● 豪奢な装飾の施されたその場所には黒き聖母が居た。 その聖母を一目見た途端、『聖女』は常人には理解できない声を出したのだ。 「―――」 可哀想だ、と言ったのかそれとも他の言葉だったのかは分からない。 この世界に迷い込んだ一人の『聖女』。自分が何処から来たのかも分からずに、帰り道を知ってか知らずか一人ぼっちの侭の彼女はこの場所に辿りついたのだという。 遠目に見たシンプルな修道院の様子に彼女は小さく声を漏らす。 『聖女』はたった一人、彼女以外に誰も居ない。 知り合いなど、友達など、ましてや家族などこの世界にはいない。 異邦人である彼女はたった一人、この場所にたどりつき、何を想ったか黒き聖女を想う様に両手を組み合わせ、小さく笑った。 『――matka……』 ――そうだわ、この場所に家族を作りましょう。そうすれば幸せだ。 ● 「さて、ご機嫌よう。世界旅行へご招待したいのだけど」 如何かしらと微笑んだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が差し出したのはポーランドの地図だった。 様々な世界遺産の存在するポーランド――ヴィエリチカ岩塩抗やクラクフ歴史地区、ワルシャワ歴史地区等赴き溢れる建築物を見る事が出来る――は極東のリベリスタ組織『アーク』に対し友好的だ。 彼等は歪夜の徒が一人、ケイオス・カントーリオが起こした『混沌事件』の被害を受けた国なのだ。現地のリベリスタ組織『白い鎧盾』は彼の起こした事件で惨敗し、組織もほぼ壊滅状態に至ったのだと言う。 幸いの事か、今のポーランドにはその傷跡は感じられないのだが、人々の記憶には刻まれている事だろう。 ――詰まる所、この国はケイオス・カントーリオを破ったアークに対して友好的だ。 「……そんなポーランドでのエリューション事件を是非アークにお願いしたいと要請が来たわ。 現地リベリスタのマウゴジャータさんからのお願いなのだけど……」 現場は、と地図をトンと世恋は指差す。 ポーランドの南部、シロンクス県のチェンストホヴァと書かれた場所だ。 「Częstochowa――チェンストホヴァは『黒い聖母』を祀るヤスナ・グラ修道院が有名なのかしら……。 そのヤスナ・グラ修道院の近くにアザーバイドが迷いこんでいる様なの」 「アザーバイド……?」 「ええ、聖女の姿をしたアザーバイド。フェイトは所有して居ないし、帰り道については不明だそうよ。 御免なさいね。万華鏡がない以上詳しくは解らなくて……」 万華鏡(カレイド・システム)は日本国内でしか効果を発揮しない。海外であるポーランドの神秘事件の補足は出来なかった、と世恋は資料を捲くりながら困った様に笑う。 「この『聖女』が何を考えているのか周辺にエリューションを集め出したらしいの。 エリューションを殲滅したうえでアザーバイドの対応をお願いしたい……、とのことよ」 現地ではマウゴジャータさんがサポートしてくれるけれど、と世恋は続けたうえで「どうぞ、よろしくね」とリベリスタ達へと資料を差し出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月19日(水)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● その日はよく晴れていたように思える。日本よりも肌寒い気候は長い冬を感じさせる。 千里眼を駆使しながら『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はヤスナ・グラ修道院周辺をしっかりと観察して居る。どこかに『鍵』が存在して居ないかと探すアンジェリカの隣、案内役であった現地リベリスタ・マウゴジャータ=ジェリンスカは何処か困惑の眼差しを向けていた。 「……救う、ですか」 「ええ。私達は『聖女』を元の世界へと送還したい。勿論、倒す事が解決には安易だとは分かって居ます。ですが――……」 誰ぞが犠牲になる事は望まないと真摯な瞳を向ける『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)にマウゴジャータは「流石は、アーク」と困った様に笑い掛ける。フォーチュナである彼女にミリィが要請したのは一寸した手助けであった。 勿論それは『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)の絶対的な望みでもある。彼女だけでは無い、極東のリベリスタ達を信頼し、敬愛するポーランド現地のリベリスタ達へと託した重要な依頼でもあるのだろう。 「だからこそ『コレ』ですか」 「ええ、だからこその『ソレ』です。……目標は説得と送還、その為には必要不可欠ですから」 礼をしながら『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)がマウゴジャータから受け取ったのは一枚の絵画。修道院に存在する『黒い聖母』を描いた一品である。日本からポーランドへと渡る前にリリが依頼したそれは他ならぬアークの頼みだとマウゴジャータらポーランド人リベリスタが懸命に探した代物なのだと言う。 「うん、絵は有り難いね。そうだ、もう一つお願いがあるんだけどどうかな。 ホールの探索でもしてくれないかな。異世界からの客人なんてものは『ややこしい』ものだから」 少しでも情報は多い方がいい。『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)の意図に気付き、一気に緊張を浮かべたマウゴジャータの肩を叩いたツァイン・ウォーレス(BNE001520)は何時もの悪戯坊主の様な笑みを浮かべて瞳を輝かして居る。 「どーよ、マウゴジャータさん。かなり再現出来てると思うんだけど!」 白く塗装された鎧と盾、刻まれた紋章はポーランドで壊滅的被害を蒙った――ケイオス・カントーリオによる『混沌事件』で壊滅したと言う――『白い鎧盾』の物だ。以前、ツァインが彼女と出会った際に白い鎧盾をしっかりと再建したいものだと告げたマウゴジャータに彼は同意していたのだろう。 「少しでも再建の手伝いが出来ればと思ってよ、まずは形からってな!」 明るいツァインの笑顔に一息ついたマウゴジャータは喜平へ向けて「お任せを」と慣れない日本語で告げる。 案内役であるマウゴジャータが指差す先にある修道院。周辺のモノに触れて『red fang』レン・カークランド(BNE002194)は小さく首を傾げる。 (どこから来て、何をして、何故、ここに家族を集めようとしてるのか――) 任せるだけでは無い、自分で探す事も大事だろうとレンは目を伏せて懸命に探り続ける。指先が何かの残滓に掠める度に、必死に腕を伸ばしては、小さく首を振った。 「……少しでも、分かる事があれば」 「だがしかし、異邦人は深淵だからな。此度の者はどの様な思考を有するのやらな」 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の言葉に『常軌を逸する』存在である聖女の事を思い浮かべてレンは息を吐く。 マウゴジャータの要請を受け、周辺の探索を行う現地リベリスタにツァインは手をひらひらと振って、小さく伸びをした。 「さて、と、そろそろ行きますか」 「――……うん、ボク達が彼女を『寂しがらせない』ようにしないと、ね」 大きな赤い瞳を伏せたアンジェリカはふと視線を揺れ動かしてから、幾度か瞬く。彼女の目の前に黒い聖母が立っている。 その姿はリリの腕に抱かれた絵画と同じ、現地に着く前にミリィが見た写真と同じ、レンの調べたインターネットの情報と同じ、淑子の知る聖母と同じ『黒い聖母』。喜平の隣に茫と立っている彼女は唇を吊り上げて笑った。 ● 両手を組み合わせた淑子は何時もと同じ様にお祈りを重ねていく。 (お父様、お母様。……どうか、何人も奪われることなく終えられます様に――) それこそ、彼女がポーランドに赴いた理由だろう。誰かを傷つけることもなく、誰かを奪うことにもならず、最善と最良を求める。 淑子の祈りを見詰め、両手でロザリオを握りしめたリリは修道院の中に居る聖母を思い浮かべ、暗がりを恐れることなく目を伏せる。 「Matka Boska Częstochowska――」 チェンストホヴァの神の母。古都クラクフの近くにある修道院の聖母の事を想い浮かべたリリの言葉に家族を周囲に浮かびあがらせ祈る様に立っていた『聖女』は顔を上げる。 袖のついたくるぶし丈のトゥニカに裾が大きな頭巾は紛れもなくこの世界の修道女のものである。纏ったソレを見るだけではボトム・チャンネルの人間と大差はない。しかし、彼女が口にした言語は紛れもない異邦人のモノ。決して理解できない上下の差を思い知らされるようである。 『―――』 「警戒なさらないで? ご機嫌よう、異世界からのお客様。 わたしは浅雛淑子。淑子、と呼んで? 貴女にはお話ししたい事があって来たの。一先ず、聴くだけ聴いて頂けないかしら」 そっと淑子が唇に乗せた言葉に聖女は警戒する様に身を固くする。警戒する『聖女』――アザーバイドの女を前にしてマイナスイオンを纏ったアンジェリカは深い息を吐いた。この最中にもまだ『鍵』は探されている。もしくは、それは『鍵』ではないのかもしれない。落とすべき『錠前』の在り処を探して居るだけであって、『鍵』は―― 「……ここってことだな。さて、おまえさんの話をゆっくり聴こうじゃないか。 人は対話することで理解を深めることが出来る。異世界からの御客人の考えなんて、尚更に難しくってね」 促す様に告げる喜平の声に『――』と小さな声を漏らす聖女。聞き洩らさないように意識を寄せていた淑子は困った様に「そうね」と小さく笑みを浮かべた。それは苦笑にも似た微笑みだったのだろう。喜平も勿論その言葉は理解できている。 「だからこそ、だ。こちらはおまえさんの話を聞く事と手土産を持たせてやる位しかできないんだ」 喜平が張り巡らせた強結界。彼が背負いこんだ打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」。敵対する意思はなくとも、希望論だけではこの世界は廻らない。最悪のケースを想定した彼が戦神の気を纏った事に聖女の近くに居た『家族』が一斉に仕掛けだす。 砂利を踏みしめる音に続き、家族の腕を受けとめたのはミリィのタクト。喜平への往く手を遮り、全力で耐える様に地面を踏みしめる。靴底が、小さく音を立てた。 (『錠』は――彼女が帰還を望んで、その術がなかったら――……) 不安を抱きながらも、それでもとミリィは落ち着く様に息を吐く。剣を抜かず、魔力盾で家族を受けとめていたツァインはリリを通して聖女へと声をかける。 (黒き聖母さんよ、俺は信仰深くはねぇけども……あんたを信じる娘等を助けるのくらい力貸してくれや!) ぎゅ、と握りしめた拳。力を緩めながら、ツァインは真っ直ぐに聖女を見詰める。 「家族の攻撃を止めてくれないか? 俺達は話したい事があるんだよ」 『少しならば――』 囁く様な声で手を伸ばす聖女に『家族』達はささやかだった抵抗を止める。ほっと一息ついたツァインの隣、ゆっくりと歩み出したレンは聖女へと視線を送る。 「聖母は……お前の母に似てるのか?」 『彼女は、私の母です』 「いや……何故、独りでここへ来た?」 はっきりと告げる聖女の言葉にレンは頭を振る。元の世界に家族がいてもおかしくない――いや、家族がいると考えた方が妥当だ。アザーバイドとて万物が生じるには何らかの『親』が必要であろう。例えばあの長耳の種が母なる木から生み出されるように、憤怒の象徴が同じく生み出されるように。 「答えたくないなら、それでいい。でも……。間違ってたらごめんなさい。 貴女は自分の世界では特別な存在だったんじゃないかな? 讃えられ、敬われる、そんな存在。 だけど、それゆえに他の人が持ち得るモノを貴女は持ち得なかった。 貴女は皆のモノであって、決して特別な誰かのモノじゃなかった。――なれなかった」 愛を求め、愛する事を望むアンジェリカらしい言葉だったのだろう。聖女は瞬いて目を伏せる。 繋がる言葉は、ない。聖女が視線を送ったのは彼等の背後に立っていた『黒い聖母』だった。 『――Matka』 囁きを受けた聖母は静かに両手を組み合わす。不格好であれど、遠目に見れば十分に黒い聖母に見る事が出来るオーウェンは言葉を発さずにただ、その場に立っていた。 『家族』によるリベリスタの攻撃があった際は哀しげに眉を寄せ、聖女の動向を観察しては表情や仕草でその意志を伝えている。 母に化けた存在だと聖女も気付いてはいるのだろう。絵画の中の存在を象るには難し過ぎた。しかし、それでも、『聖女』にとっての『母親』は確かに、その姿を現実に表して居たのだろう。 「貴女はMatka Boska(救い主の母)……私達の母を御存じなのですか? だとしたら同じ母を持つ貴女と私は家族と言えるのではないでしょうか」 チェンスホヴァの神の母。麗しの聖母はリリにとっても確かに『母』なのであろう。 信心深い聖女は首から下げたロザリオをぎゅ、と握りしめる。聖女がアンジェリカの言う通り『特別な存在』であったからか、それとも彼女は本当に独りであっただけなのかは分からない。それでも、リリ・シュタイナーは己の母を想い、目を伏せる。 「お寂しのでしょう、お辛いのでしょう。貴女が此処に居て、他の方の家族を奪う限り、聖母様に危険が及ぶかも知れず貴女同様独りになる方が居ます」 聖母は彼女にとって、彼女の『家族』にとって、大切な象徴。母なる存在を喪った時、信心深いシスターはどの様に心を痛めるか。 言葉に耳を傾けて、目を伏せたオーウェンは解析をし続ける。ミリィに庇われる位置に居た喜平は肩を竦めて囁いた。 彼女の話は聞いた。聴いたからこそ、この言葉は伝えなければいけない。 「この世界は、おまえさんの『幸せ』に耐えられない。だから、帰ってくれ。ソレが出来ないなら――」 その先の言葉を遮ったのは鮮やかな銀の髪をした少女だった。 ● 浅雛淑子にとっての両親は掛け替えのない存在だった。掛け替えのない物を失くした時に、人は崩壊すると言う。それでも、この場に立っていられるのは一重にもう失わないと決める事が出来たからだろう。 「貴女はアザーバイド。私達に危機を及ぼす存在。私はリベリスタ。世界を護る存在。 出来れば、あなたには元の世界に帰って頂きたいの。此処で作った『家族』も、望むなら連れていって構わないわ。 彼等はもう、元の家族の許へは帰れないから。戻る事は、二度と――できないのですから」 失ったものは戻らない。それは失った事がある淑子ならではの言葉なのだろう。 よろしいですか、と歩み出たミリィの肩口を彩る花が揺れる。きらりと光ったカメオは彼女が進むべき道を指し示す様に優しく微笑んでいる。言葉を、発する事を忘れないようにとミリィは袖口をぎゅっと握りしめて息を吐いた。 「私が伝えたいのは、この世界の事――それから、貴女が、家族として迎えようとした存在の事。 私が、貴女と為したいたった一つの事、です」 マウゴジャータを通じてきた連絡。『錠前』は見つかった、と。だからこそ、ミリィはこの言葉を伝えたいと思ったのだろう。 「貴女は、一人じゃないですよ。世界を越えて、繋がる事が……友達になる事が、出来るから。 こうして出逢えた事は、きっと……彼女の、黒い聖母様の導き……なんでしょうね」 たどたどしく、それでも、彼女を想いやる様にミリィが紡ぐ言葉にふるりと首を振る。 観察していたオーウェンが聖母に聞こえぬ様にふむ、と小さく呟いた。攻勢では無い心理戦は彼の考える中でも苦手な部類だ。最低限の警戒のみを怠らずに存在するオーウェンは未だ、黒い聖母の姿をしている。 (――穏便に進める事が、これは出来るだろうな) チェックメイト、と心の中で呟いた。オーウェンの踏んだ通り聖女は小さく首を振る。 トモダチという概念を知らず、家族という『共に在る』存在を欲しがったアザーバイドは囁く様に呟いた。 『私は――』 「貴女は、誰も知らないこの地で、貴女が欲しかったモノを手に入れようとしたんじゃない? この場所を選んだのは、このイコンの彼女も、聖母様も自分と同じだと思ったからじゃない?」 『Matka……』 表情をくしゃくしゃに歪めた聖女の視線がオーウェンへと向けられる。母に縋ろうとする子供の様な聖女を止める様にレンは彼女の前へと立ち塞がる。 「自分の道は、自分で作るものなんだ。家族を集めても聖母はお前を導いたりしない。 俺はお前の家族にはなれない。だから、お前の本当に欲しい物にはなれないかもしれない」 ふるふると首を振る。 嗚呼、嗚呼、そういって――一人ぼっちな私はどうすれば。 涙を流す事もなく聖女は首を振り続ける。スカートを握りしめたミリィが息を飲む。 「ミリィも言っただろ。友人にはなれる。まずは自分以外を信じてみたらどうだろう。 俺達はお前を傷つけたりしないし、話を聞いてほしい。お前の話を聞いてあげたい。信じてくれるか?」 『家族と、帰れるのですか』 「勿論。……ただ、一つ知ってくれないかしら。気付いていないなら、気付いてほしい事があるの。 彼らには、貴女の『家族』には元々、この世界に本当の家族がいたわ。増殖革醒化現象を利用して『家族』を増やすと言う事は、その家族を奪うこと。それは――とても哀しい事でしょう?」 淑子の言葉に、アザーバイドの掌から力が、抜けた。 ● 名前をと乞うたレンにシフィェトラーナと聖女は応えた。その声を聞いて、喜平はそっと武器を降ろす。 存在する家族は淑子が告げた通り、『連れて』帰って貰えばいい。 象徴として振る舞う必要性が薄れたと感じたオーウェンはその場から離れ、外の警備へと向かう。離れた位置に立っていたマウゴジャータは「お疲れ様です」と何処か不思議そうに笑っていた。 「さあ、遠く、別の世界へお逃げ下さい。 此方の聖母様は、力なき家族の為、ご一緒出来ませんが……」 母を恋う様に視線を送ったシフィェトラーナにリリは首を振る。聖母のイコンを持ち出す事はできず、聖母の姿を象ったオーウェンが彼女についていくことも出来ない。 母は、寂しくはないのか。母は、辛くはないのかと縋る様に問う聖女へリリは首を振る。 ヤスナ・グラの母は腕に神を抱き奇跡を起こす。尊い神の愛。 だからこそ、失う訳には行かないのだから。 「聖母様は、隣国の侵攻の際、火を放たれて黒く煤けてしまったのです。 さぞ苦しかったでしょう……それでも、独りではないから、家族が居るから大丈夫だったのです」 「彼女には国中から訪れる家族がいるわ。大丈夫、ひとりきりじゃないの。離れていたって家族だもの。 ――貴女だって、勿論」 かえりましょうと差し伸べた手を取る様に、聖女は手を伸ばす。 両腕に納められたのは美しい額縁だった。リリが事前に手に入れた映し絵を嵌めた其れは母が傍に居る事を知るための重要な物。 ミリィが取り出したカメラは仲間達を映していく。一枚一枚、友達を忘れぬ様にと、聖女――シフィェトラーナが離れた場所に居ようとも傍に入れる様にと。 「奇跡なのでしょう、きっと」 こうして出逢えた奇跡。母が齎した慈愛。世界戦を隔てたとしても、証拠となり残っていく『今』を伝える様に。 聖女の手を取ってレンは困った様に小さく笑う。伝わる感情は様々で、どれをとって良い物かもわからない。 それでも、彼女の心の欠片を掴むことが出来るならば。 「寂しかったんだな」 膝をつく聖女に近寄って、蒼い聖女は優しく笑う。手にしたロザリオを彼女の首に掛け、そっと両手を組み合わさせる。 「私達はお祈りで繋がっています。聖母様も私も、いつも共に在ります。 貴女は独りではありません。辛い時は、こうして手を組んで思い出して下さい」 Matka Boska Częstochowska―― 我等が、母よ。奇跡を。 一人は寂しいと誰が詠んだ詩を想いだし目を伏せて、アンジェリカは組み合わせた聖女の手に重ねる様に手を握る。 祈ろう、今は。愛して欲しがった彼女の真っ直ぐに伸びる辛く寂しい道が何時か明るく優しい物になる様に。 立ち上がった聖女の帰り道。何処かに繋がる暗い穴。覗き込む事も出来ずに首を振ったアンジェリカの隣をすり抜けて、修道服を揺らしたアザーバイドは振り仰ぐ。 ふと、思い出したと言う様にツァインは「シフィェトラーナ」と声をかけた。 「あぁ、一つだけ。なんでポーランド語知ってんだ? 前に来たのか? 誰かに教わったとか……まさかあんたの母親って……」 答えを謂わず、聖女は振り仰ぐ。唇にあてた指先、秘密だと言う様に笑った彼女のくるぶしまであるスカートが揺れた。 チェンストホヴァに訪れた聖女の姿が霞んでいく。錠前に鍵を閉じたレンはそっと手を降ろして空を仰ぐ。 嗚呼、今日は本当によく晴れた―― |
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