●わすれてください、と願うこころで 英雄になりたい。そんなことは考えたことがない。 普遍的な、世界のための英雄になることは出来ないと思っている。だって、俺が守りたいのは一人だけだ。守りたかったのは一人だけだ。 守るという言葉は重い。何の力もない、一般人でしかない俺が彼女を守ろうとするならば力が必要だったんだ。 政治的なものでもいい。それは遠すぎた。 腕力的なものでもいい。法に触れない範疇でつけるべき力は大凡全て得るために、頑張った。それがどれだけ重い意味を持っていたとしても。 そして得る物が、得た物がどうしようもない世界の圧力に潰されると知った時、それを阻止しようとして掴んだ力は世界にとって重大なもので。 そして俺が一番「求めなかった」力であったのは、一体どんな皮肉として描かれているんだろうか―― 「……あなた、誰?」 「……、は……」 喉から吐き出された呼気が声に代わる直前、俺はそれを意味を持つものとして吐き出すことがどれだけ愚かか理解した。 目の前で煙を上げ消滅する異形と俺とを、遠い世界の住人として眺める彼女は、つい先程までの「十年来」を全て忘れてしまったように思えた。 「俺だよ」という訴えかけも、「忘れたのか」という問いも、「冗談はやめろ」という圧迫も通用しない。どうしようもなく、彼女と俺とは遠い世界で隔たれた両者でしかなくなったのだろう。 そうして俺は、夢と未来と恋と、それ以外のなにか大事なものも纏めて失って。 得たのはたった一つの、大きな ●忘れられた世界の 「はっきりした情報が無いので、君達を戦場に送ることは非常に気がひけるのですが……、とある強力なリベリスタが存在すること、そして彼が近く命を失う可能性があること。その事実を万華鏡により観測しました。可能であれば、彼を救いたい」 「……お前、何言ってんだ?」 ブリーフィングルームで眉根を寄せる『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)を前に、リベリスタはそれこそおかしなものを見る目で彼を眺めた。 リベリスタであれば相応の情報をアークは掴んでいるはずだし、強力であればそれだけ知名度が高くて当然の道理だろう。それに関する基礎情報がない、というのはどういった道理なのか。 「情報が限りなく制限されてしまっていたので、引き出すのに随分手こずりましたが……どうやら、とあるアーティファクトの効果が関係しているようです」 「能力にか? その、分からないって事実にか?」 「両方です。アーティファクト『フォアゲッセン・ツム・マーケ(忘却への烙印)』、融合型らしく、所有者をそうと定めた理由も不明です。ただ、卵が先か鶏が先かの理論で言えば間違いなく、革醒より先に融合がきたのは間違いありません。所有者の生命喪失を以て融合が解除される仕組みである以上、過去に持ち主が変遷していることは間違いないでしょうから。で、効果が『能力付与』。これはとりたててこう、という能力ではなく純粋な力、というべきでしょうか。効果は相当なもので、一時的であれフェーズ2クラスとサシでやり合うことが苦でないレベルまで引き上げられるようです」 「凄まじいな……その代償はもう、大体わかったが『記憶』か?」 「……どうやら、もっと根深いみたいですよ」 「あ?」 モニタに映しだされたあらゆる情報、『彼』を調べるにあたり手に入った情報のモザイクじみた欠損の激しさは脅威とのみ言い表せるレベルではなく。 「『救いたいと思った対象との関係性すべての断絶』。彼の情報が極めて少なかったのはそこです。助けたいと、救いたいと願ってアーティファクトから能力を引き出し勝利を得れば、その瞬間に救いたかった対象は彼を忘れるでしょう。居合わせた人も、家族も、恋人も。彼が誰であるかを忘れてしまう。記録すら改ざんされ、彼のその瞬間の居場所は消えてしまう。だから、彼が戦ったという記録、彼が彼であるという記録は第三者しか持ち得ない。共闘をすることで、仲間が窮地に陥ったら彼は躊躇なく力を引き出し勝利する。そして居場所を失う、それの繰り返しだと思われます」 「なるほどなあ……情報がねえのはそのせいってか。まあ未来とかを予測するんならまだ『観察できる』のか。俺たちが仮に彼を助けに行って、助けられたとしたらどうなる?」 「その時は、君達は彼を救出対象としてみることができなくなり、手持ち無沙汰で此処に戻ってくるでしょうね。アークという組織そのものを庇護対象として願った場合、此方での探索に大きな制限が掛かる可能性があります。まあ、つまるところが彼の死をみすみす待ってアーティファクトがまた別の犠牲者を、ということです。……ところで。彼は救いたいと願うもので、一番普遍的なものを選んでませんね?」 「……まさか」 「ええ。そろそろかなって思うんですけど――」 世界を救いたいと思った時、彼は世界の敵になる。その言葉を夜倉がはきだすことはなかった。既に、リベリスタ達は戦場へと駆け出していたから。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月27日(木)22:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●英雄の条件 「救いたい人の為に~、その人との繋がりを断ち切る~、とっても~、ヒーローしてますね~」 間延びした声でその在り方を評したユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)だが、彼女とてそれが正しいなどとは思っていないだろう。とても英雄めいている。英雄という概念に縛られ追い立てられ、走っているうちに風景すらも見えなくなって。果たしてそれは幸せなのか。真っ直ぐ走るしか出来ないのに、走っている方向を定義づけることなど出来るのだろうか。さながら自動化された意思機械。ヒーローを「している」。演技でも意識でもないただの反射はないか。急ぐことも、必要以上に遅れることも不快であろう彼女には、理解できない境地かもしれない。 ――英雄的ではあるが、戦士ではない。 ひとこと。言葉ではなく思念の流れを言語化した体系を用い、『Seraph』レディ ヘル(BNE004562)は対象をそう、評した。 手垢のついた英雄伝承に於いて、彼らは量産され使い潰されるために存在する。引き絞られた弓は世界の律であり、量産されたそれを番えて撃ち出し対象を屠る。正義の形態が弓の総量と指向性を決定するのであれば、矢はそれに比して生み出されなければならない。 彼は推進そのものが自己犠牲。戦うことを宿命付けられ、生きることに目的意識を持つ戦士とはまるで違う。戻る場を考慮しない矢、そのものだ。“記憶”と“記録”が進む彼を押し潰し、削り取る。 ヘルは英雄ではない。だから彼の在り方には同意しかねるのだ。命に関する頓着や他者に対する感情ではなく。義憤から生まれる行動力そのものである彼女は、進んで潰されることを望まない。 「流行りませんね。自己犠牲で救って満足してはい終わり……貴方の同類ですか?」 その思念を受け止めた『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)は面白みのひとつも感じない、といった表情でヘルを見返す。自己犠牲の末に自己完結で消えていくような相手は気に食わない。 責任を回避して消えていくような手合いである。身捨て世捨ての境地にある視線の先の相手よりも尚悪い。どっちがどうなろうと知ったことではないが、余りに淡白すぎて面白くない。 「まったく、少しは同情なり面白い表情をしたらどうです?」 ――同情? 孤独でいれば縛られることもない。 表情という概念を仮面で押し潰しひた隠しにした彼女に斯様なものが有るかどうかは、現状知りうるすべがない。奪われるものは奪われ尽くして尚、立たなければならない宿業を背負った革醒者にとって、それを恐れるなどとんでも無い話だ……少なくとも、ヘルにとっては。 故にその疑問を彼女は恐れの現れと判断した。諭に断固たる口調で諫言を述べた彼女はしかし、誰よりも「そう」あることを意図せず露見した格好となったろうか。 「英雄、正義の味方……少し羨ましいと思ってはいけない、ですね」 「……いえ、それは仕方ない……んじゃ、ないでしょうか」 話を聞いて、それを羨んだ。英雄などという枠組みに居ることを彼らは許されないのだから。寧ろ的確に、長期に亘って戦い続ける彼女らはヘルの語る所の「戦士」に近く。『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)の思考の端に去来するのはただただ、憧憬に近いものだったのかも知れない。それを恥じ入ることや過ちと認めることは、あこがれそのものを否定することと同義だ。 だから、常ならぬ途切れ途切れの声で応じる『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)にはそれを過ちであると、いけないことだと言う資格は無い。戦場へ向かうリベリスタの中にあって、彼女が最もそれを欲しているのだろうから。 「憎たらしいほど的確ね」 そのアーティファクトを評価するに際し、多くのリベリスタは嫌悪と疑心を以て迎え入れるであろう、というのは容易に推察できる。だが、それはその『真価』を理解した上で初めて口にできるものであり、「彼」に助けられた記憶、そして記録が消えてしまえばそもそも認知し得ないものだ。仮に、その能力を当初より知っていたとしても「能力強化の類」から踏み越えることは先ず無い。 だから、その存在は人の存在形態と存在価値の不在を生み出すに十分すぎ、的確に過ぎるのだ。……そんなものを思いつく『クリエイター』が彼の歪夜第一席以外に存在するとは、『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)にとっても予想外だったに違いない。だからこそ、興味をそそられる。それに近付くことが彼女にとってより深く深淵に覗き込まれる行為だとしても、だ。 「だからこそあれは有害なものです」 賞賛ともとれるティアリアの言葉に、しかし『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は表情を変えず言い放つ。神秘そのものに対して思うところのある彼女にとって、世界により大きな影響を及ぼすそれが一際強い感情の矛先になるのは今更変えようのない事実なのだ。憎しみが目の前にある。それがどれだけを救ってどれだけ貢献したとしても、世界に多大な影響をもたらした時点で悪なのだ。害なのだ。次第に全容を表す橋梁上の状況に目を細め、しかし表情を変えること無く。 「普段からピンチにならないように動いてるつもりなんだけどね……」 危ない橋を渡ることはしたくないしすべきではない。教職の地位にある『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は模範として規範として、無謀であることを強く嫌う。皮肉なるかな、彼女が立つ戦場が『危険』であり『橋梁』であることはこれ以上ない事実である。 そして何より。道を示すものとして正しく不幸を切り拓くこともまた、その使命である。 リベリスタ達が戦場に踏み込むより早く、その攻防は始まっていた。幾重にも響く風切り音と重々しい打撃音は、同じ武器から発せられた物とは思えない性質を持っている。 類似する武器としてはモーニングスターが適切だろうが、それより幾分か軽量であり、『流星錘』がそれに酷似する。手許を鞭のものに変換している以上は扱い易いと言えるだろう。……おそらくは。そんなものを手に入れた経緯すらも彼の中にはないだろうが。 他方、『トライ・トライアル』と銘打たれたエリューションの攻撃は常識から外れた分、苛烈だ。重心を支える固形体のストンプを紙一重で躱した青年の肩口目掛け、液化体の槍が突き進む。既の所ではじき返した彼の腕に絡みついた気化体が内部からその血管を弾き、血を噴出させた。苦痛に顔を歪めこそすれ、その眼光に衰えは無い。敗北を信じない眼だ。 「やれやれ、顧みないところまで正しく英雄ですか、鬱陶しい。邪魔ならさせませんので、皆さん遠慮無く」 常の結界より強い人払いがあっても、『代替手段がなければ』人はそれを突き進もうと動く。交通量が常日頃少なくはないそこは、正しくそれだ。だが、諭のはなった影人が眼前にあらわれて尚、踏み込もうとする豪胆な物は居ないだろう。 驚く間も与えられず、場違いであることを認識するだけだ。その十秒が彼らの判断を分かつ。 舞姫が、ぎりと歯が割れんばかりに歯軋りをして。 あばたが、尚変わらない表情の底で昏い感情をちらつかせる。 既に加速した足は止まらない。踏み出した足はぶれもしない。真っ直ぐに、その戦いを踏み荒らす。 ●戦士の選択肢 「わたしは、戦場ヶ原舞姫。貴方の名前を教えて頂けます?」 “辟邪鏡”により事も無げに気化体の一撃を弾いた舞姫が、青年に向けて言葉を掛ける。名乗るが礼儀だと添え、射抜くような視線で告げた。 「……一早(かずさ)。中条(なかじょう) 一早」 「では中条さん、狙いは出来れば上の霧状の部位からお願いします。あれには物理が効きませんのでご注意を」 「演算速度上昇、Flawless Peristeriteとの同期完了。戦闘指揮、開始します」 青年、もとい一早へ示すように“黒曜”を突きつけ相手を見据えた舞姫の背後で、嶺が“Flawless Peristerite”で集積した情報を演算、戦闘態勢に移行する。舞姫が正面から抑えに行った時点で、エリューションはそれ以上の前進を阻まれた格好となり、ヘルが後方に回ることを可能とした。彼らの計画として、上々の滑り出しでもある。 「ふふ、絶対に忘れないわ、その名前」 仮初の翼を構築しつつ、ティアリアの聴覚はしかとその名を聞き届けていた。全てが終わってから手に入れることを考えていた情報が、こうもすんなり手に入るならば僥倖だ。 「空中戦での~、体制不利を直して来ましたからね~。ここで~、実戦テストと行きますよ~」 緩やかな言葉と裏腹に、圧倒的ともいえる上昇速度から放たれる投擲は相手に視覚と聴覚があるなら、殊更奇異に移ったことだろう。 狙いは液化体。最上段の気化体を狙うことは『不可能である』と、得物から指を離す直前に理性が止めた。どうということはない。物理的な攻め手のみで勝負せざるを得ないなら。それを愚直に繰り返すだけである。 ユーフォリアの言葉に反し、彼女の思考は非常に速やかに状況からの結論を導き出す。 「はい、電撃系いっちょ。弱点狙って行けばよいってのは分かりやすくていいわね」 危機を誘発しないように動くというのは、意識しようとして出来るものでは余り無い。寧ろ、意識することで最悪に引っ張られる可能性すら存在するのだ。 であれば、ソラは何時もどおりを貫くのが最大効率につながるだろう。“魔術教本”を手に叩きつけた雷撃が上天から一気に気化体、液化体までを貫いて固形体を中心に放散される。効果を考えれば上々の手応えであったことは明らかだ。 指先の感触は、更なる魔力の流れを示唆し。その勢いのまま、再びの雷撃が叩きつけられる。魔力の流れは堅調にして順調。危険はないと、感覚が告げた。 ――不用意に世界の敵になられても困る 「……敵? 俺は常に誰かのために戦っている。それが世界の敵になることなのか」 「あなた自身がどうこうではなく、世界を改竄するということ自体が危険です」 ――“私”が守るのは世界。その意思がそうさせる 「それを使うことで迷惑を被るのはあなただけではないと自覚してください」 「君達の真意は、よく理解できない。だがそれが『ためにならない』のなら、そうするべきなんだろうな」 気化体から放たれた、瘴気にも似た悪辣な空気の中、一早はヘルとあばたの言葉に首肯する。“シュレーディンガー”と“マクスウェル”、非人道的かつ人外仕様の銃口をエリューションに向けた彼女の射撃が当たり、或いは弾かれ飽和する。瘴気を打ち払うように放たれたティアリアとヘルの癒やしが全員へ行き渡る中、一早の鞭が闇を纏って上段に突き上げられる。 「皆さん! EPは気にせずにじゃんじゃん戦いましょう! 押せ押せで行きますよ!」 自身も持てる技能を全て使い、対象に容赦なく仕掛ける嶺の言葉はこの上なく勇気を与えるものだ。リソースの減少や倒れる共闘者のために、何時消えても可笑しくない戦い方をする自分から突き放すために、力を使い続けてきた一早にとってこの状況は想定外だ。 「まったく、燃えにくくていけませんね。湿気た生ゴミ並みの燃えにくさです」 一早を一瞥し、何事もなかったかのように次手を放つ諭の存在も、想定外と言えば実にその通り。彼のようなタイプは、意志堅固な駆け出しのリベリスタ達に見ることは稀だろうし、実力の強弱にかかわらず、精神性としてストレートな無関心は意外と言う他無いのである。 叩きつけられた魔力量も知覚したことのない量。総戦力を鑑みれば、彼が経験したこともないレベルであることは明らかだった。 戦うことを求めて生きてきたのではなく。 「たった一人を救うため」に手を伸ばした力が奪ったそれを取り戻すことも出来なかった彼の心は、恐らくとても危ういもので。 それを満たすことが出来なければ――きっと。 ●『リベリスタ』という精神性 「誰一人、仲間は倒させない!」 「窮地に陥ることはさせないわ。だってわたくしがついていますもの」 自らの真正面、回避などそう許されない射程から放たれた飛礫の渦を、しかし眉一つ動かさず打ち払い、舞姫は前進する。味方全てを襲ったであろう破滅的な流動を、しかし今見ている暇はない。目の前から放たれた全てをあらぬ方向へ弾き飛ばし、一手でも多く叩きつける事こそが、今彼女に課せられた全て。 癒し手の軸として動くことを自らに課したティアリアもまた、同じこと。一瞬の判断ミスも起こさず、回復手としての本懐を全うする。魔力が尽きる危惧は無い。嶺の言葉を信じることに一片の疑問も無く、戦いに身を投じるだけだ。 気化体は既に機能を停止した。液化体も幾分も待たず動かなくなるだろう。押し切るのだ、目の前の敵を。 ほんの僅かでも運命を削ったところで、それは窮地に程遠い。戦うために負った傷のひとつふたつ、よくあることではないか。 「ユーフィーキーック! なんちゃって~、ですよ~」 低空で振るわれた翼が推進力を産み、ユーフォリアの蹴り足の斥力を増大させる。戦闘において特段の理由が無い限り、『見栄えのための戦い方』が戦闘に与える影響は殊の外大きいのだ。 彼女がそれを理解しているかどうかは別としても、結果がついてくる以上はそれは有効なのである。 「無駄に無茶して阿呆ですか。余計なものが余計なことしにしゃしゃり出そうですよ?」 影人を生み出し、自らも、仲間も庇わせ諭が毒づく。無理をしない、窮地になんて陥らないと口で言うのは容易い。彼もそうしているとはいえ、根本的な戦闘コンセプトとしてどうしても傷つくことも倒れることもあるのだ。眼前で溶け崩れたそれをみやり、呼吸がやや荒くなったのは気のせいではない。 「…………」 一早は、身に焼きついた刻印に視線をやる。まだ窮地ではない。まだ、まだ、まだ……、脳裏を繰り返し叩く焦燥感は彼のものなのだろうか。それとも、過去に『忘れられた』意思なのかもしれない。 ――また、誰かの記憶を殺すのか? 「分かっている、今は違うだろう、けど……!」 感情の動きを捉える意味で、他のメンバーより早く気付いたのはヘルであり。言葉や行動を起こすより早く、意思そのものを送りつける能力から一瞬の長を産んだのもまた、彼女ならではである。 ――気づけ、それは傲慢と大罪に他ならない 「それは」 「舐めるな」 ヘルの言葉に、尚も言い募ろうとした一早を視線が貫いた。舞姫の、この上ない怒りと憎悪が混じったそれは、彼を止めるに十分だった。視線を戻さず、しかしそれ自体に視野があるかの如く刃が固形体を貫いていく。 「貴殿のアーティファクトのせいで実際迷惑被ってるんですよアークは! だからわたしらが今来てんだよわかんねーのかてめえ!」 更なる感情を舞姫が吐き出すよりも尚早く。固形体を縛り上げたあばたが吼えた。彼女が行動に移らずとも、一早は腕を下ろし、驚きを隠さぬままに得物を手にとった。 彼らのために戦いたくて、彼らのために強くあろうと願おうとした。だがそれは傲慢であり無駄であったと。力を求めることが、過ちの始まりだったと彼女らは言う。 甘えているのは、自分なのだろうか。 求めた結末をすっかり「忘れてしまった」自分こそが悪意だったのか。敵であるのか。 「ヒーローは~、長続きしませんからね~。リベリスタ向きじゃないんですよ~」 「一人で戦うから力が必要なのよ。わたくし達を信じて御覧なさい?」 ユーフォリアが再び蹴り飛ばした先に、一早が居る。あばたが居る。リベリスタ達が居る。追いすがるように突き出された“黒曜”に同期するように放たれた鞭が渦を巻く。リベリスタ達の持てる力が全て、一瞬の元に集中した固形体はその形状を維持すること無く、爆散した。 「此の痛みも渇きも、私だけのものだ! 私が私である唯一の証だ! 誰かの犠牲で死に損なうなど絶対に赦せない、最後の血の一滴まで、私は私として戦って死ぬ!」 瓦礫の中、舞姫が叫ぶ。回避に長けた彼女であっても浅くはない傷を身に負って、しかしそれを厭わない。言葉通りに、誰のものでもない自分のために。 「本当に犠牲になってるのは本当に貴方だけなのかしらね?」 「それは……」 「忘れさせられた方も十分な被害者よね……ソレが無くても人を救えるように、貴方自身が強くなりなさい」 翼を羽ばたかせ、消えるヘルを背景にしてソラが言葉を紡ぐ。突き放すようでありながら、受け入れるために流れでたそれは確かに彼女の心からの説教であり説得であったのだろう。 誰も彼を忘れない。 少なくとも、これからは。 誰も自分を喪わない。 傷も痛みも伸ばされた手も、すべて、すべて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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