● ギリシャ正教には埋葬後3年経過してからいったん遺骨を取り出し、改葬するという儀式がある。 細い糸のような雨が降りしきる中でテオドール・ケファロヤニの改葬式は執り行われた。 「ああ、そんな……」 墓掘り人に呼ばれて暗い穴の下に降りた寡婦が金ゴテを手にうめき声を上げた。穴の回りを囲んだ村の老婆たちがどうしたのか、と一斉にわめきたてる。 「ないのよ」 「何がないんだい?」 「頭蓋骨がないの。ううん、頭蓋骨どころか棺の中には何もないわ。腐った木と土くれがあるだけ」 司祭に腕を支えられて墓穴から少し離れたところに立っていた恵理子・ケファロヤニは、おせっかいな老婆の1人から寡婦の言葉を伝え聞くなり気を失って、濡れた草の上に倒れた。 みなが恵理子を囲んで気遣う最中、老婆のひとりが木々の陰に大型のシカのようなものが飛び込んで去っていくのを目にしたと騒ぎ出し、そのうえ雨脚も強まってきたので改葬式は自然に解散となった。 ● 地元の警察に匿名の電話が寄せられたのは3日前のことだった。さんざんな終わり方をした改葬式からは3日後の事だ。 盗まれた遺体が見つかった場所は、此度の相談者が住む町から遠く離れたある墓地だった。遺体は数日前にそこへ埋め直されたらしい。なぜ。何のために? 犯人像や動機などは分かっていないが、とにかく無事に遺体は戻ってきた。ケファロヤニ氏の骨は恵理子未亡人の手できれいに洗われたのちに、他の人の遺骨と一緒に納骨された。表向きは……。 ● 「違うんです。戻ってきたのは主人の骨ではありません。だってあれは……全ての骨がきちんと揃っていたから」 ここはアーク本部に数あるブリーフィングルームのひとつ。巨大モニターに映っているのはシンプルな白壁を後ろにした恵理子・ケファロヤニだ。リアルタイムの映像ではなく、アークに送られてきたビデオレターの再生だった。 「あるはずがないんです。腰から下の骨は……私が主人の遺言に従って遺体を切り離して別の場所に埋めたんですもの」 恵理子・ケファロヤニ。旧姓を高松 恵理子といい、結婚してギリシャへ移り住む前はアークのリベリスタだった。彼女が夫となるテオドール・ケファロヤニと出会ったのは10年前、ギリシャはテッサリア地方を旅行中のことだ。 アザーバイドであることは一目見て分かった。ボトムにおいてフェイトを得ていることも、幻視で馬の下半身を巧みに隠していることも。――そう、彼はケンタウロスだったのだ。それでも恵理子は彼に恋してしまった。家族も、仕事も、祖国も、リベリスタとしての義務も何もかも捨てて、歳の離れた彼とふたり、ギリシャの田舎町でひっそりと生きていくことを選んだのだ。 突然、モニターの中の恵理子が頭を下げた。細い肩を震わせながら涙声でリベリスタたちに訴えかける。 「お願いです。主人の遺骨をフィクサードたちから取り戻すために力を貸してください。お願いします!」 ここで映像が途切れ、すぐに室内の明かりがつけられた。 「ええっと、オレから事件の詳細を捕捉させていただきますね」 どうぞどうぞと持参した茶菓子を勧めながら、片手にした資料をめくるのは『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)である。 ちなみに本日の和菓子は花見団子。依頼の内容とはまったく関係がない。これは事前にネタを合わせる時間がなかったのではなく、たまたま健一が事務処理のためにアーク本部へ立ち寄った際に、たまたま座った端末で、たまたま恵理子からのビデオレターを受け取ったためだった。 「アテネから北に車で6時間ほど行ったところにボロスという港町があります。あ、いえ、みなさんが行くのは恵理子さんが住んでいるエミリアという村じゃありません」 リベリスタの指摘に健一は慌てたように手を振って否定した。 「みなさんにはボロスへ行ってフィクサード……と恵理子さんは言っていましたが、地元リベリスタたちの手から俗名テオドール・ケファロヤニ、本名ケイロン氏の遺骨を取り戻してあげて欲しいのです。ギリシャの経済危機がニュースに取り上げられてから長いですが、どうやら金に困った彼らがアザーバイドであるケイロン氏の頭蓋骨をあるアーティファクターに売り飛ばそうとしているらしいんですよ。ん、まあ、この時点でリベリスタやめて彼らはフィクサードになるのかな? あ~、それはともかく、恵理子さんによるとこのアーティファクターというのが、なんかいっぱい危ないもの作っている悪いヤツなんだとか」 恵理子の話ではケンタウロス族の頭蓋骨はただそれだけでアーティファクト的な効果を発しているという。 愛する人の骨をフィクサードに加工されたうえに悪用されるかもしれない。しかも、墓泥棒はこともあろうに地元のリベリスタである。恵理子が古巣のアークを頼ったのはそういうわけだった。 健一はぺらりと音をたてて資料をめくり上げた。 「骨を盗んだ地元リベリスタは6名。前衛職3、回復手を含む後衛職3とバランスが取れた構成です。それに、アーティファクターとの仲介者だというフィクサードが8名。こちらはやや前のめりの構成ですね。マグメイガスが1名いるだけですが……フィクサードたちが現れる前に遺骨を取り戻して去るのがベストでしょう。取引の時間は今から32時間後。現地時間の夜10時です。場所はボロス近郊の廃教会。資料の最後に地図を添付しておきました。それにボロスからは恵理子さんが一緒ですので迷うことはありません」 飛行機の中でしっかり目を通しておいてください。そういって健一は資料をテーブルに置いた。 顔を上げてぐるりとテーブルを囲む面々を見渡す。 「敵の数が多いうえに万華鏡による情報の裏どりが一切ありません。恵理子さんからの情報のみです。何が起こるかわかりません。くれぐれも気をつけて。では、いってらしゃい」 ●某所某時間、ギリシャ語でかわされた某会話その1 「間違いないのか?」 「ああ、間違いない。この町のはずれにある廃教会だ」 「……なんだか罠くさいな」 「さあな。しかし、行くしかないだろう」 ●3日前エミリア村、ギリシャ語でかわされた某会話その2 「ほんとだって、酔ってなかったって」 「……マジかよ?」 「おおさ、俺はこの目でしかと見たんだってばよ。若くて立派な……」 「いいや。お前はやっぱり酔っぱらっていたんだよ。ケンタウロスなんているわけねえだろが」 「いるさ! ちょうど3年前にも一度見てるんだよ、俺は!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月25日(火)22:57 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ホテルのロビーに人影がないこともあり、リベリスタたちは恵理子・ケファロヤニをすぐに見つけることかできた。 「ようこそ、アークのみなさん。遠いところをわざわざ来てくれて本当にありがとう。ゆっくりおもてなししたいところだけど。ごめんなさいね、時間がないのよ」 心から残念そうにつぶやくと、黒目かちの大きな瞳に目蓋を落とした。短く切りそろえた黒髪の上で光の輪が揺れる。 『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が一同を代表して前に進み出た。 「問題ありません。観光に来たわけではありませんから。それより車はどちらに?」 ホテルの裏に止めて来たというと、恵理子は影継の斜め後ろへ視線を流した。 疑惑の目を受けて、『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)が静かに微笑みを返す。 「彼女は……アザーバイド、かしら?」 「ラ・ル・カーナより参りました。世界樹の子『フュリエ』の1人、ファウナ・エイフェルと申します」 「心配無用」 金色の鎧を纏った『イエローナイト』百舌鳥 付喪(BNE002443)は黒衣の影より出ると、恵理子の問を先取って答えた。ちなみに鎧は幻視でカジュアルな服装に見せかけてある。 「ファウナに限らずフェリエたちはみなこの世界でフェイトを得ている。訳あっていまはアークの仲間だ」 「そう。わたしが箱舟を去ってからいろいろあったらしいわね。こんな田舎にいるとなかなか情報が入ってこなくて」 「ねえ、そういう話は後にしない? 時間がないんだから早く行きましょう」 肩にかかった金髪を手で後ろへ流しながら、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)はホテルの裏ドアへ足を向けた。 ホテルの裏に出てみると表通りと違ってびっくりするほど何もなかった。遠くで白い壁に安っぽい青いネオンがちかちかと瞬いていた。酒場のようだ。よくよく見れば、暗い空地の端に車が2台並んでいた。 「ワゴン車を手配できたらよかったのだけど……」 2台のうち1台の車内灯がつけられた。ハンドルに腕を預けた赤ら顔の男が手を振っている。 「酔っぱらっているように見えるが」 蒼嶺 龍星(BNE004603)が言えば、すかさず奥州 一悟(BNE004854)が「いいや、オレもそう見えるぜ」、と同意した。 『致死性シンデレラ』更科・鎖々女(BNE004865)が呆れたようにため息をこぼした。 「影継さん、車を持っていましたよね?」 「え? あ、ああ……。恵理子さん、俺、アクセスファンダズムに車を入れて持ってきています。だから自分の車で――」 「国際免許、持ってないでしょ? 警察に止められたら面倒だから……。大丈夫。あの程度、ギリシャ人に言わせれば素面の範疇よ」 恵理子はジャケットから車のキーを取り出した。 「さあ、行きましょう」 ● 結局、恵理子に押し切られて分乗して出発した。目指す目的地は車で20分程度の距離だという。 陽気な鼻歌の酔っ払いタクシーには、影継とセレア、一悟、付喪が乗り込み、恵理子が運転する車にはファウナと龍星、鎖々女、そして『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が乗り込んだ。 車はすぐに町を抜け出た。左の窓になだらかな傾斜の草原を、右の窓に夜のエーゲ海を映しながら車は明かりひとつない道を進む。 春のギリシャは花盛り、野生のチューリップやシクラメン、アネモネ……。紀元前に建造された遺跡の白と生命感あふれる花々の色の組み合わせはもちろんのこと、宝石のようにきらめく青い海はいわずもがな。空に太陽があるうちであれば存分に目を楽しませることができたであろう。 「遺跡ハイキングは明日のお楽しみに取っておきます」 助手席に座ったアバタは恵理子のおしゃべりを遮ると、バックミラー越しに後部座席の鎖々女へ合図を送った。 鎖々女はスマフォでメールを送るふりをしつつ、AFを膝の上で開いた。別車に乗った仲間たちに話を聞かせるためだ。 通信がつながったことを確認すると、ファウナのフィアキーがあばたの膝へ降りて知らせた。 やや間を置いてからあばたがゆっくりと口を開いた。 「我々は現在本拠地を離れているためアークの情報の支援を余り受けられません。移動中は質問を沢山致しますが、よろしいですね?」 「ええ、いいけど?」 恵理子はまっすぐヘッドライトが照らす先を見つめている。 「三年前、下半身はどちらに処分しましたか?」 「焼いて灰を海へ流したわ」 胸の前で腕を組んだ龍星が目だけを横向けて、左隣の鎖々女に「いまのは?」と問いかけた。鎖々女の超直観を利用した簡易うそ発見だ。 ――嘘なし。鎖々女はゆっくりと目を伏せた。 「三年前の遺体の代わりにあった土くれはどんなものですか? 遺体を模倣しようとしていた?」 「わたしは見ていないの。穴に降りなかったから。腐った土と木くずがあっただけ。後から司祭さまにそう聞かされたわ」 ――嘘なし。 「戻ってきた偽の骨はどなたのものでしたか?」 「さあ……。気の毒だとは思うけど、騒ぎを大きくしたくなかったから。そのまま主人の骨として納骨したわ。骨の出どころはトリカラよ。警察の話ではね」 ――嘘なし。 ここで鎖々女が口を開いた。 「残った半身は安全なのですか?」 「主人の? どこかに捨てられているでしょうね。重要なのは頭蓋骨だけだから」 「ひどいことを……」 ファウナが声を震わせる。 「俺からもいいかな?」と龍星。 バックミラーの中で恵理子の頭が微かに前へ倒れた。 「なぜ、亡くなってから3年もの月日が経過している筈の今になって骨が奪われたんだ? 周囲にケイロンの事が知られていたのか?」 龍星は腕を解くと身体を斜めにして後続車がついてきているのを確認した。 「ちょっと、静かにしてくれるようにドライバーさんに頼んでくれないかしら?」 セレアに肘で脇をつつかれて一悟は軽く腰を浮かせた。シートに手をかけて、ちょっぴり酒臭いドライバーにギリシャ語で『おっちゃん、ちょっと静かにしてくれねーかな』と言った。ドライバーをなんとかなだめすかせて黙らせると、一悟はやれやれと座席に腰を落とした。 付喪が暗い海へ顔を向けたまま呟く。 「しかし、なんとも嫌な感じのする依頼だねぇ」 運転手が沈黙したことでAFから龍星たちの声がはっきりと聞こえてきた。 影継はバックミラーの下で揺れるマスコット人形から前を走る車のリアガラスへ視線を移すと自分の推測を語った。 「ギリシャ正教は土葬。下半身を分けて埋めたら改葬で遺体損壊がバレる。それを隠し、表向き事件を収束させるために行われたとオレは推測するが……」 「だけど、第三者がそれを行う利点はないわね。遺体損壊がバレて騒ぎになろうが、骨泥棒にはまったく関係がないんじゃないの?」 淡々としたセレアの言葉の後に連ねて、付喪が自分の疑惑を明かした。 「私は個人的に恵理子が怪しいと思っている」 「ああ、なんだか話が胡散臭いんだよなぁ。ま、どういうことになってもオレがやることやれることは基本的に変わらねぇ」 一悟は作った拳を手で包み込むと指の骨を鳴らした。悪いやつらをぶちのめす。いたってシンプルだ。 「『何を』疑うかよね。嘘をついているか、認識が歪められたか。あたし"は"後者を疑ってみたいわけ」 セレアは指を立てつつ、豊かな魔術知識から認識や記憶を書き換える破界器の実例を出していった。 「例えば最初の葬式の直後に誰かが骨を掘り当てて破界器にした、或いは骨が勝手に破界器化してその後の怪事はそれが引き起こした、とかね」 さらに遺骨がボトムチャンネルの常識から外れた動きをする可能性も指摘する。 「ったく、現代のケンタウロスの賢者殿は不死の力じゃなく謎を遺してくのか?」 自然な事が多過ぎるが依頼者はなるべく信用したい。影継の思いとは裏腹に尋問が進んでも謎は解けるどころか深まっていくばかりだ。佐田から送られてきた恵理子とケイロンの情報も、ブリーフィングルームで受けた内容を補足する程度でしかなかった。自然に考えれば偽遺体用意の最有力は恵理子となるのだが……。 影継は頭に殻をかぶった黒いひよこに目を戻した。ん、これは確かイタリアの漫画じゃなかったか? 奇妙な観光客の視線に気づいた運転手が嬉しそうにギリシャ語でマスコット人形について大声で語りだし、AFから流れ出る会話を掻き消した。 場面は再び恵理子が運転する車に戻る。 「ええ、だからわたしも地元リベリスタたちのことを疑ったのよ。三年後の改葬式で警察が騒ぎ出せば望まぬ形で神秘が表沙汰になってしまう。そうなったら都合が悪いのは誰かってね。」 恵理子は龍星とあばたの二つの問いに、山へ向かう別れ道にとゆっくりとハンドルを切りながら答えた。その時、小石にタイヤが乗り上げたのか、がくんと車体が大きく上下に揺れた。 車は林の入口に広がった小さな野原に入り込んでゆっくりと止まった。すぐ横にタクシーが止まった。 恵理子がドアを開いた。彼女が脚を草の上におろしたタイミングであばたは単刀直入に最後の質問を切り出す。 「……本当はわたしたちに何をして欲しいのですか」 恵理子がぴたりと動きを止めた。春にしては冷たい風が開いたドアから車内に流れ込んできた。 疑問をぶつけられた者はドア枠に手をかけてゆっくりと立ち上がると、体を回して車内に首を戻した。気分を害したのか、あばたの横顔に固い言葉をぶつける。 「わたしはただ主人の遺骨を取り戻したいだけ」 ――嘘なし。 鎖々女が目蓋を伏せて知らせるよりも早く、恵理子が車のドアを叩きつけて閉じた。 ● タクシードライバーにここで10分ほど待っているように伝え、リベリスタたちは恵理子を先頭に林の奥へ進んだ。 不規則な、明らかに人工物と分かる濃紺の影が見えて来たところであばたは千里眼で辺りを調査した。 果たして頭蓋骨はあった。 人間の頭蓋骨らしきものを手にした影に翼を認めて、あばたはうめき声を漏らした。 「まずいですね。ホリメかマグメかわかりませんが……フライエンジェが骨を持っています」 「先につぶす予定だったんだ。むしろ都合がいいじゃねぇか」と龍星。 廃教会へ歩き出したとたん、最後尾についた鎖々女が恵理子を呼び止めた。 「お願いがあるんです。簡単に言えば相手を説得したいのです。理想主義者なものでして。遺骨を必要とする理由を潰し、後顧の憂いを断つ為にもご協力頂けませんか?」 「……どんなこと?」 鎖々女は、まず地元リベリスタを説得したいので恵理子に通訳を頼みたいのだといった。 「みんなギリシャ語ができないし、バベルも持っていません。だから恵理子さんにお願するしかないんです」 もちろん嘘だった。最後まで恵理子に対する疑惑を払しょくしきれなかった鎖々女が仕掛ける罠だ。 恵理子の後ろで付喪が目を光らせる。 「説得できるとは思えないけど? いいわ、わかったわ。やってあげる」 だから急ぎましょう。そういって踵を返すと恵理子は雑草を踏みしめて歩き出した。 「一悟?」 後ろからついてきていた一悟の気配が消えた。龍星は立ち止まると押し殺した声を闇へ投げた。 「一悟、どこだ?」 辺りに殺意は感じられない。後から出てくるという謎のフィクサードに襲われたわけではなさそうだ。 2人が遅れたことに気付いてファウナがフィアキィともども道を戻ってきた。 「どうしましたか?」 「一悟がいなくなった」 ファウナはすぐさま精神を研ぎ澄ますと、周囲の草花と精神をより合わせた。世界樹の子たるフェリエの望みを受け入れた草花たちは、左右に倒れて1本の細い道を作りだした。 ほどなくその細い道の先からとぼとぼと、首を傾げながら一悟が龍星たちのところへ戻ってきた。 「おい! 何をしていた。心配したじゃないか! 急いでみんなと合流するぞ」 「あ、二人ともちょっと、いいか?」 三人が仲間たちと合流したのは廃教会の崩れた正面扉の前だった。 リベリスタたちは陣形を組んで教会内に入った。 豪華な内装でであっただろうギリシャ正教会の、内陣と呼ばれる場所に6つの影があった。うち二つの影がリベリスタたちの気配を察して翼を広げ、崩れた屋根近くへ舞い上がった。 ビーストハーフが拳を構えながら『何者だ』と声を上げた。 付喪に背を押されて恵理子が前に進み出た。 「『金銭の為にフィクサードに遺骨を売って世界に害成す可能性を生じさせるより、アークに一時的に身を寄せては如何か。地元には外貨を稼いで戻れば良い』」 『……はあ?』 恵理子の発言に地元リベリスタの前衛が顔を合わせる。次の瞬間―― 「わたしよ! 恵理子・ケファロヤニ! 主人の遺骨をわたしに渡してちょうだい!!」 恵理子が地元リベリスタたちの元へ駆け出した。 同時に半獣化したスターサジタリーが前衛たちの間から恵理子に手を伸ばす付喪へ向けて光の矢を放った。 圧倒的に巨大な戦気を身に纏った影継が信徒席の間を駆ける。 「スッキリしねぇぜ、ったくよ!」 影継は迎えたビーストハーフの拳を、がれきを踏んで飛びかわした。天井に向けて暗黒の瘴気を放つ。 続けざまにセレアが、穴の開いた天井から荒れ狂う雷を降ろして敵パーティーを打ちすえた。 崩れ落ちた柱の脇を回ってアークたちに突っ込んできたデュランダルが、頭上で剣を旋回させて烈風を引き起こした。無数の刃がファウナと鎖々女を襲った。龍星がブロックに入る。 付喪と敵のホーリーメイガスが天使の歌を歌ったのは同時だった。 遺骨を抱えたフライエンジェ――マグメイガスが空へ向かう。 『ダメ! その骨は返して!』 恵理子の叫びに立ち止まり、下を振り返ったマグメイガスの体をあばたが撃ちぬいた。 マグメは骨を胸に抱いたまま、錐揉み状態で落ちる。 更に逃げ道を防ぐようにファウナがエル・バーストブレイクで地元リベリスタたちの周辺に火の雨を降らせ、クロスイージスの回復行動を鎖々女が撃って阻止した。 龍星は燃える拳をデュランダルの鼻っ柱へ叩き込んで倒すと、すぐさま鎖々女とともに影継を襲う覇界闘士の元へ向かった。 あばたがホリメを撃つ横で、付喪の制止を振りきった恵理子がまだ炎を上げてくすぶるがれきの中へ駆け込んでいく。 恵理子はまだ息のあるマグメイガスの腹や腕を踏みつけて頭蓋骨を離させると、顔を歓喜で染めてを手を伸ばし掴みとった。 「あはははははっ! これさえ手に入ればあんたたちに用はないわ。みんなまとめて殺してあげる! さあ、ケイロンの骨よ。わたしに力を!」 恵理子はケイロンの頭蓋骨を脇に抱え持つと高々と腕を上げて己以外の者たちへチェインライトニングを放った。 「はっ! ぬるいぜ!」 雷を纏いつかせながら飛び出してきたのは一悟だ。 理恵子が奇妙な表情を浮かべて手にした頭蓋骨を見下ろす。 次の瞬間、一悟が頭蓋骨ごと理恵子の胸をぶち抜いた。 ● 山の斜面、せり出した白い大岩の上に8つの影があった。それぞれつばの広い帽子を目深にかぶり、奇妙な飾りをつけたマントで体を覆っている。遥か下に小さく見える半壊したドーム屋根を見据えながら、影の1人が呟いた。 「やれやれ。どういうことかな?」 「ふん。大方、怪しむ地元リベリスタを片付けるついでに自分も死んだことにして、新しくフィクサードとしての身分を作ろうとしたのだろう。『勘違い』ででしゃばってきたアークと相討させて。愚かな女だ」 「欠片でも拾い集めて持ち帰るかね?」 「よせよせ。あの方がガラクタを欲しがると思うか。神の域にある超一流のアーティストが求めるは超一流の素材のみ」 肩に機械仕掛けのフクロウをとまらせ、ペスト医者のマスクで顔を隠した男が硬質な声を闇にひとつ落とした。 「行くぞ」 背後に浮かんだ月がぐにゃりと歪んだかと思うと、8つの影はもう跡形もなく消えていた。 ● 「で、どういうことなんだ?」 フェリエが地元リベリスタたちを含む全員の傷をいやした後、影継が一悟に説明を求めた。 「林に入ってすぐケンタウロス? 姿を見つけたんだ」 木々の間にひっそりと佇むその姿からは敵意を感じられず、手招きされたこともあって一悟は黙って隊列を離れたのだという。 ケイロンの甥、アロンと名乗ったそのケンタウロスは、一悟にすでに遺骨を回収していることを告げた。いま廃教会にあるのは人間の骨であることを告げ、一悟に悪に落ちた叔母、恵理子を倒してほしいと頼んだという。 アロンはケイロンの死後すぐに遺骨を異世界へ持ち帰ろうとしたらしい。恵理子の「思いを断ち切るために3年待ってほしい。遺骨は気持ちが落ち着いた後で返す」という言葉を信じて一度は帰ったが、数日前の改葬式の騒ぎを見て恵理子に騙されたと知ったようだ。 「ケンタウロスの頭蓋骨がこの世界でどういった力を発揮するか、ケイロンさんは生前うかっと恵理子に漏らしちゃったらしいぜ」 「……最初から怪しいと思っていたが、なんとも嫌な話になったな」 付喪は立ち上がって砂埃を払った。 「まあ、地元リベリスタたちを誰一人殺さずに済んだのは幸いだったか」 「ケイロン様の遺骨が無事に里に戻ったのは何よりですわ。今となっては心変わりの理由を聞けませんが……」 内陣で胸から血を流し倒れている女に目を向けて、ファウナはそっと呟いた。 「彼女がケイロン様を愛したことに偽りはなかったと信じたいですね」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|