●伏す 魔術――それは神秘発動の形態の一つ。 この世には種々雑多、大小様々な魔術が存在する。 付与魔術。召喚魔術。黒魔術。白魔術。陰陽。ゾス・キア・カルタス。ブードゥー。ルーン魔術。タリズマン。占術。ウィッチクラフト。儀式魔術。ケイオスマジック。シャーマニズム。etc…… その中の一つに、近世ドイツの魔術師『奇人』ヨアヒム・オストワルドが生んだ暗号魔術、『オストワルド・コード』なるものが存在する。 それを用いて記された文字は生物の如く這い回り、解読者の理解を悉く拒む。唯一の解読条件は『血』。オストワルド老の血を引く革醒者だけが、それを正しく読めるのだという。 とはいえ、中堅魔術師の風変わりな魔術は一代限りで途絶え、その後は血族も離散。今となっては『神秘界の遺物』と成り果てたのであった。 ――その筈だった。 ●ロジックロジカル 「オストワルド・コード……ですか?」 三高平市、アーク本部ブリーフィングルーム。フォーチュナの『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)から告げられた聞き慣れぬ言葉に、『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)は首を傾げた。そのまま自分同様に集められた仲間に目を遣れど、誰もが知らぬと首を振る。 が、その中で一人。「聞いた事が」と顎に手を添えたのは『魔術師』風見 七花(BNE003013)である。アーク内でも熟練の魔法使いにして読書好きである彼女の広大な知識の中には、聞き覚えのあるものだった。 そのまま七花が仲間達に簡単に説明を行えば、「成程」と『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が頷いた。 「今回の任務は、その『オストワルド・コード』ってのが関係しているのか」 「その通りでございますぞ」 事務椅子に座したメルクリィがニコリを笑み、状況説明を開始する。 「此度の任務はオルクス・パラストより下されたものですぞ。ドイツ郊外の農村に存在する廃墟の屋敷――近所では『オバケ屋敷』と呼ばれているものがございましてな。なんとそれが、かのオストワルド老が暮らした館なのでございますよ。 そして更になんと、これが近々革醒してしまう、という予知結果がオルクス・パラクトより知らされました。革醒してしまえばその館は――」 「周囲の人を誘い込んで食べてしまう、とか?」 まさかだと思うが、と問うた『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)に予見士は「いいえ」と言う。 「夜な夜な歌って……ご近所迷惑……安眠妨害の、悪い子……?」 ねむねむ眼を擦りながら『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)が次いで問うた。「ほぼ正解ですぞ」とメルクリィが頷いた。 「毎夜毎夜、嗤って叫んで――おそらくは『奇人』の悪戯なのでしょうが、神秘秘匿を考えれば大迷惑ですな。 この館の破壊は最終手段です。オルクス・パラストは革醒自体を止めたがっておりまして、皆々様に課せられたオーダーはこのオストワルド邸の革醒阻止でございますぞ。 革醒を阻止する方法は、先に革醒した館内のEフォースの守りを突破し、地下室の壁面に書かれた呪文を音読する事です。が……呪文は例のオストワルド・コードで書かれておりまして」 「あれ? オストワルド・コードってオストワルド家の者しか読めないんですよね」 小首を傾げて雪白 桐(BNE000185)が問う。そのままブリーフィングルームの片隅で落ち着かなさげにしていた見知らぬ少女にチラリと視線をやってから、再度メルクリィへと戻してから、 「まさか、あそこの子がオストワルドの血を引く者、とかですか?」 「えぇ、その通り。彼女は理紗・オストワルド様、オストワルド老の子孫にして、唯一の革醒者である方ですぞ」 メルクリィが彼女の紹介を簡単に済ませる。日本にオストワルドの血を引く者がいて、更に革醒者だったという事は正に奇跡であった。 彼女であれば、オストワルド・コードを解読できる。だが彼女は如何せん、革醒者でこそあるが今まで一般人同様の平和な暮らしをしてきた者だ。彼女を護送し、隠された呪文を読んで貰う事。それがリベリスタの急務となる。 「ですが、一筋縄ではいかないでしょうな。先に申し上げました通り、館の中には厄介なEフォースがおりまして――攻撃性は無いんです、故に命の危険とかはないのですが。 ……どうやら、『奇人』ヨアヒム・オストワルド様の思念がEフォースとなって館の主同然となっているようなのです。彼はフェーズ1のEフォースを率いて皆々様の進軍を妨害してくる事でしょう。それこそ、『悪戯心』たっぷりに、来訪者をもてなすように」 また、問題はそれだけではないとメルクリィは続けた。彼の背後モニターに展開される画像資料に写されたのは、正に先ほど機械男の説明通りのボロ屋敷。同時にその見取り図も配られる――が、地下室が無い。見当たらない。 「地下室は隠されているようでして……一階の何処かに、地下に通じる隠し扉がある筈です。皆々様は理紗様の護衛をしつつ地下室を探し出し、更にその地下室からコードを発見せねばなりません。『奇人』の悪戯をあしらいながら、ね」 成程厄介な案件だ――「よろしくお願いします、頑張ります」と理紗がペコリと頭を下げる。 それを見、そしてリベリスタを見、メルクリィはニッコリ微笑みつ手を振った。 「それではどうかお気を付けて。お土産にバームクーヘン頼みましたぞ~」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月21日(金)00:03 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●埃色のホームパーティ ぎぎーー~っ、と。古びた館の古びた扉が古びた音と共に開かれ、七つの人影が立ち入った。ばたぁむ。重々しく閉じる扉。 独逸某所、オストワルド邸。手入れがされなくなって久しいそこは正に『オバケ屋敷』と呼ぶに相応しい光景だった。 「お邪魔します」 雪白 桐(BNE000185)は日本人らしく一礼する。亡くなっているとは言え他人の家に入るのだし、『住人』だっているのだ。革醒現象がなければ管理して新入りの肝試し場所など利用できたのかもしれないが、革醒が予知された以上は原因を取り除かねば。 そのまま巡らせた視線の果てには、緊張した様子の理紗・オストワルドが不安そうにキョロキョロしていた。桐は「理紗さん」と話しかける。 「謎解き型のお化け屋敷と思って楽しみましょうね、大怪我するような事はなさそうですから」 「はっ……はい!」 「巻き込んでしまってすまんが、よろしくな、理紗の嬢ちゃん」 共に戦う仲間に、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)も挨拶を。独逸遠征。単純ではない戦いだが、いつも以上に気を張って行かねば。 しかし、暗号魔術か。『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)はぽぅっとした目で屋敷を見る。面白い話が巡ってきたものだ。 「嗤う館には興味がなくもないけど……安眠妨害、だめ、絶対」 悪い子になる前に止めるの。眼鏡をかけて、準備完了。 そしてリベリスタ達は歩き出した――瞬間。 「Willkommen!」 響き渡るは見知らぬ「ようこそ」。 カタカタとあちこちの物が震えれば中空に浮かび上がる。 ポルターガイストの渦の真ん中。文字を纏った半透明の人影が、仰々しく笑いながら空中より来訪者を見下ろしていた。 Eフォース『オバケ奇人』。『奇人』ヨアヒム・オストワルドの残留思念。 「驚いた……魔術の世界は未知数ですね、やっぱり」 その突飛さに『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)は目を丸くする。いつもは贖罪の為に戦う自分だけど――術者としての興味もまた抑えられず。湧き上がるこれはきっと、『好奇心』。 (あぁ、許されるのなら――) 『魔術師』風見 七花(BNE003013)もまた、目の前の光景に瞳を輝かせていた。事態収拾後でいい。一週間、否、一日でもいい。 「魔術師オストワルドの暗号魔術<オズワルドコード>、じっくりと調べたい……!」 「よし、そんじゃその為にも頑張ろうぜ」 応えたのは『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)。アイコンタクト、作戦通りに動き出す。 リベリスタは離れすぎぬ程度に二班に分かれた。 オバケ奇人の対応をする桐、那雪、義弘、理紗。 地下への扉を探すフツ、七花、光介。 「お前さんヨアヒムなんだろ。地下室がどこにあるか教えてくれよ! ただじゃ教えられないってんなら、勝負しようぜ! 謎かけ勝負だ! 驚かせる勝負でもいいぜ!」 交霊術――は使わずとも会話は出来そうだ。声を張り上げるフツに、ヨアヒムはふっと笑う。 「如何にも我輩こそがヨアヒム・オストワルドだ。勝負か、いいだろう、差し詰め諸君は我が館の秘密を暴かんとする心算だな? 然らば、その秘密を賭けた勝負といこうではないか!」 ナゾナゾはすぐに答を出しちゃつまらない。ヨアヒムが掲げた手を振り下ろせば、宙に浮かんだ様々な物が雨礫の様にリベリスタ達へ降り注いだ。 「あらあら、危ないですね」 おそらくダメージはない攻撃だろうが、当たればちょっと痛いだろう。なので桐は落ちてくる花瓶や椅子やら本やらを受け止めてはそっと置く。 「いてててて」 一方、理紗を庇う義弘にボタボタぶつかるエトセトラ。傷こそできないけれど、こう、何とも言えない気分である。相手のそれは攻撃ではなく悪戯。敵意ではなく好奇心。だからこそ、いつもと勝手が違ってやり辛いもので。 「朽ちかけた廃墟に走り回る文字……。まさに、リアルお化け屋敷だな。これは、中々調べ甲斐がありそうだ」 思考を超活性化させる那雪はさり気なく義弘を盾にしながら(物が当たって眼鏡がずれるのが嫌だった)、Eフォース達に視線を向ける。深淵ヲ覗ク。 「お前達は一体、どんな『モノ』なのだろうな……」 これは傷付ける魔法ではない。悪用されて殺しに使われるなんて真っ平だ。楽しいのが一番だ! だから我輩の信じる者に――我が一族に、これを託そう。 成程。やはりそれらに敵意なんて欠片もなかった。 が――この悪戯心は、厄介だ! 「ひゃっ……!?」 七花を貫いた文字の剣。だが痛みはなく、代わりに魔力がゴリッと削られる。顔を顰め、けれど七花は飛び交う本をキャッチしてはそれを両手に二冊広げて超スピードで視線を巡らせる。超直観を駆使した超斜め読み。これでもない。これでもない。違うと思った本は置いて、別の本に手を伸ばす。 「!」 違和感。その紙面に視線をやった。 『我ながら変な所に作ったと思う。毎日机を退けるのが大変だが、いい運動だと思う事にしよう』 これは。 早速皆に通達する。地下室への扉は机の下にある。机のある場所。 それらを意識し、光介は魔術知識と共にその目をエリューション達に差し向けた。それらの解析を試みる。 「ボクは『流れ』を追ってみましょうか」 オストワルド・コードに関して光介は知識を持ち合わせていない。が、魔術である以上は通底する仕組みもある筈。例えば魔力源――『呪文』が地下にあるのなら、Eフォースがそれを読まれる事で消えるのなら、彼らの革醒の痕跡も魔力の流れも、地下に由来するのでは? 「読み解いてみましょう。事象を。魔力の軌跡を」 辿る導線――感じるのは魔力の流れ。僅かだが、確かにある。地図によれば、あの方向には…… 「そうか、食堂!」 「机のある場所……成程!」 七花も頷き納得する。 「それじゃとっとと行こうぜ、」 理紗を護りながら破邪の光を放つ義弘が声を張る――瞬間、顔面にばすーと開いた本がヒットしたので「ああもう」と愚痴って顔を振ってそれを振り落とした。ダメージが無いだけに煽られている様な心地である。すみません、を連呼する理紗に「気にするな」と返しておく。 さて食堂を目指さんとするリベリスタであるが、当然ながらオバケ奇人が黙っちゃいない。文字を紡ぎ沈黙の剣を作り出そうとしたが、その動きが固まった。よく見れば極細の糸が彼を絡め捕っているのだ。 「高みの見物も悪くないが……こちらも、ただ見物されるつもりはないのでな」 翳した手を下ろした那雪の、凛とした冷たい微笑み。その冷ややかな罠網は敵を逃がさない。 「さぁ、行こう。今の内だ」 「ぬっ、小癪な!」 歯噛みしたヨアヒムがフェーズ1達に指示を発する。家具に取り憑く思念達はバリケードを作り出し、ドアに取り憑いたのは固く固く閉まってしまう。 が。 「解錠カッコ物理カッコトジ!」 躍り出た桐がマンボウをそのまま薄くしたような巨大な剣、その名もまんぼう君を振り上げて振り下ろしてそれらをいとも容易く圧砕する。容赦の無い木っ端微塵。 斯くして程なく辿り着くのは広い食堂。真ん中には大きな机。 光介が手に持つ蝋燭の火が微かに揺れた。それは空気の流れ――即ちここに地下への扉がある事を示している。 「ここで間違い無いようです!」 「その様だな。だが――」 フツが僅かに眉根を寄せた。魔法の気配。魔槍深緋で机を絨毯ごと切り裂いてみれば、そこには確かに地下への扉があった。だがそれには、魔法で鍵がかけられていたのだ。魔術知識によりフツは一目で見抜く。オストワルド・コードだ。 「理沙、頼んだ!」 「あっ、はい!」 呼ばれて駆け出した理紗が扉の文字を読む。それから、発音。解錠の音。開いた――その瞬間である。 ワッ。 衝撃的な遊び心。 扉が開くなりオバケ奇人。 吃驚仰天して理紗はフリーズした。だがフツは動じていなかった。ふふんと得意気に笑う。 「これでも結構、修羅場はくぐってるからな。ちょっとやそっとじゃ驚かねえぜ!」 「そーですよ、そゆのかっこ悪い」 立て続けに応えた桐がヨアヒムの顔面に張り手一発スパーン。 「痛っ!」 「はい謎々です。パンはパンでも食べられないパンはなーんだ」 「!? 呪われたパン」 「ブブーパンツですー」 「なんだとっ!」 と、桐に気を取られていると奇人はまた那雪のトラップネストに捕まった。その間に義弘は未だに硬直している理紗を抱えると仲間と共に階段を下り始める。 長い暗い螺旋階段。 永遠に続くような幻覚。否、事実幻覚だ。長く続いている様に『思わせて』、精神を疲弊させる魔法なのだと、知識ある者は理解する。気をしっかり持つしかないか、と前を向いたところで、止まってしまう者が二名。 フツと桐。奇人の悪戯に取り憑かれたのだ。 那雪と七花。そんな二人を救う為に動き出した二人。 「ひっかいておいで、 アヤメ」 肩の上に乗せていた黒猫に、那雪は一言。頷く代わりに首を小さく傾げた猫は、にゃあと鳴くとフツの顔に飛び掛ってはバリバリバリッと引っ掻いた。痛そう。だが致し方ない。 そう致し方ない、致し方ないのだ。七花もぎゅっと拳を握り締める。 「ご、ごめんなさい!」 えーい。本人としてはペチーンのつもりで桐の頬を張るつもりだった。だが彼女はギガントフレーム、上半身が機械。リアル鉄拳。桐は身体の自由の代価に鼻から血を流す羽目になった。 「後で治しますね……!」 フォローを入れた光介であるが、重傷を負う可能性が無い今は任務が先だ。目の前に見えた扉。背後からは幾つもの奇人の悪戯が迫っている。体当たりに近い形で扉を開け放った。 ぶわっと埃が舞い上がる。 「わっ――けほけほ」 咳き込みながら顰めた目で見たのは薄暗い地下室。散らかった部屋。リベリスタが掲げる灯りが暗い所も照らし出す。 そしてリベリスタの目の前には、ヨアヒム。勿体ぶった笑みを浮かべ、焦る様子も怒りも無く相変わらず楽しんでいる様子であるが。 「よくぞここまで辿り着いた。我が秘術、諸君に破れるかな?」 「その挑戦、受けて立ちます! 私達は必ず貴方の魔法に勝利する!」 応えたのは七花だ。未熟だと努力を重ねる日々なれど、これでも魔術師を名乗る身だ。大魔道師を目指しているのだ。誇りがある。夢がある。故に奇人をキッと見据え、凛と声を張り、真っ向から受けて立つのだ。 クライマックス、ここが最終決戦の地。 「オレ達の知識って、どうも実戦よりだからサ、こう、細かいところに気が付かねえんだよ。だからお前さんの知識とか感覚とか、頼りにしてるぜ」 フツは理紗に視線をやった。彼女は戦闘能力こそないものの、魔術の見識がある。探す目は一つでも多い方が良い。「一緒に探して!」と両手を合わせるフツに理紗は「私に出来る事なら何でも」と応え、しっかと頷いた。 「呪文は壁の何処かにある筈だ。探すのはオレ達に任せろ、ヨアヒムの足止めとかはヨロシク!」 フツの一声でリベリスタは動き出す。 ヒュゥ。口笛を吹いて桐はオバケ奇人を見遣った。彼の剣に盾は装備出来るものではないようだが、その妨害が桐の任務だ。 「お相手して頂きますよ」 「退屈は嫌いだろう? それとも……淑女からの誘いに応えないほど、お前は詰まらない『ただの文字』なのだろうか」 那雪も続けて含み笑い、意識も身体も捕らえてやろうと思念の糸を発射する。 「ふふ……楽しい、楽しいぞ! さぁ来い来訪者よ、解いてみせよ、暴いてみせよ!」 糸を回避したヨアヒムの哄笑が響く。降り注ぐ本や道具、或いは奇人の悪戯。 「おっと、あぶねっ……」 倒れてくる本棚を義弘は受け止め、元の場所にドシンと戻した。光介は分厚い魔導書をヘルメット代わりに周囲を見ていたが、良く分からない道具が角に引っかかって「うわぁ!?」と頭をぶぶんと振っていた。 一方、フツは魔術知識を用いてオストワルド・コードを探すと同時にヨアヒムの視線を注視していた。オバケ奇人は思念の実体化、即ち思考の具現化である。人が何かを隠しているのであれば、ついつい『そっちの方を見ないようにする』とか『そっちを見てしまう』とか、ある筈だ、と。 斯くしてそれは的中する。 (あの辺か……?) 視線から割り出した方角。どっちゃりと道具やら資料やらで埋まった壁――如何にも怪しいじゃないか。 捜索班にアイコンタクト。頷いた光介も同意見だった。追う流れ、どうもあそこが怪しい。念の為にも理紗へ向いて光介は訊ねた。 「惹かれる場所とか、ありませか?」 「あそこ……かな」 指差す方向。やはりか。 「よっしゃ、ちょっと手荒だが赦しておくれよヨアヒム!」 踏み込んだフツが緋色の槍を鋭く振るった。ガラクタを吹き飛ばし、壁を剥き出しにする――が。 「あれっ!?」 そこには何も、無い。 おかしい。確かにここから魔力の気配がするのに…… 「ちょっと待って!」 七花がガラクタを掻き分け壁の前に立った。その手には一冊の本。先ほどの方法で探し出したヨアヒムの記録帳である。 「書いてあったんです。この本に、隠し場所が。『それは冷たい皮膚の下に』って……冷たい皮膚、つまり壁紙!」 言葉と共に壁紙に機械の爪を立てた。そのまま一気に引き剥がす。古びたそれはいとも容易く切り裂かれ――そこに! 「「「あった!!」」」 リベリスタ達の声が重なった。そこに赤く浮かんでいたのは一文の言葉。『鍵』となるオストワルド・コード。 魔術師としては不本意だが、この解読は理紗にしか出来ない。七花は「後は任せました」と少女を見返る。はいっと返事をした理紗は文字の前に立とうとしたが―― 「ぬぅ、ついに見つけたか。だがそうはさせんぞ!」 ヨアヒムが沈黙の剣を投擲する。だがそれは彼女にではなく、義弘が構える侠気の鋼に突き刺さった。当たれば必ず『沈黙』してしまうのがネックだが、義弘はその『侠気』にかけて誓ったのだ。護らねば、と。 「そうはさせないのをそうはさせないぜ、ってな。理紗の嬢ちゃん、お前さんは俺が守る! 安心しろ!」 構えた盾。揺るがぬ背中。振り返るなと言葉無き言葉。 「私達に任せろ。……大丈夫、これでも強いんだ」 奇人の悪戯を糸で縛り上げながら、那雪もレンズ越しの紫瞳をちらと向ける。 「ありがとうございますっ……ええ、と、ええと」 しかし。早く読まねばと焦るほど理紗はまごついていた。本格的な神秘遭遇など初めてで、パニック状態に近い。だがそんな彼女の肩を、光介はそっと支えて曰く。 「大丈夫、深呼吸して……踏み出す一歩目だけをイメージするんです」 これでも術者の端くれだ。伝えられる事があるはず。光介は真っ直ぐ理紗を見る。 「貴方なら出来ます、自分を信じて!」 Eフォースを魔法弾で退けながら、七花も言葉でその背を押した。 理紗はしっかと頷いた。再度、呪文へと向き直る。 解読。――読める。す、と肺に息を満たした。 「『 』――!」 読み上げられた、神秘の言葉。 衝撃波が屋敷中を駆け巡る。 そして――それらが嘘の様に、静寂。 コードの意味は『安らかに眠れ』。まるで、その通りになったかの様に。 ●アフター 「中々面白い謎だったの……満足」 那雪はアヤメに引っ掻かれた仲間に絆創膏を張ってあげながら、いつものねむねむ眼で一つ頷いた。 理紗は未だ呆然と佇んでいる。七花は彼女にオストワルド・コードについて質問しようかと思ったが、一般人として生きている彼女に『こちら側』が関わるのは良くないだろう。そっと言葉を胸に秘め――さぁ、自分の時間だ。まだ帰るまで時間がある。この屋敷を調査する時間が。 義弘も理紗に今一度視線を向ける。ヨアヒムの気持ちを、彼女は理解したのだろうか。なんて。 「さて……土産でも買いに行くか。メルクリィはバームクーヘン希望だったよな」 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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