● 十字架に捧げる祈り 病院の傍の、その小さな丘の上には、石碑が1つ建てられていた。いつ、誰が、なんのために置いた石碑なのかは分からない。表面の文字は、削れて読むことができなかったからだ。 いつの頃からか、石碑の周りには無数の十字架や千羽鶴など置かれるようになった。病院に入院している患者や、その親族が置いていくのだ。 病や怪我の回復を願い、祈りを捧げる。 石碑の周りに置かれた中に、とりわけ大きな十字架があった。大きさ1メートル弱。それは墓標のようだった。 墓標に名前は書かれていない。 遠目にも目立つその墓標が置かれて以来、この丘は「十字架の丘」と呼ばれるようになったという。 連日、祈りを捧げるために人が訪れる。 中には、病院を抜け出してきた患者や重病人の姿も見受けられる。 そんなある夜のことだ。 十字架の丘から、2体のEフォースが生まれたのは。 片方は、白い衣を纏った穏やかな顔つきの女性であった。 もう片方は、黒いコートを来て、真っ黒い仮面を付けた男だった。 姿を表すなり、黒いコートの男は、傍らの女性に向かって何かを放つ。 放たれたのは、黒く禍々しいナイフだ。ナイフが女性の瞳に突き刺さる。赤い涙を流す女性をその場に残し、男は駆け出した。 向かう先にある病院まで、僅か1キロ足らず。 それを追って、女も走り出そうとするが、目を潰されているせいで、その足取りは重たい。 不吉な男の気配を追って、彼女はよろよろと駆け出した。 ● ラッキー&アンラッキー 「女性の方が(ラッキー)で、黒いコートの男は(アンラッキー)。両者とも、回復祈願から生まれたEフォース」 ラッキーの目的は、病人の回復であり、アンラッキーの目的は病状の悪化だ。十字架の丘に祈りを捧げ、回復した者はいる。しかし、回復しないまま命を落とした者もいる。 溜め息を零し、一旦言葉を止めてから『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は話を続ける。 「今回みんなには、アンラッキーを止めてもらいたい。ただ、その為にはラッキーの協力が必要になる」 現在、アンラッキーは病院へ向けて移動中。一方のラッキーは、十字架の丘の辺りから動けないでいる。 「みんなの攻撃ではアンラッキーを消滅させることはできない。アンラッキーにトドメを刺せるのは、ラッキーだけ。逆もまた然り」 ラッキーを滅ぼせるのはアンラッキーのみ。アンラッキーを滅ぼせるのはラッキーのみ。そういう特性を持っているようだ。 倒し切れないだけで、ダメージを与えられないわけではない。 「アンラッキーの特性として、最大4体に分身できることと、障害物を避けて通る癖があることが確認されている」 どういうわけか、力づくで押しとおることを嫌っているようだ。 そのかわり、4体に分身できる能力を使い、相手の隙を付いて行動することを得意としているらしい。 「アンラッキーを病院に辿り着かせないこと。ラッキーを連れてきて、アンラッキーにトドメを刺すこと。以上が今回のミッションの主な目的よ」 そういってイヴは、仲間達を送り出す。 向かうは病院。十字架の丘だ。 濃い夜闇の紛れ、病院に忍び寄る不幸を、止めてきて欲しい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月30日(日)22:35 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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●祈りの丘で 月が出ていた。明るい月だ。 丘に突き立てられた無数の十字架を明るく照らし、地面にはそのシルエットを映しだしていた。月明りの中、地面に横たわる女性が1人。白い衣を纏い、その顔を血で赤く濡らした女性だ。彼女の名は(ラッキー)という。Eフォースと呼ばれる神秘の存在だ。 ラッキーが、地面を這い進む。 その先にあるのは、小さな病院である。 ラッキーの目は、切り裂かれていた。それをしたのは(アンラッキー)というEフォースだ。 ラッキーの傍に、2人分の人影が現れた。 「リベリスタとしてエリューションは例外無く滅するべし……ですが、今回ばかりは少々事情が異なるようですね」 『………協力してもらうぞ。言葉を解することはできるな?』 声のした方へ、ラッキーが視線を向けた。その眼には何も映らないが、そこに人がいるのは分かる。 黒髪を風に踊らせる『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)と、仮面の女性『Seraph』レディ ヘル(BNE004562)の2人だ。 ラッキーに手を差し伸べ、ゆっくりと彼女を立ち上がらせた。 ●不運は駆ける 停車したトラックの上に腰かけ『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は、溜め息を零す。 視線の先には、こちらへ向かって駆けて来る黒いコートの男の姿。Eフォース(アンラッキー)。今回のメインターゲットだ。 「余計な仕事が増えたのは不運の一つと言って良いかもしれませんね」 アンラッキーの目的は、この先にある病院の患者へ不幸をもたらすことだ。それを阻むために、諭はトラックでアンラッキーの進路を塞いだのである。 アンラッキーの持つ、障害物は避けて通る、という特性を利用したものだ。 「えーーいっ!! あったってくださいですっ!」 アンラッキーが射程に入った瞬間『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)が魔弾を放つ。牽制目的で放った魔弾は、道路の分かれ道寸前でアンラッキーの元に届いた。 魔弾が命中するその寸前、アンラッキーの身体が2つに分裂。魔弾を回避する。 そのまま2体とも、トラックの止まっていない方の道路へと駆け込んで行った。 「わたしは犬です。狩猟者を導き、獲物を追い込むのが猟犬の役目。相手がどのような願いから生じたものであろうと役割を果たすのみです」 アンラッキーの進路に待ち構えていたのは『猟犬見習い』エリカ・ファーベント(BNE004882)である。杖を片手に、アンラッキーを視界に捉えた。 エリカの全身から、無数の気糸が解き放たれる。気糸はまっすぐ、2体のアンラッキーへと襲い掛かった。アンラッキーは、互いに手を取り合い一瞬で合体、元の1体へ戻る。 それと同時。 アンラッキーの周囲に、無数のナイフが浮かぶ。オーラによって作られたナイフが、一斉にエリカ目がけ、撃ち出された。 十字架の丘から暫く進んだ位置を3人は駆けていた。もっとも手負いのラッキーを連れているせいで、そこまで移動速度は速くはない。 「急ぎましょう」 ラッキーの手を引いて、彩花は駆ける。彼女の全身は、ぼんやりと光を放っていた。 ラッキーと彩花を護衛するようにして、レディが並走する。 『アンラッキーを滅したあとどうなる?』 ハイテレパスによる念話。レディの声が脳裏に響く。言葉を発せないのは、ラッキーも同様らしく、彼女の意思だけが彩花とレディの脳裏へと伝達された。 幸運と不運は表裏一体。ましてや、ラッキーとアンラッキーは同じ想いから生まれたEフォース。片方が消えれば、もう片方もその存在を保つことはできない。 「つまり、貴女も消えてしまうということね」 彩花の問いに対する答えは無い。 無言の肯定。 不運は幸運を。 幸運は不運を。 お互いがお互いを打ち消すためだけに、ラッキーとアンラッキーはこの世に生まれた。 無数のナイフがエリカの全身を貫いた。オーラによって作られたナイフが消失し、エリカの身体から急速に血液が失われていく。 その隙に、エリカを回避し先へと進もうとするアンラッキーだが、その前に数体の影人が立ちはだかった。進路を塞がれたアンラッキーの足が止まる。 「貴方の位置は常に把握していますよ」 式符片手に、諭が追いつく。その肩にはファミリア―で支配された小鳥が止まっていた。 諭の召喚した影人を障害物と認識したのだろう。それを回避すべく、4体に分裂するアンラッキーへ、諭が重火器を突きつけた。 アンラッキーのナイフが、諭の肩を貫いた。 諭の重火器が轟音と共に弾丸を射出。アンラッキーを吹き飛ばす。 「ミミミルノ、かいふくがんばりますですっ」 遅れて到着したテテロが腕を振りあげると、周囲に淡い燐光が飛び散った。諭やエリカの受けた傷を光が癒す。 回復役のテテロを、厄介だと判断したのだろう。3体のアンラッキーが、ナイフを構えテテロへと駆け出した。障害物は避けて通る。避けられないのなら、排除して通る。 3体は同時に、大きく腕を振りあげた。 だが……。 「私の任務はアンラッキーの足止め。対象を出来る限り弱らせること」 無数の気糸が、アンラッキーの全身に巻き付き、その身を拘束する。 ギシ、と軋んだ音をたてたのはアンラッキーの骨だったろうか。エリカの放った気糸によって、テテロへの攻撃は失敗に終わった。 「さて……」 と、そう呟いて諭が重火器を掲げた。影人達も、一斉に同じ行動をとる。 その時だ。 「あうっ!?」 テテロが短い悲鳴を上げた。その背には、深くナイフが突き刺さっている。先ほど諭の弾き飛ばしたアンラッキーが、戦線に復帰してきたのだ。 その場に倒れるテテロを無視して、アンラッキーは駆ける。 拘束された3体のアンラッキーと擦れ違う瞬間、分裂していた彼らは元の1体へと戻り、気糸の拘束を抜けた。 諭が弾丸を発射するが間に合わない。 擦れ違い様に、諭とエリカを切り付け、アンラッキーはまっすぐ病院へと駆ける。 アンラッキーを病院に辿り着かせるわけにはいかない。ましてや、この場から逃がすわけにもいかない。 ラッキーを連れた彩花とレディが追いつくまで、アンラッキーをこの場に押し留めることが、彼らの役割なのだから。 「が、がおー!」 背中にナイフが刺さったままの状態で、テテロは吼える。 放たれた魔弾が、遠ざかって行くアンラッキーの背中へ命中し、その動きを一瞬だが食い止めた。それで十分だ。アンラッキーの進路へ、数体の影人が回り込む。 アンラッキーとリベリスタの戦いは、まだ終わらない。 ラッキーを連れて、彩花とレディは道路を走る。 のどかな田園風景の広がる中を、ただひたすらに。 遠くから、爆発音が響く。地面が大きく揺れるのを感じた。 ラッキーの足が止まる。光の失われたその視線は、まっすぐ音のした方へと向いている。 恐らく、諭の持つ重火器の音だろう、とレディは思う。となると、既に諭たちは、アンラッキーと交戦しているということになるだろう。 ラッキーの手を引き、再度駆け出す。もたついている暇はない。アンラッキーを倒せるのは、ラッキーのみだ。それなら、いくら諭やエリカ、テテロが奮闘したとしてもこちらの勝利は望めない、ということ。 ラッキーを現場に連れていくしかない。 暫く進むと、分かれ道に辿り着いた。音がしているのは、左の道だ。病院まで迂回するルートである。アンラッキーを、そちらの道へ誘導することに成功したようだ。 病院までの最短ルートには、トラックが停められている。 このまま最短で病院を目指すか、それともアンラッキーを追いかけるか。 暫しの瞬準の後……。 彩花とレディが歩きだすよりも早く、ラッキーは一歩、踏み出した。 アンラッキーは4体に分身して、横に並ぶ。 それを阻むのは、エリカと影人を前衛とし、その後ろに諭とテテロを配置した陣形をとるリベリスタ達だった。 影人はすでに、ほとんど残っていない。オーラのナイフに貫かれ、一度に数体纏めて消失させられたせいだ。 リベリスタ達だって、無傷ではない。体中から血を流し、いつ倒れてもおかしくない状態である。 テテロの回復があっても、相手はラッキー以外に滅ぼされることはないEフォース。半ば不死身の存在だ。体力や気力の差が出始めていた。 ぞわり、と前線に立っていたエリカの全身に鳥肌がたった。 次の瞬間、エリカの視界を埋め尽くしたのは不吉なオーラで作られた無数のナイフであった。 それらが一斉に放たれる。風を切る音が、まるで断末魔の悲鳴のようだ。 影人達が、一斉に動いた。リベリスタ達の壁になるためだ。 諭は、重火器の影にその身を隠しナイフを避ける。 「えーいっ! かいふくがんばりますですっ」 テテロが叫ぶ。眩い閃光が、エリカの全身を包み込んだ。浄化の鎧。エリカに付与されたのは、最上級の光の加護だ。 光の鎧が、ナイフの勢いを大幅に殺す。 影人に庇われた諭も、比較的軽症で一斉攻撃を切り抜けた。 だが……。 「あ、っく」 テテロの腹部に、数本のナイフが突き刺さる。ナイフが消えると同時、意識を失ったテテロがその場に倒れ伏した。テテロの流した血で、地面が赤く染まる。 1体のアンラッキーが、そんなテテロの上を飛び越えていった。それに続こうと、残る3体も動き出す。 先頭を走る1体の顔面を撃ち抜いたのは、小さな魔弾であった。 「あ、あたりましたです……」 魔弾を放ったのは、地面に倒れ伏したまま杖を掲げるテテロであった。 戦闘不能からの、フェイトを用いた戦線復帰。呆然としていたエリカと諭が同時に動きだす。 アンラッキーが次の動作に移るより速く、その全身をエリカの放った気糸が縛り付けた。 「その仮面に隠された本心、わたし達が叶える手助けをしましょう」 そう呟くエリカの隣に、諭が立つ。腕を持ち上げ、指先をアンラッキー達へと向ける。 アンラッキーから、エネルギーを奪い取っているようだ。 「不味すぎますね。不運以前に存在が辛気臭い」 嘲笑うようにそう告げて、諭は視線を背後に向けた。 自身に治療を施したテテロが、ゆっくりと立ち上がる。最初に突破されたアンラッキーの姿は見えない。 しかし、諭は知っていた。ファミリア―で支配した鳥が教えてくれていた。 彩花とレディが、ラッキーを連れてこの先に辿り着いているということを。 ●祈り 『幸福は、届き来るものではない……運命の結果をどう捉えるか……』 別れる直前に交わした諭との会話を思い出し、レディは思う。笑う門には福来る、と彼は言ったのだったか。鉄仮面を撫で、自嘲気味に吐息を零した。仮面に隠れて彼女の表情は窺えないが、その吐息は、小さな笑い声だったかもしれない。 『来たぞ……。福ではないが』 道をこちらに駆けて来るのは、黒いコートの不吉な男、アンラッキーである。 手にした剣をゆっくりと掲げ、レディはアンラッキーの到着を待ち構えるのであった。 彩花は、アンラッキーの到着に先駆け動き出した。 力強く地面を蹴って、まるで矢のような勢いで飛び出したのだ。鋼鉄のガントレットに覆われた拳が鮮烈に輝く。 放電と共に、彩花の走る速度が増した。 大きく踏み込むと同時、彩花の拳が放たれる。雷撃を伴ったその一撃は、アンラッキーの胸を打ち抜いた。 「不運も幸運も元を辿ればそれは一種の『強運』に過ぎません」 そう呟いた彩花の脇腹に、1本のナイフが突き刺さる。殴り飛ばされる寸前に、アンラッキーが放ったものだ。 空中で体を反転させ、アンラッキーが着地する。一瞬で、アンラッキーの周囲に無数のナイフが浮かび上がった。一斉に放たれたナイフの弾幕が、彩花へ襲い掛かる。 彩花は鋭く拳を振るい、ナイフを打ち消していく。 ナイフに紛れ、アンラッキーが彩花の隣を駆け抜けていった。 アンラッキーの片手には、ナイフが握られていた。アンラッキーを迎え撃つのは、レディである。まっすぐに突き出した剣から、魔弾が放たれる。 アンラッキーは、素早く体を反らして魔弾を回避。擦れ違い様に、レディの腕にナイフを突きたてようと腕を振り下ろした。 レディの腕にナイフが刺さる。 振りあげられたレディの剣が、ナイフを握ったアンラッキーの腕を切り落とした。 アンラッキーは止まらない。まっすぐ、ラッキーへと駆けていく。 否、アンラッキーの視界に映っているのはラッキーではない。その先にある、病院だ。 ラッキーは、胸の前で手を組んだ。祈りを捧げるように、その場に膝をつく。 鮮烈な輝きは、十字架を描く。空中に無数の十字架が浮かびあがった。 アンラッキーへ向けて、十字架が降り注ぐ。だが、間に合わない。アンラッキーの動きの方が早い。 しかし。 「このっ」 『……』 アンラッキーの背後から、彩花とレディが飛び出した。 血に濡れた彩花が、アンラッキーの頭を押さえつけ、地面に叩き付ける。レディの剣が、アンラッキーの足を地面に縫いつけた。 アンラッキーの背中に、十字架が突き刺さる。 瞬間、アンラッキーの姿が閃光に焼かれて掻き消えた。 一瞬だ。それと同時に、ラッキーの姿も薄くなっていく。幸運と不運は表裏一体、ということだろうか。恐らく、道中に残っているアンラッキーの分身も消えていることだろう。 『定命の者の祈りが生み出した存在ならば、その祈りもまた定命の者に奇跡を起こすか』 興味なさげに、そう告げて。 レディは、その場から飛び去って行った。それを見送り、彩花は元来た道を引き返す。 仲間達へ、任務の成功を伝えるために……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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