●誰ぞの手記 梔子はまだ咲かない。まぁるい実だってとっくの昔に落ちてしまった。 何時からか、望んでいた気がする。 あの時、あの時に失敗してなかったら――と。 幸福だった時に戻れるならばそうしたと誰だって言うだろう。 あの人が居ればと、想い出に浸る事だって誰だってしただろう。 梔子が咲く頃に、自分は途轍もなく莫迦だったのだと思い知る。 嗚呼、戻れないのに―― 戻りたい、と思ってしまったのはきっと何時か、あの人が居なくなった未来があると夢に見てしまったからだろうか。 ● 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)がモニターに映し出した廃墟はシン、と静まり返っていた。 「こちら、アーティファクトの謂わぬ色。これを壊してくることが今回の私からのお願いよ」 単刀直入に言った世恋の言葉にリベリスタ達は首を捻る。 人気のない廃墟に茫と浮いているアーティファクトは如何見たって無防備だ。わざわざ数人で出向かずとも、直ぐにでも破壊することが出来そうなのだが―― 「夢を見せるわ。よくあるアーティファクトではあるけれど。 これは幸せな夢や望む未来を見せてくれるの。……本当の意味で『ユメのよう』ね? 近付けばそのユメに引き込まれる。そこから抜け出さないとこのアーティファクトに触れる事は出来ないわ」 だからこそ、難しいのと世恋は真っ直ぐにリベリスタを見詰めた。 「謂はぬ色は掛け言葉。梔子色――クチナシが語源だと言われているわね。 謂わぬが一番の事だってあるわ。けれど、それを夢で見せるだなんて厭らしい」 望んでいた幸福を、無くなってしまった未来を嘆く事は誰しもある。 それを口に出さないでいても、このアーティファクトは見せつけるのだと言う。 「皆には大事な人はいる? それとも、いた? リベリスタとなった切欠をくれた人、家族、恋人、それに友達や仲間……沢山居ると思うわ。 皆には来て欲しかった未来はある? 大切な人と居る未来、一般人として生きる未来……沢山、あると思う。 このアーティファクトから抜け出す条件は一つ。その相手を、望む未来を壊す事。 生半可な気持ちでは壊す事は出来ない。心の底から、決意を固めて行かなくっちゃいけない。 壊さないと誰かが犠牲になる。壊すとしても、私達の心が――……嗚呼、なんて面倒な代物!」 吐き出す様に言った世恋は一つ、瞬いて、何時も通りに息を吐いた。 「――さあ、悪い夢なら醒まして頂戴?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月31日(月)22:21 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 伽藍とした廃墟は鬱蒼とした雰囲気を湛えている。 崩れた瓦礫がこの場所には人が存在して居ないと言う事を十分に思い知らせた。 両親への御祈りを済ませた『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)の丸い瞳が見つめたのはその中央に存在する『謂わぬ色』というアーティファクトだった。 謂わぬ色、くちなし――梔子か。なんとも可笑しな掛け言葉。薄ぼんやりした黄色の近くに足を踏み入れた時、『ぐにゃり』と視界が歪んだ。 ● ころり、と手の内に転がった硝子玉を指先で弾きながら『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は詰まらなさそうに指先でそれを弄ぶ。 (――嗚呼、全く……) なんて、と続く言葉は幼き日の自分が見たかった未来(ゆめ)の内に存在しているからだろうか。 運命狂は強い女だ。皮肉を口にし、運命に抗いながらも『運命』を酷く愛して居る一人の魔女。 「――? どうしたの?」 掛けられた声に、忘れてしまった名前に氷璃は瞬いて首を振る。目の前に居る『姉』は楽しげに硝子玉をもう一つ氷璃へと渡した。 楽しげに遊ぶ姉たちの姿。幼かった時に望んでいた未来は今の氷璃にとって掛け替えがないものであると共に『無様』な未来だった。 ――平穏無事に。 なんて、永きを生きた彼女にとっては有り得もしない儚いモノ。嗚呼、なんて、なんて、夢だ。 強くなんてなかった。弱さを隠す為に目を伏せてしたり顔。何だって判ってるフリで掌の上で転がした。 傷つく事が怖くて目隠ししていたのに――まざまざと見せつけるだなんて、何て、性質の悪い。 「今日も『エディル姉様』はお外?」 「姉様は『世界を護る』ために戦ってるの」 同じ狂気が生み出した大事な『姉妹』達は噂話をするように囁き合っている。 凄いね、凄いね。姉様は凄いね。 自分たちは救われた。軍内部のリベリスタ達はその年長の姉妹達と共に今日も世界を護っているのだろうか。 感じたのは高揚感と憧憬。年少の姉妹達は何時だって明るい陽が射しこむ静かな場所で噂話をして過ごしている。 「いつか私達も世界を護りましょう」 「貴女達は今は学びなさい。そうすればエディルの様に強くなれる」 ほんと? と姉妹のうちの誰かが聞いた。軍を退役した仲間である彼等は大きな掌で姉妹の頭を撫でる。 指先から零れる金糸がお日様の光りに照らされて『きれいだ』と月並みに思ったものだ。 そう、何時かは彼や、年長の姉妹達の様に強く逞しく、彼女たちと共に戦えるようになるのだと―― (莫迦みたい、) 呆れる位に綺麗な言葉。 『正義』という、空虚な言葉。 ころり、と転がった硝子玉が机の端から零れていく。頬を掠めた赤に氷璃は瞬いた。 人形の様に転がったモノを氷璃は『人間』と呼べるのかと疑った。 中心に存在するエディルは何も答えない。姉妹の長女、頼るべき彼女の掌で鈍色が煌めいた。 「何故、」 落ちる雫に、フラッシュバックした。 「ねえ、――!」 起きて、と揺さぶる掌に瞬いて氷璃は目を擦る。 幻想の中の姉の答えは知る事は無い。知りえない情報は、幻想の中でも繰り返されないのだから。 「――ったら、聞いてる?」 楽しげに話す姉妹達。微笑ましいソレは望んでいた日常か。 氷璃が転寝をしようと目を伏せる。眼窩に映り込んだのは先程の『悪夢』。 「――……?」 両手に握りしめていたのは普段の日傘ではない。ケーキを切り分ける為に用意されていたナイフ。 零れ落ちた刃に目の前の『姉妹』が震えた声を絞り出す。 『何故、殺したの? お姉様』 『さあ、何故でしょうね、――』 名を呼ばれた時に走った悪寒が、未だに背に残っている様だった。 掲げている正義は余りにも幼い。皆揃ってだなんて夢物語。独善的な児戯は飽き飽きだ。 小さな箱庭は、檻はもう壊れてしまった。 嘗て、長姉がしたように。 嘗て、甘ったれた正義を打ち砕く様に。 世界を護る事が『私』の全て、その為ならば如何なる犠牲も厭わない。 宵咲氷璃になるまでの、『私』の心が壊れていく。ぬるりと指先に触れた赤が、鼻についた臭いが。 自分自身の心を砕いても――私は『家族』の分まで世界を護ると決めたのだから。 「Au revoir,私の大切な人達」 ● ――さよなら、なんて。 ピアノの旋律は何時だって綺麗で、幼い『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)はもう空で言えるようになった父親の蘊蓄を耳に目を伏せる。 父と姉と、何時も訪れるコンサートホールのロビーは公演が終わったにも関わらず未だ観客たちの熱気に溢れている。 「光介、あの時の指揮者の腕といったら」 「もう、父さんったら!」 快活な姉は父親の蘊蓄を聞きながらからからと笑い声を立てていた。 襟を正してくれながら姉はこっそりと「父さん置いて帰っちゃおうか!」と小さく耳打ち。 酷い、と思わず笑えば姉さんもつられて笑う。 ――それが、僕の愛しい夜。最後になった、夜。 (……壊せられない、抜けられる筈が……) ここを抜けたら『日常』は失われる。両腕に残る感触が、瞼に焼けついた景色が、現実を思い出させる。 意思の力だけでこの場所を抜けだせる訳ない。 震える掌にそっと力を込める。 「光介、疲れちゃった?」 お手洗いに行ってくると姉に言えば茶化す様に「急いで!」と囃したてる。 ホールの熱気と違って人気のないトイレは静かなものだった。冷え切った鏡に映る自分の顔の幼さが心との妙なアンバランスさを醸し出している。 耳に残るブレーキ音。目の前の黒い塊。泣きながら喚いた。何も思えず呆けた。込み上げたのは涙でなく。 「ッ――」 逆流する異物に思わず洗面台へと伏した。咽喉に残る違和感に何度も嘔吐く。 抗う糸口は『コレ』だった。手を伸ばす。体に残された『違和感』を掴んで、離さないように。 (ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい) あの時、帰ろうと手を差し出さなかったら。 あの時、もっと父さんの話を聞こうと姉さんを止めたら。 「痛い、なぁ……」 『罪』は何時だって刻まれていた。心は想い出の中に居たかった。此処から先の『未来』を見たかった。 体は、心よりも正直で。そんな事は許されないと告げている。 込み上げた罪の証こそが自分なのだから、『今』の光介なのだから。 「贖罪を以って、」 ぐらつく心に、突き動かされる自分を自覚して、ゆっくりと、扉を押した。 如何してだろうか、先程は何ら重みも感じなかった筈の扉が、今はとても重たい。 「ねぇ、光介、疲れちゃった。帰ろう?」 そう、これは『あの夜』なんだ。最後の夜を、もう一度、『最期』にかえればいい。 ただ、それだけなのだから。 ここからの未来を予測しよう。 帰ろうと伸ばした腕を取った姉さんが父さんの腕を引っ張って帰路につく。 ボクらはこのまま正しく『事故』にあう。僕が覚醒して、二人が焼け焦げる悪夢の世界。 「疲れたよねぇ、……あれ? 光介? なんで、」 泣いてるのと紡がれただろう言葉を振り払う。 大丈夫、泣いてる意味はきっと今すぐ判るから。 こんにちは、現実。 さよなら、未来。 クラクション、まばゆい光、それから―― ● ――欲しかったのは、 掌に抱いていたのは小さなぬいぐるみだった様な気がする。 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)の小さな手が握りしめたのは大きな父親の掌。 「結唯、ちゃんといい子にしてるんだぞ」 「何言ってるの、結唯は良い子よ」 父や母、家族がいるのは当たり前だったし、いなくなるなんて思った事は無かった。 自分にとっての家族は何て事のない得た『財宝』だったのだから。 結唯と呼んでくれる声の優しさを思い出すたびに結唯の心は締めつけられるようだった。 両の手を血に濡らしたって、様々な思考を重ねたって遠野結唯は『過去』に戻れやしなかった。 「結唯はどんな大人になりたい?」 「えーと、」 家族と共に生きて、泣いて、笑って、時には喧嘩する。 そんな『当たり前』が欲しかった。当たり前で、幸せな毎日がある筈だった。 ――否、『あった』のだ。手にしていた筈の宝物は何時の間にか砂の様に零れていったのだから。 「結唯はどんな人と結婚するのかしら」 「付き合ってる人だと連れて来られたらショックかもしれないなあ」 「まあ、お父さんったら、結唯だっていつははきっと――」 冗談めかして言う父に結唯は曖昧な笑顔を浮かべて見せる。 きっと、そんな未来だって当たり前。一人の人と手を取って、子供を産み、子も孫を連れてくる。 続いていく人間の輪廻は在り来たりでありながら掛け替えのない幸せをくれたことだろう。 心を裂く様な出来ごとだって『当たり前』にあった。 両親が死に泣きながら葬儀に参列し、墓参りを行う。そんな在り来たりな日常は自分が持っている筈のものだった。 そう、なんてことない日々は幸福で、誰でも持っているもので、今の『遠野結唯』にはないものだった。 「――バケモノ! お、お前は俺の娘なんかじゃない……!」 得た牙の鋭さに戦慄を覚えた。怯える両親の腹を刺した自分の指先を覚えている。 バケモノ、バケモノ、バケモノ―― 何度だって罵られた。 自分は両親を殺した。怖くなってか、逃避だったのだろうか。 自分の手で殺した時、自分は確かに彼の言う『化け物』になったのだから―― 「バ、バケモノッ、結唯を返せっ、俺の娘を……結唯を……ッ」 「……、」 私だと、言えなかった。 殺す意味を見出して居なかった自分にとって無意味な殺生になってしまっていたからだ。 彼等は殺さなくてはいけない。自分は、化け物でなければいけないのだから。 やらなければならないとナイフの切っ先を向けた時、母の表情が変わる。 「結唯……?」 己を腹を痛めて産んでくれた母。化け物だと怯えながらも、殺される恐怖を得ながらも真摯な瞳を向ける母。 生きたくとも生きれない者が狂う前に殺し、非常識で強欲な生の希望を喰らい尽くす。 その為に戦わなければならない――立ち止まる事なんて出来ない。許されないのだから、ここで止まる訳には……。 「母さんの、結唯は――?」 ● ――愛情は、たった一つのイレモノだったはずなのに。 記憶の中にあるのは優しい想い出ばかりだった。手を取って、微笑んでくれる彼。 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)がこのアーティファクトを聞いた時に迷わず浮かんだのは『彼』だっただろう。 「え……違う、貴方は――……」 瞬き、リリの目の前に立っていた青年。緑色の瞳を細めて「こんにちは」と言った『夢の人』。 街はざわめき、混雑は自分たちを隠してくれる。逸れない様にと握りしめた手が小さく震える。 「あ、あれ、食べませんか?」 「いいですよ? 好きなんですか、クレープ」 くす、と笑みを漏らすリリに彼は悩ましげに二種類をセレクト。分け合えばどちらも食べれると可笑しそうに笑うリリに彼も小さく笑った。 雑貨小物や洋服、様々なものを見ながら、ちらりと視線を送る。 多くの時を共に過ごした。思えば――学園祭や、バレンタインといった行事も――想い出は増え続け、多くの死線だって共に乗り越えた。 気付いたら一番近くで勇気をくれた人が彼になっていたのだろう。 「どうかしましたか?」 「いいえ……」 だから―― 多くの人に慕われている貴方だから。この夢(じかん)だけは、私とだけ。 私だけを、見て―― ふる、と首を振ったリリは何でもないですよと彼の隣へと駆け寄った。 きっと、気付かないままが幸せだった。気付いてしまった途端、猛烈に心が締めつけられたのだ。 そうか――私は、また、恋をしたのですね。 嘘を吐く事には慣れてしまっていたのかもしれない。心に仮面を付けて、自分の心にそっぽを向いていた。 想い出の人が最期の人だからと何度も何度も言い聞かせる様に。 恋心は彼が最期の筈だった。神様に誓った一つの想い。これ以上は抱く事が出来ないだろう、気持ち。 それでも、この場所に彼が居ると言う事は、もう嘘は付けないから。 嘘を、吐いては、いけないから。 虚ろな黒い瞳が頭に浮かぶ。嗚呼、敵わない――叶いそうに、ない。 「敵わない、ですね」 「リリさん?」 ぎゅ、と手を握りしめてくれる彼にふるりと首を振る。握りしめた指先を話す。 点滅する交差点の向こうと此方側。歩みを止めたリリに進みきった彼は心配そうにリリを見ている。 「夢って、素敵ですね。 留まって居ては今の幸せにも、手を差し伸べてくれる人にも気付かない。それはとても悲しいとは思いませんか? 優しい過去から、不確かな未来を見据える勇気をくれたのは貴方でした。だから、貴方が私を夢に閉じ込める訳なんて、ない」 「何言ってるんですか、リリさん」 現実ですよと言う様に彼は笑う。緑の瞳が、白髪が風に揺れる。 夢は、想い出は、前に進む為の力なのだから。目覚めたら涙を掬って幸せだと感じよう。 一度は永遠を誓った身であるのに、こんなにも優しい気持ちを抱けるなんて――神様はずるい。 赤に変わった信号に目を遣りながら、震える手で十戒を握りしめて、リリ・シュヴァイヤーは笑った。 「ひと時の優しい夢に、感謝を。一時の私の様に、動けなくなる人を増やさぬ様―― 貴方は貴方を必要とする方、貴方が必要とする方の所へ」 Amen、と引き金を引いた。 梔子の花言葉は何だっただろうか――嗚呼、私は、幸せです。 「多くに手を差し伸べ多くを救おうとする、そんな貴方が――好きでした」 ● ――越えなければいけなかったのだ、と。 遠くで何かが燃えているのが見え、『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)は瞬きを一つ。 首を鳴らし、乾いた風の吹き荒む荒野でコヨーテは白い歯を見せて楽しげに笑った。 「やっぱこォなるよなァ……判ってるよ、一般的な『平穏』は似合わねェし、何よりオレが、欲しいと思ってねェ……」 革命のダイアモンドに包まれた拳に力を込める。目を伏せて、目の前に立っている人間に「なァ?」としっかりと向き直った。 「終わらない闘いの日々、ソレが一番心地よくて幸せなんだって知ってるよなァ、『お兄ちゃん』」 長身に長髪。ロングコートの男はコヨーテの呼び掛けに歯を見せて可笑しそうに笑って見せる。 彼は、誰よりも敬愛し、心から『闘って殺したい』と、闘うと楽しいと思える血の繋がらない兄だった。 「会いたかったぜ。アンタ今、生きてンのか?」 「さぁな」 「……どォでもイオイや、始めンぞ。何時も見たいに、どっちかが倒れるまでなッ!」 地面を踏みしめる。拳を突き立てる様にまずひとつ。砂埃が舞い上がり、ロングコートを掠める其れが、男の手に受けとめられる。 ついで腹に向けて放たれんとする蹴りに体を反転させながらコヨーテは咄嗟に受け身を取って、足をバネの様に使い着地する。 「強い……すっげェ楽しいッ! けど、記憶の中のお兄ちゃんじゃこんなモンだ。 どォだ。今のオレは強くなったろ? でも、オレが前に進んだならお兄ちゃんだって進んだ」 今の『お兄ちゃん』の強さはコヨーテには想像つかない相手だ。 強くなったの問いに兄は応えない。想像上の兄はそれでも己が優勢だと思うのか、地面を蹴り上げた。 負けじと硬い地面を蹴り、繰り出す蹴りが兄の首目掛けて放たれる。体勢を崩す様に避けた彼の拳を受けとめて、宙で再度拳を繰り出したコヨーテはピンク色の瞳を見開きくつくつと嗤う。 「アンタはいつだって、オレの想像を越えた先に居るんだ」 「コヨーテ、喋ってる暇が――」 「あるンだよ」 兄の拳を受け止めて、赤いマフラーを揺らしたコヨーテは果敢に攻め込む。 兄だけじゃない。アークに入ってから嫌になるほどに思い知った。 世界には『強ェヤツ』が沢山居る。自分が想像できない強さで、闘っているヤツらが沢山いる。 負ける事は、嫌いだった。 負ける事は、即ち、終わりを意味するのだから。 「お兄ちゃん、今のオレは『記憶』のお兄ちゃんより強ェぜ? オレは――ここに居てらんねェ!」 もっと強くならないと、敵わない。 世界中の強敵を倒し切るには自分が強くならなくてはならない。 今の実力に――記憶の中の兄を倒す事に満足して居ては、終わってしまうから。 「ココにあンのはオレが勝てる、オレが想像できるモンしかねェ。 もっと強くなったお兄ちゃんも、その位強ェヤツもいねェ……オレが、前に進むコトなんか、出来やしねェ!」 砂埃が目に痛い。咄嗟に目を伏せた兄の隙をつく様に砂を蹴り上げてコヨーテは進む。 向こうで何か燃える色が見える。まるで自分のマフラーと同じ色。 大きく揺れたマフラーを掴まれんとするコヨーテはしゃがみこみ、兄の足を蹴り体勢を崩させる。 崩れながらも横面目掛けて振り下ろされる拳をコヨーテは受けとめて、身体を滑り込ませながら蹴り上げた。 「オレはまだまだ暴れ足りねェンだ。お前――『謂わぬ色』も、こんな世界もブチ壊して、進んでやる! オレの想像を越えた未来にな!」 ● 目を開ける。浮き上がったクリスタル、中の小さな花を目にしてそっと指先で触れた。 光介の掌で小さく音を立てて亀裂の入ったクリスタルが彼の掌で静かに輝きを失っていく。 それは誰もが言わぬ色。 口を閉ざしたまま、目を閉じたまま、耳を塞いだまま、手繰り寄せたかった想いの果て。 「Au revoir――」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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