●デザイン 夢は記憶で出来ている。 未来は過去と繋がっている。 あなたはあなたから作られる。 ●ファンタズム 現実は、いくつもの分岐を経て組み上げられている。 大にして世界、小にして個人を構成する過程において、破棄されていった選択肢は、それこそ銀河を漂う星屑のように無数に存在する。 たとえば、なれたかも知れない自分。 あるいは、届いたはずの宿敵。 もしくは、救えなかった誰か。 枝分かれしていった可能性は、果たして現実に生じた結果と比較し得るものなのだろうか? 多層次元の旅人、アーケン・シェネルにとって生涯最大の関心事はその一点に尽きた。 数多の次元階層を巡り廻って辿り着いたこの世界を、シェネルは心底気に入っている。他次元からの影響をダイレクトに受けて様々な方向に分化していく神秘世界は、いわば想定される可能性を押し詰めた箱のようなものだった。 だからこそ己の骨を埋めるに適した場所として定住を決めたのだ。 思い返せば、各地で自己表現のために多くの発明をしてきた。終着駅であるこの世界では、長年暖め続けたテーマに挑みたい。 すなわち、現実と空想の天秤だ。 死んだ人間は蘇らない。過ぎた時間は戻ってこない。 とはいえ、前提の段階で、よりよい選択肢足り得ると予測できるのであれば、少なくとも最善の可能性を導き出すことは出来る。人助けがしたければ、相応の力があればいい。強敵を倒したければ、更にワンランク上の武力だ。そのくらいなら装具の性能でいくらでも補える。 けれど自分が進む道筋は、他者に正解を求められない。自分は自分としか比べられない。どう歩めばどうなるかなんて、実際に舵を取るまで分かりようがないではないか。なりたい自分と、なれなかった自分と、なってしまった自分とを比べて、どうやって優劣を語ればいいというのだ。 そうしたジレンマをモチーフとして、無限の可能性を象徴するような一品を作れぬものだろうか。 他の研究を平行させつつもシェネルは常々夢想していたが、如何せん具体的な発想が思いつかず、ただただ寿命だけが摩り減らされていった。 「おお、これぞ、これぞまさしく、可能性の塊! 母なる海、父なる大地!」 それでも、虚空を見つめ始めた死の間際に及んで、ついに一つの納得できる案が浮かんだ。 たとえ死期が迫っていようが、遅すぎるということはない。ロウソクの火は芯が燃え尽きるまで輝き続ける。早速設計図を起こして作業に移ると、とある機能を搭載した小さな箱を制作し、その内部に封じてアーティファクトとした。 外箱が生み出す効果に関しては、元よりアイディアとして考えついていた極めて原始的なものであり、それを実用化させることは奇才シェネルにとって何ら難しいものではなかった。 全体が織り成す意味こそが重要なのだ。その発見をもって、ようやく完成に至る。 「虚が実を上回る時、想像を遥かに超える絶望が待ち受けているだろう。だが逆に、実が虚に打ち勝てば、素晴らしき希望を見出せるに違いない。この閉じた箱は、希望と絶望が一切の揺らぎなく同じ配分で入り混じっているのだ!」 シェネルはとても嬉しそうに、これを『チェスト・オブ・ワンダー』と名付けた。 ●クロッシング 「アーケン・シェネルが先程亡くなりました」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、どこか物憂げな表情でリベリスタ達に報告した。 アークにとって、シェネルというアザーバイドは友好的とも敵対的とも言い難かった。高次世界から到来しただけあって優れた頭脳と戦闘技能を持ち合わせていたが、どの勢力とも利害関係になく、自分自身の知的欲求を満たすために孤島に構えたアトリエで研究開発に没頭するような、有り体に言えば変わり者であった。 もっとも、害なす輩が現れたら返り討ちにはしていたらしいが。 特定の誰かと懇意にしていたというわけではないが、いざ死去されるとなると妙に寂しいものがある。シェネルは奇人変人ではあったが、発明品の見学目当てに訪れた物好きなリベリスタをもてなす程度の社交性は一応備えていたし、少なくとも積極的に崩壊を願うような人物ではなかった。 「今回は皆様にシェネルの遺品整理に向かっていただきます」 説明と共に、シェネルの邸宅の見取り図等を記した資料が各人に配られる。 シェネルのアトリエには彼が作り出し、上位生命体として影響を及ぼした得体の知れないアーティアクトが大量に眠っている。あの異邦人の性格からいって大半はガラクタ紛いなのだろうが、その中に兵装として活用できる物が全く含まれていないとは限らない。それらが悪意ある人間に盗掘され、横流しの末に七派を始めとしたフィクサード組織の手に渡るような事態は、是が非でも回避しなければならない。 「ただ、ひとつだけ懸念材料があります。シェネルが生前最後に創作したとされるアーティファクトについてなのですが――」 資料の三ページ目をめくりながら解説する和泉。 「簡単に述べますと、幻覚を見せる装置のようです。ただ、その幻覚の内容というのが、どうやら"有り得たかも知れない自分自身"の姿のようです。このアーティファクトに接近すると、自動かつ無差別に上映を開始するみたいでして」 「趣味は結構だが、最後の最後に厄介なものを作ってくれたもんだな、あの爺さん」 リベリスタの一人が呆れたような口調で言う。 「その性質上、兵器転用の余地があります。皆様にはこちらの慎重な処理を特にお願いしたいのです。対応を誤ると状況によっては精神に異常をきたす危険性がありますので、油断なく」 万華鏡で観測したと思しき資料中の画像には、部屋中央にある珍妙なデザインの机の上に置かれた、ちっぽけな箱が映っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年04月02日(水)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●インサイド 世界が暗転して、あなたの意識は闇に融けていった。 ●スタイル そこは小洒落た喫茶店だった。 まばらな客足の中で、ボックス席に一人座っている女の子の姿が見える。 時折まどろんだ表情を覗かせながら、静かにシロップを入れたアイスコーヒーをかき混ぜてる。 ドアのベルが鳴って、背の高い男が入店してきた。女の子は彼に向けて小さく手を振り、自分の席に呼ぶ。待ち合わせに遅れてきた青年を、女の子は眉を寄せて叱るが、すぐに温和な顔つきに変わった。黄金の瞳に喜びの色を湛えて浮かべた笑みは、とても可愛らしかった。 どこにでもありえる日常の風景。 その様子を、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)はじっと眺めていた。 二丁の大斧。 「こんにちは、なんだかドキドキするね!」 『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は、自分自身と対峙する。 長い髪を後ろでまとめて、漆黒のスーツで決めたその出で立ちは、小柄な体躯を感じさせないほどの威圧感を放っていた。 一切移り変わることのない笑顔は、無表情よりも遥かに凍てついて見える。 両親の介入なしに波乱なく育てられた真咲は、多分こうなるはずだった。 純粋培養された殺人鬼。 「ねえ、なんでリベリスタなんかやってるの?」 フィクサードはにこやかにリベリスタに問いかけた。 「フィクサードの方がたくさん殺せるよ? こっちのほうが楽しいよ?」 「それは戦いの中で教えてあげる。早く始めようよ。ボクは戦いたくてキミを呼んだんだからさ!」 言われた真咲も、そうこなくっちゃと嬉しそうに笑った。子供らしい表情の下で、殺戮を楽しむ残虐性が牙を剥く。 「ステキな戦いにしようね、よろしく!」 戦斧を担いで駆け出す両者。 鉄塊同士がぶつかり合う、鈍い金属音が鳴り響いた。 「ああ、つまりは、この精神世界が箱の中みたいなことなんだなぁ」 白い光に満ちた空間を見渡しながら、緒形 腥(BNE004852)は大儀そうに言った。 ここにいるのは、メタルフレームとしての今の自分と、そしてジーニアスとしての仮想の自分。 「己が想像し得る範囲、か。なるほど。こりゃおっさんしか知らないことだよ」 体の部位を機械化されていないかつての姿は、未来でありながら、過去を引き継いでいる。 「箱が見せる幻影とは上手いことやるよ。『箱』ってのは要するに、己でもあるわけだな」 ジーニアスは右手でしっかりと剣を握り、臨戦態勢は万全。 一方のメタルフレームは、いささか困惑した様子を見せていた。覚悟していたとはいえ、こうしてダイレクトに自分が失ったものを突きつけられると、多少なりとも逡巡が生まれる。 コツコツと人差し指で側頭部をつついて、気持ちを整理する。 「……よし、じゃあ開けようか」 渦巻いていた感慨を吹き飛ばすと、機械化した右拳と、生身の左拳を叩き合わせた。 「敗けはせんよ。何も変わらなかった未来よりも……変わった現在が一等、楽しいと思うからね!」 肌を焦がすような業火が、『プリンツ・フロイライン』ターシャ・メルジーネ・ヴィルデフラウ(BNE003860)の脇をかすめていった。 何もない暗闇の中で、その炎が煌々と燃え上がる。 眼前には、もう一人のターシャ。 ありえたかもしれない分岐路を辿った自分。 翠色のガウンを纏った彼女は、本来のターシャとはかけ離れた、世界の全てを嫌悪しているかのように凄絶な目つきをしている。天涯孤独に育った結果、憤怒以外の感情が欠落した、心の歪んだ復讐鬼と化していた。 「そうか。そんなふうになっちゃうんだ」 ターシャは思う。彼女も、自分と同じようにフィクサードを憎んでいる。それは揺らいでいてはいけないことだ。 けれど性格の捻じ曲がった彼女の憎悪の対象は、至る所に及んでしまっている。そして当然、自分にもその矛先は向けられていることだろう。真っ当に育った自分に対する、羨望にも似た憎悪が。 「……現実のボクも、こうなってたかも知れない、ってことだよね。キミを見てたら、ボクって幸せなんだなって思えるよ」 また炎が噴き上がった。 ●ディストーション 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は破壊する。 略取して簒奪して蹂躙する。 それら全てが得も言われぬ悦楽となって、フィクサードである彼を満足させる。 力こそが正義。その価値観に沿わないものは生きる資格もない。 虐殺の限りを尽くして、後に佇むのは一人の幼い少年のみ。 「助けて」 少年は怯えながら言った。目には大粒の涙を浮かべている。その程度の浅ましい懇願で、力を持たない弱者が救われるはずがあろうか。第一自己防衛も出来ないならば、いずれ野垂れ死ぬ将来しか残されていないではないか。今死のうが、後で死のうが、大した違いはない。 ぐいと首を掴む。掌に脈が伝わる。子供の細い首を捻り潰すなんて造作もないことだ。少し力を入れれば容易に圧し折れる。 だけど、夏栖斗はどうしてもそうすることが出来ない。 何かが胸に引っ掛かって、手に握力を込めることが叶わない。 妙にファンシーな空間だった。 淡いピンク色に包まれているかのようで、甘い香りが鼻先をくすぐる。 「なに? ここはどこ? 私にそっくりなあなたは誰?」 『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は、快活な声で喋る自分自身に話しかけられている最中だった。彼女が身に着けているのは、フリルの付いた衣装にヘンテコな装飾の杖。魔法少女のコスチュームとステッキだと言われれば、ああ確かにと納得させられる格好だ。 「あなた、アーティファクトかなにかで作られた私のコピーね?」 それはそっちだよ、とソラは内心ツッコミを入れる。 「どこのフィクサードの仕業か知らないけど、あなたを倒すしかなさそうね。アークの、いえ、世界の平和はこの私が護る!」 きりっとした表情で杖をかざし、片足を上げた体勢を取る魔法少女ソラ。どうやら決めポーズらしい。こんな大胆なポーズをしているというのに、膝よりも随分と上のミニスカートの裾から件のアレが見えそうで見えない辺り、謎の力が発動しているとしか思えない。 「中々に痛い三十路前ね。面白いけど無性に殴りたくなるわ」 とはいえ、どうせ見るなら楽しい空想がいいと企んで思い描いた結果がこれなのだから、お互い様といったところではある。 「ま、私が偽者を演じるのも悪くないわね。来なさいソラ。思う存分遊んであげる」 そして私も楽しませてよ――ソラは密かに呟いた。 チェアに腰掛けて、エリン・ファーレンハイト(BNE004918)は言葉を探していた。 机一つ挟んだ先には、鏡に映ったようにそっくりなエリンがいる。 ただ唯一、フュリエの特徴である尖った耳だけはオミットされていた。 こちらの世界で生まれ育ったエリンは、年齢相応の外見をしているというわけではなかった。きっと老いた姿は自分の想像が及び得ないことだったからだろう。 それに、見た目は大して重要ではなかった。そんなことよりも。 「あなたは」 意を決して口を開くエリン。 「あなたは何をしてきて、何をしているのですか?」 ラ・ル・カーナから乖離した自分は何を考え、どのように成長しているのか。 可能性としてのエリンは、穏やかな顔つきのまま語り始める。 「私は何でも出来ましたし、何にでもなれました。リベリスタにも、フィクサードにも。修練の日々を送ることも、ひっそりと暮らすことも。だって私自身が、あなたの可能性なのですから。あなたは私に、どうあってほしいと思いますか?」 「私」 エリンは一瞬、弦を引き切った弓のような強張った表情をした。 「私は――」 リベリスタとフィクサードにそれほど差なんてないんじゃないかとは、常々思っている。 結局手前の都合で殺しているだけに過ぎないのではないか、と。 「それでもわたしは、信じていたいんだ」 リベリスタを選んだことには、何かがあるのだと。 だから、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は苛烈な幻想を望んだ。 家族を失って、鬱屈とした気分を晴らすように我武者羅にフィクサードをやっている自分。契機も動機も一緒なのだとしたら、そこにどんな違いがあるというのだろう。 それを確かめたかった。 「力比べだ。かかってこい」 言葉数も少なく、二人は拳で自己主張を開始した。 行動パターンを悟られまいと気を遣いながらも、息つく暇のない打撃の応酬が続く。 互いに小細工はない。正面切って正攻法で殴り合うだけの、喧嘩のような交戦。 「舐めるな! アンタに負けるわけにはいかないんだ。心の弱味が生み出した空虚なんかに、わたしを否定させない!」 殴打を浴びた箇所には消えない鈍痛が刻まれている。それでも、涼子は絶対に膝を折らない。 「わたしごときを相手に、一歩だって退いてやらないからな!」 悲壮な決意で臨む少女に迷いはない。 ●エスケイプ 魔女の操る炎の勢いたるや、凄まじいものがあった。動きを止めるべく隙を窺って視線で射竦めようとするも、中々捉えることが出来ない。 距離を保っていては勝ち目がない。ならば、とターシャは妙案を思いつく。持てる思考の全てを、戦闘動作の最適化を弾き出すための演算に注ぎ、接近。 そして。 思いっきりぶん殴った。 拳には、ネックレスが巻きつけられている。 「あれ、もう一人のナターリエ、何怖い顔してるの?」 こともなげに涼しい顔をしてみせるターシャ。 「先祖伝来のネックレスを、場末の喧嘩道具みたいに使うな!」 殴り飛ばされた魔女は声を震わせて、忌々しそうに言った。 「勝てればいいのさ!」 とにかく勝つことが最優先事項だった。今の自分が、目の前にいる強い存在だということを証明しなければならない。そうしなければ、辿ってきた過去ごと無意味なものになってしまう。 一人ぼっちは嫌だった。 「さよなら、いたかも知れないナターリエ」 その刹那、空間に亀裂が走り、光が満ち始めた。 果たして何十合斬り合ったことだろうか。そんな些事に考えを割くことすら余計に感じてしまう。 真咲はひたすら、フィクサードである自分との戦闘を楽しんでいた。 「すごいねキミ、じわじわ圧されてるや」 そんな状況下でも、真咲は楽しくて仕方なかった。 「なんでそんなふうに笑えるの? キミ、追い詰められてるんだよ?」 礼服姿の真咲が不思議そうに尋ねた。 「楽しいからだよ! 戦うことが好きなんだ。ボクがリベリスタをやってるのは、たまたまアークにいたからってだけ。正直、思いっきり戦えるならフィクサードになってもいいんだけど。でもキミみたいにはなりたくないかな」 その台詞に、宿敵の張りついた笑顔に皹が入った。 「だってキミは、キミの意志で戦ってないんでしょ? フィクサードになるように育てられて、敷かれたレールの上を走ってるだけで、本当に楽しいの? 戦ってて全然楽しそうに見えないよ?」 「うるさいな!」 凍っていた感情が溶け出して、同時に付け込む隙も生まれる。 「ボクの可能性、イタダキマス」 一発逆転を狙うのに十分な、決定的な隙が。 「わたしたちは、大して違わないんだろう」 息を切らしながらも、涼子はなんとか強気な言葉を搾り出す。 向き合った二人の少女は、互いに満身創痍だった。衣服にはどちらが流したものかも判らない血が滲み、その下には痣がいくつも出来ている。 「だけど、やっぱり信じたいんだ。命を懸けて戦うだけの何かがあるって」 踏み出した一歩に当初ほどの勢いはない。 振り上げた拳もかすかに震えている。 「だってそれは――誰でもないわたしが決めたことなんだから」 それでも、魂は熱く滾っていた。 フィクサードとして現れた自分の幻影は、精神面の弱さの象徴でしかない。 過去に下した判断を、悔恨になんてしたくない。 自分はリベリスタだ。 「くたばれ、この大馬鹿娘」 ソラが作り出した氷の霧が、障壁となってもう一人のソラの行く手を阻む。 予想通り身のこなしの軽快さは、ソードミラージュである現実の自分のほうが上。 魔法少女は華々しいエフェクト演出と共に魔術を連発するが、ソラの速度には追いつけない。 しばらくして、魔術の雨が止んだ。 「わたしが偽者だったのね。あなたの戦い方のほうが、しっくり来てるもの」 マグメイガスは寂しげに呟いた。 「理解が早くて助かるわ」 「でもよかった。私が消えてもあなたがいるんだもの」 そう言って健気に笑う魔法少女に扮したソラの体が、次第に透き通っていく。 「安心して消えなさい、私の願望の一つなんだから」 だからきっと、忘れることはない。 メタルフレームの男は座り込み、右手を撫でていた。 着古した黒いスーツは、戦闘の末に更によれよれになってる。 疲労の影響で頭が下がったところを、機械化された右脚で、無防備な後頭部目掛けてハイキック一閃。剣士と真っ向勝負を挑めるのも、この半身あってのおかげだ。痛打を加える武器にもなれば、相手の攻撃を防ぐ盾にもなる。 「おっさんはね」 気絶して倒れている男に話しかける腥。 「いやまあ聞こえてるかは分からないけど、言わせとくれ。もしもの未来だとか、色々考えつくことはあるんだろうけど、そんなに興味はないんだよ。自分の想像は超えてこないしね」 箱の世界は他ならぬ自分が用意したものだ。 「何より、今を後悔なんざしちゃいない」 腥の視界が、ゆっくりと反転し始める。 「助けて」 まただ。またその四文字が夏栖斗の心を抉る。 ――ああ。 「そうか」 分かってしまった。これは、自分ではない。 夏栖斗はただ、フィクサードとしての可能性を俯瞰で見ていたのだ。 自分という箱を通じて精神世界を眺めていた。 外見が同じというだけで、根本は変わっていなかった。そのアイデンティティが内在しておらず、助けを求める声に反応しないようでは、夏栖斗とは言えない。 「僕は僕だからな」 その点に関しては少し安心した。 「らしくねぇんだよ。自分のためだけの力なんていらない。誰かの、助けを求める誰かの力になりたい。だから強くなりたいんだ」 彼が念じると偽りの夏栖斗は消え失せ、少年に救済が訪れた。 「私は、あなたにどうあって欲しいかなんて分かりません」 そうとだけ、エリンは言った。 「この世界に来てまだ一年も経たないのですから、ずっとこの世界で生きてきたあなたに言えることなんて、私には浮かびません」 それでも。 「それでも私は、学ぶという意志を持ってこちらにやって来ました。弓を学び、心を鍛えることの大切さを痛感しました。まだ私にはたくさんの可能性が残されているんです。きっと、あなたよりも多くのことを成し遂げてみせると、信じています」 熱っぽく語る碧眼には、強い意志が宿っている。 「だから今の私には、あなたに言えることはありません」 「それでいいのですよ」 もう一人のエリンは、嬉しそうに返答に花丸をつけた。 「さあ、終わらせて。この夢物語を」 エリンは頷いて、弓を引き絞る。虚無に向けてまっすぐに放たれた矢が、一点の穴を穿った。 不可思議の時間がタイムリミットを迎える。 男性が席を外すと、天乃は入れ違いにその空席に座った。 架空の天乃は頬杖を突くと、微笑を浮かべて現実の天乃に質問する。 「ね、どうして命を賭けてまで戦おうとするの?」 柔らかく優しい声音。 「常に死を覚悟して、好きな人と共にいられない人生なんて幸せであるはずがないよ」 「そんなの、答えは簡単。この身に宿る、衝動がため」 求道者は淡々とした口調で即答した。 「貴女のような生き方も大変だって、理解できる。衝動のまま、に生きていく私、を軽蔑したければ、すればいい。だったら、逆に問おう。やりたい事もやれぬ人生、は幸せなのか、と」 諦めることと憧れることは、きっと別物なのだろうけど、本当はとてもよく似ている。手が届かないものに、どれだけの覚悟で決別できるかどうかでしかない。 人は皆、分かれ道で何かを捨てていく。 天乃が進む道の目的はたったひとつしかない。だけどそれは、天乃という人間にとって、一番不可欠な要素だ。それを捨ててまで、脇道を歩くつもりはない。 「己の為したいこと、のため、己の全て、を投げ出せる。そんなこと、が全うできる人がどれだけ、いる? それが為せるのなら、それも幸せの形のひとつ、だよ」 だから、後悔はなかった。 「私、は貴女には届かない幸せ、を手に入れてる、よ」 まやかしの世界が崩れ去っていく。 ●アウトプット 目を覚ますと、八人は色彩豊かな部屋の中にいた。 「どうやら、皆さん無事に帰還できたみたいですね」 全員の顔を見回しながら、胸を撫で下ろすエリン。 「どうする? この場で破壊しちゃおうか」 小箱を持ち上げて、じろじろと観察しながらターシャは言う。 「いや、持ち帰ろう。誰かは知らなくても、遺品ってやつなんだろ。その人の想いが込められているんだろうから、壊すのは気が引ける」 涼子の提案に、夏栖斗も賛同した。 「箱が開く、と、機能が停止する、って聞いた。それだけ、止めておこう」 天乃が留め金を外す。 蓋を開けて覗き込み――そしてほんの僅かに笑った。 箱の中には、何も入っていなかった。 無限の可能性とは箱の内側ではなく、外の世界に広がっているものなのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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