」 「駄目よ。あれは私が人形にして遊ぶわ」 少しだけ頬が膨れたマリアの頭を撫でた氷璃。やさしさを見せたのは恐らく其の一瞬であっただろう。刹那、切り替えた――まるで別人、二重人格、二面性と思える程に『マリアのお姉様』から『運命狂』に変貌したのだ。 夜空を切り取った様な、閉じた傘。其の頂点の先を美袋と榛名に合わせた。いくら回避型といえど、石化の恩恵がある今、攻撃が直撃しないとは断じて言えない。 「裏野部なら裏野部らしく滅びなさい」 氷璃の小鳥が囀るような声が、今だけ低く圧力を以て放たれる。 氷璃の足下から鎖が舞い上がった。其れは、赤色にして葬送を司るものだ。最早、此れで何人の命を奪ったかも数える事を忘れただろう。 美袋の横腹の右と左から鎖が貫通して入って出てきた。瞬時に鎖を切り取った美袋はまだ良い方だ。 叫び声が上がったが、途中で声さえ出す事を封じられたのは榛名。身体全身に鎖が巻き込み、そして氷璃の開いていた右手の平が閉じていくのに呼応して鎖も榛名を絞め潰している事であろう。 「マリア。今日はゴミの分別を教えてあげるわ」 そして閉じた、氷璃の拳。彼女の先に存在した鎖の塊の奥から、血飛沫鮮血が吹き上がった。 「あら? 感情探査させる前に手が滑ったわ」 「キャハハハハハ!!」 うっかり、という風に命を潰した手を困ったように頬へと置いた氷璃。其の後ろでマリアは手を叩いて喜んでいた。 振り向いた、葬識もにっこり笑う。 「ベルーシュちゃん、どう? 楽しい?」 「うれC! たのC! 命の収穫祭よ!」 「俺様ちゃんスーパーハッピー☆」 「マリアもHAPPY! ウルトラハッピー!」 「一緒にハッピー☆」 「CONGRATULATION、かましちゃいましょ!」 「どっかーんしよう!」 「そうしましょ!」 「どうしたの楠神ちゃん?」 風斗が頭を押さえた。 「お、おれれ、おれさまちゃん……? 黄泉ヶ辻京介殺殺す」 「今、目の前のは裏野部ですよ」 悠月はそれだけ言って、風斗の肩をポンと叩いた。 そんなこんなで真面目に瀬恋は戦う。一命を取り留めた榛名の正面、瀬恋は拳を振り上げていた。だが彼女の攻撃は掠って終わる、代わりに。 強い力を込めて口を開かない風斗の、剣が榛名を後方から狙っていた。 多くの命を無残にも刈り取って来た賊に対し、年齢相応の正義感を持った風斗が何も思わない事は無いであろう。此処で一人残さず殺そうと足を運んだ事には意味があっただろう。 身近な人を護ろうと足掻く風斗ではあるが、今は、今だけは顔も知らない名前も知らない、只、裏野部に殺された人の為に剣を振ろうと思った。 リミットを解除しろ、最大火力。否――限界を、超えろ。 人を殺す罪悪感は目の前のフィクサードに対してだけは、感じなかった。恐らく、彼等を此の世から消す事は正しいのだと信じて。 風斗の剣は榛名の背から入り、胸に付き出た。 突然の痛みに顔だけ振り返った榛名の瞳に、悟ったような覚悟が決まった様な表情をした風斗を映す。 「どこ見てんだ?」 其処で響いた、瀬恋の声。先は掠りで終わらせたが、其処でハイオワリ!ってさせる事はできない。 飛び出た風斗の、抜き身の刃をガントレットで握った。勿論刃の切れ味は良い、だから瀬恋の掌もそれなりに血を流した。だが、彼女に今、痛みというものは感じていないのだろう。 「いいか? 此れが、痛みだ」 腕に力を入れ、胸に突き出た刃を下へと降ろさせた。風斗も勿論、瀬恋の行動にはびびったが、同じように力を込めて榛名の胸から股間までを一刀両断。生死なんて確認しなくても良いだろう。 ● 残るは宮野木、友重、田荘だ。完全に相手の打線は崩れている。 此方の後衛にまで攻撃を行って来る余裕は消えていたし、逃げる術を探し始めている素振りさえ見える。 リベリスタはフィクサードに揺さぶりをかけて、仲間割れを目論んでもいたが。ぶっちゃけそんな事する暇が無かったと言うか、その前にフィクサードがばったばたと死んでしまったからできなかったというか。 此処で悠月は後方に戻っていた。多少とは言え後衛にも攻撃は飛ぶ、氷璃もそうだが、ぜえぜえと荒い息を立てるのはマリアが一番煩かった。 「大丈夫ですか? ベル」 「大丈夫だったらもっと笑ってるわよぅ」 「終らせます、ベルの為に」 「え……えっ」 此れ以上、彼女が傷つけば恐らくフェイトの回復を得てしまうであろう。それはさせられない、悠月の中の母性が疼く。 「『Malleus stella』――魔星の天墜にて滅びなさい、天に弓引きし賊徒共」 だがしかし、マリアの為と戦うのは何も悠月だけでは無い。 「あーあ、知らねーぞ」 瀬恋は見ないフリをした。 此の場の殆どはそうであるのだが、マリアが攻撃された事に一番腹を立てたのは。 「アンタらァ……」 上記5文字を要約すれば消えて無くなれ。椿は体中から赤黒い鎖をじゃらじゃらと流した。 そして周囲の空気が一瞬にして変わった。 オイオイ、この圧倒的状況でまだそんな『奥の手』『切り札』『最終兵器』を持ち出してくる箱舟って一体。 何より悠月には手綱の無い狂犬を野放しにする心算なんて髪の毛程にも無いのだ。 何より椿は大事な娘を傷つけられて黙る程できた親ではなかった。 「アンタらぁ、ええ加減にぃ、せぇよ……?」 にこ、と笑った椿の笑顔は。つまりどういう事かというとグレイプニル解放。 爆発は起きる。悠月の星々が貫く、敵という敵を。 其処で走ったのは風斗だ。まただ。またであった。風斗は躊躇わなかった、斬る事を。 戦いに、殺す事に慣れてしまっている訳では無いのだと否定を繰り返しながら、風斗は、せめてマリアの其れを気づかれないように道化と化した。 きっと彼女は殺す事に慣れた風斗であっても遊んでと言って来るのであろうが。 彼の切っ先が友重に届く。マグメである彼だ、ルンシは完璧に貼っている。だからこそ葬識のブレイクが直前に行われて連携が取れていた。 頭の上から、股まで。何も抵抗無く風斗の剣は此れを断つ。叫び声さえあげさせる暇を魅せぬまま。 「さあ、あと……一人ですが」 悠月の目線が遠くを見た。 「――逃げましたか」 追いますか? 追いませんか? 結局。 賊は滅びる運命なのかもしれない。 根の国の制圧に人手が足りないから早く死ねと幻聴が聞こえた気がする。 「裏野部のー残党のー残党がーさらに残党?」 「ひ」 「アークってこわいっしょー? 裏野部よりもっともっと凶暴だもん。殺人鬼に魔王、十三代目までいる!」 「来るな」 「知ってる? 首輪ついてるくらいが丁度いいんだよ。狩りの獲物になることないんだもん!」 葬識は、壁に追い詰められた田荘が流す汗を嫌そうに見つめた。 そういう田荘の目の前、7人の、7人……の。 其の汗が、地面が落ちるより前に。 「そういう事で、因果応報。オーケーだマリア。暴れろ」 「え、此の戦力でマリア必要?」 瀬恋の言葉が引き金と成り、7人分の攻撃を一斉に受けた田荘のみ。まともな死体として回収される事は無かった。 「ベル、お前は今、幸せか? 周りに好きな人たちはいるか?」 「居るわよ、今そこらじゅうにいるわよ!」 「そうか……」 風斗の、血に塗れた手をマリアはなんにも嫌な顔せずに握った。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|